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恋愛デストロイヤープリンセス

 恋愛とは良いものだ。


 幸せの象徴を代表するものであり、その様を見ているだけでも胸の中がほわほわする。人によっては「滅べ」だとか「朽ち果てろ」だとか物騒な言葉を口にする者も多いが、少なくとも俺は嫉妬するようなことはない。


 数多の苦難を乗り越えて、最後には一生物の絆が結ばれる。そうして永遠の愛を誓い、家族を築き上げ、死ぬまで一緒に人生を歩み続ける。これといって大した特徴は見受けられないが、その当たり前こそが何よりも幸せなことなんだろうと信じている。


「ふむふむ……たまにはこういう純粋なものを見るのも粋なもんじゃの」


 ボロ屋敷内で最も広い場所とされている中央の座敷スペース。俺が引っ越して来た時からリビングとなっていて、俺が昔自腹で購入した薄型テレビが設置されている。そこでいつもの三人メンバーに加えて、つい先程遊びに来た桜華さんも含めて恋愛映画の鑑賞会を開いていた。


「良いですねぇ恋愛って。好きな人と川沿いを歩いたりするのって、女の子として憧れるものがあります」


「ほほほっ、乙女じゃの桜華。じゃが現実はそう甘くないことをお主は重々理解して――」


「キサナ様、それ以上はNGです。この憩いの場に居る時くらいは全て忘れていたいんですよ……」


 実家にいるであろう仲間の鬼達のことでも想像しているんだろう。桜華さんはほろりと涙粒を流して現実を見据えて項垂れていた。


「今ふと思ったんだけどさ。妖怪にもやっぱり夫婦っていうのは存在するの?」


「そりゃいるに決まっとるじゃろ。例えば、桜華の親が良い例じゃの」


 そういえば前に父親がどうこう言っていたっけ。それってつまり、桜華さんという茨木童子は人間の想像から生まれたわけではなく、ちゃんと妖怪の腹から生まれたってことになるわけだ。妖怪の希少種とでも言うべきか。なんか格好良いなそれ。


「そういえば私も気ににゃってたけど、桜華ちゃんの親ってどんにゃ人にゃの?」


「お父さんですか? そうですね……一言で言い表すなら、適当という言葉がしっくりくる鬼です」


「適当? どういうことよ?」


「えっとですね……私のお父さんは仮にも一家の大黒柱なので、皆を統率するという権利を唯一持っているんです。ですがそんな責務は知ったこっちゃないと思っているようで、他の鬼が何処で何をしていようと介入する気を起こさず、基本は酒ばかり飲んで暮らしているんです」


 思わず「うわぁ……」と呟いて引いた反応を見せる猫さん。


 駄目な大人というか、駄目な妖怪の一例といったところか。妖怪だから何もしなくて良い存在とはいえ、身近な責務くらいは果たしておくのが常識ってもんだろうに。


「そんにゃ駄目親父、一発殴(にゃぐ)ってお灸を据えてやれば良いじゃにゃい」


「えぇ、一時期私もそう思っていました。実際過去に一度だけ殺すつもりで反抗期に転じたこともありましたし」


 一度の喧嘩が死と隣り合わせなんて、鬼の日常ってベリーハード。しかも残機は一つしかないときたもんだ。


「して、その結果はどうなったのじゃ?」


「あははっ……酒ばかり飲んでいるとはいえ、相手は仮にもあの酒呑童子ですからね。逆にこっちが半殺しにされ掛けました。『親に手ぇ上げるたぁどういう了見だ不良娘!』とか言って……」


 そこは親らしいところ見せるんかい。娘に手を上げて半殺しにしている時点で親失格だと思うけど。


「でも半殺しにされた私を見つけたお母さんがブチ切れまして、その後すぐにお父さんが四分の三殺しにされてました。お母さんは普段温厚で凄く優しい人なんですけど、怒るとそれはもう手が付けられないくらい恐ろしくなるんです……」


 トラウマになっているのか、思い出しているだけなのに頭を抱えて顔を青白くさせてカタカタ震える。あの三大妖怪と言われる伝説の妖怪の酒呑童子を尻に敷くとは、きっと物凄い妖怪なんだろうなぁ。


「ちなみに、桜華さんの母親って妖怪なの? それともまさかの人間だったり?」


「いえ、妖怪ですよ。玉藻前(たまものまえ)って言うんですけど、主様なら知っていますよね?」


「し、知ってるも何も……」


 がっつり妖怪だった上に、まさかの同じ三大妖怪の一人だったとは。もしかしたらいつか会えたりするのかな? だとしたら是非会ってみたいものだ。


「桜華さんって実は凄い家庭に生まれてるよね。桜華さん自身もかの有名な茨木童子だし、人間の身としては正直頭が上がらないよ」


「お、大袈裟ですよ主様! 所詮名なんて何の意味もありません! 現に伝説の妖怪と言われたあの人は、今じゃただの飲んだくれになってるくらいですし」


「うむ、その通りじゃの。昔は昔で今は今。現在進行形の妖怪に身分や位の違いなど有りはせぬ。人間とは違い、妖怪は皆平等なのじゃよ」


 羨ましい。できることなら俺も妖怪の類に生まれてひっそり暮らしていたい。何事もなく平和な時が永遠に続くとか最高だ。俺にとってのベストプレイスだよ。


「ま、それでも良い事ばかりではないがの。人間に嫌われているが故に、このような人里離れた場所でしか生きられん。(わら)としては一度で良いから六本木で回らないスーシーをイーティングしてみたいものじゃ」


 妖怪は嫌われている。正しく言うのであれば、妖怪は気味悪がられている。キサナの口から実際に言われてしまうと、少し後ろめたい気持ちになった。


「ぬ、そんな顔するでないシロ。(わら)は人間が嫌いというわけではなく、妖怪の無害さを理解してくれない人間が嫌いというだけじゃ。お主はソウルフレンドじゃし、別枠に決まっておろうに」


「ははっ、顔に出ちゃってたか。そう言ってくれると気が楽だよ」


 今一度仲の良さを再確認するため、キサナと拳同士を合わせてニタァっと笑い合う。


 俺も一時期妖怪に対する先入観をどうにか取り除けないものかと悩んでいた時があったが……今となっては懐かしき思い出よ。


「でもシロ君の場合って実際かにゃり珍しいわよね。妖怪を好き好んでいる霊感人間に会ったのって初めてだもん私」


「なるほど。つまり俺は猫さんの初めてを貰ったってことなんだね……」


「うむ、名誉なことじゃの。男として」


「間違ってにゃいけど、その言い方止めてくれにゃいかしら!? 違う意味にしか聞こえにゃいのよ!」


「違う意味? そこをもっと詳しく、かつ具体的に求む」


「貴女は黙ってなさいエロ荒!」


 冗談はさておき、霊感が強いこと以外は別に珍しいことじゃないと思う。世の中には俺のような物好きだっているんだし。


「俺はともかくとして、世の中にはちゃんと妖怪好きの人もいると思うよ? 普通に専門家とかいてもおかしくない時代だし」


「確かにそうかもしれぬが、(わら)はそういう輩はいけ好かん。奴らは(わら)達のことを好奇の目で見ているからの」


「あ〜、それは私も同意見ね。まるで動物園の動物みたいにゃ扱いされてるみたいで、正直気に食わにゃいわ」


 つまりは人間の立場と平等に見られていないのが許せない、ということなんだろう。だから妖怪と平等なのが普通と思っている俺を好いてくれているわけだ。客観的に捉えたら難しい問題なのかもしれないなぁ。


「とは言え、シロが言うような者がいるのもまた事実じゃ。妖怪と人間が添い遂げる話もあるにはあるしの」


「へ、へぇ〜……そうなんだ」


 指先で頬を掻きながら視線を逸らす。キサナはそんな反応を見せた俺を見てニヤリと笑い、隣に引っ付いてきて肘を当ててきた。


「その反応からして、何か思うところがあるようじゃの〜? ほれほれ、詳しく話してみんかいダーリン」


「よ、よしておくれよハニー。俺はハニー一筋ですぞ? 他にやましいことなんて何もないですわ」


 頬をぷにぷに突っつかれてされるがままになっていたところ、凄い険悪な顔付きで他の二人も距離を縮めてきた。まるでカツアゲされているような気分だ。


「実は私も以前から気になっていたのですが、もしや主様には恋人がいらっしゃったりするのでしょうか? そこのところをはっきりと言って頂きたく存じ上げます!」


「べ、別に私はそこまで気ににゃるわけじゃないけど、どうしてもって言うにゃら聞いてあげにゃくもにゃいわよ? で、実際どうにゃのよ? いるの? いにゃいの?」


「あ、あはは……本当のことを言えば経験ゼロだよ。ただ一目惚れしたことならあるってだけで――」


「妬ましいぃぃぃ!!」


「ぬぉお!?」


 壁際に追いやられてどうしたものかと苦笑いしていると、突如リビングの襖が勢い良く破られ、眼球真っ赤っかでボサボサの黒髪の着物の女性が転がり込んで来た。


「清く純粋な恋の匂い……あぁ妬ましや妬ましや!! 清を差し置いて恋にうつつを抜かす雄が妬ましやぁ!!」


「な、なんか過去最大に迫力のある人が来ぐぇぇ!?」


 バイオレンスな女性が詰め寄って来ると否や、キサナ達を突き飛ばして跳ね除け、俺の首を締め上げてきた。本気で殺しに来ているようで、ギンギンに見開かれた瞳孔が殺意そのものを表していた。


「これはまた厄介な者を引き寄せてしまったの。桜華よ、救出を頼――」


「主様に何してんだクソ(アマ)ぁぁぁ!!」


 キサナが頼み込む前に桜華さんがマジ切れして、片手でリビングの卓袱台を掴み上げて振り下ろした。しかしバイオレンスガールは俺から身を離すと共に、ひらりと華麗に躱してみせた。


 振り下ろされた卓袱台は寸止めされることなく畳に叩き付けられ、バキリッという気持ち良くない音と共に破損状態に。貴重なテーブルが使用不可となってしまったよ。家具代なんて手元にゃ無いというのに……。まぁ、命一番だから怒らないけど。


「痛ったぁ……いきにゃりにゃにするのよ貴女!? 思い切り頭打っちゃったじゃにゃい!」


「お黙り雌猫! あぁ妬ましや……貴女もまた清い恋の匂いを漂わせる雌……恋心などこの世から全て朽ち果ててしまえば良いものを……」


 少子化が続く中であるまじきNG発言頂きました。


「ちょっと待っててくださいね主様。今すぐこの者を廃棄物処理致しますので」


「どうどう桜華さん、この和みの場で殺気立つのはご遠慮くださいな。それに屋敷内で暴れられたら今度はキサナに怒りの火が引火しちゃうし」


 口から湯気立つ息を荒げる桜華さんを羽交い締めして、猛る心を抑え付ける。母親が怒ると怖い人だと言っていたけれど、どうやらそれは娘にもしっかりと遺伝しているらしい。


「で、キサナ。この人は一体何者? 例の如く知り合いなの?」


「まぁ……知り合いといえば知り合いじゃの。あまり関わり合いになりたくない妖怪の一人での。名を清姫きよひめと言う」


「清姫……?」


 妖怪なのに“姫”とは……全く耳にしたことがない。どんな妖怪なのかすら全然想像も付かないし、妖怪好きの好奇心がビシビシ刺激されますなぁ。


「して、彼女は一体どんな妖怪なのでしょうか先生」


「うむ。強いて言うのであれば……所謂、病んだ女と言うべきかの」


 病んだ女……要はヤンデレってことか。見た目や言動と照らし合わせるとすんなり納得することができる。


「その昔、こやつはとある旅館で働いておったのじゃが、そこで一人のイケメンの僧と出会って一目惚れしての。その恋心はどんなに冷たき冷水を掛けても冷めることはなく、女の全てを賭けてアプローチをし続け、終いには夜這いを仕掛けるという大胆な行為を行った。それだけこやつはその男にぞっこんラブだったわけじゃ」


「随分と積極的にゃのね……それで結局どうにゃったのよ?」


 俺にはなんとなくオチが読めた。そしてその予想は俺の想像通りだった。


「そうした日常を送っていたある日のこと。その僧は参拝中の身であったために、一度宿から離れなければならなかった。そこで僧は清姫に帰りに必ずまたここに立ち寄ると言い、宿を去って行った。その言葉を信じて清姫は待ち続けたのじゃが……僧は二度と宿へ戻って来ることはなかった」


 つまりは見限られたというわけか。清姫の押しが強過ぎたのか、それとも僧に元々そんな気が無かったのか。この分だと恐らく前者の方だったんだろうけど。


「ずっと僧の言葉を信じていた清姫は怒りに怒り狂い、裸足のまま宿を出て僧の元へと駆けて行った。やがて清姫は僧に追い付き、まるで野獣のような姿と化した清姫を見て僧はドン引いてしまい、遠く遠くへと逃げ続けた。その逃走の果てについに僧は捕まってしまい、底知れない怒りで大蛇へと変貌を遂げた清姫によって大鐘の中へ閉じ込められてしまった。そしてその鐘の中に息吹を吹き込まれ、僧は焼き殺されてしまったという……」


 話を聞き終え、再び「うわぁ……」と呟いて青ざめる猫さん。夏の風物詩に相応しいホラー話であった。流石の俺も鳥肌が立っちゃった。


「以来、こやつは運命の相手を求めて世を彷徨い続けているわけじゃ。しかし男運の無さとこの性格のせいで、未だに身は処女のままらしい」


 僧へ仕掛けた夜這いは失敗に終わっていたと。つくづく救えない人というか可哀想な人というか。全部自業自得だけども。


「自分の愛情を一方的に押し付けようとするからそうにゃるのよ。同情の余地無(にゃ)しね」


「全くですね。愚かな悲恋女はとっとと主様の前から消えてください。こっちにまで悲恋が移り兼ねませんので」


 完全に女の敵として目を付けられてしまい、清姫の好感度は奈落の底へ。ここまで露骨な態度を取られているところを見ると、流石に可哀想に思えてきた。


「まぁまぁ二人共、そう冷たいこと言わずにさ。積もる話もありそうだし、お茶の一杯くらい出してあげようよ」


「ほほほっ、極度のお人好しはブレないの。殺され掛けたのに図太くイカした神経じゃ」


 キサナは面白可笑しそうにからからと笑うが、他二人は納得いかない様子で不機嫌顔になっていた。俺は苦笑しつつ床に落ちている空の湯呑みを手に取り、箪笥の上に置いてあるポットを使って温かいお茶を入れた。


「粗茶です。どうぞ一口」


 刺激しないように下手に出て、そっと湯呑みを差し出す。


 直後、湯呑みを取られて頭の上にぶっ掛けられた。


「あっちぃってばよ!?」


「滅べ、たらしの偽善者めが」


 頬に駄目押しの唾を吐かれてしまう。怒りより悲しみの方が凌駕して気分が底無し沼に深く沈んだ。


 同時に猫さんと桜華さんの目の色が変わり、怒号の闘志に炎が燃え滾った。猫さんの爪の一本一本が鋭い刃物のように伸び切り、桜華さんの指の骨の全てがパキポキと音を奏でて戦闘形態へと変化する。


「斬殺か殴殺か、好きな方を選べ。選択肢は二つに一つよ」


「ちょちょちょ落ち着いて桜華さん。鬼は非暴力の意志を持つ平和的な妖怪なんでしょ? そんな物騒なこと言っちゃやーよ俺」


「勝手に上がり込んで来てこの仕打ちとか良い度胸じゃにゃい。微塵切りにして味噌汁の具にしてやるわよ」


「これこれ、猫もクールダウンせい。この負の塊のような者を食せば最後、今度は(わら)達が負の意志に取り込まれてしまうじゃろうて。判断を見誤るでない」


 再び猛る二人を物理的に二人係で押さえ付ける。どうにか冷静さを取り戻してくれると、桜華さんが袖の中から手拭きを取り出して頭を拭いてくれた。


「やれやれ……お主も惨めに八つ当たりするでない清姫よ。大人の女妖怪ならば余裕のある立ち振る舞いをしてみせい。今のお主は婚期を取り逃がしたOLに近しいものしか感じぬぞ」


「ふんっ……貴女には分からないからそう言えるのよ。初恋の人に裏切られたことがどれだけ乙女心を抉っていったことか……初恋すら縁のない貴女に理解できるものならしてみなさい」


「相変わらず失礼極まりない奴じゃの。生憎じゃが、(わら)は絶賛シロに初恋中での。お主と一緒にされては困るの」


 あらやだ、俺ったらキサナの初恋の相手になっちゃってた。常日頃からアイラブユー言われてたから知ってたけど。


「嘘ね。貴女からは清い恋の匂いは全くしない」


「そりゃ当然じゃろ。(わら)の恋心はどエロに染まっとるからの。清さなどほんの一握り分しかない」


「それで良いのキサ!? 貴女(あにゃた)の初恋それで良いの!? はっきり言って十割ゲスよ!? ていうかシロ君ラブラブ言ってたの冗談じゃにゃかったわけ!?」


「無論じゃ。(わら)は常に己のエロスに従順なのじゃ。と言っても、シロの意志を無視して夜這いを仕掛ける等という愚行は犯すつもりはないがの。何処ぞの病み女妖と違っての」


 皮肉の意味を込めてチラリと清姫を横目に見つめ、ニヤリと余裕の笑みを浮かべるキサナ。その態度が癪に障ったのか、清姫の標的が俺からキサナに切り替えられて眼球を見開いた。


「ゲスの恋……しかしそれもまた妬ましや。でも清の勘が囁いているわ。貴女の初恋は叶わずに終わる、と」


「それは(わら)自身が決めることじゃ。お主に何を吹き込まれようとも、(わら)(わら)の道を行くだけじゃよ」


 やだキサナさん男前。普段は俺と同じでしょうもないことしか言わないのに、此処ぞという時に見せるその立ち姿は正しく漢。しかも女妖怪でありながら漢を見せるだなんてイカしてる。


「ぐぅ……私もあんにゃ風に開き(にゃお)れたらどんなに楽にゃことか……」


「え? もしかして猫さんも好きな人がいるの? それってどんな可愛い猫?」


 さりげなく追求すると口を手で塞がれた。目を合わせずに赤くなってそっぽ向くところがまた可愛らしい。流石は恋する乙女、恋をしている時が一番可愛らしくなれる生き物よ。


「ちなみに桜華さんには好きな鬼の人がいたりするの?」


「……なんで鬼限定にするんですか」


 こちらも追求してみたところ、俺から離れて猫さんと全く同じ対応を取られた。春は既に過ぎ去ったというのに、彼女達はまだまだ現役で春真っ盛りなようで。その純粋無垢さが羨ましいなぁ。


「何処も彼処も恋、恋、恋……あぁ妬ましや妬ましや……しかしそんな淡い想いはもう終わり。今ここで清が直々にその想いごと身を引き裂いてあげましょう……」


 自称恋愛デストロイヤーの反省の色は無色透明なままで、むしろ敵意を剥き出しにしたまま何処からか二本の鉈を取り出した。更に首から上が蛇の頭に変化して、舌を伸ばしながら鋭い二本の牙を光らせる。殺る気満々じゃないか。


 いくらなんでも殺生沙汰に関わるのは真っ平御免。相手が妖怪なれば余計にだ。かと言ってまともな説得を試みたところで効果は無いだろうし、こうなった以上は奥の手を使うしかあるまい。


「待たれよ清姫殿。その手を罪の血で染め上げる前に、一つ俺の良い案件を聞いてくださいな」


「問答無用。たらしのゲスに聞く耳など毛頭無――」


「それは男を紹介してあげても良い、という話でもかな?」


 各々が身構えている中、ピタリと清姫の動きが止まる。予想通り、この話には絶対反応を示すだろうと思っていたよ。


「君の様子を見る限りだと、清姫は次の出会いが欲しかったんでしょ? なら俺の知り合いに丁度独り身のイケメンがいるから、その人に清姫のことを紹介してあげるよ」


「……どういう風の吹き回し?」


「はははっ、そんな警戒しないでよ。俺はただ婚活に勤しむ清姫の背中を押してあげようと思っただけだからさ。他意なんてないってば」


「……そう」


 蛇の頭がしゅるしゅると縮んで元に戻り、鉈を静かに畳の上に置いて正座する。


「何卒宜しくお願い致します主様!!」


 この場にいる誰もが垣間見た美しいフォームの土下座。しかしその姿を見る周りの目は一人残らず、プライドを捨てた惨めな敗北者を見るかのような冷徹の眼差しであった。




〜※〜




 数時間後。俺達はボロ屋敷近くの茂みに身を潜め、庭に一人棒立ちする清姫を監視していた。


「主様も人が悪いですよ。よりにもよってあいつをチョイスするだなんて」


 そう言う桜華さんは必死に笑い堪えて震えていた。利用される相手が相手なだけに笑いのツボに入ったんだろう。ざまあみろ、という意味を込めて。


「しかし面白いことを考えるのシロ。これはもしかしたらもしかするかもしれぬの」


 桜華さんに続いて笑いを必死に堪えるキサナ。キサナの言う通り、もしかしたら可能性があるんじゃないだろうかと思えて来た。


 その理由は二つある。まず一つ目は、清姫の見た目の変わり様だった。


 第一印象の清姫は女性として正直魅力に欠ける見た目だった。ボサボサの黒髪をだだ流しにしていて、所々にフケまで生えていた。着ていた着物も塗った後があちらこちらに残っていて、姫としての威厳など皆目見当も付かない程に見当たらなかった。


 婚活においてまず大事なのは第一印象。それが相手の愛情を自分側に傾かせるのに大きく関わってくる。そのため俺は、一時期暇潰しで極めていたコーディネート術を存分に駆使して、清姫を全く別人の姿に作り変えた。


 これぞまさにビフォーアフター。テレビの向こう側の井戸から這い出て来そうだった悍ましい外見は様変わりし、かぐや姫の生まれ変わりと言っても過言でない美しい姿へと変貌を遂げた。


 流石は姫と言うだけあって、元々の素材は良いものばかりだった。なので少し手入れを加えればどうにでも変えられたため、然程手間も掛からなかった。いやはや色々と勿体無いお人だなぁ清姫様は。


「にしても、シロ君にあんにゃ技術力があったことに驚いたわよ私。その魔法みたいにゃ手腕を一体何処で身に付けたのよ?」


「普通に自分の家でだよ。何故だか分からないけど、ふとしたインスピレーションによって本能のままに極めちゃった的な感じかな?」


「そ、そう……私も今度髪切ってもらおうかしら……」


「はははっ、ボロ屋敷の美容院は年中無休で受け付けてるよ」


 いずれ髪を切るであろう代償として、さり気無く猫耳をぷにぷにと触る。怒られてすぐに振り払われてしまったが、この余韻はしばらく胸の中にしまっておこう。


「あっ、来ましたよ主様! 愚かな生贄が鼻クソほじりながら歩いて来ましたよ!」


 口元に手を当てて実に楽しそうに笑う桜華さん。その視線の先には、桜華さんの計らいによって呼ばれた伝説の鬼が本当に鼻クソほじりながら歩いて来ていた。


 ごめんよ温羅兄。犠牲として貴方を呼んだことと、この状況を見て吹き出しそうになってる愚かな俺を許してください。それと一部始終をムービーで永遠に残そうとしているキサナのことも許してください。こんなネタ劇場滅多に見られないんですよ本当に。


 顔だけは強面のイケメンが到着し、見知らぬ美しい姫を前に惚けた面のまま立ち止まる。全く物怖じしないところが実に温羅兄らしい。


「脳筋馬鹿に呼ばれてやって来てやったが……何処にいやがんだあの馬鹿共。つーかテメェは誰だ?」


「あ、あの……私は清姫と申します。本日は温羅様とお話したくてこの場所へやって来た次第でして……」


 あの圧倒的威圧感は何処へ行ったのやら、今の清姫は恐ろしいくらいに謙虚になっていた。最初の姿を見ていなかったら素直に可愛いと思えていたんだろうけど、全てを知っている身だと逆に気味悪く感じてしまう。すぐ真横にいる猫さんも同じ違和感を抱いているようで、顔色が少しだけ青白くなっていた。


「清姫だぁ? 悲恋で有名な残念女じゃねぇか。そんなテメェが俺に何の用だってんだ?」


「そ、そのですね……もし温羅様が宜しければ、清とお付き合いを前提に友人になって頂けたらなと思いまして……」


「ほぅ……何で俺が呼ばれたのか読めたぜ。俺のイカした魅力に気付くたぁ、あの脳筋も少しは見る目があるじゃねぇか」


「なんかナルシスト気取ってる〜! 滅茶苦茶キモいんですけど〜!」


 隠れ場所を悟られない声の大きさで腹を抱えながら爆笑する桜華さん。何をどう捉えたらゲスい自分に自信を持てるのか、温羅兄のポジティブさに少し感心してしまう。


「ったく、しょうがねぇなぁ。だが付き合うことを前提にっつーのが気に入らねぇな。俺らはまだ初対面なんだし、まずは相手のことを知るところから始めねぇと話にならねぇだろーが」


「そ、そうですね……仰る通りです温羅様」


 あの温羅兄がまともなこと言ってる。自発的に明日に嵐フラグ立てるとか止めて欲しい。


「普通にまともにゃこと言ってるけど……本当にあの(ひと)ってゲスにゃのシロ君?」


「うん。温羅兄はゲスのスペシャリストとして生まれたような鬼だからね」


「そうですよ猫又ちゃん。あの馬鹿は必ず本性を見せますから、それまでじっくり楽しんでぷーくすくす!」


「桜華ちゃんが一番楽しそうにゃんだけど……」


 日頃から死ねば良いと思っている相手が今まさに不幸な目に合おうとしている。桜華さんにとってこれ以上に面白く思えることがないんだろう。実際こんなに笑う桜華さんは初めて見たし。やっぱり血が通ってるだけあって桜華さんにも多少はゲスな部分が入り混じっちゃってるんだなぁと実感できた。


「つーわけで、まずは相手のことを理解できることをしようぜ」


「理解……ですか。一体何をすれば良いのでしょうか?」


「ケッ……んなもん決まってんだろーが」


 そこで温羅兄はお得意のゲスい笑みを浮かべ、親指を立てて屋敷の方を差した。


「ここで一発ヤらせろ」


 はい出ましたゲス発言。過去最大のゲス発言頂きました。ゲス・オブ・ザ・ベストの名は伊達じゃないや。


「ヤ、ヤらせ……はい! 喜んで!」


 そしてそれを喜んで受け入れる清姫もまた、温羅兄に続いてヤバい方向にブッ飛んでいた。ベスト痛い女で賞を受賞した身も伊達ではなかったよ。


「少しでもまともにゃ人だと思った私が馬鹿だった……」


「ね? だから言ったでしょう? でも意外なことに相性良くないですかあの二人? キチガイ同士で通じる何かがあるんでしょうかね?」


「俺には分かり兼ねる……というか理解したくないよ」


「ですね。ぶっちゃけ反吐が出ます」


 と言って本当に反吐を吐き捨てる桜華さん。軽い悪戯のつもりだったのに、もしかしたら俺は温羅兄のキューピットになりつつあるのかもしれない。


 ……と、思ったのは一瞬のことでした。


「……駄目だな」


 ゲス野郎が清姫と共にネオン街代わりのボロ屋敷へ消えるかと思いきや、突然冷めた顔になって唾を吐き捨てた。


「だ、駄目とは……どういうことでしょうか?」


「決まってんだろーが。テメェたぁ恋人どころか友人にすらなるつもりはねぇってことだっつの。俺は自分の身を安く見てる女は嫌いなんでな」


 今回の件にて真のゲス野郎に成り下がってしまったと思いきや、まさかの正統発言で少しだけ解消された。さっきの暴言は清姫を見定めるためのブラフだったのか。


「いいか? 女に対する俺の理想ってのはなぁ……巨乳のエロい身体付きでありながらも謙虚な性格で、涙目になってか弱い力で必死に抵抗してくる女をこの圧倒的な鬼の力で蹂躙して、最後に無理矢理俺の逸物をブッ刺す。それが俺の求める快感ってやつなんだよハッハァ!」


 ……ツッコむ気力も無くなってしまった。


「うわぁ……うわぁぁぁ……もう無理もう無理。シロ君私もうあのゴミ男見たくない……」


 猫さんの中の温羅兄の好感度が奈落の先の地獄の底へと真っ逆さま。ドン引きし過ぎて身体中に鳥肌が立ってしまっていて、思わず俺に抱き付いてきた。こんなことでトラウマ植え付けられて可哀想に……。


「流石の(わら)もドン引きじゃ。しばらくは彼奴(あやつ)の顔を見とうないの」


「なんであんなゲス……いや、ゴミと血が繋がってるんでしょう私……。一生の恥であり、百パーセント拭えない汚点ですよ……」


 桜華さんは当然の反応として、あの懐広いキサナですら温羅兄に極低評価を示していた。もう俺の配慮どうこうじゃあの人は救えない。せめてこの後の展開で安らかに成仏してくれることを祈ろう。清い恋心を抱いている気高き少女達のためにも。


「だからテメェは駄目だ。抵抗するどころか自ら望んで来やがって、つまらねぇ雌豚だなテメェは。つーかあの脳筋はホント何処にいやがんだ? まさかここから見えないところに身を潜めてたりすんのか? 良い性格してやがんぜあの野郎」


「…………のに」


「あん? なんだって?」


「……愛して……いたのに」


 謙虚で可愛らしかった清姫の周りに紫色の鬼火が怨念となって渦を巻く。目付きがピュアなものから鬱で暗いものに変化し、つやつやになっていたはずの黒髪から油成分が抜けて縮れ毛のようなボサボサの髪の毛と化す。


 唯一着ている綺麗な着物だけが残されたものの、その姿は初めて出会った時よりも負のオーラが色濃く出てしまっていた。


 悪化した原因は他でもない。ゲス野郎にフラれるという二度目の失恋。その精神的ダメージの大きさがどれだけのものなのかは、失恋経験のない俺には分からない。


 でも一つだけ言えることがある。それは清姫にとって、温羅兄を殺すための十分過ぎる理由になるということだ。


「貴方も……あの人と同じで期待させるだけ期待させて、最後にはバッサリ切り捨てるのね……。清はこんなにも貴方のことを愛していたというのに、それなのに貴方は貴方は貴方は……あぁ妬ましや妬ましや……恋心を縦横無尽に振り回すその余裕が妬ましいぃぃぃ!!」


 四次元ポケットな袖の中に手を突っ込んで、血で色が赤黒く濁った二本の鉾を取り出した。鉈も口で噛み締めることで完全装備を果たし、ゾンビのような恐ろしい眼球を見開いて温羅兄をギロリと睨み付けた。


「どうなってんだその袖の中!? つーか待て待て! まだ出会ったばかりでそんなに愛されても困るっつーんだよ! 騙すようなことをした俺も悪いんだろうが、テメェはテメェで反省すべき点がうぉ!?」


 既に清姫に人の話を聞く余裕はなく、問答無用で温羅の胴体を両断しようと鉾を振う。温羅兄の反射神経によって紙一重で躱されたものの、鬼に金棒の要領の如く鉾を振り続けた。


「あ、あの野郎! まさかこうなることを知っててハメやがったな!? オラァ! 出てきやがれ桜華ゴラァ!」


「妬ましや……妬ましやぁぁぁ!!」


「だからテメェは人の話を……だぁもう逃げるしかねぇ!」


 清姫が当時惚れていた僧の二の舞になるかのように、温羅兄が全力疾走で林の中へと消える。しかし負けじと清姫も裸足になって後を追って行き、やがて二人の姿はボロ屋敷付近から消え去った。


 ……直後、随分遠くから聞こえた断末魔の叫び声が空の彼方へと響き渡った。


「一同……黙祷を」


「「「南無……」」」


 ゲスの安らかな眠りを祈るよう、俺達は静かに両手を合わせて合掌していた。

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