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霊感少年の下克上

 俺の周りには常軌を逸脱した凄まじい妖怪達が数多く存在する。


 熊風をも圧倒する霊力を持つ氷柱女。最強の鬼と呼ばれた超人的な怪力を誇る茨木童子。三大妖怪と呼ばれる伝説級の妖怪、酒呑童子と玉藻前。


 他にも究極の武で無敵の強さを誇る山姫に、刀を握らせたら右に出る物はいない紅葉狩。今にして思えば、俺の周りにいる妖怪は猛者で溢れ返っている。


 それに比べて霊感が強いだけの人間である俺は、熊風襲撃事件の時や、妖界での騒動の時にも、最後の最後にはいつも誰かに助けられていた。


 最近の犬神の呪いの件に関しても同じく、精神的な問題であるにせよ、やはり俺は周りに助けられてしまっている。


 肝心な時に限って未熟さが仇となる。改めて過去を振り返ることで気付いてしまった痛手の部分だ。


 確証は無いにせよ、今後も似たようなトラブルに遭遇する可能性は十分にある。


 その時に面した場合、今の俺のままではどうなるか。九分九厘、また最後の最後で足を引っ張ってしまうのではないだろうか。


 肉体的にも精神的にも、今のままでは駄目なのだ。亀の歩みだろうと、脱兎の如くだろうと、成長しなくてはいけないのだ。


 付け焼き刃でも構わない。せめて自分の身を守るための決定的な術が欲しい。


 そんな相談を聞いてもらうべく、俺は山の奥底へ踏み込み、とある妖怪を呼び付けていた。


「というわけで、少しでもいいから強くなりたいんだよ。あわよくばめっちゃ強くなりたい」


「強ぅなりたい言うてもお前さんなぁ……」


 酒呑童子並みにでかい図体をした屈強な身体。背に六つの小さな雷太鼓を携えた雷の神様。建御雷神(タケミカヅチ)と呼ばれる、俗に言う雷様である。


 犬神の件で分かったが、神の文字が付く妖怪は群を抜いた優れた能力を持っている。それ故に、俺は身近にいる妖怪ではなく、仮にも神を名乗るこの風来坊の旅行好きの妖怪を呼んだわけだ。


「頼むよおやっさん、一応遊びってわけじゃないんだよ。珍しく本気で言ってるからねこれ」


「表現が大雑把過ぎやねん。具体的にどう強くなりたいか言ってもらわな、こっちも何をどうしたらえぇのか分からんねん」


「欲を言えば、指一本で一人の妖怪を圧倒できる強さが欲しい」


「大分欲張ってんかそれ? 要は武力的な強さが欲しいっちゅうわけか?」


「そういうこと」


 更にもっと欲を言えば、精神面も鍛えたいとも思っている。でもそれは俺個人の問題なので、追々どうにかしていくつもりだ。


 だから俺がおやっさんに求めるものは、端的に表現することができる物理的な強さ。きっとこの人なら何かしら強力な術を会得してるんだろうし、それを教えてもらおうとしてもバチは当たらないだろう。


「正直に言うわ。はっきり言って面倒臭い」


 しかし、やる気があるのは俺だけのようで、おやっさんは地べたで横になりながら頬杖をついて鼻糞を穿っている。神様の一角とはとても思えない態度である。


「そんなこと言わずにさ〜。馴染みの若者が成長しようとしてるんだよ? 若輩者の成長を促すのが神様としての役割だったりするんじゃないの?」


「神様なんて所詮はただの肩書きや。実際の話、ワイはただの旅行好きのおっさんやしな。それに今の時代に修行とか古臭いねん。暑苦しいのはスポ根漫画だけで十分や」


「身も蓋もない発言だなぁ。神様が神様を否定してちゃ世話ないよ」


「だってホントのことやもん。何が雷様や馬鹿馬鹿しい。雲から雷降ってくんのはあくまで自然現象やっちゅうねんって話や。何が楽しゅうてワイが直々に雷落とさなあかんねん。そんな暇があるならワイハーで甘い蜜啜っとるわ」


 と言いながらヤシの実を貪り食う雷様。


 それって本来飲んで楽しむ物なのでは? ピーナッツ感覚でヤシの実その物を食べる神様って、それは最早化物と呼称するべきではないだろうか。もしくは原人でも化だ。


 にしても困った。この様子だと、本当に俺に術を教えてくれないまま帰って行ってしまいそうだ。極寒の地でこの人の頭の中は常夏気分に染色されてしまっているし。


 致し方無い。妖怪(ひと)を売るのは気が引けるが、これも強くなるためだ。極小の犠牲を払ってでもこっちに振り向いてもらうとしよう。


「だったらこういうのはどう? 俺の修行が上手く言ったら、おやっさんと厠姐さんが一日デートできるように俺が口添えしてあげるっていうのは」


「なぬっ?」


 ピクリと反応を示すダラけ神。恐らくすぐに食い付いてくると思っていたが、案の定だったようだ。


 何を隠そうこの雷様は、同じ神様の(よし)みということもあってか、厠姐さんを女性として好いているのだ。


 普段は残念キャラとして判別されている厠姐さんではあるが、見た目は絶世の美女であることに変わりはなく、性格だって物腰柔らかな優しい性格だ。


 扱いが雑なだけで、本来は周りからモテるはずの女性なのだ。現にこうしておやっさんは厠姐さんにほの字なのだから。


 ……ただし、おやっさんは厠姐さんの“性癖(うらがわ)”を知らない。でもそれは知らぬが仏が好都合なので、バレない内は一生伏せておくつもりだ。


「どう? おやっさんにとって悪い条件じゃないと思うし、むしろ良い機会なんじゃないかな? おやっさんは色んな旅行スポットを知っているわけだし、女性のエスコートなんてお手の物でしょ。限られたチャンスを逃す手はないんじゃない?」


「む、むぅ……。しかしいきなり二人きりで旅行とか、厠神様も居心地が悪ぅなるんやないか?」


「そこはおやっさんの見せ所だよ。そもそも好きな女の子に振り向いてもらうことは、そう簡単なことじゃないんだよ」


 結果論ではあるが、雪羅と結ばれるに至るまで何度も死に目に遭っていたわけだし、嘘は言っていないはず。


「さぁ、どうする? これからも永遠に寂しい一人旅を続けるのか、それとも厠姐さんという可憐な花を添えた花紅柳緑(かこうりゅうりょく)なる旅に出掛ける機会を得るのか。男らしくビシッと答えてくださいよ」


「……しゃーないのぅ。お前さんの提案に乗ってやる」


「よっしゃ!」


 神様陥落。神様と言えども、所詮は好きな女の前では良い格好を見せたがる思春期男児の一人よ。


「で、俺から提案しといて何だけど、何をどうすれば強くなれるかな?」


「本来なら地道に筋トレでもして研鑽を重ねていくんがセオリーやろうが、お前さんは今すぐにでも強ぅなりたいんやな?」


「まぁ……そうだね。筋トレはこれからやっていくにせよ、すぐに強くなれるなら強くなりたいよ」


「ならお前さんにこれを貸しちゃる」


 おやっさんは褌の中に手を突っ込むと、ボロボロになった巻物を手渡しして来た。なんて場所に物をしまってんだ。


「ワイ直伝の虎の巻や。それには様々な術が記されてんねん。お前さんは霊力の使い方に関しては問題無しやからな。コツを掴めば覚えるのは早いやろ」


「……縮れ毛付いてるんだけど」


「ワイが使い古したものやから、多少ボロボロになっとるんや。それくらいは堪忍せや」


「使い古した物とかじゃなくて、褌の中に入れてたから付いた毛だよね? しかも割と長いんだけどこの毛」


「後ちょっと変な臭いも染み付いとるが、そこも堪忍せや」


「いやだから褌の中に入れてたからだよね? 小便臭いのはそういうことだよね?」


「一週間くらい経ったらまたここに集合や。ええな?」


「何にもよくないんだけど。これからお昼ご飯なのに食欲失せたんだけど。これどうやって管理すればいいのさ。永遠にアンモニア臭と寄り添うことになる修行とか嫌なんだけど」


「じゃ、ワイは行くで」


「おいコラ話聞けや」


 しかし終始耳を貸すことはなく、おやっさんは青空舞う天へと消えていった。


 自分勝手な都合であることは承知の上だが、いくらなんでも対応が雑過ぎる。おやっさん直々に教えてくれた方が効率がいいだろうに、教える側が一番楽な方法で対処していきやがったよあの神様(仮)。


 とは言え、折角借りた虎の巻を使わずにポイ捨てするのも勿体無い。せめて消臭剤の力を借りるなりして、衛生面だけでも整えるとしよう。


 こうして、俺の秘密の霊力訓練が始まったのである。




〜※〜




 翌日、俺は人気も妖気も無い山の奥地へとやって来た。


「それで我が宿敵よ。(いにしえ)より伝承されし禁術に悪しき手を染めるという話だが、具体的にはどういうことなのだ?」


 強くなるための修行というのが名目なので、今まで散々一緒に戦って来た相棒も一緒に強くなるのは必須事項。元々戦い好きというのもあり、タヌっちは『修行しよう』の一言で俺の申し出に即答してくれた。


「実は昨日、おやっさんに強くなりたいって相談してさ。それでこの虎の巻を借りたんだよね。大雑把に中身を見てみたけど、これがまた色んな術が記されてて興味深いんだよ」


「ほぅ? どれ、見せてみろ」


 あらゆる手を尽くして新品同然となった虎の巻をタヌっちに手渡し、中身を広げて大まかな内容を確認させる。


「な、なんと驚天動地(きょうてんどうち)なる巻物だ! これ程の禁術が湯水の如く記されていようとは!? これら全ての禁術を我が物にすれば、この世を混沌に沈めるのも不可能では無くなるのでは……?」


「本当にそんなことしようものなら、俺が君を地獄に沈めるけど」


「フッ、戯言を本気にするものではないぞ我が宿敵よ。冗談はここまでとし、本題に入ろうではないか」


「本題も何も、これを使って便利な術を覚えようって話なんだけど」


「そうは言うが、短期間にこれだけの禁術を物にするのは不可能であろう。まずはどういう系統の禁術を会得するのか、己に適合した術の方針を定かにするべきだろう」


「おぉ、流石は戦闘オタク。こういう時だけ頼りになるね」


「一言多いぞ戯けが。“だけ”とはなんだ“だけ”とは」


 自分にあった術を抜粋して身に付ける。今後の方針についてそのやり方には賛成だ。


 術と言ってもその種類は様々だ。いくら強力な術と言えども、自分の手足のように扱える術でなければ意味が無い。


 俺に適性のある術の方向性とは何か。まずはそこから見極めていこう。


「タヌっちは間違い無く撹乱系だよね。器用貧乏が板についた術しか使えないんだし」


「褒めているようで貶しているな貴様? 我は貴様と違い、日々鍛錬を欠かさず今日まで生き抜いてきた身だ。貴様が認識している今までの我だと思ったら大間違いであるぞ」


「へぇ、そうなんだ。だったら今ここで見せてみてよ。勿論、俺が見たことないやつね」


「馬鹿め、宿敵に晒す手の内があると思うか?」


「こっちは宿敵じゃなくて相棒と認識してるんだけど……」


「宿敵と書いてライバルと読むのが我らの関係性だ。よって貴様と共闘するのは緊急時のみ。それ以外に馴れ合いなど不要だ」


「そっか、分かったよ。じゃあこれは俺一人で使うから、タヌっちは今まで通り一人で黙々と修行を――」


「というのは冗談で、特別貴様には我の新たなる術を見せてやろう。だから見捨てないでくださいお願いします」


 恥も外聞も捨てて空中で土下座をする浮遊狸。


 初めからそう言えばいいものの、いつになったらこの厨二狸はただの狸小僧に戻ってくれるのだろうか。むしろ厨二が年々悪化してきてるとさえ思ってしまう。


「どうせなら実戦形式で見せてよ。久し振りに手合わせってことで。ルールはいつも通り、一発くらったら負けで」


「いいだろう。過去幾度となく貴様に敗北してきた我であったが、今日でその敗北の歴史に終止符が打たれることとなるだろう」


「フフフッ、果たしてそう上手くいくかな?」


 お互いに距離を取って間隔を広げ、大体十歩程度の距離を取ったところで足を止める。


「よーし、いつでもいいよ。何処からでも掛かってきなさい」


「その余裕と油断が命取りとなることを知るのだな! 行くぞ、我が宿敵よ!」


 タヌっちは地面に落ちている枯れ葉を何枚か拾い上げると、印を結んで天へと枯れ葉をばら撒いた。


「木の葉分身!」


 全ての枯れ葉が煙と共に爆発し、タヌっちの姿を模した分身に変化する。また手頃な技を覚えたものだ。


「……って、あれ? そもそもタヌっちって自分を叩けば分裂できるんじゃなかったっけ?」


「「「「「笑止! 分裂は我自身の身体を分けるため、身体が縮むデメリットがあるのだ! しかし木の葉分身はそのデメリットを解消したものなのだ!」」」」」


「覚悟!」と次に取り出したのは、何の変哲も無いただの小さなドングリだ。あくまで見た目だけの話だが。


 一斉にドングリを投げ付けてくると、阿吽の呼吸で同時に印を結ぶ。


「「「「「起爆玉!」」」」」


 ジッと様子を伺っていたところで、起爆という物騒な言葉に反応して、咄嗟に横に転がり込んでドングリを躱す。


 俺が立っていた場所辺りでドングリが爆発し、黄色い煙のようなものが拡散した。


「「「「「一息吸えば花粉症を引き起こすウイルスだ! 貴様には対応できまい!」」」」」


 なんて陰湿な術だ。花粉アレルギーで苦しむ人々を何だと思っているのか。


 このまま花粉が辺りに蔓延すれば、冬であるにも関わらず、花粉で鼻水地獄に(さいな)む未来が訪れてしまう。しかしそうは問屋が卸さない。


 おやっさんに“強力な術”をせがんだ俺だったが、実は強くなるためにせがんだ相手はおやっさんだけではない。もう一人だけ頼った相手がいるのだ。


 それは、妙な道具作りを趣味とした天狗の親分。彼からも昨日のうちに貰っているのだ。手っ取り早く強くなるための“秘密道具”を。


「不可能を可能にするのが霊感少年クオリティ! 花粉なんて霧散させれば問題ない!」


 後ろ腰に差している“それ”を引き抜き、右から左になぞって振り払う。


「天狗の(こがらし)!」


 羽扇を振り払うことで人工的な突風を引き起こし、俺の身を汚染しようとしてきた花粉を霧散させる。


 花粉は散り散りとなって上空に消え去り、代わりに今度は粉雪が吹雪となってタヌっちを襲う。


「「「「「ぐっ!? 嵐を操るとは小癪な!」」」」」


「まだまだぁ!」


 これはあくまで身を守る術であり、決して攻撃的なものじゃない。猛攻を仕掛けるのは次の手だ。


 掌に霊力を集中させ、大きな鬼火を発現させる。


 桜華と温羅兄から直々に教わったこの秘術に、天狗の羽扇の凩を混ぜ合わせるとどうなるか。その効果は既に実証済みである。


「鬼火の熱風!」


 雪をも容易に溶かす熱風を引き起こし、紅蓮の竜巻がタヌっちを分身共々吹き飛ばす。


「ぐぉおおお……」


 枯れ葉が天へと舞い上がり、一匹だけ実体であるタヌっちは真っ黒焦げになると、空気が抜けた気球のように力無く地に落ちた。


「はいまた俺の勝ち〜。残念だったねタヌっち」


「ぐふっ……。な、なんだその道具に術は? いつの間にこんな成長を遂げていたのだ?」


「この羽扇は知り合いの天狗に欲しいって言ったらくれたやつ。鬼火は桜華と温羅兄から最近教わった」


「それだけ強いのなら虎の巻に頼る必要ないだろうが……」


「今のは正当防衛の手段だよ。それに炎の竜巻なんてそう何度も使えないでしょ。木々に燃え移ったら危ないし」


 強力な術であることに変わりはないが、それでも使える場所が限られてしまうので、その欠点を補うための虎の巻だ。


 周りを巻き込まないかつ、相手をできるだけ傷付けないように戦闘不能にする。それが俺の目指すべき場所である。


「で、今の分身と花粉爆弾が必殺技だったわけ? やっぱり器用貧乏な術じゃんか」


「お前と違って俺は霊力が少ないんだ。できることが限られてるんだよ」


 気が抜けたのか、厨二状態から素に戻ってしまったいた。新たな技がまた通じなかったのがショックだったんだろう。


「ちなみに虎の巻に載ってる術はこれ以上に強力だから、タヌっちは相当戦闘力が上がるんじゃない?」


「……悪いが俺は抜ける」


「え゛っ……」


 タヌっちは黒焦げになったまま浮遊し、本当に家に帰ろうと帰路に着こうとする。


「ちょちょちょ待って待って。あんなに乗り気だったのに、急にテンション下がっちゃってどうしたのさ?」


「さっき言ったばかりだろ。さっきお前が見せた以上の大技しか載っていないということはつまり、俺の霊力じゃどう考えても実現不可能だ。意味の無いことに時間を費やすつもりはない」


「い、いやでも何かしら一つくらいは実現可能な術があるんじゃない?」


「そもそも俺は自分自身の力のみで道を切り開く派だ。根本的な話、物に頼ろうとした俺が浅はかだった。ということで、後は一人で勝手にやることだな」


 他に頼らず強くなることを求める相棒は、自分だけの強さを追い求めるように去って行ってしまった。


 こればかりはタヌっちのプライドの問題だから、俺がとやかく言うのは無粋だろう。こちらとしても強情に誘うつもりはない。


 他にも戦闘に興味を持つ妖怪の知り合いはいるものの、俺が思い付くのは術に頼らずとも腕に覚えがある者ばかり。結局は一人で術を覚えるのが無難のようだ。


「さてと……まずはこれから挑戦してみようかな」


 黙々と虎の巻の内容に目を通し、本格的な修行期間の幕が開いた。


 脆弱霊感少年の下克上。相棒の次に越えるべき相手は――




〜※〜




 修行期間開始日より一週間後。おやっさんが言うだけあって、元々霊力のコントロールに長けていた俺は、一つの術を覚えるのにそう時間は掛からなかった。


 タヌっちが言っていたように、覚える術の方向性を一つに定め、ひたすら同じ系統の術の訓練を繰り返す。そしてたかが一週間という僅かな時間で、今では完全に自分のものとしたいくつかの術を会得してしまった。


 今の俺ならば少なからず実力が伴っているはず。それを確認するべく、次に越えるべき相手をボロ屋敷の庭へと呼び付けた。


「というわけで、俺と今から勝負だ!」


「イヤです」


 決闘の申し出を一蹴し、雪羅はカタカタと身を震わせながらボロ屋敷の中へと戻ろうとする。


「まぁまぁそう言わないでさ。一回だけ、一回だけでいいから」


「イヤです」


「ほら、決闘で身体を動かせば体温上がるだろうし、身体を温めるにはいい機会なんじゃない?」


「イヤです」


「いやでも低温体質を克服するためにも――」


「イヤです」


 頑なに動かない意志は、部屋に戻ろうとするその寒がりな身体だけを突き動かす。


 雪羅の腹に手を回して行く道を遮る努力を試みるものの、これが中々に力強く、俺ごと引きずってボロ屋敷の中へと入ってしまう。


「た〜の〜む〜よ〜! 俺の為だと思ってやってくれよ〜!」


「イヤです」


「さっきからそれしか喋ってないじゃん! ボキャブラリーに乏しくてツッコミ役を担えるとでも!?」


「そんな役を引き受けた覚えはありません」


「……え? じゃあ今の雪羅の価値って何? ツッコミ役でもないってことは、ただの頭おかしいキチガイでしかなくない?」


「貴方にだけは言われたくないその台詞!」


 脳天に手刀を叩き込まれ、ぷっくりとたんこぶが腫れ上がる。いつの間にそんな怪力になっていたのか。


「強引に外に連れ出して来たかと思えば……。何時ぞやにも言ったでしょ? 私は冬限定で極力自分の能力を使いたくないの。只でさえ寒い環境の中で冷気を発生させるこっちの身にもなってよ」


「氷柱の一本や二本発現させるなんて、雪羅からしたら大した負担じゃないでしょ。吹雪を引き起こすわけじゃないんだし」


「たかが氷柱の一本を発現させるだけでも十分寒いんです。そもそも本気の決闘じゃないにせよ、私は貴方と戦いたくありません」


「ぐぐぐっ……なんと強情な。雪羅を越えるという俺の計画を序盤で潰すつもりか!」


「知らないよそんな計画。それに根本的な話、私を越えて一体何の意味があるの?」


「意味? そんなの決まってるじゃないか」


 グッと握り拳を天へと掲げ、俺は高らかに宣言する。


「恋人たるもの、彼女を守ってこその男というもの! でも俺達の場合は十割雪羅が俺を守ってくれている縮図になっている! そんな情けない縮図を改変するべく、俺は雪羅を越えるのだ!」


「別に十割ってわけじゃないと思うんだけど? 流石にそれは大袈裟だよ」


「熊風事件に犬神騒動! この二つの事件から一方的に救われている時点で、俺からしたら既に五分五分じゃなくなってるんだよ! そんなの俺のプライドが許さん!」


「そんなこと言われても、元々一番最初に助けてもらったのは私の方なんだし……」


「それはそれ、これはこれ! 兎にも角にも、俺は雪羅より強い男にならねばならぬのだ! だからこの一回だけお願いします。仮に雪羅が勝ったら何でも言うこと一つ聞くんで」


「……何でも?」


 勝利の報酬の常套句に耳を動かす雪羅。この条件で前向きに考えてくれるなら、俺としては安いものだ。


「ほんっとうに何でも言うこと聞くんだよね?」


「俺にできることならば」


「……しょうがないなぁ。なら今回に限って勝負を受けてあげなくもないかな」


「やった! それじゃ早速、庭で一手お願いしまーす」


 にんまりしながら何を企んでいるのか気にはなるが、俺が勝てば雪羅の企みもただの妄想と化す。要は勝てばいいのだ、勝てば。


 再び庭へと舞い戻り、雪羅はぐるぐると腕を回して久しくやる気を見せる。


 まるで水を得た魚のような元気っぷりだ。今更になって雪羅が勝った後の展開を想像して、ぶるりと身が震えてきた。


 ……いや、大丈夫だ、落ち着け弥白。相手はあの雪羅ではあるが、勝機はこちらにも十分ある。何せ、そのための一週間だったのだから。


 こちらも軽く準備運動を済ませ、棒立ちしたまま静かに目を瞑る。


「よーし……いつでもいいよ。掛かってらっしゃい寒がり女」


「目を瞑ってるようだけど、いいの?」


「いいよ。遠慮しないで殺す気できたまえ」


「自信満々なのが気になるけど……それっ!」


 小手調べのつもりか、まずは一本だけの氷柱を発現させ、俺目掛けて投げ放ってきた。


 甘く見られたものだ。その程度の攻撃など、俺からしたらただの威嚇行為でしかない。


「一応先は丸めてあるから刺さりはしないけど……って、えぇ!?」


 目を瞑ったまま右腕を伸ばし、人差し指と中指の間で氷柱をキャッチ。予想外の達人技に雪羅も思わず仰天の声を上げていた。


「フフフッ……。見えているぞ、つらら女よ。様子見なんてしてたらキリないよ?」


「ど、どうやらその自信は虚勢じゃないみたいだね。だったら今度は……」


 両手を左右に伸ばして広範囲に冷気を発生させると、空中に何十本もの氷柱を造形する。


「この数なら受け切れないはず。降参するなら今の内だけど?」


「ご冗談を。昔の俺ならいざ知らず、今の俺にとってその程度の氷柱を捌くのはお手の物なのだよ」


「その割にはようやく目を開いたみたいだけど?」


「ええからはよ来んかい。挑発とかいいから」


「そう? だったら遠慮なく!」


 両腕を左右に払って氷柱を操り、数十本の氷柱を一斉掃射。俺一人に向かって確実に飛来してくる。


 本来ならば天狗の羽扇で吹き飛ばすのが手っ取り早いけど、どうせなら雪羅を更に仰天させるような手段で猛攻を退けたい。


 氷柱の軌道は既に読み切った。後は俺の身体能力であれらを避けることができるか否か。


「見切ったぁ!」


 虎の巻より抜粋せし奥義の一つ。その名も『第六感覚醒』という、人智を超越せし究極の回避能力。


 飛躍的に反射神経と見切り能力を底上げし、弾丸すらも鈍く飛んで来るように感知することができるという、並々ならぬ秘術である。


「う、嘘でしょ? なんで今のを避けられるの!?」


「ん〜、なんでだろうね〜? 不思議だね〜? 分からないね〜?」


「うわっ、すっごいムカつくその反応」


 徐々に俺の挑発に過敏になってきたようだ。そろそろ本気を出してくれる頃合いか?


「大怪我しないように配慮してくれてるのはありがたいけど、一応これは決闘なんだから本気でやってくれないと。熊風を撃退した時の例の奥義とか使ってさ」


「弥白相手にあんなの使ったら洒落にならないから駄目だけど……」


 氷柱が通じないことを身を以て味わったことで、雪羅は一段階上の技を使役するべく、先程とは比べ物にならない量の冷気を発生させる。


「寒い寒い寒い寒いっ! 何が何でも絶対これで決める!」


 全身ガックガクに震わせて涙目になりながらも大量の冷気を発生させ続け、俺の周囲に巨大な氷塊が生えてくる。


 氷塊によって逃げ場を塞がれ、上だけが唯一空いているものの、跳躍したところで抜け出せるような高さではない。井の中の蛙ってこういう気分だったのだろうか。


「死にはしないだろうけど、怪我したら謝るから!」


「おぉぉ!?」


 急に空が暗くなったと思いきや、上空から数え切れない霰が降り注いで来た。しかも一粒一粒が野球ボールくらいの大きさで、避ける避けないの話じゃない。


 ……だがしかし、この絶体絶命の難局を乗り越えてこその強者への道。諦めるという文字は俺の辞書には載っていないのだ。


 周りは氷塊に囲まれて、上からは霰の豪雨。客観的に見ても逃げ道など何処にもない。


 であれば、自分で逃げ道を作ればいいだけの話。その手段が俺にはある。


 氷塊の中へと無慈悲に降り注ぐ氷の(つぶて)。数分間永遠に降り注ぎ続け、ピタリと霰の嵐が止む。


「……ちょっとやり過ぎちゃったかな?」


 氷塊が粉々に砕け散り、密閉空間が解放される。


「…………あれ?」


 しかし、そこにあるべき姿が見当たらず、雪羅は首を傾げた。


「いない……? でも逃げ場なんてなかったし、一体何処に――」


 いなくなった俺を探そうと一歩を踏み出した瞬間、俺は悪魔の笑みを浮かべ、雪羅の足首を掴んだ。


「グゲゲゲゲッ……」


「ひぃっ!?」


 地中より這い出て来た俺の姿にギョッとする雪羅。ホラー耐性皆無の雪羅にとって、このシチュエーションは心底悍ましいに違いない。


「いやぁぁぁ!?」


 力強く足首を掴んだまま、雪羅を無理矢理地中の中へと引きずり込む。


 首の下まですっぽり地中に埋もれ、首チョンパの完全拘束状態。戦闘不能であることは火を見るよりも明らかだった。


 雪羅から少し離れた場所まで掘り進み、新たに開けた穴から脱出した。


「これぞ心中土竜(しんちゅうもぐら)の術。自由自在に地中移動を可能とする優れ技よ。雪羅であろうとこの奇策は看破できまい!」


「…………」


「あっ……。ま、また新たなトラウマを植え付けてしまった……」


 余程怖かったのか、泣き顔で白目を剥いたまま気絶してしまっていた。まさか寒さよりも恐怖心が優ってしまうとは。


 結局雪羅が何を企んでいたのかは謎のままだが、恐らくは俺を辱めるような良からぬ悪戯か何かだろう。阻止しておくに越したことはない。


 にしても、本調子じゃなかったとはいえ、あの雪羅に対抗できるまでに俺は強くなってしまったようだ。恐るべし虎の巻の術の数々。


 圧倒的な力でゴリ押すのではなく、変幻自在のテクニックで相手を翻弄して勝つ。これこそが俺の必勝パターンと言えよう。


「いける……いけるぞ俺。これならもしかしたら……?」


 更に上の相手を目指すため、いっそのこと最強の妖怪に手合わせを申し込むのも一興かもしれない。


 例えばそう……最終的に俺が目標としている高みにいる妖怪。山姫という妖怪類最強の姉御に。


「フッフッフッ。俺より強い奴に会いにいくぜ……」


 期待と夢を胸に、最強の妖怪が暮らしている妖界へと向かった。




〜※〜




「あっ、お帰りお兄ちゃ――って、(にゃに)その格好!? ミイラ男!?」


「……めっちゃ激しく転んだ」


「おぉ帰ったかシロよ。帰って来て早々大変じゃろうが、雪羅がお主の部屋にお呼びじゃ。寒空の下に放置したまま何処かに行ってしまったお主に対して色々言いたいことがあるそうじゃ」


「……今日は玉さんの所に泊まってくる」


「残念じゃが既に退路は全て氷塊で塞がれ済みじゃ。かなり怒っていたようじゃからの。逃げようとすれば余計に刺激してしまうのではないかの?」


「……今度こそ死ぬかも俺」


 自分に酔い痴れて調子に乗った者は決まって博打に大負けする。その定義は確かなものであると、俺は身を以て味わったのだった。

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