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鞭打ち令嬢

ドアマット系攻略対象の話

作者:

ジャン視点。注意。色々な意味で。

「それでは、行ってまいりますお嬢様。」


 玄関先まで見送りに出てきてくれたお嬢様に挨拶をすると、お嬢様は苦笑いをして行ってらっしゃいと返してくれた。


「パイナップルサラダを作って待っているわ。」


 そう言って見送ってくれるお嬢様に心の底から愛おしい気持ちが湧き上がる。

 


 俺の名前はジャン。ブレッド公爵家が取り潰しになり、実家へと戻った俺はバラヤ男爵位を継ぐ事になった。バラヤ男爵家は法服貴族で領地は無く、長男が官職を代々受け継いでいる貴族とは名ばかりの家だ。

 次男であった俺が父の後を継いだ理由には少々複雑な経緯がある。


 俺が7歳の頃、兄がブレッド侯爵家の嫡子クインス様、お嬢様の兄上とその取り巻き達に騙され、ギャンブルで多額の借金を背負う事になった。

 兄を溺愛していた両親は迷う事なく俺を悪名高いブレッド家に売ったのだ。

 表向きは行儀見習いであったが、実際には奴隷奉公になる事は7歳児であった俺にも分かっていたので、両親や兄も当然知っていた事だろう。

 兄ばかりを構い愛する両親の愛情を何処かで期待していた俺はこの時バキバキに心を折られ、絶望のドン底にいる気分だったと思う。


 死んだ魚の目をしたブレッド家の使用人に案内され、通された先に居たのは、美しい少女だった。


 艶々とした黒髪に蜂蜜色の瞳、色白の肌にツンとした形の良い高い鼻。気の強そうなつり目で、妙に色気のある少女。

 俺はそこで同じ歳頃だと言う事で、彼女の従者として付けられたのだという事を知った。


 お嬢様のご両親であるブレッド侯爵や侯爵夫人、兄のクインス様は三人とも横幅が人並み外れて広い方々で、丸々としていて、顔はボコボコと荒れた肌をしていた。美しいお嬢様が突然変異であるのか、痩せて肌が綺麗になれば彼等もお嬢様と同じ様に美しくなるのかは分からないが、兎に角この家族の中で一人だけ似ていなかった。

 だが、彼等なりにお嬢様への愛情はあるらしく、よくお嬢様の様子を見に来ては、お嬢様に構おうとしていた。主に、お嬢様のお手本を見せてやろうとしていたので、使用人達に取っては限りなく迷惑行為であったのだが。


 初めてお嬢様に鞭で打たれた時、屈辱感と痛みで悔しくてたまらなかった。


 この家では、何かしら失敗する度に罰として鞭を打たれるのだ。

 俺は、お嬢様の練習台として提供された供物の様な物だった。


 無表情に振り下ろされる鞭と、高い音、背中に走る痛み。


 悔しい気持ちで涙が溢れ落ちたが、直ぐに俺は、それがお嬢様の優しさだという事を思い知らされた。


 お嬢様の用事で屋敷内を移動中にクインス様とすれ違った際、些細な事が原因で鞭打たれたのだ。


 お嬢様に打たれた時の方が大きな音が出ていたのに、クインス様に打たれた時は、痛みというより、火傷をした様な熱さがあった。足で蹴り転がされ、頭を踏まれ、背中は皮膚が破れた。その後、2日程ベッドから出れない程に痛め付けられた。


 お嬢様担当以外の使用人にとってはそれが日常茶飯事だという。


 お嬢様の方が痛そうな音が出ているのに、叩かれてもしばらく赤いだけで、傷にはならない。


 お嬢様がまだ幼くて力が足りないからなのかと思ったりもしたが、成長してから更に音は高く出る様になり、打たれた痕も直ぐに消える様になった。その上、なんだか気持ちが良く、クセになる。


 だが、やたらめったら叩いてくる他の侯爵家の人々と違い、お嬢様はよっぽど大きな失敗をしない限り打ってはくれない。


 しかし、俺たち使用人が失敗をするというのは、お嬢様にとって不利益な事だ。


 なので、張り替え予定の絨毯に紅茶を溢したり、廃棄予定のティーカップを割ったりと、お嬢様の不利益にならない程度の失敗をして、鞭打って貰ったりするようになった。


 お嬢様は無表情ながらも、よく観察していると感情がみえる。ふーやれやれ、という様な感じで振り下ろされる鞭だと少し物足りなく感じるので、もうちょっと強めに打って欲しかったりして、失敗ポイントを探す事に夢中になっていた。


 そんなある日、夜会に出席したお嬢様を待つために馬車の停車場で待機していると、不思議な女性に出会った。

 ハニー・グラノーラ男爵令嬢と名乗った彼女は、俺がブレッド侯爵家で虐待を受けているのではないか、とかお嬢様に酷い目に遭わされているのではないかとか、失礼な事を言ってきたのだ。そして、ブレッド家の内情を教えて欲しいとか、王子や騎士団やらに伝手があるから助けてあげるとか、大言壮語を吐いていたのでその時は聞き流していたのだが、後日、お嬢様がブレッド家を潰したいと願っている事を知り、彼女に協力を求める事になった。


 お嬢様の不利益にならないようにと細心の注意を払い、ブレッド家を落とし、ついでに実家の両親を引退させクインス様の腰巾着になっていた兄をクインス様と一緒の牢に入れた。


 なんだかんだと敵の多かったブレッド家であったから、お嬢様に同情的な人々も多いがブレッド家への怨みを募らせてお嬢様をつけ狙う輩も多い。平民となったお嬢様を守る為には、たとえ、名ばかりであろうとも、実家の爵位や官位は必要だと思ったのだ。

 お嬢様付きの使用人達とも相談し、お嬢様の守りを固める為に実家へと戻ったのだが、今度は貴族と平民の壁が俺の前に立ちはだかった。


 貴族と平民は基本的に結婚出来ない。


 平民と結婚する為にはお嬢様を貴族の養子に迎えてもらうしかないのだ。


 だが、元ブレッド家の侯爵令嬢だったお嬢様を養子に迎えてくれる下位貴族がいない。

 グラノーラ男爵令嬢に頼もうかと思ったのだが、いつのまにかグラノーラ男爵家は伯爵家になっていた。男爵令嬢を王子妃とする為らしい。

 伯爵家の養女を男爵家の嫁にというのは、流石に伯爵家に旨味が無さ過ぎる。


 であるので、ほとぼりが冷める迄は暫くこのままで居るしかないのだ。


 お嬢様と俺は、主従が逆転した関係になってしまった。申し訳ない気持ちで一杯だ。このダメな犬を鞭打って欲しいと頼んだが、放置された。


 現在、お嬢様と俺は、内縁関係にある。つまり、愛人関係だ。


 愛する人との生活は俺の心に喜びしかもたらさないが、いつか、お嬢様と正式な夫婦になれれば更に幸せになれるだろう。


 滅多な事では鞭打ってくれなくなったお嬢様なので、思い余って今朝はベッド横の床に寝転んでお嬢様が起きた時、あの綺麗な脚で踏んでもらった。ピンヒールでグリグリと踏まれるのも良いが、柔らかい素足で踏まれるのも思いのほか悪くない。


 起きて暫くは不機嫌だったお嬢様に鞭を差し出したりしたのだが、不機嫌が増すばかりで、俺もしょぼんとなってしまった。しかし、お嬢様は仕事に出掛ける俺に優しく笑顔(苦い物を食べたかの様なではあったが)で、しかもパイ?サラダを作ってくれるとまで言ってくれたのだ。


 幸せ過ぎて、今日が命日にならない様に俺は細心の注意を払い仕事した。


 俺は、死んでも生きる。お嬢様の為に。


 いつもなら、もうとっくに帰る時間なのだが、今日に限って仕事が山積みになってしまい、ギリギリまで働かされた。帰る途中にもお嬢様を狙う輩が襲ってきたので、撃退し、帰路を急ぐ。


 屋敷の門を越えると、家の玄関先で、お嬢様がウロウロと落ち着き無く歩いているのが見えた。


 一体何があったのだろうかと、慌てて馬車を降り、お嬢様に駆け寄ると。


「ジャンっ!!」


 お嬢様が俺に抱き付いてきた。


「ど、どうしたんですか?お嬢様。何か……?」


 すぐ隣にいた使用人に目を向けると、首を振る。特に何も無かった様だ。


「ジャンが、遅いから、フラグが仕事したのかと思ってしまったじゃないの。」


 少し顔を赤くして、お嬢様が涙目の上目遣いで睨んできた。

 あまりの可愛さに喉がウッと鳴る。


「良かった、ジャンが無事で……。もう、怒りに任せて変なフラグ立てるのは止めるわ。心臓に悪いから。」


 よくわからない事を呟くお嬢様が、俺の身体に腕を回しギュッとしてくる。

 その柔らかい感触に胸が高鳴る。


「遅くなってしまって申し訳ありません。そう言えば、パイ?何とかサラダ、作って下さったのですか?」


「パイナップルは売って無かったから、普通のサラダを作ったわ。」


 そう言いながら、家の中へと手を繋いだまま歩き出す。


 パイナップルとは何だろう?と思いながら、その幸せの巣へと俺は入って行った。






お嬢様の前世の年齢がわかるネタでしたね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 別視点を読んでいたら、とんだオッサンホイホイでした。 最期まで見てフラグに気づくとは、何足る未熟。 盛大に笑かしてもらいました。 [一言] ステーキ… 俺のステーキ…
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