主さんのいない妖怪屋敷 後編
俺の貞操を奪おうと、娘達と密会していた卑しい三大妖怪。
俺がいない間、養分がどうこう言って言い訳しながらダラけていたソウルフレンドと愛しき彼女。
将来のために学校に通って勉強している間に、まさか向こうはこんな無法地帯になっているとは予想だにしていなかった。
俺の予想としては、人間の休日と何ら変わりない平凡な生活を送っていると思っていたのに、中身を開けて見てみればこれだ。
キサナ達に関しては人間らしいと言えば人間らしいが、ニート一直線な日常となると十分に問題がある。妖怪とはいえ、きちんとやることやってもらわないと。
さて、後ここで確認するべき妖怪達は一組のみ。どれだけ長い年月を過ごしても未だ思春期真っ盛り集団である鬼組の連中だ。
ある意味彼らは玉さんと同じくらい厄介だ。なんせ最近の温羅兄とくれば、俺を逆恨みして地味な嫌がらせを仕掛けて来る頻度が多くなっているのだから。
モテる男は排除すべきと豪語する温羅兄だが、日頃の行いを正して周りの評価を上げれば十分にモテられるはずなのだ。ゲス野郎で通ってる温羅兄だが、容姿だけは強面のイケメンであるのだから。
しかしどれだけ説得を試みようと、あのゲス鬼は一向に自分自身を見直そうとせず、自分にとって不利益な行動ばかり取ってしまう。
そんなお馬鹿さんを筆頭とした鬼達は普段どのような日々を過ごしているのか。これを確かめないわけにはいかない。
俺の予想としては、彼らは建築業を営んでいるということだから、ひっそりと仕事に精を出しているのでは……なんて淡い期待を抱くが、きっとまた予想外のことをしているんだろう……。
彼らの全貌を暴くべく、いざ狐屋敷から鬼屋敷へと移動する。無論、移動する場所は天井裏だ。
まずは大広間の方を確認するため、他のめぼしい場所を捨て置いて移動する。
そして大広間の天井裏までやって来ると、覗き穴を作るために工具を――取り出そうとしたが、こっちの屋敷の設備には文字通り穴があったようで、ところどころに割れ目が出来ていた。手間が省けて助かる。
そうして俺は、彼らの日常を目の当たりにした。
「「「モテ男滅ぶべし! モテ男滅ぶべし!」」」
「世の全てのモテ男に断罪を! 世の全てのリア充に天罰を!」
「「「火炙りじゃぁぁぁ!! カップルと夫婦を火炙りじゃぁぁぁ!!」」」
大広間は暗幕のカーテンで暗闇に覆われていた。
ところどころに蝋燭の火が何十本も立てられていて、鬼達は怪しい民族衣装のような衣服に着替えている。まるで危ない宗教団体だ。
司教のようなポジションについている温羅兄は真っ黒なローブを身にまとっていて、手に持つ松明を振り回しながら断罪だの天罰だのと喚き散らしている。いつにも増して何とも痛々しい姿だ。
「我らの敵は眼前にあり! その名を申せ、同士の諸君!」
「「「弥白というクソガキです!!」」」
「exactly! 世のモテ男を滅ぼす前に滅ぼすべきは、我らの日常の中に潜むたった一人の外敵のみ! その宿願が成された時、我らのモテ男撲滅運動は大いなる一歩を踏み出すこととなる! 理解はしているか同士諸君!」
「「「うぉおおお!!」」」
怒号のような掛け声が屋敷内に響き渡る。彼らの嫉妬の炎は激しく燃え盛り、既に水を掛けようが消化することのない大火事状態となっていた。
にしてもいつの間に俺がモテ男になっていたと? 同年代の女子から痛い奴を見る目で見続けられて来たこの俺のどの辺がモテ男だと? 彼らの目の敵にされていることがどうにも納得いかない。
「それでは、これより第五十四回目の作戦集会を行う。まずは情報班から報告を」
「はい」と名乗り出てくる鬼の一人。
俺がいない時にこんなことを五十四回もやり続けていたのか。正気の沙汰とは思えない。塵が積もって出来た妬みの山の高さは侮れないというわけなのか。
「先日、我らが考案した『下剤でモテ男を糞野郎作戦』を兄貴が実行した結果、序盤は計画通りに作戦成功。事の顛末として、憎き小僧に文字通りの糞野郎というあだ名を命名するにまで至った」
「流石は兄貴……」と賞賛の声が他方から聞こえてくる。
あの嫌がらせはこの集会で模索したものだったのか。なんて陰湿なことをする伝説の鬼だろうか。
「しかし作戦の途中、我らがアイドルこと桜華の目に入ったことで決定打には至らず、逆に兄貴に決定打の鉄槌が下された。お陰で我らの好感度は更に減少の一途を辿ることとなった」
「流石はゲス野郎……」と非情の声が他方から聞こえてくる。さっきまでの尊敬の眼差しは何処へやら。
「以下の点を踏まえて今後我らが気を付けるべきは、いかに女子勢に悟られないように奴を陥れるか。それが今回得られた検証での結果である」
「実際それが一番難しい問題だよな。なんたって奴は狐屋敷側に居候してやがるからな」
「しかも一人で行動する頻度は少なく、大抵は誰かと一緒に行動してるしな。今回の検証に関しては奇跡のタイミングと言ってもいいぜ」
「正攻法じゃ単独のところを狙うのは無理に等しい。まずは奴の周りから女子勢の気配を取り除く方法を考えた方がいいのでは?」
あれやこれやと真剣に今後の方針を相談し合う鬼達。その熱意の使い所を履き違えないでもらいたいものだ。
「兄貴! やっぱこんなちまちましたやり方は俺達の性に合わねぇぜ! ここは一つ、暗闇に乗じて袋叩きにしてやりましょうぜ!」
「そうだそうだ! あのクソモテ野郎は一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇぜ!」
物騒な発言によって殺伐とした空気が伝染していき、半分近くの鬼達が俺を殴ることを推し始める。
本気で鬼に殴られたりでもしたら重症だ。最悪の場合は死に至る可能性もある。できればその方向性で話を進めないで頂きたいものだが……。
「大馬鹿野郎! 暴力で有無を言わさず断罪するなど低脳の極み! そういう発言は先のことを考えた上で言いやがれ!」
しかし温羅兄は暴力を主張する鬼達を一喝し、言語道断だと斬り伏せた。
荒い性格のくせに実は非暴力主義者。温羅兄の数少ない良い部分である。
「昔は俺もその案を実行に移そうかと考えたことがある。だが冷静になって考えて、そいつは俺達鬼組の完全崩壊に繋がることになるという結論に思い至った」
「なんでだよ。大将の首を取れば戦争は終わりじゃねぇかよ」
いつ誰が何の戦争の大将になったのかをまず説明して欲しい。
「馬鹿野郎、よく考えてもみろ。坊をボコるまではいいが、その傷は必ず女子勢の目に入ることになる。そうなったら最後、脳筋や玉さんは勿論のこと、最も危険な“あの野郎”が俺達全員一人残らず滅す未来が目に見えてんだよ」
「玉さんより危険な奴がいると? 誰ですかそれ」
「あのメンヘラ雪ん子に決まってんだろ。お前らは知らねぇだろうが、実は俺と脳筋は今年の夏頃に化け物熊とガチ死闘したことがあってな。だが二人掛かりでも手も足も出ずに蹂躙されちまった。で、そんな化け物をあの女は呆気なく一撃で葬っちまった」
「マ、マジですか……。桜華と兄貴が組んでも勝てない相手を……?」
ごくりと固唾を飲む鬼達。
姉御や呉葉といったように、俺の周りには腕の立つ妖怪がいるけれど、その中でも雪羅は頭一つ飛び抜けた強さを秘めているのかもしれない。温羅兄の言う通り、あの熊風をたった一撃で葬り去ってしまったのだから。
「玉さんは玉さんで恐ろしいが、本当に恐ろしいのはあのメンヘラ雪ん子だ。しかもあいつは坊にベタ惚れな上に彼女だからな。そんな奴が傷付いた坊を見れば、俺達全員粉々の氷解の刑に処されてお陀仏よ」
「いつの時代も女は強しってか。いつになったら男が天下を取れる日がやって来るんだ……」
恐らくそんな天下は一生訪れないだろう。男より女が上というカースト制度は、世間の一般常識に染み付いてしまっているのだから。
「物理的暴力策が駄目だとしたら、嫌がらせで精神的に追い込んでいくという選択肢だけが残されますね」
「あぁ、結果的にそれが一番有効だってことが前回の検証で判明したからな。この前は運悪く脳筋にバレて肉塊にされちまったが、あのまま上手くいっていれば計画通りに事が進んだはずだ」
「つまり、俺達の仕業だと女子勢に悟られないように、影ながら奴に報復すればいいってわけか」
「そういうことだ。てことで、テメェら何か良い策は思い付かねぇか?」
一斉に唸りながら良案を導き出そうとする鬼達。
その団結力は素晴らしいものではあるが、目的が目的なだけに呆れざるを得ない。
しばらくして、何らかの案を思い付いた一人の鬼が挙手をした。
「兄貴。嫌がらせをするという方向性に関しちゃ否定しませんが、その嫌がらせの攻め方に変化を加えるってのはどうですかね?」
「あァ? どういうこった?」
「俺達が思い描いている嫌がらせってのは、奴に嫌がらせをすることで奴自身を不快な気持ちにさせるって流れでしょう? そうじゃなくて、俺達の嫌がらせによって奴自身の評価を下げるってのはどうでしょうか」
「……詳しく聞こうじゃねぇか」
何だかよりキナ臭い話になって来た。温羅兄は興味津々のご様子。
「分かり易く内容を伝えるとこうです。まず、女子勢に悟られないように奴に嫌がらせを行う。そしてその嫌がらせにより、奴自身に女性受けしない何らかの変化を齎す。そうすることで奴という男のステータスが下落し、評価の下がった奴は自然と女子勢から距離を置かれるようになる……というわけです」
「ほほぅ……。テメェさては策士だな?」
「天才かあいつは……」という声がちらほらと聞こえて来る。
要は、俺を自分達と同じようなクズの人種に引き込むという話なわけだ。
自分達の評判を上げられないから、周りの奴らを道連れにしようとするその性根は如何なものか。
「流れは伝わったが、具体的に奴にどういう嫌がらせをすれば評判を下げられるってんだ? 口で言うのは簡単だが、いざ実行しようとなれば難しい話だと思うぞ」
「それに関しても既に案は出してあります。必然的に女子勢から文字通り距離を置かれるような状態にするべく、奴に一定の嫌がらせを仕掛けます。その内容とはズバリ――“匂い”です」
「匂い? どういうこった」
「匂い……つまりは腐臭です。要は奴の体臭がキツくなるような嫌がらせをすればいいんです。臭い男というのは確実に女子勢から嫌われる要素の一つですからね。恐らく決定的な一打となることは自明の理でしょう」
あんな陰湿な孔明が実在していたことがまことに悲しい。俺からすればそれは嫌がらせじゃなくてイジメだ。
「匂いか……良い点を突きやがる。ちなみにどんな腐臭をチョイスするつもりだ?」
「フッ……決まっているじゃないですか。誰もが決して良い顔しないであろう究極の腐臭。それでいて尚、ごく一般的な日常に潜んでいるあの匂いですよ」
「テメェ……まさか……」
「そう……その匂いとはズバリ――ウ◯コです」
誰かあの糞鬼張り倒してくれないかなぁ……。
「体臭からウ◯コの匂いが漂うようになれば、もう言うこと無しですよ。だってウ◯コですからね。女子勢どころか男子勢からも距離を置かれるようになりますよ。だってウ◯コですからね。いくら奴がモテ男だとしても、この匂いが染み付けば一発アウトですよ。だってウ◯コですからね」
ここぞとばかりに連呼する。そのワード言いたいだけだろう。
「ウ◯コだけに糞みてぇなこと考えるなテメェ」
「おっ、上手いこと言いますね兄貴」
ピキッとこめかみに筋が立った。誰かに殺意が芽生えるだなんていつ以来だろう。
「兎にも角にも、奴をウ◯コ臭くさせることができれば俺達の勝ちです。そうなれば奴も俺達と同じ穴の狢ですよ」
「話は分かったが、具体的にどうやって坊を臭くするつもりだ?」
「そう言われると思いまして、そちらの方に関しても既に手は打っています。お二方、入って来てください」
鬼がそう言うと襖が開かれ、大きな箱が乗っているリアカーを押しながら一人の妖怪が入室して来た。
「ひれ伏せ負け犬共。真打ちの登場だ」
「……誰だテメェ?」
「拙者を知らぬとは……。伝説と鬼とはいえ、所詮は凡愚ということか」
忍装束に身を包み、気色悪い腕毛を生やした変態妖怪の一角。確か変態コンテストの時に顔を合わせたはず。名前は確か、狸伝膏と言ったか。
「おい、初対面でこの口の悪さはなんだ。こんな野郎に何ができるってんだ」
「落ち着いて下さい兄貴。狸伝膏さんは実行役にお呼びした貴重な戦力です。そして肝心の戦力の要となる人物は――」
「あっ、どもども。今ちゃんと姿見せますねハイ」
何処からか声がしたと思いきや、リアカーに乗っている箱の蓋が開いて、その中から人の形を成した上半身だけの泥の塊が飛び出て来た。
あれは“泥田坊”か。全身泥で出来た妖怪で、主に田んぼに住み着いているとかいう。俺からすれば一つ目小僧の泥バージョンみたいな感じだ。
「何でもご助力して頂きたいとのお話をお聞きしまして、こうしてリアカーに泥を詰めて頂いて参ったんですねハイ」
「待っていました泥田坊さん。それで、事前に頼んでいた物は?」
「あぁハイ、ちゃんと大量生産しておきましたよハイ。自分不器用なので繊細な作業をするのは苦労しましたけど、それなりの数は作れたと思っていますよハイ」
泥田坊はもぞもぞと身体を動かし始めると、全身から小さな小瓶をぽとぽとと畳の上に落とした。
温羅兄は訝しみながら小瓶の一つを摘まみ取ると、目を細めて苦い顔をした。
「……何だこの茶色い液体。蓋開けてねぇのに少し臭うぞ」
「ウ◯コの匂い成分を抽出して液体状にした物ですハイ。使う時以外は蓋を開けないようにして下さいねハイ。それ直で匂い嗅いだら意識持っていかれる代物なんですよハイ」
「そういうことか。これが次の作戦のキーアイテムってわけだ」
「そういうことです。一つ一つ量が少ないですが、例えば一瓶の中身を服に掛けてしまえば、その服はもう終わりです。何度洗濯しようとも匂いを取り除くことは不可能です。つまりこれを直接身体に掛けてしまえば……」
俺は一生ウ◯コ臭い男になってしまい、今後一生半径五メートル以内に人が近付いて来なくなってしまうというわけだ。ある意味兵器と言っても大袈裟じゃない物だ。
冗談じゃない。人間だけに留まらず、妖怪の皆からも距離を置かれるなんて状況になってみろ。俺の人生は確実に終止符を打つことになるぞ。
「狸伝膏さんは隠密行動を得意としていると聞き及んでいるので、これを使用する役目は狸伝膏さんに引き受けてもらうように話を進めています。つまり、後は計画を実行するだけで事は滞りなく進行し、念願の一つを果たせるというわけです」
鬼畜策士め……。でも偶然このタイミングで集会を目撃できたのは大きな収穫だ。早いとここっちも手を打たないと洒落にならないことに――
「いやちょっと待て。テメェの計画はよく分かったが、一つだけ納得できねぇ箇所がある」
「え?」
川の流れのようにスムーズに話が進んでいたが、ここで温羅兄がその流れを堰き止めた。
「腐臭で坊を追い込むことに関しちゃ文句の付け所は無ぇ。だが実行役がそいつ一人だけってのが気に食わねぇ。この戦いは俺達だけで続けて来たことだってのに、肝心な所を部外者に持っていかれるだなんて俺のプライドが許さねぇ」
「プライドって……。兄貴からしたらあって無いようなものじゃないですか」
「んだとテメェ!? 俺にも意地くらいあるわ! むしろプライドが無いのは、平気な顔して作戦を他人任せにしようとしているテメェの方だろうが!」
「えぇぇ……。俺はただ兄貴の要望に応えようとしているだけなんですけど……」
「その気持ちは嬉しいが、計画にゃ変更を加えさせてもらう。だからそいつにゃ帰ってもらえ」
「わ、分かりました。そういうことなので狸伝膏さん、折角来てもらって悪いんですけど貴方は――」
「口を閉じていろ策士」
温羅兄の命令で狸伝膏退場と思われた時、納得がいっていないご様子の狸伝膏が温羅兄の前に出た。
「噂には聞いていたが、度が過ぎた凡愚もいいところだな。己の未熟さを見て見ぬフリをし、つまらぬ意地を優先して身勝手に行動し、挙げ句の果てには己を慕ってくれる舎弟達を道連れに地獄に落ちる。そんな哀れとしか言いようの無い未来しか導けない凡愚にこの役目が務まるものか」
「あァ? さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。テメェに俺の何が分かるってんだ。毛むくじゃらの部外者は家に帰って脱毛処理に精を出してりゃいいんだよ」
「ならば貴様は部屋に戻って、その女々しい角をせっせと磨いていることだ。それで少しは腐った性根が多少なりともマシになるだろう。元が腐り切っているから僅かな光明も無下に散ることになるだろうがな」
「減らず口と憎まれ口しか叩けねぇのか腕毛野郎」
「惨めなブーメラン言葉だな愚鈍の鬼」
「「…………」」
口喧嘩が一時止まって沈黙が訪れる。
二人は睨み合ったまま動かなくなると、闘気のようなオーラを背に醸し出して殺気立つ。
「ま、待って下さい兄貴。ここで狸伝膏さんと喧嘩してどうするんですか。今は奴に報復するための手立てを――」
「うるせぇ」
「んぐっ!?」
温羅兄は策士鬼の口の中に例の小瓶を放り投げ、険悪になってるムードを鎮圧させようとした策士鬼は敢え無く気絶してしまった。
「良い機会だ。初対面の相手に今後失礼の無いよう、この俺直々に礼儀やマナーってやつをその身に教えてやるよ」
「無作法しか知らないであろう低脳の鬼に教わる知識など無いわ」
「まぁまぁ遠慮するなよ。まず第一に、癪に触ったクソ野郎にゃ一発叩き込んでおくのが常識だ死ねやぁぁぁ!!」
珍しく頭に血が上った温羅兄が目を三角にして、本気で殴り飛ばそうと狸伝膏に襲い掛かった。
「どっちが礼儀知らずか……。むしろ拙者が貴様に常識というものを教えてやろう。まず第一に、生意気な鬼には天誅と言う名の断罪を下すのが常識だ散れぇぇぇ!!」
狸伝膏も対抗して何処からかクナイを取り出し、伝説の鬼を相手に大喧嘩をおっ始める。
犬猿の仲並みに相性悪いなあの二人。俺にとっては好都合の展開だけど。
「ちょっとちょっと喧嘩は駄目ですよお二人共。付近に小瓶がまだ落ちてること分かってます? そんなところで暴れたら間違って小瓶を踏んで――」
パリンッ
「あぁ言わんこっちゃないですハイ……」
未だ畳の上に転がっている小瓶を気にも止めずに喧嘩することで、温羅兄が誤って小瓶の一つを踏んで割ってしまった。
「うっ!?」
天井裏の方にも漂って来る異常な腐臭。咄嗟に鼻を摘むものの、強烈な匂いで目から涙が滲み出て来た。
「うわ臭っ!? 兄貴一旦落ち着いて下さい! このままじゃまた本末転倒なことに臭っ!?」
「だ、誰かあの二人止め臭っ!? 駄目だ臭すぎて近寄れねぇ!」
「消臭剤だ! 誰か大量にファブ◯ーズ持って来い!」
「だ、駄目だ! この屋敷にはトイレ用のファブ◯ーズしか置いてねぇ! しかも香りが薔薇のやつしかねぇ!」
「ウ◯コの匂いなんだからむしろ適正あるだろ! 薔薇の匂いの何が駄目なんだ!」
「いや俺薔薇の匂い嫌いだからさ。あれはあれで臭くね?」
「言ってる場合かぁ!!」
暴れる二人が次々と小瓶を踏んで割っていき、大広間は腐臭地獄に陥っていく。とても耐えられない腐臭に鬼達はパニックになり、屋敷内に阿鼻叫喚が響き渡る。
因果応報とはまさにこのこと。自業自得の結果なので同情の余地も無し。故に俺が援護してやる理由も無い。
これ以上ここにいたらこっちにも臭いが移りそうなので、気配を悟られないようにそそくさと屋敷の外に退場した。
〜※〜
「……ハァ」
一度屋敷から離れると、尻餅をついてため息を吐き捨てる。
一通り皆の様子を見て回ったが、誰も彼もが酷い有様だった。少しは静かにしていると思っていたのに、随時平常進行していたのは猫さん一人だけであった。
皆らしいと言えば皆らしいが、少しは俺や猫さんを見習って欲しいものだ。毎度毎度トラブルの引き金を引かれていては、こっちも気苦労が絶えずに振り回されてしまうのだから。
今になって思えば、実家に住んでいた頃が一番平和だったのかもしれない。たまには厠姉さん達の元に顔を見せにでも行こうかな……。
「あっ、あんにゃところにいた!」
「シロよ〜! 大変じゃぞ〜! 災いが一度に振り返っててんやわんやじゃ〜!」
少しはゆっくりできると思いきや、屋敷の方から猫さん達が慌てて駆け寄って来ていた。
そして更にその後ろからは、狐屋敷と鬼屋敷の人達が一丸となってこっちに向かって来ている姿が……。
「弥白様〜! 玉さんがまた暴走していまして、どうにか止めてくださ〜い!」
「小僧〜! 兄貴が暴れてどうしようもねぇんだ〜! お前の力でなんとかしてくれ〜!」
「…………」
前言撤回。慕われるのは嬉しいけど、慕われ過ぎるのは遠慮願いたいです。
「じゃ、今日は実家の方に帰るんで。猫さん達、後は宜しく」
「あっ、逃げた!」
早く元のボロ屋敷にまた戻りたい。そんな切実な願いを抱きながら全力疾走で逃亡した。
騒がしい日常は程々に――なんて言っても無理だよねぇ……。




