楽園という名の戦場、運命という名の必然
「ふむ。コイツを気に入ってくれるとは、おじさん嬉しいね。しかもそれが、こんな可愛いお嬢ちゃんだから尚更だね。ちょいとムチムチな感じではあるがな」
店主が丸メガネの奥の目を面白そうに細める一方、風鈴は店主の余計な一言に少しショックを受けている。
「……ム、ムチムチ……」
「最近の子は発育良いと聞くが、まだ高校生位だろうにさすがに育ち過ぎじゃないかい?」
「ぷぷっ! 風鈴、アンタ肉が付きすぎなのよね! だから頑張って痩せなさいって言ってるじゃない!」
店主からの風鈴への指摘に吹き出したサラがドヤ顔で便乗するが、
「いやいや、パツキンお嬢ちゃんは逆に育たなさ過ぎじゃないかい?」
「んなぁぁ!!?」
店主の無自覚な言葉の刺が、今度はサラに突き刺さる。
「おじさんの昔っからのイメージだと、パツキン=バインボインのボン・キュッ・ボンだからな~いくら今が発展途上なお年頃っつっても、その片鱗位は見えてても良いと思うんだがな~?」
「あ……あぐぐっ……!!」
(ま、まずいなこれは……!)
口をあんぐりと開けながらも、言葉にならない声を絞り出して体を震わせるサラに危険を察した大和、何とか話を戻して店からの戦線離脱を早める事にした。
「と、とりあえず千瞳さんも気に入ったようなので、購入という方向で良いかと……」
「そうかい? なら新品を取ってこよう。スコープとかサイレンサーだとかはどうする?」
「千瞳さんの好み次第ですが、現状は保留にします。まずは銃そのものの所有者登録をお願いします」
「はいよ」
逸れかけた横道を本筋に戻して必要事項の調整を行い、今日最初のミッションである風鈴のマイウェポン選びをクリアした3人。
その後、近くのファミレスに立ち寄って昼食休憩。
「もうっ! 何なのよあの変態親父! デリカシー無いとか最低じゃないのよ!」
注文を終えての開口一番、サラはそのままの不満を吐き出す。
「悪い人ではないと思うけど、まあ……変わった人では、あるかもね?」
「そんなフォロー要らないわよ大和! 変人で変態以上の評価はないわよ! 風鈴もそう思うでしょ!」
「ふえっ!?」
捲し立てた勢いでサラは風鈴に同意を求めるが、風鈴はキョトンとしている。
「えっと、ごめんね、自分のエアガンが買えたから嬉しくて……何か言った? サラ」
「話聞いてなかったの? ちょっと浮かれ過ぎじゃない? 風鈴もあの変態が失礼だとは思わないかって聞いてたのよ!」
「う、うん、まあ、その……変わった人かな、とは思うよ?」
購入したばかりのVSR-10が入ったケースを抱えながら、申し訳なさそうな、それでいて笑顔を抑えきれない風鈴。
見つめるサラは半目の呆れ顔を向ける。
「……まあ、自分用のが嬉しいのは分からないじゃないけど、そもそもエアガンでのスナイパーライフルの性能なんてそんなに大きく変わらないんじゃないの?」
「いや、そうとは限らないよ」
サラが首を傾げると、大和が口を出す。
「単純な違いからいくと、重量がある。俺のL96は何も付属を付けない状態で約3,5㎏なのに対して、このVSR-10は確か……2㎏を切ってたはず。1㎏以上の差があるのはあらゆる動作の面から言っても大きいよ。千瞳さんはどう感じたかな?」
「はい、私も凄く軽やかに感じました! これなら前以上に速く出来ると思います!」
大和のL96は男子でも割とズッシリくる重量があり、VSR-10と持ち比べれば違いは歴然。
女子には扱いづらいと思える程であり、むしろ風鈴が今まで文句も言わずに良く扱っていたと褒めても良い位のものである。
「後はフィーリングだろうね。とにかく自分が見て、これだ! って感じるものが一番だと思うよ」
「確かに、これを見た時にビビッ! ってきた感じです!」
「まあ、一理あるわね。ワタシもそういうのがあったクチだからね」
「サラも、俺が渡したダミーナイフ以上のものがあったのか?」
「無いわ! 大和がくれたダミーナイフ以上なんて基本的に無いわよ! ただ、傷付けたりしたら勿体ないし、大事に保管してたけどね。ワタシの場合は服の方よ」
「服って、サラがいつもサバゲーやる時に着けるミニスカートとかだよね?」
「そう! ワタシの拘りよ!」
サラは自慢気に体を反らせるが、風鈴のような質量が無いので幾分か寂しい。
「そういえばサラって、サバゲーの時でもミニスカートで可愛いな~って思ってたよ」
「おっ! 風鈴ったらなかなか分かってるわね! よし! それじゃあ次は服の店に行くわよ! 大和、良いかな?」
「もちろん、俺もそのつもりだったんだけど服装に関してはエアガンほど拘りがなくてね。何かサラのおすすめでもあるかな?」
「あるわ! でも、この近辺のどこにあるかは分からないから調べないとね」
サラが提案して店の場所を検索して向かった服の店は、清潔感があってとてもお洒落な色合いの外観で、一部の人しか入りづらい先ほどの「弾幕祭」とは雰囲気的に全くといっていいほどに違い、これなら普通に女性が入っても違和感は無いだろう。
「ここは『クレイン&ホース』っていうブランドのお店で、ワタシがサバゲーやる時に着る服を売ってるワタシのお気に入りなのよ!」
「わぁ~綺麗なお店だね、サラ!」
「『クレイン&ホース』か……確かに聞いた事はあるよ。ここ数年で有名になったサバゲー用の服飾ブランドだったかな? 詳しくは知らないけれど……」
中に入って店内を見渡しては目を輝かせる風鈴と、服関係に関しては記憶のデータが少なく大まかな情報しか覚えがない大和。
そして直接関係は無いのに何故か自慢気なサラ。
ただ、実際にはサラ本人もごく一部の情報でしか認識がなく「クレイン&ホース」について良く分かってはいない。
補足すると、サバイバルゲームに「普段着」で参加する事をコンセプトにした専門店である。
現在〔S・S・S〕を利用する事を義務づけられているサバイバルゲームの現状において、公式戦を行う際にはヒットを知らせるために色が変わる専用ベストやジャケットの着用も義務化されているのだが、そのベストやらジャケットには何気に精密機械を内蔵している関係で普通に洗濯が出来ず、扱いが雑なフィールドによっては貸し出し用のベストの匂いが酷い時もある。
また、動きが若干だが阻害されたりと、装着者から色々と不満が上がっており、「クレイン&ホース」はそこに着目し、専用ベストと同じように〔S・S・S〕と連動して色が変わる性質を持った特殊な繊維を開発し、それを様々な衣服に組み込んで衣服自体に変色機能を持たせたブランド。
一般的な迷彩服が店内に並んではいるが、コンセプト通りに普通の洋服にしか見えない物、逆に派手なコスプレ物もありと取り扱いは豊富。
競技連盟に認可を受け、特許も取得したそれら衣服の最大の利点は、洗濯が可能な事と動きが阻害されない事、そして外見の雰囲気を壊さない事。
それだけの事ではあるが、私物のかさばるベストやジャケットをわざわざ持ち込んだり、匂いが酷い貸し出し用のを使ったりしなくても良くなった、という事で多くのプレイヤーから支持を受けるようになったという背景がある。
ただ、手間や技術の関係で値段が少し割高であり、通常の既製品とはその辺で選択肢の住み分けが成されている。
「ねえ、サラ。私はどういう服を選べば良いかな?」
色々と目移りしつつ、最終的には選ぶ基準が分からない風鈴はサラに質問する。
「そりゃあ自分のセンスで選べば良いのよ! なんて言っても、結局は勝負に勝てなきゃ意味が無いから、普通なら迷彩服選ぶのが無難なところよね。派手に目立って狙われたら馬鹿としか言い様が無いし。でも、ワタシ達は少しだけ選択の余地があるわね」
「私達?」
「そう。ワタシ達はスペリオルコマンダーよ。だから、ワタシ達に合った服選びをすれば良いわ」
「スペリオルコマンダーだと、服も関係してくるの?」
「少なくとも、ワタシは関係してると思ってるわ!」
サラは自信ありげに声の力を強める。
「ワタシのEXS、『絶対領域』は知覚のゾーンを形成するっていうのは大和も風鈴も知ってるわよね? 最終的な感知はもちろんワタシの脳が担ってるけど、ゾーンを感覚的に発生させてるのはどちらかと言うと肌の方になるのよ。だから、厚みのある服とか着ちゃうと感度が鈍る気がするのよね」
「へえ~そうなんだ! じゃあいつもタンクトップとミニスカートなのはサラにとっては意味がある事だったのね?」
「そうよ! 見た目も可愛く出来るし、ワタシの場合は近接用のダミーナイフしか必要無いし、極限まで軽装な方がスタイル的にもやり易かったのよ!」
サラは自身をクルッと一周させ、私服のミニスカートを靡かせる。
「凄いねサラ! 服選びもちゃんと考えてるなんて!」
「ふふん、当然よ! まあ、ワタシはそれでここまでやってるけど、風鈴がどうなのかまでは分からないわ。同じスペリオルコマンダーでも性能が違うし、風鈴のEXSの感覚は風鈴にしか分からない。だから、それを踏まえて風鈴自身でどんな服が合うかを確認するのよ」
「そ、そうだよね。服を変えるだけでも、もしかしたら私も能力が良くなって、皆さんをもっと助けられるかもだし……分かったよ、サラ! ちょっと自分で選んでくるね!」
選考基準が理解出来た風鈴、早速服を探しに行ってくる。
「本当に凄いな、サラ。服1つでもそこまで考えていたなんて」
ここまで話の流れを遮らないように静かに聞いていた大和が、今度は風鈴に代わって会話に入る。
「今までかなり軽装だったのは、機動力確保の意味だろうと予想してはいたけど、他にも意味があったのか」
「まあね! もちろん普通の迷彩服でも感度が致命的に落ちたりはしないし出来なくは無いけど、露出多い方がはっきり感知出来る気がしたの! EXSの名前の由来にもなってるし動きやすいし、ミニスカートはワタシの拘りなのよね!」
風鈴が服選びをしている間、サラは時間潰しも兼ねてEXS命名の秘話を話してくれた。
サラが大和を探しに来日した当初、サバイバルゲーム情報も載っているとあるオタク系雑誌がふと目に留まり、それを開いた時にモデルになっていた女の子がこういう感じのスタイルだった。
服が一目で気に入ったのもあるが、その紹介に「激写! 絶対領域の魅力!」という一文があり、その漢字も自分のEXSの外観と一致して気に入ったためにEXSの名前としたそうだった。
概ね間違ってはいないだろうが、名前に隠れた意味は理解していなかった様子。
「それでサラのEXSの名前が決まったのか」
「最初から決めてた訳じゃなくてね。名前付けた方が良いってのは聞いてたけど、なかなか良いのがなくて……服の可愛さと合わせてちょうど良かったの!」
「サラにとっては運命の出会いだったという事か」
「えへへ! 大和と出会えた絶対的な運命には負けるけどね!」
楽しげに語るサラと大和。
「……サ~~ラ~~……! ちょっと来て~……!」
そんな時、遠くからサラを呼ぶ風鈴の声が聞こえた。
「あれ、風鈴? どうしたのかしら? ちょっと行ってくるわ」
「アクシデントかな? 俺も付いていこうか?」
「もし本当に非常事態なら大和も一緒に呼ぶか、指名しないで助け求めるはずだし、きっと大したことないわよ! 大和は待ってて!」
心配そうな大和に軽く手を振って留まらせ、サラは声がした方向に向かう。
(……あっ……普通に大和と会話してたけど、さっきの状況って良く考えたら大和と2人きりなラッキー展開だったんじゃ!? もっと早く気付いて堪能しとけば良かった……はぁ~……)
風鈴が服を探しに行った事で、意図せず大和と2人だけの状況だったと今さらながら気付き、幾分かの後悔をため息で吐き出しつつ、風鈴がいると思われる辺りに到着。
「風鈴~? どこにいるのよ~?」
サラは確認のために呼び掛ける。
一瞬の後、
「サラ~こっちこっち~!」
風鈴の返答が聞こえてサラがそちらを見ると、風鈴が試着室のドアから顔だけ出してサラを待っていた。
「何よ風鈴、着替えてたの? それで何で呼んだの?」
「サラに言われた通りに服を選んで着てみたから、まずはサラに見てもらって感想を聞きたくて!」
「自分で気に入ったんなら、誰かに感想なんか聞かなくても良いんじゃない? まあ~風鈴が自分のセンスをワタシに採点して欲しいって言うなら、評価を下してあげても良いわ! 辛口になっても恨むんじゃないわよ?」
ふふん、と鼻を鳴らして余裕の笑みを見せるサラ。
サバイバルゲームでの実力だけでなく、単純にその容姿の美しさでも雑誌に載るサラ、服装においても自分の美的センスに自信がある様子。
一方、風鈴はややハの字気味な眉の形を更に寄せて困り顔。
「そ、そこまで自信あるわけじゃ……」
「良いからババッと見せちゃいなさい! 早くしないと、『絶対領域』で覗き見しちゃうわよ?」
大概の物質を透過して知覚出来るサラのEXS「絶対領域」にかかれば、ドアを閉めた試着室の中を見るなど朝飯前。
悪用すれば犯罪レベルな使用法になる訳だが、サラ本人が真面目で、異性相手に行使するつもりが無いので大事には至っていない。
公式戦での金瑠の中身確認の件については、金瑠の自己責任という事で例外扱いで良いだろうか。
「う、うん、それじゃあ……」
風鈴が試着室から出てくるのを、サラは「絶対領域」ギリギリ範囲外で待つ。
初めは風鈴のセンスが知れると楽しみにしていたサラだったが、出て来た風鈴を見て、
「……んへぇ!?」
変な声と顔を披露するはめになる。
「どうかな? 最初はやっぱりサラを見習って、サラと同じ格好にしてみたの!」
という風鈴の言葉通り、風鈴のチョイスはサラが普段サバイバルゲームで着用するのとほぼ同じタンクトップとミニスカートの組み合わせ。
これでは風鈴のセンスという事にならないので採点も何も無いが、サラにとっては衝撃的。
何せ服装は同じでも、体型が違う。
サラが着ればシャープな印象を与えるタンクトップが、風鈴の場合は出るところが出過ぎてパッツパツになっている。
サラとサイズまで合わせたのか、はたまたやや小さめのチョイスなのか、タンクトップが上側に引っ張られてしまい、裾から下の素肌が見えてしまってヘソ出し状態。
そしてスカートから伸びる足も、サラが細くスラッとした美脚なのに対し、風鈴は肉感の良さが強調されて健康的……という以上に、高校生らしからぬエロスが醸し出していた。
その姿を目視してから、ポカーンと顔を呆けさせていたサラ、
「あ、あれ? サラ?」
「……はっ!?」
風鈴の呼び掛けでようやく我に返り、風鈴に詰めよって試着室に押し返す。
「ダ、ダメダメダメッ!! アンタにそんな格好は必要ないわよ!!」
「ええっ!? わ、私、やっぱり似合わないかな!? 私も露出増やしたらサラみたいに感覚が鋭くなるかなって思って……」
「ア、アンタは今の迷彩服のままで十分よ! ほ、ほら、風鈴はスナイパーでじっとしてる事が多いだろうから、肌とか晒してたら蚊とかに刺されやすくなるわよ!」
「虫除けスプレー使うとか、頑張れば何とか……」
「頑張らなくて良いから!! と、とにかくワタシと同じは禁止! 服装丸被りじゃ評価しづらいじゃない!」
「う、うん……でも、一度サラとお揃いにしてみたかったんだけどな~……」
しぶしぶ納得した風鈴、試着室で着替え直す。
(……お揃いも、まあ、悪くはないわよ……ちょっと、嬉しい気もする……けど、ワタシの本能が危険を察知してるのよ……! 風鈴のあの姿を大和が見惚れたりしちゃったら大変じゃない!!)
試着室の外で待つサラの危機感は、やはりというか大和絡みだった。
その後、風鈴が着用する服装は無難に普通の迷彩服タイプを選択、サラのファッションセンスは活かされずに終わる。
「何か、いつもとそんなに変わらないね?」
「サバゲー中はそこまで気にしなくても良いのよ! ほ、ほら、大和待たせちゃってるんだから早く行くわよ!」
誤魔化すように早足のサラと、それを追いかける風鈴。
先ほどまで大和がいたところまで戻ってくる。
「大和、お待たせ!」
「お待たせしました!」
「やあ、2人とも。良いのは見つかったかな?」
大和は全く同じ場所できちんと待っていたが、まるっきり何もしてなかった訳でもないようで、その手にいくつか品物を持っていた。
「大和さんも買い物ですか! 何を買うつもりなんですか?」
「ちょうど良い機会だから、俺も迷彩服を新調しようと思ってね。あとは靴もすり減ってきたから一緒に買うよ」
「大和がまた格好良くなっちゃうのね! 次の試合が楽しみだわ!」
「服とか靴自体はほぼ同じデザインだから、外見上は大して変わらないよ、サラ」
うっとりした視線を送るサラに、大和は落ち着いた突っ込みを返しながら、会計へと進む。
レジで金額が表示され、まずはサラの支払い。
その際にサラは生徒手帳を操作し、会計係に手渡す。
サバイバルゲームの試合で得られるサバゲーポイントを消費して買い物を済ませたのだった。
男らしく大和が女子達の分もまとめて支払うという流れにもなりかけたが、戦績とポイントが一番大きいのはサラであり、逆にサラが大和達の分を払うかと申し出てきたのを大和が断り、結局自分の分を自分で支払う形となった。
全員の買い物が終わったところで、大和はレジの店員から何かのチラシを手渡された。
「お客様、よろしければこちらをどうぞ。この近くに新しくオープンしたサバゲーフィールドのご案内です。今ならこのチラシを持っていけば、粗品を差し上げています」
チラシの内容を読んでいくと、大和が今朝電車で見た新しいフィールドのオープン記念のチラシだった。
「このフィールド、ここから近いみたいだ」
「ここ、大和さんが気にかけていたところですか? 何だか綺麗そうで良いですね!」
「あっ! カフェもあるみたいよ! 大和、行ってみない?」
「そうだね。都内のフィールドも確認したかったところだし、ちょうど良いかもしれないな」
チラシを読んだ全員が満場一致で興味を引かれたこのサバゲーフィールドを、次の目的地にする。
店から歩いても行ける距離に作られたそのアウトドアフィールド、「Noble Eden -貴族達の楽園- 」という、名前からして戦場らしさの欠片も無い何とも御大層な場所で、綺麗な植物の壁でフィールド内部の通路が作られており、まるで庭園にでもいるかのような雰囲気だった。
割と広い敷地面積を有するこのフィールドは、実はとある資産家の趣味に近いレベルで作られたようで、利用料がかかる。
申請すれば国からサバイバルゲーム関連の補助金が出るため、フィールド利用料は無料で利用出来たりという事も可能な今のご時世になってからはむしろ珍しいところなのだが、それ故の狙いもあり、客層のメインターゲットが高級志向のライトプレイヤー向けになっている。
品の良いカフェを始めとした設備が整っているのもその背景に繋がるが、いずれにしても土地代が高い都内ならではだろうか。
「ふわぁ~素敵なところですね!」
「まるで異世界って感じね! 戦争するイメージが全然無いけど、ある種のセンスは抜群ね!」
風鈴は素直に感想を伝え、サラも満更でもなさそうだった。
そして大和はというと、
「……ふむふむ、なるほど。要望によって壁を動かして道を変えたりも出来るのか。戦局の変化に対応する訓練に使えるかもしれないな」
利用する想定でフィールド案内のパンフレットを見ながら、あれこれと思考を巡らせていた。
それを見た風鈴とサラは顔を見合せてクスッと笑みを漏らし、今度はそれを見た大和が首を傾げる。
「何かおかしかったかな?」
「来てすぐにフィールドを調べるなんて、大和さんらしいなって思ったんです!」
「うんうん、さすが大和というか!」
「そうかな? 新しいフィールドに来たら、まずは構造を確認するクセが出来てしまってね」
「まあ~ワタシは大和の好きに動いてくれても良いと思うんだけど、今は他の施設を見て楽しんでも良いかなって思うよ! どうせ試しに遊んでいくんでしょ?」
「今まで見たことない雰囲気で、私も色々と見てみたいです!」
色々と見て回りたい風鈴とサラの要望を大和も受け入れ、
「そうか。確かにそれも良いかもしれないね。じゃあ、まずはどこから……」
女子2人へとパンフレットを示しながら振り返るが、大和の不注意とタイミングの悪さから、人にぶつかって倒してしまう。
「あっ……」
軽く声を上げて、後ろに尻餅をついてしまったのは女性だった。
「す、すいません、大丈夫ですか!?」
「え、ええ、大丈夫…………うっ……」
何とか立ち上がろうとした女性だが、足元がふらついている。
「ちょっと……足が、痛むかも……」
「申し訳ないです、自分の不注意で……ここに救護室があればお連れ出来ます! もし具合が悪くなるようでしたら病院まで付き添いますが……」
「ありがとう。でも、さすがにそこまでしてもらわなくても大丈夫よ」
状況が状況だけに普段から落ち着いている大和が珍しく動揺してしまっていたが、女性の方が柔らかい対応を返してきた。
(ふわぁ~……何か、素敵な人……!)
後ろでやり取りを見守っていた風鈴が相手の女性に対して素直にそう感じたのは、その柔らかく品のある声質と口調だけではなく、全身の雰囲気からの印象だった。
ツバ幅の広いキャペリンハットという女性用帽子を前に傾けて被り、正面からは顔全体を見れないが、見える口元辺りのフェイスラインだけでも整った顔立ちと見てとれる。
純白なその帽子と色を合わせたロングスカートのワンピースという清楚さ溢れるコーデだが、それを身に纏う女性のスタイルは成熟した色気を漂わせている。
艶やかで腰まで届く長い黒髪は日本人を思わせるが、女性にしては高身長で細身、それでいて女性らしく出るところは出ているという完璧さである。
「こんなところだというのに、少し気取ってハイヒールだなんて履いてきてしまったから、バランスを崩してしまっただけなの。自業自得ね」
「い、いえ、当たってしまったのはやはり自分の不注意です……何か不都合があるなら言ってください。自分に出来る事なら何でもします」
「うふふ、そう? でしたら少しお話相手になってもらえるかしら? 1人でここまで来たので、暇をもて余してしまって……」
「話相手、ですか?」
「ええ。そちらのご友人のお2人さえよければ、ね?」
女性はゆったりとした動作で風鈴とサラへと顔を向ける。
「あっ、あのっ……! えっと、わ、私は全然大丈夫というか……!」
「ワタシも大和が決めたならそれで良いわよ? 大和は責任感強いからきちんと返さないと済まないだろうし」
女性の雰囲気に風鈴は緊張気味、対してサラはいつも通り。
「じゃあ、ゆっくり出来る場所に行きましょうか。あなた達も、一緒にいかが?」
「ご一緒して良いんですか!?」
「ええ、もちろん。ここにはカフェがあったから、そこでコーヒーや紅茶でもしながらお話しましょうか」
「わあ~! 優雅で素敵です!」
風鈴は嬉しそうな笑顔で女性からの提案を受けるつもりだったのだが、
「あ、ワタシはパスしておくわ」
サラは肩を竦めながら断りを入れる。
「えっ!? サラ、どうして?」
「ここのフィールドでちょっと気になるところがあって、先に行ってみたいのよ。大和、良いかな?」
「ん? ああ、俺は構わないよ。というより、俺に付き合わせるのも悪いと思うから自由にしてくれて大丈夫だよ」
「ありがとう! じゃあ行ってるね! 風鈴、行くわよ!」
「えっ!? わ、私も!? あ、待ってよサラ~!」
戸惑う風鈴だが、サラのやや強めな態度に引かれるようにして付いていく。
その後ろ姿を眺める大和は首を傾げる。
(気になるところ、か……でも、サラはさっきカフェを気にしてなかったか? なら、一緒に来ても良かったのでは?)
「あらあら、気を遣わせてしまったのかしらね?」
女性は帽子から見える口元を微笑ませるように形作る。
「気を遣わせる? 一体何をです?」
「うふふ、何でもないわ。もしかしたら別の意味があるかもしれないし」
「???」
「分からないならそれはそれでいいわ。それより、カフェに行きましょうか」
「分かりました。しかし、今さらですが歩くのは本当に大丈夫ですか?」
「ええ。痛むといっても、軽くひねったようなものだから普通に歩くのは問題ないわ」
「そうですか」
女性の考えるところは理解出来なかったが、大和はひとまず女性の要望に応えることにした。
歩いて数分のところに、目指すカフェはあった。
出来たばかりということもあって外観からして綺麗なのはもちろんだが、店内も1つ1つが広々と設置されたテーブル席、あまり原色を使わない落ち着いた色合い、流れるクラシックな音楽など、少なくとも大和の年代よりも上の人が好みそうな雰囲気。
清潔感のある給仕係の男性店員や今風ではない伝統的メイド姿の女性店員など、人も落ち着いた仕様になっていた。
大和と女性が空いた席に座ると、店員がやってきてメニューを手渡してくる。
受け取った大和がメニューを開いて目を通そうとすると、
「注文をする前に、少し良いかしら?」
女性が大和のメニューをやんわりと取り上げる。
「あ、はい、何ですか?」
大和が問い返すと、女性は帽子を取る。
顎辺りしか見えなかった女性の顔が、ここでようやく見れた。
美しさは予想以上で、絶世の美女といっても差し支えないほどだった。
東洋人の顔立ちのはずなのに、整い方が西洋人にも感じられる。
日本人離れしたスタイルの良さが、そうした雰囲気を出しているのかもしれない。
右下の泣きボクロと合わせた上品な色気と優しげな表情の中にもどこか自信の強さを感じさせる。
普通なら、その美しさに見惚れてもおかしくはないが、大和は違った。
「うっ……! き、君はっ……!!」
大和の脳裏に、記憶のピースが急激に浮かんでくる。
目の前の女性は、実は大和の知り合い。
基本的に大和はあまり昔の人の顔を覚えられない。
だが、彼女は知り合った記憶的に新しい事もあって鮮烈に覚えていた。
そしてそれ以上に、彼女の存在はサバイバルゲーム界全体でとてつもなく有名な存在。
「お久しぶりね、大和君」
「……鶴馬……なのか?」
「うふふ、わたくしとあなたの仲よ? 千歳って、呼んでもらいたいわ」
大和の目の前にいるのはアジア最強とされる「東邦三帝」の1人、女帝の異名を持つ鶴馬千歳その人だった。