新生タクティクス・バレット始動
森林や岩場等、見渡す限り様々な自然環境が息づく広大な大地。
自然が好きで観光に来ている者なら、そこは楽しめるのかもしれないが、今そこを迷彩服を身に付けて駆けている少年にとっては、観光気分で楽しむ余裕は無い。
長く険しいと分かる道のり、いつどこから狙われるかも分からないこの状況は、緊張感と不安感から少年の神経をすり減らし続けている。
楽観視は、出来ない。
それでも少年が前に進めるのは、それが自分1人ではないと知っているからだ。
自分の後ろを見れば、自分と同じ道を進む仲間達がいる。
最初から戦線を共にした仲間もいれば、組んでから日が浅い者もいるが、例え短い時間しか紡げない絆だったとしても、仲間としての信頼は揺らがない。
少なくとも、その少年は仲間達を信頼している。
未来に向けて、共に踏み出していける。
少年が、更に前に走り続けようとした時だった。
突然、甲高く規則正しいアラーム音が聞こえてきた。
何かの異常かと思う間もなく、少年の意識はそこから急激に離れていった……
※ ※ ※ ※
それが目覚ましの音と認識した大和は、目を開けて体を起こす。
設定した時間を知らせるために今も鳴り続ける目覚まし時計のボタンを押して、アラームを止める。
布団から起き上がり、伸びをしたり体を前後左右に動かして、心身共にきちんと準備運転をする。
(……夢、なのか。何だか随分と実感がある夢だったな……WSGCで活躍したいと思う自分の願望が夢に表れたという事か? もし予知夢のようなものならありがたいけど……都合が良すぎるか)
夢の内容を思い返してはフッと軽く笑い、布団を片付けてから台所に向かう。
ここは大和が1人暮らしをしているアパート。
家賃や生活費は離れて暮らす父親が大和のためにと、毎月負担している。
大和としてはバイトでもしてそれらの費用を工面しようと最初は考えていたのだが、学業や部活等、学生らしい生活を送らせてあげたいとして、息子の環境を悪くしないようにしてくれている父親に甘える形になってしまっている。
せめて学生として、恥じる事が無いように学業を疎かにしないようにしつつ、サバイバルゲームで結果を出せるようにする事が、父の思いに報いるのだと思うように大和は努力をしている。
自炊や掃除洗濯といった、自分で出来る家事は自分で全てやるようにしている大和。
1人暮らしなので当然といえば当然だが、そこは男の1人暮らし。
単純に1人で出来るという意味であり、時間も無い中できっちり綺麗にやりきる余裕は無い。
行動の優先順位を決めた家事をこなし、朝食を済ませてから家を出る。
今日は日曜日で、学校の授業は無い。
だが、タクティクス・バレットはこういう日も公式戦が組まれている……というより、飛鳥が組み込んだものだ。
最近は公式戦の申し込みが殺到し、飛鳥が片っ端から受け付けようとしたのを角華が部員に無理強いさせないように選別し、最終的に日曜日だけ受け付けるという形に収まっていた。
駅に向かう道を辿ろうとした時、ふと自分のアパートの隣を覗いてみる。
そこは元々広い空き地だったのだが、少し前から建設業者が忙しそうに仕事をしていた。
(……確か、サラの加入と千瞳さんのスペリオルコマンダー認定を公表した辺りからだったな、工事が始まったのは……何が出来るんだろうか?)
敷地の広さ自体は大和の暮らすアパートの敷地全体と近いので、それほど規模の大きな建物は出来ないとも思う大和だったが、中を窺い知る事は出来ない。
(……まあ、出来てから見れば良いだろうな。それより今日は公式戦だからな、きちんと相手の情報は再確認して、油断無く挑もう。けど、今のところは活躍出来るかの方を心配しないといけないけど……)
大和はまだすぐには完成しなさそうな建物を気にするより、自分に関わる目先の戦いに集中するべく、自分達の慣れ親しんだフィールド、[DEAD OR ALIVE]への道を進んでいく。
※ ※ ※ ※
その日の午後。
タクティクス・バレットの、この日の公式戦が開始。
今回の相手は、複数チームからメンバーを選別してこの日のために結成された混成チーム。
しかも、タクティクス・バレットは選別した10名に対し、この混成チームは協議の結果、ハンディキャップ+40で挑む事になった。
つまり、最大で50名投入可能であり、きっちりその人数を用意してきた。
10名対50名、戦力差にして5倍という圧倒的な人数の偏りでの対決。
こうしたハンディキャップが設定出来るのは、双方のチームでの事前の合意によるものだ。
普通に考えれば、これだけの戦力差での対決など戦術や戦略でどうにかなるものでも無いだろう。
しかも、相手チームとて実力者を集めに集めた精鋭チームだった。
それでもこんな人数差がまかり通るのは、タクティクス・バレットのメンバーにそれを納得させられる者が存在するからだ。
『こ、こちらブルー1ー1よりレッド1ー1へ!! ブルー2、3、4の部隊が壊滅!! こちらも、気付けばもはや壊滅寸前だ……うっ!! ザザッ……!!』
『こちらはグリーン1ー1!! し、正面から襲撃を受けている!! ぶっちゃけ報告の余裕は無……き、来たっ!! うわあぁぁ!! ザザッ……!!』
全般の指揮官を任された 色上廉人は、各部隊から報告を受けては途中で通信が途切れる状況に、頭を抱えたくなる。
「お、おい、みんな! 他の部隊がどんどんやられてる! 何とか俺達だけでも結果残さないとヤバいぞ!」
「こっちもそれは分かってるよ色上リーダー……! でも、頑張ってるけどなかなか崩せないっての……! うわっ! やられた……!」
「アイツら、普通に上手いよ! 逆にこっちが押し込まれる!」
「褒めてる場合かよ!! 多分、俺達はまだ当たりな方だぞ! 何とか意地見せようぜ!」
焦りから指示らしい指示も出せず、ただ仲間を鼓舞するように叫ぶ色上だが、仲間からしたら今はそれどころではない。
(くそっ! いくらなんでも無茶苦茶な戦力過ぎるだろ! 当たりとは言ったが、俺達の前の奴らも相当に訓練されてる……連携や弾の命中精度が半端じゃない……! この受け持ちだけでも人数的に有利だったのに、どんどん減らされてる……でも、それ以上にブルーとグリーンの方が異常だ……!!)
色上は隙を見て、ゴーグルを操作する。
表示されたデータは味方のメンバー数を表すもので、最初はビッシリとナンバーが表示されていたのに、現在の数は既に5分の1以下にまでなっていた。
(撃破状況と報告の感じから察するに、例のあの2人の仕業だ! しかも目の前の人数から想定すると、きっとそれぞれ単体で動いてる……くっ、このままだと……!!)
現在交戦しているタクティクス・バレットの部隊を、確認したメンバーだけで全てを把握した訳ではなかったが、そのメンバー内訳を1:8:1と色上は予想し、それは当たっていた。
そして、この現状は色上にとって最悪の現状をも予想させる。
そうこうしている間にも、
「うわっ!」
「あっ!」
「しまっ……!」
自分のメンバーが1人、また1人と撃破されていく。
今や、自分を含めて3人。
「こうなったら 自棄だ! もう負けは確定してる……どうせなら1人でも道連れにするぞ! レッド1ー2はそこから正面の相手の横に回り込め! レッド1ー3は囮もしつつ俺と……」
簡単な戦術内容をレッド1ー3に説明しようとそこまで言いかけた色上は、信じられないものを見た。
壁にあった細い隙間、そこから弾が理想的な直線の軌跡を描いてレッド1ー3の頭部に被弾、特殊ベストを赤く染める。
「いっ……!!」
「う、嘘だろ……!? こんな細い隙間狙うとかどんな狙撃……」
「うわっ!!」
レッド1ー3の被弾状況に驚く間もなく、回り込もうと離れたレッド1ー2の叫びを聞いてそちらを振り向くと、少し離れた横の通路の奥からサラがこちらに走ってきたのが見えた。
「ようやく別の部隊見つけたわ! 始末してあげるから待ってなさい!!」
レッドメンバーを見つけ、嬉々としながらサラはぐんぐん距離を縮めていく。
「くそっ! 撃て撃て!」
色上は狙撃を防ぐために壁に背を預けつつ、たった1人となった仲間と共に、サラに向けて連射を放つ。
だが、サラの回避性能は2人程度の射撃ではもはや当たる見込みはない。
金に輝く髪と迷彩色のミニスカートを振り乱しながら、華麗な動きで弾を躱しながら接近し、最初に近くにいたレッド1ー2にナイフアタックをしかけて赤く染める。
レッドメンバー1人を撃破した勢いのまま、サラは色上にも駆け寄り、
「もう1人っ!」
ナイフを振り抜こうとする。
「ひいぃ!!」
色上は反射的に目を閉じてしまう。
そんな色上にナイフでの一撃を決めようと飛び掛かったサラだが、
「……っ! ととっ!」
何かに気付いたように、ナイフを引っ込めて色上の横を抜ける。
「…………あ、あれ?」
色上は、閉じた目を開く。
そして狙ってきたサラを呆けたように見つめる。
「あ、あの……何で、攻撃止めたんですか?」
「何でって、アンタ気付いてないの?」
不思議そうなサラに色上は首を傾げるが、その理由がゴーグルに表示された。
〔congratulation! perfectgame complete! winner is タクティクス・バレット〕
それは試合の勝敗を決める電子文章だった。
「あれ! 俺達負け……? だって俺まだ……あれっ!? ヒットされてる!? しかも……パーフェクトゲームで負け……」
色上は自分の特殊ベストが染まっているのを確認して、ようやく事態が飲み込めた。
「アンタはワタシが狙う前にヒット取られてたのよ。気付いてないならいざ知らず、もうヒットされたって分かってる相手に追い打ちやオーバーキルをするなんてバカな真似はしないわよ」
「よ、よくあの一瞬で、止められましたね……?」
「ワタシなら当然よ、ふふん!」
色上に向けるサラの笑顔は誇らしげだった。
色上がサラと対決するのは、実はこれで二度目。
女王&兵隊の頃はサラと対決出来るのは一度しかなかったのだが、サラがタクティクス・バレットに移籍した後は再戦も受け付けていた。
それもまた色上には驚きだったが、前までどんな相手に対しても冷たく応じていたサラを知っているだけに、こうして笑うサラは今までと良い意味で別人のように感じられる。
それが親しみやすさに繋がって再び人気が上がってきており、負けた評価に上塗りする要因となった。
今のサラを残念に感じるようになったのは、サラに冷たく罵られたかった一部の人間くらいである。
「それにしても……せっかくワタシが仕留めてアピールしようと思っていたのに、良いところ持っていっちゃって……風鈴の仕業? 後でリザルトを確認しないと……」
「サラ~!」
何やらブツブツと独り言を言い出したサラのところに、風鈴が駆け寄ってくる。
スナイパーライフルのL96を抱え、前の膨らみを上下に揺らしながら駆けつけてくる風鈴の姿はある種の迫力があり、色上は口をポカーンとだらしなく開けて見てしまう。
「むっ、来たわね、風鈴! 今日の相手はちょうど人数が良い感じに分散されてるし、戦術内容だとヒット数を比べられそうよね! どっちが多く仕留められたか勝負よ、風鈴!」
「わ、私はまだまだサラには敵わないよ~! 全然経験もサラのが上だし……」
「経験に差があるのに、一緒にやるようになってからの成績に差がそんなに付いてないから腹立たしいのよ! この前だってどっちが早く受け持ちの部隊を全滅出来るか勝負したのにほぼ変わらなかったし!」
「そ、それは能力的な利点もあったからだし……直接対決したらサラに絶対勝てないよ~! 追い込まれたら、私逃げ切れないと思うし……」
「ワタシのライバルがそんな情けない事を言うんじゃないわよ!」
と、色々な意味で対照的な2人が仲良く言い合っているのを見ている色上、
(……ああ、良いな~可愛い女子の会話って……こんな子達に言い寄られてみたいよ……)
というありがちな願望を妄想しそうになっていた。
その一方で、
(でも、さっきアピールがどうとか言ってたよな? こんだけ強くて実績もある可愛い子が、何にアピールするって言うんだ?)
という疑問も持った。
そしてその答えが、通路の向こうからやってきた。
「千瞳さん、サラ」
2人に呼び掛けて近寄る男子に、
「大和さん!」
「大和っ!!」
風鈴とサラは振り返る。
「2人とも、ご苦労様。まさかこちらの戦線まで手伝ってくれるとは思わなかったよ。フォローありがとう」
「いえいえ、大和さん達がほとんど倒されていたようなので、必要ないかと思ったんですけど……」
「大和の勝利のための障害は、速やかに排除しないとね! ま、まあ大和がカッコいい見せ場を作りたいっていうなら、ワタシは控えめにしても良いんだけど……夫を立てる妻みたいというか……って、つ、妻だなんて!! ち、ちょっと気が早すぎよね!!」
女子2人の明るい対応、特にサラの顕著過ぎる態度に、色上は全てを察する。
大和も2人に笑顔を返しつつ、色上に声をかける。
「ありがとうございます。パーフェクトゲームという事で今回は勝てましたが、運の要素もあると思います。良かったら人数の多いチーム全体の指揮官としての状況判断能力について、教えて頂きたいんですが……」
爽やかな笑顔の大和を、呆然と見返す色上……
「…………お……」
「……お?」
「お前に教える事なんか何もねえよ~~!! リア充馬鹿野郎~~!!」
悔しさと虚しさで、泣きながら、叫びながら、フィールド出口に走っていってしまった。
「えっ、と……」
「……行っちゃいましたね?」
「何あれ? せっかく大和が聞きたがっているのに教えないとか感じ悪いわね」
色上の心情には気付いてあげられなかった3人。
こうして、この公式戦にて試合と私情、あらゆる意味での敗北というパーフェクトゲームを人生に記録した男がまた1人誕生してしまった……
※ ※ ※ ※
公式戦終了後、タクティクス・バレットの控え室にて……
「準備は出来てるか? 大和」
「はい、問題ありません、忍足先輩」
「よし……1、2の、3でいくからな? いくぞ……」
飛鳥と大和が真剣な面持ちで向かい合っている。
手にはお互いに生徒手帳を持っており、何らかのタイミングを見計らっているようだった。
その周囲では、メンバーの何人かがその様子を見守っている。
「……1……2の……3っ!!」
飛鳥の掛け声で自身の生徒手帳を見せ、
「4だっ!!」
「6です」
同時に数字を知らせる。
「だあぁ~!! くそっ! 今回も負けか!」
理解した叫びと共に、飛鳥は悔しげに頭を抱える。
この数字は、公式戦で自分が撃破した人数。
飛鳥がメンバーに対して毎回行っているもので、意識を高めるために始めたというが、全体の成績も表示されているので一々こんな面倒な事をしなくてもすぐに比べられる。
楽しみは開けてからのお楽しみ的な発想であり、積極的に付き合って比べ合っているのは大和くらいなもの。
飛鳥の喜怒哀楽が見られるので双子の撮影的な意味で恒例行事になってきているのだが、チームで勝つ事の方が本来は重要なので、基本的に他のメンバーはあまり気にしてはいない。
「忍足先輩、相手チームの戦術的な偏りも若干ありましたし、狙えるかどうかは運もありますよ。あまり意識し過ぎなくても良いと思いますが……」
「分かってるさ……だがな、こういうのはその時々で戦績を比べるから面白いし燃えるんだろうが! それが勝負ってもんだろ!」
「忍足先輩のやる気は凄く好感が持てますよ」
「ふっ! 大和はいつもながら良く分かってるじゃねぇか! 次は勝ってやるから楽しみにしていやがれ!」
「はぁ~……アンタも毎回懲りないわよね、飛鳥……」
清々しい笑顔の飛鳥と大和だが、飛鳥に呆れ顔を向けて話かけるのは、しばらく眺めていた角華だ。
「次はって、現状じゃ勝率8:2で赤木君のが圧倒的に優勢じゃない」
「う、うるせぇな角華! こういうのは挑み続ける事に意味があるんだよ!」
「だと良いけどね? それに、強い相手と比べたいならむしろ風……」
「そ、それ以上言うな角華ぁ!」
なおも続けようとした角華の口を、慌てて塞ぐ飛鳥。
「(んんっ……!?)」
「(い、いいか、角華……アイツらにこの話を振るんじゃねぇぞ? さすがにアイツらと今は比べる気にはならねぇからな……)」
最初は非難がましい視線を送る角華だったが、必死に黙らせようとする飛鳥の顔が急接近してきたため、大人しくなる。
見物している周囲はニヤニヤとやり取りを見守る中、飛鳥はチラッと横を見る。
視線の先には、金色ショートウェーブの後ろ姿があった。
真剣な横顔はとても美しく、見惚れる者が出てくるのも頷ける。
そんな彼女が今何を見て、何を考えているかというと……
(…………今日のリザルト、相手チームは50人構成……対してワタシの撃破数、15…………す、少ないわ……半分もいってないなんて……!)
サラもまた、手に持った生徒手帳で今回のリザルトを確認していた。
その内訳こそ大分違うが、表情とは裏腹に本人的には飛鳥と同じく頭を抱えたい心境のようで、これまた飛鳥と同じく横を見る。
そこには渋い顔をしながら生徒手帳を操作している風鈴と、横で何かを説明している香子がいた。
「その項目は今まで対戦したチームの一覧を見れるの。それでチームの名前のところをタッチすると、登録されてるメンバーの名前とか、戦績が見られるのね」
「そ、そうなんだ。じゃあ、こっちは?」
「そこはランキング。どこのチームがどれだけ強いか、都道府県別と全国に分かれているの」
「わぁ~色々な情報が見れて便利だね、香子ちゃん!」
「ちょっと風鈴。アンタ、今さらそんな事確認してるの?」
香子から生徒手帳のサバイバルゲーム関連情報を学ぶ風鈴を見て、サラが呆れながら加わる。
「これを渡される時に、始めに説明を受けたんじゃないの?」
「うっ……な、何か難しくて、良く分からなかったというか……」
「風鈴ちゃん、機械苦手みたいで……だから、アサルトライフルとか電動エアガンも使うの苦手だとか……」
「あのね~……ワタシのライバルのアンタがしゃっきりしてくれないと、ワタシとしても自分で自分が情けなく……って機械音痴だからアサルトライフルすら今まで使ってなかったっての!? あれ、そこまで難しい機械!?」
「あぅ……」
本来のメンバーは周知の事実だが、初めて聞いたサラにとっては衝撃の事実に、風鈴が困った笑顔で肯定する。
サラは肩を落としてため息をついた後、気を取り直して風鈴を見据える。
「風鈴。サバゲーに関する情報については、今の内にしっかり覚えておきなさい。アンタの今回の戦績、自分で見た? ワタシと同じく15よ。このワタシに並んだプレイヤーなんていなかった。これはアンタの実力よ。それを誇りなさい。そしてこれからは、無様な負け方をしないように精進しなさいよ?」
偉そうに言うのではなく、サラの真剣味が伝わってくる。
サバイバルゲームが富と名誉にまで関わるようになった現代において、才能を磨きあげて実力を示し、その世界で価値を認めさせるほどの存在となったサラだからこそ、勝敗の在り方が周囲の評価に影響を与えて扱われ方が変わる事を実感していた。
サラも風鈴の実力をきちんと認めており、競い合うに相応しいとしてライバル宣言をしている以上、風鈴にはもっと高みを目指して欲しかったのだった。
「分かってる……全然経験が少ないから、今はまだサラと並べたって思えてないけど、サラに追い付けるようにもっと頑張るね!」
風鈴にもサラが自分に向ける気持ちがひしひしと伝わっており、返す笑顔にも意思の強さが表れていた。
それを聞いたサラは満足げに頷く。
「まあ、チームの勝利こそが本来の目指す形だから、無理にワタシ達だけで決めにかかる必要はないけど、やるからには2人で相手チームを半分ずつ撃破する勢いでこれからも勝ち抜いていくわよ、風鈴!」
「が、頑張るね!」
「目標が高いのは良い事だね、2人とも! 私も頑張らなくちゃ!」
「香子、アンタももっと努力すれば良い線行くから、風鈴共々にその邪魔くさい風船が萎む位に頑張りなさいね!」
「……じ……邪魔くさい風船…………わ、私だって好きで大きくなってる訳じゃ……」
「お、同じく……」
風鈴とサラの高次元ユニットに触発される香子だが、サラの一言に少し傷付く。
連動して、風鈴も勢いが沈む。
サラの失礼な言い方にも強く反論出来ないのは、それだけサラの見立てに一理ありと2人も理解しているからだ。
だがそんなサラも、
「サラ、2人も努力していない訳じゃないのは俺が保証するよ。だから、あまり強く言わないであげてくれないかな?」
「……そ、そうね!! ア、アンタ達2人はそのままでも十分よ十分!」
大和が絡むと、非常~に残念に思えてしまうようになる。
今までの冷静な評価や落ち着いた雰囲気も、大和の一声で頬を真っ赤にしながらこの手のひら返しぶり。
あの公式戦を終え、タクティクス・バレットに入ってからのサラは、大和に対しては異様な程に緩くなってしまっていた。
「ここ最近はメンバー全員が結果を出せてるし、意識は高いと思うんだ」
「そうよね! 確かにワタシが今まで見てきたどのチームよりも見込みがあるわ! 大和が所属しているだけあるわね!」
「俺が所属してるから実力がある訳でもないけど……今回のサラの戦績は、実際にさすがとしか言い様が無いから何も言えないのも否定出来ないし……」
「ああ……! 大和に褒められて幸せ……って、や、大和も凄いじゃない! 1人で6人もヒットしたなんて! しかも相手チームの最後の1人をワタシが倒す前に倒したのって大和なんでしょ? きちんと結果を残せる男って、素敵よ?」
「あ、ああ、ありがとう……でも、あれは偶然もあったし……何より戦績はサラのが遥かに上じゃないか……」
「ワタシの実力は大和あってのものだから、ワタシの戦績は大和の戦績! ワタシと大和、合わせて21人! これが大和の本当の戦績なんだからね!」
「そ、それは……どうだろう?」
という感じに、大和が苦笑いを浮かべてしまうレベルの持ち上げっぷり。
サラ本人は瞳を輝かせ、頬を染めながら大和を見つめていて、周りが既に見えていない様子。
試合の時はとても頼りになるサラも、こうなるともはや女王と呼ばれた面影は見当たらない。
これだけ大和に向けたあからさまなサラの好意はメンバーほぼ全員が認識しているのに、それに気付いていないのは……
(大和さんへの、サラの尊敬はいつ見ても凄い! それだけ大和さんが本当に凄いって事よね!)
(う~ん……サラの評価が高いのは喜ばしいけども……サラの期待を裏切らないようにしないといけないのは、プレッシャーが大きいな……)
ライバルの風鈴と、気持ちを向けられている大和本人だった。
※ ※ ※ ※
連勝記録を更新し続けるタクティクス・バレットは、女王&兵隊に代わって埼玉最強と呼ばれるようになった。
元々から埼玉トップの成績だった2チームであり、更に女王&兵隊の最主力たるサラがタクティクス・バレットにそのまま移った以上は当然と言え、これでもはや県内に敵無しとなった訳だが、
「う~ん……」
この日の予定を消化し、帰り支度を終えて他のメンバーの着替え待ちの最中、今までの戦績を生徒手帳で見ていた飛鳥が何やら唸っていた。
「どうしたのよ、飛鳥。まだ風鈴ちゃんやサラちゃんに拘ってるの?」
「違ぇよ。確かにアイツらにも先輩らしいとこ見せときたいのはあるが、今はそんな事で悩んじゃいねぇんだよ」
角華の問いに飛鳥はぶっきらぼうに返しながら、
「……う~ん。何かピンとこねぇな」
再び戦績を見つめては唸る。
「何がピンと来ないのよ?」
「最近、張り合いがねぇんだよ」
「張り合い? そりゃあ風鈴ちゃんやサラちゃんもいるし、みんなだってレベルアップしてるから簡単に連勝しちゃってて呆気ないと思うだけでしょ?」
「それもあるかもしれねぇが、どこか釈然としねぇ……」
「だから何がよ?」
「それが分かりゃ苦労しねぇよ」
はっきりと分からないため、角華には断定しての返答を避けた飛鳥だが、
(……俺達に挑んでくるチームに、どこか違和感があるんだよな……)
違和感の正体が分からないというのが、飛鳥の唸る原因だった。
現状、熟考出来るだけの材料が無いため、飛鳥の勘でしかない。
その後、帰路の間に公式戦での感想や反省を巡って一時メンバーと熱く議論を交わした飛鳥だったが、後輩メンバーと別れた後は再びその違和感に首を傾げる飛鳥を、玉守も不思議そうに見ていた。
「どうしたんだ? 飛鳥」
「名前通りに一人で勝手に悩んでるみたいなんだけど、理由が良く分からないのよね」
「うるせぇよ……一人とかってその弄り方は止めろ、角華」
「珍しいな? 普段そこまで悩まない男がな」
「普段だって悩んでない訳じゃねぇよ。その時間を短くしてるだけだ」
「ならいいが、あまり抱え込むなよ?」
「おうよ…………う~ん……」
言ったそばから唸る飛鳥に、角華と玉守は顔を見合わせる。
「煮え切らないわね~……気になる事があるならはっきり言いなさいよ」
「俺もただの勘だからはっきり分かってねぇんだって……!」
「おいおい、せっかく勝ったんだから夫婦喧嘩は止めた方が良いぞ?」
「「だから夫婦じゃ……!!」」
「あらまあ、ずいぶん騒がしいと思ったら!」
タクティクス・バレットでお馴染みな光景、飛鳥と角華のユニゾンツッコミを遮る声に振り返る3人。
「お前は……」
「仏田君じゃない!」
「こんばんは、皆さん。お久しぶりです」
声を掛けてきたのは、越山高校の仏田だった。
「やあ、仏田。こんなところで会えるとは、奇遇というべきなのかな?」
「いえいえ、皆さんの試合があるというので、観戦に来たんですよ。タクティクス・バレットがどれくらい強くなったのかをね」
「それは、サラ君の様子を見に来たという事かな? それとも、俺達を今後の対戦相手と見据えた敵情視察かな?」
「ふふふ、両方ですよ。とりあえず皆さん、もし良かったら今からでもお話したいんですけど、時間とかありますか?」
笑顔で誘ってくる仏田に乗った3人は、近場のファーストフード店で軽食を取りながら話をする事にした。