【29】今、成すべきこと
「北方領土に宣戦布告だあ? どこのバカだ、喧嘩ふっかけてきたのは」
「西だよ。『北の魔王』就任直後で安定した政権が成り立っていない今のうちに、
北方領土最大の弊害であるゴブリンの根城を攻略してしまおうって策略でしょうね」
ロウムさんの声を発する蝶形のブローチが、淡く発光しながらそう告げる。
「チッ……いかにも卑しい西の連中が考えそうなシナリオだな……!」
悔しさと焦りに爪を噛むイルガスを前に、反論したのはマッティアだった。
「――ちょっと待てよ……なあ、イズミ。
それってさ、アンタが『北の魔王』になったからこんな事になったんじゃないのか?」
「……」
私はそれを否定できなくて、ぐっと息を飲んだ。
自分のせいだと理解はしていても、それを肯定したくない。
そんな思いが、私の喉をぐっと縮めさせた。
「この疫病神……里に災厄をもたらす悪魔が!」
「キサマ黙って聞いていれば、さきほどから殿下を愚弄するようなマネを……!」
「はっ、殿下!? こんな人間上がりの――できそこないの皇女がか?」
「皇女殿下は飢饉に苦しむ人間たちを救い、彼らに討伐される運命にある我々ゴブリンも
同時に救って下さったお方だ! それを出来そこない呼ばわりするとは、万死に値する」
「やれるもんならやってみろよ、この人間贔屓が」
「少し剣を納めていれば頭に乗るとは……地獄で後悔するんだな!」
「――止めろお前ら、バカバカしい」
おびただしいゲイブの闘気が、2人の論争をかき消した。
聞けば彼のスキル――《絶対意思》は、
自身のオーラで空気の流れを手中に治めることができるらしい。
一言で言えば、その場の空気を掌握できる……という事だ。
それは紛れもない、王者向きの『スキル』。
「落ち着けお前ら。
仲間割れしたって戦争するこたあ変わんねえんだ。
ロウム、敵の……西側の勢力は?」
「そうだね……ちょっと待っててね、よいしょっと」
少しだけ、ロウムさんの声が遠くなった。
本棚から本を整理するような音が、ブローチから流れてくる。
「ロウム……禁書庫の管理人にはな。
歴史の変動を見届ける義務と、それに関する情報の全てを閲覧する権利が与えられる。
まあ、つまりアイツは――」
「他国にまだ公開されてない秘密も、私には筒抜け……ってことよ」
ゲイブの言葉を継いだロウムさんは、ぺらぺらと禁書をめくる。
紙と紙がこすれるような音が聞こえて、なんとなくそう連想しただけだけど……。
「あったわ。明確な数までは分からないけど、その勢力はおよそ
西方の王国軍の三分の一……かなりの戦力を投入してきそだわ。
それに加えて、学徒編成部隊も混ざる手はずだから……そうね、
推定で7個師団ほど……と言っておこうかしら。相当の戦力よ、これは」
えーっと……1個師団で10000人前後だから……合計で7万人!?
「やべえな……イルガス、お前らんトコの城の兵はどんくらいだ?」
「……師団で数えたら、4個に達するかどうか……だな」
戦力差は絶望的。
予想もしていなかった諸国の介入に、私はただ呆然とすることしかできなかった。
――ああ、私は、なんて無力だったんだろう。
今までしてこなかった努力を、今すれば、それが報われるとでも?
『努力はそんなに報われない』って曲を、無意識のうちに日本でなんべんも聞いていた。
失恋もしたことないのに恋愛ソングで泣いて、よく分かりもしない歌謡曲を歌った。
分かる歌詞の部分にだけ同調した。
分からないところや、同調できない部分は、頭のかたすみにしか置いてなかった。
……頭の中を反すうしていたメロディーを今、私は身を持って体感していた。
失恋にも似た、報われない努力の虚しさというものを。
『努力』なんて呼べるほどのことはしていない。
『失恋』だってしたことがない。
でも、皆の王になって、人のゴブリンの世界を平和にさせたいって――
そう願った浅はかな努力――平和への愛は、間違っていたんだろうか?
「うだうだしてる暇はねえぞ、イズミの姉貴」
「ゲイブ……」
どうして彼でなく、私がロードなんかになっちゃたんだろう。
なんで私が――この世界に転生なんてされたんだろう。
「真っ先に狙われるのは姉貴たちが住む城……で、その次にこの里か。
ったく……マッティアじゃねえが、面倒ごとばっか運んできてくれるぜ」
「ゲイブ……お前まで!」
「――だが」
そこで一旦言葉を区切ると、
「アンタらの危機は、俺らの危機でもある。
どの道滅ぼされるんなら……いいぜ、姉貴。
里のモン総出で、アンタの臣下になってやるよ」
「「……えっ?」」
素っ頓狂な声をあげた私と、
マッティアの愕然とした声が上がるのは同時だった。
「ただし、一時的にだ。
西を退けて、それでもアンタが主と認められなかったら。
――その時は全力で反旗を翻してやる。それでいいな?」
圧倒的な威圧感から放たれるゲイブのオーラ。
おかしいなあ……私の方がLevelは高いはずなのに。
どうしてだろう、逆らえないや――私に選択権なんてない。
「殿下……」
選択権はない……。
――なら、選択できる選択の中で、最善を尽くすだけだ。
手元に集まったカードを最大限に活用して、
難局を乗り越える――それが人間の私に与えられた、『思考』って武器じゃないか。
考えろ、夢想しろ、想像しろ――もともと私の得意分野だろ!
「上等だおらあああああああ!」
「で、殿下!?」
イルガスが、私が壊れたと思っている!
でも、もうどう思われてもいい!
私が、わたしが王なんだ!
勇者だろうがなんだろうが、私たちが蹴散らしてやる!
「ゲイブ! 言質とったかんね!
宣言したからには、おまんまの分だけ働いてもらうよ!」
上等だ……。
上等だよ……!
私には、ジヲォン、レイ、イルガス、ブラッド……心強い仲間がついているじゃないか。
なにも心配することなんてない。
日本で何もなかった私が――今ここでは、暖かい仲間たちに恵まれている。
きっとそれが私の、この世界に転生した理由だ。
◇
「あれでよろしかったのですか……殿下」
里のみんなが渋々遠征の準備を始めるなか、イルガスが私に問いかけてきた。
「いいんだよ、これで。
私の王道を理解してもらえないなら――理解してもらう」
それは仕方がないことなんだ。
基本、人と人は分かり合えないし……ゴブリンと人ならなおさらだ。
「イルガスは、私についてきてくれる?」
「――この命に変えてでも」
イルガスは膝をついて、私を仰ぎ見てこう言った。
「あなたは僕の光です。どこまでも、お供致します」
「……ありがとう」
ああ、やばいまた泣きそう……。
うん、今はこれだけで十分だ。
私には、少なくても思いをよせてくれる臣下たちが居る。
多くを望むものはパリピや陽キャの考え……ってのは私の偏見だけど。
そんなに焦ることはない、気軽に行こう。
西の軍勢をやっつけて、北の権威を大陸に知らしめる。
今はそれだけを考えよう。
それが私の――今、成すべきことなのだから。
遠征編/世像協会
遠征編/ゴブリン里での誓い の内容を少しいじりました。
『あの野郎の設定を濃くしすぎて、これだと回収できねえ……』ってな運びで……。
読んでくださった方、すみませんでしたm(_ _)m
内容がまあまあ変わっています。ご注意くだされ。
あと、これで『ゴブ里』編が終わりました。
次の章から、穂刈くんと泉魅がドンパチし初めます(*^_^*)




