A・A戦開戦。初手から炸裂、闘将・前島闘子のEXS
『……3……2……1……作戦開始』
開始と同時に開かれたフィールドの複数の道を、タクティクス・バレット側も複数のユニットで分けたメンバーが周囲を気にしながら突き進む。
今回の対決にあたり、人数を10対10と絞った設定にされているのだが、それはタクティクス・バレットのチーム状況からの考慮によるもの。
とてつもなく大所帯のA・A側はそのメンバーの選別も容易であり、どんな戦局にも対応可能。
対してタクティクス・バレット側は、公式での一応の最低ラインの10人を上回っているとはいえ、選別のメンバー状況は限られる。
メンバーの選択で戦局を変えていく形を観客にも魅せられるように、とのA・A側の提案を受け入れて決定した形だ。
今回のユニットの内訳は、基本的には全てアタッカーとして組ませた形であり、ユニット1に大和・サラ・歩、ユニット2に飛鳥・角華・桂吾、ユニット3に玉守・金瑠・銀羅、そして風鈴が単体で行動するという構成で、浩介と香子が待機になっている。
この組み方にはいくつか理由があり、本当の意味での最大戦力は歩ではなく香子の投入なのだが、この二人の実力は経験によるものが大きく、比べての実力に大差がある訳ではなかった。
香子の過剰なブラコン推しというのを差し引いても、なかなかの才能と努力をしていける一年の歩に、今後の主力としての経験を積ませたいという思いもあり、この大舞台での起用となった。
ちなみに浩介に関しては、このメンバーの中では単純に実力不足という残念な理由。
それと風鈴の場合、不確定要素の強いA・Aの動きに即座に反応出来るのが風鈴だけということもあり、サポートと要所での活躍を期待しての単騎出陣であった。
まあ、元々単発主体のスナイパーを担わせる風鈴に連射系の主力メンバーと組ませるのが難しいのもあった。
各自の受け持ちルートの通路を警戒しながら進むメンバーの無線に、風鈴からの報告が入る。
『こちら、千瞳です。相手側は前島さんと鶴馬さんがまだスタート地点から動いてません。他の人達は2・3・3でそれぞれこちらに向かっています。以上です』
その報告を受けて、司令塔である玉守が対応する。
「こちら玉守、了解した。引き続き、警戒を頼む。以上」
『分かりました!』
対応自体は玉守だけだったが、全体の無線なので全員が理解した。
通常、相手チームの動きなど高いところから確認するのでもない限りは知りようがなく、このフィールドも壁を登って上に立つなどしなければ高い場所は存在しない。
壁の上を登ることも不可能ではなかったが、それなりに高い壁であるために登る手間がかかる上、そんなところに立てば相手から良い的にされてしまう。
高いところに行かずして相手の動きが知れるのは、やはり相当の強みであると言える。
だが、相手は同じくEXSを駆使する二人がいる強豪であり、闘子に関しては能力の情報が少ない。
その仕入れた情報では開始から秒殺で相手チームにパーフェクトゲームを達成したということだけで、解明には程遠かった。
大和は警戒の進軍を続けながら、頭で状況を分析していた。
(開始してからそんな短い時間でヒットを狙うのは、物理的にも現実的にも不可能……。それが認定されたなら、幻とは違う合法的な手段になるはず。少なくともエアガン本体から撃ち出された弾でなければならない以上、相手が理解出来る位置からの攻撃を受けたということだろう。想定では、EXSを駆使しての奇襲。では、そのEXSの性質は何だ? 予想は空間移動……、しかし、そんな凄まじい能力が本当に存在するのか? 他に想定されるのは……)
意識の切り替えを続けながら、大和は進む。
一方、別行動のユニット2、そのリーダーの飛鳥は別のことが気になっていた。
(このフィールド、雰囲気は不気味だが面白ぇもんがあるな。だが、この壁の屋根みたいのは、一体何だ?)
飛鳥が見ていたのは、通路の壁の頂上部分が左右に広がって屋根のようになっている点だ。
昼間確認した全体図では、全ての通路がそうはなっていなかったが、半分近くの通路が屋根付きの構造。
(確かフィールドのコンセプトは刑務所だったよな。無機質な壁なのは、まあ理解出来る。屋根付きも雨避けと思えばダメな訳じゃねぇ。ただ、雨避けにしちゃ中途半端だし、微妙に不自然な気がするんだよな……)
疑問を抱きつつも、飛鳥達のユニットは屋根付きの通路を抜け、上にも視界が開ける。
今の時刻は月が綺麗に、そして妖しく輝いていた。
(ははっ、千瞳は凄ぇな。こんな空から見下ろすように確認出来るってこったろ? 一体どんな光景を見てるんだろうな? やっぱり、選ばれたやつはどこまでも凄ぇってことか、ったく……。金蔵、お前が妬みに走る気持ちも分からないじゃねぇかもな……)
などと、らしくない感傷に浸りかけた飛鳥だったが、
『来ました! 鶴馬さんが動きました! 右側の通路から来ます! 続いて前島さん……』
風鈴からの緊急の報告が入る。
(やっと来たか! さて、どこから来る?)
飛鳥は気持ちを切り替えて戦闘態勢。
他のメンバーも同じく。
強大な戦力と自負している千歳と闘子、両名の方針で他のメンバー育成のために最初からは動かないことは、過去の数少ない情報から確認済み。
なので、ここまでは想定されていた……、のだが、この後の報告が想定外。
『う、上です!! 上から来ますっ!!』
ほとんど全員が一瞬硬直する中、それぞれのユニットリーダーの大和、飛鳥、玉守だけは即座に上空に目を向ける。
飛鳥も見た美しい月、そこに人影が写っていた。
下からでは顔が良く見えないが、その人影が着ているのはタキシード。
誰なのかは一目瞭然。
「「「下がれぇぇぇ!!」」」
ユニットリーダーが叫んでそれぞれの屋根付き通路に後退した一瞬後、凄まじい弾が上空から雨霰の如く、降り注ぐ。
「うわっ!! うわわっ!!」
「きゃあああっ!!」
「くっ!!」
想定外の奇襲ではあったが、全員はギリギリで屋根のあるところに入り込み、難を逃れて無事だった。
「あっぶねぇ……!! とりあえず、全員無事か……!」
飛鳥は態勢を崩しつつ、ゴーグルを操作してメンバーの生存を確認。
「な、なんすかあれ!? なんすか飛鳥先輩!?」
「俺だっていきなり過ぎて分からねぇよ!」
トーンを抑えつつも怒鳴りながら桂吾を黙らせる飛鳥。
一方、角華は風鈴に無線を繋ぐ。
「こちらユニット2姫野宮! 風鈴ちゃん、状況分かる!?」
無線を消してすぐ後に、風鈴から通信が入る。
『せ、千瞳です! 前島さんがスタート地点からいきなり跳びました! 跳びながらこちらまで攻めてきました!』
「と、跳んだ!? 鳥みたいに空を飛ぶみたいな感じ!?」
『いえ、何だかジャンプしてる感覚です! 今は奥の電柱の上にいます!』
報告しながらも、風鈴はその闘子の行方を掴んでいた。
闘子は今、A・A側で灯りを付けている電柱の一つ、その頂上に立ってフィールドを見下ろしていた。
下からは人影でしか見えないが、目立つには目立つ。
だが、メンバーからは当てられる距離の範囲外であり、狙うことは出来ない。
(くそっ! いきなり来たかと思いきや、もうあんなところに! 千瞳の報告から考えて、身体強化の類いか!?)
飛鳥はその人影を睨みながら歯軋りする。
闘子のEXSについて、物理的に攻め込める可能性として事前にいくつか想定をしてはいた。
奇襲の最有力は空間移動、そしてもう一つの可能性……、それは身体強化。
速度を強化して速攻で敵陣に突っ込む単純な戦法だが、これなら速度と状況次第ではあるが秒で終わらせることも出来なくはないかもしれない。
ただ、仮にどちらかの能力を有していたとしても実際に当てるには姿を晒さなければならないため、どちらにも対応出来るように数名のユニットを組んで前後左右を見張っていたのだが、まさか頭上から弾を降らせてくるとまでは想定していなかった。
しかも、こちらに攻め込んできたはずなのに、気が付いた時には自陣にまで戻っている。
そして人影が再びどこかに跳躍をしたのが見えた直後、通信がまた入ってくる。
『右側からまた来ます!』
風鈴の素早い指示のおかげで、今度は慌てずに屋根に隠れていると、弾のゲリラ豪雨が通り過ぎる。
その際、通路の屋根から屋根に跳び移るように移動していた。
「くそっ! 上空からの攻撃とか戦闘ヘリコプターか何かかよアイツは!? この通路の屋根はまさか、アイツの移動用のためか!?」
「一気に攻めてすぐに離れるこの動き、『 一撃離脱』!? 同じ女子なのにあんな動きが出来るなんて……信じられないわ……!」
「はぁ~千瞳さんがいなかったらヤバかったっすね……! でも、とりあえず屋根の場所にいられれば、何とかなりそうっすよ」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇ! この状況はまずい! 隙を見て前進するぞ!」
「そうね、少しでも前に出ないと!」
豪雨弾が通り抜けたのを確認し、次の屋根有り通路に急いで向かう飛鳥と角華。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
一瞬遅れて、桂吾も続く。
飛鳥達のユニット2だけでなく、他のユニットも同じように豪雨の隙を見て前進をしていく。
「こちらユニット3玉守。風鈴君、相手チームがどこまで接近しているか教えてくれ。簡単で構わない。以上」
玉守が連絡を送った後、すぐに返信がくる。
『全体的に半分近くまで来ています! 一番近いのは忍足先輩達です!』
「了解、そのまま引き続き頼む。飛鳥、聞いていたか? しっかりやれよ。以上」
『こちら忍足、自分のやるべき事くらい分かってる! 以上!』
飛鳥の力強い通信が切れると、玉守も自身の周囲に気を配る。
「やはり風鈴君が監視してくれているのは心強いな」
「でも、思った以上に近付かれているにょ!」
「このままだとこっちが不利になっていくにょ~!」
飛鳥や角華の懸念は玉守達も理解していた。
風鈴の監視能力のせいで失念しがちだが、サバイバルゲームは本来、相手の位置を探れないことが前提。
見えない相手と至近距離でいきなり出会って撃ち合うこともあれば、遠くから出てきた相手を見つけて狙撃したり、流れ弾に当たることがあるのも楽しみと言える。
だが、もし同じ場所に留まらせられたまま包囲を狭められてしまえば、それは相手に居場所を教えているも同然。
相手チームのホームフィールドということで地の利もA・Aにあり、前線が押し込まれてしまえば圧倒的な不利になるのは目に見えていた。
「分かっているさ。俺達も何とか早めに……っ!」
今いる通路から次の通路に向かおうとして、玉守は出しかけた体を引っ込める。
直後にその場所付近の屋根が無い通路を、弾豪雨が抜ける。
「ふわっ! あ、危なかったにょ……!」
「玉守部長ナイス回避だにょ~!」
「……ふぅ。状況は危険だが、前線を少しでも上げなくてはな。金瑠君、銀羅君、急ごうか」
「「了解だにょ~!」」
語尾がアレなせいでいまいち緊張感に欠けるが、本人達が至って真面目なのはいつものこと。
玉守の合図で、金銀双子も雨の切れ目を突っ切っていく。
空中から弾を降らせてくる闘子がフィールドをところ狭しと駆け回る、というより跳び回るせいでタクティクス・バレットの進攻が遅れがちになる中、割と早く前進出来ているのがユニット1。
その理由はサラのおかげと言えた。
ほとんどのメンバーが弾の豪雨を屋根に頼らざるを得ないで遅れる中、サラは気にも留めずに突き進む。
当然ながらサラにも容赦なく弾は飛んでくる訳だが、
「ふんっ!」
サラはそれを当然のように回避していく。
もちろんそれはサラのEXS、「絶対領域」によって成せるもので、360度のドーム状に展開されるサラのゾーンに加速する物体が入り込めば、その速度はスローモーションのように知覚される。
(どれだけ降り注ごうとも、『絶対領域』がある限り、距離を取って撃つだけのエアガン射撃なんかでワタシは捉えられない!)
緩やかな速度に変換される領域の中で、サラは華麗に弾を避けていく。
そしてそのまま屋根のある通路に入った後、闘子が跳び去っていくのを確認してから、すぐに大和達に手招きをする。
回避に自信があるサラが先行して闘子の離脱まで見送れるからこそ、即座に次の場所に進めるのだった。
「さすがだよ、サラ。この状況でも全く危なげがない」
「本当に凄いですよ、サラ先輩!」
「ま、まあね! ワタシにかかれば何てことないわよ!」
大和と歩に誉められ、サラは若干表情が緩む。
「けれど、前島さんのとてつもない戦法が分かったのに、サラは慌てる様子が無いな?」
「EXS使えるならなんだってあり得ると思っているもの、いちいち驚いてなんていられないわ! さあ~どんどん行くわよ! 大和達のサポートをしっかりやってあげるから遅れないでね!」
そう言うなり、再び通路を駆け出すサラとその後を追う男子二人。
「あ、あはは……サポートどころか、一人でもどうにか出来ちゃいそうですよね、サラ先輩……」
「まあ、サラは元々単体での実力がずば抜けているからね。チーム組んでいてもほとんど個人技の派生で共闘してるようなものだよ」
「これから先、もしまたサラ先輩を相手にするとしても、狙える気がしないです……赤木先輩、こんな人に良く勝てましたね?」
サラの動きのキレっぷりを間近で眺める歩は未だに慣れないという困惑を顔に含ませる。
「俺だけの力じゃないよ。みんなが協力してくれたおかげだし、運が相当良かったとも思ってる。俺だってまた勝てる気はしないかな」
大和も似たような表情だが、それよりも仲間として頼もしい感覚で見ている方が近い。
(……勝てる気はしない。でも、勝つつもりで努力したからこそ、サラは俺達と一緒に戦うことを選んでくれたんだ。なら、サラに負けない努力をしないとな。もちろん、千瞳さんにも……)
個人を磨けば全体が活かされる、それは正しく「一人はみんなのために、みんなは一人のために」に通ずるという大和の信念そのものだった。
(……そういえば、さっきの通信、忍足先輩達が一番先に相手と当たると千瞳さんは言っていた。向こうもバランス良いユニット数だったはずだけど、互いにユニットの進攻が早かったのか?)
大和は何となく、うっすらとそんな疑問を浮かべた。
風鈴は「千里眼」を駆使して全体を見れるために、主に相手チームの状況を確認してもらう強力なサポートが可能だったが、少しずつ場慣れしてきたとはいえ的確な指示をこなせるほどの経験はなかった。
そのため、例えばどのユニットが相手とすぐに当たるか、などの簡易的な指示でサポートをさせる形を取っていた。
相手陣地に近付く速度が早ければ早いほど、お互いにぶつかるのも早いだろうという大和の考察。
一方、先を行くサラはサラで、別のことを考えていた。
(……ふん、気に食わないわね、あの闘子って女! ワタシを見ていたはずなのに、こっちにターゲットを集中させないだなんて……!)
サラがそう思う一因に、「囮回避」というサラ用の戦略があったからだった。
絶対的な回避を得意とするサラは、敢えて姿を晒すことで狙わせるターゲットを自身に向けさせ、逆に味方への被弾を減らすことが出来る。
過去、仏田とチームだった時も自分が狙われる役になる形として採用していた。
最初こそ個人戦果を重視していてそこまで意識してはいなかったが、タクティクス・バレットの一員になってからは、この異質とも言える型も仲間を活かすための戦法として改めて確立していった。
サラは今やタクティクス・バレットの最大戦力の一人であることはA・Aも理解しているだろう。
跳び上がった闘子からすれば、堂々と通路を走るサラは一見すれば狙いやすい的同然であり、集中して狙って仮にヒットさせれば大きく戦力低下を狙える。
サラからも闘子が見ているのは確認済み。
だが、闘子はサラも同じ相手だと言わんばかりに、集中させることなく弾をこちら全体に散らして撃ち出していた。
(……ワタシを見ても気にも留めないのは腹立つけど……こっちを狙う意味がないって思っているのだとすれば、恐らく向こうもチームとして全体的な勝利を目指して動いているみたいね……)
サラの回避能力を把握した上での決断としてなら、サラを放置するのも悪くないだろう。
サラはナイフ限定のために遠くから狙えない。
一定間隔を空けて間合いに入られさえしなければ、少なくともサラからの被弾はない。
もっとも、サラの身体能力は接近戦を想定して磨かれたもので、速度だけでも常人を凌駕する程であり、放置出来る人間はほぼ限られる。
(……まあ良いわ! チームを勝たせたいのはこちらも同じこと! 狙わないでいるならこっちはこっちで他の相手を崩すだけよ!)
一瞬の腹立ちも気分を切り替え、サラは前進する。
A・Aの戦略に関わらず、サラのやるべきことは変わらない。
相手に近付いては倒しきること、それが味方を救いチームを勝利に導くことに繋がると分かってしているからだ。
大和達を先導して先行しているサラが丁字路に差し掛かる。
『あっ! 待ってサラ!!』
突如、サラの個人回線に風鈴から通信が入る。
「風鈴!? どうしたの!?」
『その先の左、気を付けて! そこから……』
風鈴はサラに内容を話し続けてはいたが、途中からサラは聞けなくなった。
警戒して目前に意識を集中していたからだが、聞かずとも言わんとしていたことは理解していたからだ。
順調に進めていたサラの加速が止まり、後ろ手で大和達の進行を制する。
大和達はとっさに通路に備えてあった箱形の障害物に身を隠す。
障害物から顔を出す男子二人は、その意味を知ることになった。
「うふふ、ごきげんよう、サラちゃん」
左の通路から姿を現したのは、戦場には似つかわしくないドレスで身を包んだ黒髪の美少女、鶴馬千歳だった。
サラはすぐさま、ダミーナイフを二刀流で抜き出して構えを取る。
「……まさか、最初からアンタと会うとは思わなかったわ」
「あら、サバゲーはRPGみたいにボスが一番奥で待ち構えているわけではないのよ。お互いに移動している以上、誰と誰が出会ったとしても何ら不思議はないでしょう?」
「ふん、まあ、そうかもね」
戦闘態勢のサラに対して、千歳は優雅に妖しい笑みを見せるだけで構える様子はない。
サラは話を合わせはしたが、内心で違和感と焦りを感じていた。
(……風鈴の報告では、この女は他よりも遅く出ていたはず。あの闘子って女みたいに上を伝ってショートカットしてくるようならまだしも、風鈴がそう言ってない以上は普通に通路を通ってきたはず。どうしてこんなに早く遭遇するの!?)
この遭遇の直後、少し離れたところから射撃音が聞こえてきた。
位置から察するに、飛鳥達のユニットが交戦を開始したようだった。
障害物の後ろから様子を見ていた大和達も、驚きながらも状況を見守っていた。
「(こ、こんなに早く、鶴馬千歳さんと当たるなんて……! ぼ、僕、まだ心の準備が……!)」
「(落ち着くんだ、歩君。相手の実力に惑わされない方が良い。俺も驚きはしているけど、今は何が最善かを見極めよう)」
「(そ、そうですね! な、何をすれば良い、ですかね!?)」
「(こうなる状況も事前に想定した通りだ。まずはサラに任せよう)」
「(は、はいっ!)」
大和の言葉に落ち着きを取り戻した歩だったが、大和も自分で語ったように内心は驚いていた。
(鶴馬がここまで接近していたとは……! 千瞳さんからは何も報告はなかった……何故? いや、千瞳さんは全体を見通しているんだ。もしかしたら見逃してしまったのかもしれない……千瞳さんに頼り過ぎるとは、俺もまだまだだな……)
声に出さずに反省しながら、大和は前方で相対する両者の一挙一動を目で追い続ける。
※ ※ ※ ※
女子二名が向かい合うこの状況は、すぐに観客席のモニターに映された。
スペリオルコマンダー同士の対決という好カードに、観客は興奮を抑えられないでいた。
「良いぞ良いぞ~! これが見たかった!」
「 女王対 女帝、いきなりの超人対決は熱い!」
「むしろ周りいらない! この対決だけやっててくれ!」
「後ろの男子は邪魔するなよな!? というかどっか行ってくれ!」
などと野次を飛ばす観客に、近くで見ていた小波はムッと顔を苛立たせる。
(勝手なことばかり言って嫌な感じですね! 先輩達だって頑張ってここまで来ているというのに! どのみち赤木先輩達は、最初からは手を出しませんよ! お望み通りの対決を見ていると良いです! 頑張ってくださいね!)
邪魔扱いされた後ろの男子二人、大和と歩に心中で擁護を入れるが、下手に声は出さない。
拳を握りしめ、気持ちだけの応援に徹する小波だった。
そんな観客席のヒートアップとは裏腹に、後ろの立ち見で戦いを冷静に見つめる者達もいた。
私服の観客に混じって、きっちりとした学校の制服に身を包んだ男子達がいた。
「(お、おい、見ろよ! あの制服、 戦将院だぞ!?)」
「(マジか!? 皇帝の高校だろ!?)」
「(真ん中にいるアイツ、皇帝の側近の 龍鳳だ……! アイツが関わって丸裸に出来ない情報はないってもっぱらの噂だぞ……?)」
「(偵察か……やっぱり女王と女帝の対決は気にならないはずはないよな……!)」
異様な雰囲気に気付いた観客が、それを見て周囲に情報を拡散させる。
戦将院の生徒達はそんな周囲の注目など気にも留めず、鋭い眼光をモニターに向け続ける。
その中心にいる眼鏡を掛けた細身の男、龍鳳がモニターを見ながら電子学生証を開き、通信を始める。
「……閣下。現在、序盤ではありますが相当な激戦となりそうな状況です。女王と女帝の対決が開始されようとしています」
『……そうか。 龍鳳、お前が情報収集をしたがっていた一戦だったな。今はどうなっている?』
静かだが、騒々しい会場の中にあっても聞き取れるような凄みを感じる声が龍鳳の耳に届く。
龍鳳が閣下と従う声の主は『東邦三帝』の皇帝、一文字 剛志だ。
「何やら言い合っているようですが、そう長くかかることもないでしょう。戦の最中で無駄に言葉を交わし合うなど、この龍鳳には考えられませんが……」
『ふっ、鶴馬千歳はおしゃべりだからな。我との晩餐においても自発的に言葉を発していたのは覚えがあろう? あの女のことだ、探りでも入れているのだろう』
「閣下と同じく『東邦三帝』と呼ばれるだけはあります。対する女王についても話に応じています。スペリオルコマンダー故の余裕というところでしょうか」
『サラ・ランダルタイラーか。会ったことはないが、まあそんなところだろう。もっとも我の勘では、サラ・ランダルタイラーに鶴馬千歳ほどの余裕はなかろうな』
「互いの表情から察するに、閣下の直感に誤りはないかと。この勝負、やはり女帝の勝利は揺るぎないでしょうか」
通信を続けていた龍鳳だが、少しの間だけ皇帝の言葉が途切れたことに眉をひそめる。
「閣下?」
『……龍鳳よ、勝負というものはどう転ぶか分からぬものだ。前評判や戦績だけで語れないのはお前も理解しているだろう?』
「……失礼しました。『弱者と惑わすは油断、強者と知るは過程、全てを語るは結果』……閣下のお言葉でしたね」
『そうだ。過去に囚われて思い込めば油断が生じる。知るべきは勝敗を決するまでの現在の手段、情報、過程。それを制することが未来にて勝者と語られる。知らぬお前ではあるまい?』
「はっ、仰せの通りです。では、引き続き情報の収集に務めます」
『うむ。そしてもう一つの情報も忘れぬように頼むぞ?』
「心得ております」
その返事を最後に、通信が切れる。
「分かっているな、お前達。この一戦、些細な内容も見落とすな。チーム全体の戦力、各員の能力、想定されるあらゆる不確定要素を排除し、閣下の常勝を確たるものとする」
学生証をしまいこみ、周りに指示を出す。
周りの生徒は微かに頷くのみでモニターを凝視し、無駄な話をしない。
(さあ、見せてもらうぞ、タクティクス・バレット。チームとしてのお前達の戦力、スペリオルコマンダー『風見の妖精』千瞳風鈴、『雷閃の女王』サラ・ランダルタイラーの実力。そして……)
龍鳳もモニターに集中するが、その視線はサラと千歳だけではなく、少し離れたところにも移る。
(……閣下の命により、お前もこの龍鳳が特別に見届けさせてもらうぞ、赤木大和)
サラの後方で未だに姿を隠す大和にも、厳しい視線を向けていた。