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真冬の火消しに断罪を 前編

 冬の季節がやって来た。


 見渡す限りの白銀の景色。止め処なく降り注ぐ雪が大地を覆い、森や山を神秘的な光景に彩る。


 この季節になる度に、俺は雪羅との出会いのエピソードを思い出したりして、感傷に浸っちゃったりなんかして。決して楽しいことばかりの思い出ではないが、あの日々は今でも俺の宝物だ。


 ……まぁ、今はそんなことぶっちゃけどうでもいいんですけどね。


「あ゛ぁぁぁ!! どれだけ降り積もれば気が済むんだぁ!!」


 現在俺はスコップを手に、ボロ屋敷周りを雪掻きしながら徘徊中。さっきから何度取り除いても、時間が経てば何処もかしこも雪がまた積もってしまう。山の付近だからか、ここら辺はどうにも雪の被害が酷いようだ。


「どれだけ掻いてもキリが無いの。この季節になると面倒が積もり積もって厄介じゃ。雪だけに、の」


「ホントだよ! そもそもキサナって今までは一人でここに住んでたんだよね? それってこの量を一人で雪掻きしてたってこと?」


「ほほほっ、(わら)一人ではどうしようもないじゃろ。今までは温羅率いる鬼達に頼んで、除雪組を定期的に来させるようにしていたのじゃ。実は毎年恒例のことじゃから、彼奴らもそろそろやって来る頃合いじゃと思うのじゃがの」


「それを早く言って欲しかったよ……」


 人間の俺が除雪するくらいなら、怪力が自慢の鬼達がやってくれた方が効率的だろう。いい加減腰が痛くなって来たし、そろそろ屋敷の中で休もう。外も暗くなって来たことだしね。


「温羅兄達のことを信じて、今日はもう引き上げようキサナ」


「そうじゃの。ずっと雪掻きしていたせいで腹も減って来た頃合いじゃ」


 スコップを玄関近くに立て掛けておいて、屋敷の中に入る。暖房設備が殆ど整えられていない屋敷の中は、外とあまり変わらない低音気温に満ちていた。


 これだから北国の冬は嫌いなんだ。他の地方の人達は雪を神秘的なものだと宣っているけど、俺からしたら雪は廃棄に困るゴミの塊でしかない。これだけ有り余っているのだから、いっそ日本の南国へお裾分けしてやりたい。


 着替えを済ませてリビングの方にやって来ると、コタツに入りながらミカンを黙々と食べている雪羅の姿があった。


「寒い寒い寒い……あぁ寒い寒い寒い……これだから北国の冬は嫌いよぉ……」


 いつも着ているお気に入りの半纏に絡まりながらコタツの中に入っていても尚、雪羅は寒さを感じて身を震わせている。子供の頃は全然平気だったのに、何とも情けない姿になってしまったものだ。


 つらら女や雪女は、一見寒さに強い妖怪だと認識されているだろう。だが、それは全くの間違いだ。雪羅本人曰く、雪妖怪は体温が極端に低いため、夏に厚着をしてようやく常温を保てるような体質なんだとか。


 幼少期の時だけは人間と殆ど変わらない体質ではあるが、歳を重ねて成人に近付くに連れて、雪妖怪の体温は低くなっていくらしい。だから昔は寒さに強くても、今はこうして極度の寒がりになってしまったというわけだ。


 最近の雪羅はとにかく酷い。基本的にコタツと布団の中を行き来するだけのニートになってしまっていて、たまに他の場所に行くとすればトイレくらい。それ以外は基本的に寒さを軽減できる場所にしかいない。このままじゃ雪羅が駄目妖怪になってしまうことは必然の理だ。


「雪羅、たまには外に出てみたら? 寒い寒い言ってるだけだと何処にも行けなくなっちゃうよ」


「だって寒いものは寒いんだもん! 今外出なんてしたら凍え死んじゃうよ!」


「寒さに悶える雪妖怪……萌えるの」


「いっそ燃やして欲しいわ全てを!」


「萌えると燃えるは別物だってば……」


 俺とキサナも向かい合わせになるようにコタツの中に入り込む。無意識に足を伸ばすと、誰かがコタツの中に入っていることに気付いた。


 ペラリと布を捲ってみると、見覚えのある猫が絡まって眠りこけている姿が。いないと思ったらこんなところにいたのか……。


「君もかい猫さん……」


「……だって寒いんだもの」


「気持ちは分かるけど、ずっとコタツの中にいるのは衛生上宜しくないよ。ほら、せめて顔だけでも出しておきなさい」


「にゃぅ〜……」


 人型に変化してひょっこりと上半身を出して来る。しかしぶるりと身震いすると、首の上だけ残してコタツの中に引っ込んでしまう。


 寒がり組は揃って重病か。まさか冬になる度にこうなってるんじゃないだろうなぁ……?


「ねぇ弥白。そろそろお腹減ってきたんだけど」


「シロ君。私もお腹空いた」


「…………」


 典型的な駄目妖怪と化した二人が、今度は俺に飯を作れと遠回しに命令してくる。反省の色など一切見せず、コタツの中から少しも出ようとしない。


「自堕落な生活に慣れ親しんだ中年かお主らは。その有様が続くというのであれば、流石の(わら)と言えども容認できぬの」


「「だって寒いんだもん」」


「…………ハァ」


 それしか言わない二人に多少イラっときた俺は、コタツから出てコンセントを引っこ抜いてやった。


「あぁぁ!? な、なんてことをするの弥白ぉ!」


「温度が! コタツの温度が弱まって!?」


「いい加減にせい! いつも真面目な二人がそんなんでどうするんでい!」


 コタツのシステムを無きものにした瞬間、二人が断末魔の声を上げる。どっちもリアクションが大袈裟過ぎだ。三流のお笑い芸人じゃないんだからさぁ……。


「この先もずっと蛹状態でいたら、いつかぶくぶくに太ってくよ? 女の子としてそれで良いの?」


「弥白……妖怪は太らないよ?」


「……雪羅。君は今、体重に気遣う世の女性全てを敵に回したよ」


「だって本当のことだし! 太らないならこうしていても問題ないでしょ?」


 どうしよう、割とマジで重症だ。下手すりゃこっちが説得される危険性すらある。


「猫よ。お主は猫と言っても、本分は妖怪じゃ。本来の妖怪というのは、人を化かすか脅かすことを生業とした種族じゃ」


「だから(にゃに)? 妖怪の本分にゃんて人それぞれじゃにゃい。私は私の道を行くわ」


 あっちも頑なに動くことを拒んでいる。難攻不落の居城を落とすのは難易度高いよ。


「雪羅。そういえばこれ言ってなかったんだけどさ。雪羅がここに残っている件について、前に氷麗さん達と少し話したことがあったんだよね」


「え? お、お母さん達と?」


 仕方無い。早過ぎるとは思うが、ここで奥の手を使わせてもらうとしよう。雪羅を制圧するには、この手段が一番手っ取り早い。


「『雪羅っていつ氷麗さん達の元に帰ってしまうんですか?』って聞いたんだよ。そしたら逆に氷麗さんに『弥白君は雪羅ちゃんのどれくらい一緒にいたいですか?』って言われてさ。俺はなんて言ったと思う?」


「さ、さぁ……」


「『一生』って言ったよ。大人になったら結婚するつもりだし」


「っ!!?」


「おぉ、この状況でまさかのプロポーズとな?」


 多分、雪羅もそのつもりでやって来たんだろうけど、この反応からして満更ではなさそうだ。自惚れとかじゃなくて良かった。雪羅にそのつもりがなかったとんだ赤っ恥をかいていたところだ。


「だから雪羅は俺がこの屋敷で預かることになったんだけど……雪羅さんも大雪さんも人が良いからさ。何かあったらすぐに駆け付けるようにって、俺と契約を交わしてくれたんだよ」


「契約? 何の?」


「口寄せだよ。ほら、俺がタヌッちを召喚するやつあるでしょ? あれで氷麗さんと大雪さんも呼び出せるようになったんだよ。ちなみに俺は氷麗さんに『雪羅が良からぬことをしていたら本気で叱ってやってください』って言っておいたよ。ここまで言えば俺が何を言いたいか分かるよね?」


 俺も最近知ったこと。温厚の塊のようなあの氷麗さんが本気で怒ると、どれだけ恐ろしい姿に変貌を遂げるのか。それは血の繋がりのある家族である雪羅にはよく分かっているはずだ。


「それ以上自堕落な生活を続けると言うのなら……俺は容赦なく氷麗さんを召喚しますよ?」


「……すいませんでした」


 電源の切れたコタツから這うように出て行く雪羅。ありがとう氷麗さん。貴女の存在が娘を救うことに繋がりましたよ。


「ほら、雪羅も出たんだから、猫さんももうコタツから出なさい。これから夕飯の準備しないといけないから、今日は皆でレッツクッキングしますよ。料理に集中すれば寒さの気を紛らわせられるだろうし」


「うぐぐっ……仕方無(にゃ)いわね」


 一人だけだらけることには流石に抵抗を感じるようで、潔く布団の中から這い出て来た。


「ひぃぃ……寒いぃ……」


 ただ、格好が格好なだけに滅茶苦茶寒そうであるのも事実だ。今までどうやって寒さを凌いでいたのかは知らないが、冬にそんな足を露出させていては健康上宜しくない。


「ちょっと待っててね猫さん」


「にゃ?」


 リビングを出て自室に向かい、箪笥の中から“それら”を取り出して戻って来る。


「ほら、これ猫さんにあげる」


 俺が持って来たのは、昔風の白い足袋と、今風の黒いタイツ。どちらも猫さんのために予め用意しておいた防寒対策用のアイテムである。


「猫さんがこういうの履くの好きじゃないって知ってるけどさ。寒さを凌げるに越したことはないでしょ?」


「それはそうだけど……しょ、しょうがにゃいわね。どうしてもって言うにゃら使ってあげにゃいこともにゃいわよ」


「何故に上から目線なんじゃ?」


「良いんだってキサナ。じゃあどうしてもってことで、はい」


 久し振りにツンデレる猫さんに差し出して、猫さんは素直に受け取ると、うんしょうんしょと黒タイツの方を履いた。


「ど、どうかしら……変じゃにゃいわよね?」


「「…………」」


 俺とキサナでイメチェンした猫さんの足を、これでもかというくらいに無言でまじまじと見つめる。


「……めっちゃエロいの」


「……めっちゃエロいね」


「もっとマシにゃ感想はにゃいんかぃ!」


 目くじらを立ててバシンッと白足袋を床に投げ付ける。でもエロいのだから仕方無い。ミニスカ和服に黒タイツとか、全体的にやらしさしか感じない。夜のおかずには持ってこいだ。


「ちょっとそのままでいとくれ猫。今部屋からビデオカメラを……」


「わざわざ撮らんでいいわ!」


「いやいやこれは動画か画像に残しておくに十分値するでしょ〜。ね、雪羅もそう思うでしょ? めっちゃエロいよね今の猫さん」


「…………」


「……雪羅さん?」


 ぷくっと頰を膨らませてご機嫌斜めなご様子でジッと俺の顔を見つめて来る。この感じからして、猫さんにプレゼントをあげたことから嫉妬してるんだろう。


 やれやれ、嫉妬深い彼女ですこと。そこがまた愛くるしいのだけれど、口で言ったら周りから絶対からかわれるから言わないけど。


「ほら、雪羅」


 部屋に行って取ってきたのは、実は猫さんにあげる物だけじゃない。雪羅のも二つほど用意していた。


「子供の頃はマフラーをあげたから、今回は手袋とニット帽ね。勿論、俺が直々に手編みしたオリジナルモデルだよ」


「…………」


 何も語らず、今史上最大の笑顔の花を咲かせる雪羅。すぐに受け取ると、パパッと二つとも身に付けた。


「どう……かな?」


「うんうん、似合う似合う。それと一応マフラーも編んでみたんだけど、良かったら今付けてるのと取り替える?」


「絶対駄目!!」


「ガルルル……」と獣のように威嚇してきて、断固拒否された。子供サイズ用のマフラーだから随分小さくなっているけど、ボロボロになってもそのマフラーは雪羅の宝物の一つらしい。プレゼントした俺としては嬉しいことだ。


「……でも一応それも貰っとく」


 もじもじと照れながら新しいマフラーも取っていく。それを広げてデザインを見ると、雪羅はまたにぱぁっと頰を綻ばせていた。想像以上にご機嫌取れたなぁ。


「シロよ。(わら)には何かプレゼントは無いのかの?」


「……俺の部屋に入って一番手前の畳を外してみるといい。最近入荷した妖狐物を三冊ほど……ね」


「なるほどなるほど……ぐふふ……」


「また知らぬ合間にくだらにゃいものを……」


「失敬な。俺達が見ているアレな本は、十八禁に引っ掛かるような恥部を露出してはいないよ。エロとはギリギリ見えないからよりエロいのだと前にも説明して――」


「はいはい分かったから。とっとと夜ご飯作るわよ」


 急に白けた猫さんは、一人キッチンの方へと向かう。やはりこの会話はキサナとでしか成り立たぬか……。


「さて、それじゃそろそろ夕飯作ろっか。今日は何が良い?」


「温まりたいし、鍋とかどう? 用意も楽だし」


「鍋かぁ。鍋つゆ買って来てたかなぁ〜?」


 そうして、俺達も猫さんに続いてキッチンへと向かう。


 そこで、話の本題となる事件は起こった。


 プツンと、事切れたように屋敷中の明かりが消えた。


「……あり?」


 暗くて周りが何も見えない。どうやら停電してしまったようだ。


「にゃぁぁ!? 暗い怖い暗い怖いぃ!」


 キッチンの方から猫さんの叫び声が聞こえて来る。妖怪でも暗いの駄目な人っているんだ……。


「二人共大丈夫?」


(わら)は問題無い。むしろこの暗闇に興奮してるくらいじゃ」


「ちょ、ちょっとキサナ!? 然りげ無くお尻撫でてもバレバレだから!」


 二人は無事なようだ。そういえば、最近はおやっさんに蓄電しに来てもらって無かったっけ。俺としたことがうっかり忘れてしまっていた。


「シロ君〜! キサ〜! 雪羅ちゃ〜ん! 皆何処にいるのよぉ〜!?」


 役一名様に限りかなりパニクっているご様子。次第に暗闇に目が慣れて来たところで、急いでキッチンの方へと向かった。


「こっちだよ猫さん。シロ君はここですよ」


「シロ君〜!」


 泣き顔になった猫さんが真正面から抱き付いてくる。それからすぐに背中に回ると、俺の腰に手を回したまま離れなくなった。そこまで暗いの駄目ですか。


「ごめんね猫さん。この停電は俺の不備が原因なんだよね」


「……つまりは悪戯ってこと?」


 泣き顔だった猫さんの目に殺気が込もる。暗いから余計に見た目が怖い。


「ち、違う違う。最近は悪戯も控えてるし、停電もわざとじゃないって。この屋敷って電気が通ってないからさ。俺の知り合いに頼んで定期的に蓄電しに来てもらってるんだけど、最近はすっかりそれを忘れていまして」


(にゃに)してるのよこの馬鹿! 大馬鹿!」


「はははっ、すいやせん……」


 理不尽にぽか殴りされる。だって最近は除雪ばかりしていたんですもの。電気に気遣う余裕すらなかったんですもの。


 とにかく外に出ておやっさんを呼ばないと。都合悪くも夜中になっちゃってるし、電気が無いとかなり困る。これじゃ夕飯も作れないし。


「大変じゃシロ。外が猛吹雪に囲まれておる」


「えぇ!?」


 窓から外を見てみると、いつの間にか外が本当に猛吹雪に見舞われていた。こんな天気じゃ大声上げたとしても、おやっさんに声を届けることができない。


「どーしよ……これじゃ停電治らないや」


「ううう嘘でしょ!? どうにかしにゃさいよシロ君! いつも妙にゃ奇術使ってるし、それで(にゃん)とかにゃらにゃいの!?」


「ならないんですねぇこれが。はっはっはっ」


「笑ってる場合じゃなないでしょうが!」


 パチンと頭を叩かれる。何度怒られようとも、おやっさんを呼べない限りは絶対に停電を直せない。少なくとも今晩はどうしようもない。


「天気が天気だし、今日は泊まってった方がいいよ猫さん。この暗さのまま過ごさなくちゃいけないけど」


「い、嫌よぉ! 帰るのは当然無理として、ずっと暗いままにゃのも駄目ぇ!」


「そう言われても……あっ、そうだ。キサナ達は先にリビングの方に戻ってて」


 ふと思い出して、足元に注意しながら再び自分の部屋に戻る。そしてまた箪笥の中を漁り、“それ”を確保してリビングに戻って来る。


「電気はどうやっても無理だけど、明かりだけならどうにかなるよ。ほら」


 コタツの真ん中に置いてライターで火を付ける。ぽぅっと小さな火が灯り、多少ではあるがリビングが明るくなった。


「なるほど、蝋燭とな。古典的ではあるが、今の我達(わらたち)にとっては願っても無い代物じゃの


「弥白っていつも色々物を持ってるよね。こういうのって何処で調達してくるの?」


「主に蔵の倉庫からだよ。あそこってかなり散らかってるけど、探せば探すだけ色んな物があるからね。温羅兄達にもあの蔵だけは改装しないでって頼んでおいたし、暇さえあればまた何か探しておこっかなぁ」


「まるで四次元ポケットみたいね……」


 少しは明るくなったお陰か、猫さんが俺から離れてちょこんと隣に座った。でもまだ怖いようで、隣に座っておきながらもピタリとくっ付いてきている。この素晴らしき体験は何が何でも忘れぬぞ!


「でも蝋燭一本だけだと心許ないね。もう少し数増やしたら?」


「そだね。他の場所にもちらほら設置しておこっか」


 雪羅の指示を聞いて、窓の近くやテレビ上といった場所にも蝋燭を固定して立てておく。すると思っていた以上にリビングが明るくなり、不思議と謎の高揚感に包まれた。


「なんかサバイバルみたいで面白くなってきたね」


「それは大袈裟な表現だと思うけど……。男の子ってそういうの好きだよね」


「あっ、今俺を下に見たでしょ雪羅。というか男を下に見たでしょ。いけないなぁ雪羅さんや。そういう見方や捉え方いけ好かないわぁ」


 雪羅に頰を摘まれて引っ張られる。軽いジョークくらい流してくれても良いじゃないの。


(わら)の場合はこの空間自体がエロスの塊にしか見えぬの。薄暗いと全てがやらしい物に見えてしまうのじゃ」


「そればっかね貴女(あにゃた)は……。エロいを通り越して最早病気のレベルね」


「ほほほっ、こう見えて実は我慢していての。少し気を抜くと、今にも”誰か”に襲い掛かってしまいそうじゃ……」


「……本当に襲って来たら引っ掻くわよ」


 通りで息遣いが荒くなって来てると思った。エロいものは薄暗いのが一番生えて見えると俺も思うし、キサナが発情しても無理はないね。


「明かりはどうにかなったけど、晩御飯は結局どうするの?」


「う〜ん……折角だし、サバイバルっぽい物でも食べよっか」


 蝋燭の一本を持ちながら、リビングから繋がっている台所へやって来る。戸棚を開けていくつか種類を取り出して、再び皆の元へと引き返す。


「みそ、醤油、塩、とんこつ。さぁ、お好きな物を選びなさい」


「なぬっ!? こ、これは!?


「あ〜! これってカップラーメンっていうやつよね!? 一度で良いから食べてみたかったやつ!」


 この土地では滅多に手に入らないレア物だからか、キサナと雪羅が幼子のように瞳を煌めかせる。いつか食べようと思ってたけど、この日まで取っておいて正解だったみたいだ。


「カップラーメン? カップラーメンって(にゃに)?」


「お湯を入れて三分待てばラーメンを食べられるという、人間が生み出した素晴らしき保存食じゃ。身体にはあまりよくないのじゃが、誰でも簡単に作れる便利な代物なので重宝されているのじゃよ」


「へぇ〜、それは凄いわね。でも何処でこんにゃ物を仕入れたのよ?」


「……企業秘密です」


「あ、そう……」


 なんて意味深に言ってみたけど、この前学校帰りに偶然移動販売車が来ているのを見つけて、そこで皆の分を買っておいただけなんだけどね。桜華と温羅兄の分も買っておいたけど、こういう時に限っていないからなぁ二人共。


「ちなみに弥白のおすすめってどれ?」


「おすすめ? そうだなぁ……俺的には醤油が一番――」


 一斉に三人の手が動く。同時に醤油味のカップ麺がターゲティングされて、三人の間にバチバチと視線の火花が散った。


(わら)はグーを出すぞ」


「にゃら私はチョキを出すわ」


「じゃあ私はパーを出すよ」


「……それ決着付かなくない?」


「「「…………ぷっ」」」


 息ぴったりに吹いて笑う三人。愛くるしいわぁこの三人。


「いくわよ! じゃーんけーん――」


 そうして、猫さんが音頭を取って三人の戦いが始まろうとした時のことだった。


「にゃぁぁぁ!?」


 皆が宣言通りにジャンケンの手を出した瞬間、数本の蝋燭の火が何の前触れもなく同時に消えた。再びリビングは暗闇に包まれ、猫さんがロケットのように背中に飛び付いて来た。


(にゃに)!? (にゃん)にゃの!? (にゃん)で火が消えたの!? さてはシロ君、私を怖がらせるためにまた悪戯したわね!?」


「猫さんが本気で嫌がる悪戯はしないってば。俺にも何でか分からないよ」


 隙間風なんて入って来てないし、蝋燭もまだまだ余裕がある。一本くらい消えてもあまり気にすることはなかっただろうけど、数本が同時に消えたとなると妙だ。


「と、とにかく早く火を付けにゃさい!」


「仰せのままに」


 キサナと手分けしてまた蝋燭に火を付ける。これで今度こそ大丈夫なはずだ。


「これで良いじゃろ。では、勝負の仕切り直しじゃ」


「いくよ〜。じゃーんけーん――」


 と今度は雪羅が言い掛けたところで、またもや蝋燭の火が同時に消えた。


(にゃん)にゃのよぉ一体!?」


 とうとう泣きべそをかいてしまう猫さん。うん、これは絶対におかしい。付けたばかりの蝋燭がまた同時に消えるなんて明らかに変だ。


「ふ〜む……」


 両手の人差し指を立てて角を生やしたように頭の上に固定して、お馴染みの妖怪レーダーを使用する。そして、リビングからすぐ近くのところに謎の妖気を感知した。


「誰かいるね。多分知らない妖怪だと思う」


「まさかの第三者の仕業だったにゃんて……雪羅ちゃんお願い!」


「うん、任せて!」


「俺も行くよ雪羅! 猫さんはキサナとここで待ってて!」


「シロ君は駄目! キサと二人で取り残されるだにゃんて、(にゃに)されるか分かったものじゃにゃいわ!」


「あ、はい……。じゃあキサナ宜しく」


「了解じゃ」


 男らしく出て行く雪羅に続いて、ちょこちょことキサナが後を追って行く。


 こうして、俺達の長い夜が始まったのであった……。

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