【S9】戦火の兆し②
今回は少し長いです。
「――俺たちに何か御用でしょうか」
特別教室に入ると、もうクライスが席に座って待っていた。
僕たちのことを教師だと思ったのか、目を伏せたまま扉に問いかけている。
「僕だよ、クライシス君」
「……貴様か。それと、俺はクライスだ。わざと言っているだろ?」
バレたか。
「今日に限っては勘弁してやる。……それに、ユキミヤもいるようだしな」
視線を僕の後ろに向けたクライスは、舐め回すような目でエマを見た。
とっさにソフィアが庇い、視線を区切る。
「エマにまた何かしたら、僕が許さないから」
「ほう、面白い。やれるものならやってみろ……と言いたいが、
今はそんな場合ではなさそうなのでな」
扉が慌ただしく開かれる。
見やると、今度こそ講師たちだった。
「諸君。昼時だったが、よく集まってくれた」
「おかげで昼食を食べ損ねてしまいましたよ。食堂の食券でも奢ってくださるので?」
クライスは講師の面々がいる場でも、自分の気位の高さを崩さない。
それだけ彼は、生徒会としての神々しい成績を残しているのだろう。
だから停学期間だって、たったの一週間かそこらで済んだのだ。
「悪かった、その件については後日埋め合わせさせてもらう……後日な」
講師の声はどこか重苦しく、これから話すことをためらっているようだった。
「非常に言いにくいのだが……」
講師は敷地外で配られていた号外を取り出して、僕らに見せつけた。
「これを見てくれ」
代表として、クライスがそれを受け取る。
街の人々のように、彼も深いシワをその眉間に刻んだ。
「北の魔王、復活……!?」
――『北の魔王』、メルジェーノフ・ザッハーク
エマの両親を奪い、彼女を傷つけ、記憶を消した元凶。
歴史の座学で習った内容では、現『北の魔王』はゴブリン城塞で隠居しているハズだ。
現『西の勇者』ユキミヤ・リョウヘイに破れ、そのキズを癒やすために……。
それが何で、今になって復活なんて。
「そっ……そんなハズありません!」
同じく『北の魔王』という単語に反応したソフィアが、クライスからそれを受け取る。
四人でその記事を覗き込む。
そこには――新しい北の魔王が就任し、北側の全領地を収める権利を獲得した――。
という旨が、長たらしい文章で記載されていた。
しかし、学校側が問題視するのはそこではなく。
その下に大々的に取り上げられている見出しだった。
「その号外に記載されている通り、『北の魔王』討伐クエストが立案された」
顔を青くしたソフィアが、その記事を読み上げる。
「――即位したばかりの王女など恐るるに足らず、北の覇権を奪い返すなら今しかない。
今こそ西の勢力を集中し、しいたげられた北の領地を開放せん……だそうです」
ようするに、北の領地に――戦争をしかけるつもりのようだ。
記事によると、新しく『北の魔王』として就任したのは、女性。
しかも子供だそうだ。年齢は推定で18歳ほど……高校生じゃないか。
――習った範囲の話でしかないけれど……。
――北は太古から、魔族が多く住み着き、人間の領地を犯すことを絶やさない。
人間が東西南北に別れたその時から、略奪や虐殺ばかりを繰り返していた。
そして先代の『北の魔王』就任後――その体制は盤石となった。
それからというもの、攻め入るのが容易ではなくなった……が。
「今は事情が違う……と?」
「その通りだ、クライス修剣士。国はこの異例の事態を、北の領地を魔族らから奪還する最大の好機と見た。最右翼を結集し、予定では二週間後――準備が整い次第――北領土への侵攻を開始する。相手は――『北の魔王』は即位して日も浅い、年端もいかない少女だ」
――だから北を奪還できる。
……というのは早計だと思うが。
少なくともメルジェーノフ・ザッハークが北を統治していた時よりは、奪還しやすい。
そう国は踏んだのだろう。
その少女が覇権を手に入れる前に、
まだ『北の魔王』として完全に成熟する前に、
政権を崩し、北の領土を取り上げてしまおう……そんな魂胆が覗いている。
「この学園からも、優秀な生徒を、第一次侵攻のパーティメンバーに加える。
これは国からの命令……つまりは、召集令状だ。却下することは許されない」
だからハリー先生はあそこまで焦っていたのだ。
号外が配られた直後の住民たちの青ざめた顔も、クライスの動揺も理解した。
「――ホカリ・セイタ。ユキミヤ・エマ。ソフィアとクライス魔導修剣士一年。
お前たちはこの学校から――ひいては国から斡旋された成績優秀者たちだ。
教育者として心は痛むが……どうかこの遠征に、参加してくれ。頼む!」
◇
「大変なことになっちゃいましたね……」
承諾以外の選択肢はなく、その場をあとにした僕たち。
午後の授業は公欠となり、各自、遠征の準備に精を出せ……との事だった。
「ふん、むしろ光栄なことじゃないか。
俺たちは、国から腕を見込まれたんだ。
こんな大役、そんじょそこらの魔道士たちには与えられない特権だ」
「クライス君……戦地に赴くんだよ。その意味がわかってるの?」
「とうぜんだ。――人が死ぬんだろう、それも大勢」
「ならどうして……!」
「勘違いするな。お前たちはともかく、俺は死ぬ気など微塵もない。
それに、ちゃんと話を聞いてたら分かるだろ?
俺たちが配属されるのは――いわば偵察部隊。最前線なんかとは比べ物にならない、一度前に出たら終わりの、簡単な任務だ」
「それでも……」
「それでも、何だ? ホカリ・セイタ。
まさか、その程度の試練をこなせないで、一流の魔法使いや魔道士になれるとも?
笑わせるな――それに、他人の『死』如きがなんだ。その程度で俺の心は痛まんよ」
クライスは踵を返して、通用門から出ていった。
「安心しろ、ユキミヤはこの俺が守ってやる。お前達は安全な後方で、女性に飢えた軍人の相手でもしてるんだな……ソフィア?」
ぞわりと、背筋が凍りそうな笑みを称えて、彼は雑踏の中に消えていった。
それを確認してから、ソフィアが憤慨した。
「最低! 最低です! あれ絶対、私に言ってました!
クライスくんは昔からああですけど、さすがにひどっ……げほ、げほ」
「ソフィア、大丈夫?」
「……う、うん。ありがとうエマ」
「……彼はともかく、問題は僕たちだよ」
目下最大の目的は、戦場に出ても問題ない装備を整えることだ。
そのための軍資金も、事前に学校側から支給された。
これで最低限の準備をしないと……。
「だいじょうぶだよ、セイタ」
僕のあせる想いを察してか、エマが僕を見上げていた。
その瞳は、クライスと違う自愛と優しさに満ちていた。
「私たちは大丈夫――だって、セイタが付いているから」
どうして、僕にそんな信頼を寄せるの?
そんな質問をする前に、僕の口は塞がれていた。
彼女がほうりこんだ、僕の作っただし巻き卵によって。
おいしい。
「こういう時こそリラックスだよ。
セイタは優しいから、たぶん私の過去とかについて余分に考えちゃうんだと思う。
でもね、そんな事は忘れていい。
自分の生き残る道を……いいえ、やりたいことを、探せばいいの」
エマは背伸びをして、頭ひとつ分違う僕の頭を撫でる。
優しく丁寧に、僕の不安を取り払っていくように。
「――セイタ。あなたの、やりたいことは何?」
僕のやりたいこと……それは。
「エマ……僕は」
答えは一つだ。
僕は迷いなく、彼女の手をとって。
「エマ。僕は――ぼくは、君を守りたい」
この小さい手のぬくもりを。
異世界で一人ぼっちだった僕に、居場所をくれたあなたを。
僕は絶対に守り抜いてみせる。
例え、この生命に変えてでも。
「はわわっ……。またオトナなシーンを目撃してしまいました……!」
また何かを勘違いして頬を赤らめるソフィア。
けど、なんだか。
今回は否定する気は起きなかった。
次の回で、またイズミ視点に戻ります∠(`・ω・´)
でもその前に、一回だけ幕間を挟みます。
泉魅の過去についてです。
そして本編――迫りくる脅威に、彼女はまだ気づいていません。




