帝の名を持つアジア最強の3人
話を終えた仏田は、再び飲み物で口と喉を潤す。
「……そんな訳で、サラちゃんは日本のサバゲープレイヤーに不信感を持ってしまったんですよ。この日本の、それも私達のチームにい続けたのはやるべき事があったから……サラちゃんの支えになっていたのは思い出の男の子、そちらの赤木君に会いたい気持ちがあったからなんですね」
「そうだったのか。サラ君のあの時の態度にはそういう背景があったのか。部長の俺を大和君ではないかと探っていたんだな」
「せっかくサラちゃんが希望を持って来日してくれたっていうのに、そんな不真面目なプレイヤーのせいで嫌な気持ちにさせただなんて……酷い話よね、飛鳥?」
仏田の話でサラに同情する玉守と角華。
飛鳥も振られたが、反応無し。
角華が飛鳥を見てみると、飛鳥は俯いて黙ったままだったのだが、顔を覗き込んだ角華は飛鳥のものすごい形相を目の当たりにしてギョッとする。
「ひ、飛鳥!? ど、どうし……」
「うがあぁぁぁぁ!!!」
「キャッ!!」
突然立ち上がり、急に叫ぶ飛鳥の大音声は店内に響き渡り、玉守達は耳を塞ぎ、他の客が何事かと振り返る。
「お、忍足君!? どうしたんですか!?」
「恐らく飛鳥は、仏田が話してくれた部員達のあまりの不真面目さに、我を忘れて怒り狂っているんだろうな」
「……仏田ぁ~……そのクソアホどもはどこ行きやがった?」
「どこに行ったのか、退部してからは私も彼らの動向を把握する余裕も無かったので分かりませんね……ですが、もし知っていたとしたらどうするつもりなんですか?」
「……俺が直々にそいつらまとめてぶっ潰す……!」
「そ、それはさすがに……」
「飛鳥、落ち着け、もう過去の話だぞ。それに、その部員達はサラ君が大人しくさせたという事だから、俺達がどうこうする必要は無いだろう」
「それに他校の生徒なんだから、飛鳥が行ったってどうにもならないでしょ!」
「ちっ!!」
玉守と角華の説得に、飛鳥は腹立たしげな舌打ちを飛ばして椅子にどっかりと座る。
「もしうちの部員でそんな不真面目な奴らがいやがったら、24時間365日、ぶっ続けのトレーニングを課して潰してやるところだったのによぉぉ……!!」
「直接的な暴力に訴えないだけマシかも知れんが、それじゃどっちにしろ同じ事だからな」
「飛鳥らしいけど、言ってる事が支離滅裂なのよね、もう……」
感情昂る飛鳥とそれを鎮める玉守に角華。
タクティクス・バレットでは割とお馴染みな光景の3年生3人のやり取りを仏田はじっと見つめていたが、やがてクスッと笑い出す。
「ん? どうしたよ、仏田」
「いえ、やっぱりサラちゃんがそちらに行ったのは本当に正解だったと思いましてね。サラちゃんも、色々と感情的な部分は多いですが、根が真面目ですからね。今のあなた達を見ていて安心したんです」
仏田の笑顔に、飛鳥も怒りの感情が薄れていく。
「1年前に『女王&兵隊』を立ち上げた時点で以前までいた部員達は私以外が辞めていき、サラちゃんが不信を抱くメンバーはほとんどいなくなりましたが……それでもサラちゃんにとっては嫌な思い出しかなく、私達のチームはずっと居たくない場所だったんだと思います。探し続けていた赤木君がようやく見つかって、サラちゃんの目的を達成出来たのは本当に良かったですよ」
サラを思う仏田の安堵の表情は慈愛に満ち溢れていた。
玉守達3人は互いに顔を見合せていたが、
「ふん。少しだけ違うと思うぜ」
「えっ?」
すっかり落ち着きを取り戻した飛鳥が真顔でそう言ってきたため、仏田は首を傾げる。
「そんなチームにずっと居られたのはよ仏田、アンタがいたからだとも思うけどな! 俺はアンタの事も認めてるんだよ! どうせなら、サラ公と一緒にアンタも来てくれりゃ大幅な戦力になったんだがな、ハハハッ!」
「部長まで引き抜くのは、俺としてはさすがに気が引けるが……そうだな、俺もそう思うよ。サラ君にとって仏田だけが唯一の良心だったんだろう。そうでなければ、サラ君もここまで残っていなかっただろうな」
「うん! 仏田君がサラちゃんを導いてくれたって気がするわ!」
「忍足君、玉守君、姫野宮さん、ありがとうございます。そう言ってもらえると、私も救われますよ」
自分のした事を認めてくれた玉守達に、仏田は丸めた頭を深々と下げて礼を言う。
「気にするな、仏田! 試合になりゃ相手として加減はしねぇがこういう場でのアンタとは仲間だと思ってるからな!」
「ああ。何かあれば、言ってくれれば力になるよ」
「ふふっ、そうですか。では……」
嬉しさから優しい微笑みを浮かべていた仏田は、ここに来て表情を一転して引き締める。
「お仲間と認めて頂けた皆さんに、聞いてもらいたい事があります」
「おっ、何だ? 既に困った事でも抱えてたのかよ?」
「いえ、こちらの事情で相談があればその時にお話しますが……今回は皆さんに関わる事なんです」
「俺達に関わる事?」
「はい。私が感じた違和感から独自に調査しまして、まだ完全に裏が取れた訳でもないのですが……」
「仏田君が感じた違和感? 私達のチームのバランスとかがおかしい、とか?」
「いえいえ、皆さんは何も悪くないですよ。そうではなく、外部からの干渉ですね」
仏田は自分の口に人差し指を当てて声を潜めさせ、周りに声が聞こえないように配慮する。
「(気を付けてください、皆さん。 女帝が、不審な動きを見せているようなんです……)」
※ ※ ※ ※
「「「「「「「女帝!!??」」」」」」」
次の日の部活内ミーティングで、玉守が口にしたその単語にほとんどのタクティクス・バレットメンバーが過剰な反応を見せる。
「そ、その女帝ってやっぱり、あの女帝の事っすか!?」
「当たり前だろ! この日本にいて女帝って言ったら他にはいねぇだろうが!」
「仏田からの情報提供でその名前が挙がったんだ。あの慎重な仏田がそれだけの名前を出した以上、信頼性は高いと見ているよ」
「仏田君が言うには、その女帝が私達に何らかの干渉をしてきてるとかいう話なのね……」
「いやいやそんなバカな!? あの女帝がいきなり何でっすか!?」
先輩3人に返すのは桂吾だけなのだが、他のメンバーも顔を見合せたりコソコソ話したりで影響は大きい。
それぞれが女帝の名を聞いては感情を入り乱れさせていたのだが、
「ちょっと待ちなさいよ! その女帝って誰!? 何なのよそいつは! まずは誰かワタシに説明しなさい!」
「私も分からないです……その女帝さんって、どんな方なんですか?」
サラと風鈴の問いかけに全員が振り返る。
「お前ら、女帝を知らねぇのか!?」
「す、すいません……! 私、まだサバゲーでの有名な方とか良く分からなくて……」
「ワタシは大和を探す事だけしか興味無かったし、日本での活動の大概の事は仏田に任せていたからね」
「マジかよ……うちの2大戦力が揃って知らねぇとか、大丈夫かよ……」
飛鳥の声の強さに未だに怯える風鈴と、入部して日は浅いのにまるで動じてないサラ。
どちらも理解してない事は同じくも反応が対照的な2人を、飛鳥は睨むように眉を寄せる。
「そういう時こそ、小波の出番ですね! 千瞳先輩、サラ先輩、きちんとご説明させて頂きます!!」
もはや誰からもその存在を突っ込まれなくなった新聞部にして情報屋の小波が、ここぞとばかりに風鈴とサラに存在をアピールする。
誇らしげに体を反らせる小さめな体の小波の、プルンと震える大きな膨らみのアピールにサラが更に苛立ちを募らせているのは、大和と風鈴以外は理解している。
コホンとわざとらしく咳払いを一つして区切りを付け、小波は自分の生徒手帳に集めた情報を検索し、その項目の説明を始める。
「ではまず、女帝について語らさせて頂く訳ですがその前に問題です。お2人はこの日本国内、47都道府県の中でどこが一番サバゲーが強いかご存知ですか?」
「サバゲーが一番強い都道府県?」
「はい! それではお答え頂きましょう! 浜沼先輩どうぞ!」
「へっ!? この流れで俺に振るの!?」
「そうっ!! 千葉ですっ!!!」
あたかも浩介が正解を導き出したかのようなノリで浩介に指をビシッと指し示す小波。
「俺まだ答えてないよね!!?」
浩介は突っ込み返してみるが、小波がドヤ顔気味なのでただこの流れがやりたかっただけだと分かった。
「えっと大和さん、千葉が一番サバゲーが強いんですか?」
「そうだね。元々、WEE協約以前から日本では関東圏でサバゲーが盛んだったんだけど、特に千葉はサバゲーのフィールドの数が多く、規模やクオリティも他県以上だったんだ。WEE協約が締結し、サバゲーがより人気を強めていくようになると千葉も呼応するように、サバゲーの設備拡充や普及活動などを先んじて強化するようになっていったんだ」
「そういう事もきちんと知ってるなんて、やっぱり大和は才能あるだけじゃなくて勤勉な努力家なのね! 素敵だわ!」
「サラ、これは今の情勢的に知ってる人も多い知識だから、そこまで凄くはないよ」
サラの好意的な反応に、大和は苦笑しながら謙遜で返す。
「赤木先輩、補足ありがとうございます! 赤木先輩の言うとおりの歴史を辿った千葉は、今やサバゲーの聖地……いえ、神域といっても過言ではないでしょう! 質の高い設備は言うに及ばず、こなす訓練もレベルが高く、中には学校の授業の一環に自衛隊の協力を得て本格的な実戦訓練を行うところもあるらしいです!」
「そこまでしてるなんて……日本もなかなかやるじゃない!」
「そうですサラ先輩、凄いんです千葉の勢いがっ!! そのため千葉のどのチームもレベルが高く、千葉の中では小規模程度だとしても他県に移ればトップを取れる実力のチームがゴロゴロいるんですよ!」
「俺達も軽く遠征で千葉に行った事もあったんだが……当時の人員不足も理由にならねぇくらいにボロ負けしてな……もっと鍛えねぇと勝てないと悟ったんだよ……!!」
「うん、あれは、凄かったわ……」
小波の説明で当時を思い出した飛鳥が悔しさに歯噛み、角華も頷く。
「凄い……そんなに、強いんですね……」
「そうです、千瞳先輩やサラ先輩みたいなEXSを持っている人は例外ですが、普通にやれば他県のチームでは千葉のチームには太刀打ち出来ないかもしれません。そして……」
小波はここで一度、意識を向かせるように数秒の間を置く。
「……それだけのチームの中でも、頂点に君臨すると言われるチームが3つ存在します。『千葉の三強』と呼ばれ、公式戦を行えば連戦連勝、激戦区千葉にあっても無敗を更新し続ける、日本最強と言って差し支えない3チームです」
「そんなチームがあるの!?」
「はい。チームとしての練度も当然の強さなんですが、ここ最近に至っては付け入る隙が無いんです。その理由が、チームを統率するリーダーの存在です」
「リーダーさんが、もの凄いの?」
「はい、もの凄いんです、千瞳先輩。たった1人だけで戦局を支配する圧倒的な実力を持ってます」
「たった1人だけで!? ふぇぇ~……凄い……」
「……でも、1人だけで圧倒するって、何かどこかで聞いたようなフレーズね?」
「アホかサラ公! お前らだって同じように言われてるんだろうが! 気付かねぇのかよ!」
「な、何よ忍足! アンタにアホだなんて言われたくは……! え、同じようにって、もしかしてそのリーダー達は……!」
「そうです。その3人のリーダー達もまた、千瞳先輩やサラ先輩と同じEXSの使い手、スペリオルコマンダーなんです!」
これには、風鈴は元より、さすがのサラも幾分か動揺が走り、直後には言葉が出なくなる。
「私達と、同じ……」
「……ッ! そういう事ね……!」
「はい。その3リーダーは圧倒的なその実力からそれぞれ、 皇帝、 帝王、 女帝、と帝の名称を与えられています。日本国内どころかアジア圏全体においても最強と噂され、敬意と畏怖を込めて『東邦三帝』と呼ばれているんです」
「ううう~……! 聞いただけで、何だか強そう……!」
「ふん……! そんな大層な名前付けられて、いい気になってるんじゃないわよ!」
「オメェも女王って呼ばれてたじゃねぇかよ」
「ワ、ワタシの事は良いのよ! 女王は隣に 王様がいてこそ映えるのよ! 王様がいてくれれば、 女王はどこまでだって強く頑張れるんだからね! いつまでもねちっこく言ってるんじゃないわよ根倉王!!」
「だあぁ~!! 誰が根倉王だテメェ!!」
大和を持ち上げながら、飛鳥と口論になるサラ。
先輩に対しても物怖じしないサラが来た事で、この光景もお馴染みになりつつある。
だが、ともあれ前向きなサラのおかげで、場の雰囲気も暗くはならないで済んでいるのは良い傾向だろう。
「サラ。俺は王様と言われるほど凄くも偉くもないけど、評価してくれてるのは嬉しいよ、ありがとう」
「えっ! そ、それほどでも……や、大和がいてくれれば、ワタシはこの三帝とかにだって勝ってあげるというか……!」
「うん。だけど、そのためにも相手の情報についてきちんと知っておかないといけない。だから、今は小栗ちゃんの話を聞こう」
「そ、そうね! 今回知るべきは女帝とかいうやつよね!」
「そうだね……女帝だ……」
(……大和さん?)
大和が女帝の名称を口に出す時、一瞬だけ顔が曇ったのを、風鈴は不思議そうに見ていた。
「では、『千葉の三強』の情報及び、三帝それぞれの名前を簡単に話しますね」
小波は自分の情報を生徒手帳から引っ張りだし、読み上げていく。
「1つ目は 戦将院高等学校。千葉でも古豪の1つで、自衛隊とも繋がりがあると言われる名門校です。チーム名『 軍』、リーダーは皇帝 一文字 剛志。2つ目は 超掘第二高等学校。元々東京の方にあった芸能人育成学校の超掘高等学校がサバゲーのカリキュラムを組みやすくするために千葉に建てた分校です。チーム名『ギャラクシー・フェニックス』、リーダーは帝王 銀河 大星。3つ目は 聖翼女学院。様々な分野で世に通用する女性の育成をモットーに、高い水準の文武両道を掲げる学校です。チーム名『 A・ A』、リーダーは女帝 鶴馬 千歳。今回話題に上がっているのはこの女帝、鶴馬千歳さんな訳ですが……」
小波は一通りの情報を全体に伝えた後、画面を操作して別の情報を出す。
「言われてみると、確かに不審な点がありますね」
「そうなの?」
「はい。ここ最近、女帝のチーム『A・A』が急に公式戦を他チームに持ちかけているようなんです」
「……それっておかしいの? 公式戦するなんて普通なんじゃ……」
「普通のプレイヤーならおかしい事はないんですが、『東邦三帝』に関してだけは別なんですよ、サラ先輩」
「どういう事?」
「『東邦三帝』の3人はスペリオルコマンダー認定をされた上で戦績を認められ、ランクは最高位の XX。ここまでくると、WSGC出場はほぼ確実でこれ以上戦績を重ねるために公式戦をする必要があまり無いんです。たまに意欲を見せるために定期的な公式戦をしないといけないですが、それも大した回数は必要では無いです」
「まあ、内定決まってたら無理する事ないかもだけど……チームメンバーだってランク上げる方が良いはずなのに……」
「その辺りも事情があるみたいですが、とにかく小波が今分かるのはこれくらいです。玉守部長、仏田部長は何と言っていましたか?」
小波は生徒手帳をしまい、玉守に話を振る。
「ああ、仏田も女帝が公式戦を持ちかけている事については小波君と同じ内容の事を話していたよ。そして奇妙な事態が起こっているともな」
「奇妙な事態って、何ですか?」
「『A・A』と公式戦を行ってから、そのチームは特定の別のチームと公式戦をしないようになっているみたいなんだ」
「こ、公式戦をしない!? ど、どういう事なの玉守!?」
「相手チームが対戦前に女帝側から何らかの賭けを持ちかけられているのだろうと仏田は推測している。それで対戦したチームのその後の公式戦情報を確認したところ、共通して俺達タクティクス・バレットとの公式戦を見送っているようなんだ」
「つまり、ワタシ達だけ避けさせているって事!? 何のために!?」
「細かい理由までは分からないが、公式戦が行えないともなれば俺達もランクを上げづらい。そういう意味で言えば、俺達を活躍させないための妨害工作と捉えられなくもないな」
「聞いてて、俺も合点がいったよ。最近の公式戦が随分ぬるい気がしてたからな! 大規模なのがこの前の公式戦位で、それ以前は全然大したことない試合ばっかりだったしよ! せっかくスペリオルコマンダー2人いるって公表したのに俺達に挑む奴がいないんじゃランクが全然上がらねぇよ!」
玉守の説明に、飛鳥が割って入る。
そう、飛鳥が前々から感じていた違和感は、公表、宣伝をしていたにも関わらず、思ったほど挑戦者が現れなかった事だ。
玉守や角華も、それに同意を示す。
「ランクが上がれば上がるほど、次に上がるためには質も量も求められるからな。ちまちましていてはWSGCの選考基準に食い込めなくなる可能性すらある」
「うちのチームの中で、一番ランクが高いのはサラちゃんだから、最悪サラちゃんだけならWSGC出場資格は手に出来るかもだけど、私達は……」
角華の沈痛な言葉が、メンバー全体に伝わっていく。
現状、ランクで選ばれる可能性があるのはランクX+のサラ。
次は大和だが、大和のランクは現在A+で基準は満たしているものの心許ない。
サラと同じスペリオルコマンダーの風鈴に関しては、以前よりランク1つ上げたがそれでもB+で基準を満たしてすらいない。
他のメンバーも厳しいところであり、このままの状況が続けば出来る限り多くのチームメンバーで出場したいという願いが叶わなくなる。
「じ、冗談じゃないわよ!!」
そう叫んだのは、一番可能性のあるサラだった。
「ワタシは大和をWSGCに出場させるために、その力になれるようにここに来たのよ! 大和が出場出来なくなるなんて有り得ないわ!! それに風鈴もよ! 風鈴はワタシのライバル! ワタシが出られるなら、風鈴だって出られるはずじゃない! そんなランクだけで決めるんじゃないわよ!」
「「サラ……」」
「それと……このチームのみんなも……せっかく、結束のチームプレイで連携が取れるようになったのに、ワタシ単騎だけで上に行くなんて……寂しいじゃない……」
「サラ君……」
「サラ公……」
「サラちゃん……」
サラの憤りが、メンバーのためにあると分かり、全員の胸が熱くなる。
「「サララ~~ン!!」」
「キャッ! ち、ちょっといきなり抱きつかないでよ! さ、最悪銀羅は仕方ないとして……金瑠、アンタは男でしょ!」
「全く、嬉しい事を言ってくれるものだな、サラ君」
「だな! こうまで言われちゃヘタレてる暇がねぇじゃねぇかよな!」
「うん! 妨害受けてるのか何なのか知らないけど、このまま簡単に終わりたくは無いわね!」
サラの仲間意識を聞かされ、メンバーの気持ちが強く大きくなっていった瞬間だった。
「それにしても、実際どうにかならないんですか?」
嬉しい気持ちを表しながら、現実問題にシフトする風鈴の質問。
それに対し、玉守が渋い顔を浮かべる。
「当人同士の間だけで賭けが成立してその状況となると、なかなか厳しいかもしれないな。表向き、健全な運用を行っているように思える現代のサバゲーだが、裏では非合法な賭けが横行していると聞く。特に規模が大きくなればなるほど、取引もエスカレートしていく事だろう」
「非合法……じゃあ、女帝さんがやっているのは違反なんじゃ……」
「だろうな。だが、デカい金が動くような事態ならともかく、たった1つのチームに公式戦を仕掛けないって内容程度じゃ相手チームの害になる訳でもねぇから、明るみに出る事もないだろうし、競技連盟やサツも追及するには理由が薄いだろうからな。それをやってる証拠も俺達にはねぇ」
「そんな……本当に、何とかならないでしょうか?」
風鈴の不安な思いは、皆理解している。
だからこそ、それぞれが解決法を模索してはいるが、決定的とはならない。
「……可能性があるとしたら、このまま直接『A・A』に公式戦を挑んで、勝利するしかないかと……格上のチームを相手に勝利すれば、ランクが一気に上がりますからね」
そんな中、大和が1つの提案を出す。
「ふむ、やはりそうなるか」
「だよな、それしかねぇか……」
玉守と飛鳥も、大和の提案に肯定する。
「何よ、話が早く済む解決策があるんじゃない! しかも強い相手に公式戦挑むとか、最初から目指す目標の1つでしょ?」
「いや、そう簡単にはいかないはずなんだ。だから、提案しきれなかったのさ」
「どうして?」
「公式戦をするにはお互いの合意が必要だからな。こっちから一方的に掛け合っても、向こうが受けなきゃどうにもならねぇ」
「それに相手は、ただでさえレベルが高いと言われている千葉の中でも最強の一角だ。サラ君や風鈴君、大和君達の実力は疑って無いし、いずれは挑むつもりだったが、出来るなら情報収集の小手調べに千葉のいくつかのチームと戦っておきたかったんだ」
「千葉の初戦がいきなり最強の1つだなんて、不安が大きいわよね……」
「もう! こんなのは悩んでいても仕方ないわよ! 出たとこ勝負でゴーよ!」
サラの強気が、今のメンバーには心強かった。
「ふっ、そうだな、分かった。では、申請をしてみよう」
薄く笑いながら、玉守は自身の生徒手帳を操作し、「A・A」に公式戦の申し込みを行う。
「送ったよ。これで後は、公式戦を相手が受けてくれるかが問題になるだけだろうな。ふぅ~……」
玉守は生徒手帳の操作を終えて机に置き、一息つく。
ただ申し込みをするだけで緊張感が漂う。
そんな玉守を見て、サラがおかしそうにクスッと笑う。
「ふふっ! 情けないわね、玉守。たかが申し込みなだけじゃない! 試合に出て緊張するならともかく、今からそれでどうするのよ!」
「そう言わないでくれ、サラ君。自分でも情けないとは思うが、やはり頂点の相手をいきなりするのは、かなり特別な事だと思うんだ。相当人気があるチームだし、すぐに受理される事もないだろうが、決まるのを待つのも神経をすり減らす。好きな相手に恋文を贈る心境だよ」
「ラブレター? そんなまどろっこしい事するより、ストレートに告白しちゃいなさいよ!」
「ハハハ。確かに女々しいのかもな。サラ君が羨ましいよ、気持ちが真っ直ぐで……」
「お、おい、将希……」
多少緊張から解かれた玉守がサラと談笑しかけようとしたのを、飛鳥が止める。
「ん? 飛鳥、どうかしたか?」
「……何か、来てるみたいだぜ?」
「……何?」
生徒手帳が何らかのデータを受信しているのを飛鳥から教えられ、一瞬玉守も表情に驚きを含ませるが、すぐに立ち直って確認する。
「まさかもう受理したのか? そんなはずは……別の誰かからの連絡か何かだろうな」
「何、普通そんなに時間かかるの? ワタシその辺、仏田に任せっきりだったから良く分からないのよね」
「人気のあるなしにもよるが、人気が高ければその分申請が増える。俺達の申請も相手にとってはたくさんある申請の1つだ。数週間から数ヶ月待ったケースもある。俺達を狙い撃つために待機していたというのでもあれば話は別……」
生徒手帳の画面を見た玉守が、口を閉ざす。
「お、おい、将希?」
「玉守君?」
「………………受理完了、だそうだ……」
「何っ!!?」
玉守の手から生徒手帳を引ったくり、飛鳥も画面確認。
「……マジかよ、早すぎねぇか!?」
「なるほど、玉守の言ったとおりみたいね」
「サラ公、何が将希の言ったとおりだってんだよ!?」
「ピンポイントに検索でもしなきゃ、こんなに早く受理される事は無いんでしょ? つまり単純に妨害するんじゃなく、待ち伏せして狙い撃ちにするつもりだったってのよ、ワタシ達の事をね」
他のメンバーも一緒に驚愕する中、サラは妙に納得した様子だった。
※ ※ ※ ※
タクティクス・バレットのミーティング同日、千葉のとある場所……
敷地の広さやら建物の大きさやら、何から何まで一般家庭を遥かに超える規模の豪邸が存在しており、そこに住んでいる者の生活水準を推し測る事など困難であろう。
その豪邸の一室、広々とした部屋の中で椅子に腰掛け、ノート大の端末を操作している女子がいた。
右目の斜め下にある小さな泣きボクロが色白な肌のアクセントとなってどことなく色気を漂わせつつも、整った顔立ちが清楚を感じさせ、腰まで長く伸びる艶やかな黒髪は大和撫子を彷彿とさせるが、全体のシルエットは西洋のモデルにもひけをとらない抜群のプロポーション。
一言で言えば容姿端麗という言葉が当てはまるほどに美しい女性だが、今身に付けているのは高校の制服であり、コスプレにも見えてしまうがれっきとした女子高生だった。
品のあるアンティークな調度品が控え目ながら部屋に飾られ、その雰囲気に合わせた内装の部屋にあって、いかにもな機械の端末は場違いにも感じられるが、それを操作する女子は特に気にした様子は無い。
しばらく操作していると、部屋の扉がコンコンとノックされる。
「いいわよ、 闘子ちゃん。お入りなさい」
「失礼します」
声にも艶がある部屋主が入室を許可すると扉が開き、誰かが入ってくる。
その者もまた同じ高校の制服を着た女子高生ではあるが、こちらも雰囲気が普通とは違っていた。
脱色気味な色素の短髪と浅黒い肌、そして意思が強そうな瞳を宿し、整ってはいてもどこか精悍な印象を与える顔は、部屋の女子の優雅な女性らしさとは対照的だった。
手にトレイを持って部屋主へと近付き、背筋を真っ直ぐ伸ばした美しい姿勢のまま一礼する。
「 千歳様、コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう。早速頂くわ」
「どうぞ。それとご報告がいくつかございます」
「何かしら?」
千歳と呼ばれた女子は優雅な動作で流し目を送るように、闘子と呼ぶ女子を見つめる。
闘子は特に気にした様子もなく、淡々と報告を始める。
「千歳様の見立て通り、本日付けでターゲットからの公式戦申請がございましたので、指示通りに受け付けておきました」
「ふふっ、そろそろ来る頃だと思っていたわ。日取りはいつにしたのかしら?」
「報告が重なりますが、例のものが間もなく完成するとの事で、それに合わせて来週の日曜日に設定しました。何か不都合ありますでしょうか?」
「無いわ。わたくしとしても、余計な寄り道をされるのは好ましくなかったから露払いさせたのだけれど、上々のタイミングで事を進められそうね」
「そのようですね」
艶っぽく微笑む千歳と、表情の変わらない闘子。
この2人もまた、それぞれに対極な雰囲気を醸し出している。
「分かったわ、ありがとう。闘子ちゃんはそのまま計画を進めてちょうだい。それと、わたくしは今週ふらっと出掛けてくるわ。計画を磐石にするためにね」
「いつ頃を予定されていますか?」
「さあ? でも、何となくで良いと思っているの。わたくしの勘は結構当たるのよ」
「かしこまりました。では、こちらはこちらで準備を進めていきます」
「ええ、任せたわ」
闘子は背筋を伸ばしたまま再び一礼をし、元来た道を辿って部屋を出る。
再び1人になったその部屋の中で端末を操作し直す千歳。
その画面には、とある画像が映っていた。
それは、ごく最近行われた公式戦の記念撮影写真だった。
撮影対象はタクティクス・バレットなのだが、公式戦最中の撮影は禁止であり、これは女王&兵隊との試合が終わった後に撮られたもの。
玉守や角華のように普通に撮影を受ける者もいれば、金瑠や銀羅のようにポーズを決める者もいる。
桂吾なんかは 欠伸が写ってしまっている。
「まさか埼玉にいただなんて……しかもこんな少数の、それもこの時点まででは実績が中途半端なチームにいただなんて、さすがのわたくしも想定外。おかげで探索に無駄な時間を費やしてしまったわ……でも、ようやく見つけた……」
千歳は画面に触れて、画像を拡大させる。
写真のとある人物がアップになるのを見て、千歳は妖しい笑みを浮かべる。
「うふふっ……待っててね、あなた……うふふふっ……」
写っていたのは………………大和だった。