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【03】今日から、私が王



「我こそは初代ゴブリンロード、メルジェーノフ・ザッハークである!」


なんだかノリの良いゴブリンの王様だった。


それと、薬を飲んでいるのかちゃんとした人間の格好をしている。

わりとイケメンだった。


「あなたの持っている、人間になるための秘薬を分けて欲しいのですが……」

「よいぞ!」


いいんだ。

物分りのいいイケメンだった。



「なに、長い間ゴブリンの長を努めてきて、そろそろ王という肩書にも飽きてきた頃だ。

せっかく人間の姿を保っているのだし、ただの人間として、下界で第二の人生を過ごしてみるのも悪くないのではと思えてきてな。

――あ、なんだったら。

ゴブリンロードの玉座もお主に譲ろう。どうせ我とそちが戦っても、我、勝てる自信がないし」


やけに気前のいいイケメンの王である。


やだ、惚れそう。


「薬は玉座の下にたんまりとあるから、好きに使うがいい。

では、さらばだ異国の少女よ。またどこかで会えることを願っているぞ」


そう言って、ゴブリンロードはマントを翻して華麗に玉座の間を出ていった。


どうやら私が異世界の転生者であることがバレていたっぽい。

当然かあ。ただのゴブリンが、レベル99なはずないもんね。


ま、それはともかく。


指定された場所、玉座の真下には樽があった。

丁寧に書き置きまである。中を覗くと、ドロドロとした液体が水面を張っていた。


「りょ……良薬は口に苦しってね」


それを恐る恐る両手ですくって少し飲む。


「まずいぃぃぃ!」


期待を裏切らないまずさであった。

すると体が淡い光に包まれて、後に。


「……おおっ、本当に戻った!」


本来の人間らしい体を取り戻していた! 


ボサボサのセミロングの髪に、女子にしては高い身長も、男らしいまな板もそっくりそのままだ! 

やったね! 


しかし、少し困ったことがある。


玉座これ……どうしよう」



――私は事実上、王位を献上されてしまったのだ。



個人的には異世界でも怠惰な生活を送りたいと思っていたのに、王とかなっちゃったら、あれでしょ? 


気持ち悪いゴブリンたちを、率先して先導していかないといけないんでしょ?


多分、さっき勝手に逃げてった衛兵たちも、様子を気にしてこの部屋に入ってくるだろう。


その時になんて説明すればいいんだろうか。




「今日から私が、王様の代わりになった、イズミちゃんでーす! よろしくおまーす!」




とか?



……いや、ないわー。


さっきまでゴブリンやってて分かったけど、あんなキモチワルイのにそんなテンションで接していける気がしない。

そもそも私って、よく喋る陰キャみたいなところがあるし。

ネットでしか人と話さないから、基本的にはコミュ障なのである。


はあー……先代のロードはよかったなあ。


物分りがよくて、かっこよくて、元々ゴブリンだったと思えないほど。


彼は、いい王であったのだと思う。

ゴブリンの民草や兵たちによく気を配り、常に期待され、その王座に君臨していたのだろう。



私は、ああはなれない。


引きこもりだった、私じゃ―……。



「……―でも、めげちゃだめなんだ」



前世で。


私は、わたし自身が生きる現実と。

憧れていた世界との違いに絶望して、己の世界に閉じこもってしまった。


常に怠惰で、なんの責任感も重圧もない、電脳空間でのあの時間は。

とても心地が……――いい、ものであったと……心からそう胸を張れただろうか。



答えは否である。



多大な重圧は人間を壊す。

だから、私は気負わないことにしよう。


私は、私なりのやりかたで玉座を次ぐ。


異世界に転生された私が神から与えられた、初めての『責任』。



――全うしてやろうじゃないの!



それがきっと、私にとっての正解だ。



慌ただしい足音を響かせながら、私の予想通りゴブちゃんたちが押しかけてきた。


「「「閣下、ご無事ですか!」」」


「おっ、待っておったぞい者共!」


「「「無事じゃなかった――!」」」


玉座に座っているのがノリの良いいつもの王様ではなく、見たこともない美少女だったのを見てゴブちゃん一同は愕然としていた。


……そういや私、今更だけどさ。

なんでゴブリンの言葉が分かるんだろう。


まあいっか。どうでも。


「きっ、貴様ぁ! 秘薬目当ての盗賊だな! メルジェーノフ様をどこへやった!」


中でも一番勇敢そうなゴブリンが、私に剣を突きつけて訪ねてきた。

なかなか勇気があるじゃない。でもかわいそうに……。

膝が震えているじゃないか。


「ふふん! 安心したまえゴブリンたちよ! 私はあなた達の先代、えーっと……なんて名前だっけ? 

……と、とにかく。

あなた達の先代の意思を受け継ぎ、二代目ゴブリンロードの座についた、タドコロ・イズミである! 

私がゴブリンの、新しい王じゃ! はーっはっはっはっ!」


玉座にふんぞり返ったまま、できるだけかっこよく決め台詞を述べると、ゴブリンたちは絵に書いたようにザワザワと慌てふためいていた。


「メルジェーノフ様の後継者だと? バカな!」

「あのような賊に、王位を献上したというのか!」

「いや、あの娘のレベルは99。只者ではないぞ!」

「しかし、それでは正当な王家の血筋が……」


「――落ち着きなさい、皆の者!」


意見がまとまらないゴブリンたちに激励を飛ばしたのは、私ではなく。

入り口を固める緑黄色の集団の中から姿を表した、無駄に背と胸が大きい、茶髪の女性だった。



人間である。



恐らく彼女も、この薬で人に扮したゴブリンなのだろう。


しかし大多数の者がモンスターの姿を保っている以上、人間化の薬は先代が認めた者にしか与えていない。


この推測が正しいとすれば、彼女はゴブリンの中でも優劣がはっきりとしている、云わば幹部だ。



「――あなたが真にメルジェーノフ様より直々に王位を託されたのであらば、その証拠を見せなさい」



その女性の声は飄々としていて抜け目がなく、不法侵入以外なにも悪いことをしていない私も少しちびりそうになるほどだった。


「証拠なら、あるわよ」


私は秘薬が入った壺を取り出し、前後をぐるんと回転させる。


……さっきの書き置きになんて書いてあったか、皆に見せつける。


『本日城に訪ねて参った者は、遠い異国より来たりし、我らゴブリンの救世主である!

今後は、この者とよきに計らうように! では、さらばだ同胞たちよ! また会おう!』


ってね!



ほんっとあのイケメンゴブリン気が効くわあ!



「……あれは確かに、メルジェーノフ様の署名!」

「では、あの娘は本当に……!」


ゴブリンたちの視線が、一斉に私に向いた。


モンスターといえど、注目されるのは悪くない気分だ。 

苦しゅうない!



「……相分かった! 我々一同、あなたに忠誠を誓うことを約束しよう!」



茶髪の人形ひとがたの隣に、豪傑な外郭をした男のゴブリンが並んだ。



彼も人形である。



敬意を表すように膝を曲げ、隣の女性もそれに従った。


やがて波のように、その畏敬の念が周囲に電波していく。


私が何回か瞬きをするころには、もう全てのゴブリンが私に敬意を示していた。


それに対して、私はというと。




「うむ、苦しゅうない!」




めっちゃ調子乗ってた。



「――ではこれから、あなた様のことを何とお呼びすればよろしいでしょうか?」



頭のよさそうな青年の姿のゴブリンが、膝を曲げたまま問いかけた。


「うーん……。じゃあ、イズミ皇女殿下で!」


有頂天って、こういうことを言うんだなあ。


「……では、改めて皇女殿下」

「はいはい。えっと、君は何くん?」


それがし、ゴブリン帝国軍幹部、参謀のイルガスと申します。

失礼ながら皇女殿下。そのお召し物では、周囲に威厳を示せぬと存じます」


確かに改めて自分の服装を見てみると、革張りのさらしと腰巻きが巻かれているだけだった。

どおりで寒いわけだよ……これじゃ原始人じゃん。


「ご許可を貰えれば、某がお召し物を見繕って差し上げますが……」


「おっ、マジで? じゃあ、そうしてもらおうかな。えっと……」

「イルガスです」

「そう、イルガスくん! よろしくね!」


「我は剣豪将軍、ジヲォンと申す。イルガスの裁縫の腕は確かですぞ、皇女殿下!」

「同じく参謀の、レイと申します。以後お見知りおきを」


さっきの飄々とした女性と、豪傑感溢れるいかつい男性も、同時に名乗りを上げた。

どうやら、幹部はこれで全員だそうだ。



――こんな人たちが、今日から私の部下……! くぅぅぅぅう!



「……あなたたち、もう最高! 

安心しなさいな。私があなたたちを、立派なゴブリンにして見せるからね!」




――それから、三日後。


「おはようございます。イズミ皇女殿下」

「うん。おはようレイ」


無駄な装飾のない華麗な衣服に、大きめの赤いマントをバサリと翻す。

朝日に照らされる玉座までの階段を登り、座って肘掛けに腕を落とした。


そこには――私に忠誠を尽くす幾人もの、『人間』が――軒を連ねていた。



私は、結構うまくゴブリンロードをやっていた。






イズミはゴブリンの全員に、例の秘薬を飲ませましたΣ(´∀`;)

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