【36】激突④
けっこう前の設定になりますが、ソフィアは持病持ちです。
『剣の教えと、魔法の教え①〜②』参照……
「ソフィア……?」
目の前で突如崩れ落ちた少女に、
抜け殻となった青年は語りかける。
「おい。おいって、おい……」
そこで青年は、原因に思い至って青ざめた。
ソフィアは昔から、体と肺が弱いということを。
そして彼女が、自分を追いかけて無茶をして来たということを。
ぜんぶ、自分のせいだということに。
「そ、フィ、あ……」
もはや懺悔を聞かせる相手すらもなくし、
贖罪の機会すらなくし、その場に蹲り声なき声を発する誠太。
もはや彼を責める者は誰もいない。
しかし、彼を慰めてくれる者すら、この死の平原には誰もいなかった。
◇
「――ッ!」
――先遣隊の様子を見に行ったブラッドの帰りが遅い。
そう思い彼が向かった地点へ急ぐジヲォンの目前には、
老眼の双眸を見開いてでも信じがたい光景が広がっていた。
「ブラッド……どの……!」
長髪をだらりと地面に垂らし、紅い血をぶちまけて変わり果てた人間がいた。
それがかつて、己と剣を交わし合い、剣戟を打ち合った仲だと理解するまで、
錆びついた脳でどれほどの時間がかかっただろうか。
そう容易く、受け入れられるものではない。
ゴブリン最強の剣豪とまで謳われた自分と、
同等の剣を振るう猛者。それが人間とあらば尚更、
誰が「もう老いていくだけだ」と人生を諦めていた
剣士に、生きる意味を、与えることができただろう。
皇女殿下であるイズミを除く、彼以外の、一体誰が。
一体誰が、彼を――我の好敵手を討ち取ったというのだ。
しかし、その者は逃げも隠れも――剣を構えることすらしなかった。
ゴブリン・キズル村連合の兵たちの死骸のなかで、
一人だけ息をし、その場で少女を抱きかかえたまま
蹲る青年がいた。
「――小僧」
その者に、ジヲォンは槍を突きつけた。
――彼は、まばたきすらしなかったという。
涙も枯れ果てたような虚ろな両目で、懇願もすらせず、
ただ己の死期を悟った亡霊のような佇まいをしていた。
見るからに、怪我はない。
すると、負った負傷は心にあるとジヲォンは見た。
加えて、その腕に抱く一人の少女。彼女が全てを物語っていた。
ジヲォンは一度鼻で短いため息を吐くと、
槍をそっと自分の元に引き寄せて言った。
「――見逃してやる。貴様のような雑兵、討ち取ったとて戦果にもならん」
「……?」
されど、その青年の目に光は灯らない。
もう、自我を捨ててしまったようだった。
「……次はないぞ、小僧。さっさと戦場から離脱しろ。
その愛しく腕に抱く娘が、大切であるのならば……!」
「――……ッ!」
そこで彼は、やっと目を覚ましたように両目を見開いた。
そして、何ふり構わず馬にまたがり、少女と共に駆けて行った。
――その行動はもはや、己の逃避本能だけでなく、
『少女を助けたい』、その一心であった気がする。
ジヲォンは彼を見送って、
吐き捨てるように呟いた。
「まったく……誰が好き好んで狂戦士と戦うものか。
なあ……ブラッド殿。正面からぶつかりおって、この阿呆め」
せめて、彼の遺体は我のもとで供養してやろう。
そう思い首筋に手を当て――衝撃が走った。
「(生きている……! 生きているぞ、ブラッド殿!)」
だがこのままだと、大量出血ですぐに事切れる。
すぐに城まで、衛生兵がいる所まで急がなくては。
「死ぬなよブラッド殿……――我が戦友よ!」
背中に背負って、城まで馬を逸らせる。
蹄の音が野原をつっきるなか。
「……ぁぁ」
小さい呟きが、確かに老人の耳へ届いていた。
次回、クライス・エマVSゲイブ




