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悪役令嬢に転生したので、とりあえず王子を調教しました

箱庭と公爵令嬢の痴情

作者: 海月 楽

ここは誰かの作った箱庭の中。

誰もがその役を演じている。


「失礼ながら、王太子殿下に申し上げます。貴方の婚約者は女狐でございます。」


赤い髪の青年が丁寧に膝を折り、進言する。

目の前で女狐と言われた私は奥義で口元を隠し、目を細めた。


「我が婚約者を愚弄するのか。」


王太子殿下と言われた男は華やかな顔立ちを無残に歪めて怒りを露わにしている。


「…わたくし自身の知らない場所で粗相をしているのかも知れません。今後精進するためにも、最後までお聞かせください。」


私はお得意の慈愛に満ちた笑顔で、今にも進言した青年を処罰せしめんとする、我が婚約者である王太子殿下を止め、自身の誹謗中傷を甘んじて受けようとする。


「しかし!」

「これで少しでも王太子殿下の為になるのであれば、わたくしのことなど何と言われても構いません。どうか、殿下を想うわたくしに免じてお許しください。」


なんとも慎み深く情に厚い淑女は、今から自分が誹られると分かりながらも、青年を庇い、王太子殿下に膝を折って懇願する。


「…アンジェがそこまで言うのであれば、よかろう。続けて申せ。」

「忌々しい…この女狐は学園に置いて王太子殿下の行動を制限し、婚前にもかかわらず王太子殿下と寝所を共にして意のままに操らんとしております。そして、その王太子殿下の寵愛をお独り占めすることにより、諍いごとを起こさんとしております。」


話の途中から王太子は怒りで唯一許されている帯刀に手をかけていた。


「もう我慢できん!切り捨てる!」

「おやめください。私への侮辱ごときに王太子殿下の手を汚す訳にはいきません。それに、王太子殿下に意を決して進言してくださった方です。汚名を晴らすことさえできれば、必ずや王太子殿下の為に尽力してくれるでしょう。私とこの正義感のある青年にどうか挽回の機会をお与えください。」

「…アンジェがそこまで言うのなら、機会をあたえよう。7日間我らに付き添い、真偽を確かめるが良い。其方が女狐と言った我が婚約者に命を救われた事を肝に銘じよ。」

「はっ。」


赤毛の青年が短く返事をする。

地につけた手は仄かに震えていた。


「私の言葉を信じていただきこと、感謝申し上げます。しかし…」


アンジェは王太子殿下に微笑み、感謝の言葉をおくるが、振り返って赤毛の青年の方を向いた。

パシッという音が廊下に響く。


「王太子殿下を傀儡扱いしたことは殿下本人が許したとしても、私は許しません。私ではなく、殿下の寛大さに感謝いたしなさい!」


アンジェは青年の頰を持っていた扇で打った。

それは女性の力であり、痛みなどは大したことはないだろう。

しかし、青年の頰には扇の端でついたかすり傷は痛々しく残っていた。

まだアンジェを疑う鋭い青年の瞳と、何も映さないアンジェの瞳の視線がぶつかる。


「私の為にありがとう。」


王太子殿下が婚約者であるアンジェの手を取り、手の甲にキスする。


「殿下と同じ気持ちですわ。こちらこそ、殿下が私の為にお怒りくださったこと、とても嬉しかったのです。」


そこには誰もが理想とする婚約者カップルがいた。

多くが理想とするこの婚約者同士を見習い、風紀が良くなったという意見も一方である。

青年は立ち上がり、二人の背後に控えるが、二人は気にせず二人の世界に浸っている。

その姿に青年は射刺すような鋭い視線を向けていた。

しかし、一日青年が二人につきっきりだったが、これと言って何かをしでかしている様子はない。

二人が甘い空気を醸し出すのは基本的に二人きりの時で、いつもは王太子の背後にアンジェがただ静かに控えているだけだ。

王太子はご友人というご友人はないみたいだった。

幼い頃、青年が一度見た王太子は傲慢な部分はあれど、人を惹きつけてやまない魅力と統率力があり、多くの者たちを引き連れていたのにだ。

それがどうだろう、婚約者である女を一日中ベタベタと引き連れている。

ある日パッタリとお噂を聞かなくなったのは知っていたが、ここまで腑抜けているとは思いもしなかった。

婚約者である令嬢は特別枠で入学した平民の娘とよく喋っている。

側からみれば、平民にも優しいご令嬢であるが、青年にはそれがどうにも胡散臭くてしょうがなかった。

彼女の少し吊り上がった目がそうさせているわけではない、その瞳の奥が時に曇る時があるのだ。

それを見た時、全身に鳥肌が立ち、本能でコレには近づいてはいけないと分かった。

しかし、分かっているが、王太子が国王の地位に就き、この女が王妃についたあかつきには、この国はどうなるのだろうか。

情報を集めつつ近づき、進言したはずだが、最後まで聞き入れることなく王太子に激昂された。

それは甘んじて受けるつもりだったが、自分が女狐と呼んだ女に助けられて今も生きながらえている。

たが、まだ諦めているわけではない。

王国の未来のため、私は王を正しい道筋へと導かなければならない。


王太子の寝室の前に三人が居た。

もうそろそろ寝る頃だと言うのに、王太子以外の二人、アンジェと青年は立ち去ろうとしなかった。


「折角なのですから、寝室もご一緒になさるのかしら?」


のんびりとした口調でアンジェが言う。

青年はそれを睨みつけたまま言う。


「貴女が自分の部屋に戻るならば、私もそういたしましょう。」

「なら、そうね。三人で寝るしかないわよね。」


アンジェは自分の部屋のように自らがドアを開け、先陣をきって入っていく。

それはどう見ても無礼な態度だった。


「王太子殿下、このような無礼をいつもお許しになっているのですか?」

「ああ、そうだ。それがどうか?」


王太子はそれを気にかけること無く、青年に言う。

青年の中で何かが沸々と湧き上がってくるのを感じていた。


「着替えたいのだけれど、いいかしら?」


そこは青年も紳士として見るわけには行かない。

壁と向き合い、事が終わるのを待った。


「貴方は知ってまして?この部屋に訪れる訪問者を?」

「…いいえ。」


シュルシュルと布が擦れる音がする。

それは男性の想像力をとても掻き立てる音である。

青年も相手は女狐だと分かっていながらも、照れが出てしまう。


「もういいわ。こっちを向いても。」


そこには淑女の基本となるようなドレスを身にまとう

何時もの姿とは違い、胸もとが派手に解放されるようなネグリジェを着たアンジェがいた。

元の姿から豊かだと分かるほどの胸元を持っていたが、解放された今はその露出した谷間から更に大きな存在感を醸し出している。

フカフカの王太子のベッドに我が物顔で腰掛ける姿は正に国を傾ける美女だ。

青年は一瞬囚われてしまったが、それを振り払う。


「お喋りし過ぎたみたいだわ。妬かないで、私の愛しい人。」


傍に立つ王太子の頰にアンジェは手を出して寄せてキスをする。

小鳥がついばむような軽いキスなのに、何処か官能的である。

青年は顔を伏せ居心地悪さを感じながらも、佇んでいた。


「おやすみ、私の最愛の人。」


王太子はそう言うと、アンジェの額にキスを落として、部屋の隅にある簡易ベッドの布団へと向かう。


「…逆ではないのですか?」


青年の問いに答えたのはまたしてもアンジェだった。


「夜の訪問が夜這いならばまだ可愛いものです。」

「それは暗殺者が…!」


バカな、そんなことは一切公表されていない!

青年は驚きを持って、王太子とアンジェを交互に見た。


「ああ。そうだ。」


半信半疑の青年の言葉を王太子が肯定する。


「私は囮です。何かあれば、私が時間を稼ぐことで、王太子は逃げる事ができます。」


アンジェはそばにあったランプの灯りをフッと吐息で消した。

部屋の中には弱々しいロウソクの火だけが三人を照らしている。


「私は貴方を信じましょう。私の汚名が晴れたあかつきには、貴方はいつ何時も王太子を守る盾となりなさい!」


ロウソクの明かりだけを写す強い眼差しで、アンジェが青年に言う。


「…わかりました。カリウス・メドジェフの名において約束は違いません。」


カリウスと言う名の赤毛の青年は、堂々たる威厳を見せつけたアンジェに敬意を払い、膝をついて誓う。

カリウスは心の奥底ではまだ違和感を感じていたが、あと約束までの6日でそれは綺麗になくなってしまう予感がしていた。

この部屋は甘く、女狐と呼んだ女の匂いが充満している。

それに酔うように、あの強い眼差しがカリウスを惹きつけて止まないのだ。


**


「最近殿下が色っぽいと噂ですのよ。」


アンジェがソッと王太子の傾けた耳に囁くが、周りには囁かなければならないほど、人はいない。

あれだけ付きまとっていた赤毛の青年は、アンジェと王太子が二人きりの時は気を利かせて距離を取ってくれるようになった。

こういう時こそ、悪女が王太子を誘惑しているかもしれないと言うのに、これでは二人の護衛のようだ。


「…アンジェ、もう耐えられない。」


王太子はアンジェを抱き寄せ、切羽詰まった声を出す。


「仕方ありませんね。盛りのついた犬を諌めるのも主人の役目ですから。」


アンジェはそう言って、カリウスから見えない方の王太子の脇腹を思いっきりつねった。


「ふっ…」


艶めいた吐息がアンジェの耳をくすぐる。


「いつもじゃ物足りないのも、すごく気持ちよく感じるでしょう?カリウスには感謝しなくちゃですね。」


アンジェは更に強くつねった。

吐息がはぁはぁと音が聞こえるほど激しくなる。


「そうだわ。最後の7日目はあの子も混ぜてあげましょう。」


アンジェの言葉に王太子はムッとしたのか、沈黙したまま抱き締める手が強張った。


「ふふっ可愛い。でも知っているのよ、貴方が観客を必要としていることも。」


アンジェは腹部に熱を感じながら、王太子の欲望を読み取っていく。


「アンジェ…早く…」


二人は普通の恋人の様に熱く抱き合った。


「1、2、3…」


アンジェが指を折りながら数えていく。


「なんだ?それは。」


抱擁を邪魔された王太子が不機嫌に言う。


「私がヤりたいことです。」


アンジェがそう言うと何を考えたのか、王太子の顔がまた欲望に塗れた切ない顔になる。

それを見ないフリしてアンジェはこの世界にはいない妹と過ごした日々に思いを馳せていた。

あと何人倒せば、悪役令嬢としての私は安泰になれるのかしら?

アンジェは数えていた指を噛んだ。

言葉遣いも馴染んできている主人公です。


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