主さんと妖怪の当たり前
弥白が初めて妖怪と出会ったのは、七歳になった頃。少し小生意気な口が聞けるようになり、今後の人格が構成されるであろう大事な時期であった。
「お姉さん、誰?」
トイレで用を足そうと二階から一階に降りて、ドアを開けた矢先に彼女はいた。
「フフッ、フヘッ、便器の味美味し……。フヘヘッ、フヘッ……」
その光景は、幼心に強烈なトラウマを植え付けるであろう異様な姿。狂人のようにくすくす笑いながら、ただひたすら便器を舌で舐め尽くしていた。
しかし、弥白は七歳という幼少の身でありながら、既に肝の据わり様が完成されていた。それ故に、彼女の奇行を目撃しているにも関わらず、悲鳴の一つすら上げることはなかった。
「汚いよお姉さん。僕立って小便するの下手くそだから、よく便器に飛沫が飛んでるんだ。そんなところを舐めてたらお姉さんの舌がおかしくなっちゃうよ」
「だからこそ舐め甲斐があるというもの! このトイレを新品同様に綺麗に出来るというのなら、私は喜んでこの身――もとい舌を捧げるつもりですよ!」
「愛、ひぃさん呼んできて。トイレに変態さんがいるって」
「ニャー」
弥白は冷静に状況を判断し、頭の上に乗せていた白い子猫を床に下ろした。
子猫はとっとこ何処かへ行ってしまうと、少しして日和(ひぃさん)を連れて弥白の元へと戻った。
「ひぃさん、ここに紛う事なき変態のお姉さんがいるよ。変態って男の人だけだと思っていたけど、女の人でもいたんだね」
「……お前が何を言っているのかさっぱり理解できないんだが」
トイレを指差して変態の存在を主張する弥白を見て、日和はじっとりとした目で弥白を見つめながら呆れた反応を示していた。
当時、日和は妖怪を見ることができない非霊能者だった。そのため、弥白が何を言っているのか理解ができなかった。
「私の貴重な時間を無駄にしたな。アホ臭い真似は今後するなよ」
「アホ臭い真似なんてしてないよ。むしろこのお姉さんがアホ臭い真似をしてて……」
「ついでだから便所掃除でもやっとけお前。人に嘘ついて遊んでる暇があるなら労働で私に貢献しろ」
「嘘なんてついてないのに〜。しかもまた人を顎で扱き使う〜」
「いいから、やれ。私は寝てるからな」
「はーい……」
日和は弥白の話を信じることはなく、そのまま自分の部屋へと去って行ってしまった。
「ひぃさんには見えてなかったのかな? 僕達には見えているのに不思議だね」
「ニャー?」
弥白は首を傾げる愛を持ち上げて、再び頭の上にちょこんと乗せた。そしてまたトイレの変態と身を向かい合わせた。
「ふぅ……。よし、こんなものでしょうか。これでしばらくは快便間違い無しのトイレとなったでしょう!」
弥白達が少しを目離している隙に、変態は粗方便器を舐め終えていた。
便器は新品同様に宝石のような煌めきで輝いていて、むしろ新品よりもより高価な値段が付きそうな神々しいトイレに様変わりしていた。
「お姉さん、変態なのに凄いね。トイレがピッカピカになっちゃったよ」
「勿論ですよ。なんと言っても私は厠の神様ですから。それと私は変態じゃないですからね?」
「厠の神様? 変態のお姉さん、仮にこの世に神様なんて人が本当にいたとしたら、世の中の人達は皆幸せになってるはずだよね。でも現実っていうのは非常に残酷で、貧困に苦しんでいる貧しい人達が世界中に沢山溢れていて――」
「その歳で現実主義者って、貴方今までどういう教育受けてきたんですか!? いくらなんでも饒舌過ぎますよ!」
日和は幼い弥白が相手だろうと、決して甘やかすことのない教訓を施していた。
利益に対して労働で対価を払わせ、子供の時期にはまだ早過ぎる知識のみを植え付ける。その結果として、見た目は子供で中身は若干大人と化した、ませた子供とはまた違った変わり者の子供が誕生した。
ただそれでも、捻くれることなく真っ当には育っていた。それは弥白自身の賜物か、それとも日和の教育方針が弥白に適合していたのか、今となっては定かではない。
「神様と言っても、人々を救いに導くような神々しい存在と言うわけではないんです。私は妖怪の一種ですから」
「ようかい? 何それ?」
「あら、知らないんですか妖怪? 分かり易く説明すると、人ならざる不思議な生き物と言ったところでしょうか」
「お姉さんは人間じゃないの?」
「えぇ、人間じゃありませんよ。と言ってもこの見た目ですから、然程人間とは変わらないのかもしれませんね」
「なるほど〜。つまり妖怪というのは、人間の皮を被った変態ってことなんだね」
「やめてくださいその表現! どうやらまずは変態という認識を改めてもらう必要があるようですね……」
子供はスポンジのように知識を吸収する生き物であると理解していた厠神は、このままでは妖怪=変態と認知されてしまうことを恐れ、自分以外の妖怪を見てもらおうと考え至った。
「貴方、お名前はなんていうんですか?」
「人に名前を訪ねる時は、まず自分から名乗るのがマナーなんだよお姉さん」
「……本当に子供ですか貴方?」
弥白に背を向けて一度咳を立てて仕切り直し、厠神は今一度弥白と顔を合わせた。
「私は厠神と言います。その名の通り、厠の神様ですね。主に家の厠に取り憑いて、そのトイレを清潔に使用してくれる方を快便にすることを生業としています」
「じゃあそのトイレを不潔に使用したらどうなるの?」
「私がそのトイレをピカピカに磨いて終わりですね」
「そっか〜……。逆もまた然りってパターンなら、悪霊としてお祓いしてもらおうと思ってたのに」
「酷いこと考えますね!? 誰かに害を及ぼすようなことはしないので、乱暴するのはやめてください!」
「冗談だよ。俺は弥白で、頭の上に乗ってるのは愛。将来の夢とか特に持ってない、子供にしてはつまらない子供として育ってしまった悲しい少年だよ」
「もっと他に自己紹介の仕方があったのでは……?」
「名前だけ覚えてもらえればそれでいいよ。自己紹介ってそういうものでしょ? それで、お姉さんはいつまでここにいるつもりなの?」
「そんなことよりシロちゃん。貴方はどうやら霊感体質のようですね」
「露骨に話逸らしたね」
気まずそうに視線を逸らす厠神だが、弥白の都合に構わず話を続ける。
「妖怪が見える人間というのは、私達にとって非常に嬉しいことです。でも貴方は妖怪に対して間違った認識をしているようなので、まずはそこを訂正してもらえるようにしたいと思っているんですが、宜しいですか?」
「別にいいけど、具体的に何をするつもりなの?」
「実は近くにもう一人妖怪がいるので、その子を見てもらいたいんです。そうすれば妖怪=変態という認識が改まるはずですから」
「へぇ、そうなんだ。それで、その妖怪は何処にいるの?」
「すぐ近くの空き地です。良ければ私について来てください」
そう言って表に出て行く厠神の後を追い、弥白も靴を履いて外へと出て行った。
家から見えるすぐ近くの空き地までやって来ると、厠神はぴたりと足を止めて、釣られて弥白も足を止めた。
「あら、おかしいですね? いつもならこの辺で遊んでいるはずなんですが……」
「ちなみに、その妖怪ってどんな妖怪なの?」
「狸小僧と言いまして、分かり易く言い表すとすれば、言葉を交わせる二本足歩行の狸といったところでしょうか」
「ふーん……。テレビ局に持ち込んだらお金になりそうな生き物だね」
「妙なこと企まないでください! そもそも妖怪は一般人の目に付きませんし、そんなことしても無駄ですからね?」
「冗談だよ。それで、肝心の狸がいないようだけど、今は他の場所にいるってこと?」
「どうやらそうみたいですね。でもそこまで遠くに行っていないと思いますから、この辺りを探せばすぐに見つかると――」
と、空き地を出て他の場所を回ろうと思い至った時だった。
「フハハハハッ!」
突如、空き地の何処からか、何者かの高笑いが聞こえて来た。
二人は辺りをキョロキョロ見回すが、高笑いした主は影も形も見当たらない。
「狸君ですか〜? いるなら出て来て欲しいのですが〜」
「ならばその節穴で探してみるがいい! 盲目なるその眼では、我を捉えることなど不可能だろうがな!」
「もう、今度はかくれんぼですか? 後で一緒に遊んであげますから、今は私の話を聞いて欲しいのですが」
「笑止! 遊びと呼ぶなど不届き千万! 妖怪たるもの、常に己の恐れを磨くことを心掛けるのが必然の理! これもその己磨きに他ならない! 貴様も妖怪であるという自覚があるのなら、まずはその乏しい洞察力を――」
「愛先生、お願いします」
姿が見えない狸小僧の長台詞を遮り、弥白は頭の上から愛を下ろした。
愛はとある方向にとことこと真っ直ぐ歩いて行き、小さな草むらの前で止まると、弥白の方に振り向いて「ニャー」と鳴いた。
「あっ、いた? じゃ、取り敢えず一回引っ掻いちゃおうか」
再び「ニャー」と鳴いた愛は、右の前足の爪を立てると、草むら目掛けて右から左に引っ掻いた。
「いっでぇっ!?」
すると、草むらしか見えなかった場所から、一匹の子狸が飛んで出て来た。
茶色い毛並みに、片目に眼帯をつけた、普通の狸に見えて普通の狸ではない妖怪。彼が狸小僧であることを悟った弥白の目は、何処か冷めているようだった。
「き、貴様ぁ! 出会い頭に奇襲を仕掛けて来るとは、正々堂々という精神はないのか!」
背中を引っ掻かれた狸小僧は激しく憤り、目の前にいる愛を睨み付ける。
対する愛は呑気に欠伸を漏らしていて、まるで相手にしていなかった。
「先手を打てたからといって余裕か! その油断が命取りになることを知らぬのか! おい! 聞いているのか子猫! 貴様ぁ!」
地団駄を踏みながら顔を赤くしてカンカンに怒る狸小僧だが、やはり愛はまともに相手にすることはなく、今度は近くを飛んでいた蝶々に目を奪われていた。
「愛おいで〜。そこの狸の側にいたら、何かしらの病原菌に感染しちゃうよ〜」
「誰が病原菌だ小童!」
愛はしゃがんで手を叩く弥白の元に戻って行き、弥白の身体を伝って頭の上に寝転んだ。
弥白は厠神と狸小僧を相互に見て「ふーん……」と意味深に呟き、精気が込められていない目を浮かべた。
「お姉さんの言う通り、妖怪は変態じゃなかったね。“態”じゃなくて“人”だってことがよく分かったよ」
「そうですか、それは良――くないですねぇ!? 変態でも無ければ変人でもありませんから!」
「じゃあお姉さんに聞くけど、自分が変わり者じゃないって堂々と人前で言い切れる?」
「…………」
黙秘する厠神。その反応を弥白は肯定として捉えた。
「あの狸も狸だよ。まるで珍妙を絵に描いたような生き物じゃんか。そもそもなんで眼帯してるの? もしかして格好良いとか思ってるの? 痛いだけだってお姉さんも分かっているだろうに、ちゃんと現実を教えてあげないとあの狸が惨めで可哀想だよ」
「ドSの鏡ですか貴方は……」
「というか聞こえてるぞ! これは我の眼に宿る抑えきれない邪を封印しているだけであって、決してお洒落で付けているものではない!」
「あそっ。じゃ、俺と愛は帰るんで」
「言いたい放題言って終わりか!? 何様だ貴様ぁ!」
〜※〜
「それがクソ付き便器と狸との出会いだったらしいぞ」
「懐かしい話ですねぇ……。あの頃のシロちゃんは尖りに尖ってて、私は何度罵詈雑言を浴びせられたか覚えていません」
「俺……じゃない、我の全てを全否定されたことは、今でも昨日のように覚えているな。この聡明な記憶は今後も一生残り続けることだろう。だからこそ、我は奴に勝たねばならぬのだ。あの日の屈辱と雪辱を晴らさんがために」
思い出話で和やかな空気に浸る三人。
「それ愛さんの話じゃなくて貴方達の話でしょうがぁ!!」
なんて言ってやろうかと迷っていた矢先、私の代わりにサトリちゃんが机を叩いてシャウトした。
「スポットライトがほぼ愛さんに当たってないですよ! 厠姉さんとタヌっち君の話なんて今はどうでもいいんですよ! ほら、見てくださいよ雪羅さんの顔を! 甘柿を食べたつもりが渋柿を食べてしまったような微妙な顔になっているじゃないですか!」
「パッとしない例え方だな。今更無理して知的キャラ演じようとしても、お前はブラコンキャラで固定されてるから無駄な足掻きだぞ」
「キャラの訂正を試みてるわけじゃありませんから! 今は真面目な話をしているんですから、話すべき論点を再確認した上で、今一度話してあげてくださいよ!」
「ギャーギャーと煩い奴だな。そもそも私に真面目さを求めることが間違ってると思うがな」
「いいから早く! 厠姉さんもタヌっち君も身の程を弁えるように!」
「えぇ……? 話していたのはひぃさんなのに……」
言って欲しいことを全部言ってくれたことで、私の何もかもの手間が省けた。
この様子から察するに、サトリちゃんはこの家のまとめ役なんだろう。毎日この調子で苦労しているのかと思うと、同情してしまう。
「わーったよ。要は白猫とあの馬鹿に焦点を当ててやればいいんだろ?」
「その通りです」
「仕方無いな……。さて、何処から話したもんか……」
ブツブツと文句を呟きながらも、ひぃさんは再び弥白の過去話を再開した。
〜※〜
厠神と狸小僧が弥白の実家に住み着いて、数年という時が過ぎていた。
未だに日和には存在を認知されていないが、だからこそ二人は小言の一つも言われることなく、家に取り憑くように滞在できていた。
当時は若干邪険に二人を扱っていた弥白であったが、コミュニケーションを積み重ねていくに連れて徐々に心を開いていき、今ではすっかり家族ぐるみの付き合いをしていた。
学校が終わると弥白は寄り道せずに真っ直ぐ家に帰り、皆がいる自分の部屋へと赴く。それが弥白の日課となっていた。
「よーしよしよし、愛ちゃんは今日も可愛いですね〜」
弥白が自室へと帰って来ると、厠神が膝の上に愛を乗せて、喉やら背中やらを撫でて愛で尽くしていた。
愛も気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いて、ぐったりとした様子で厠神に身を預けている。
日常に潜む微笑ましい和やかな光景。朗らかな二人の姿に思わず弥白も――
「…………チッ」
険悪な表情で舌打ちしていた。
「あっ、おかえりなさいシロちゃ――え? ど、どうしました? 物凄く不機嫌な顔になってますけど」
「別になんでもない……」
つまらなそうな顔でそっぽ向き、背負っていた鞄を部屋の隅の方に投げ捨てる。
「ぐぇっ!?」という間抜けな声が聞こえ、弥白は鞄を投げ捨てた方を見ると、鞄の下敷きになってうつ伏せに倒れている狸小僧の姿を見つけた。
「周りもみずに無造作に物を投げるな! くそっ、後少しで解けたものを……」
手に持った知恵の輪を弥白に見せ付けながら憤る狸小僧。
しかし弥白は狸小僧に目もくれず、背中を向けて横に寝そべり、頬杖をつきながら微かに鼻を鳴らしていた。
「ニャー」
愛は厠神の膝の上から飛び降りると、とことこ歩いて弥白の背中に右前足でとんとんと叩いた。
「…………ふんっ」
普段の弥白ならばすぐさま激しい反応を示しているが、拗ねたようにまた鼻を鳴らし、それ以外に反応を示さなかった。
そんな弥白の様子を見て全てを察した狸小僧は、呆れて頭を抱えていた。
「この程度で“嫉妬”するのか。まだまだ子供だなお前」
「はぁ!? 別に違いますけどぉ〜!?」
ドキリと反応を示したと思いきや、急に大声を出して立ち上がる弥白。図星を突かれているのは明白であった。
「別に愛が何処で誰とイチャついていようが関係無いしぃ!? 俺学校で忙しいから、その間に好き勝手やってればいいと思ってるしぃ!? 俺の目の届かない場所で何処ぞの雄猫とズコズコやってればいいと思ってるしぃ!? 俺だけ仲間外れで遊んでても別に気にしないしぃ!?」
涙目になって地団駄を踏みながら捲し立てる。愛に対する執着心が大きいからこその反応であった。
「思ってもないことを口にするものじゃありませんよシロちゃん。それに愛ちゃんは、シロちゃんが帰って来ない限り外に出ることがないんですよ」
「知ってるよそんな当たり前のことくらい」
言葉を交わして意思の疎通ができない人間と猫という関係なれど、二人はその境界を越えていた。
一人で外に出るのは危険だと、その昔に弥白は愛に強く言い聞かせていた。
元々自由気ままに動き回るのが猫の本質であるが、愛は常に弥白と共に生活を送っていた影響があってか、一人で身勝手に行動するということは一切せず、常に弥白の意思を尊重していた。
何処に行くにも必ず一緒で、何かをする時も付かず離れずお互いに寄り添う。それはまるで、仲の良い本当の兄妹のようであった。
だからこそ、それほどまでに強い絆で結ばれているからこそ、愛に対する弥白の独占欲は膨大なものであった。
「俺のことを一番に想ってくれてるのは分かってるし、その逆もまた然りだけど……。厠姉さんが執拗に愛とイチャついているところを見ると、軽く殺意が芽生えるんだよ」
「し、仕方無いじゃないですか。愛ちゃんは人懐っこい性格ですし、それでいてこの可愛さなんですよ? 本能的に可愛がりたいという衝動に駆られるのは当然じゃないですか」
「くっ……。それを言われると納得せざるを得ない!」
弥白は悔しそうに唇を噛み締めながら、本能のままに愛の顔を撫で回す。
愛は気持ち良さそうにゴロゴロと鳴くと、お腹を見せるように寝そべって無防備な姿を晒す。飼い主に対する信頼の証の所作であった。
「いつも思うけど、愛のこの姿を見せられるとムラムラしてくるんだけど、これって別におかしなことじゃないよね?」
「……お前そろそろやばいぞ」
平然とした顔で物申す幼子とは思えない発言に、狸小僧は青白い顔で一歩退いていた。
「仲が良いのは結構なことだが、その境界線を越えたら終わりだぞ。少なくとも、お前は二度とまともな人間を名乗れなくだろうな」
「周りからはもうまともな人間に思われてないし、俺にとっては今更なことだよ」
「既に自覚して吹っ切れていたか……。救いようの無い奴だな」
この頃から既に弥白は、村の人々から距離を置かれた存在として認知されていた。
その原因としては無論、妖怪達と話を交わしている姿を目撃されているからだ。
何もないところで誰かと話をしている気味の悪い子と、子供から大人まで幅広く認識していて、唯一話をしてくれるのは一部の年寄りのみ。ほとんどの人々は、弥白と関わりを持たないようにしていた。
更に弥白は、良い評判が全くない日和の元で暮らしている。妖怪云々の前に、“日和の子”という時点で距離を置かれる存在になることは、最早必然的な話であった。
最初は周りの目を気にして、妖怪や日和以外の人と繋がりを持とうと、あれやこれやと行動していた時期があった。
が、その結果は全て無駄に終わっていた。
というのも、弥白のコミュニケーションの取り方が奇想天外なことばかりであり、それこそ極度の変人と表現せざるを得ないことばかりをしてしまい、自分で自分の評判を悪化させるという本末転倒な所業を成してしまっていた。
後に弥白は『自分は他の人達とは違うんだ』と悟るようになってしまい、やがて人間という生き物から視野を外し、日和を例外とした妖怪のみと接するようになった。
そうして最終的に、人間嫌いの妖怪好き人間が後に誕生することとなったのである。
「まともなのか、まともじゃないのか、私からしたらそんなことはどうだっていいですよ。だってシロちゃんはシロちゃんじゃないですか。周りからどんな風に思われようとも、私達はシロちゃんを慕っていますよ」
自暴自棄になっているわけではないが、自虐している弥白にフォローをするべく、厠神は笑顔を浮かべる。
それに対し、弥白は嬉しそうに表情を綻ばせ――ることはなく、白い目で厠神を見つめていた。
「今そういう話してないから。無理矢理良い話で終わらせようとしてるようだけど、俺を差し置いて愛とイチャついていたことを許すつもりはないからね」
「そ、そんな魂胆で物申していたわけじゃないんですが」
「言い訳なんて見苦しい! 今回は特別に大目に見てあげるけど、次に愛とイチャついていたら、あらゆる手を施してこの世から浄化してやるからそのつもりで」
「手厳し過ぎますよシロちゃん……。過度な独占欲を主張すると、万が一の場合に愛ちゃんに嫌われてしまうかもしれませんよ?」
「俺が愛に嫌われる? 天地がひっくり返ってもありえないよ! そうだよね愛?」
「ニャー」と頷きながら鳴く愛。その返事と仕草に、弥白は今度こそ表情を綻ばせていた。
「ほらね。俺と愛の絆を甘く見たらいけないよ、厠姉さん。何があろうと、俺と愛の仲が引き裂かれるようなことにはならないよ!」
「……そうですね。確かにそうかもしれません」
「かもしれないじゃなくて、そうなんだよ! 確定してることなの!」
二人の仲の良さを目にして、厠神は呆れながらも微笑んでいた。
弥白の言う通り、二人の仲が悪くなるわけがないと、先程の自分の言葉は無粋であったと反省していた。
「夢物語ではあるが、仮に愛が人間だったとしたら、お前はどういう風に愛と関わっていたんだろうな」
「ん〜……。愛の性格がこのままだとしたら、やること成すこと変わってなかったと思うよ」
「シスコン一直線か。やはり救えない奴だな」
「うるさいなぁ、別に救われなくてもいいよ。愛と一緒にいられれば俺はそれで満足なの!」
「あ、あの、シロちゃん? できたらその枠の中に私達も含んでくれたら、とても嬉しいと思えるんですが」
「……考えとくよ」
「あうっ、分かっていましたけど、やっぱりそういう反応しますよねぇ……」
素っ気なく答える弥白だが、その裏では厠神が望んでいる答えを抱いていた。
愛だけではなく、厠神や狸小僧も側にいて当たり前。その当たり前が自分にとって一番居心地の良い居場所であると、口には出さずとも心の中にその想いを秘めていた。
「こうなったら、私がいて、シロちゃんがいて、愛ちゃんがいて、タヌっち君がいて、皆いて当たり前の形を今後作っていくしかないですね! タヌっち君も協力するようにお願いします!」
「ふんっ、くだらないな。俺は俺自身が満足できる日々を送れればそれでいい」
「も〜! またそうやって捻くれたこと言うんですから! たまには素直になってくださいよ二人共〜!」
「俺は常に素直だよ。ムラムラしたらそれを口にしているのがその証拠」
「そういう方向性の素直さはむしろ求めてないですから!」
そうして今日もまた、四人で他愛の無い話に花を咲かす。
正直な者、捻くれた者、素直じゃない者と、性格は皆違えど、無意識化に心は一つとなっていた。
たとえ弥白が成長して大きくなろうとも、この先も誰も欠けることなく共にいるのだろうと、誰もが疑いを持つことなく日々を送っていた。
そう――思っていたのだった。




