【41】黒は塗っても黒色
どうして、そんなにも怒るのだろう。
異世界に転生しただけの私が、一体あなたたちに何をした?
確かに私は『北の魔王』になった。
魔族を統治する権利をこの手に収めた。
でも、今まで一人たりとも人を殺したことはないし。
家財や財産を奪った覚えも、もちろん転生されてこの方ない。
なのに。
どうして火の玉を浴びせる。どうして光の刃を私に向ける?
どうして私の部下を、大切な家族を、傷つけるんだ…――。
「許せない……行くよ、ガーちゃん」
「ガーが~!」
彼らは古人が起こした大罪を、
今を生きる人間に背負わそうとする大罪人だ。
だから、少しくらい八つ当たりしたって、罰は当たらないだろう。
さあ蹂躙しよう。
殺さない程度に殺戮しよう。
私の大切な宝物を奪おうとする輩たちに、
完膚なきまでゴブリンの恐ろしさを教えこんでやろう。
「はー……滾ってきたァ!」
漆黒の地龍から伝わる命の脈動が、ドクン、ドクンと蠢いている。
それは、ガーちゃんの肩が暖まってきた証拠であり、
彼が一端のドラゴンとして覚醒した事を示している。
ガーちゃんと共に、イズミの鼓動も高く早くなる。
共鳴するように心音が重なり合い、ピッタリと
一致したとき。
その必殺技は放たれる。
「終焉の吐息!」
自分でも安直だと思うが、カッコイイから良しとする。
漆黒の竜から放たれた竜巻のような豪風に、兵士たちは
身を寄せ合って術式を展開していた。
「歪曲盾!」
光の文字は障壁に、詠唱は空間を揺れ動かす特異点に。
全てを吹き飛ばす闇の猛威は、
ここにきて卓越した連携技を成し遂げる
王国兵士たちに見事に塞がれた―……と、誰もがそう思った。
「へっへーん。……バーカ」
イズミのつぶやきは、きっと誰にも届かなかった。
だが、兵士たちはすぐにその意味を知らされる事になる。
「あ、あれ……?」
いくら卓越した兵士たちと言えど、
脱落するものが出てくるのも、社会のどおりだ。
いかにも若い――弱冠の兵士は、
猛烈な闇の風からおのれを守る盾を、具現化できてはいなかった。
しかし。
「なんとも、ない……」
それだけではない。
心なしか、細い体に植え付けられた
古い傷が、いくつも修復されているではないか。
「そんな、どうして……」
驚きに浸る兵士の頭上から、さながら天の声のように。
イズミの声が轟いた。
「サプラーイズ! 驚いた? ねえ、驚いたでしょう?
ガーちゃんの息は、人の傷を治癒する効能があるんだよ。
すごいでしょ?」
えっへんと、自分の息子を自慢するかのように
薄い胸を張り上げる一人の――地龍に跨った
少女に、若い王国兵士は驚きを隠せずにいた。
「でーもさー……。君たち、それ――防いじゃったよねぇ?」
その声音に、急に侮蔑のような感情が混ざったのはすぐの事だ。
「バカだよねー……。敵の大将が自ら回復アイテムを渡して
あげたのに、君たちはまんまとその手を拒んだ。これって、
どういうことか、けっこうイケメンのあなた、分かるかな」
天から一方的に降ってくる声を、
若い兵士は、熟練の兵士たちは、
ただ耳を立てて聞くことしかできない。
「――勝つチャンスを、完全に失ったってことだよ」
むくり。
若い兵士の背後から、何かが起き上がる音がした。
「がっ―……」
直後、鈍い衝撃が頭蓋に走る。
すぐにその痛みを理解した。
混紡で、頭を殴られたのだ。
「……恩に着るよ、イズミ殿下」
混紡を振るったその男、ハーフゴブリンのマッティアは。
生き返れた事実に安堵しながら、遥か頭上に佇むイズミを見上げた。
「城外に倒れたキズル村・人化ゴブリン連合の復活。
ガーちゃんのブレスは、このために放ったんだよん」
――戦況が一変した地上をながめて、
少しだけ大きい声で己の策を公表したイズミ。
――その瀕死はすべて、クライスという少年兵が
齎したものだと、イズミは気づいていなかったが。
ともかくその双眸には、『思い通りにいった』という
ニート時代には味わえなかった快感だけが映っていた。
「さあ、戦況は変わったよ。
大多数たい私だった構図が、これで五分五分になった。
疲弊したニンゲンと、回復したゴブリン……どっちが
強いかな?」
それはそれ以上の含みもない、ただの脅し文句だった。
ああ、拡張器があったらよかったのに。
そうすれば、残りの王国兵士がこの状況に
気づくまで――一分もかからなかったというのに。
「かん・ぜん・しょう・りっ……」
地龍にまたがりながら、少女はガッツポーズをした。
……しかし、妙なわだかまりは勝利の喜びに勝った。
『負の本流』が、消えないのだ。
「……なんで?」
イズミが無意識にそうもらす。
だって、キズル村のときはこれでよかったのだ。
『負の本流』を具現化させて、それを『アク』として打ち倒す。
目に見える絶対『アク』としてそれを討伐
することによって、己の自己満足も、
周りの人の不安や焦燥も解決することができる―……。
進化したイズミの《スキル》、想像の権化は、
そういうものであったはずだ。
そして、その心当たりは思いの外すぐに気付かされた。
――目下――地表で阿鼻叫喚を轟かせながらただ戦う、
王国兵士たちの奮闘を眺めて。
「死ね、悪魔の魔族ぅ!」
「よくも故郷を、家族を!」
「冥土で詫びろ、それまでこの剣、絶対折れぬわ!」
――撤退すると、思ったのだ。
ニンゲンよ、どうして戦うの?
もう、勝敗は決したでしょう?
どうして、足掻こうとするの?
どうして、命を自ら散らしに行くの?
――イズミは、もう『人間でなくなって』から
半年と少しが経っている。
だから、思い出すことができなかったのだろう。
純血の人間であった時の、あの泥臭い感情を。
『諦め』という『逃げ』を望まない―……。
その野暮な精神を。
「――黒はいくら塗ったって、他の色にはならねえよ。イズミちゃん」
男の――怒りとも哀れみともつかないその声が、
――剣と共に繰り出されたのはその刹那だった。
「殿下ぁぁぁああアア!」
ギィィィン!
重なり合う剣戟の音。
少女と男のあいだに割って入ったのは、
もはや説明は要るまい。
「――殿下に仇なす者は、このイルガスが切り捨てる!
名を名乗れ、剣技の男よ!」
スタッときれいに地龍の上に着地するイルガスと、
目を奪われるほどの速さの剣を繰り出す男。
怒涛の勢いで名乗ったイルガスの熱に浮かされるように、
男は目元まで深くかぶったローブを脱いで、名乗った。
「俺の名はぁ、雪宮稜平。――ユキミヤ・リョウヘイだ」
あとがきに何か書こうと思ってたけど、本編が長すぎて忘れちゃいました(笑)




