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ダブルデート、という名の買い物

 大和達3人は電車に乗り込み、都心部に向かう。

 ちなみに尾行するメンバーについては、一応周りに溶け込めながら大和達を追えているという認識でもって、しばらくは触れないでおく。


「ん~……」


 椅子に座って電車に揺られながら、サラが何やら不満げな顔で考え事をしている。


「サラ、どうしたの? 具合でも悪いの?」


 同じく隣に座る風鈴がサラに問いかけると、サラはその不満げな顔も隠さぬまま風鈴に振り向く。


「別に……ただ、どうしても思い出せなくて……」

「何が思い出せないの?」

「3人で買い物に行くって話。大和と2人でって聞いた気がしてたんだけど……」

「大和さんはサラに了解取って、オッケーって言ってくれたって聞いてるけど?」

「それなんだよね~……ワタシ言った記憶が無いんだけど……でも、大和が嘘つく訳ないし、今さら大和に聞くのも失礼だし……う~ん……」


 サラは何とか記憶を絞り出すように唸ってはみるが、自分が了解した記憶が出てこない。


(大和がワタシのところまで来て、買い物に誘われた辺りまでは覚えてる……その後って何話してたっけ? もう~大和とした話を覚えてないとか、どういう事なのよワタシ!? とにかく、思い出せるところから思い出して、落ち着いて状況整理しないと……え~っと……)


 過去の記憶の扉を頑張って開こうとするが、無理に思い出すというのはなかなかに難しい。

 それでも、サラの努力の甲斐もあっておぼろげながらもその辺でのやり取りがあった記憶を遡る事には成功した。

 数日前のあの時になされた会話の全容について明らかにしておくと、このような状況だった……



 ※  ※  ※  ※



 前回での続き……


「ああ、そうだった。実は……明々後日の創立記念日、一緒に買い物に付き合って欲しいんだ」


 サラから促され、大和は要件を述べる。


「買い物? 大和と一緒に?」

「ああ。都心部の方にでも行ってみたいと思っていてね」

(都心部に買い物……大和と、一緒…………ハッ! そ、それってつまりデートって事なんじゃないの!? だって普段の大和なら、都心部の方に行くなんてあまり無い気がするし!)

「地元にもサバゲーショップとかあるにはあるけど、千瞳さんの装備を整えるために品揃えを求めるなら、やっぱり都心部の方が良いと思うんだ」

(単純な買い物って思わせるこういう誘い方こそが大和流のデートの申し出なのかも!? うん、多分そうよ! 大和はデートだとかって軽い言い方をするような男子じゃないもの!)

「俺が全般的に、千瞳さんに色々とアドバイス出来るならそれが一番なんだけど、装備に関しては同性としての意見があった方が良いとも思う。それで他のメンバーにも声は掛けてみたけど色々忙しいみたいで、残るはサラだけになってね……」

(ああっ……! 今までワタシなりに大和にアピールしてきたのが遂に実を結んだって事で良いのかな!? だったら返す答えは一つしかないじゃない!)


 このやり取りからも分かるように、サラは大和の申し出を受けてからの大半の会話を全く聞いていなかった。

 その結果、


「……という訳で、買い物に付き合ってくれるかな? (千瞳さんのためにも)」

「うん、オッケー!! (というか付き合うっていうのも、恋人として本当に付き合うって感じでも良いんだけど♪)」


 という、お互いの認識違いが生まれてしまった。

 走り終えた風鈴に、大和が買い物に行くという内容だけを話して……



 ※  ※  ※  ※



 明々後日の今に至るのだった。


(あ~思い出してきた……何か、大和が話してくれてたっぽい……うう~ワタシのバカ! 浮かれすぎて大和の話聞いてないとか不覚……! で、でも気になる男子から誘われて期待しちゃうとか仕方なくないかな!?)

「……サラ、大丈夫?」

「へっ!? な、何が!?」

「何だか上の空って感じだから……」


 脳内でコロコロ変わるサラの感情の変化も、表情だけでは思い詰めたように見えなくもなかったため、風鈴が心配そうに覗き込んでいた。


「ひょっとして、私がいるのは迷惑だったかな……」

「えっ!? ま、まあ、大和と2人きりだったら一番良かったと、言えなくはないけど……迷惑だなんて、そこまではさすがに……」

「本当に? 私ね、サラと一緒に出掛けられるっていうのが凄く嬉しいの! もちろん大和さんと一緒っていうのもね!」

「朝来た時も、ワタシと一緒は嬉しいって言ってくれてたけど、そんなに喜ぶほどのものなの? 風鈴だって他に友達とかいるんじゃないの? 一緒に出掛けられるチャンスなんて、普通に人と接していればいくらでもあると思うんだけど」

「うん、そうなんだけど……」


 初めこそ大和への気持ちが優勢だったサラだが、話している内に少しずつ沈み気味になる風鈴が気になりだす。


「私、普段から色々と遅くて、周りの皆に迷惑をかけちゃう事が多かったの……昔出来たお友達と買い物とか行ってても買いたい物がなかなか決められなかったりして……」

「ふ~ん、なるほど。優柔不断って感じなのね?」

「うん……どれも魅力的に見えたりすると、悩んだら止まらなくなっちゃって……お友達は、好きに選んでて良いよって言ってくれたりするんだけど……私のせいで待たせるのが辛くて……こういう買い物とかは、今まで家族か1人だけで済ませてたの……」

「でも、ワタシからしたら意外ね。サバゲーとかの時なんか、戦略的に風鈴1人でやる事も結構あったじゃない。自信持って進んでるように見えたけど?」

「それは、サバゲーの時には『 千里眼(サウザンドアイズ)』を使えるから。普通の人と同じように壁の先の人が見えないってなったら、きっといつ相手の人が来るか分からなくて、怖くなってたかも……」


 サラがタクティクス・バレットに入り、一緒にチームを組むようになった頃には、風鈴もEXSを駆使して状況に応じたプレイをこなせるようになっていた。

 普段からそれほど主張が強くない風鈴も理解してはいたものの、サバイバルゲームでの自信を持ったプレイスタイルも見てきているため、こうした風鈴に違和感も感じたサラ。

 責めているではないが、不思議そうなサラの顔に風鈴は困ったような笑顔を返す。


「『千里眼』が無かったら、私はそんなに凄くはないよ……先の状況が分かるから、役に立てるって自信が出てきただけだから……普段の私は、何を選ぶにも迷っちゃうの……」

「ん~……少し分かる気がする……物を選ぶ云々はともかく、ワタシも自分の持ってた性質が才能として認めてもらえなければ……それを昇華させて、『 絶対領域(テリトリーエンド)』にまで完成させられていなければ、自信を持って攻めていけなかったと思う。サバゲーのきっかけだってそのおかげだし……」

「私が『千里眼』を使えるようになったのは、大和さんがいたから。昔に会ってサバゲーを教えてくれて、久しぶりにあった時も誘ってくれたおかげでEXSがあるって分かって、自分を必要としてくれる人のために頑張れてて! 今が楽しく過ごせてるの!」

「ワタシも、才能って認めてくれた大和のおかげで、人と楽しく付き合えてるわ! ワタシがワタシらしく活躍する事が、皆を助ける事に繋がるって思えるようになった!」

「うん、私達ってやっぱり……」

「どっちも、大和に人生変えてもらった似た者同士って訳よね!」


 お互いに笑顔で見合う風鈴とサラ。


「俺がいない間、2人ともずいぶん楽しそうに話せてるね?」


 そこに、今まで姿が見えなかった大和が加わる。


「あ、大和さん」

「そういえば大和、いつの間にかいなくなってたけど、どこに行ってたの?」

「電車の広告に気になる情報があってね。都内に新しい 戦場(フィールド)がオープンしたとか。何でも、植物園のように綺麗な花が咲き誇るアウトドアフィールドらしいね。サバゲーの性質上、フィールドも無骨な外観のが多いから、こういう華やかなところも逆に気になったのさ」

「ふふっ! 大和さんらしいですね!」

「うんうん、こういうところでも気になるのはサバゲー情報とか、正に大和ね!」

「それは、褒めてもらっていると捉えて良いのかな?」

「「もちろん!」」

「ありがとう、2人とも」


 楽しげな女子2人と会話に興じる大和。

 周りからしたら、誰もが羨む……以上に恨めしい目で見られる状況だろう。

 そんな3人(と、3人を興味本位で観察する複数名)を乗せた電車は、決められたダイヤの時間通りにレールを進んで都心部へと向かっていく。

 いくつかの駅を乗り継ぎ、到着したのは電気街の駅、秋葉原。

 オタクの聖地などとも呼ばれる場所で、人によっては偏見や誤解から敬遠されがちなところではあるのだが、専門的な物が揃うが故の特殊性であり、各種趣味に連なる 専門家(オタク)御用達の店が多い。

 サバイバルゲームも元々は趣味として認識されるカテゴリーで、当然ながら専門店も存在したが、WEE協約以降はその数も急激に増えていき、果てはサバイバルゲームそのものというより、ゴーグル専門店だとか迷彩服専門店といったように、各種アクセサリーでの専門店まで登場するほどになった。


「す、凄いです……こんなに人がいるなんて! 都会って凄いですね!!」

「そうだね。埼玉の地元と比べたら驚くのも無理はないかもね」

「ちょっと風鈴、この程度でいちいち騒いでるんじゃないわよ。一緒にいるワタシ達の方が恥ずかしいじゃない」


 歩いて進む間も行き交う人の多さに、田舎者丸出しで興奮しっぱなしの風鈴。

 対して、大和とサラは動じていない。


「大和さん、落ち着いてますね? サラも……」

「俺は割と転校が多くて色々なところを見てきたから、田舎も都会も関係なく思うようにしててね」

「単に人が多いだけじゃない。熱狂的なファンがいる公式戦とかに比べたら、握手とかサインだとか写真求められない分、気楽で良いわよ。風鈴だって有名になってきたから、今はファンが付いてきたりしてるじゃない」

「う~……私にファンとか、今も慣れてないよ~……」


 女王&兵隊所属だった頃は内部の事情で性格が歪まされかけていたものの、元々社交的で明るいサラは母国アメリカでも人気があり、日本でも引き続き注目されてきただけに人慣れしていた。

 一方、風鈴はタクティクス・バレットに入る前まではスポーツもあまりした事が無い、物静かで大人しい地味な少女だったので注目され慣れていない。

 色々な意味で対極な2人らしい。


「おっ、ここだ。着いたよ、2人とも」


 混雑する道を進んでしばらくして、大和はとある店にたどり着く。

 外に置いてある看板は、「弾幕祭」という店名だった。


「何となく察するけど……ここ、エアガン専門店?」

「そうだね。種類の豊富さで有名だと情報にあった店だけど、俺も来るのは初めてなんだ」

「やっぱり……ネーミングがちょっとアレだけど、ここに来たという事は……」

「ああ、千瞳さんのマイウェポンを選びにね」

「私の、マイウェポン……」


 風鈴の目は、今から自分のエアガンを選ぶ店の外観をじっくりと見回していた。

 豊富さを売りにしているとの事だが、店自体は外観からしてお洒落とは言い難く、普通の感性の女子が気軽に入れる感じではなかった。

 まあ、今までのサバイバルゲームのノリが男性向けというので仕方ないかもしれない。


(う~ん……大和のセンスだから、全然良いんだけど……1人じゃ入り難いわね……ワタシはエアガンをほぼ使わないから元々縁は無いし……)


 店を一目見てのサラは、微妙な表情であった。

 問題はエアガンを選ぶ風鈴だが……


「……凄いです。こんなところ、初めて……良いですね!」


 風鈴は気に入った様子。


「か、風鈴……ここ、良いの?」

「うん! 雰囲気があって凄く良いよ!」

「それは良かった。エアガンの選択肢が多い方が千瞳さんのためにもなると思っていたんだ」

「ありがとうございます! 入ってみても良いですか!?」

「もちろん。一緒に行こうか」


 サクサクと話を進めて、店内に入っていく2人。


「ち、ちょっと待ってよ大和~! ワ、ワタシも良いと思うよ大和のチョイス~!」


 それを見て、サラも慌てて後を追う。


(か、風鈴がどこまで大和を想ってるか分からないけど、大和と2人きりだなんてさせないわよ!)


 サラにしたら、恋愛的な意味でも風鈴は立派なライバルだ。

 大和と2人きりにして良い雰囲気にならないようにと必死になっているが、当の2人は恐らくそこまでの認識は無いだろう。

 さて、大和達が入店したこの「弾幕祭」という店、知る人からはダンマツという略称で呼ばれ、ネーミングこそ変わってはいるがその拘りは本物のようで、品数が豊富なのはネット情報通りなのだが、そこの店主がまた面白い。

 世界情勢に話は少し逸れるが、WEE協約の影響でサバイバルゲームの需要が急上昇してから、その取扱店は当然売上が上がってくる。

 また、サバイバルゲーム普及を勧める政府によって予算が増額されるおかげで、関連アイテム店は補助金という形で優遇される。

 販売店にとっては正にウハウハな儲け具合なのだが、そのせいで最近問題になっているのが悪質な利益追求業者の存在。

 本来の定価を多少上回るだけならまだ仕入れ取り引き上の言い分もあるが、正当価格を完全に逸脱した販売、果ては明らかな粗悪品や違法改造品の取扱なども急増した。

 金蔵が購入した違法ゴーグルもその一部で、販売店だけでなく利用者も犯罪となるケースが多く見られる。

 良くも悪くも稼げるカテゴリーとなってきたサバイバルゲーム専門店の実情の中、きちんとしたものを売りたいという店主がその思いを形にしたのがこの「弾幕祭」という店。

 下手に過度な安売りはしていないので店の外観も含めて客は選ぶものの、独自の流通ルートや店主の目利きは確かで、品質に偽りは無い。


(……ふ~ん。店はお洒落じゃないけど、良いものが多いのは本当みたいね。ワタシの「絶対領域」が、品質の良さを感じてる……エアガンに無頓着なワタシでも、ここは悪くないと分かるわ)


 入店したサラも、それをすぐに実感した。

 サラの「絶対領域」は物体の様々な知覚を可能とする。

 袋に隠された中身を知る事も出来るので、たとえ中が見えない未開封の袋とじでも触らずに中身の真贋を品定め出来る。

 そのサラの「絶対領域」が、この店のエアガンには部品1つ1つに至るまで、劣悪な部分を見出だす事がない。


「なかなか良いお店ね、大和」


 それは、サラの素直な感想だった。


「サラもそう思うか?」

「ええ。確かにエアガン選ぶなら、ここは良いところね」

「そうか。俺も良いと思う。来てみて正解だったよ」

「そうなんですか? 私はお店の雰囲気が良いってだけしか分からなくて……」


 経験者2人に対し、知識の無い風鈴は困り顔。


「ふふん! そんなんじゃ、ワタシのライバルとしてはまだまだね、風鈴!」

「千瞳さんは元々が未経験だから、知識面では仕方ないよ。とりあえず、まずは千瞳さんが使えるスナイパーライフルの在庫を調べてみよう。サラも良かったら千瞳さんと色々見てて欲しい」

「うん!」


 大和はサラからの返事に頷き返し、店の奥に入っていく。


「それにしても風鈴、アンタ相変わらずスナイパーライフルしか使えないの?」


 大和の後ろ姿を見送ってから、サラは風鈴に問いかける。


「う、うん。機械はどうも苦手で……」

「苦手なんて言ってる場合じゃないと思うけど? 単発だけしか撃てないんじゃ、大量の相手に距離詰められたら対応出来ないじゃない。せめて 連発(フルオート)単発(セミオート)の切り替えが出来るアサルトライフルも使えるようになってみたら?」

「それは、そうなんだけど……」


 風鈴もその点については自覚がある。

 今やスペリオルコマンダーとして注目され、相当に有名になった風鈴。

 人気もサラと二分するまでになったが、同時に狙われやすくもなった。

 EXSの性能こそ完全に理解されてはいないが、スナイパーライフルだけしか使われていないという事は知られてしまっている。

 そのため、過去の公式戦では1度だけ、運悪く風鈴の方に大多数で特攻される事態が起き、危うく風鈴が撃破されかけた。

 幸い、そうなる前に他のメンバーからフォローを受けて事なきを得たが、単体では距離が詰められる事での火力不足が露呈してもいた。


「じゃあ、今日はアサルトライフルも使えないか確認するわよ!」

「ふえっ!? アサルトライフルを、私が??」

「そうよ! ほら、試し撃ち可能って書いてあるじゃない! せっかくエアガンの店に来たんだから、やってみて損はないでしょ!」

「だ、大丈夫かな?」

「ほらほら、そこら辺のを適当に選んで、何でも良いからやってみるわよ!」

「う、うん、じゃあ……」


 サラに強引に促され、風鈴は言われるまま適当にアサルトライフルを選び、店員に試し撃ちを行うシューティングレンジへと案内されて、いざ試し撃ち開始。

 一方、大和は噂の店主と出会い、話し込んでいる内に意気投合して熱く語り合うまでになった。

 肝心のスナイパーライフルについて在庫を確認してもらえる事になったので、それを女子2人に報告しようとしたが先ほどの場所にはおらず、店員からそれらしい2人をシューティングレンジに案内したと聞いて、そちらに向かう。


(こんなところに来て早速シューティングレンジに行くなんて、感心するよ。でも、ここは屋外ではないけど、千瞳さんはきちんと狙えるだろうか?)


 大和の懸念は、風鈴の「千里眼」の弱点である屋内使用不可に向けられた。

 風、及び大気を伝って広域を知覚出来る風鈴の「千里眼」は、屋外でこそ効果を発揮出来るが、屋内では知覚がしづらい。

 最近はその弱点を無くそうと、屋内でも知覚出来ないかと飛鳥が考案した特訓メニューを実践中で、相変わらずの無茶な部分は角華が削除したが、その甲斐もあって屋内の空気の動きを受けて少しずつだが内部の知覚が出来るようになってきた。

 今のところは屋内のフィールドを選択される事があまり無いのでそれが弱点と認識されてはいないが、もし選択された場合に少しでも対処出来るようにと努力している。


(千瞳さんの弱点克服とは、忍足先輩の意識向上は素晴らしいな。まだまだ実戦投入は難しいけど、屋内でも「千里眼」を発揮出来るようになれば、千瞳さんがもっと活躍出来るのだから悪くない)


 心中で先輩を褒めながら、シューティングレンジに到着した大和は、そこで試し撃ちをしている風鈴と、それを見学しているサラを発見。


「やあ、2人とも待たせ……」


 言いかけた大和、その場面を見て絶句する。

 というのは、まず見学をしているサラの表情がとんでもなく不機嫌だった事もあるのだが、その原因が風鈴にあった。

 今はちょうど風鈴が試し撃ちの真っ最中なのだが、撃っているのはスカーHと呼ばれる黒色のアサルトライフル。

 全体が黒色のスカーH ブラックと、茶色っぽいスカーH フラット・ダークアースがメインに存在するもので、ベルギーのFNエルスタール社がアメリカ特殊作戦統合軍用に開発したスカーシリーズモデルの1つ。

 最強のアサルトライフルと呼ばれたりもするが、拘りは人それぞれなのでその辺の評価を記すのは控えるとして、現状の問題はそれを風鈴が扱うと何が起きてるかという事。

 的にめがけて風鈴は撃っているようだが、屋内というのもあるのか、全くといって良いほどに命中しない。

 屋外でも微妙なところだが、どちらにしてもせっかくの連射機能があっても命中率が悪ければ意味は無い。

 関係性を考えれば、サラが不機嫌なのはライバルの風鈴が全くもって的を捉えられない事なのかと思えなくもないが、大和にはその本当の理由がすぐに分かった。

 実はこのスカーH、WEE協約以前から次世代機と呼ばれている種類で、その最大の特徴はリコイル機能が付いている事。

 シュート&リコイルエンジンの搭載によって、実際の銃でも起こる反動が再現されて体に伝わる仕組みになっており、当時からリアリティーを求めるプレイヤーに人気があった。

 そう、つまりは反動が存在するエアガンである……


「……う、う、うう、うううっ、うううう~……! じ、銃が……銃がぁぁ……!」


 風鈴が 連発(フルオート)射撃中に何やら呻き声を発してきた。

 同時に、サラの不機嫌顔もどんどん濃くなっていく。

 そして遂に、


「……銃が揺れてぇぇ……! 照準がっ……! 定まらないよぉぉぉ~!!」

「もぉぉぉ~!! いちいち腹立たしいのよ!! 絵面がっっ!!」

(ああ……やっぱりか……)


 銃が揺れて(るせいで大きな胸をプルプル揺らして)的に当てられない風鈴にサラがキレる。

 遠くからでも確認出来るこのやり取りに、大和は内心でため息をついてから2人に近寄っていく。


「2人とも……何を、してるのかな?」

「風鈴がアサルトライフル使えないかの確認ね……そのせいで見たくもないものを見たわ……」

「ううっ、酷いよサラ~……勧めてきたのはサラなのに……」

「う、うるさいわね! だ、大体からアサルトライフルのチョイスが酷すぎるのよ! 当て付けのつもり!?」

「そんな事言ったって、アサルトライフルについて私だって良く分からなかったんだもん! それに、当て付けって何の事!?」

「ま、まあまあ2人とも、落ち着いて……」


 どちらも涙目気味な女子2人を鎮めようと、大和も慣れない状況で奮闘する。

 サバイバルゲームでの駆け引きをするより、こちらの状況のが大和としては神経をすり減らす。

 女子2人と一緒に買い物をするなど羨ましい限りだが、大和の場合は未だに親友感覚が強い鈍感っぷり。

 それはそれで問題があるのだが、どちらにしても手慣れた人間でなければ難易度が高い。

 風鈴の胸揺れがサラの苛立ちに繋がっていると分かるようになったのが、せめてもの成長だった。


「ほほ~ぅ、女連れだったとはな~しかも2人もいるとか、兄ちゃんも随分とやるじゃないか!」


 そこに救いの神(?)が現れる。

 先ほど大和と話し込んでいた店主だ。

 ボサボサ髪に痩けた頬、黒い丸メガネの中年男で、見た目ではお世辞にも清潔感があるようには見えない。

 この店主のいきなりの登場に風鈴はおろか、人慣れしているサラですら後退り。

 大和だけが、ホッと胸を撫で下ろす。


「こんな店に来る客なんて大抵がサバゲーバカばっかりで、女に縁があるのなんざ滅多にないんだがな。お邪魔だったかい? なんだったら部屋閉めといても良いぜ? 兄ちゃん自慢のアサルトライフルでお嬢ちゃん達のシューティングレンジでも 連射(フルオート)しまくるかい? まあ~万が一ヒットしちまっても責任持てないがな! ハハハ!」

「んなっ!!! な、な、何を言ってるのよ変態親父!!!」


 流れで下品な喩えを会話にぶっこんでくる店主に、意味を理解して顔を真っ赤にしながら反応出来たのはサラだけ。


「いや、すいません。自分の89式は、今日は家に置いてあります。それ以前にここはシューティングレンジですから2人にヒットさせる事は無い……というより、2人のシューティングレンジというのは一体?」

「???」


 大和は喩えが良く分かっておらず、風鈴に至っては単語自体が良く分からずに困惑していた。


「何だ、冗談も理解出来てないとはまだまだお子様って感じだな」

(うっ! こ、この親父、ワタシ苦手……!)


 3人を見てそれぞれニヤついた笑みを覗かせる店主。

 サラはこの店主への警戒心を強めるが、大和は特に気にした様子は無い。


「それで店主、先ほどお願いしてたものは……」

「おおっ! そうだったそうだった!」


 大和の問いかけに店主は思い出したように一旦後ろに下がり、戻ってきた時には1つのエアガンを持ってきていた。


「ほれ、ご要望のスナイパーライフルだ。しかし、得点稼ぎ重視の今の情勢のせいで、エアコキ系は今やごく一部のマニア位にしか流行らないから生産も縮小気味でな。すまないが、スナイパーライフルもうちで残ってたのはこれだけだな」

「ありがとうございます!」


 店主の持つこのエアガンはVSR-10というスナイパーライフルで、大和の持つL96が形状的に少し独特な雰囲気があるのに対し、このスナイパーライフルは正にライフルとしてのイメージそのままの外観を持つ。

 カラーバリエーションは大和のL96と同じO.D.カラーも限定版として存在するのだが、こちらは一般的なブラック。

 その銃身のほとんどが黒色に仕上げられ、光を受ければ鈍く輝く光沢が存在感を示す。

 そして陰に入れば保護色として闇に消え入り、気配を消して獲物を待つスナイパーの邪魔をしないことだろう。

 プロスナイパーという呼び方も付けられており、それに相応しい逸品である。


「それにしてもスナイパーライフルだなんて物好きだな? 他の店じゃ在庫があるかも分からないだろうよ」

「無理を言ってすいません」

「別に構わないぜ。俺としちゃロマンがあるからスナイパーライフルも好きなんだが……さて兄ちゃん、早速試しに撃ってみるかい?」

「いえ、使うのは自分ではなくて、隣にいる千瞳さん……」


 大和が風鈴を紹介しようと振り向くと、風鈴はジッと食い入るように店主の持ってきたスナイパーライフルを見つめていた。


「おっと、お嬢ちゃんが使うのかい?」

「は、はい。このエアガン……凄く綺麗ですね……」

「そりゃあ手入れは欠かしてないからな」

「いえ、そうじゃなくて……あっ! それもなんですけど! なんというか、雰囲気が綺麗というか……」

「ほほう、お嬢ちゃん。なかなか良い趣味してるな。どれ、持ってみるかい?」

「はい!」


 VSR-10を店主から手渡される風鈴。

 それからしばらくは何も言葉を発する事なく、色々な方向からVSR-10を眺める。

 そして、ストックを肩に当てて狙いを付けるように構え、ボルトハンドルで弾を込めるための動作確認をする。

 やがて、それを静かに下ろした後、


「……私、これが良いです!」


 優柔不断というのが嘘であるかのように、風鈴は迷う事なく即決する。

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