スクールバスター主さん 前編
学校とは何か。
勉学を勤しむ場所? それとも部活で汗水流す青春の場? はたまた友好関係を広めるリア充の巣窟?
いや、違う。俺個人の見解として表現するのならば、そのどれにも該当することはない。
学校とは、只々退屈な義務教育施設だ。
無論、それは俺のようなボッチのみに適用される理論である。
授業が終わり、放課後。帰りのHRが終了して、周りのクラスメイトが各々メンバーを募って教室を出て行く。
中には、未だ教室に残ってトークに興じている人達もしばしば。学生にありがちな光景だ。
かく言う俺は、自分の席でつっぺして眠りこけているフリをしている。早く去ってくれれば良いものの、いつまでグータン◯ーボよろしくトークを繰り広げるつもりなのやら。
「おい」
早く全員去ってはくれないかと密かに祈りを捧げていると、近くに人の気配を察知。減るどころか増えやがったよ。
「おいって。起きろ鼠色」
この距離からして、声を掛けられているのは俺のようだ。だとすれば、俺が取るべき行動は一つ。爆睡しているかのような演技を貫き通すのみよ。
「起きろってんだろド阿呆」
「痛ぁっ!?」
ガスッと何かが俺の頭にクリティカルヒット。尋常ならざる痛みに、思わず飛び起きてしまった。
「何すんの先生! 折角人が気持ち良く寝てるって時に!」
「知ったことか。お前が早よ起きんから悪いんだろうが」
俺を無理矢理起こして来たのは、このクラスの担任である先生だった。
ダボっとした黒ジャージを着て、常に気怠そうな顔をした女教師。隙あらば眠りこけようとする特徴から、生徒からは眠ちゃん先生と呼ばれている。
眠ちゃん先生の手には、一冊の教科書――ではなく、そこそこ大きな辞書が収まっていた。恐らくそれで俺の頭に一撃入れて来たんだろう。しかもあの痛覚からして、角を使ってきていたのは間違い無い。
「生徒を辞書でぶっ叩くことに関して何かご感想を求めます」
「あ〜……まぁ、割とスカッとするわ」
いつ告訴されてもおかしくない発言。これで生徒から支持率を集めているというのだから、世も末だと思ってしまう。
「で、俺に何の用ですか?」
「要件というか、学校側からの頼み事があってな。それでお前を訪ねたわけだ」
「頼み事……?」
しかも一個人からというわけではなく、学校側からの頼み事ときた。まさか委員会がどうたらこうたらみたいな、そういう面倒事を押し付けてくるつもりだろうか。
冗談じゃない。もしそうなったら皆といられる時間が減ってしまうじゃないか。要件を言われずとも、答えは既に出ている。
「お断り致します」
「まだ何も言ってないだろうが。とにかく話だけでも聞け」
「そもそもなんで俺がチョイスされるんですか。抜粋するならもっと適役がいるでしょうに」
「そりゃお前が適役だからに決まってんだろ。お化け人間と言われてるお前がな」
「それは今関係ないでしょうが。先生のくせに嫌味を言うなんて感心しませんよ」
「嫌味じゃねぇよ。“そっち方面”の話だからお前に頼みたいと校長が言ってんだ」
あぁ、そういうことか……。これまた急な展開だなぁ。まさか霊的な話で頼み事をされる日が来るとは思わなかった。
「取り敢えず話は聞いてあげますけど、俺が引き受けるとは限りませんよ」
「へいへい。で、その内容ってのが意味分からなくてな。夜の謎現象を調査して欲しいんだと」
「説明が大雑把過ぎて全然伝わって来ないんだけど……」
「要はアレだ。夜中に霊的な現象があちこちで起こっているから、それをどうにかしてくれって話だ」
「霊的な現象ねぇ……。ちなみにどんな?」
「それはこれを見りゃ分かる」
と言うと先生は、ポケットに手を突っ込んで一枚の紙切れを手渡して来た。見たところ、霊現象をリストアップしたもののようだ。
内容は全部で五つ。まとめるとこんな感じだ。
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・忘れ物コーナーから聞こえる誰かの泣き声
・理科室を徘徊する鎧武者
・中に入ろうとすれば消える家庭科室の香ばしい謎の匂い
・深夜一時に行くとこの世のものとは思えない体験をする二階女子トイレ
・妙な歌声が聞こえて来る音楽室+何故か湿っていて磯臭いギター
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それっぽい怪談話もあれば、訳分からん内容のものまである。俺からしたらどれもこれも胡散臭いけど。
仮に全て本当に起こっている現象だとすれば、その原因は九分九厘、誰かしらの妖怪が引き起こしていることだろう。
なんでまたこんなところまでわざわざ悪戯しに来るのやら。もっと他に良い場所があるだろうに。人通りの多い一般道とか。公共の施設は騒ぎに敏感なんだから、お勧めできぬと言ってやりたい。
「設立してから何十年も経ってる古い学校だからな。何が出てもおかしくないんだろうよ。噂ってわけじゃないらしいし、信憑性は高いってわけだ」
「これを全部処理しろって? ぶっちゃけ面倒臭いんですけど。対して怖くもないし、放っておいたらいいじゃないですか」
「それがそうもいかねぇんだ。実は校長が大の幽霊嫌いらしくてな。霊現象の被害に遭ってからというものの、便秘を代表としたストレスからくる病気に身体が悲鳴を上げてるって話だ」
校長の精神もやしか。いい大人が霊に怖がるだなんて情けない。霊は怖い存在であると、校長本人の偏見が決め付けているから怖がってしまうんだ。
本当に怖いのは霊という存在ではなく、『危険な霊は存在しているんだ』という先入観に捉われてしまっている人間の思考回路だ。それに気付かないだなんて愚かな大人だ。
「ちなみに報酬的な物はあるんですかね?」
「校長が直々にくれるそうだ。……真心を」
資金にケチな社会人が。
「この話は無かったということで」
「冗談だ、そうツンケンするなって。本当のことを言うと、今後のテストの参考資料をまとめたものを譲渡してくれるらしいぞ」
それは所謂、賄賂というものなのでは? 法には引っかからないであろう物だからまだいいけど。
「調査はいつ実行すればいいんですかね?」
「今晩でいいだろ。というか、今晩で宜しくと校長が言ってた」
急過ぎる話な上に、実行日は当日ですか。余程心霊現象に振り回されているようだ。
「しょうがないなぁ……。生徒に夜の学校を出歩かせるという問題に少々疑問を感じますけど、一応引き受けますよ」
「そうか、んじゃ宜しく頼むわ。裏口の玄関を開けておくらしいから、調査に来る時はそっちから入ってくれ」
「……そもそも先生は付き添いとかで来てくれないんですか?」
「あァ? そりゃお前……なぁ?」
微塵もやる気を見せないあっけらかんとした態度で、先生は吐き捨てるように言った。
「なんで私が特別給料もでない面倒事に労力削らにゃならねぇんだ。やってられっかそんなこと」
「……いかにも先生らしいですね」
身も蓋も無い上に、教師らしかぬ無責任な回答であった。
〜※〜
一旦屋敷の方へと帰宅した後で、色々と準備をして時間を潰した。
そんなこんなで時は過ぎ、時刻は夜の二十四時丁度。二階建ての古い校舎の前で、俺は仁王立ちして佇んでいた。
「ほぅほぅ、ここがシロの通っている学校とな。時が進むにつれて現代の技術力が活性化していく時代じゃというのに、随分と古臭い校舎じゃの」
俺の隣で同じく佇んでいるキサナが、校舎全体を見回すようにキョロキョロと目を動かし、顎をしゃくりながら興味深そうにニヤニヤと笑う。
正直一人で夜の学校に行くのは心細いということで、誰かに見つかっても誤魔化せることを配慮して、人と見た目が変わりないキサナに同行してもらった。
雪羅を連れて行くという選択肢も無くはなかったのだが、人間に未だ苦手意識を持つ雪羅を人がいる場所に連れて行くのは気が引けたため、今回はキサナに来てもらったというわけだ。
「それにしても、キサナと二人行動なんて久し振りじゃない?」
「確かにそうじゃの。雪羅が屋敷に住み着き、猫もほぼ屋敷に居着いているようなものじゃしの。しかしたまには二人きりでランデブーもオツなものじゃろうて」
「そうだねぇ。たまには俺も初心に帰って息抜きしたいと思ってたところだよ。それじゃ、早速行こうか」
お互いに荷物を携えて、校舎の裏へと回って裏口の方へと移動する。
裏口の扉を軽く引いてみると、先生が言っていた通り鍵が掛かっていない状態のまま放置されていた。
鍵が掛かっていない家に普通に空き巣が入るような時代なんだし、こういう場合は学校の鍵を俺に渡してくれるのが常識的だろうに。学校問題だから、俺個人としては関係性が無いから構わないんだけどね。
「謎の現象の項目は全部で五つじゃったか。何処から当たるつもりじゃ?」
「泣き声とか霊的に一番リアルっぽくて気になるから、忘れ物コーナーから行こうかな。正面玄関のところにあってここから一番近いし」
裏口の扉を開けて中に入る。廊下は月明かりのみが差し込んでいて、程良い明るさが不気味さを際立たせていた。
霊現象を調べるのが目的なため、電気を点けることは一切禁じられている。しかしそれでは危険だということで、事前に懐中電灯を渡されてある。用意が良いのは助かるけど、無責任だという自覚はあるんだろうか校長……。
「思っていたより大分暗いの」
「足元気を付けてねキサナ。この校舎って年々老朽化してるから、床が抜けたりするのが日常茶飯事なんだよ」
「ほほほっ、それはまた既視感を覚え――と思ったが、今や我の屋敷の方が朽ち果てていたんじゃった……」
火事で屋敷を失った最近の出来事を思い出し、一気に気分が暗くなって片膝を折ってしまうキサナ。
あの日以降、温羅兄が責任を取ってまた建築作業に勤しんでいると聞くが、今の季節は都合悪くも冬。肉体的に作業効率が一番悪い時期だし、完成はしばらく先のことになりそうだ。
「失ったものは仕方無いよキサナ。嘆いたところで戻って来るわけじゃないんだし、前を向いて歩かないと。未来的にも、今の状況的にも」
「それもそうじゃの……。くよくよするのは我の性分では無いしの。今はただ気分転換に勤しむとしよう」
キサナは元の気分を取り戻し、軽い身体をひょいっと起こす。
やはり雪羅ではなく、キサナを連れて来たのは正解だった。本人が言っている通り、この機会を良い気分転換に変換してくれればベストだ。
「……ぬ? シロよ、何か聞こえて来ぬか?」
進んで俺の前を歩いていたキサナだったが、ピタリと足を止めて耳を澄ませた。
しくしくしく……しくしくしく……
俺も耳に手を当てて澄ませてみると、確かに誰かの泣き声のような声が聞こえて来る。まるでトイレの花子さんを連想させるような、いかにも霊っぽい泣き声だ。
「お皿がいちま〜い、と付け足したくなるような泣き声じゃの」
「キサナはそっちのイメージだったかぁ。なんて言ってる場合でもないか」
「そうじゃの。しっかりと正体を突き止めねば、解決するものも解決しないじゃろうて」
泣き声は話の通り、忘れ物コーナーの方から聞こえて来ている。何かが潜んでいるのは確実だ。無論、霊ではなく妖怪が。
しくしくしく……しくしくしく……
一向に泣き止まない泣き声。何がそんなに悲しいのやら。まさか暗がりが苦手だったりとか? 妖怪としてそれはどうなのだろうか……。
しくしくしく……ぐすっ、えぐっ……
「何だか様子がおかしくなってきてはいないかの?」
「まずは様子を見てみよう。もしかしたら野蛮な妖怪の可能性も捨て切れないし」
うっ、うっうっ……うっ、おぇ、ぼえぇぇぇ!
次第に泣き声が濃いものへと変わっていき、最終的には嗚咽を漏らすどころか、嘔吐するという実に不愉快な呻き声に変わり果てた。
「案外ただの飲んだくれ妖怪だったりしての」
「だとしたら俺が張り倒しておくよ」
「場を弁えろ、ということじゃの」
危険な妖怪の雰囲気ではないことを察し、様子を伺うことを止めて忘れ物コーナーの方へ顔を出した。
「おぇええ……うっ、おぇぇ……」
案の定、霊現象だと呼ばれていた妖怪がそこにはいた。見るに耐えない無残な姿で。
「おぇぇ……あり? アンタは確かいつぞやの……」
骨の部分がバッキバキに折られていて、雨除けの生地が節穴だらけになっている生きた傘。例のヤンデレ妖怪の所有物であるはずの唐傘小僧が、ゴミ処理されているかのように放置されていた。
「くっさ……」
唐傘小僧改め、カラちゃんの足元は白い液体で汚れていた。反射的に鼻を摘んでしまうような腐臭を垂れ流して。
「久し振りだねカラちゃん。取り敢えず、廃棄処理してもいい?」
「ちょい待ちちょい待ち! 出会い頭にそりゃないッスよ主さん! オイラだって好きでこんな目に遭ってるわけじゃないんやて!」
「じゃろうな。でも臭いしの」
「うん、でも臭いし。俺が通ってる学校に腐臭を残してる時点で有罪だから」
「その罪は少なくともオイラが背負うものじゃない! 悪いのは全部姫様やし! むしろオイラは慰められるべき被害者や!」
「己を被害者と申す者に限って罪人率が高いというお約束を知らぬのか、お主」
「人を信じる心の美しさに目を向けてアンタら!」
「いや無機物じゃん君」
「気にする部分が細かいわっ!」
ねちっこく処理推しするが、今の見た目のように中々折れてくれないので、仕方無く先に話を聞いてあげることにした。
「それで? 何があったのかは大体想像つくからいいとして、清姫がこの校舎の何処かにいるって考えていいんだよね?」
「そゆこと。本当に困った姫様よー。オイラは姫様のことを想って言ってあげていたのに、人の話を一切聞かないからあの人。恋する乙女ほど面倒臭い人はいないわー」
「その口振りから察するに、再び清姫の女心に火がついたようじゃの」
恐らくだけど、また誰かに惚れてしまった清姫を止めようと説得を試みたところ、逆上した清姫に八つ裂きにされたんだろう。苦労人ならぬ苦労傘だな。
「して、今回の相手はどのような妖怪じゃ?」
「極端な感想を述べるのであれば……痛い奴、みたいな?」
「それは見た目的な意味で?」
「いや、全体的な意味で」
全体的に痛い妖怪……か。何となく誰なのか察した。痛い妖怪だなんて一人しか思い浮かばない。
「清姫は今何処に?」
「何処にいるのかは知らないッスけど、この校舎内にいるのは確実ッスわ」
ということは、怪談話の一つに清姫が携わっている可能性が高いわけだ。どうせ全部見て回るんだし、特別急ぐ必要もないか。
「分かったありがとう。それじゃね、カラちゃん」
「ちょちょちょ待ちぃや! このままオイラを放置するつもりかいな!? せめてオイラの身体を原型に戻すくらいのことはしてってや!」
そうは言うが、カラちゃんの身体は俺じゃとても直せないくらい酷い有様になっている。道具類の専門家にでも頼まないと、修復させるのは難しそうだ。
「残念ながら俺やキサナじゃどうしようもないよ。でも他に手があるといえばあるんだけど……どうする?」
「な、何やその意味有りげな含みは……? でも背に腹は変えられんし、一思いにパパッと頼むわ!」
「そっか。分かったよ」
本人の意味を汲み取って、俺は密かに尻ポケットに入れておいてある巻物を取り出した。
「何じゃそれは?」
「とある契約者からもらった時空式転送装置だよ」
「さらっと物凄い道具持ち出して来よったの」
「妖界の知り合いからもらったんだよ。これでカラちゃんをその知り合いの元に送って改造――ごほん、直してもらうってわけ」
「あー、そういう流れ……ん? ちょい待ち、今さりげなく聞き逃しちゃいけないワードが流れたような……」
「気のせい気のせい、わっはっはっ」
巻物を開いて床に置き、黒い筆で円が書かれているところに掌を叩き付ける。
円の中の部分が黒く染まり、次第に色が変化して紫色に変色し、世にも奇妙なワープホールが出来上がった。
「じゃ、縁があったらまた会おうね」
「待てぃ! これ大丈夫なんか!? オイラの目には、地獄に繋がってる奈落の穴にしか見えな――」
カラちゃんの残骸とカラちゃん本体を風呂敷で包み込み、強引に穴の中に押し込んだ。
穴の歪みが消えて、無事に転送完了を確認。後は向こうで上手いことやってくれるだろう。
「まずは一つ目の怪談話解決っと。この調子でどんどん行こう」
「ふむ、怪談にしてはインパクトに欠けていたの。次に期待することにしようかの」
残りの怪談話は五つ。清姫の動向を頭の中に入れつつ、俺達は次の目的地へと向かった。




