捻くれ人間は虚言癖
『利益を得るには対価を払え。それが社会においての常識だ』
それはつまり、大きな利益を払えば払うほど、それに釣り合う対価を払ってくれるということ。単細胞のお馬鹿さんでも分かる理論だ。
そう、これは至って単純明快な話だ。働けばお金がもらえるように、何かしらの役に立てば弥白の過去を教えてくれる。たったそれだけの話。
……そのはずなのに、
「もっと力強く揉め。そんな華奢な力で私の肩をほぐせると思うなよ」
肩揉みマッサージ機の役割を一人で担い、
「手が止まってるぞ。塵一つ残っていたらやり直しだからな。私の目を出し抜けると思うなよ」
家全体の大掃除を一人で担い、
「味が薄いし、それ以前に美味しくない。味噌汁の一つすらまともに作れないのか。お前は何処の箱入り娘だ?」
昼食と夕食の支度を一人で担い、
「温度調節下手か。こんなぬるま湯に浸かってられるか。温度を上げて入れ直せ。ついでにこの洗濯物全部外に干しとけ」
お風呂の準備と洗濯物の後始末を一人で担い――
「って、人使い荒過ぎぃぃぃ!!」
溜まっていたイライラを全て吐き出すように、手に持っていた下着を洗濯カゴの中に投げ捨てた。
おかしい。根本的に何かがおかしい。私はただ話を聞きに来ただけだというのに、何故ここまで扱き使われなくちゃならないの?
そもそもなんでわざわざ私一人で全部やらなくちゃいけないのか。他に手が空いている妖怪の人達はいるんだし、少しくらいお手伝いの手配を出してくれてもいいのでは?
対価を払えなんて言っていたくせに、その対価がまるで割に合ってない。何の話を聞こうとしているのかまだ何も教えていないのに、ここまで対価を求めるなんて傲慢だ。
弥白が敵意を剥き出しにしていた意味がようやく理解できた。まるで鬼畜を絵に描いたような人だ。お母さんと同じ女性とはとても思えない。
「おい何サボってんだ、とっとと洗濯物始末しろ。そして私に粗茶を贈呈しろ」
怒りで葛藤していると、またもや私を監視に来た。無論、駄目押しの小言を添えて。
「悪意を隠そうとしない姑ですか貴女は!? 本来の悪質姑の方がまだ優しく思えますよ! 事ある毎にいちゃもんばっかり付けて来て、そこまで言うなら納得がいくように自分の手でやったらどうですか!?」
「私が直々に下等種族の作業を? 笑えない冗談だな。犬は犬らしく黙って飼い主の言うこと聞いていればいいんだよ」
「誰が犬ですか! 私は歴とした妖怪ですから!」
「私からすれば妖怪も犬も対して変わらん。どちらも等しく手駒の一つに過ぎないからな」
「何処の女帝理論!? 滅茶苦茶ですよ貴女!」
「御託はいいからやることやれ。無理ならとっとと尻尾巻いて帰るこったな」
「ぐぐぐっ……。いえ、最後までやらせていただきます……」
「だったら最初から文句言わずに仕事しろよ」
余計な一言が多過ぎる。口の悪さが露骨にも程がある。
本当に対価を払ってくれるのか疑問だけど、他に弥白に繋がる糸口が見つけられない以上、この人の言い成りになるしかない。そもそもここまでやっておいてタダで帰るなんて絶対に嫌だ。
〜※〜
それから私は、内に秘めた怒りを収めながら自分の意地を貫き通し、ひぃさんに振り回され続けた。
文句やいちゃもんという妨害に決して屈せず、ひぃさんが納得してもらえる仕事っぷりを発揮し続けて、ついにやれることを全て一人でやり遂げた。
……でも、その代償として問題が一つ。
「お、終わっ……話っ……はなっ……」
まともに話を聞ける体力も気力も無くなってしまった。
今はソファーの上で横に寝ている状態で、身体を起こすこともままならない。まるでブラック企業で働いて来たような気分だ。
「よくもまぁ一人でここまでやりましたね……。お水です雪羅さん」
「あ、あがっ……ありっ……」
「無理して喋らなくても結構ですって」
呂律が回らない私に、サトリちゃんがコップ一杯のお水を差し出してくれた。
「あぁ……染み渡る……」
「水をそんな幸せそうな顔で飲む人初めて見ました……」
休憩時間も貰えないまま動いていたからか、ただの水でも過去最大に美味しく感じられる。この調子ならきっと食事も同じような反応をしてしまうことだろう。
「なんだ寝てんのか。客人が随分と偉そうだな」
ゆっくり休んでいる所に再びひぃさん登場。少しだけ良い気分に浸れていたのに、一気にどんよりとした空気が私を襲った。
「……これ以上働いたら死ぬ自信がありますよ私」
「死という概念から外れた奴が何言ってんだ。その過労も一時的なものだろ」
「……蜂は二度刺すだけで止めてくれるのに」
「知ったことか、私は蜂じゃないんだ。相手がいくらでも扱き使える以上、限界寸前まで追い込むのが私の主義だ」
リアルな暴君を初めて見た気がする。間違いなくこの人とは仲良く出来そうもないと断言できる。
「で、だ。自称、あの馬鹿の彼女がこの家に何の用だ? ただの挨拶だと言うなら無用だから、くだらない用ならさっさと帰れ」
「自称じゃなくて正真正銘の彼女ですから! しかもこれだけ扱き使っておいて最終的にさっさと帰れとか、貴女に良心はないんですか!?」
「私に優しさなんてものがあったら、今お前はそんな状態になってないだろ」
「……ごもっともです」
私とお母さんを裏切ったあの人間も酷い人だったけど、この人の場合は根っこから性分が腐ってる。最早好きとか嫌いとか、そういう次元に収まらない気がしてならない。
生理的に無理。それ以上に大分嫌悪感があるけど、私の知る限りの表現力では、その言葉が一番しっくりくる。
弥白の母親的存在だから、もっとこう穏やかな人であると信じたかったのに、現実ってどうしてこうも無慈悲なんだろう。弥白に出会えただけまだ私は幸せ者なんだろうけど。
「ま、冗談はさておきとしてだ。本来ならあの馬鹿と一緒に来てるところなんだろうが、何故かお前はお前一人でこの家にやって来た。何かしらの事情があると私は踏んでいるわけなんだが、実際どうなんだ?」
「察しが良いですね。初めからそうやって聞いてくれたらどんなに……」
「何度も言わせるな。利益を求めるには対価を払えって言っただろ。お前はそれなりに対価を払ったから、こうして対価と言う名の時間を与えてやってんだ。私の貴重な自由時間を割いてやってんだからありがたく思え」
「あぁはい……ドウモアリガトウゴザイマス」
「その生意気な反応、あの馬鹿に瓜二つだな。滑稽滑稽ワッハッハッ」
「ひぃさん、話が進まないのでそろそろ真面目に」
「あん? ったく、仕方ねぇな……」
空気の悪さを少しでも払拭しようと思ってくれたのか、横からサトリちゃんが支援してくれたお陰で無駄話が終わった。
こっちには時間が無い。今弥白がどうなっているのかも分からないんだから、早く話を聞き出さないと。
「して、弥白の嫁。貴様一人でこの場所を訪れた理由はなんだ」
気付けば狸君と厠神さんも合流して、ようやく話の本題に入ることができるように場が整った。
「……皆さんも大体察しがついてるんでしょうけど、私がここに来たのは弥白のことについて話をするため――いや、話を聞くためです」
「シロちゃんの話ですか? スリーサイズや性癖なら答えられますが――」
「黙ってろ便器女。今そういう空気じゃないだろ」
「ボケとか求められてないのは明白ですよね? 慎みを持って発言して下さい。非常に不愉快極まりないです」
「すいませんでした……」
リビングの隅っこに縮こまってしまう厠神さん。むしろなんでそういうことは知っているのか気になるけど、今はそんなことは置いといてだ。
「皆さんに単刀直入にお聞きします。弥白の呪いについて、何か知っていることがあったら教えてください」
「「っ!」」
“呪い”という言葉に反応を示したのは、狸君と厠神さん。サトリちゃんが言ってた通り、この二人は何かしらの詳細を知っているようだ。
「実は今、弥白がその呪いのせいで意識を失っています。目を覚ますような様子はなくて、意識を失う前には、呻き声を上げながらもがき苦しんでいました。生半可な呪いじゃないってことは、弥白自身が物語っています」
口を閉ざしたまま誰も何も言ってくれない。ひぃさんに至っては煙草を吹かしているばかりで、本当に話を聞いてくれているのかさえ分からない。
皆のこの反応からして、話したくないことなんだろう。それでも引くわけにはいかない。このまま何も知らないままじゃ弥白は救えないから。
「なんでもいいんです。少しでも知っていることがあったら教えて下さい。私の知る限りでは、皆さんだけが頼りなんです」
「……知ってどうする?」
「え?」
「だから、お前がそれを知ってどうするって聞いてんだ」
「どうするって……。呪いに関する情報を元に、呪縛から解放する術を探し出すつもりです」
「ほっほぅ、簡単に言ってくれるな。呪いの専門家でもないお前にそんなことができるとでも思ってるのか?」
「できるとかできないとかじゃなくて、やらないといけないんです。じゃないと弥白は――」
「助けられないってか。じゃあ、それをあの馬鹿自身が望んでいないことだとしても、お前はあいつの都合を考えずに助けるつもりなのか?」
「望んでいない……?」
ふと今朝の弥白の反応を思い出す。
呪いに関して聞き出そうとしても、弥白は一切教えてくれることはなかった。私がどんな思いでしつこく聞いていたのかは、弥白には分かっていたはず。
周りを巻き込みたくないから、呪いは自分自身でなんとかする。私は弥白がそういう考えを持っていると思っていた。
だから想像していなかった。弥白がその呪いを受け入れている可能性なんて。
「おおよそ見当はつく。お前はあの馬鹿が呪われた姿を目にして、そのことを聞き出そうとした。しかしあの馬鹿は何も話してくれなかった。だからあいつの過去を一番よく知ってる私達の所に来たんだろ」
「……そうです」
「だったら私はパスだ。なんでお前なんぞのために、わざわざ陰鬱になるような話をしなくちゃならない? あ〜馬鹿らしい」
「…………」
煮え滾る熱湯のように、ふつふつと怒りが込み上げてくる。まさかここまで性根の腐った人だとは思わなかった。
「貴女は……貴女は自分の息子が苦しんでいるというのに、それを助けようとは思わないんですか!?」
「そもそも実の息子でもないし、勝手に家を出て行くような大馬鹿者だ。この先あの馬鹿がどうなろうが知ったことじゃない」
その時、ブチリと私の中で何かが切れた。
そして気付けば私は、勢い良く立ち上がってひぃさんを殴り飛ばしていた。
「わぁぁ!? お、落ち着いてください雪羅さん!」
「っ……」
厠神さんに羽交い締めされたことで落ち着きを取り戻し、荒くなっていた息遣いを整える。
反省するつもりはない。こんな薄情者に情けをかける必要なんてない。こんな最低な人間を見たのは二度目だ。
「全く……。ひぃさんはなんでいつもそうなんですか。たまには素直に話せばいいのに、そうやって適当な発言ばかりするから敵ばかり作るんですよ」
「…………」
ひぃさんは仰向けに倒れたまま動かない。殴り飛ばされようとも煙草を吹かすことを止めず、何を思ってか遠い目をしていた。
「厠姉さん。話したくない気持ちは理解していますが、この中でまともに話せるのは貴女しかいないんです。雪羅さんに話してあげてくれませんか?」
「それは……」
厠神さんに懇願して頭を下げるサトリちゃん。
私も「お願いします」と続いて頭を下げると、厠神さんは諦めるように息を吐いた。
「……分かりました。それでどれだけ力になれるか分かりませんが――」
「この村は人里離れた無法地帯のような村だ。それを分かってのことなのか、よく捨て犬やら捨て猫やらが置かれることが度々ある。で、あの馬鹿は薄情な親に捨てられた捨て子だった」
「いや、あの、え? 私が話す流れだったのに、結局ひぃさんが話すんですか? 私の覚悟は無駄ですか?」
急にひぃさんが話し始めたことで厠神さんが唖然とするが、ひとまず私はひぃさんの話に耳を傾けることに集中する。
「新手の嫌がらせか、捨て子は私の家の前に置かれていてな。『大切に育ててあげてください』だなんてふざけた置き手紙まで添えてあって、当時の私はブチ切れていたな」
他人に対してこの人当たりの悪さなのだから、赤子の世話をしてくれだなんてひぃさんにとっては論外だったんだろう。そもそも弥白が成長していたのが不思議――
「こんな可愛い赤子を捨てるとかどうかしてるってな。無責任な親に成り下がるくらいなら、最初から産むなって話だ。ま、結局私が育てることにしたんだが」
「…………ん?」
幻聴かな? 今ひぃさんの口から有り得ない言葉が出てきたような……?
「可愛い赤子? 今可愛い赤子って言いました? しかも自ら育てようとしたんですか? 鬼畜外道もドン引きするであろう腐り切った性根の持ち主の貴女が?」
「ひぃさんに対して一切遠慮しなくなりましたね雪羅さん。さっき私が言いましたけど、この人思ってもないことをベラベラ喋る癖があるんです。所謂、ツンデレというやつですね」
「それはどちらかと言うと虚言癖と表現した方がいいんじゃ……」
一切デレの部分を見せていなかったくせに、ツンデレだなんて可愛い表現で収まる人格者じゃない。
サトリちゃんが言うから本当のことなんだろうけど、今更善人面されても……って感じだ。
「で、だ。赤子を拾ったのはいいとして、実は私が拾ったのはあの馬鹿だけじゃない。もう一匹だけいたんだ」
「一匹?」
「捨て猫だ。特に何の変哲も無く、生まれたばかりの白い子猫。別の筆跡で手紙が置かれていたから、あの馬鹿の親とは別に捨てていったんだろうな」
酷い偶然だ。よりにもよってこんな変人の家に赤子や子猫を捨てていくだなんて。
「子猫一匹増えたところで大した手間でもないってことで、仕方無くそいつもついでに私が育てることにした。それがあの馬鹿と子猫の原初だ」
原初――つまり、その子猫が弥白の呪いに何らかの繋がりがあるってことなんだろう。
子猫を飼っていただなんて話は、弥白から一度も聞いたことがない。それに今ここにその姿が無いということは……。
「まずは呪い云々の前に、そいつらの関係性から話すぞ。と言っても、ただ単純に飼い主とペットって表現すれば終わりだがな」
「ひぃさん、流石にそれはないですよ! あの頃は私が嫉妬するくらいに二人はベタベタと――」
「黙ってろクソ付き便器」
「クソ付き便器!?」
「余計な茶々が入ったが、クソ付き便器の表現は強ち間違っていない。まるで恋人のようにベッタベタのギットギトだったからなあいつら」
表現が油っぽくて凄い嫌だ……。仲睦まじいイメージも崩れてしまうくらいに。
「想像つきます。弥白は猫好きの傾向がありましたから」
にゃーちゃんを弄っている時とか、いつもキラキラと目が輝いていたくらいだ。本当に猫が好きなんだろう。
「ただ、その絆が深まれば深まるほど、その繋がりが突如失われた時の喪失感は尋常じゃない。言ってる意味、分かるか?」
「……はい」
恋人のように大切に飼っていた子猫。もし今その子猫が生きていたとしたら、間違いなく弥白はその子猫を連れてキサナのところに訪れていたはず。
でも私はその子猫を一度も見たことがない。それが何を意味するのかは、言うまでも無いし、聞くまでも無い。
「さて、何処から話したもんか……。まずはあの馬鹿の過去からでも振り返るか」
「はい、お願いします」
そうしてひぃさんは、私の知らない二人の話を始めた。




