暴君のような育ての親
『無いよ』
たったそれだけの一言。誰も近付けず、周り全てを遠ざける端的な言葉。
力になりたいと思った願いは届かず、弥白は私をも拒絶した。
どれだけ喰らい付いてもシラを切り通され、最後の最後まで真意を明かすことなく、弥白は意識を手放した。あれだけ騒ぎ立てて苦しんでいたのに、今はまるで命が宿っていない人形のように動かない。
最初から分かっていたけど、やはり弥白は平静を装っていた。それだけ知られたくない秘密を抱えているんだろう。
「弥白……」
弥白の手をきゅっと握ると、普段の温かみは感じられず、ただただ冷んやりした感触が伝わって来る。
……縁起でもない。“それ”を想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。
「ふぅむ……。どうやら厄介なことになってしまったようじゃの」
弥白の意識が戻らなくなってから数時間が経過し、私の隣でずっと様子を伺っていたキサナがぽつりと呟いた。
「だ、大丈夫にゃのよねキサ? シロ君、ちゃんと目を覚ますのよね?」
「勿論じゃ、と言いたいところなんじゃがの。生憎こればかりは我にも分からぬよ」
「そんにゃ……。どうにかにゃらにゃいの?」
「我は呪いの専門家でもないからの。こればかりはどうしようもない」
呪い……。本当にこれは呪いなんだろうか。だとしたら一体どんな呪いが掛けられているのか。
気掛かりなことは一つだけある。偶然かどうかは定かではないけど、弥白はにゃーちゃんの姿を見た瞬間にまた苦しみ出していた。
キサナや私を見ても大丈夫なのに、にゃーちゃんにだけ反応していた。これに何か意味があるのかな……?
何はともあれ、情報があまりにも少な過ぎる。それにこのまま待っていても、ただ時間を無駄にするだけだ。
拒絶されたことを悲しんでいる暇はない。今は私にできることをやるだけだ。きっと弥白が今の私の立場にあったとしたら、同じことを思っているはずだから。
「ねぇキサナ。貴女の知人で呪いに詳しい妖怪とかっていない?」
「ん」
キサナは弥白を指差した。確かに詳しそうと言えば詳しそうだけど……。
「我が知る限り、一番オカルト話に博識そうなのはシロじゃ。故に呪いの正体を見破るのは難しいじゃろうの」
「そっか……」
「ただ……シロ自身のことをよく知っている妖怪なら知っておる」
「……あっ」
弥白が元々住んでいた実家に住み着いている妖怪達。弥白が幼少期の頃から一緒に住んでいると聞いているし、もしかしたら弥白の秘密を知っているかもしれない。
向こうの人達と連絡を取る手段は無いし、直接こっちから赴くしかない。他に何も思い付かない以上、真っ先に思い付いたことから行動あるのみだ。
「ちょっと弥白の実家に行ってみる。悪いんだけど、二人は弥白のことを見ててくれるかな?」
「向こうの妖怪達に話を聞きに行くつもりじゃの? 我もそれが一番早い話とは思うが、シロの傍にはお主が付いてやった方がよいと思うのじゃが」
「そう……だね。正直なことを言えば、今はここを離れたくないって思ってる。でも今回ばかりは私がどうにかして――ううん、どうにかしなくちゃいけないの」
ずっと一緒にいると約束した。お互いを支え合うと誓った。ただ一方的に助けてもらってばかりじゃ駄目なんだ。
「きっと弥白は闇の中にいるんだと思う。だから今度は私がそこから救い出す番なの」
「んん〜、これぞ夫婦の愛の絆じゃの〜。その勇ましさが目に眩しいの」
「茶化すんじゃにゃいわよ、空気読みにゃさいよ」
「辛気臭いのは嫌いじゃから、流れを変えるために冗談を交えたのじゃよ。何はともあれ、そこまで決意が固いのであれば止めはせぬ。シロのことは我と猫で見ていよう」
「うん、ありがとう。それじゃ行ってくるね」
そうして私は、弥白の実家の妖怪達に会いに行くべく、またあの人里へと赴いた。
〜※〜
「なんだか懐かしいなぁ……」
ここに来たのは夏以来だ。あの時は弥白に再会するために来たんだっけ。今年の話のはずなのに、今となっては遠い昔のように感じる。
前来た時は広い畑が広がっていたけど、今はすっかりどこもかしこも雪で埋め尽くされてしまっている。北国ならではの光景だ。
「人里……か」
その言葉を呟くと、どうしても昔のことを思い出してしまう。
弥白のお陰で少しは克服できたと思っているけど、トラウマというのはどうしても完全には拭い切れないもののようで、今でも人間を相手にすると思うと警戒してしまう。
あの時は親切なお婆さんが相手だったから、思っていたよりも余裕を持って接することができた。でも今回は村の中にまで入らなくちゃいけないわけで、自然と身体が強張って緊張してしまう。
とは言え、私は弥白の実家の明確な場所を知らないわけで、誰かを相手に聞き込みをしないと何も始まらない。
「……よしっ」
両の頬を何度か叩いて気合を入れ、村の中へと一歩を踏み出した。
少しすると人の気配が増え始め、ちらほらと周りに人が見えるようになる。
井戸端会議をしている主婦達もいれば、学校が終わってはしゃぎ回っている子供達もいる。大きな村とは言えないけど、賑わいのある村のようだ。
「うぉっ!? めっちゃべっぴん!」
「おいコラ、妻を差し押さえて目移りしてんじゃないわよ」
「私知ってる。じょゆーさんって言うんだよね」
「ちっげーよ。とーちゃんが前に言ってたけど、綺麗なおねーさんの大半はあっち系のじょゆーさんなんだって」
「アンタは子供になんちゅーこと教えてんの!」
見掛けない人が突然村を訪れたせいか、自然と周りから注目を浴び始めた。
向こうに悪気はないんだろうけど、正直居心地が悪い。今の家族のやり取りは面白かったけど。
「おねーさんなんでここに来たの? 観光?」
子供の女の子に話し掛けられた。純粋無垢な子供相手ならまだ何とか……。
「まぁそんなところかな。そうだお嬢ちゃん、一つ聞きたいことがあるんだけど聞いていい?」
「……不審者?」
明るい笑顔がコロッと変わり、得体の知れない怪しい人を見る目に変わる。親の教育の賜物なのかな。
「不審者じゃないよ? えっと、実は知り合いの家を探してて、でもその家が何処にあるのか知らなくて、それで――」
「一方的に惚れた相手の居所を突き止めるため、ストーカー紛いの情報集めでその異性の居所を明確にしようとしたわけね! やっぱり不審者だ!」
「急に饒舌になったね!?」
ませた子供だなぁ……。ドラマとか見てこういう言葉を覚えるのかな? 子供の知識の吸収力恐るべし。
「そうじゃなくて、その人は私の恋人なの。だからストーカーってわけじゃないの」
「おねーさん、被害妄想も程々にしないと警察のお世話になっちゃうよ」
「妄想彼氏でもないから! ちゃんと実在してるから! 弥白っていう名前なんだけど、お嬢ちゃん知らないかな?」
「弥白……」
その名前を聞いた途端、ざわりと周りの空気が変わった。
さっきまで私に注目していた人達が一人残らず視線を逸らし、女の子も口籠ってしまった。
「えっと……?」
「ごめんねおねーさん。その人と知り合いの人とは関わっちゃ駄目っておかーさんに言われてるの」
「え? それってどういう……」
女の子は私の問いには答えてくれず、そのまま何処ぞへと去って行ってしまった。
周りを見渡すと、私を避けるように周りの人達もいなくなってしまった。
……どういうこと? この村で弥白が何かしらの扱いを受けていたってことなのかな。だとしたら一体何が……。
しかし困ったことに、周りに避けられてしまったせいで聞き込みをすることができなくなってしまった。
せめて弥白の実家に住んでる妖怪の誰かに会えればいいんだけど、こんな人に目立つところで会えるわけもないよね。
――と思っていたけど、そんなことは無かった。
「ない、ない、ないのぅ……」
突然聞こえて来たその声の方角を見つめると、身体中に目玉が付いていて、小さな子供くらいの大きさの餅の塊みたいな妖怪がやって来た。
何かを無くしてしまったのか、落し物を探しているようだ。取り敢えず声を掛けてみよう。
「あの、すいません。もしかして貴方は弥白のお知り合いだったりしますでしょうか?」
「ぬぅ? お嬢ちゃん、儂のことが見えるのかのぅ?」
「こう見えて私も一応妖怪なんです。人から見える妖怪なのであまり人とは変わらないんですけど」
「そうかそうか。それで、お嬢ちゃんは弥白ちゃんのことを探しているようじゃが、生憎弥白ちゃんはもうこの村には住んでいなくてのぅ」
「あっ、いえ、弥白本人を探しに来たわけじゃないんです。弥白の実家の方に用があって来たんですけど、その肝心の場所が分からなくて困ってたんです」
「なるほど、そういうことじゃったか。ならば儂が案内を……と言いたいところじゃが、儂は探し物を探している最中でのぅ。それを見つけなければいかんせん、周りがよく見えないんじゃよ」
「そう言えば何かを探しているご様子でしたね。一体何を探していたんですか?」
「コンタクトレンズじゃ。その昔、弥白ちゃんが儂の目を気遣って作ってくれての。しかしこれがまたよく目から落ちてしまうもので、既に四十二ものコンタクトレンズを落としてしまってのぅ。前の視界がボヤけてよく見えないんじゃよ」
この冬場にそんなとてつもない数のコンタクトレンズを落とすって、砂漠から一定の砂粒を探し当てるくらい無理な話なんじゃ?
「お爺さんがよかったら私もお手伝いしますけど……」
「いや、そっちに関しては慣れっこじゃから大丈夫じゃよ。それよりお嬢ちゃんの案内の件に関してじゃが、この道を真っ直ぐ行くと人気の無い空き地があるんじゃが、今そこでサトリちゃん達が遊んでいるはずじゃ。あの子達なら協力してくれるじゃろぅ」
「本当ですか? ありがとうございますお爺さん」
「ほっほっほっ、いやいやいいんじゃよ。それでは、儂は探し物の続きをするとしようかのぅ」
「ない、ない、ないのぅ」と呟きながら、親切な妖怪お爺さんは雪道を辿って何処かに行ってしまった。
サトリちゃんの所在を知ることができたのはありがたい。弥白の義妹のサトリちゃんなら進んで協力してくれるだろうし、私が知らない弥白の過去を知っている可能性が高い。
早速サトリちゃんに会うべく、お爺さんが指を差していた方角を辿って行く。
しばらく歩いていくと、廃墟の小屋ばかりある寂れた場所にやって来た。確かにこういう場所なら妖怪も安心していられるし、遊ぶことができるんだろう。
「フハハハハッ! 手も足も出まい! 貴様にこの動きが見極められるか!?」
お爺さんが言っていた空き地らしき場所が見えてくると、聞き覚えのある高笑いが聞こえて来た。
遠くから目を凝らしてよく見てみると、狸小僧の狸君とサトリちゃんが雪遊びをしていた。なんとも微笑ましい光景だ。
「数多の修行を積み重ね、我はついに光に等しい速度を手に入れた! 相手の心を読むことができる術を持つ貴様と言えど、この動きは見切れまい!」
「くっ、まるで神速ですね。いつの間にこんな実力を身に付けて……」
「遅い遅い遅い! 遅過ぎるぞ心理読みの猛者よ! 所詮は家でごろ寝の日々を過ごす幼子! 日々鍛錬を欠かさず邁進してきた我に敵うはずも無し! 今ここで敗北に溺れるがいい!」
狸君は目にも止まらぬ速さでサトリちゃんを翻弄し、あらゆる角度から雪玉の猛攻を仕掛けている。
既にサトリちゃんの全身は雪塗れになっていて、寒さで身体をガクガクと震わせている。私からすれば世にも恐ろしい縮図だ。
「舐められたものですね。この程度、私からしたら前座のようなものですよ。今貴方が抱いている慢心は、自ずと隙を生じさせます」
「言い訳は敗北した後で吠えるがいい! さぁ、これでとどめといこうではないか!」
十分雪のダメージを負ったサトリちゃんを見計らい、狸君は一度動きを止めて両手を天に掲げた。
すると、手の平の先に周りの雪がみるみると集まって行き、そこそこ大きな雪玉が出来上がった。
「穿て! 我が銀翼の波動よ! 奴を愚かな敗北者へ仕立て上げ――」
「取ったぁ!」
「何っ!? ぐぁぁ……」
勝利を急ぎ過ぎたことで判断を誤ったことに気付かなかったようで、溜めの長い挙動を見て見ぬフリしてくれるわけもなく、サトリちゃんが投げたミサイルのような雪玉が、狸君の顔面に直撃した。
小さな身体はコロコロと転がって二匹に分裂すると、ぐったりと仰向けに倒れ込んだ。
「だから言ったでしょう。勝ちが見えて調子に乗るから油断してしまうんです。まだまだ甘いですねタヌッち君」
「「小娘の分際で生意気な……。兄妹揃って投擲力の化け物か」」
既視感を覚える投げの強さだと思ったけど、そういえば弥白も人間外れの投擲力だったっけ。どんな特訓したらあんな力が身に付くんだろう。
狸君はお互いの身を寄せ合って一つに戻ると、顔にこべりついた雪を振り払って身を起こした。
「しかしまだだ! 我はまだ極限まで力を高めず、真髄に達してはいない! 真の勝負はまだ始まってもいないのだ!」
「クリティカル決めて気分良いので、もうこの辺でお開きにしたいんですけど」
「勝ち逃げする気か! そうはいかん! 最後の最後まで付き合ってもらうぞ!」
「あ、あの〜……」
このまま黙って見ていたら勝負が長引きそうだったので、乗り気じゃ無くなったサトリちゃんを確認した後で声を掛けた。
「あっ、雪羅さん、お久し振りです。何時ぞやの野球試合以来ですね」
「む? 貴様は我が宿敵の嫁。真剣勝負に水を差すとは無粋な輩め……」
「ご、ごめんなさい。何だか長くなりそうだったから、隙が見えたら失礼承知で割り込もうと思ってたの」
「いえ、いいんですよ雪羅さん。アレは兄さんと同じ部類の生き物なので、面倒臭くなったら放っておけばいいんです」
「人を代名詞で呼ぶとは失礼な……。致し方あるまい。こうなれば嫁共々雪に沈めてやる!」
意図せず油に火を注いでしまったようで、狸君は飛翔して雪玉を片手に襲い掛かって来た。
「雪羅さん、やっちゃってください」
「え? でも流石にそれは……」
「それくらいしないと止まらないんですよ。頭冷やせば熱も冷めると思いますし」
「そういうことなら……。ごめんね狸君」
私の顔にぶつかってくるタイミングを見計らい、真正面にそこそこ大きい氷柱を発現させた。
「ぐぇっ!?」
狸君は顔から氷柱に直撃して間抜けな声を漏らすと、ズルズルと下に落ちて大の字に寝転んだまま動かなくなった。
「これでようやく落ち着けます。手間を掛けてすいませんでした」
「それは別にいいんだけど、結果的にやり過ぎちゃったような気が……」
「やり過ぎるくらいが丁度いいんです。それで、見たところ雪羅さん一人のようですけど、兄さんは一緒じゃないんですか?」
「えっと……」
話すべきか話さないべきか迷ったけど、下手に話せば話が広がって皆に心配を掛ける可能性が高くなる。サトリちゃんには悪いけど、弥白のことは黙っておこう。
「今日は私一人で来たの。実はサトリちゃん達に聞きたいことがあって、それで――」
「雪羅さん。先に言っておきますけど、私がどういう妖怪なのかご存知ですよね?」
「…………あっ」
忘れていた。サトリちゃんはその名の通り、覚という妖怪。相手の心の内を読むことができるため、隠し事をすることは不可能だった。
私の心の中を読んで事情を察したのか、不安が混じったような真剣な顔で私の顔を見据えて来た。
「今雪羅さんが知りたいと思っている話ですけど、その話に関して私は詳しく知りません。あの出来事に関わっていたのは“四人”だけですから」
「その四人って?」
「まず一人目は兄さん本人。二人目はそこで気絶してるお馬鹿さん。三人目は厠姉さん。そして四人目は、兄さんの育ての親です」
「育ての親……」
弥白に両親がいないという話は聞いていた。とある人に身寄りを引き取ってもらい、今もその人から仕送りをもらうことで生活を続けていられているんだとか。
「“ひぃさん”と私達は呼んでいます。話を聞くならひぃさんに聞くのが一番宜しいかと」
「そっか。その人は今家にいるのかな?」
「外に出る頻度が少ない方ですから、大抵は家にいますよ。私も丁度帰ろうと思っていましたし、案内しますね」
「うん、ありがとうサトリちゃん」
その“ひぃさん”という育ての親なら、弥白のことを詳しく知っているはず。これでようやく弥白の過去に近付くことができる。
サトリちゃんは狸君の尻尾を掴んで引きずりながら歩いて行き、廃墟だらけの中に建っている唯一まともな一軒家を指差した。
「案内すると言っても、もうあそこに見えているんですけどね」
「あっ、そうだったんだ……」
「……っと、あの人に会う前に伝えておきますが、簡単に話を聞けるとは思わないでください」
「え? それってどういうこと?」
「なんと言いますか、大分性格に難があるといいますか……。まぁ会えば分かりますよ」
「は、はぁ……」
その時、私は前に言っていた弥白の言葉を思い出していた。
弥白は何度かその育ての親のことを話していたけど、その時に決まって言っていた言葉があった。
『扱き使い魔』。あの口振りから察するに、人使いが荒い人なんだと容易に想像がついた。
……何だか嫌な予感がしてきた。
家の玄関の前までやって来ると、サトリちゃんは身体の雪を払いながらドアを開いた。
「も、もう勘弁してくださいぃ!」
家の中に入ると、奥の方から悲鳴ような泣き言が聞こえて来た。聞き覚えのある声からして、恐らく厠神さんだろう。
「ただいま帰りましたー」
「お、おじゃまします」
家の中で何かが起こっているにも関わらず、サトリちゃんはマイペースなまま家に上がり、私は黙ってその後に続いていく。
そしてリビングにやってきたところで、私はその光景を見て硬直した。
「この程度のこともできんのか。それで女を語れる身とは片腹痛いもんだな」
リビングには、厠神さんとひぃさんらしき人物が揃っていた。
厠神さんは床に頭を擦り付けるように土下座をしていて、ひぃさんはその頭の上に足裏を押し付けている。まるで女帝と奴隷の縮図のようだ。
「所詮はおっぱいだけを武器としたクソビッチ。家事を任せようとした私が浅はかだったようだな」
「そんなものを武器にした覚えはありませんけど、もう少しだけ猶予をください! 次こそは完璧にこなしてみせますから!」
「そう言う奴に限って同じ過ちを繰り返すもんなんだよ。期待するだけ時間の無駄だ」
「そんな殺生な!?」
「それだけお前が無能だってことだ。身の程を知れ乳ビッチ」
「ひ、酷い……」
がくんと項垂れたまま動かなくなってしまう厠神さん。
何があったのかイマイチ伝わって来ないけど、足蹴にされて罵倒を浴びせられているのを黙って見ているわけにもいかない。
「あ、あの、厠神さんも反省しているようですし、そこまでにしてあげたらどうですか?」
「あァ?」
ヤクザのような首の曲げっぷりで、面倒臭そうな人を見る目で見つめて来た。
「今帰って来たのかサトリ。つか誰だその小娘」
「この人は兄さんの恋人で、雪羅さんと言う方です。前に話しましたよね?」
「そういやいつだったかそんな奴の話を聞いたな」
「こいつがあの馬鹿のねぇ……」と呟きながら、私の周りを回りながらじろじろ見つめて来る。
着ているTシャツも半ズボンもボロボロで、咥え煙草という素行の悪さ。髪は後ろで束ねてポニーテールという女らしい一面もあるけど、雰囲気からしてまともな女性とはとても思えない。
本当にこの人が弥白の育ての親なんだろうか。今のところ子供を育てられるような人には見えないけど……。
「八方美人を絵に描いたような奴だな。だがそういう奴に限って性格に難があったりするよな。依存性が強いとか、病みが入っていたりとかな」
「んぐっ……」
「おっ、図星か? 嘘は隠せないタイプのようだな」
人を小馬鹿にするようにケラケラと笑われる。
私は私で過去に刺々しい時期があったからあまり人のことは言えないけど、だとしても初対面相手にこの態度は失礼極まりないと思ってしまう。
「いきなり容赦無いですねひぃさん。所構わず挑発するのは控えた方がいいって言ってるじゃないですか」
「挑発だなんて人聞きの悪いこと言うなよ。少しからかってやってるだけだろうが」
「そうやって今まで何人敵を作ってきたんですか貴女は……」
「んなのいちいち覚えてるわけないだろ」
「でしょうね。そう返されると思ってましたよ」
「だったら最初から聞くなっての。あ〜、肩が重い……」
なんだろう、この適当で自由な感じ。そこだけ弥白に通ずる何かを感じる。
「おい銀髪少女」
急に話し掛けられて少し肩が跳ねた。なんでビビってるんだろ私……。
「な、なんですか?」
「たとえお前が客人だろうと、あいつの恋人だってんなら遠慮するつもりは一切無い。つーわけで私の肩を揉め」
「唐突にそんなことを言われましても……。それに私、貴女と厠神さんに聞きたい話があって――」
「だったら尚更肩を揉んで私のご機嫌を回収することだな。社会ってのは無償で利益を得られるだなんて、そんな甘いシステムにはなっちゃいない。利益を得るには対価を払うのが常識だ」
「……相変わらずの性格の悪さですねぇ」
「聞こえてんだよ乳ビッチ。対価の一つも払えねぇカスは黙ってろ」
「痛い痛い! お尻を蹴らないでくださいよ!」
利益を得るには対価を払え。要ははこの人の役に立てばいいわけだ。
だったら話は簡単だ。この人のことは正直好きになれそうもないけど、下手に逆らうより順応した方がいい。
「分かりました。お肩を揉ませていただきます」
「ほほぅ、物分かりがいいじゃないか。どっかの馬鹿と違って扱い易い」
「……いちいち弥白の悪態を突かなくてもいいじゃないですか」
「んん? 私は一度も弥白だなんて名前を言った覚えはないんだが? それはつまり、お前もあの馬鹿のことを馬鹿と思っているわけで――」
「早く座ってくれませんか? 口は動かさなくてもいいので」
「ははっ、おっかない笑顔を浮かべやがる。怖い怖い」
常時冷静にいることを心掛けておこう。じゃないと我慢の紐が解けてしまうかもしれないから。




