【S2】不遇の勇者の誕生祭②
「とりあえず、これ食べな。無理をしたら体に障るぞ?」
「……ありがとうございます」
暖かい白湯と剃ったりんごをお爺さんからもらい、清潔なベッドの上でほっと一息ついた。
味がある、美味しい。これはきっと夢じゃない。
「あんた、名前は? どこから来たの?」
お爺さんは正面の椅子に腰掛けて、僕の両目を覗き込んで問いかけた。
「……姓は穂刈、名は誠太と言います。東京から来ました」
「トウキョウ? 聴いたこともねえ街だな」
やっぱり、ここは異世界で間違いはない。
標準語が通じるのに東京を知らない、日本ならざる世界観に家畜の群れ。
聞けば奴隷の類まで存在するらしい。僕の乏しいラノベ知識でも理解できる。
すると、この白いお爺さんはエルフやドワーフ……という扱いになる。
「それより驚いたな。あんた、姓を持ってるってことは貴族なのか?」
「え?」
「これはこれは、貴族相手に白湯だなんて失礼なことをしたなあ。
ちょっと待ってなさい、儂の自慢の漬物を食わせてやろう……」
「いえ、僕は貴族なんかじゃありません。
どこにでもいるような会社員……あ、いや」
僕はそこで口をつぐんで、言葉を言い換えた。
「どこにでもいる……しがない、ソードマンです」
◇
「――とどのつまり、あんたは異世界から来たと?」
この世界で拠り所もいない僕は、お爺さんにはいっそ正直に話すことにした。
自分が転生したということ。その過程があやふやで、僕自身も全く分からないこと。
必要とあらば自分の生い立ちや学歴まで話した。
そして一通り聞き終えた、お爺さんの感想は。
「あんた、頭でも打っておかしくなったんじゃないの?」
あはは……。そりゃあ、最初から信じてもらおうなんて思ってなかったけど。
でもここで見放されたら、僕は当てもなく世界を彷徨うことになってしまう。
それだけはゴメンだ。
「どうか信じてください、行く宛もないんです!」
「うん、分かった。しばらくここに泊まりなさい」
「案外軽いですねお爺さん!?」
「そりゃエルフって妖精種のことだもん。軽いに決まってるじゃろ」
そういう事じゃない。
「それにな」
お爺さんは背筋を低くして、悟らせるように語りだした。
「嘘だろうが真実だろうが、儂はそんなに重要じゃないと思っていてなあ。
時として優しい嘘をつける奴であれ、時として残酷な真実を告げる奴であれ。
儂は長い人生でたーんと見てきた。人間なんて、一皮剥けば表と裏が見える。
突き詰めれば、人間なんてみんな、嘘つきみたいなもんじゃ。
自分にとって目の前に居る奴が、信頼に足る存在かどうか。
本当に大事なのは、きっとそれだけじゃよ」
お爺さんは僕の頭に手をのせて、優しくポンポンと撫でてくれた。
「あんたは――セイタはきっと性根が清い。信じる材料としては、十分だろう」
「……どうして、そんな事が分かるんですか」
「――手つきだよ。白湯の茶碗を受け取る時、セイタは優しい手つきをしていた。
乱暴で気性が荒いやつは、どうしても手元に自分の本性が出てしまうもんなんじゃ」
「……はあ。そうなんですか」
僕は白湯の茶碗を持つ右手が、自ずと震えているのを感じていた。
「なんじゃ、嬉しくないんか?」
「……嬉しいですよ。ただ――」
耐えきれず、スプーンを持つ手を入れ替えて袖を目元にやった。
「このままじゃ、ちょっと泣いちゃいそうなんで……」
◇
とりあえず、健康なのにベッドで寝続けるのは性分じゃないので、お爺さんに断って、外を散歩してみることにした。
『――儂の孫が、魔法の研修校に通っているのだが、これがどうも方向音痴でな。
セイタ、出かけるならついでにお前が迎えに行ってくれぬか。ほれ、これが地図」
転生されたばかりで、地の利が皆無の人間にそんなこと頼まれても……。
そのお孫さんの方が、まだこの辺りの地域について詳しいはずだ。
僕はこうして外に出るまで、この街の活気にすら気づけなかったというのに。
「らっしゃーい、南の海から、粋のいいの入ってるよー!」
「西の勇者お墨付、この剣一本あればどんな冒険だって安心だぜ!」
「東の魔女考案のポーション、今ならたったの70ポロンだよ!」
食品を始め、生活雑貨、防具に武器に魔道具店。
赤レンガ作りの中世的な世界観の街道に、様々な店が軒を連ねていた。
――このケイト市場街は、直接王都へ繋がる国道沿いに位置している。
王都へ向かう商業人が補給物資を調達する際に必ず立ち寄る市場市場……らしい。
「……すごい人だなあ」
学生時代、人混みは大の苦手だった。
でも社会人になって、毎日満員の通勤列車に揉まれるようになってからは随分慣れた。
行き交う人々の中に忍び込み、流れに乗って自然に前へまえへと進んで行った。
「さて、お孫さんの学校はどこかな……っと」
それっぽい看板が見えて立ち止まる。
『ウエストリンク魔法術士志学園』
……相当滑舌がいい人じゃないと発音できなさそうな名前だ。
要するに、魔法使いを目指す人たちが集う学校なのだろう。
――学校にはいい思い出も、悪い思い出もたくさんあった。
それらを差し引けば、特別楽しくも苦しくもない平凡な生活だったことが思い出される。
僕の彼女と――如月と出会ったのも高校生の時だった。
「……はあ」
え、何でため息をついたのかって?
童貞くらい高校に捨ててきたかったなあって思ったんだよ、切実に。
このままうかうかとしていて、社内の婚活戦争に巻き込まれたくはない。
童貞という弱みに付け込まれて、色仕掛けでもされたら歯が立たないから。
「って、現役の学生たちを前になんて妄想してるんだ僕は……!」
大人として恥ずかしい。
気を取り直してお孫さんを探そうとした、その時。
――バシャ。
大量の水が、人肌に当って弾ける音がした。
「きゃっ……」
校舎裏、一人の女子生徒がバケツの水を被せられ尻もちをついていた。
「何、するのよ……」
女子生徒は濡れた服装を庇うようにして、両腕で自分を抱いていた。
髪からは小さな雫が連続して滴り、顔は赤く、蒸気に染まっている。
「お前に口答えする権利なんてない……自分でも分かってるだろ」
寒さか恐怖か、震える声音を紡ぐ女子生徒に対して。
水をかけた男子生徒は気だるげにその首をもたげて、女子生徒を見つめていた。
「お前……術士としては低級だが、女としては上物だからな」
「だから何よ……」
「結論から言おう。俺の女になれ、ユキミヤ」
なんと、噂をすれば愛の告白だ。けど、とても平和的とは思えないな。
「――止めてあげなよ」
僕は特に臆することなく、自然と一歩を踏み出せていた。
湿った夜ほど過ごしやすい気候はないと、私は思っています。
従って今日は最高の夜です☆彡




