【12】一本の弓矢
ブラッドフォードの家にたどり着くと、その中には泥のように眠る中年の男がいた。
玄関から中を覗き込むようにして、私を含んだ五人が顔を見合わせる。
「……あれが噂の兄君か」
「そうだジヲォン殿。まるで豚のようだろう? ……あ、残飯のお土産を忘れた」
「不潔ね」
「汚いな」
幹部揃って大不評である。
まあ、私もだいたい同じようなこと思ってるけど……。
――だけど、あのオヤジに向ける不快感は、なんだかスッと言葉になって出てこない。
「――我が行こう。あの者の性根を鍛えなおしてやる!」
ジヲォンが家の中に踏み入り、不潔な男の前に立つ。
『待って、ジヲォン』
「ん?」
レイが念話でジヲォンを呼び戻す。
『――コネクト完了、この場の全員との思念を繋いだわ』
そう言われると、なんだか脳がクリアになった気がする。
口は動いていないのに、レイの言葉がはっきりと浮かんでくるようだ。
「驚いたでしょう、殿下? レイの『スキル』は、指定した全員が可動圏内なのです。自身の権威を示すレベルが高いほど、権能である『スキル』は上位のモノとなる……。レイは、レベルを上げる為の修練も、『スキル』を使いこなす為の調整も怠らない、先代メルジェーノフ様が大層お気に召された参謀でした」
身内自慢をするイルガスの瞳は輝いていて、その間にも現場は動いていた。
『これで、どれだけ離れても私達との意思疎通が可能よ。
――万が一何かあったら、殿下に指揮をとって頂くから、そのつもりで』
「相分った」
私も、それだけの覚悟はできていた。
だからその分、周囲に気を配る事に集中する。
「起きろ、そこの者」
「あ―……? ブラッドか……ってうおっ、誰だアンタ!?」
「訳あってこの町を占領する運びとなった、侵略者だ」
「? ? ?」
男は寝ぼけ眼を巡らせて、今の自分が置かれている状況を必死に理解しようとしていた。
「……にしても」
その間にも、町の人達から向けられる視線が痛い……。
「何なの、あの人たち? 見ない顔だけど……」
「しかも全員、ゴブリン城塞の方角から来たよな?」
「侵略者とか言ってるわよ? 私たちからこれ以上、何を取るというの……?」
「もうこの村には家畜も作物もないのに……。クソッ、魔王軍の手先め……!」
不穏な空気というのは、まさにこの事だろう。
怒り、不満、悲しみ、それだけを原動力に。
村人たちはこの飢饉に耐え抜いているのだ。
ザワザワとした空気が周囲に電波する頃には、家の中の状況が動いた。
「Level65……異常に高えな。さてはアンタ、質の悪い集金屋か何かか?」
「ほう、我のレベルが分かるのか?」
「これでも一応、冒険者の端くれでよ。腕は鈍っても勘は健在って……なっ!」
男は立ち上がろうとすると、膝下に隠していた剣で不意打ちをしかけた!
「――ジヲォン!」
私が反射的に叫ぶと、瞬間、ジヲォンの頭部で火花が散る。
「――闇討ちさえすれば、レベルの差が覆るとでも?」
「……ちっ」
その本人は、不敵な笑みのまま健在していた。
素早い抜き身で、頭部で剣閃を受け止めたのだ。
さっすが私の部下!
「……で、何のようだ。金ならねえぞ」
男は何事もなかったように座り直し、無礼にも足まで組んでいる
「勘違いをするな。我は集金屋などではない、侵略者だ」
「分けわかんねよ、ぶっ殺すぞ!」
「ははは! 面白い事を言う男だ。現に今、殺せなかったではないか!」
「テメェ……!」
茶番が白熱していくさなか、私はと言うと……。
「ねえ、何なのアイツ? 人の部下に手を出しておいてあの態度って……」
激おこプンプン丸であった。
不潔なだけじゃ飽き足らず、礼儀も弁えていないなんて!
「落ち着いて下さい、皇女殿下。ジヲォンはあの手の輩には慣れています」
「でも!」
「今の状況で殿下が出向いたところで、火に油……いえ、寧ろ余計な計らいです」
確かに、二人の言うとおりだ。
今私が出ていったところで、状況がややこしくなるだけ。
私は今、擬態用の仮面を被っている。
変な仮面の女の子が「こんにちは!」とかってやったらただの不審者やんけ。
「――イズミ殿、本当に面目ない。お恥ずかしい限りだ」
私が単純に怒りを言葉にする中、ブラッドフォードは静かに怒りを押し殺していた。
これが大人か……。私もまだ青いなぁ。
「…………あれ?」
注意が散漫になっていたからか、後ろの村人たちの気配が一切なくなっている。
後衛の衛兵たちに聞いてみると。
「それが、皆同じ方向に向かって歩いて行ったんです」
「どうも、覚悟を決めたような顔で、それは勇ましかったですが……」
――嫌な予感がする。
『ジヲォン、聞こえる?』
『皇女殿下、いかがなされた』
『一旦戻って来て。村人たちが一斉に消えたの、多分……』
その時、放たれた弓矢が私の肩を勢いよく射抜いた。
『『『――殿下!』』』
弓が飛んできた方角に振り向くと。
そこには決起した村人たちが、鬼の形相で剣を構え――弓を引いていた。
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