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【S5】不遇の勇者の誕生祭⑤


「……ユキミヤ、リョウヘイ……」


いかにも日本人らしい名前だ。

すると、僕の前にも転生者が居たことになる。


「お爺ちゃん。その人って確か、今の『西の勇者』なんでしょう?」


着替え終わって部屋から出てきたユキミヤさんは、髪をタオルで拭っていた。

気になる単語を聞き取った僕は、そのままお爺さんへ送球する。


「西の勇者?」

「――東の魔女、西の勇者、南の賢者、北の魔王。事実上この世界を収めている四大勢力の通り名じゃ。まあ、この世界では小学生で習う常識だがな」


お爺さんの視線がユキミヤさんに行く。

記憶が欠如しているユキミヤさんは、上手く思い出せないらしい。

しかしその後、確かな怒りを混ぜた声音で、彼女はこう言った。


「この頭の傷は、北の魔王――ゴブリンロードに付けられたものなの」


ゴブリンロード――ゴブリンなら僕でも知っている。

緑色の子鬼のようなモンスターだ。

ロードというと、それの王様か。


「当代のゴブリンロード――メルジェーノフ・ザッハークは、悪逆の王じゃ。

人間化の薬を用いて下界へ降り、集落の一つや二つなら一夜にしてお遊びのように消してしまう事も、昔は度々だった。今こそは鳴りを潜めているが、そんなことは関係ない。奴は、ユキミヤの両親を――儂の息子とその妻を殺し愛しの孫にこの傷を負わせた。恨もうにも、老い先短いこの身では、恨みきれん」


当時、運良く魔の手から逃げ延びたユキミヤさんにも、魔族の追手が付けられたそうだ。


火中の山村を行く宛もなくさまよう姿は、まさに悲劇の少女だっただろう。


追手に追いつかれ絶体絶命の窮地。それを救ったのが、リョウヘイらしい。


「しかし事後、戸籍上、孫は事故で死んだことになっていた。そこで孫を助けたその男が、戸籍不明の少女の命名権を与えられた。リョウヘイは己の姓を孫に名付け、「新しい人生を歩むように」とユキミヤに言い残し、焼け焦げた村を去って行ったんじゃ……」


気づけば室内は、お通夜の後のように重たい沈黙が包んでいた。

正直言って……気まずい。


「……おっと、重たい話をして悪かったの。セイタ」

「いえ、ユキミヤさんの事情に踏み入ったのは、僕ですから」


話を聞いていると。

他人事とは言え、腹の底辺りに、静かな怒りが蓄積されていくような気がした。


悪逆の王だか何だか知らないが、臣下を持つ人として、人殺しはどうなんだ。


もし僕が『西の勇者』だったなら、そんな蛮行見逃しているはずがないのに。

リョウヘイさんは、一体何をしているんだ。


「お前には、孫を助けてもらった恩義がある。何か礼をしたいのだが……」

「いえ、とんでもないです。数日ここに泊めてもらえるだけで十分ですよ」

「そういうわけにもなあ……。おっ、そうだ」


お爺さんは手のひらをポンと打つと、人差し指を立てた。


「お主、確か職業をソードマンと言ったな?」

「……ああ、それはですね」


さっき尋ねられた時は、転生したばかりという事もあって混乱していて、口先からの出任せだったと説明するのに時間はかからなかった。


「だと思ったぞい。その割には剣も盾も持っちゃいなかったからなあ」

「……バレバレ」


小さな嘘が見透かされていたような気分で、ちょっと恥ずかしかった。


「なら、儂が剣を教えてやろう。これでも若い頃はブイブイやっていたからなあ。それに、これからもこの世界で生きていくなら、武器の一つも扱えないと危なくてしょうがない」


それはその通りだと思った。

異世界の基本は、剣と魔法が支配する世界というイメージが大きい。

なのに剣は使えない魔法が分からないでは、話にもならないではないか。


「その代わりと言ってはなんだが……もう一つだけ、老いぼれの願いを聴いてはくれぬか」


お爺さんは真摯な瞳で、僕の両目を覗き込んだ。


「ユキミヤに残された家族は、もう儂しかいない。

加えて、この老骨もそう遠くない未来に朽ち果てる身……。

そうなってしまえば、この子には、もう何も残らなくなってしまう」


とても切実な声音で、必死さの中にユキミヤさんに対する愛がこもっていた。


「どうか今後とも、ユキミヤを守ってやってくれないか」


「……私からも、お願い、します……。私、極度の、人見知りで。うまく会話できないし、魔術の成績も、ハーフエルフの割にはよくないし……。

だから、助けてもらいたいの。今日みたいに――」


手を取って、そんなお願いをされてしまった。


これで断っては、男が廃ってしまうではないか。


「……分かりました」


この異世界での、僕の当面の目標が決まった。


前世では何の取り柄もなく、普通で平凡な日常生活を送っていた。


でも、今日もそれで終わりだ。


ユニークスキルなんてなくても、チートアイテムなんてなくても、

僕はこの世界で、日本で体現できなかった「勇者」になってみせる。


いや……。


自分なんてどうでもいい。


誰でもない、僕は彼女の――ユキミヤの英雄になりたい。



「――よしッ! 今宵は宴じゃ! ユキミヤ、セイタ、手伝え!」

「はい!」「お爺ちゃん、力入れすぎて腰にヒビ入れないでよね」


エルフの本領発揮か、テーブルには次々にご馳走が並ばれていく。


そして、僕の異世界一日目の夜は更けて行った――……。



これで穂刈視点は終わり、またイズミ視点へ戻ります。

彼女が語り部だとふざけられる行数が増えるので、書きやすいです♪

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