【32】激突①
「何だ……これは……」
ブラッドが敵がいると目された地点へ行くと、先見部隊が全滅していた。
縦横無尽に転がる部下たち、その中には血を流しうめいている者もいた。
――生きている。
「おい!」
その中のひとりにブラッドは声をかけた。
倒れている体をゆり起こし、是が非でも息をすることを強制した。
「何があった! 意識があるうちに手短に説明しろ!」
「……ブラッド……さま……」
腕章持ちのゴブリンは血の足跡が描かれた草原を指差して、言った。
「狂戦士です……! やつは、人間じゃ、ありません……!」
◇
「あああああああ!」
穂刈誠太は、必至に剣を振るっていた。
それが誰のためなのかも、何の目的のためなのかも釈然としないまま。
ただ「戦え」と本能がうなるままに、血が何層にも塗られた剣を振るい続ける。
その様はまさしく正気を失った狂戦士、バーサーカーのそれだった。
「セイタ、セイタ! どこに行くの!」
その後ろから馬でついてくるのは、唯一彼を止めれる可能性のある少女、エマだった。
しかし彼女の呼びかけも虚しく、誠太は人間とは思えない速さで敵をなぎ倒していく。
「下がれエマ! 僕一人で十分だ!」
「どうしちゃったのセイタ!? 勝手に軍から逃げ出して、一人で敵陣地に踏み込んで!」
「これが僕のやりたいことなんだよ……。待ってろ如月!」
その瞳に、もはやエマは映っていない。
前の世界に失った誰かに、取り憑かれているようだった。
「止まれ!」
進撃する狂戦士、その剣先を捉えたのは、一人の人間の男だった。
「我が名はブラッドフォード! この先はイズミ皇女殿下の御膳、
貴様のような野良犬に、そうそう通してくれる訳には行かぬ!」
「見ろ、エマ! 敵の本陣はすぐ近くだ!
ここで一足早く、戦争を終わらせるんだ!」
戦う大義名分を手に入れたセイタの行動は早かった。
剣は迷うことなくブラッドに刺突を見舞い、一瞬で火花を散らす。
――しかし、混乱していた彼は。
――その名前の聞き覚えに、気づくことができなかった。
「ぐっ……!」
同じ人間とは思えない衝撃に後ずさるブラッド。
しかし、ここで引けば、本陣は壊滅するだろう。
ジヲォンがいるとは言え、ここで負けては人間の名折れ。
ゴブリンに全てを任せるほど、人間だって落ちぶれちゃいない。
「う、おおおおおおおお!」
気迫と叫びで何とか押しかえすブラッド。
――泉魅が不在のなか、ジヲォンと鍛えたこの剣。
そう安々と、敗れるものではない!
「ちっ……異世界人ごときが、僕の邪魔を……!
僕と如月の恋路を……邪魔するなぁ!」
目の前で、仮にも好意を寄せている男が死闘を繰り広げる様を。
銀髪の美少女――エマはただ一人で、見つめることしかできなかった。
「(セイタ……どうしちゃったの?)」
目の前が真っ白になったような錯覚に襲われる。
落馬するのだけはなんとかこらえたが――
こんな状態で、抗敵できるはずがなかった。
「キズル以外の人間はー……死ねぇ!」
まっすぐに突き出される刃。
それは果たして人に扮したゴブリンか、ただの人間か。
腕章をつけていなければ分かるはずがない――そう。
エマが気づくころには、その者の腕はなかった。
そうなってしまえば、もう腕章を持っていようがいまいが関係ない。
「言っただろ――ユキミヤは、この俺が守ってやると」
「クライス―……!」
エマに突き出された剣は、腕ごと、腕章ごとクライスに叩き切られた。
鮮血の花が噴水のようにその者の腕から放出される。
鈍痛にあえぐ男を、クライスは容赦なくトドメを指した。
「やれやれ……心配になって来てみれば、
本当に奴はおかしくなってしまったのか?」
「わかんない……わかんないよ……!」
「戦場で泣くなユキミヤ……それより」
おそらく敵の主力と思われる人物とセイタが交戦しているのを
クライスは眼下に捉えて、エマの手綱を握りしめて同時に走った。
「セイタの言うとおりだ。ここで先に戦争を終わらせる。
そうすれば、規定違反が功績に変わる保証もなくはない」
「待って、セイタは!?」
「知るかあんな狂人!
いいかユキミヤ、今の奴は俺たちの知るホカリ・セイタじゃない!
怨念か、堕ちた精霊に取り憑かれた、おぞましい何かなんだよ!」
「堕ちた……せい、れい……」
手綱をひっぱられるがまま、エマは敵の本丸へと連れ出されていった。
「やめて……」
そんななか、風に遮られる小さな囁きが、
「セイタを……連れてかないでぇ……!」
彼に届くことは、なかった。
久しぶりの投稿になります・ω・




