【S12】穂刈誠太
穂刈誠太。
二十三歳童貞、ネトゲヲタ会社員。
十七の秋、今は亡き彼女としたキスの味を、僕は二度と忘れない。
人目を偲んで重ねた唇の甘さを、頭が真っ白になって行くあの感覚を。
六年が経った今でも、これからも、絶対に忘れてはならないのだ。
僕をゲームから……理想の世界に縛っておくための、戒めとして。
――20✗✗年、10月。
『痛っ……』
「ほら、動かないの。傷が開くよ?』
「如月……君さ、僕のこと男として見てないだろ』
じゃなきゃ、たかが足の擦り傷でこんな厚い手当をしようとは思わないだろう。
彼女が僕の脚に綿を当てるたびに、ジンとする痛みとむず痒い感情が織り交ざる。
夕日が染めていく教室の中で、2人の吐息だけが保健室の空気を作っていた。
……距離が近い。
今、下を向いている如月と視線を合わせようとすれば、彼女の果実のような唇に届いてしまいそうだ。そんな想像をするたびに、追い打ちをかけるように髪から香る石鹸の匂いが僕の理性を溶かしていく。
――如月は、僕なんかにもったいない、綺麗な彼女だった。
『はい、おーわりッ』
ベトベトする液体を塗った上からガーゼをかぶせて、
とびきりの笑顔で如月はそう言った。
『……ありがとう。もう大丈夫だよ』
彼女との距離が照れくさくて、もう耐えられなかった。
まだ痛む脚の訴えを無視して立とうとするも―……。
『ねえ誠太』
如月が呼び止めるのだ。
『本当に、何もしてくれないの?』
誘惑してくるのだ。
『せっかく2人っきりのに?』
『……なに、言ってるんだよ……。学校の、それも保健室で』
『誰もいないから。保健室でイチャイチャするのって、学校では暗黙の了解じゃない?」
『じゃない! あのなあ、からかうのも大概にしろよ!? 僕だって男なんだからな!』
『ひゃー怖い。これだから高校生にもなってギャルゲーもプレイした事ない童貞くんは……』
『そんなのしてる女の子の方が稀だよ……!」
僕の彼女は、ゲームが大好きだった。
RPG、FPS、ホラゲー、格ゲー、音ゲー、ギャルゲー、etC……。
一度だけ彼女の家に行ったこともあるが、
本棚の至るところまで何かのカセットでいっぱいだった。
僕はゲームのことはよく分からない。
今まで一番ハマったゲームも、某超次元サッカーゲームとか、
某動物の村の村長になるほのぼのゲームくらいだろう。
彼女も、ゲームが好きなのは結構なんだけどなあ……。
『むっ。変な性癖さえ持ってなければ―……とかって思ったでしょ?』
『ああそうだよ。君は女の子だろ? 何で男の子がするゲームをやってるんだよ』
『面白いからだよ! ギャルゲーの女の子可愛いもん。脱がしたら凄いんだよ?』
『二次元に興味はない!』
『えー……』
『それだけ? じゃあ、僕は帰るから―……』
如月とプレイするゲームは楽しい。
初心者の僕に手加減してくれから、毎回いいところまで追い詰めることができる。
けっきょく負けちゃうけど……。だから如月には、僕は一度も勝ったことがない。
もちろん、こんな空気の場でも、いつも場を掌握しているのは如月の方なんだ。
『じゃあ、現実のあたしは―……相手にしてくれないの?』
ほら、こうやって。
僕を誘惑してくるんだ。
僕は理性を保つのに精一杯だと言うのに、
セーフポイントの出入り口は遠く、遠く――僕の足が止まる。
『……ほんとうに、いいだね?』
『うん』
『どうなっても知らないよ?』
『うん』
――僕が人生で初めてギャルゲーをプレイするのは、それから半年後のこと。
――心臓が破裂するほど胸が高鳴る主人公の気持ちが、よく分かった気がする。
『んっ……――』
唇を重ねて、舌を入れる。
乾いた唇が他人の唾液で染まって行って、湿った感触が頬の内側を撫でる。
お互いの体温が絡まっていくたびに、興奮が高まって体温がじかに感じられた。体重が傾くまま、そのまま押し倒して、毛布を蹴って馬乗りになった。衣服は自然にほどけて行って、僕の手が自然と如月の制服のボタンに手が伸びる。柔らかい素肌と絹の下着に触れるたび、ブレーキが利かなくなっていく。それで――
『誠太』
僕を呼び止める声。
『ねえ、誠太。あたし――幸せだよ』
『僕もだよ、如月』
『もう悔いはないよ。……ずっと、あなたを待ってるから』
『……何の話だよ』
『誠太、大好き』
そう言うと、彼女は無理やり僕の口をキスで封じた。
『ずっと待ってる。大好きな貴方を、ずっと。
あの夢の世界で、いつまでも待っているから』
理性がなくなり、頭が真白に溶けていって、記憶も曖昧になっていく。
『これからあなたは夢を見ます。
夢の中で――異世界に転生して、あたしを見つけて、そして救って。
あたしはいつまでも待ってる。それまで『自由の心』を忘れないで』
薄れ行く意識のなかで、君が僕に呪いをかける。
『想像を止めないこと。自由を貫くこと。そうすれば、自ずと道は開けてくる。
あなたは不遇の勇者なんかじゃない――来るべくして転生された、本物の勇者さま。
いかなる時も想像を止めないで。残された時間で、もっとあたしを理解して。そして』
テレビの電源のように、それは突然プツンと途切れる。
『あたしを、救い出して』
ふう……。
過去最大のシリアス加減を出して見ましたが、いかがでしょうか。
もう一度、穂刈くんサイドの話を続けます(`・ω・´)ゞ




