貧乏神は裏切らない 前編
「坊……俺は気付いちまったんだ」
「自分が伝説の名に相応しくないカスだってことに?」
「いや違ぇよナメんなよテメェ。この近辺じゃ俺の理想の女に出会うことが不可能だってことだ」
久し振りに鬼屋敷にお呼ばれしてやって来たはいいものの、出会い頭にお粗末な話を聞かされるこっちの身をなんと心得ているのやら。
「理想も何も、そもそも温羅兄の理想の女なんているわけなくない? 敢えて恥辱を好むドMかつ、全面的に夫に尽くそうとする女とか……」
「テメェの彼女とかそうじゃねぇか。俺としてはメンヘラな時点でお断りだがな」
「ハハハッ、そんなに血を見たいなら早く言ってくれればいいのに」
「じょ、冗談だ。だからその鎖鎌をしまえって。いつの間にそんな手品身に付けやがった」
「で、今更そんなことに気付いたのはいいとして、それで温羅兄は何を思ったわけ?」
わざわざ俺を呼び付けたってことは、何かしらまたアクションを起こそうとしているんだろう。いちいち俺に声を掛ける意図は謎だけど。
「……とあるプライドってやつがあったんだ。手中に収める女は必ず身近に住む女ってな。だが俺の周りにいる身近な女共は、どいつもこいつも俺の良さを理解しやがらねぇ。表面の性格しか見ねぇ馬鹿ばかりだ」
この人に表面も裏側もないだろうに。純度百パーセントのゲスのクズだろうに。
「身近の女は話にならねぇ。かと言って人間界に繰り出すのは、妖怪の身である以上は自殺行為。だったら他のアテはもう一つしかねぇ」
「頼みの綱は妖界だけってことね。それで?」
「あそこは妖怪の人口密度が高ぇからな。俺の理想の女に会える望みはここよりかは高ぇ。だが地道に探し回ってナンパするのも正直怠い。だから俺はとある店を利用しようと思ってんだ」
「店? 何の店さ?」
「キャバクラだ。あそこにゃ何種類もの“そういう店”があるからな。目星が付く女が見つかる可能性は高いだろ。水商売やってる女ってのは大抵尻が軽い雌豚ばかりだからな」
「うわぁ……」
水商売で生きてる女達に聞かれたら殺されるレベルの偏見だ。好きでやってる人ばかりじゃないというのに、なんて酷い言い草を……。
「で、だ。一重にキャバクラっつっても、一度も利用したことがねぇからよ。そこで坊に付き添ってもらおうと呼んだわけだ」
未成年にするお願いじゃない件について、この人はどんな考えをお持ちなのか。一度その頭の中を覗き込ませてもらいたいものだ。
「なんでそこで俺が出てくるの? 子分の鬼達を何人か引き連れて行けばいいのに」
「あいつらは駄目だ。今も昔もあの脳筋一筋だからな。他の女にゃ興味が向かねぇんだ。ったく、あいつの何処に魅力を感じるのか理解できねぇよ……」
「カス鬼のあんたにだけは言われたくないわよ」
「あ゛ァ?」
突然襖が開かれたと思いきや、温羅兄に冷めた視線を送る桜華が乱入して来た。
「おぉ、桜華久し振り〜。冬になってからほとんど遊びに来なくなっちゃったね」
「お久し振りです弥白様! 最近は計画――じゃない、色々と多忙で遊びに行けなかったんです。でもようやく落ち着いて来たので、また近々遊びに伺いますね」
序盤に物騒なワードが出ていたような気がしたが、敢えてスルーしておくことにする。触らぬ神に祟りなしだ。
「和やかムードに浸ってんじゃねぇよ。男の会話に女が水差して来んじゃねぇ」
「弥白様が鬼屋敷に連行されていくところを目撃した妖狐の子がいたから、こうして私が確認しに来たのよ。案の定、またあんたのくだらない思惑に弥白様を誘っているようだし、見に来て正解だったわ」
「テメェの価値観を押し付けてくだらない物判定してんじゃねぇよ。言わばこれは俺の婚活みてぇなもんだ。遊びじゃねぇんだよ、遊びじゃ」
「いや、婚活と言う名の奴隷探しの間違いだと思うけど」
「おい坊! 人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ! 俺はただ、俺の言いなりになる女が欲しいってだけだ!」
「それと奴隷の何が違うのよ……」
ごもっともである。
「婚活だか奴隷探しだか知らないけど、そんなことに弥白様を巻き込まないで頂戴。少しでもあんたのゲスが弥白様に感染でもしたら、雪羅に顔向けできなくなるんだから」
「男たるもの、少しはワイルドになった方が男らしさに磨きがかかるってもんだ。だよなぁ坊?」
「あぁ、うん、そうだね……」
ゲスとワイルドは完全に別物だと思うが、この人の中では同一のものらしい。だから色々と考え方がズレているのかもしれない。
「とにかく、これは俺達男の問題だ。脳筋は向こうの屋敷に戻って雑巾作りでもしてるこった。不器用なテメェじゃ雑巾一枚すら作れねぇだろうがな」
「厄介払いしようとしても無駄よ! さぁ弥白様、こんなところにいたらゲスの病原菌に感染してしまいます。九姉さんやコン子ちゃんも弥白様に会いたがっていましたし、狐屋敷の方に顔を出してくれると助かります」
俺の腕を引っ張って半ば強引に狐屋敷へと誘おうとしてくる桜華。
……なんだろう。このまま狐屋敷に向かえば只事じゃ済まない何かが待っていると、俺の勘が囁いてきているような気がする。
俺を養子にしようとしつこく迫って来ていた玉さんこと玉藻前。最近はめっきり何もして来なくなったが、あの人がただ黙って時を過ごしているとは思えない。
桜華には悪いが、このまま流されて狐屋敷に赴くのは危険度が高い。ここは温羅兄の方を尊重しておくとしよう。
「ちょ、ちょっと待って桜華。ここは敢えて温羅兄の願望を叶えてあげた方がいいんじゃないかな?」
「はぃ!? な、何を言い出すんですか弥白様!? もしやゲスの感染が時既に遅しと……」
「正常だから安心して。ちょいとお耳を拝借……」
「ひゃうっ!? や、弥白様!?」
温羅兄に聞こえないように背を向け、桜華の耳にこっそりと耳打ちする。
「冷静になって考えてみて桜華。あの温羅兄がついに身の回りの女の子から興味を無くしたんだよ。そして今度は妖界の女の子に狙いを定めたようだけど、どうせ妖界でも温羅兄の理想に叶う妖怪はいない。つまり、人間界にも妖界にも理想の女の子がいないことに後々気付くことになる。するとどうなると思う?」
「理想は幻想となり、ゲスの野望が潰えることになる……。そういうことでしょうか?」
「そうそう。そうなれば温羅兄も大人しくなるだろうし、もしかしたら性悪な自身の性格と性癖を見つめ直す可能性すらあるんだよ。だからここは一つ、温羅兄に付き添ってあげたほうが得策だと俺は考えてるってわけ」
「な、なるほど、そういうことでしたか。でもそんなに上手くいくでしょうか? なんといってもあのクソゲスですし……」
「やらないよりは試した方がいいでしょ。でも俺と温羅兄だけでキャバクラに行ったとして、万が一にも雪羅にバレた場合が洒落にならないから、桜華にも同行してもらえると助かるかな。二人で温羅兄の監視役として行ったとなれば、雪羅も事情を理解するだろうし」
「弥白様の頼みとあれば断る理由はありません! 分かりました、私も弥白様に同行します!」
「助かるよ」とお礼を言ったところでひそひそ話を終え、改めて温羅兄と向き合った。
「おいテメェら、今何を話してやがった。人前で堂々とひそひそ話しやがって」
「桜華にも付いて来て欲しいって交渉してただけだよ」
「あ゛ァ!? んな余計なこと頼んでんじゃねぇよ坊! そもそもキャバクラは女が行くところじゃねぇだろ!」
「いや、そんなことないよ? 女の子相手だからこそ話せることがあるってことで、実は女性がキャバクラにいくケースも珍しくないんだよ」
「マジかよ……。だがそれとこれとは別の話だ。誰が好き好んで俺が脳筋とキャバクラ行かにゃならねぇんだ」
「私はあくまで弥白様の身の危険を守るために行くんです。あんたには極力関わらないようにするから安心なさい」
「弥白様弥白様って、どんだけ坊に依存してんだか。そいつにゃ既に相手がいるってのに虚しい奴――」
「よーし行こう! さっさと行こう! 時は待ってはくれませんよ兄貴様!」
「お、おぉ……?」
「…………」
タブーな話に触れられる前に強引に話を区切った。つくづく空気の読めないゲス鬼だ。
桜華の無言の圧力にかなりの気まずさを――殺気にも似た何かを感じたが、気付かなかったフリをしておこう。
〜※〜
夜中の妖界なだけあって、ネオン街はアダルティな雰囲気を醸し出して活気に満ち溢れていた。そもそもこの世界は今や昼夜関係無しに騒がしいのだが。
酒で酔い潰れて路地裏にゲロを吐く妖怪。酔いのテンションで殴り合いを始める血の気が多い妖怪。集団でお祭り騒ぎに明け暮れる姦しい妖怪。誰も彼もが好き勝手し放題だ。
「相変わらずここは治安が悪いですね。それにお酒臭いですし……」
「我ながら場違い感が半端ないなぁ。ねぇ、本当に行くの温羅兄? 俺みたいな未成年がこんな所でうろついていたら捕まったりするんじゃないの?」
「そもそも妖界に法なんてもんは存在しねぇからな。最低限の法はあるって話だが、少なくともキャバクラに入ったくらいじゃ誰も咎めやしねぇよ」
この地域だけこんなに荒れているというのに、法が存在しない? 大丈夫なんだろうか妖界の治安。暴動とか起こった時に対処のしようがないのでは?
「そもそも妖界には“あの人”がいますから、目を付けられるような目立った行動に出る人が少ないんです」
「あの人? それって誰のこと? 天狗の親分とか?」
「天狗さんもそうですけど、一番影響力が強いのは山ちゃんです。ダラしなくて横暴な人ですけど、ああ見えて正義感がある人なんですよ」
「あ〜、なるほどね。分かる気がするよ」
妖界騒動の時には初対面でありながらも色々と助けてくれたことがあったし、正義感が強いことに関しては納得だ。だからこそ俺はあの人を姉御と呼び、敬っているのだから。
「今はあの野郎の話をするんじゃねえよ。変にフラグ立てて出会ってしまったが最後、キャバクラでナンパどころの話じゃなくなっちまうだろうが」
「それはそれで面白いけどね」
「テメェはな!? 俺からしたら地獄絵図でしかねぇんだよ!」
丁度妖界に来たことだし、温羅兄の件が終わったら姉御や呉葉に顔を見せに行っておこう。二人は今頃何処で何をしているのやら。
「店の数がえげつないけど、どの店に入るのか決めてるの? そもそもお金持ってるのあんた?」
「貯蓄に関しちゃ問題ねぇ。ただ店に関しては情報皆無だからな。何処が良いのかさっぱり分からねぇ」
「なんで事前に下調べもしてないのよあんたは。そういうところがダラしないのよ」
「るっせーな、細けぇことはいいんだよ。良い店をテメェ自身で探し出すのも醍醐味ってもんだろうが。だよなぁ坊?」
「いちいち俺に振られても困るんだけど……。キャバクラ初心者が適当に店選んだら地雷踏む確率は高いだろうし、俺としてはせめて一件くらいは目星を付けておいて欲しかったよ」
「キャバクラの地雷ってなんだよ。んな危険な代物があるわけねぇだろ。兵器工場があるわけじゃあるめぇし」
そういう意味の地雷じゃないことに気付いていない時点で、もう既に嫌な予感しかしない。せめて桜華や俺に被害が及ばないようにだけは心掛けておくとしよう。
「弥白様、キャバクラには地雷があるんですか? 害するお客様を追い払うために使うのでしょうが、それだとあまりにも危険性が高いような……」
こっちはこっちで久し振りの天然っぷりを発揮。微笑ましい分、まだ温羅兄よりは大分マシだが。
「そういう意味じゃなくて、要はほら……キャバクラってお金をぼったくる店が少なくないからさ」
「な、なるほど。金銭的な意味での地雷というわけですね。だとしたら、あのクソゲスが踏む可能性は大じゃないですか?」
「最悪の場合、俺達にも被害が飛び火してくる可能性まであるからね。仮にそうなった場合はトカゲの尻尾切りってことで」
「了解です。保守的行動を心掛けましょう」
「またひそひそ話かテメェら。妙なこと企んでる暇があるなら、周囲見渡してマシな店を見つけろよ」
人に頼む態度ではないが、言われた通りにして良い店を見つけ出すことに尽力する。
だが、あるのは見渡す限りのハードな店ばかり。子供の教育に悪い店しか見当たらない。味が濃くて胸焼けしそうなネオン街だ。
「まともなキャバクラらしき店が一件も無いぞ……。ここの連中の性癖どうなってんだ」
「温羅兄に一番言われたくない台詞ナンバー1が飛び出たねぇ。ドン引きしてるようだけど、同じ穴の狢でしょ」
「失敬だな、俺はまだ正常な方だろ。キサ坊みてぇな独特の性癖に目覚めちゃいねぇしな」
認めたくないだけか、それとも本当に素で思っていることなのか。だからいつまでもこの人はゲス呼ばわりされるのだ。
「いっそのことキャバクラに行くのはやめて、相席の酒屋でも探してみたら? そっちのが健全だし、真面目に出会いを求めている人が沢山いるでしょ」
「馬鹿野郎、それじゃ本末転倒だろうが。真面目な奴の中に根っからのドM女がいてたまるか」
「あんたはどうしてそこまでドMの女の子に拘るのよ? 何かきっかけでもあったわけ?」
「きっかけも何も、常日頃からテメェら狐屋敷の連中が俺を見下してくるのが原因だろうが。他者から永遠に見下されていると、こっちはこっちで誰かを見下したいという願望に目覚めるものなんだよ」
「そもそもそういう風になったのは、あんたが皆に対して迷惑を掛け続けたせいでしょう? 何を人のせいのように語ってるのよ図々しい」
「女をナンパして何が悪い!? 出会いを求めて何が悪い!? テメェみてぇなのが人間界でいう少子高齢化を加速させんだろうが!」
「『絶対服従の元で俺の女になれ女狐』が開口一番のナンパ台詞な時点で、あんたはもう不穏分子以外の何者でもないのよ! 逆ギレしてんじゃないわよ!」
牙を剥き出しにして睨み合いの火花を散らす犬と猿。
この二人が揃うとやはりこういうことになってしまうようだ。見慣れてしまったが故に、ほとほと呆れてしまう。
「喧嘩は止めなって二人共。二人の血の気の高さに姉御が反応してやって来るかもしれないよ?」
「ケッ……。だからこいつを連れて行くのが嫌だったんだよ。本来ならもっと良い気分で街を歩いていたはずだってのに、この脳筋のせいで台無しだろうが」
「私だって好きであんたなんかに付いて来たわけじゃないわよ。あくまで私は弥白様の付き添いよ」
「あーはいはいそうですか。つーかテメェ、自分の金は自分で払えよ。生憎テメェに奢る金は一切持ち合わせていないからよ」
「そんなことあんたに言われなくても分かってるわよ」
一気に雰囲気が悪くなってギスギスした空気に板挟みにされる。
こんな時に姉御がいてくれたら強引に仲裁してくれるのだろうが、十中八九あの人は自分の家で酒を飲んでいるに違いない。
「へいへーい! なーに機嫌悪そうな顔してんだよ温羅っちぃ!」
「あ゛ァ?」
ギスっている空気の中に、空気を読まない気分上々なる声が入り混じる。
肩を叩かれた温羅兄が後ろを振り向き、釣られて俺達も後ろに振り返ると、金ピカの服を着たファンキーなお爺さんが立っていた。
「……誰だテメェ?」
「なーに言ってんだ温羅っちぃ! 儂じゃよ儂! ほれ!」
センスのないダサいサングラスを外すファンキー爺さん。
「あぁなんだ貧乏神の爺さんか……って、あ゛ァ!? なんでそんな格好してんだ爺さん!?」
これまたメジャーな妖怪が現れた。
貧乏に呪われ、他者を貧乏に陥れる貧乏のスペシャリスト。人はその者を“貧乏神”と呼んだ。
だが、この貧乏神は間違いなく特殊だ。
その名の通り貧乏人であることが特徴だというのに、むしろこの貧乏神はリッチマンにしか見えない。だからこそ、温羅兄も驚いているんだろう。
「凄いじゃろ? つい最近パチンコで大勝ちしちゃってこの有様よ! ついに儂にも幸運の女神様が微笑んでくれたってことじゃろ! ヒョーホホホホッ!」
「マジかよ……。テメェのアイデンティティをテメェで潰してちゃ世話ねぇな」
「なーにがアイデンティティじゃ! 儂の野望は生まれた時から億万長者! そのためならば如何なるものを捨てる覚悟ありありじゃ!」
「テメェがそれで良いならいいけどよ……チッ」
貧乏神の後ろに纏まりついている綺麗な女の子達を見る温羅兄。
プライドを傷付けられたのか、つまらなそうに舌打ちしていた。
「それで、お主が連れてるその二人は何者じゃ?」
「あぁ、こっちは俺の弟分の坊。んでこっちが――」
「これじゃろ?」
貧乏神はニヤニヤしながら小指を立てて見せた。
瞬間、桜華の顔色が真っ青に染まり、全身に鳥肌を立たせて身を震わせていた。なんて分かりやすい拒絶反応だろうか。
「次その冗談言ったら張り倒すぞ爺さん。この世で最もされたくねぇ勘違いされっと、流石の俺も手が出んぞ」
「んじゃ妹か何かか。顔だけは良いのに勿体無い奴じゃなお主」
「余計な世話だ糞爺が。成金野郎はとっとと失せろ」
「まぁまぁそう怒りなさんな温羅っち。お詫びに儂が一肌脱いでやろう。この街に来たということは、出会いを求めて来たんじゃろ? 丁度今から儂一押しの店に行くつもりじゃから、儂の奢りでお主も連れて行ってやろう」
「しょうがねぇなぁ! そこまで言うなら付き合ってやるよぉ爺さん!」
まんまと貧乏神が垂らした釣り餌に引っ掛かるゲス鬼。さっきまでの怒りはどこいった。
「プライドの欠片もありませんねあいつ」
「己が得のためなら手段を選ばないんだよきっと」
ただ、欲で周りが見えなくなった者の末路は、大体が失敗者として幕を下ろすのが定石。温羅兄も無論のこと、例外とは言い難いだろう。
「おら行くぞテメェら! 女が待ってんぞ、女が!」
「「あーはいはい……」」
成金の横に威勢だけ良いゲス鬼が混じり、夜の街を闊歩する。
後ろに続くは美女軍団。そして、消極的になって力無く歩く俺と桜華。
……これもう帰ってもいいのでは?
「着いたぞ。ここが儂一押しの店じゃ」
高々とそびえ立つ建物の数々の中に紛れ込んだ、こぢんまりとした二階建ての建物。『ろくろっく』と書かれた店の看板が電光によって光り輝いている。
「あれ? なんかここ見覚えがあるような……」
「あら? あらあらあら? 久し振りね可愛いお兄さん」
温羅兄達が店の中に入って行くところを眺めていると、店の入り口の傍らに立っていた色っぽいお姉さんが近付いて来た。
そうだ思い出した。妖界騒動の時に俺に声を掛けて来たろくろっ首のお姉さんだ。口元のほくろがエロいとか想像してたっけ。
「久し振りお姉さん――って、あれ? なんで俺のこと覚えてるの? あの時は確か仮面を付けてたはずだけど……」
「私、可愛い男の子は匂いで覚えているのよ。それに相手が人間なら尚更ね」
獲物を見つけた肉食動物のように、ペロリと舌舐めずりをするお姉さん。エロさよりも怖さが際立って来た。
「あの時の約束守って遊びに来てくれたのね。お姉さん嬉しいわ。お兄さんになら沢山サービスしてあ・げ・る」
にょろにょろと首を伸ばして来て、俺の耳元で囁いてくる。
堪らず口元を塞ぎ、悪寒でぞくぞくする背筋の感覚を我慢する。弱点突かれちゃ俺もひとたまりもない。
「ちょ、ちょっと止めてください! 弥白様が嫌がっているじゃないですか!」
桜華の救いの手によって救出され、生まれたての子鹿のような足取りで桜華の背に隠れた。
「あら、怒られちゃったわ。もしかして貴女がお兄さんの恋人さんなのかしら?」
「こびっ!? ち、違います! 私は弥白様の……えーと……」
「従姉妹」
「……そうです従姉妹です」
「あら、そうなの? でも確かにそう言われたらしっくりくるわね」
「むぅ……」と口を尖らせる桜華。
従姉妹と言うのも少し躊躇っていたし、姉と弟という関係も気に食わないといったご様子。そりゃそうなるよねぇ……。
「可愛いお兄さんも好みだけど、可愛いお姉さんも好みなのよね私」
眼光を鋭くさせて桜華を見つめるろくろお姉さん。同性にまで手が届く許容範囲だったらしい。
「弥白様、このお店は危険です。既に私達の目の前に地雷があります」
「からかわれてるだけの可能性もあるけどね。あのお姉さん見るからにドSっぽいし」
「それはそれでムカつきますね。それで、どうしますか弥白様?クソゲスはもうお店の中に入って行ってしまいましたけど」
「そりゃまぁ、追うしかないでしょ。いざとなったら全力で逃げるけどね」
「分かりました。それでは、私達もお店の中に入らせてもらいます」
「は〜い。二名様ご案内よ〜」
売り子お姉さんから解放されて、未知の領域であるキャバクラへと足を踏み入れる。
奥に進むとだだっ広い客席が広がっていて、あちこちでてんやわんやと騒ぎ立てているお客の姿が見えた。
辺りを眩しく照らすミラーボール。血色で真っ赤に染まった店内の装飾。それは正しく、俺がイメージしていたキャバクラそのものだった。
「いらっしゃいませお客様。当店のご利用は初めてでしょうか?」
タキシードを着たクールな雰囲気のお姉さんが受付役のようで、さっきのお姉さんと比べると大分安心する。
「そうですね、初めてです。先に騒がしい連中が店の中に入って来ましたよね? 俺達はその人達の連れです」
「畏まりました。先程のお客様方は既にVIPルームにご案内しております。ですので、お客様方も二階にお上りくださいませ」
「VIPルーム……」
早速キャバクラ初心者が後先考えない行動を取っているようだ。嫌な予感は止まることを知らず、刻々と増長し続けていく。
「場所は二○一号室の個室となっています。二階に上がってすぐ右の部屋となっていますので、迷わないようにお気を付けくださいませ。それでは、良い夜をお楽しみくださいませ」
そうして俺達に一礼し、受付のお姉さんは去って行った。
その心遣いに感謝はするが、今夜は良い夜を過ごせそうもない。
言われるがままに二階に上がると、正面と左右に廊下が伸びていた。外装の割に結構広いようだ。建物の中を広くする妖術でも使っているんだろうか。
「上がってすぐ右の部屋、でしたよね」
右に曲がって一番近い部屋の部屋番号を見ると、二○一号室と書かれてあった。
ただの無機質なドアのはずなのに、ドアの隙間から深緑色の濁ったガスのような物が溢れ出ているように見える。
悍ましい幻覚のせいで、自分が病気にでもなったかと錯覚してしまいそうだ。
「弥白様、顔色が悪いですよ! やっぱり出ましょうこの店!」
「い、いや、大丈夫。体調は極めて万全だから」
桜華に心配を掛けまいと健康なフリを貫き通し、ドアノブに手を掛けてそっとドアを開いた。
「ウェーイ! もうじゃんっじゃん飲んじゃってー! ドンペリどんどん開けちゃってー! ついでにこの店で一番高い酒持って来ちゃってー!」
「俺の足を舐めろぉ! 俺に逆らうな! 俺に媚びろ! 絶対服従の元に跪けこの尻軽糞豚共がぁ!」
「「…………」」
その光景を前に、俺達は言葉も出なかった。
温羅兄達と離れてそんなに時間は経っていないはずなのに、温羅兄も貧乏神も全身が真っ赤っかになっており、酒の魔力によって完全に出来上がっていた。
貧乏神は札束を至る所にばら撒き、大勢の女の子達を一度に侍らせながら、山積みなった高そうなお酒をガブ飲みしていた。
温羅兄に至っては、規制がかかるような横暴な命令を湯水の如く言い続け、これまた大勢の女の子達を好き放題に弄んでいた。
酒池肉林の極楽浄土。そこはまさに、彼らにとっての天国だった。
ずっと溜め込んでいた願望が叶えられたからか、温羅兄のテンションはうなぎ登りを超越して滝登りしていた。
「あの、弥白様。これなんですけど……」
散乱したゴミの中に何かを見つけ、桜華がそれを手渡して来る。
手に取って確認すると、どうやらそれは伝票のようだった。
この世の物とは思えない数字の羅列。それが一体何を意味しているのかは明白であり、俺達が次に何をするべきなのかを告げていた。
「桜華」
「はい」
「逃げよう」
「ですね」
二人の意思が以心伝心し、今をもって俺達と温羅兄の関係は赤の他人となった。
「おーうテメェらぁ! 来るのが遅ぇんだよ馬鹿がぁ! 最っ高に楽しいからテメェらも早くこっちに――」
何も見なかったことにしてドアを閉め、地獄の門へと手招きしてくる悪魔の手を遮った。
取り返しの付かない現状から脱出するべく、回れ右をしてクルリと真後ろに振り向く。
「どうなされましたかお客様方?」
だが、刺客は既に俺達の元に送られていた。
先程の受付役のお姉さんを筆頭に、数人のお姉さん方が俺達を取り囲むように包囲網を敷いていた。
「いや……その……僕達は酒のテンションに付いて行けそうもないので、このままお暇しようと思いまして」
「そ、それでは失礼します……」
圧迫面接にも似た威圧感に耐えられず、桜華と共にお姉さん包囲網を抜けて階段を降りようとする。
だがその直前で受付役のお姉さんに後ろから肩を掴まれてしまい、出口という天国への進行を阻まれた。
「そちらのVIPルームをご利用のお客様方達ですが、お会計は後から来る二人が払うと聞き及んでおります。お帰り頂くのであれば、お代金をお支払いくださいませ」
「……弥白様、あれ」
階段の下にも既に手が回っており、通さんとばかりにお姉さん達が密集していた。
すぐ近くにあるはずの退路を断たれ、背後には目を光らせた刺客達。何が何でも俺達を逃がさないつもりらしい。
「桜華」
「はい」
「足の速さに自信ある?」
「それなりに心得があります」
「そっか、それは良かった」
口元が緩んでにへらと笑い、後ろ腰に差している羽扇の柄を握り締めた。




