真冬の火消しに断罪を 後編
「遅いわね二人共……」
部屋中の火が一斉に消えるという謎の怪奇現象の正体を突き止めるべく、雪羅とキサナがリビングを出て言って数分。物音や二人の声も聞こえぬまま、刻々と時が過ぎていた。
俺の妖怪レーダーには現在進行形で引っ掛かっている。でも俺が未熟なせいか、明確な位置が割り出せなくて中々二人が捕まえるに至らない。向こうは向こうでやり手なのかもしれないな。
「このままだと下手すれば今日は、ずっと暗闇の中で過ごさなくちゃいけなくなるかもね。と言っても、後は寝るくらいなんだけど」
「玉電気が無いと寝られにゃいのよ私! 暗いと寝られにゃいのよ!」
「はははっ、まるで子供みたいだね猫さん。でもそういう人ってたまにいるよね。玉だけに」
「全然上手くにゃいんだけど!? しかも馬鹿にしたわね今!?」
「怯えてるよりかは憤っていた方が気が紛れるかなって思ってさ。そこで俺なりの配慮を……ね?」
「いらん気遣いよ! まだ素直に励ましてもらっていた方がマシよ!」
暗がりが猫さんのツッコミ力を増長させ、普段よりも活気強く、張りのある声が響く。聞いているだけで清々しい気持ちになってしまう。
「そうだなぁ……。暇だし何か話でもしてあげよっか?」
「私としてはあんまりシロ君には語って欲しくにゃいんだけど……。ただ黙っているよりはマシかもしれにゃいわね」
「でしょ? じゃあ一つ小話を語ってしんぜよう」
火のついていない蝋燭を手に取って、自分の顎の辺りに近付けて固定する。今一度ライターで火をつけて、ぽうっと小さな灯りが俺の顔を照らした。
「これはとある一般人、人間のAさんのお話……」
「はいストップ」
話し始めようとしたところでいきなり止められた。
「何? どうしたの?」
「それ間違いにゃく怖い話よね? もう雰囲気からしてそうだもの。私から見たら悪意しか感じにゃいわ」
「やだなぁ猫さん。この状況で怖い話を語るだなんて……ソンナワケナイジャナイカー」
「なら私の目を見て言いにゃさいよ白々しい!」
「私を見つめなさいだなんてそんな……。猫さんも大胆なアピールするようになったのね……」
「そういう意味で言ったわけじゃにゃいわよ! 成長する子を見守る親のような目で見るにゃ!」
「で、Aさんの話なんだけどね……」
「流すにゃ! しかも続けるんかぃ!」
自分で拒んでおきながら猫さんは耳を塞がないので、俺は了承の意を汲み取って語り出す。
「夏の季節。Aさんは複数の友人達と肝試しをするために、外装だけボロいこの屋敷のような詐欺屋敷じゃなくて、歴とした古びたボロ屋敷に行くことになりました。人ならざる者を見掛けたという噂を聞き、好奇心を抱いたがための突発的な出来事でした」
「いるわよねそういう人間。心霊スポット巡りの何が楽しいのかしらね。怖いと思わにゃいのかしら? 場合によっては呪われたりするのに」
「休みの夜。Aさん達は最寄りのコンビニにて集合し、噂の心霊屋敷があると言われている山奥へと足を運びました。そこには確かに噂通りの屋敷が人知れず建っていました」
「そもそも昔の人間っておかしいわよね。にゃんでわざわざ山奥に屋敷にゃんて建てるのかしら? 山奥に住む人にゃんて、それこそ妖怪くらいのものだと思うけど」
「ボロ屋敷を目にした若者達は、臆する反応を示す者がいれば、それっぽい雰囲気に瞳を煌めかせる者とのように、各々独特な反応を示します。そうしてAさんを筆頭とした若者達は、懐中電灯を片手にボロ屋敷の中に入り口から堂々と侵入しました」
「反応云々の前に、それって不法侵入よね。面白半分にゃ気持ちで犯罪に手を染めるのは感心しにゃいわ。本当に怖いのは幽霊とかじゃにゃくて、人間のそういう型破りにゃところかもしれにゃいわね」
「……あの、猫さん? その相槌は毎回するつもりなの? さっきから雰囲気が相殺されてる気がするんだけど……」
「神経質ににゃってるのか、無意識に考察しちゃうのよ。気に止めにゃいで語ってくれて構わにゃいわ」
できれば勘弁して欲しいと言いたいところだけど、言ったらまた怒られそうなので、敢えて何も言わないでおく。
「中に入ると、電気が生きていないボロ屋敷は当然真っ暗でした。Aさんは先頭に立って慎重になりながら進みます。一歩ずつ、一歩ずつと、ボロ屋敷の怪しげなる雰囲気に当てられたせいか、自然とAさんの足取りは重くなっていました」
「ほら見にゃさい、来て早々怖くにゃってるじゃにゃい。私にゃらその時点で自分自身に『Get out!』と言い聞かせているところよ」
「しばらく奥へと進んで行くと、やがて上へと続く階段が見えてきました。外装を見たところ、その屋敷は三階建て。このまま全員で固まって探索していては時間が掛かる。そう思ったAさんは、皆に手分けして見回ってみようと提案しました」
「出た出た。そういう話って絶対人手を分けようとするわよね。それで良いオチになった試しがにゃいのに、正直お馬鹿としか言い様が無いと思うわ。この後に犠牲者が続出すること間違い無しよ」
「Aさんのアイデアに賛同した皆は、Aさんの指示で人手を分けました。Aさんの担当する場所は一番上の三階。しかもスリルを味わいたいがために、Aさんは一人で三階を見回ると宣言していました」
「神経図太過ぎじゃにゃいその人? スリルって何よ? お家でホラー映画でも見ていれば良いじゃにゃい。それにゃりに工夫したらホラーにゃ雰囲気を味わえるはずにゃのに。貪欲に忠実というもの考えものね」
「Aさんは一人三階へと登ります。建物が古くなっているせいか、階段を上がる度にギシギシと階段が軋んでいました。そうして三階へと登ったAさんは再び歩き出し、廃墟と化している部屋の数々を隈なく調べ始めました。寝室、厨房室、休憩所、と様々な場所がありましたが、本物の幽霊と巡り合うことはありませんでした」
「よくもまぁ平然と一人で探索できるわね……。きっとAさんは感性が狂ってるのよ。怖い場所へ赴けば赴くほど興奮するみたいにゃ、キサのようにゃ変態に違いにゃいわ。生理的に無理にゃパターンね」
「しかし、一通り三階を調べ尽くした時、突如下の階から誰かの悲鳴が聞こえてきました。冷静さを欠いた、まるで狂人のような声色に、Aさんは思わず口元を歪ませました」
「人の悲鳴を聞いて口元歪ませるって……やっぱり感性ズレてるじゃにゃい! 私の思っていた通り、ロクにゃ人間じゃにゃかったってことね。これだから怖いもの好きにゃ人は嫌いにゃのよ……」
「Aさんは何者かの悲鳴の正体を確かめるべく、急いで二階へと降りて行きました。その際に三階へと続く階段を踏み壊してしまいましたが、Aさんにとっては粗末なことでした」
「粗末にゃことじゃにゃいわよ。不法侵入した上に、器物損害の罪まで犯してるじゃにゃい。少しは反省の色を出しにゃさいよ。いつか手痛いしっぺ返しくらっても知らにゃいわよ」
「二階へと降りたAさんは、今度は二階のあらゆる部屋を隈なく調べ出します。しかし不自然なことに、一緒に来た友人の姿は誰一人見当たりません。二階は二人ほど担当していたはずなのに、人の気配すらしませんでした」
「それ見たことか。霊的にゃ何かにやられてるパターンじゃにゃい。Aさんだけ最後まで生き残って、最後にはAさんもやられるオチが見え見えよ」
「この屋敷内で何かが起こっている。身を以て異変を体感したAさんは、少し取り乱した様子で一回へと降りて行きました。三階、二階と同様、様々な場所をくまなく探し回りましたが、やはり他の人の姿は何処にも見当たりませんでした」
「この短時間の内に全員やられちゃったにゃんて、幽霊の非科学的で神出鬼没さは目を見張るところがあるわね。話の流れからしてそろそろクライマックスにゃんじゃにゃいかしら?」
「この不気味なオンボロ屋敷に一人。実際に探し回り、誰もいなかったことで孤独感を抱いたAさんは、友人達を探し出すことを諦めてしまい、真っ先に屋敷の出口の方へと駆け出しました。そして出口に辿り着いたところで、Aさんは見つけてしまったのです。それは――」
「う〜ら〜ぎ〜り〜も〜の〜……」
「ギニェアァァァッ!?」
突如猫さんの肩に手を置かれたと思いきや、顎の下に蝋燭の火を添えたホラー顔のキサナがどアップで現れた。顔面蒼白になって物凄い悲鳴を上げた猫さんは、条件反射でキサナの顔を手入れされた爪で引っ掻いた。
「スッゲェ声出たなぁ今……」
「何々!? 今度は何が起こったの!?」
猫さんの叫び声に雪羅も駆け付けて来たが、既にキサナは死に体となっており、引っ掻かれた部分が流血した状態でうつ伏せに倒れてしまっていた。
「一番タチの悪い瞬間にそういうことする普通!? 毎度にゃがら思ってることだけど、何考えてるのよ!?」
「ほほ、ほほほっ……実は早めに我は戻って来ていたのじゃが、何やら面白い話が聞こえて来たものじゃからの。良きタイミングでジョークを織り交ぜてやろうと思ったのじゃが、まさかマジな反応で返されるとは思わなかったの……」
「自業自得ね。謝らにゃいわよ私は」
「ならせめて救急箱を宜しくにゃん。なんつって」
トドメの一撃が放たれ、ゴスッと鈍い音が鳴った時、ぱたりとキサナは絶命した。猫さんは何処からか焼香を取り出すと、キサナの顔の側に置いて合掌していた。
「で、どうだった雪羅。主犯妖怪は見つかった?」
「そこら中探し回っては見たんだけど、影の一つも見つからなかったよ。もしかしたらもういないんじゃないかと思って戻って来たんだけど……」
試しにまた妖怪レーダーモーションをしてみると、謎の妖怪反応は未だに屋敷内から感じられた。あっちゃこっちゃと動き回っているのか、中々に敏捷能力が高い奴みたいだ。
視界に捉えられたら敵はいない雪羅だけど、本体そのものを見つけられないんじゃどうしようもないなぁ。
「足音みたいなものすら聞こえてこなかったの?」
「うん。もしかしたら小型の妖怪の可能性があるんじゃないかと思うんだけど、どう?」
「ん〜、俺が分かるのは霊感の強さくらいだけだし、その妖怪の大きさ自体は分からないよ」
もし本当に妖怪が小型だとしたら非常に厄介だ。この暗闇の中でネズミ一匹を捕らえろと言われているようなものだ。雲を掴むような話とまではいかないけど、俺達だけじゃ正直なところ難しい話だ。
「ねぇシロ君」
諦め掛けていたところで、じっとりとした目で猫さんに見つめられる。『何が何でもどうにかしなさい』と訴えている目だ。
「さっきの話の続きが気ににゃるんだけど、結局最後にAさんはどうにゃるのよ?」
全然違う訴えだった。アテにならんな俺の勘。
「あ〜……えっと、なんだったかな……。出口に友達の書き置きが貼ってあって『門限危ないから帰ります』ってな感じで、薄情な友人達に取り残されて孤独感を感じるエンドだったかな」
「急に投げやりにゃオチね……。だったらあの悲鳴は何だったのよ?」
「あれはネズミを見つけた時の悲鳴で……って、もうこの話はいいでしょ。今は蝋燭マジックの件のことを意識しないと。このまま暗いのは嫌なんでしょ?」
「……折角気を紛らわせていたのに」
さて、ここから俺はどう動くべきだろうか。闇雲に探したところで雪羅の二の舞を踏むことは明白だし、猫さんに話したように、この状況を打破できるような便利な術も使えない。
天候は吹雪というご覧の有様。人手を求めて外に出る手立ても無い。無論、その逆もパターンもあり得ない。
……詰んでない?
「じゃ、俺はそろそろ寝るよ。おやすみ皆」
「「…………」」
潔く諦めてリビングからそそくさと出て行こうとすると、猫さんと雪羅が無言の圧力を掛けて来ると同時に、俺の後ろ首を掴んで来た。
「今更逃げ腰になっても遅いからね? 宣言したことはちゃんと最後まで貫き通しなさい」
「ここで私を置いていったら呪うわよシロ君……。毎日首筋からマタタビの匂いが漂うようにするわよ……」
微妙な呪いだ。そもそもマタタビを匂いを知らないんだけど。
「そんなこと言われても、俺達だけじゃどうしよう無いじゃん。せめてもう少し人手があれば話は違って来るのかもしれないけど……」
と、フラグが立つような台詞を吐いた時、玄関の方から大きな物音が聞こえて来た。
「弥白様〜! いらっしゃいますでしょうか〜?」
「…………バッドタイミング」
「何て?」
「あ、いえ、グッドタイミングです、はい」
外は吹雪である上に、時間帯はもう夜中。何故こんな時間に桜華が訪れて来るのか、今だけ彼女の神経を疑ってしまう。
「んだよ、真っ暗じゃねぇか。もう寝てんじゃねぇかあいつら」
「えっ……思いっ切り声出しちゃったんだけど……。本当に寝ていたら迷惑なことこの上ないんだけど……」
「脳筋だから敬う相手にすら気遣いできねぇってことだろ。成長の兆しがいつまでも縁遠い野郎だな。学習能力が無ぇのかテメェには?」
「四六時中周りに迷惑掛け放題のクソ鬼に言われたくないわよ」
「こんな時でも喧嘩を売ってくるテメェの神経はむしろ評価すべきところだな。何なら今からでも決着付けてやっていいんだぜ?」
「望むところだと言いたいけど、今そんなことしたら弥白様にどんな粛清を受けることになるか……。場を考えることも大事だけど、先に人のことを考えなさいよ」
「テメェに言われたかねぇよ! ついさっきの自分を思い返せ単細胞が!」
「単細胞に単細胞って言われたくないわよ! そもそもあんたの脳味噌には細胞があることすら疑わしいわね! きっと血肉がぎっしり詰め込まれてるに違いないわ!」
「上等だテメェ! 表出ろやぁ!」
冷静になって静かになったと思いきや、最終的に口喧嘩はヒートアップ。結局二人共頭に血が上っていた。
こんな状況でも喧嘩をおっ始められるとか、どこまで仲が良いのやら。何だかんだ言っても常に二人でいるイメージあるんだよなぁ。
「ちょっとちょっと。こんな真っ暗闇で喧嘩なんてしないでよ」
廊下を出て二人の姿を発見すると否や、俺よりも先に雪羅が仲裁役を買って出た。
「あっ、起きてたのね雪羅。ところで弥白様は?」
「皆後ろにいるよ。それよりもこんな時間に訪れて来るだなんて、何かあったの?」
「ご覧の通りこの大雪だから、弥白様が困ってるんじゃないかと思って来たの。手駒としてこいつも叩き起こして連れて来たわ」
「俺がただの手駒だってんなら、テメェは犠牲承知の捨て駒だな」
「あァ?」
「止めなさいって。カスの挑発に乗るだけ無駄な労力よ」
「……今回まともなのは俺の方だろ」
無理矢理引っ張り出されて来たというのに温羅兄のこの扱い。耳が痛くなるほど言われているのかもしれないが、敢えて俺は何度でも言おう。日頃の行いを見直せ、と。
「やっほーお二人さん。こんな天気なのにご苦労様」
「どうもです弥白様。それにしても、起きていたのにどうして屋敷を真っ暗にしているんですか?」
「いやぁ、それには深い訳がありましてね……」
かくかくしかじかと今までの経緯を洗いざらい説明した。
話を聞き終えた桜華はニッコリと笑うと、右手の指の骨を一本一本折り曲げて骨を鳴らした。
「なるほど。ということは、その迷惑妖怪に制裁を下せば良いということですね」
「桜華さんや。その反応だと制裁じゃ済まない気がしますよ」
夜中で眠いということもあるのか、桜華がいつも以上に非情なところが見受けられる。こんな雪道歩いて来たんだし、イライラしていても仕方無いけど。
「で、その妖怪ってのは何処にいんだ?」
「それが分からにゃいから苦労してるんでしょうが。察しにゃさいよ馬鹿」
「聞かなくてもそのくらい分かると思うけど。先に気付きなさいよ馬鹿」
「単細胞治しなさいって常日頃言ってるじゃない。話聞きなさいよ馬鹿」
「ほほほっ、バカバカバーカ」
「揃いも揃って畳み掛けて来るんじゃねぇ! 俺がテメェらに制裁下してやろうか!?」
そんなことしたら返り討ちに合うのが目に見えてるけどね。主に雪羅と桜華コンビに。
「ったく……。要はその妖怪をとっ捕まえりゃいいんだろ。単純な話をじゃねぇか」
「簡単そうに言ってるけど、雪羅でさえ姿すら見れてないからね」
「そりゃ雪ん子がのろまってだけだろ。坊の元でずっとニート生活してんだからよ」
雪羅の胸に何かが突き刺さる音と共に、こめかみ辺りにピキッと血管が浮き出る。
言い返そうにも強ち間違ってもいないと思っているようで、歯軋りしながらもグッと堪えていた。
「まぁ見てろ。俺がものの数分で見つけて来てやるよ」
何の根拠から来る自身なのかは謎であるが、ひとまず温羅兄に任せてみよう。結果は既に見え見えだけど。
ズカズカと偉ぶった態度で、廊下の奥の暗闇へと消えていく。
それから数十分後。息を荒げて青白い顔になった温羅兄がご帰宅した。
「ぜんっぜん見つからねぇぞ……。本当にそんな妖怪が徘徊してんのか?」
あれだけ偉そうに宣言していたというのにこの有様。さっきの自分を振り返って恥ずかしくならないのが実に温羅兄らしい。
「期待はしてにゃかったけど、何処までも駄目にゃ鬼ね。男にゃら一度宣言したことくらい貫きにゃさいよ」
「ゲスにそんなことできるわけないでしょ。淡い期待もNGよ、にゃーちゃん」
「うちの役立たずが申し訳ありません。何度注意しても直らないんですこういうところ。最早病気と言ってもいいレベルかもしれませんね」
「テメェらな……。俺だって日々努力はしてんだぞ!」
止め処なく吐き出されるディスりにしょぼくれる温羅兄。
仕方無い、ここは弟分である俺がフォローしてやろう。
「まぁまぁ皆。そう温羅兄をイジめてやらないでよ」
「坊っ! やっぱテメェはよく分かって――」
「温羅兄が駄目なことは今に始まったことじゃないんだからさ」
「決定打叩き込んでどうすんだ! 慰めてくれよそこは!」
「まぁゲスのことはともかくとして、これだけ人手が集まれば捕まえられる確率も上がったよね。というわけで、今度は手分けして探してみない?」
「流しやがったこいつ……」
丁度いつもの六人メンバーが集まったことだし、二人一組になってしらみ潰しに探し回れば見つかるとは思うんだけど……。この分だと今夜寝られないかも。
「それじゃ早速チーム分けを――」
「ちょっと待て坊。チーム分けをすることに文句を言うつもりじゃねぇが、それだけじゃまだ接触確率が低い。ここは一つ、俺のアイデアも採用してくれよ」
「「「却下」」」
俺が言うまでもなく即答された。
「あんたのアイデアって上手くいった試しがないじゃない。聞くだけ無駄な話よ」
「黙ってろ脳筋。確かに今までのことは認めざるを得ないが、今回ばかりは的を得た策だ。騙されたと思ってお前らも聞け」
どうしても話したいらしいので、少なくとも俺は黙って耳を傾けることにする。
「まず、三手に分かれたところでこの暗闇の中だ。目が慣れているとはいえ、これだけ探し回っても姿すら見つけられない奴だ。仮に見つけたとしても暗闇に紛れて逃げられる可能性が高い。だからここら逆に相手を誘き寄せる手段を推すのが懸命だ」
「誘き寄せるって……どうやって?」
「相手は火を消しに来る妖怪だ。その際にある程度は接近してくるんだろうよ。つまり、三手に分かれるだけじゃなくて、分かれた上で各自灯りを持って探索すりゃぁいい。幸い俺と脳筋は自在に火を出せるからな」
温羅兄は右の掌を広げると、ぼぅっと人魂のような赤い炎を発火させた。所謂鬼火というやつだろうか。
「何それ格好良い。どうやるのそれ?」
「テメェにできるわけねぇだろ。鬼限定の術だぞ」
「…………」
同じように右の掌を開いて、体内の霊力を掌に一点集中させる。
そっと目を閉じて、何も点いていない蝋燭にぽぅっと火が灯るような、燃やすのではなく火を点けるイメージを強調する。
すると、青い人魂のような炎が音も無く発火した。
「おぉ、できた。しかも青いし」
「なんでできんだよ!? ほぼノリじゃねぇか!」
「なんかどんどん人間離れしていってるよね弥白……」
でもできたのだからしょうがない。霊感少年の才能を甘く見てはいけないということだ。
「弥白様が鬼火を会得したのは驚きましたが、とにかくこれで三手に分かれられるようになりましたね」
「そだね。それじゃ戦力が均等に分けることを考えて、俺と雪羅、桜華と猫さん、温羅兄とキサナのペアで分かれよう」
一同がこくりと頷く。
了承の意を得たところで、各々ペアを組んで鬼火係が火を点ける。
周囲が一気に明るくなり、暗闇だった廊下の奥も見渡せるようになった。有能だな鬼火。RPGの松明の存在が霞むくらいだ。
「では、健闘を祈ります。者共散らばれ〜!」
「気の抜ける掛け声ね……」
猫さんの密かなツッコミを耳にしつつ、他のツーペアが散開する。
まずは他のペアに屋敷内を動き回ってもらい、相手の動揺を誘う。これだけ明るい灯りなんだし、必ず何かしらのアクションを起こして来るはずだ。
「弥白、私達は動かなくてもいいの?」
「うん。言うなれば、俺達は囮の役目みたいなものだよ。動きが止まっている相手だったら、向こうも火を消しに近付いて来やすいと思うからね」
「理屈は通ってるけど……。何だか妙に胸騒ぎがするというか……」
「どういうこと? 今夜寝れそうもないとかいう話?」
「いやそういうことじゃなくて、私が感じているのはもっと別の――」
と、雪羅がそこまで言い掛けた時だった。
突如、明るかった周囲が再び暗闇に包まれた。俺の鬼火が消されたのだ。
「っ!」
前もって目を瞑っていたので、暗闇に目が慣れるのは早かった。その判断が功を成し、俺はその姿を視界に捉えた。
キサナが着ているような白装束に身を包み、貞子のように伸びた長い白髪。アリクイのように伸びた口の中に、青い火が吸い込まれていくのが見える。蜘蛛のように天井に張り付いている姿は、さながらホラーゲームに出てくる禍々しい化け物だ。
あれは確か“火消婆”。火の用心な妖怪として認識されていて、その名の通り火を消して徘徊することを生業とした妖怪だ。
なるほどね。だから何度も火を消しに来ていたってわけだ。これでようやく合点がいった。
ただ、あの婆さん妖怪はどうにも善意で火を消しているようには見えない。むしろ悪戯目的で火を消しに来ていたと見受けられる。「ヒッヒッヒッ……」と俺達を見ながらほくそ笑んでいるのがその証拠だ。
火消婆をようやく視界に捉え、雪羅に指示を出そうと横に振り向いたところで、既に雪羅は数本の氷柱を指の間に挟んでいた。
クナイを扱うくノ一の如く、一度に数本の氷柱を投げ放つ。
しかし婆さん妖怪の敏捷力は伊達ではなく、ささっと曲がり角の方へと逃走してしまい、氷柱は全て壁に突き刺さった。
「逃さない! コタツの恨みを晴らす時は今!」
「八つ当たりになってますよ雪羅さんや」
目くじらを立てながら火消婆の後を追って行く雪羅。付かず離れずと俺も雪羅の後を追い、目標を見失わないように再び鬼火を発火させる。
「見つけたぞゴラァ!! 潔く灰になれやァ!!」
先の方から温羅兄の怒声が聞こえて来た。上手いこと奴が逃げた先にいてくれたらしい。
温羅兄の怒鳴り声を頼りに先へ向かい、再び火消婆と合間見る。奥の方から殺気立った温羅兄が駆けて来ていて、脇にキサナを抱えていた。
「ケッケッケッ……」
「ぬっ、また逃げるようじゃの」
挟み撃ちの形に持っていけたと思いきや、逃げる方向がまだ左右にあった。火消婆は俺達をからかうかのように嘲笑い、俺から見て左の方へと逃走を図った。
「追うぞ!」と温羅兄が一目散に後を追う。
珍しく真面目に事に当たってくれている。それだけ皆からディスられたのが悔しかったんだろうか。いつものことだから流してしまえば良いものの……。
「ついに見つけたわよ悪の権現! 大人しくお縄につきにゃさい!」
火消婆か逃げた先は一本道の廊下。そこを抜ける前に、今度は猫さんと桜華の二人が立ち塞がった。今度こそ挟み撃ち成功だ。
「ヘッヘッヘッ……もう逃げられねぇぞババァ……」
ケタケタと邪悪に笑う鬼が一人。どっちが悪人なのか分かりゃしない。
「許しを請うなら今のうちですよ。謝っても一発は殴りますけど。いや、やっぱり二発で」
「桜華は優しいね。私は全身滅多斬りのつもりでいるけど」
「真っ暗闇で私を怖がらせた罪は重いわよ……。その醜い顔を更に醜くしてやるわ」
非情なのは温羅兄に限らず、他の皆もやけに気が立っている。夜中は妖怪を殺気立たせる要素でもあるんだろうか。
「そしたら元の原型が見にくくなるの。“みにくい”だけに」
「今そういうボケ求めてないから黙ってにゃさい!」
キサナだけは平常運転。単純に皆がイラついているだけだなこれ。
じりじりと距離を詰めて行く、悍ましき妖怪パーティー。流石に火消婆もピンチを悟っているようで、さっきまでの余裕の笑みが消えて渋い顔になっていた。
イタチの最後っ屁のつもりか、火消婆が俺達の鬼火を吸い込み始めた。ほぼ同時に消えてしまう鬼火だが、すぐにまた発火させて視界を広げる。
それでもしつこく鬼火を吸い込んで来る火消婆。そんな時、老婆が最後の足掻きを見せている中、温羅兄がふと何かを思い付いたように口元を歪ませた。
「ここでまた名案を思い付いちまったぜ……。やっぱ天才だな俺」
「確かにお主は天災じゃの。生きる災害、齎す災いとな」
「茶化すんじゃねぇよ。まぁ聞けキサ坊。あいつは火を吸い込む妖怪だろ? だが吸い込んでおける火の量にも限界があるはずだ。つまり、あのババァが破裂するまで鬼火を吸い込ませりゃいいってわけだ」
「……いや、待て温羅よ。今の流れでどんなオチが待っているのか、大体見当がついてしまうんじゃが。言ってしまうと、破裂=大火災が――」
「しゃらぁっ! 全部喰らえるもんなら喰らってみやがれ!」
人の忠告を一切聞かず、自分の策を推して更に鬼火を強く発火させる温羅兄。
温羅兄の鬼火は一瞬で巨大化。故に、屋敷の天井に火が燃え移るのも必然である。
「やべっ、やり過ぎた」
「何してんのよ単細胞!」
「慌てんなって脳筋。幸いここには火消のババァがいんだ。このくらいの火なら吸い込み切ってくれんだろ」
火災発生に反省の色無し。余裕の態度で火消婆に目をやる温羅兄。
「うっぷ……もう吸えぬ……」
火消の婆さんはお腹をぷっくりと膨らませていて、温羅兄の鬼火を吸い込む前に既にギブアップしてしまっていた。
「うおぉい!? 狭過ぎんだろ老婆の胃袋!」
「雪羅ちゃん! どうにかできにゃい!?」
「任せて!」
最後の頼みの綱は雪妖怪。頼もしき我が彼女が堂々と火消し役を引き受け、右腕を伸ばした。
雪羅の手より発生する冷気。その瞬間、雪羅は慌てて手を引っ込めた。
「さささ寒い! 寒過ぎて逆にこっちが凍りそう!」
「雪妖怪が寒さに怖気付いてどうすんだ! 御託言ってねぇでパパッと消せよ!」
「無理無理無理! 寒いのだけは本当に無理! そもそも発火させたのは貴方でしょ! 自分のお尻は自分で拭きなさい!」
「それができねぇからこうして頼んでるんだろうが!」
「にゃらせめて人に物を頼む態度くらい見せにゃさいよ!」
「あの……言い合いしている場合じゃないんですけど?」
しかし俺の言葉は豪華の中へと消え去り、徐々に燃え滾っていく屋敷の中で、キサナを抜いた妖怪パーティーの口喧嘩が屋敷と共にヒートアップしていく。
「…………あっ」
気付くと、火消婆の姿はいつの間にか消えていた。
〜※〜
本日の被害。
お屋敷、全焼により崩壊。
軽傷、数名。
重症、一名(温羅〜周りからのリンチにより)。
〜※〜
『おかえり』
そう書かれたパネルを持って玄関でスタンバッていたコン子ちゃん。
「……ただいま」
「ウェルカム弥白ちゃぁぁぁん!! Yehaaa!!」
俺とキサナの豊かな暮らしは、騒々しい屋敷へと再び舞い戻ることとなった。




