【18】暑中お見舞い申し上げます
――私が春先に転生してから、四ヶ月あまりが過ぎました。
異世界の暦の上でも、今は蝉が唸る真っ最中。
日差しを浴びたマンドラゴラが暴れ初め、蒸発した水分から生まれたスライム達が集団で大海原を横断しようとする今日この頃。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
単に家でゴロゴロするもよし。
クーラーでキンキンに冷えた室内で羽毛布団を被りながら惰眠を貪るもよし。
ビーチサイドに出向いて、ナンパした女の子と夜な夜なハッスルするもよし。
人の本能を開放し、普段よりも行動的に、かつ好戦的にさせる真夏の太陽。
その罪深さと言ったら、夏休みだけで七つの大罪をコンプできちゃうレベル。
そんな欲望と渇望が陽炎と渦巻く、今日この日。
私が皆様にお勧めする過ごし方は一つ―――。
「甲子園観戦、だぁ――ッ!」
カキイィン!
モンスターから打ち出された火の玉をこん棒で打ち返したら、そんな効果音がなった。
「グッ……ギィ……!」
私を焼き殺さんとした人形の発火系モンスターは、悔しげに私を睨みつけている。
それに対して、私は余裕の微笑みすら浮かべるほどの余裕があった。
「皇女殿下! あなたは後方で待機していただかないと……!」
狭い洞窟内で、武装した麾下のゴブリンたちが、私を守るように前に詰め寄った。
「だってー……」
「だってもクソもありません! あなたは将棋をする時、自ら玉を突き出しますか!?」
だってこの数ヶ月、ろくに冒険にも出ずに城にこもって勉強漬けだったんだもん。
――私はこの世界の知識がすっぽ抜けている。
下界を統治するにあたって、貨幣価値や地方で異なる歴史など。
必要最低限の知識は必要だとイルガスから進言されたのだ。
『これは教えガイがありそうだ……!』
『無知な将軍諸共、私達が手ほどきを授けて差し上げましょう!』
地獄のカテキョ――興が乗ったレイとイルガスは、まるで鬼のようでした。
お勉強が終わるまでの三ヶ月と、遠征の準備を進める二週間は謹慎の身だったのだ。
だけど今はある街へ向かうため、山の中にある洞窟を練り歩いていた。
久しぶりのお外で、少しばかりテンションが上がってしまうくらい許して欲しい。
あ、ちなみに無知な将軍ことジヲォンは知恵熱で倒れてます。はい。
レイはジヲォンの介護のため城に残っているので、お付きは実質イルガス一人だ。
『なんで私がこんなオヤジの世話を……』
彼女にはお土産を買って行ってやろう。
「ギィッ……アア嗚呼!」
トラウマになりつつある思い出を振り返っていると、麾下たちがモンスターを倒していた。
私の獲物だったんだけどなー……。
「殿下……あなたはご自分が遠征している意味を、理解しておられますか?」
「あっ、イルガス。ねえ、この洞窟に潜ってから5日間くらい経ったよね?
いま夜なのかな、昼なのかな?」
「殿下の腹の虫が未だに静かということは、昼前の午前かと」
「イルガス、私が食いしん坊みたいな発言を撤回しなさい。
女子高生への侮辱罪とみなすよ?」
「……失礼致しました。現時刻は5日目の午前11時です」
「そう。じゃあそろそろお昼休みだね」
「では、休憩ポイントを探しましょう。ここでは、いつ魔物に襲われるか分かりませんし。殿下が――いつ勇ましく出て行かれるか、分かったものではないので、ね?」
うわー……皮肉。
そういうの嫌いじゃないよ♡
◇
「――今回の遠征の目標を確認しましょう、殿下」
洞窟にある休憩スペースの中で、お弁当を開きながらイルガスがそう切り出した。
「ええー……もうよくない?」
「よくない。あなたが理解していなさそうだから確認して差し上げると申しているのです。
いいですか、僕は貴方の王室教師です。指導理念には賛同していただかなくては困ります」
「わかったよー……もう、鬼教師!」
「鬼で結構。――それに、ゴブリンは分類上では子鬼ですから」
イルガスがどこか自嘲するような笑みを見せるが、確認しようとする意思は譲らない。
先に折れたのは、私の方だった。
「……北東の街、トータウスにある『世像協会』へ、私の即位を伝えに行くんでしょ?」
「その通りです。この大陸には東西南北に分けて、それぞれの支配者が君臨しています。
『東の魔女』、『西の勇者』、『南の賢者』、『北の魔王』。
支配者の名を連ね、永劫の記録として後世に残す絶対図書機関――それが我々の目指している『世像協会』です」
「分かってる。私はそのうちの、『北の魔王』て呼ばれてるんでしょう?」
「よく勉強しましたね、殿下。
しかし現在の『北の魔王』は、未だメルジェーノフ様に変わりありません。なぜなら――」
「世像協会への登録を済ませていないからね。現状今の私は、キズル村の委託券も村長から継承できない、王を名乗るただの罪人になる。だから急いで、即位の報せを伝えに行かなければならないんだよね。要するに、私が新しい王様ですよーって、国民に知らせるための、発行証書を作りに行くわけだ」
「よくできました。ご褒美に僕がコーヒーでも淹れてあげましょう」
そう言うとイルガスは立ち上がり、道具を集めてコーヒーを淹れ初めた。
こうやって甘やかしてくるから、この四ヶ月も抵抗できなかったのだ。
さすが参謀。飴と鞭の使い分けが上手い!
「それくらい命令したら淹れてくれるじゃん」
「ご冗談を。命令されたら大抵は抗えません。
だからなるべく、『ご褒美』という形に留めてくれると助かります……」
苦笑いしながらコーヒーを淹れる彼の姿は、ただの年相応の青年に見える。
そりゃそうか。
ゴブリン連隊の参謀という肩書を除けば、彼は私と歳のそう変わらない青年なのだから。
「……そういえば」
ドリップを終えてコーヒーカップをことりと私の手元に置くと、小さく呟いた。
うん、美味い。
「トータウスと言えば、先代の近侍だった男がそこに居ます」
諸事情あって、私がカチコミに行った時は居なかったらしい。
「へえ。ということは、その人も幹部だったわけだ」
「はい。我々の生まれ故郷でも、彼の名を知らない者はいないほどです」
イルガスの生まれ故郷と言うことは……ゴブリンの里か!
城に住む者以外が『人間化』の秘薬を飲んでいるとは考えづらい。
きっとその村に行けば、アニメで見るような、というより転生したてだった私のようなゴブリンがぞろぞろと……。
「どうしました殿下」
「いや、ちょっと寒気がね……」
やっぱり、幹部以外にも薬を飲ませておいてよかった。
考えただけでもゾッとしちゃったよ、私……。
「――やはり、ずっと洞窟内にいるのは人間だった殿下のお体に宜しくない。最短ルートで出口を目指しましょう。貴方が一日でも早く、我々ゴブリンとキズル村の王を名乗れるように」
そういう事で言ったんじゃないんだけど……。
まあいいか。
私も早く、皆の王になりたい。
急いだ私たちが洞窟の外に出たのは、それから四日後のことだった――。
人って興が乗ると、止まれなくなりますよね。
私は数日前、友達に「酔ってるの?」と聞かれました。
バリバリのシラフでした(未成年)。




