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追放異世界転生

トライアングル

作者: 鳥杉クイナ

『大きくなったら僕はセイジカ?になる!!』


『じ、じゃあ私パティシエ?になる!!』


『んーじゃあ俺はそんな二人の成長を見守る。…なんてね(笑)弁護士になるよ』


『『なにそれー?』』


幼い笑い声が響く。

海翔、雅、凌空は幼い時にそう誓い合ってバラバラになった。


あれから十年。

三人はそれぞれの場所で十七歳を迎えた。




~裕川海翔~


僕は今、勉強中。

幼い時に東京へ引っ越して以来母と二人暮らし。

引っ越す前に父さんと約束したんだ。

政治家になるんだって。

当時は政治家なんてもの知りもしなかったけど、母さんはただひたすら勉強するように言ってきたから、それに従っていた。

だんだんと自分でも調べるようになって、気付く。

もしもなれなかった時の保険が必要だなって。

それになるには器量ってものも必要になってくるだろう。

そう考えて僕は生徒会や委員長もやり続けてきた。

楽しいとは思えないけど、暇でもない。

毎日はある意味充実していた。


けど。




「おーおーぼっち委員長は今日も勉強ですかあ?大変ですねえ!」


ニヤニヤ笑いながら僕に声をかけてきたのは、クラスの中でも悪目立ちしている不良。

桐山遼(きりやまりょう)

まあ不良だけど突っかかってくるだけで暴力とかしてくるわけじゃないから、僕はもちろん無視。

成績がいいとかで僕も威張ってるわけでもないし、言う事はすぐなくなるみたいだ。

ただ最近はちょっとよくわからない。


学校が終わり、今日は予備校がないので帰ろうとすると丸めた紙が机の上に置かれた。

嫌がらせとかではないみたいだけど、何なんだ、と広げてみると吃驚した。

手紙になってて送り主があの桐山だったのだ。


『今日暇だったら教室残っててくれねー?桐山遼』


うーんと、これは…。


「…あんまり関わりたくないけど、断るべきかな」


ちょっと怖いので、帰ることにした。

でも何も言わずにっていうのはやはり失礼な気がしたので、丁寧に折った手紙を下駄箱に潜ませて帰った。

内容は。


『ごめん。裕川海翔』


まあこれで話しかけてこなかったらいいんだけどね。

そう上手くもいかないわけで。


それからも桐山からの嫌がらせのようなちょっかいは続いた。

とは言えそれはいつもの事だからいいんだけど。

問題はそれじゃない。


「……今日も下駄箱に手紙入ってる…」


いつも帰りがけ必ず手紙入っているのだ。

あいつ…桐山遼からの。

何事かと思って読んでみれば授業中にでも書いたのか、眠いだなんだとばかり書かれていた。

でもいつも必ず書かれていたことがある。


『何かあったら言えよ?』


これでも友人のつもりをしようとしてるのか?と疑いたくなるものだった。

しかし僕も僕で、毎日下駄箱に桐山から手紙が入っているのを見つけると、楽しかった。

何て言うか毎日に少しだけ色が付いたような、そんな感じ。

ずっと勉強ばかりでやりたいことも特になく生きてきた今までの人生の中で一番の刺激となっていたのだと思う。

けど現実はそう甘くはないのだ。


テストが近づいてきて、何となくクラス内もピリピリとした空気が漂い始めるこの時期だけは桐山は話しかけてこない。

彼も意外に勤勉でこの時期だけは頑張るのだ。

成績は良い方だったりする。

何で知っているのかというと、この間手紙の返事に問題を入れてみたのだ。

前回行われたテストの問題を。

3問中3問正解。

応用問題も色々入れてみたのだが悪くはなかったしテスト解答用紙は先生が預かっているから見れないだろうと思って意地悪で出したらほぼ合っていた。

意外に記憶力とかもいいのかな。

それで少し彼に興味を持った。

あいつを中心に何人かは勤勉で成績も悪くない。

不良なのに凄いな、と思ったのは不良に偏見を持っているせいだな。


さて、そんな中突然、唐突に、何の前振りもなくいじめが始まった。


物を隠されたり捨てられたり、突然目隠しされての暴行が始まったり。

しかもそれはクラスの人たちに見られないように行われていた。

ほとんど放課後だったり朝早くだったり。

慣れてはいたから勉強に支障は出なかったけど、精神的には結構苦痛だった。

お金は持ち歩いていないから取られたりはしないし基本学校には学校側から支給された教材のみを持って行っていたので問題なし。

大事なものは一切持ち歩いていないことがこんなにも役に立つとは思わなかった。



けど突然、どうして?

桐山でないことはすぐにわかった。

明らかにやり方が違い過ぎる。

そして何となく恨みも感じる。

とりあえずテストが終わるまでは耐えた。



「裕川、テストお疲れ!手ごたえあった?」


最後の教科のテストが終わってホームルームも終了し、現在放課後。

フレンドリーな感じでまるで友人に話しかけでもするように桐山は話しかけてきた。

正直精神的に辛い状況であまり話したくはなかったのだが、そこは大人の対応だ。

ちゃんと笑って受け答えした…つもりだった。


「…うん、まあまあかな」


へらり、と笑った瞬間視界が歪んだ。


「っ!?裕川!?おい!!どうしたんだ!?裕川!!」


吸い込まれるようにして意識を手放してしまった。




~裕川海翔《桐山遼視点》~


最後の教科のテストも終わってホームルームも終了!

ようやく裕川と話せる!!と思って早速あいつに声をかけた。


「裕川、テストお疲れ!手ごたえあった?」


テンション高すぎてちょっとおかしかったか?

と思ったがその考えは一瞬で消えた。

裕川、目の下の隈酷いぞ…?何かあったのか?

いつもの不愛想な真顔裕川のあのやつれた様子は尋常じゃないと感じた俺は、しばらく硬直した。

笑顔のまま硬直っておかしいかもしれないが、俺の癖だからな。

この時は役に立った、と考えてもいいかもしれない。


「…うん、まあまあかな」


へらりと裕川は笑った。


……ドサッ。


唐突に意識を失って倒れた。


「っ!?裕川!?おい!!どうしたんだ!?裕川!!」


本当に唐突で、吃驚した。

あのいつも変わらないしっかりとした奴がこんなに弱ってるなんて…。


「ったく、手のかかる奴!」


俺は即行裕川を担いで保健室へと走った。




「過労ね」


保健の先生は少し険しい顔をしながらそう言った。


「裕川君のご家族に連絡してくるわ。…運んできてくれてありがとう、桐山君も帰りなさいね」


苦笑気味に保健室を出て行った。

俺はしばらく裕川のすぐ傍の椅子に座っていたが、起きる気配もないので荷物を取りに教室に戻ることにした。

保健室を出てから教室へ続く廊下を歩いてるとき、ずっと考えてた。

あいつが学校のテストごときであんな疲労すはずがないからだ。

それにテスト一週間前になるまではいつも通りの裕川だったのだから、一週間のうちに何かあったとしか考えられない。


…家族内でか、クラス内でか…。


どちらかに何かあったのだろうが、わからな…。


「裕川の奴いい気味だぜ」


ビクッと体が硬直した。

今まさに入ろうとした自身のクラスの中から声が聴こえたのだ。

入ろうとドアにかけた手を放し、話し声に集中する。

声はさも楽しそうに話し続ける。


「桐山が最近生温いいじめばっかしてたからな、俺たちが代わりに断罪できてマジ楽しかった(笑)」


「あいつ日に日にやつれていくのめっちゃ面白かったしな!」


「今度は暴力だけじゃなくって刃物使おうぜ!!」


…いじめ?断罪?…暴力、だと?


聞いているうちに怒りが爆発しそうになった。

あいつに声をかけていたのはいじめだと思われていたのが悲しいのはまあ、置いといて。

暴力だって?


足音が聞こえてきた。


「んじゃ俺帰るわ、またな…っ!?」


ドアを開けて教室を出ようとしたクラスメートAに無慈悲な蹴りを食らわせた。

ただし俺はこいつらの話をスマホで録音したのでそっちで脅す。

まあ俺の予備の携帯で録音を続けたままだけど。



『「桐山が最近生温いいじめばっかしてたからな、俺たちが代わりに断罪できてマジ楽しかった(笑)」


「あいつ日に日にやつれていくのめっちゃ面白かったしな!」


「今度は暴力だけじゃなくって刃物使おうぜ!!」』



話してたやつらが青い顔して録音された声を聴いている。

そして黙りこくった。

俺は自分の背の高さを利用して上から見下す。


「こりゃ一体どういう事かな?俺があいつと話してたことをいじめだと勘違いした挙句暴力やら何やらやっていたようだけど」


俺が無表情で淡々と語ると、一人がようやく我に返って言い返してきた。


「た、ただの遊びじゃんか!!その録音データ、スマホごと壊してやるよ!!」


そして三人がかりで襲い掛かってきたが、瞬殺。

ってか単に受け流して転ばせただけなんだけどね。


「俺みたいに合気道経験ある奴に挑むのはやめた方がいいぜ?」


信じられないと言う表情で固まる彼ら。

俺は自分の荷物を肩にかけると、教室を出る。

直前に忠告した。


「さっきの録音データ、先生に渡すから」


彼らがまた青くなったのを見届けてから職員室へと向かった。

そこでデータを渡してから裕川の事を聞いた。


『過労と毎日の酷い暴力のせいで傷ついた身体治すためにしばらく入院することになったそうだよ…』


先生はご丁寧に搬送された病院の名前と住所を教えてくれた。

苦しそうな、憐れむような表情で最後に謝られたのは、よくわからなかった。



~裕川海翔~


気付けば僕は白い天井の、見覚えのない場所で寝ていた。

隣には安心した表情の母…。


「海翔…よかった、先生呼んでくるわね」


すぐに行ってしまったので、仕方なく身体を起こそうとする。


「っ!?」


あちこちに激痛が走り動けない。

…あ、そうか。

暴力とかされたんだっけ。

でもテストに支障はないって無視して…テストが終わって。


「…確か桐山に声かけられて」


倒れたのか。

って事は身体中の痣とか傷見られちゃったんだな。

それにしても…母さんのあんな焦ったような安心したような表情、久々に見たなあ…。

いつからちゃんと話さなくなったんだろう。

気付けば疎遠になっていた。

と言うか僕が見て見ぬふりしてたって方が正しいけど。




しばらくして先生と母が戻ってきた。

ちょっとだけ笑みを浮かべている所を見ると本気で心配してくれてたんだなって嬉しくなった。


「海翔君、具合はどうだい?」


寝たままの状態のままでと言いつつ先生は優しく質問してきた。

僕は…多分自然に笑って答えたと思う。


「身体のあちこちはかなり痛いですが、だいぶ楽になりました」


そこで母さんが言った。


「どうしてあんなに痣…」


やっぱり見たのか。

ちゃんと言わないとな。


「多分僕を気に食わないやつがやったんだけど、テストに支障はなかったから痛みを我慢してテストくらいやり切ってから言おうと思ってたんだよ。…思った以上に疲れてたみたいだけど」


苦笑しながらそう言った。

そしたら先生は険しい表情になって注意してきた。


「海翔君、そういう時は無理せずにちゃんと言うんだよ?下手したら過労死してたかもしれないんだから」


ちょっと大げさじゃないかな、と思いつつもはい、と返事をした。

それから言葉が出てこない母さんに向かって言った。


「黙っててごめんなさい」


母さんはぽろぽろと涙を流しながらぎゅうっと抱きしめてきて。


「仕方のない子ね」


と笑った。





それからしばらくは入院生活となった。

学校側が今回の件で話に来たことがあったが、ちょっとびっくりした。

何と桐山がいじめてきた奴らの証拠を予備まで持って職員室に来たらしい。

どうやら彼も俺に対して罪悪感があるようで、非常に苦しそうな表情をしていたと言う。

担任の先生が彼には特別に入院先の病院の名前と住所を渡したそうなので、近いうちに来るかな、と思う。

しかし、驚いたな。

桐山って合気道やっててさらに頭の回転が速い。

証拠を持って職員室まで行くなんて普通なら思いつかないだろうに。

ちょっと見直したな。


…コンコンコン。


控えめのノックが聴こえた。


「どうぞ」


声をかけるとゆっくり扉が開いた。

何となく来る予想はしていた。

桐山遼がそこにいた。


驚いたのはあまりに辛そうな表情をしていた事だ。

今度は桐山が倒れるんじゃないかってくらい。

ただ精神的な方での苦しさからそんな表情をしていることはすぐにわかった。

まあ病は気からとはよく言ったもんだと思う。


「…裕川、もう身体は大丈夫なのか?」


入ってきてベットの傍の椅子に座るなりそう言った。

挨拶なしか(笑)

僕はクスッと笑って返す。


「まだ流石に痣とか傷は治らないけど、疲労感とかはもうないかな。心配ありがとう」


ちょっとだけ安心したみたいだ。

少しだけ表情が明るくなっている。

また桐山は言った。


「お前が休んでる間、ノート持ってくる。ないと困るだろ?」


桐山って案外優しいんだな。

普段と違っていて気持ち悪いような面白いような不思議な感覚に陥った。

思わず口にする。


「桐山、優しいんだな。ありがとう助かるよ」


笑ってそう言ったら拍子抜けしたような表情をする桐山。


「今まで俺の事どう思ってたの?」


睨み付けるような感じで聞いてきた。

ちょっと面白い。


「ウザいけど面白くて…自己中?(笑)」


まあ冗談だけど、というと彼は崩れ落ちた。


「ずっと嫌われてたのかと思った…」


盛大にため息を吐く彼が面白くてクスクス笑う。

少し顔を赤くして桐山は怒鳴った。


「わ、笑うなよ!!」


面白い奴だな。

やっと…僕にも友達が出来そうだと思った。


「最初は桐山って不良だと思ってたから信用してなかっただけで、嫌いではなかったよ」


正直に伝えると、ちょっと硬直した桐山。

数秒で動き出したが今度は俯いた。

…何か女子みたいだな(笑)

またクスクスと笑ってしまった。

桐山も、今度は笑った。


「…なあ桐山」


僕は思い切って言ってみることにした。

桐山は突然真顔になった僕を見てキョトンとする。

僕は構わず言った。


「友達になってくれない?」


桐山はそれを聞いた瞬間一瞬固まって、次の瞬間吹き出した。

…何で!?


「俺とっくに友達だと思って接してたんだけど(笑)」


ケラケラ笑いながら桐山はそう言った。

僕は思わず。


「マジか!」


と言って一緒になって笑ってしまった。

まあこんな変な形でだけど、何となく友達が出来ました。




しばらくして僕は転校することになった。

桐山…遼とは連絡先を交換して、割と近くだから遊びに行こうと約束して別れることとなった。

不思議と寂しくはなく次の場所への期待が大きかった。

今度は自分から、自分に合った友達を作って楽しい学校生活を送れるようにしたい。


しかしその時の僕には知る由もなかった。

まさか幼い時にバラバラになった幼馴染たちと再会して“あんなこと”になるなんて。




裕川海翔編、終了。








~滝沢雅~


現在高校二年生!!

現役JKです!

…何てテンション高くしてるのはただ皆に合わせているだけ。

本当に楽しい時もあるけど、大体作り笑いだ。


幼い時にバラバラになった幼馴染たちは元気かな。

たまに思い出すと会いたいなって思う。

そして同時に約束も思い出す。


『パティシエになる!』


幼い頃の約束が人生の大きな目標となったのは中学生に上がってから。

それまでは漠然とした夢でしかなかった。

自分たちを繋ぐ唯一の細い糸でしかなかったんだ。

でも中学生になってただの趣味だったお菓子作りが、変わった。

それは、お父さんに連れて行ってもらった渋谷の…あるお店だった。

お父さんは病気で、もう長くはなかったからだろう。

最後にと私をあるお店に連れて行ったのだ。

そこは見た目も綺麗に飾ったチョコレートのお店だった。

感動したのはチョコレートの綺麗さもだったけど、何より奥で楽しそうに作っているパティシエたちのかっこよさだった。


私も、地味でお菓子作り以外何のとりえもない私もあんな風になりたい。


それがきっかけだった。

お父さんはそれから半年も持たずに亡くなってしまったけど、約束した。


『絶対あのカッコいいパティシエになるね!!』


それから専門学校に進むために勉強を頑張った。

お母さんは私の夢に反対した。

そりゃそうだよね。

成功するとは限らないわけだし。

私もお母さんを不安にはさせたくなかったし。

だから他の道もちゃんと考えて、高校三年生までに気持ちが変わらなかったら専門学校に行ってもいいと言われた時は本当に感謝した。

現在は、夢は変わってないけど考え中ってところかな。

最近勉強にやる気が出なくて困ってるんだよね。

このまま成績落ちたらどうしよう。

それこそお母さんを不安にさせちゃう。

情緒不安定な状態である。





「……さて、お菓子作りでもして気分転換するかあ」


高校二年、七月。

夏休みに入って丁度三日目。

宿題はある程度終え、ぼちぼち勉強していたが早々に飽きるため、趣味のお菓子作りを気分転換にしている。

今日も午後二時を過ぎてお菓子作りを始めた。

最近はお父さんの仏壇の前にお供えすることも増えた。

保存料は入ってないのでその日のうちに食べてしまうが、あの時一緒に買ったチョコレートの完成度とは比べ物にならないものばかり。

少し劣等感を感じ始めていた。


本格的にパティシエの勉強したい。


本音を少しでも漏らせばお母さんは苦い顔をするんだ。

だからその言葉を話すよりもまず行動に移すようにしている。

家庭でもできる本格的なお菓子作りで、ね。

しかしながら時期は夏。

甘ったる~いお菓子はお呼びではないのだ。

なので今日から少しアレンジを加えて夏らしくすることにした。

ネットでレシピを調べながら作るのは食紅を使った涼し気なゼリー。

形は自由自在だから丸くて小さいのをたくさん作るのもありかな。

ウキウキしながらレシピをメモしていく。

上手くできた時後でアレンジを加えられるように大きめのノートに書くのだ。

それが結構楽しい。


「…あ、シャーベット状に出来たら面白いかも!」


思いついたこともすぐにメモする。

上手くできたらお母さんにもあげたいな。

そして早速作り始める。



それはまあ普段キッチンを使っていなければ作ろうとすら思わないもの。

お菓子って言うよりデザート系。

そう言えば初めて一人で作れた時は嬉しくて泣いたんだっけ。

母さんには苦笑されるし食べるのもったいなさ過ぎて写真も滅茶苦茶撮ったのをよく覚えている。


もしもちゃんとしたお店のパティシエになれなかったら…。

他の職業に就いて趣味でお菓子作り教室を開いてみたりしてもいいかもしれない。

お菓子作りだけでなく人と接することも好きだから。

第二希望になるけど。


そう言えば海翔と凌空は政治家と弁護士をそれぞれ目指すって言ってたな。

今は海翔も高校二年生で凌空は三年生か。

夢、変わってたりするかな。

第二希望とかもちゃんと考えて調べて勉強してるのかな。

手を一度止めてため息を吐く。


「…二人ともどこにいるんだろう」






幼い時の約束が作り出す、三人を繋ぐ細い糸。

そして幼い時から止まった三人の時間。

それは、気付かぬうちに少しずつ動き出していたのである。





夏休み、それは長い長い地獄のような天国のような日々。

人によっては天国であり、またある人によっては地獄と化す。

雅にとってはどちらでもないようだった。


「お母さん!明日朝からいつものメンバーで遊びに行くね!夜は遅くならないと思うけど…」


一応報告。

突然連絡つかなくなるなんてことはないだろうけど、余計な心配を減らすためだ。

それに私は恋愛できないのだ。

問題はない。

あるとしたら私を少しでもいいなって思ってくれる人くらい。

そんな人は居ないだろうけど。


「はいはい」


いつも同じやり取りだからだろう。

母は苦笑しながら返事した。



翌日。

朝八時頃に家を出た。

正直早すぎやしないかと思ったけど何となく早く行きたい気分だった。

それに待ち合わせ場所近くには結構朝早くからやってる本屋あるし、お菓子作りの本とか眺めてるのもありだよね。


「待ち合わせは確か…9時だったかな」


行く場所はキャンプ場。

キャンプをするわけではなくバーベキューをするため。

あ、でも何人かはそのままキャンプするって言ってたから、あながち間違いではないのだが。

私は明日予定あるから泊まらないけどね。

そんなことしたら母に滅茶苦茶心配されちゃうし。


さて、十五分くらいで待ち合わせ場所に着いちゃった。

あと四十五分は暇になる。


「本屋さん…って、あれ!?」


臨時休業、だと!?

閉まってるなって思ったらまさかのこれ?

うわあやらかしたなぁ…。

何にも持ってきてないよ~!!

仕方がないので近くにあるコンビニに行った。


道に迷った。


意外に入り組んでるところにコンビニがあるから仕方なかったんだけど、まさかこの年で迷う何て…。

地図とか苦手だし仕方なくマップを開くけど電池が切れそうになっちゃうし…。

何とか着いたから即席充電器階に行きたくてもコンビニの前でたむろしてる不良が怖くて行けない。

本当どうしよう。

私はため息を吐いてから辺りを見回す。

夏なのに、朝なのに薄暗い。

木が生い茂ってるせいなんだよね。

ここだけ田舎みたいでちょっと苦笑。

こういうところ大の苦手だからさっさと移動したいのに、今にもパニック起こしそう。


「…おい、」


「っ!?ひゃあああ!!!」


変な叫び声をあげてしまった私の口を声をかけてきた人はあわあわしながら抑えた。


「んん!?」


彼はどうやらさっきコンビニの前でたむろしていた不良の一人らしい。

更に怖さが増した。

口を抑えられたままガタガタ震えていると、彼は苦笑した。


「…そんな怖がるなって。あそこにいる奴、お前に見覚えがあるって言うからよ、声掛けに来たんだ」


そう言って私の口を塞いでいた手を退けるとコンビニの方を指さした。

さっきは気付かなかったが、どうやら不良だけではないらしい。

如何にも真面目くんらしき人が何人かいて、そのうちの一人がこっちを不安そうな表情で見ていた。

どこか見覚えが…。


「…あれ?もしかして…」


何となく近づいて行ってみると、わかった。


「もしかして、海翔君?」


私が確認すると、彼は不安そうな表情から一変して輝かしい笑顔を見せた。


「やっぱり雅ちゃんだったんだね!よかったぁ間違ってたらどうしようかと思ったよ」


嬉しそうにそう話す海翔君は何だか懐かしくて自然と笑みがこぼれた。

さっき声をかけてきた人が笑いながら話す。

意外に無邪気な人だった。


「海翔がさ、なんかあそこにいる人見覚えあるんだよねってじっと見てるもんだから、俺が走って呼んできてやるって言ったんだよ。なんせこいつ運動音痴だから(笑)」


海翔君、変わらないんだねぇと私も言うと海翔君は焦ったように言った。


「そんなことないよ!人並みには出来るし!!遼が運動神経良過ぎるせいだろ!?」


遼、と呼ばれたさっきの人はそれを聞いてまた笑う。

周りにいる人たちも笑った。

そこでふと、疑問を口にしてみる。


「そう言えばここで何してるの?何だかちぐはぐな見た目の人たちの集まりみたいになってるけど」


すると海翔君は笑いながら答えてくれた。


「見た目こんなだけどぶっちゃけ見た目詐欺の真面目集団だよ(笑)さっきまで遼の家で勉強してたんだけど」


遼君が続けた。


「休憩も大事だろ?ここでアイス食べようって話になったんだ」


そしたら雅ちゃんがいたからと苦笑する海翔君。

相変わらずだな、とちょっとだけホッとして微笑む。


「ところで雅ちゃん、何でここにいるの?道に迷った?」


少し心配そうに海翔君は聞いてきたので私はここまで来た経緯を話した。

すると遼君が苦笑する。


「方向音痴か(笑)海翔、送ってやんなよ。そろそろ9時になるし」


時計を確認しながら言った。

私も慌てて時間を確認…おっと、もう50分を過ぎてる。

ここに来るまで迷ったしな、仕方ないか(笑)

海翔君は頷いて立ち上がると、


「じゃあ雅ちゃん、行こう」


と笑った。

それじゃあ…と遼君たちにもお礼を言い、海翔君の後に続いた。

遼君たちから少し離れると海翔君が苦笑しながら謝ってきた。


「ごめんね、怖かったでしょ?」


やっぱり気付いてたのかな、さっきの説明では言ってないんだけど。

そう言うところに気付ける海翔君は凄いと思う。

私は素直に返した。


「最初は知らなかったから怖かったけど、案外優しい人たちだってわかったからもう平気(笑)むしろいい暇つぶしになったから!ありがとう」


お礼を言って笑うと海翔君は良かった、と笑い返してくれた。

それから思い出したようにスマホを取り出す海翔君。


「連絡先教えてくれない?また会いたいし、凌空に会えた時連絡できたら便利だから」


ちょっと不安そうにそう言う海翔君。

私は笑ってもちろんいいよ!と返した。

そして連絡先を交換して、他愛もない話をしながら歩いていたらあっという間に目的地。

時間を確認しても遼君たちと別れてから約四分程しかたっていなかった。


「こんなすぐ近くだったんだ…」


ちょっとショックを受けていると、海翔君が笑った。


「ちょっとした近道をしたんだ。実際ならもう少しかかる」


そして、これは秘密ね?と口元に人差し指を当てて言った。

高校生男子には似合わないようなイタい行動だけど、何だか面白くてつい笑ってしまった。

…っと、そんなことをしているうちに友達が来ているのが見えた。


「あ、そろそろ行かなきゃ!海翔君、送ってくれてありがと!連絡するね!」


私は海翔君にそう告げる。

海翔君は微笑みながら返してくれた。


「いいえ。連絡待ってるね」


それじゃ、と海翔君は来た道をゆっくり歩いて行った。

少しだけ見送りながら私は友達の所へと走っていく。

今度は凌空にも会いたいな…何て考えながら。




滝沢雅編、終了。








~戸川妃代~


戸川妃代、中学一年。

兄さんと現在二人暮らし。

兄さんは……まあ良くも悪くもない普通の人。


産みの母はあたしが二歳の時に通り魔に会って殺された。

あたしはよく覚えていないけど、兄さんは当時六歳だから記憶にしっかりと焼き付いていると思う。

聞いた話だと、丁度学校から帰って来る時だったらしい。

母はよく兄さんの学校の通学路にある花屋によく通っていて、その日は丁度早帰りだった日。


母が花屋を出た時兄さんも見える位置に来ていたんだと。

それで手を振って兄さんが走って来ようとしてる時だった。

母は後ろから変にふらふらした人にぶつかられ、そのまま転倒。

ナイフがわき腹に刺さってしまった。

兄さんはそれを目の前で見ていたんだ。

身体が弱かった母はそのまま亡くなったそう。


あたしはその頃家でお昼寝中だったらしい。

親戚の伯母さんが当時は割と近くに住んでいたらしく、子供もいない一人暮らしだったのでよく家に遊びに来てたって言っていたかな。


そんなわけで目の前で母が死に逝く姿を見てしまった兄さんは一時期人型の人形と化したわけである。

今は普通だけどね。


で、父…父さんは母が亡くなって失望し、暫く魂が抜けたようになっていた。

しかしあたしたち子供の世話も、生活費も稼がなければならない。

何とか立ち直って仕事に行くようになり、私たちのためを思って再婚もした。

そちらが育ての母となる。


育ての母は子供が産めないからだとなってしまい、夫に捨てられた人だった。

そんな中父さんに出会った。

父さんも父さんで、産みの母の方を失った傷が癒えていなかったため、あっという間に再婚した。

それはあたしも覚えている。

当時は確か五歳くらいだった。

母が突然家にやってきて、再婚したんだよと聞かされた。


兄さんは何も言わなかった。

自己紹介を簡単に済ませて家事やら何やらを学んでいたかな。

まるで教師と生徒の関係だったと思う。

育ての母はそうは思っていなくても、兄さんの心が閉ざされている事には気付いていただろう。

本当に必要なこと以外口にせず常に勉強ばかりしていた。


ただ少し人間らしかった時間もあった。

それは幼馴染の海翔兄と雅姉といる時だった。

あたしは基本的に友達とか育ての母とよく喋っていたが、兄さんは二人にしか気を許していなかったように思える。

二人には母が亡くなったことを話さないようにしていたらしいけど。

でも海翔兄と雅姉がそれぞれ引っ越すことになって、兄さんは今度こそ本当にロボットのような人と化した。


それでも社会での生き方を理解はしていたのだと思う。

必要最低限の友達を作って合わせて話したりはしているのを見かけたりはした。


そんな兄を見て育ったせいだろうか。

私はとにかく感情とかいらないと思い込んでいたし、友人という友人すらいなかった。

上辺だけの関係の人をたくさん作ってはその場その場を乗り切って生きていた。

お兄ちゃん…兄とは違った、しかし上手い生き方をしていたように思う。


そんな効率主義の私が中学生になった時。

ある男子と出会った。

極々平凡で、よく見れば可愛いようなかっこいいような見た目の小さい男子だった。


「戸川、おはよう」


社交的でしっかり者で紳士で一途だと言う。

よく無表情の私を心配しては声をかけてくれていた。

自然と話すようになって、気付けば相談というより愚痴を話すようになった。

彼は最後まで何も言わず私の欲しい言葉をくれてよく泣いてしまう私を何も言わずに慰めてくれた。

言わなくてもわかるよね。

そんな彼に気付けば恋をしていたんだ。



「戸川、おはよう!」


今日もまた、返されることのない挨拶をしてくる男子がいる、とみんなが噂した。

けど今日は違った。


「…おは、よ」


あの人見知り戸川さんが!?皆の興味がそちらへとずれた時、その男子はふわっと笑って戸川妃代に言った。


「やっと返してくれた」


妃代は恥ずかしそうに俯きながらもちゃんと返した。


「いつもいつも、声かけてくれたから…ちゃんと向き合おうと思っ…て」


たどたどしい話し方でもしっかりと伝える妃代。

その男子はそんな妃代に改めて心を奪われた。


「それじゃあ改めて…」


男子は右手を出してこう言った。


正垣渉(ただがきあゆむ)です。戸川妃代さん、友達になってください」


その時周りにやじ馬は居なかった。

妃代が口を開いたと言う事で盛り上がっていたりその他色々な話題で盛り上がっていたから。

この申し出に妃代は…。


「こ、こんな私でよければ、ぜ、ぜひ、お願いします…」



この後、戸川妃代と正垣渉の二人の関係は大きく変わっていくのだが…今はまだただの友達。

本当に一からのスタートを切ったのである。

この二人は一体どのような成長をするのか、それはまた別の話。




戸川妃代編、終了。








~戸川凌空~


「…と、この問題の答えをー…戸川、答えろ」


先生にご指名されて面倒だけど仕方なく立ち上がる。

別に勉強ができないとかそう言う意味ではないけど、ただ一々立つのが面倒なのだ。


「2」


適当に、本当に答えしか口にせず、すぐにまた座った。


「正解」


先生も俺が成績落とさない限りは咎めはしない。

素晴らしいルールだね。

そんなことを思いながら再び机に突っ伏した。

何の変哲もないいつもの午前十一時過ぎのことである。



「好きです!付き合って下さい!!」


今日も中庭に呼び出されて告白された。

そこまでかっこいい人間ではないんだけどな、と常々思って確認する。


「君が考えているような人間じゃないけど、それでも付き合いたいの?」


代々そこで二つの種類に分かれる。

例えば男をお飾りにしか考えていないような女子はそれでも付き合いたいと言う。

それはすぐに断るけど。

もう一つは真剣だけど経験のない女子だ。

そう言う女子には大抵相談に乗ってやることにしている。

付き合いはしないけど…頼れる先輩気取りと言っていいかもしれない。


そんなこんなで面倒事を避けて早九年。

俺はいつしか皆のお兄さんというポジションに落ち着いてしまった。


「全く凌空はもったいない奴だな~」


告白してきた女子が見えなくなるとすぐさま声をかけてくる友人、広瀬勇仁。

俺の肩を組むなりそう言ってため息を吐くが、そこに悪意や皮肉を感じないところがまた面白い奴だと思う。


「そんな凌空が友人として誇らしいよ」


ニッと笑ってそう言う勇仁にちょっとだけ苦笑する。


「そんなこと恥ずかしがらずによく言えるよな、聞いてるこっちが恥ずかしくなるだろ」


すると勇仁のすぐ後ろからひょこっと顔を出す女子。


「勇仁は恥という言葉を知らないのです」


ぱっつん前髪黒髪ロングの眼鏡美少女こと七瀬川ひなの。

彼女は天然爽やかイケメンの勇仁の彼女だ。

しかし身長が148センチという小学生並みの身長で、勇仁との身長差が半端ない。

学校内でもかなりのお似合いカップルとして有名であるくらいだ。

俺からしてもお似合いだと思う。

勇仁はひなのの言葉を聞くなり頬を膨らませた。


「そんなことない!俺だって恥くらい知ってるよ~!!」


そんなことを言いながらも笑いながらひなのの頭をなでなでしている。

出来ればいちゃつくのは俺の居ないところでしてほしいと密かに感じるほど、この二人は仲がいい。


「…まあとりあえず今日は俺帰るわ」


さっさとその場を退散しようとそう言って二人に背を向ける。

告白に呼び出された時帰る準備も終わらせて出てきたもんだから、向かう方向は校門だ。

勇仁はちょっと焦っているような声で返事してきた。


「お、おう!また明日な~!!」


「凌空さんお気をつけて~」


ひなのは一応同学年の筈だが、敬語癖があるらしく固い返事だった。

けど気分は悪くない。

俺は背を向けたまま二人に見えるように片手を上げた。


あと二年と半年。




「お兄ちゃん、お帰り」


学校から約一時間、最寄り駅からゆっくりと散歩がてら歩いて三十分弱の家へと帰宅すれば、大抵は暇人な妹妃代が出迎えてくれる。


「ただいま」


俺はいつも通り返して部屋へと入り荷物を片付けていく。

今日は数学気分だから数学の勉強をする。




「こんばんは~」


俺が帰宅してから約二時間と少しが過ぎた頃、両親が一時帰宅をしてきた。

両親と言っても母とは血のつながりはない。

父が再婚したために出来た母だ。

けど俺は別に嫌いじゃない。

優しいし父さんと仲が良くて俺たちの事もちゃんと考えてくれているから。

ただ俺は産みの母と暮らしたこの家にどうしても残りたかったから、今は別居中。

妹は人見知りだから俺と暮らしている。

それでも二日に一回のペースで心配して見に来てくれるのだから、かなりいい人だと思う。


けど、だからこそ俺は近づきすぎちゃいけない。


「こんばんは…母、さん」


呼び方だけはどうしても慣れない。

満里奈さんというらしいが、彼女はふふっと笑って言った。


「無理に呼ばなくていいのよ?ほら、あなたにはちゃんとお母さん、いるんだから」


そう言って凄く優しい、しかしどこか寂しそうな視線を電話の置かれた棚にある写真へと写した。

俺も釣られて写真を見る。

そこには幼い俺と手を繋いでいる母さんの写真がある。

妹は母の片腕に抱かれて眠っていた。

父さんも幸せそうに微笑んで母と俺の背中へ手を回している。


「この写真、満里奈さんには辛いものじゃないの?」


俺は思わず聞いてしまってから後悔をする。

ただ凄く純粋にこれを見るのは今の両親どちらも辛いのではないかと思っていたのだ。

満里奈さんはちょっとびっくりしたようにこちらを向いて目を瞬き、そしてまた笑顔をこぼした。


「…そりゃあ辛くないと言えば嘘になるけど、それでもあなたのお母さんにもお父さんにも感謝しているのよ」


少し間を開けてから言った。


「凌空くんや妃代ちゃんのように優しくて強い子を産んでくれたこと。私は今すごく幸せよ」


それは紛れもない本心なのだ、とすぐにわかった。

人を信じるのはあまり好きではないけど満里奈さんは裏表が本当にないから、信じられる。

そして言葉の意味をしばらく考えて俺も少しだけ笑った。


「全く、何だか照れるよ」


そうしてしばらく笑っていると、いつの間にかお風呂から上がったらしい妃代がリビングに入ってきた。


「あ、満里奈さ…お母さん、こんばんは」


満里奈さんに気付いてすぐに挨拶する。

最近はよく話すようになったな、と妹の成長に少し驚いた。

満里奈さんはまた笑って言った。


「満里奈でいいのよ妃代ちゃん。さて、夕飯作るわね!」


早速準備に取り掛かろうとする満里奈さんを妃代が「お、お手伝いする!!」と言ってかけていくのを見送った後、俺も風呂に入った。





『君はあと五年も生きられない』


唐突に言われたらロボットのような俺ですら対処に困るものだ。

それが起きたのは約半年前。

友人等と電車で日帰りの旅行に行ってきた後の事だった。

偏頭痛持ちだから頻繁に起こる頭痛には慣れていたのだが、旅行から帰ってきたその日はいつもと違った。

案の定その頭痛はずっと治らないもので、仕方なく使う予定もないバイト代を持って内緒で病院に行ったわけなのだが…。


『…五年も生きられない?』


理解に苦しむ。

病についても勉強しておけばよかったと後悔する。

医者は少し言いずらそうに見ていた書類を置いてこちらを見据えて言う。


『脳の病気だよ、凌空君。病気を隠して生きられるのはあと三年くらいだと思う』


その医者は俺がよく知る母さんの担当だった人、城之内さんだ。

母さんは他者によって命を奪われたけど、本当は病気だったから死が少し早まっただけなのだ。

それは父さんもよく知っている。

俺も母さんに似て身体が少し弱いんだけど、まさか病気までもが一緒だとは。


『…それは所謂余命宣告ですか』


乾いた笑いが口からこぼれた。

自分の声なのかを疑う程に嘲笑するような声だ。

けどこれは医者に向かってではない。


『凌空君、ご家族には…いや、せめて妹の妃代ちゃんには伝えることをお勧めするよ』


苦しそうに私情を挟んでまで彼はそう言って目をそらした。

けど俺はそこまで周りに迷惑をかけたくない、城之内さんには悪いけど…。


『妹と満里奈さんは父さんから母さんの病気の事聞いてないので言いません。父さんにも、これ以上辛い思いしてほしくないのでぎりぎりまでは言いません』


俺はなるべく冷静に自身の保守に走った。

やっぱり俺も一人の人間なのだと思い知らされた気がした。

城之内先生はゆっくりと息を吐いた。

そう言う事をわかっていたかのようにゆっくりと。


『…所詮僕は医者だからね、患者の思いは尊重しなきゃいけないから何も言わないよ。…けど決断するのはもう少し考えてからにしてほしいな、君のお父さんはきっと悲しむよ』


最後に聞き取れないくらい小さな声でボソッと、城之内さんは口にした。


『時間は有限なのだから』





湯船に浸かりながら長い長いため息を吐いた。

もう二年と半年を切っている。

病気の事は未だに誰にも言えないでいた。

しかし色々と自身で変えたことはある。

バイト代はしっかり貯金するようになったり、一か月に三、四回のペースで病院に通うようになったり。

とにかくやりたいことを書きだして実行できるものからやってみたりした。

結局、何一つ俺の心には響かず、がっかりしたけれど。


結局心の奥底に秘めた本当にやりたいことは、一つだけなのだ。



「我ながら、無欲な人間だなあ」


ちょっとふわふわしたような声が風呂場の天井に吸い込まれていく。

身体もやはり疲労を訴えていたのだろう。

だんだんウトウトと眠気に襲われ始めてきたところで、徐に湯船から立ち上がった。




風呂を出るころにはすでに夕飯の支度が済んでいたらしい。

着替えてゆっくりと物思いに老けながらリビングに足を踏み入れるなり、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。

自然とお腹が鳴る。


「あ、お兄ちゃん。夕飯もうできたよ」


テレビの前のソファに座って読書しながら待っていてくれたらしい。

妃代は呼んでいた本を閉じながら振り返るとそう言った。

どうやら夕飯作りは楽しかったみたいで、ちょっとだけ笑みを浮かべている。

そんな妹の姿に笑みをこぼして返事した。


「今日の夕飯楽しみだ」



結局満里奈さんの事を母さんと呼べずに夕飯を終えるなり、解散となる。

いつもの事だ。

満里奈さんは父さんの帰る家へと戻り妹は寝る前の勉強。

俺も自分の時間を過ごす。

けど今日はちょっと変えてみた。


「満里奈さん」


台所で使った食器を洗っている満里奈さんに俺は少しゆっくりと声をかけた。

すぐに手を止めて振り返った満里奈さんは驚いたように目を見開いていた。


「凌空君が声を声をかけてくるなんて珍しい…どうかしたの?」


思ったことをそのまま口に出す満里奈さんに苦笑しながら言った。


「今度さ、父さんも呼んで四人で夕飯食いたいな」


我ながら凄く変だと思った。

けど言った途端ほっとした。

満里奈さんは凄く驚いていたけど、それ以上に顔を輝かせていた。


「本当!?今度、皆で?」


何度も何度も繰り返し聞いてくる満里奈さんはまるで子供の様だった。

けど後悔はしてない。

病気の事は言うつもりないけど、皆と過ごす時間くらいほしくて。

俺は根気強く頷き続けながら微笑む。

こんなに喜んでもらえたのが意外にも嬉しかった。




翌日目を覚ますといつもより早い時間だった。

いつもなら朝食は妹の当番なのだが、俺に出来ないわけでもない。

久々に作ることにした。


「…あれ?お兄ちゃん、早いね。おはよう」


妹が寝ぼけながら時間を確認して声をかけてきた。

俺は少し苦笑して返事した。


「おはよう妃代。いつもより早く起きちゃったんだ、簡単なものだけど朝食作っといた」


自身の朝食は気持ち少なめにして二人分用意していく。

妃代は眠そうに目をこすりながら少し笑って席に着いた。


「珍しい…けど嬉しい。ありがとうお兄ちゃん」


いただきます、と言い食べ始めた妃代を見ながら俺は物思いにふける。

妃代はもう変わり始めているんだなと言う安堵と、焦燥感にかられる俺。


そろそろちゃんとやり切らないとな。


「…いただきます」


改めて決意した、そんな瞬間だった。





それから二日後、久々に父さんと会い満里奈さんも含めた四人で食事した。

外食の方がいいと妃代が控えめに主張したので、父さんも満里奈さんも妃代のそんな行動に嬉しくなったらしく奮発すると言って外食となった。


「まさか凌空が家族で食べたいと言うとは思わなかったな」


ほろ酔い状態の父さんがワインを注いだグラスを片手にそう言った。

妃代はお腹いっぱい食べて眠くなったらしくウトウトしていたので、今日だけはテーブルに突っ伏して寝ることを許した。

満里奈さんもふふふ、と笑って父さんに同感、と言った。


「凌空くんや妃代ちゃんとお喋りしたりするのは楽しいけど、やっぱりどこか壁を感じたから、本当に吃驚(びっくり)したのよ」


ちょっとだけ涙目になっているのを見て見ぬふりをしながら俺は苦笑した。


「受け入れるのに時間かかっちゃってごめん」


…もっと早くこうしていたらもう少しこの幸せに浸っていられたのだろうか。

俺の言葉に父さんも満里奈さんも少し目を見張ってから微笑んだ。


「凌空、本当にありがとう」


「ありがとう凌空くん」


二人ともお礼を言うなり二人でまたお酒を少し飲んだ。

今夜は良い夜だと思う。

本当、俺にはもったいないと思う程に。





凌空、お前は本当に愛されてるな。

俺はお前が羨ましくて…申し訳ないよ。

俺もまた病で早死にすることがお前に申し訳なくて仕方ない。

…けど仕方ないよな。

お前の最後の願い、叶えて来る。






しばらくして学生にとっては夢のような夏休みがやってきた。

それと同時に俺は東京に一人旅へ出た。

家族の許可は事前に取って置いたし、城之内先生も説得してどうにか一人旅を許してもらったのだ。

バイトして貯まりに貯まり続けたお金もある。

城之内先生の連絡先も一応教えてもらったから準備もオッケー。


ちょっとした一人旅と言う名目で大事な願いを叶えるべく俺は新幹線に足を踏み入れた。





『海翔くんってずっと前に引っ越したあの男の子?…連絡なら今も取ってるから聞いてみるね!』


海翔の親せきは未だこちらに生活拠点を置いているため、海翔の連絡先を教えてもらった。

もとは藁をも掴む思いだったが、割とすんなり教えてもらえたし久々に海翔と話すことも出来たから旅行がてら遊びに行くことを決めたのだ。

電話だとやはり足りなかったのだから仕方ない。

それに雅とも会えるのであれば行くことに損はないと思ったのだ。


やっと俺の…戸川凌空の願いを叶えられるんだ。


俺は大切なものをしっかりとリュックサックに詰め込んで部屋を見渡した。

城之内さんからはすでに言われていた。

診察がてら許可を取りに行ったあの日に。


『凌空くん、凄く言いたくはないんだけど…』


躊躇いながらも教えてくれた。

病気の進行が早まっている、と。

そして今一ヶ月も旅行に出たら、こちらに戻ってこれるかわからなくなると。

薬で症状は抑えられるし今からでも入院すれば進行は遅らせられるかもしれない。

そう言われて本当は一瞬悩んだ。

…けどこれは俺自身に関わる大きな問題で、今回を逃せばもう無理かもしれないとも感じた。

だから俺は生きながらえることを諦め、凌空の願いを叶えることにした。


『ごめんなさい城之内さん』


精一杯頭を下げて謝った俺に城之内さんはフッと息を吐いた。


『そう言うところはお母さんによく似ている』


そう言うなり仕方ないから無理だけはするなと一ヶ月分の薬と色々なことを書かれたノートを受け取った。

城之内さんはかなりお人よしだなと苦笑した。

そうして別れを告げて病院を後にした、あの日。

もう振り返らないんだと、決めた。






夏休みに入ったのは七月の終わり頃。

東京について落ち着くまでに二日間を費やし、海翔と連絡を取って、会う事になったのが東京に来て約五日後。

八月二日現在午前十時三十分。

ハチ公前で三人で会う事となった。

約束より三十分ほど早く来て俺はスマホを眺める。


何もすることがない時ほど画像を眺めてしまうのは癖だ。

気付けば勇仁とひなのと撮った写真を眺めていた。


「何だか…寂しいな」


声くらいかけて旅行来ればよかったな。

そう思った時、着信が何件か来ていたことに気付いた。

全て勇仁とひなのから。

先生からは一件メールが入っていたけど、電話が十九件。

焦って確認してみるとほとんど勇仁からだった。


<勇仁:おーい!凌空お前何で家に居ないんだよー!?>


<ひなの:どこにも居ないとはどういうことですか!!>


<勇仁:凌空のお母さんとかに聞いたけど東京に居んの!?>


<ひなの:返事くらいしてほしいのです!>


<勇仁:いい加減スマホ確認しろよー!!>


<ひなの:勇仁がウザいので切実に返信求めます>


<勇仁:ひなのに嫌われちゃうから早く返事くれ!>


等々。

正直思った。


「やらかしたな…」


こりゃ旅行しに来かねない勢いだと思った。

だから見てすぐに返事した。

と言うか電話した。


「…もしもし?勇仁、凌空だけど…」


『凌空!!返事遅いぞ!!どれだけ心配したと思ってるんだ!!!?』


思わずスマホから耳を話したくなるほどの大声で勇仁が電話に出た。

思わず苦笑する。


『!?なんで笑うんだよー!こっちは心配で心配で仕方がなかったってのに!!』


少し不貞腐れたような声で言う勇仁。

俺は笑って言った。


「俺らもう高校二年だぜ?一人旅くらいするよ。…けど言うの忘れてたんだ、悪かった」


素直に謝罪する俺にちょっと落ち着いたらしい。

いつもの口調で話し始める。


『…ったく、凌空のお母さんに旅行に行ったって聞いてなけりゃずっと探してたとこだったんだからな』


返事が来なかったら東京に勇仁たちも旅行しに来ようとすら考えていたと言う。

改めて気付いてよかったと安堵した。

それから勇仁は質問してくる。


『なんで唐突に東京に行こうとしたんだ?いつもの凌空なら動くことすら面倒だとか言いそうなのに』


こう見えてもやっぱり鋭いなと驚きながら簡単に言った。


「幼馴染の二人に会いに行こうと思ってさ。何だかんだでもう十年も会ってないから」


約束してたし、と付け足す。

勇仁は少し間を開けてから言った。


『…尚更俺らが押し掛けることにならなくてよかったわ(笑)それは邪魔できねー』


ちょっとだけ寂しそうに言うもんだから思わず苦笑した。

勇仁は慌てた様子で言葉を紡ぐが言い訳にしか聞こえない。


『違うからな!別にちょっとその幼馴染たちに負けた気がして悔しいとか思ってないからな!!?』


慌てふためいて思ってることが駄々洩れになるのは勇仁の癖だな、と思って笑った。

勇仁も思わず吹き出して、電話越しだと言うのに目の前に居るかのように笑いあう俺たち。

あと何回こんな楽しい会話をすることができるのだろうとふと考えそうになってすぐさま頭を振る。

今はそんな悲しいこと考えたくない。

この時間を大切にしたいと思っていた。




しばらく電話して十五分経過した頃。

時間は丁度待ち合わせ時間より少し前くらいになっていたので、名残惜しいが電話を切った。

早く帰って来いよ!と念を押すように言った勇仁に俺は何も言えず、笑って誤魔化すことになったのは仕方がない。

なるべく帰れるように行動するか、と思った。






そして十一時を少し過ぎた頃、ようやく海翔と雅が待ち合わせ場所に来た。



「凌空!!遅れてごめん!雅が道に迷ってて…」


海翔曰く五分前くらいには着くように家を出たらしいのだが、雅から道に迷ったという連絡が入って探して急いできたらしい。

そんなわけで二人とも息が切れている。

そこまで急がなくてもいいのに。


「二人ともそんな慌ててこなくてもよかったのに」


いつもの口調でそう言うと海翔は苦笑した。


「凌空は優しいからそう言うと思ったよ…久しぶりだね」


さも嬉しそうに笑顔になる海翔。

最近いいことがあったのがよくわかる笑顔だった。

昔から海翔は良いことがあるとすっきりとした笑顔を見せてくれるもんだからよく癒されたくてさぷらずしてたっけ。

あの頃は楽しかった。

《凌空》がまだ俺の中に生きていた頃は。


「久しぶりだね凌空!ずいぶん背が高くなってイケメンになったねー!!」


そう言ってカメラを起動する雅。

今どきの女子高校生らしくメイクやオシャレをしているのが少し面白い。

雅はどちらかと言うと派手な服は合わないんだよな~…。

俺はちょっと考えてから言った。


「…久しぶり雅。再会早々言うのも変かもしれないけど言っとくね」


そう言った途端二人の表情が一瞬強張ったのは見て見ぬふりをした。

俺は思ったことを正直に言う。


「その服装雅には似合わないよ」


ズガーーーーーン、という効果音が聞こえてきそうな表情になる雅。

拍子抜けした海翔の眼鏡の微妙なずれがまた漫画のような光景が目の前に広がる。

思わず嘲笑するような笑い方をしてしまったが、まあ良しとしよう。

俺は敢えて上から目線で言った。


「雅に似合う服、買いに行くぞ」




待ち合わせしていたハチ公前から移動して人通りの多い道路に面している古着屋に入った。

何故古着屋なのかと言うと雅と俺の金銭事情からそうなってしまったのである。

それに雅の見た目だと古着系でも似合うと考えたためだ。

俺は普通に古着屋に足を踏み入れたが二人は何だか緊張していた。

二人ともこういう場所にはあまり馴染みがないらしい。

何だか少し距離を感じて寂しいような、そんな気持ちになった。

しかし俺はそれを顔に出さず適当に服を見繕っていく。

店は少々暗めで薄気味悪さが漂っているせいか冷房が効いているせいか、二人はちょっと鳥肌が立っていた。

あまりここに居ると疲れてしまうだろう。

とりあえず三着ほど二人の前に出した。


「これなら雅に似合うんじゃない?」


居心地が悪そうな顔をしていた二人はすぐに俺の持ってきた服に視線を移す。

雅は何も言わずに三着を上手く持って自分にあてて鏡の前に立った。

その間にも海翔はすうっと嬉しそうに目を細めて眺めている。

海翔の好みに当てはまったようでよかった、と思った反面気付いてそっと声をかけた。


「…海翔、もしかして雅の事好きなの?」


その瞬間バッと振り返った海翔の顔は真っ赤だった。

あわあわと口を開こうとしているが言葉にならないらしい。

金魚みたいに口をパクパクさせては泣きそうになっている。

…そこまで焦るとは思ってなかったな。

ちょっとびっくりして固まっていると、ようやく海翔が小声で言った。


「…そうだよ。僕は雅ちゃんが好きだ」


自分で言って恥ずかしくなったらしい海翔はちょっと俯いた。

耳まで真っ赤になっている以上雅の方は向けないのだろう。

全く世話の焼ける二人だな、と呆れながらも笑って言った。


「そう言う事なら最初から言ってくれればよかったのに」


そしてちょっと困惑気味の海翔に再び言った。


「ちゃんと二人の時間作ってやるからさ」


ニヤリと笑って俺は海翔にそう言いつつ頭の中でここ周辺の地図を思い浮かべる。

どこかこの二人にぴったりのデートスポットはなかっただろうか。

そう考え始めた俺を海翔はちょっと困ったような、嬉しそうな顔をしながら眺めていたことに気が付かなかった。

そんなやりとりをしているうちに雅は試着までしていたようだ。

唐突に名前を呼ばれてハッと我に返ると雅が先程俺が選んだ服を着て立っていた。

…見立て通り雅の雰囲気とぴったりだったようだ。

海翔が感動して口を片手で抑えながら目をそらして震えている。

俯いているから表情はうかがえないが、耳まで真っ赤なところを見るとどうやら雅が可愛すぎて天に召されかけているらしい。

俺は海翔をほっといて雅に言った。


「俺の見込んだとおりだな、雅は気に入ったの?」


嬉しそうに微笑みつつ自身の着ている服に目を落としている雅は満面の笑みで言った。


「うん!すっごく良い!!気に入ったよ!これ買う!」


即決した。

うーん、まあ気に入ったならいいか。

海翔はようやく正気を取り戻したらしく会話に入ってきた。


「じゃあこのままで行く?」


おっ海翔にしては気が利くな。

俺は内心拍手を送りつつ成り行きを見守った。

雅はまたすぐに頷く。

海翔はそれを見た後すぐに店員を呼んで会計を済ませて袋をもらい、ハサミを借りてすぐにでも着れるようにと事を進めていく。

正直驚いた。

ここまでテキパキ動けるようになっていたとは知らなかった。

ちょっとだけ距離が出来てしまったような気がして再び寂しさを感じたが、すぐに思考を切り替える。

今大事なのは凌空の最後の願いを叶え、二人の応援をすることだ。


もう時間は残されていないのだから。




それから雅の支度が終わるなり当初の予定地へと向かった。

…とは言え有名な場所でもない。

極普通の人気のない公園だ。

ただの公園に遊びに行くようなそんな年でもないのに、と二人は思うかもしれないと思ってあらかじめ言っておいた。


『これから俺が案内する所は二人から見れば可笑しいと思うかもしれないけど、何も言わないでついてきてほしい』


二人は困惑しながらもついてきてくれたし約束も守ってくれている。

優しい二人で幼い頃の凌空はきっと二人の事を本当に大切に思っていた事だろう。

これから俺がするのはその大切な思い出をなくすようなことかもしれない。

心苦しいが仕方がない。


来たのはあまり広くない公園だ。

人気もない。

きっと大丈夫。





「…二人とも黙ってついてきてくれてありがとう」


唐突に切り出せば二人は一瞬目を瞬かせてから微笑んでくれた。

二人ともそこはよく似ている。

雅が海翔の事をどう思っているかはわからないが、上手くいくことを願おうと思う。

海翔が口を開いた。


「ところで、どうしてこんなところに?」


その質問には答えずにゆっくりと微笑んで、言った。


「最後だ。ちゃんとお別れして来い…凌空」


その瞬間その公園一帯は三人にしか見えないまばゆい光で包み込まれた。









()()は唐突に始まり唐突に終わる~


「雅、海翔、どうかした?」


雅と海翔はハッと我に返って目の前に立っている凌空に目をやり、固まる。

そこに居るのは高校生まで成長した凌空ではなく七歳の凌空だった。

それから自分たちの体にも違和感を感じ見下ろしてみる。

何と二人も七歳のあの日の姿へと変化していた。

辺りもあの頃、お別れの代わりに夢を語ったあの公園だった。

呆気に取られていると再び七歳の凌空が声をかけてくる。


「二人とも本当にどうしたの?」


その顔は少し不安気だ。

海翔は心配させないように咄嗟に笑顔で言った。


「何でもないよ!」


それはまるで自分でないような返事の仕方で、一瞬硬直するが凌空は安心したように微笑んだ。

ああ、と海翔は安心する。

あの頃の凌空も高校生になって再会した凌空も変わらないことに気付いたからだ。

でもなんだか拭いきれない不安感がまとわりついて離れない。

雅も精一杯笑顔で返しているが同じように複雑そうな笑みだった。

その表情には気付いていないのか、凌空は寂しそうにけど決意したように笑って言った。


「あのベンチに座って話そう。今日でお別れなんだからさ」


その言葉に何とも言えない沈黙が訪れる。

しかし気付けば凌空に促されてベンチに腰かけていた。

凌空は真ん中に座って夕日に照らされて紅く染まっている空を見上げていた。

雅と海翔はそんな凌空の事を挟んだような形で座っている。

凌空につられて空を見上げた二人に凌空は独り言のような発言をした。


「将来、何しようかな」


その発言に一番に反応したのは雅だ。


「将来やりたい仕事?」


凌空はその質問に目をつむって答える。


「まあそんなとこかな」


雅と海翔はしばらく考えこんだ。

長いような短いような沈黙が三人の間に流れてしばらく経った後、海翔は言った。


「大きくなったら僕は政治家になる」


それに便乗するように雅も言う。


「私はパティシエになる!」


しかし話し方は高校生の話し方になっていた。

もう将来が見え始めているためだろう。

決意の色が表情の裏に見え隠れしていた。

そんな二人の揺るがない答えに凌空は初めてすっきりしたように笑った。


「ふふっアハハ!!…そっか、二人はもう前に進んでるんだね」


そして飛び出すようにベンチから飛び降りると着ていたパーカーのポケットに手を入れて振り返ってニッと笑った。

それだけなら年相応の笑顔だと思うだろう。

しかし次の瞬間その夢は崩れ始める。


「二人がもう解放されているんだってわかって安心した」


それはまるで別れの決まり文句のようで。

海翔は気付けば手を握りしめていた。

すでに辺りは淡い霧に包まれていて、見えるのは目の前に立つ凌空と雅のみだ。

雅も何とも言えない焦りに駆られているのがわかる。

雅は言った…いや、正確には言おうとした。

けどできなかった。

そして初めて気が付いた……声が出ないのだ。

凌空は一つ謝る。


「ゴメン、話せないのは俺の記憶を消すためなんだ」


海翔も雅も困惑する。

凌空は捨て台詞のように話し続ける。


「戸川凌空…俺は本当は死んでるんだよ」


悲しそうにさらりと恐ろしいことを口にした凌空を凝視する。

すると唐突に幼い凌空の隣に現れた高校生の凌空に驚いて後ずさる。

雅の表情は恐怖に染まりかけているような微妙な表情だった。

高校生姿の凌空は言った。


「俺は名もない死神。偶然にもこいつに出会って願いを聞いたんだ」


そして代償はその戸川凌空の魂をこの世界から追放すると言うものである。

本来死神はそう言った勝手な行動を許されていないため、存在自体をなくすことにしたらしい。

しかしここは死神よりも位の高い神々の統治する世界なだけに力も制限されている。

完全に消すことができないのならと世界から追放することに決めたと言う。

正直なところこれはただの夢じゃないか?と思いつつある海翔に死神は笑った。


「残念だけどこれは現実だ…まあお前らは忘れるけどな」


そして凌空の肩を掴みしゃがみ込んで凌空に言った。


「準備は整った。後はお前次第だ、ちゃんと別れを告げろよ」


声をかけられた凌空はコクリと頷いて雅と海翔を見据えて思いを口にしていく。


「僕が願ったのは二人の成長を見守ること。…二人は十分成長したと思う。正直羨ましいよ」


そこで寂しそうに笑った凌空。

その目には涙がたまっているのが見える。

海翔も雅もそれを見守る事しかできない現状に歯がゆさを覚えた。

凌空はふっと息を吐くと再び言った。


「一緒に成長したかった…二人と出会えて本当によかったよ、本当にありがとう」


そして最後に覚悟を決めたような真剣な表情になった凌空は言った。


「さようなら」


その瞬間再びまばゆい光に辺り一面が飲み込まれていった。

海翔と雅はそんな中、凌空が口パクで言った言葉を見逃さなかった。










~六年後~


滝沢雅は晴れて一人前のパティシエとなっていた。

小さい頃に亡くした父との約束とずっと追い求めてきた夢を叶えたのである。

当時、それはもう泣いて喜んでいた。

そしてまた、裕川海翔も夢を叶えていた。

決して楽な道でもなく人々からの批判も多い中、つまずきそうになりながらも必死に歩んできた海翔は政治家としての道を掴み取ったのだ。

幼馴染で恋人同士の二人はお互いの成功を喜び合った。

しかしふと気づくと寂しさを感じている。

何か忘れているような、大事な何かを失くしてしまったようなそんな感覚。

そして二人がそう思った時に必ず思い出す言葉。


『努力はいつかきっと報われるから頑張って』


誰に言われたのかもいつ言われたのかも思い出せないその言葉は酷く懐かしくなる言葉であった。

しかし二人は気付けばその言葉を信じて再び前を向いて歩き出している。


世の中『絶対』と言う言葉はないけれど、二人は絶対的な何かをその言葉から感じ取っていたのだろう。




その言葉を最後にこの世界から姿を消した幼馴染の事を思い出すことはない。



















いつの日か、二人が自分の生きる道を見つけた時。

俺は一体どこに着いているのだろうか。




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