【17】綺麗な朝日
今回ちょっと長いです。
「――必ず、安息日を設けること」
「安息日……?」
「それって、その日は働いちゃいけないっていう、アレか?」
「うそ……。都市伝説だとばっかり思ってたわ私……!」
――そもそも安息日っていうのは、神が天地創造の7日目に休息を取ったことに由来している。厳密に安息日を追求しようとすれば、必然的に宗教がからんで来るのだ。
だから私はもう一つ、村人たちに提案してみる。
「この村に、宗派はありますか?」
「いや、ないな」
ブラッドが答える。
「なら、それを作ってください。そして週七日間の内、なーんにもしない日、いや、しちゃいけない日を作ってください。それが、ここを私が統治する上での条件になります」
村人たちがザワザワし始めるのが、壇上に立っている私からはよく見える。
迷い、焦燥、焦り。その中でも一番大きいのは――
「なんで、そんな日を設けなくちゃいけないんだ……?」
なぜ働かなくていいのかという、戸惑いだった。
「いや……ですね」
私は言葉を濁しながら、うやむやに答える。
だって、確固たる理由があるわけでもない。
この制度で村がさらに発展する展望があるわけでもない。
でも私は、どうしてもこう言いたかった。
「私は、日本っていう異世界から来ました。そこで私は、自宅に毎日引きこもって、職場 (学校)にも行かず、悠々自適で、怠惰な毎日を送っていたんです。でも、この世界に来て、ゴブリンの王になることが決まって。私は、私自身を変えたいと思った」
私は自分語りをするつもりで、切実に言葉を紡いだ。
「『異世界人類ニート化計画』は、その足がかりのつもりでした。
人間とゴブリンを共存させて、ゴブリンが狩り、人間が加工する。
そうして、人々を苦楽から開放させようって、そう思って始めた祭りごとです」
何人もの視線が、私に集まっている。
「……第一」
それから私は、吐き捨てるように。
「今の人々は働きすぎてるんですよ。
妻は家事に炊事に洗濯に介護に仕事。
夫は仕事→説教→残業→出張の繰り返し。
これじゃ誰だって疲れちゃいますよね?
世界は変わらない、あなたは変えられます。
なら、世界を塗り替えれるほどに強くなってみせましょう。
――人族も魔族も、働かなくても生きていける世界を創るんです」
呆然とする村人たち。
――今まで死ぬ物狂いで働いても、十分に食えなかった。
そんな凄惨な過去を抱える人々に、私は指を突き立てた。
「これは、その為の第一歩です」
それを晴れた大空に掲げて、私は叫んだ。
「宣誓! 私はキズル村に留まらず、大陸全土をこの手に収め!
タドコロ・イズミの名を轟かせ、『異世界人類ニート化計画』を実現し!
前世の私とその家族に恥じない変わりっぷりを、今世で刻み!
必ずやキズル村のような人々を救済することを、誓います!」
それから、わずかな沈黙が訪れ。
迷いや戸惑い。
それを吹き飛ばす圧倒的な喝采が、私を包み込んだ。
◇
「はっ、はっ、はっ―――」
――ブラッドの兄は、赤い月夜の下を宛もなく放浪していた。
どこまで来たのか分からないほど、迷い込んだ森はどこまでも続いている。
薄い霧が周囲を覆い、フクロウの鳴き声がやけに怪しげに響いていた。
「あの小娘……! 我が物顔でいきなり俺の村を占領しやがって……!」
俺の村、とは語弊の極みだが、彼に対する理不尽には同情の余地もある。
「――どうした、迷い人か?」
だからだろうか、赤い衣服を纏った紳士的な男性が声をかけてきた。
場違いではあるが、その佇まいには気品があり、腰に携えた剣は相当の業物だ。
「そうなんだよ旦那、助けてくれ!」
「助けてくれ、と一口に言われてもとんと分からぬ。一から話してみよ」
「俺の村に、ゴブリンロードとかって名乗る変な娘が侵略しに来たんだ!」
「――ほう? ゴブリンロード……か」
なぜか含み笑いを浮かべる男は、上を向いて月を眺め始めた。
「あんた、強そうだな。どうか人助けすると思って、あの女を追っ払ってくれねえか!」
手首を縛られ、道すがら魔物に引き裂かれた衣服で、ブラッドの兄は必死に懇願する。
しかし、男は心ここにあらずといった微笑を浮かべ、月を見上げてぽつりと呟いた。
「――中々やるではないか、異国の少女よ。
やはりそちに同胞達を預けて、正解だったようだな……」
「?」
ブラッドの兄は、その男が何を言っているのか皆目見当がつかなかった。
けれど、そんな事どうでもいい。村の危機、引いては寝床の危機である。
俺は寝床さえあければ生きていける。
剣ばかり達者な弟が、何もしなくても稼ぎを蓄えて帰ってくるんだから、俺なんかが働く必要性がどこにあるというのだ。
「頼むよ旦那! 追っ払ってくれたら、報酬は惜しまねえから!」
うちのバカ弟がな!
どっちみち、俺の財布には何の影響もない。
この男がいてくれたら、きっとあのゴブリン達も城へ帰るだろう。
長いこと冒険者をやっていたが、ここまで強そうな野郎はそうそう見ない。
腰の得物はすげえ上物だし、レベルだって……。
レベル……だって……。
「――え?」
「どうした迷い人よ。まるで化物を見たような顔色をしているが――」
静かに土を舐めるような低い足音をしながら、身長の高い男はブラッドの兄を見下ろした。
「――我の後ろに、何か居るかな?」
ブラッドの兄には、口に出すのも恐ろしい程の、鬼のオーラが見えていたという……。
◇
――昨日は色々なことがあったなあ。
即位してから一週間しか経ってないのに――資源問題が起こったり、臣下たちの信頼を勝ち取ったり、ブラッドが押しかけてきて、そのままキズル村へ出向いたり……。
思えば日本で、こんなアクティブな一週間を経験した事なんてなかった。
私は異世界に来て、実に充実した毎日を過ごせていると思う。
「……なーんか、目が覚めちゃった」
部屋に居ても特にすることがないので、なんとなく玉座の間まで行ってみた。
まだ夜明け前だ、玉座の間には誰の姿もなかった。
「よいしょ……っと」
日本の座椅子くらいの座り心地の玉座に、ゆっくりと腰を下ろす。
なんだか、とてもよく馴染んだ気がした。
「私も、ちょっとは王様っぽくなってきた……ってことかな?」
自己完結して苦笑する。だって、ちょっと前まで引きこもりJKだったのが、いきなりゴブリンロードとか、未だに実感沸かないもん。
――でも、この肩に乗る王の重圧が、今はすごく心地が良い。
「……おおー」
東の空に、朝日が昇り始めた。
玉座のすぐ隣には、透明のステンドグラスが外を見渡せるように貼ってある。
……これも先代の趣味だろうが、割りといい趣味をしていると私は思った。
これなら朝日も夕日も月明かりも、絶景の位置取りで眺めることができる。
「――きれい」
柄にもなく、思わずそうつぶやいてしまった。
「そうだね」って返してくれる恋人も居ないけれど、まあそのうち作ればいい。
今はこのきれいな朝日を、ずっと独り占めしていたい。
朝日が顔を出しているのは、東の山岳のそのさらに遠く。
薄く積もった新雪が、幻想的に光を反射しているのだ。
このゴブリン城塞が建っているのも山岳の真上だから、こういう景色がより綺麗に見える。
きっとあの山岳の向こうにも、人々の集落が、まだ見ぬ景色があるのだろう。
――見に行ってみたいな。
せっかく異世界に来たんだ。
冒険をしよう。
引きこもってなんかいたらつまんない。
妄想の限りを尽くしたその景色が、あの山を越えれば広がっているのだ。
「――ついて来てくれるよね、皆」
朝の匂いが玉座の間を包むなか、集った臣下たちに、そう問いかける。
「無論です、皇女殿下」
「私たち参謀が二人、どこまでもお供致します」
「この剣豪ジヲォン。いかなる死地にも馳せ参じましょうぞ!」
「人間のオレも忘れるなよ、イズミ殿。キズル村の刃は、鋭いぞ」
心強い臣下たち。
心地の良い重圧と責任感。
ああ、私。
ゴブリンに転生してよかった。
「うん。じゃあ、取りあえず――」
私は両手を大きく鳴らして。
「朝ごはんにしよっか」
取りあえず、これで一章が完結しました。
最近アクセス数がほんとに増えてきて、たまに一日で三桁に行くこともあります。
ありがとうございますm(_ _)m
もしよかったらブクマ登録、誤字報告、評価やらをしてくれると、わたくし大変嬉しいです。
次の章からどんどん新キャラも増える予定ですので、乞うご期待∠(`・ω・´)
PS
投稿頻度が減るかもしれませんが、どうか暖かい目で見守ってやってください(._.)




