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サラの過去④……期待の来日。そこで見たものは……

 それぞれ好みのメニューを買って、テーブルを囲む玉守達と仏田。


「そういえば、仏田の方は名称と共にチームメンバーを変えたんだったな。調子はどうだ?」

「戦術などを見直したばかりで戦績は安定してませんし、最大戦力のサラちゃんが抜けたので弱体化感は否めませんが、今はまずまずといったところでしょうか。そちらは、人数の多さをものともしない見事なパーフェクトゲームでしたね」

「そのサラ君がこちらに来てくれて、風鈴君と共に活躍してくれてるからな。だが、他のみんなも頑張ってくれたおかげでもあるよ」

「ふん。後輩どもにああまで活躍されてちゃ素直に喜べねぇけどな……」

「ちょっと飛鳥、せっかく褒めてくれてるんだからもうちょっと言い方とか態度考えなさいよ……」


 仏田と玉守がお互いにチームの近況報告をし合う。

 さりげなく賛辞を贈る仏田だが、飛鳥は渋い顔で飲み物を吸い込む。


「良いんですよ、姫野宮さん。実際、凄いですからね。サラちゃんは元より、千瞳さんもね。やっぱりと言うか、彼女もスペリオルコマンダーだったんですね」

「気付いていたのか? 仏田」

「私の得意の防衛ラインを崩された上に直接狙われましたからね。どことなく、サラちゃんに通じる大きな何かを見た気もしましたし」


 飛鳥の態度も気にせず、仏田は自身の公式戦を思い出しては懐かしむ。


「聞いてますよ、千瞳さんの異名。『 風眼(エアリアイズ)妖精(フェアリー)』と呼ばれているんですってね? サラちゃんと合わせて、戦績も含めて凄い人気みたいですね」

「そうなの。いつの間にそんな風に呼ばれるようになったのか、私達のが知らなかったのよね……」


 苦笑しながら、仏田に答える角華。

 元から人気があったサラと風鈴がタクティクス・バレットの二大看板として有名になって以降、今やとてつもない人気者となり、サラだけでなく風鈴まで異名で呼ばれるようになった。

 戦場を堂々と駆け抜け、見つけた相手を正面から屠るスタイルのサラは、元から呼ばれていた「雷閃の女王」の異名に違わぬキレた動きで次々と撃破を重ねていく。

 一方、風鈴の方も本人の雰囲気は控えめながら、正確無比な射撃と実体をほぼ見せない移動や位置取り等、高い実力を見せられるようになってからは、「風眼の妖精」という異名でもって認知されてきている。

 突撃近戦型のサラと死角狙撃型の風鈴、戦闘スタイルが正反対のこの2人だが、それだけに住み分けが完璧で相性が非常に良く、単独でも十分過ぎる強さに加えて、地力が強いタクティクス・バレットの本メンバーと共にコンビネーションを駆使した戦術で攻めてこられると、もはや手に負えない強さを発揮していた。

 余談だが、サラの異名については広報担当な小波がEXSに合わせて「絶対領域の女王」に改名してはと提案したり、飛鳥が伝説的スナイパーの名前を挙げて風鈴の事を「シモ・ヘイヘの生まれ変わり」などと呼ばせようともしていたが、どちらも角華に却下されている。


「私としては、サラちゃんが皆さんと打ち解けているのかも心配してました。公式戦を見る限りは問題無さそうですが、ちゃんと仲良く出来てます?」

「ああ。コミュニケーションは取れているし、作戦を組めばそれを実行してくれるよ」

「それなら良かったです」


 仏田の微笑みは、まるで子供の成長を喜ぶ親のような慈愛に満ちていた。

 玉守もそれに笑顔を返すが、


「なあ、仏田。サラ君に関して気になった事があるんだが、聞いても良いかな?」


 ふと真面目な表情に戻して質問する。


「はい、何でしょうか?」

「サラ君は、過去に何かあったのか?」

「……どうして、そう思ったんですか?」

「俺が最初にサラ君と出会った時と、今のサラ君が結びつかなくてな」


 玉守の疑問は、サラの態度の違いに起因していた。

 現在の明るい雰囲気こそがサラ本来の性格によるものと玉守も理解するようになってきたが、それなら初めて出会った頃のサラの態度がキツかったのは何故だろうと違和感も感じていた。

 仏田が声を一瞬詰まらせたように見えた事から、何かしらの事情を仏田が知っていそうだと理解した。

 急に黙りこんだ仏田は飲み物を口に含んで、しばらく口内を潤していた。


「……そうですね。サラちゃんが最初、態度がよろしくなかったのは否定出来ない事実です。ただそれは、サラちゃんが悪いのではなく、私達が悪かったんですよ」

「そうなのか?」

「はい。理由を説明しますので、サラちゃんの事、悪く思わないであげてくださいね」

「分かってるさ」


 玉守達3人が頷くと、翳り気味だった仏田は安心したようにため息をつき、


「……去年、つまりサラちゃんが越山高校に入って来たばかりの頃ですね」


 自分の主観に基づき、一呼吸おいてサラにまつわる過去を語り始める……



 ※  ※  ※  ※



 サラがアメリカから日本にやってきた1年前……


「ここが、ワタシの通う越山高校ね」


 校舎を眺めるサラの表情は期待の笑顔に満ちていた。

 1番の目的はもちろん男の子(大和)に会いたいというものだが、個人を特定する手がかりが無かった事もあり、男の子が埼玉にいたというエリックの記憶にある情報から、埼玉の中でも規模の大きい越山高校に入学を決めた。

 最初から会えるのがサラの理想だったが、さすがにそこまで都合良くいかないと思ってもいた。

 顔の記憶が曖昧なため、初見ではどちらも見つけづらい気がしたのだ。

 会いたい思いはあっても、当時のサラに焦りはそれほど無く、それよりもまずは日本国内で実績を積み、名実共に有名になってから探した方が可能性があると判断。

 入学初日は学校行事が早めに終了し、その日は大した予定も無く、サラは早速サバイバルゲームのチームを探しに行った。


「えっと……この高校のサバゲーチームの部室は……」


 校舎案内を生徒手帳で確認しながら、サラは目的の場所を目指す。


(ここ日本は、ワタシを認めてくれたあの男の子の国……彼はあんな歳の頃から真面目にサバゲーで上を目指していたんだもの、どのチームだろうと意識が高いに決まってるわよね!)


 チームに入る前から、サラは心踊るような浮かれっぷりだった。

 やがて、目的のサバイバルゲーム部の部室を発見し、サラはドアの前に立つ。

 その際、「絶対領域」にて中を確認する。

 EXSの使い方を色々と利用出来るようになってからは、こうして事前に中を見るのが癖になっていた。

 部室を覗いたサラは、首を傾げる。


(……あら? 範囲内には、人がいないわね? もう部活の時間なんだから、いてもおかしくないのに……)


 サラの「絶対領域」は、現在半径4メートルにまで広げられるようになっていた。

 それなりに部室は広さがあったようなので全体は確認出来なかったが、それにしても全く人を感知出来ない程に部員が部室の奥側にいるとも考え難かった。


(……もしかして留守? せっかく来たのに……)

「あら、お客さんですか?」


 考え事をしているサラに同じ廊下から声を掛ける者がいて、サラが振り返ると背が高くて髪を剃りあげた男子生徒が歩いてきていた。


「こんにちは。私は2年の仏田と言います。このサバゲー部の部長をさせて頂いてます」

「ワタシはサラ。今年入学してきた1年よ、よろしく」

「まあ、日本語がお上手なんですね。つい普通に挨拶してしまいましたが、通じたようで幸いです」

「日本語は凄く勉強したもの、当然よ!」

「そうですか、努力家さんなんですね、素晴らしいです。それでサラさん、こちらにはどのようなご用件でいらしたのでしょうか?」

「それはもちろん、サバゲー部に入部するためよ! 部長に会えたのなら話が早いわね!」


 ニッコリ笑顔で入部宣言をするサラ。

 大袈裟にとまでは言わないが、部長であるなら大なり小なり歓迎してくれると思っていたサラだったのだが、それを聞いた仏田は先ほどまでの笑顔を急に曇らせる。


「……サラさん、本当にうちの部に入部されると?」

「え、ええ……な、何? 何か問題あった?」

「……ここの現状については、何も聞かれてないんですか?」

「別に何も……大きな学校だし、サバゲーチームにも期待出来ると思って来たんだけど……」


 サラの答えに、仏田は静かにため息をつく。

 哀れみすら混じるその顔が、サラに不安を覚えさせる。


「……サラさん、今からこの学校のサバゲーフィールドに来てみませんか? 実は、そこに他のメンバーの皆さんがいるんです」

「あ、そ、そうだったの!? あ~……部室の中に人を知覚出来なかったのはそういう事……」

「……知覚?」

「あっ……! な、何でもないわ! でも、それなら行ってみたいわね! ワタシがこれから利用する事になる場所だものね!」

「では、案内します」


 仏田の案内で、学校内のフィールドへと向かうサラ。

 何か話でもしながらと思っていたサラは、少し前を進む仏田に積極的に話しかけてみる。


「ねえ仏田! 部長って言ってたけど、2年で部長になれるなんて、結構凄い実力なんじゃないの?」

「いえ。私なんて、肩書きを頂いただけですよ……」

「これだけ大きな学校なら、部員は結構いたりするの?」

「学校の規模で考えたら、そんなにはいないかもしれないですね……」

「ふ~ん。あ、ワタシの事はさん付けじゃなくても良いわよ! 仏田のが一応先輩なんだし」

「では、呼べる機会があるなら、サラちゃんと呼びますね……」

「う、うん……」


 会話しながらも黙々と道を進んでいく仏田に、サラは戸惑う。

 会話出来ていない訳ではないが、それもサラから話を振られたら返すというだけで、それ以降は黙ってしまう。

 サラが入部すると言ってからの対応が素っ気なく感じられた。


(な、何よもう……友好的っぽく見えたのは最初だけ? 部長っていうくらいだからちゃんとしてそうだと思ったのに……)


 やや不満を抱えつつ、仏田の後を付いていくサラ。

 建物を出て外の通路を歩いていくと、広い場所に出てきた。


「そこが、練習用のサバゲーフィールドですよ」

「やっと着いたのね! どれど……れ……」


 目的の場所にようやく到着したという事で、楽しみにしていたサラはその周辺を見渡して、しばらく言葉を失う。

 越山高校のサバゲーフィールドは分類すると人工物に囲まれたアウトドアフィールドという事になるのだが、仏田に案内されたその場所はとてつもなく荒れ果てていた。

 ある程度の広さは確保してあるものの、自生する植物等は手入れもされずに伸び放題。

 自然なままのフィールドとフォローしたいところだが、そこかしこにはゴミも散乱しており、酷い有り様だった。


「…………な、何よ、ここ……」

「ここが、サラちゃんが見てみたいと言っていたフィールドですよ」

「う、嘘でしょ!? こんなところ……」

「練習する際にはきちんと掃除しているんですよ。この前も掃除していたんですが、しばらくしたらもうこんな状態ですね……」

「ふ、ふざけないでよ! こんなんじゃ、練習するどころじゃないじゃない……! 大体、部員はどうしたのよ!? ここにいるって言ってたじゃ……」

「お~? 誰かと思ったらハゲ部長じゃねえかよ~」


 仏田に詰め寄るサラだが、軽そうな調子の呼び掛けに2人は振り向く。

 そこにいたのは、お世辞にも柄が良いとは言えない雰囲気の男子生徒複数名。

 飛鳥や角華と幼馴染みの金蔵もあまり良くはなかったが、どちらかというと嫌みな金持ちという風情であり、こちらは正に不良という言葉がぴったりだった。


「あれ? 仏田、女連れとかカマなくせに実は女好きだったってか!」

「カマとか言わないでください……」

「な、何よコイツら!?」

「彼らが、部員ですよ……」

「ハァ!? こんなのが!?」

「おいおい、こんなのとか言うなよ。失礼じゃないかよ。でも、良く見ると超イケてるんじゃね?」

「見ない顔だよな。1年か? もしかして、マネージャー志望とかか?」


 興味津々にサラを眺める越山高校のメンバー達。

 その視線には様々な好奇の感情が混じり、サラに嫌悪感を抱かせる。


「ワ、ワタシはサバゲープレイヤーとして入部に来たのよ! それでどんな感じなのか見に来たのに……この酷い場所は何なのよ!? 何よりアンタ達は何なのよ、そのふざけた見た目とか!!」

「ん~……というか、ここはもう前からこういう感じだしな?」

「そうそう、サバゲーとか別にどうでも良いよな?」

「なっ……! どうでも、良い……!?」


 サラはその言葉にショックを受けていた。

 顔は青ざめ、信じられない物を見るように……否、実際にはショックが気持ちを振り切って思考もままならず、見ていても認識が出来ない状態だった。

 急に黙ったサラに部員は顔を見合せて首を傾げるが、様子を気にする以上にサラに興味を持ったようだった。


「なあ、それよりもさ、俺達とどこか遊びに行かねえ?」

「これから部員になるっていうなら、もっと仲良くならないとな~!」

「そういや外人って色々と開放的なんだよな? アッチ的なの期待しちゃって良いのかな?」

「ああ、良んじゃね? てか、そういうヤリモクもあって来たとかじゃね?」

「じゃあ早速行くか~! どこかカラオケなり個室がありゃ良いよな?」

「「「お~!」」」


 まだ呆けたまま立ち直っていないサラの手を引き、背を押し、強引に連れて行こうとするメンバー。


「……お待ちなさいな、皆さん」


 それを止めたのは、仏田だった。


「ん? 何だよ、カマ部長にはもう用はねえよ?」

「そちらに無くても、こちらにはあるんです。その子を連れて行かせる訳にはいきませんよ」

「何だそりゃ。何でお前の言うこと聞かないとなんねえんだよ?」


 不良メンバーのリーダー格らしき男が仏田に睨みながら詰め寄るが、仏田も男を静かに見返しながら譲らない。


「その子はまだ、部員ではありません。関係無い人にまで迷惑をかける訳にはいかないですからね。部長としての務めですよ」

「はっ! 名前だけの部長の言うことなんざ聞けるかよ! テメェには部活の面倒事を押し付けるためだけに部長にしたんだからな!」


 リーダー男の見下した笑みに合わせるように、周囲のメンバーも頷く。

 仏田の言葉を聞こうという者が、この中にいないというのは一目瞭然だった。

 だが、仏田も慌てる様子は無い。


「あなた達に何らかの処分が下る事になるかもしれないですよ?」

「……おい、そりゃどういう意味だよ?」

「未成年のタバコ、及び飲酒が法律で禁止されている事くらいはご存知ですよね? あなた達がそれらを、部室やサバゲーフィールド内で先生方の目を盗んで嗜んでいる事を私が知らないとでも思っているんですか? その場所に落ちたゴミを、今まで誰が綺麗に清掃していたか分かってなかったんですか?」

「仏田テメェ……! 脅しのつもりかよ!?」

「停学処分だけならまだマシな方ですよ。今やサバゲーは世界共通の競技ですからね。学校の敷地内とはいえ、その品位を貶めるような行動をする人間がプレイヤーとして登録されているとなれば、競技連盟の監査対象にこの学校が選ばれてしまう可能性もあります。そうなった時に学校側はあなた達にどのような処分を下すのでしょうかね?」


 諭すような静かな口調ではあったが、そこに仏田の深い感情をメンバーは初めて感じた気がした。

 そして、これが根拠の無い脅しでは無いとも認識させる。

 オネエのように思える仏田ではあるが、その人柄は真面目そのもの。

 教師からの面倒な頼まれ事も嫌な顔一つ見せずにこなしていた。

 部室やフィールドの清掃をしていたというのも嘘ではないだろう。

 それだけに教師からの信頼は絶大で、もし仏田からの報告を受ければ、想像以上の処分が対象のメンバーに課せられる可能性がある。


「……知ってたくせに黙ってたって訳かよ……だが、それを知りながら放置してたとなりゃ、下手すりゃテメェも道連れになるぞ!?」

「構いませんよ。時間が経てばあなた方も変わってくれると思ってそのままにしていましたが、部長の立場ならそれを止めるのが本来の務め……それが出来ない時点で職務怠慢の同罪でしょうからね」

「……ちっ! 面倒事の引き受け役が逆に面倒事を俺らに押し付けてくるんじゃねえよ……! 興ざめだ……行くぞ、お前ら!」


 舌打ちと共にリーダー男がサラの手を荒く振り払うと、呆けたサラがバランスを崩して倒れ込み、仏田が慌てて支える。

 その間に、メンバー達は不機嫌そうにフィールドから立ち去っていく。


「大丈夫ですか? サラちゃん」


 メンバーに向けていた毅然とした態度を解き、心配そうにサラの顔を覗きこむ仏田。

 サラは未だに立ち直れずに、俯いて無言のまま。


「ごめんなさいね。実態を知って欲しいと思って案内したつもりでしたが、嫌なものを見せてしまいましたね……」


 仏田の言葉に、サラはゆっくりと仏田と向き合う。

 虚ろな様子で何も答えないが、ここで起きた事の理由を聞きたそうにしているのだろうと仏田は理解し、


「……この越山高校は……サバゲーが盛んではない学校なんですよ……」


 越山高校のサバイバルゲームの実情を話し出した。

 仏田によると、この越山高校はWEE協約が締結してサバイバルゲームが全国的に有名となってからも、サバイバルゲームそのものに意欲的ではなかったという。

 元々、越山高校は既存の部活動において優勝経験があったり、毎回上位の成績を誇る優秀な高校であり、そういう意味で生徒数や規模の大きい素晴らしい学校と言えたのだが、それが逆にサバイバルゲームという目新しいものを求める必要がないという結論に達してしまった。

 学校の経営者や保護者の中には、戦争を模しているという理由でサバイバルゲームを批判的に捉える意見が多く、部活動として新たに認定されるまで時間を要したためにフィールド等の設備や備品も不十分であった。

 そして、部活動の設立認定後もそこまで力を入れていなかった事もあって戦績は大して上がらず、生徒の自主性の尊重という建前で運用をほぼ生徒達に丸投げにしてしまい、それに目を付けた当時の不良達が集まり、サバイバルゲーム部は特に目的もなくダラダラと過ごせる認識の無法地帯と化してしまった。


「……私も最初はそういう実態が分からずに入部したんです。そうしたら、当時の部員達に入部初日でいきなり部長にさせられるという不条理な事態になりましてね。厄介事や面倒事の押し付け役が欲しかったんでしょうね……」


 説明の一区切りに軽くため息をつきながら、仏田はサラの様子を窺う。

 サラはまだ呆けた顔をしており、仏田の言葉をきちんと理解出来ているかは疑わしかったが、仏田は構わず続ける。


「部長の私が言うのも変ですが……うちの部でまともな活動は期待しない方が良いですよ。部活動をするなら他のが良いと思います。もしそれでもサバゲーをしたいのなら、学校外のチームの方がまだオススメ出来るかもしれません。この学校でこの部に入ったら、きっと後悔します……」


 仏田のそれは、そのまま当時の自身に向けたい思いだったのかもしれない。

 後悔させたくないという意思の忠告が伝わったのか、サラは無言のままフィールドから立ち去るように歩き出す。

 来た時の笑顔は消え失せ、足取りも重い。


(……可哀想に……楽しい高校生活を想像していたはずなのに、部活動の入部の時点でこんな嫌な思いをするとは思わなかったでしょうね。ですが、これで入部の意思は無くなったはず。この部はきっともうダメでしょう……私が部長をしている間だけでも、何も知らない子に実態を伝えられるようにしないと……)


 サラのためを思い、仏田はこの状態を隠さずに見せて入部の意欲を無くすつもりだった。

 確かにサラも、これにはショックを隠しきれなかったのは事実。

 しかし……事態は仏田の想定と大きくずれていく。

 この数日後、仏田はたまたま他の用事で部に行くのが少し遅れた。

 かといって、部員は何をするでもなく、ただ好き勝手にフィールド内でたむろしていた。

 そこに、サラが再び顔を出した。


「……ねえ。ワタシと、勝負しない?」


 サラは、リーダー男にそう持ちかける。


「あ? 何だよ、勝負って」

「サバゲー部なんでしょ? サバゲー以外に、何があるの?」

「意味が分からねえな。お前1人で俺達に勝負挑むとかよ。大体、そんな事して俺達に何の得があると……」

「アンタ達は誰か1人でもワタシにヒットさせられたら勝ち。アンタ達が勝ったら、ワタシの事を好きにして良いわ。その代わり、ワタシが勝ったらワタシに絶対服従。まあ、それが嫌なら退部でもすれば良い」

「おい! 何を勝手に……」

「ちょ、ちょっと待てって……!」


 リーダー男を、他の部員が止める。

 その部員達は、全員が嫌らしい笑みを浮かべてサラを見ていた。


「……本当に、お前を好きにして良いんだな? 後で撤回したり、騒いだりするとか無しだろうな?」

「二言は無いわ。何なら記録でも取る? フィールドはここ。スタートの合図はそちらが射撃音で知らせてくれれば良いわ」

「へへっ……後悔するなよ?」

「ふん……」


 部員達とは対照的に、面白くも無さそうにサラはフィールドの奥のスタート地点へと向かっていく。

 姿が見えなくなってから、リーダー男は話を受けた男に詰め寄る。


「おい! 何を勝手に受けてんだよ!」

「だってよ、好きにして良いなんて言われたらそりゃ、なあ?」


 他の部員に同意を求めると、そちらも大きく頷く。

 乗り気で無いのはリーダー男だけ。


「あのな、あんな風に勝負仕掛けてくるって事は、何らかの罠があるに決まってるだろうが!」

「何らかって何だよ? お前ちょっとビビり入り過ぎじゃね? 良く言うだろ、『虎の◯に行けばお宝に巡り会える』ってよ」

「『虎穴に入らずんば虎児を得ず』だろうが! グッズでも買い漁る気か!? 少しは慎重になれってんだよ!」

「うるせぇな……俺は前から外人に興味あったんだよ! 良い感じな体型で俺好みだったしな!」

「お前の好みとか知るかよ! 面倒な事しやがって……」


 リーダー男は心底うんざりしながら、仕方なくエアガンの準備をする。

 他の部員も準備するが、サラは来た時から既に動きやすい軽装だったのに対し、初めから真面目にやる気のない彼らは学生服のまま。

 〔S・S・S〕の設備もあるにはあったが、サラからのいきなりの提案のために部員達はそれすらも準備していないし、するつもりもなかった。

 そして、サラを好みと言った男子含めた数名が先にフィールドを進んでいく。


「おい、合図鳴らさねえのか?」

「あの子見つけたらな! エアガン鳴らせばスタートなんだろ? いつ鳴らせって指定されてもないし、狙って撃った時がスタートって事でな~! ウヒヒ!」


 下心丸出しの笑顔のまま、形だけは慎重な進み方でフィールドへと消えていく男子生徒達。

 それを見送りながら、ため息をつくリーダー男。


(……ったく、エロに目が眩みやがって……非公式だからろくに記録される事もないから良いけどよ。武器を持ってる様子もなかった上に、女1人で何か出来る訳でもねえから絶対に何か仕掛けてるって分かるだろ普通……)


 自分のスタート地点から未だに動かないまま、慎重に状況把握に務める。

 その性質は良くも悪くも司令官向きで、真面目にサバイバルゲームと向き合えば多少上を目指せたかもしれない。

 しばらくして、フィールドの奥からエアガンの連射音が鳴り響く。


(見つけたか。さて、どうでる? さすがに正攻法じゃ来ないだろう。というか、まともなゲーム自体するつもりもないかもな。いざとなりゃここからトンズラでもして…………ん?)


 やる前から逃走経路の確認を始めた男は、続けて聞こえるエアガンの音に違和感を覚える。

 更には、だんだんとそれが近付き、


「……う、うわぁぁぁ……!!」

「……ぎゃあぁぁ~……!!」


 部員達の悲鳴まで聞こえてきた。


(……ちっ! そらみた事か! やっぱり何かして来やがったな! 何してるかは分からねえが、面倒な事になる前に逃げ……)


 異変を察知して逃走しようとしたリーダー男だったが、一足遅かった。

 自分から見えるフィールドの通路、部員が次々に入って行った通路の入口から、凄まじい速さの何かが飛び出して来るのが見えた。

 それは、他の誰でもなく、対戦相手のサラだった。

 リーダー男は、一瞬だけ呆気に取られた。

 有り得ないと思っていた正攻法、まさかの単身正面突破で来た事もだが、綺麗な金髪を靡かせながらそれを成したサラの姿に、美しさすら感じてしまった。

 そのままサラが突っ込んで来た時に、今度は恐怖を感じて意識を戻す。


「……う、撃て撃てぇぇ!!」


 周りに僅かにいた1人のメンバーに反射的に命令しながら、自身もエアガンを撃ち鳴らす。

 焦ってはいたが、本来ならばらまいていても当たる状況のはずだった。

 しかし、弾が近付いた瞬間、サラの動きがとてつもなく加速して弾を回避。

 見えたのは、サラの残像と髪色の金のラインのみ。

 そのまま手近にいた部員を、持っていたダミーナイフで切りつける。


「うわっ……!!」

(ナイフ、だと!? この女……武器が無いと思ったらナイフ使いだったのかよ!? いや、それ以前になんつう動きしてんだ、化け物かコイツ!!)


 驚いて尻餅をつく部員と、人間離れした回避能力を披露してきたサラの姿を見て、リーダー男はようやく悟った。

 サラは策や罠等で何かをしようとして来たのではなく、純粋な実力行使で片付けに来たのだと……


「う、うあぁぁぁ!!」


 もはや思考もなく、恐怖にひきつった顔のまま、本能でエアガンの弾を撃ち出すリーダー男。

 対するサラ、その表情に何の変化もなく、撃たれた弾に焦る事もなく、淡々と余裕で回避を続けながら接近し、すれ違いにナイフ一閃。

 切られて怪我をしたのでもないが、あまりの衝撃にリーダー男は膝から崩れ落ちる。


「……ワタシの勝ちね。約束通り、ワタシに絶対服従。良いわね?」


 表情と同じくその言葉も、サラの口から淡々と発せられる。

 リーダー男は呆けたまま、動けない。


「……サ……サラ、ちゃん?」


 名前の呼び掛けにサラが振り向くと、用事を終えた仏田がいた。

 仏田が戻った時、サラがリーダー男の連射を躱しながら切りつける瞬間を目撃しており、仏田も信じられないものを見るような顔でサラを見ていた。


「……仏田」

「ひ、ひぃぃぃ!!!」


 サラと仏田のやり取りを遮るように、リーダー男が情けない声で逃げていってしまう。


「あっ……!」

「……ふん。絶対服従って言ったのに命令も聞かずに逃げるとか、態度がなってないわね。まあ、最初から目障りだったし、最終的には出ていってもらうつもりだったから別にどうでも良いけど」

「……サラちゃん……あなたは、一体……」


 何者なのかという仏田の問いに、サラは少しだけ言葉を止める。

 その間も、フィールドにいた部員達がフィールドから出てきては、サラを見つけた途端にリーダー男と同じく様々な悲鳴を上げては立ち去っていく。


「……ワタシは、スペリオルコマンダーよ」

「スペリオルコマンダー!? 話には聞いていましたが、間近で見るのは初めてです……本当に実在するなんて……!」

「ワタシがどうとか、この際どうでも良い……それより仏田、アンタはどうするの? ワタシに挑む? 受けて立つわよ」


 サラは、ダミーナイフを仏田の目の前にちらつかせ、今度は仏田がしばらく沈黙する。


「……サラちゃんがあのスペリオルコマンダーというなら、私に敵う道理はないでしょう、降参します。無益な争いをするつもりもありません。ただ、1つ聞かせてください。このサバゲー部のメンバーを追い出して、これからどうする気なんですか?」

「……ワタシには、サバゲーでやる事があるのよ。ワタシはサバゲー部に居座らないとならない……でも、アイツらは目障り……だから、出ていってもらったのよ」


 話してから、サラは仏田から視線を逸らす。

 物思いに耽りたいのもあったが、仏田に向ける顔がないとも言えた。


(……あの男の子の国なら……どこのチームも誠実で真面目で、それでいてサバゲーに情熱があると、思ってた…………でも、このチームは違った……こんな、不真面目なチームがあるなんて……ううん、もしかして、真面目なのはあの子だけだったの? それとも、時代が流れたら国全体で情熱が失せてしまったの? 分からない……分からないよ……!)


 サラは、悔しさを抑えこむように強く歯噛みする。

 そうでもしなければ、泣いてしまいそうだった。


(……あの子に、会いたい……会って、今のあの子がどうなのか知りたい……! せめて、そうでもしないと……何のために母国を離れてまでこの国に来たのか、意味すら無くなってしまう……!!)


 この時から、この日本でサバゲーをしていくサラの目的が、上を目指すものから、男の子を探す事に優先順位を変えたのだった。


「……分かりました。サラちゃんに不快な思いをさせたのはこちらの落ち度。部員がいなくなった事情については、私から顧問に話しておきます」


 話を聞いた仏田は、全ての事情を理解してはいなかったものの、サラの意思を尊重した。

 そして、


「あと、私も部長として一緒に残って良いですか?」


 慈愛を含む軽い笑みを見せて、サラに提案する。


「……仏田も?」

「ええ。サラちゃん、やりたい事があると言いましたね? 何をしたいか今は聞きませんが、そのままやっていけば、部長ポジションにさせられますよ。部を運用しながらやれると本気で思ってます?」

「……それ、は…………で、出来なくは、ないんじゃ……」

「甘いですよ。部内で起こる色々な責任に関わってくるんですよ? 部員関係はもちろん、備品やフィールド等の環境整備や改善、学校への報告や広報に至るまでやる事が山積みなんですよ。ある程度は他の部員にやらせるにしても、その責任は自分で見なければならないですからね」

「……そ、そんなに、あるの?」

「そうですよ。しかも、部員があんな感じでしたから、今までそれらは私が自分で全てこなしてました。その部員も、結局サラちゃんが今さっき追い出しちゃいましたし」

「……うっ!」


 仏田の説き伏せるような話を聞けば聞くほど、サラは焦りに声を詰まらせていく。

 先ほどの悲壮感もだんだん薄れてしまっている。


「ね? 色々と大変でしょう? そういう面倒事は、今まで同様に私が引き受けます。サラちゃんは、自分のやりたい事をやってくださいな」

「……仏田は、それで良いの?」

「やる事は今までとあまり変わりませんから。むしろ、サラちゃんのおかげでこの部も健全にしていけるかもと思っていますよ」


 仏田の言葉や態度は、部員達を相手にした後に表情や気持ちが荒みかけていたサラに安らぎを与えていく。


「……わ、分かったわよ。アンタは特別に、あまり強くは縛らないで、置いておいてあげるわ」


 そう言った後、照れもあったのか再び顔を逸らすサラ。


「で、でも! 実質的なリーダーはワタシって認識にしておきなさいよ!」

「なら、部長というよりチームリーダーがサラちゃんと言うことならどうですか?」

「良いわね! あ、それとこれから部員かき集めてくるけど、呼び方がサラちゃんじゃ威厳無くなるだろうから、部員とか外部の人間の前ではサラちゃんと呼ばないでね!?」

「分かりました。では、どう呼びます? 振る舞い的に女王様みたいですから、クイーンとでも呼びましょうか?」

「クイーン……良いじゃない! ワタシは、これからクイーン! クイーン・サラと呼びなさい」

「クスクス。かしこまりました、クイーン・サラ」

「ちょ!? 何を笑ってるのよ仏田! バカにしてるの!?」


 仏田から小馬鹿にされてるように思えたサラが仏田に食ってかかるが、それも照れからくるもので本気ではなかった。


 この出来事からサラはチームを一新し、女王&兵隊を結成。

 男の子が真面目に強くなっているだろうという、願望に近い想定をした条件を出して対戦相手を限定させていた。

 そして1年が経過し、サラが諦めかけた中でようやく、大和と出会えたのだった。

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