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ボケて暴れて妖怪野球合戦 後編

 男だろうと、女だろうと、生きとし生ける者全てにおいて、時と場合によって逃げてはならぬ戦いというものがある。


 惚れた男を賭けて女のプライドを貫き通す泥沼の戦い。世界の命運を賭けて己の命も賭ける勇者と魔王の戦い。家庭の長という実権を握るために伴侶を口説き落とすくだらない夫婦の戦い。戦う理由は人によって様々だが、一世一代の戦いとならば、時に生き物は底知れない未知数の力を発揮する。


 日頃温厚である人格者であろうと、敗北が許されぬ戦いとなれば修羅にもなる。普段から気性が荒い人格者も無論のこと、同じ立場になれば悪鬼となる。


 天変地異の前触れか、近しく世が滅ぶのか、竜虎相搏つとなれば犠牲を出さないという願いは叶わないものと化すのか。それは結果が出ない限り、誰にも理解し得ないことである。


「次は私ですね。よーし、頑張りますよ」


 竜――否、良き母親で仰せられるつらら女様が武器(バット)を握り、姉御と入れ替わるように打席に立つ。穏やかであるはずのあの人の潜在能力を知っている者は、果たしてここに何名いることだろうか。


「次は雪羅のお母さんですか……。でもそれ以前に私もうピッチャーやりたくないんですけど!」


 姉御との一発勝負の一騎打ちが余程効いたのか、桜華には闘争に挑もうという覇気が感じられなくなっている。気圧(けお)されてしまった時点で、桜華はもうまともに戦う余力は残されていないだろう。


 だが、桜華のその状態こそが、究極の戦いのトリガーとなってしまうだなんて、この時は誰も思ってすらいなかった。


「タイムお願いします! 誰か〜! ピッチャー変わってくださ〜い!」


 向こうチームにとって悪い流れを変えるためにも、桜華は一時タイムを取って皆を集結――させようとした。


「交代よ桜華。貴女は外野にすっこんでなさい」


 大声ではないはずの一言が、不思議と皆の元に聞き届いていた。やけに思い入れが強く感じる、静寂なる声が。


 降臨せしは、竜と対を成す異形の虎。十の尾を靡かせ、奇奇怪怪と怪しげなる赤き瞳を光らせる。まさに、三大妖怪と言う名に相応しい覇気を纏っているかのようだ。


「お母さんが投げるのでしたら頼もしいことこの上ないですけど、強く投げ過ぎてキャッチャーをぶっ飛ばさないでくださいよ?」


 本来ならばノーコンであったりするところを注意するはずだが、桜華が注意する点は人間の立場である俺からしたら奇抜でしかない。何をどうしたらピッチャーがキャッチャーを吹き飛ばす原理が発生するのか。


「安心なさい。こう見えて私は変化球のプロよ。スライダー、フォーク、ツーシーム。変幻自在の球を操れる私に敵など存在しないわ」


「聞いたことないんですけどその詳細。強がって言ってませんか?」


「人の揚げ足を取ろうとする暇があったらとっとと消えなさい」


「は、はい……」


 母親の覇気にも気圧(けお)された桜華は、とぼとぼ歩いてライトの守備位置に着いた。再びピッチャー交代となり、三人目の投手は変化球のプロ狐となった。


「ついにこの時が来たわね……。待っていたわよ、今この瞬間を」


 グローブをはめた左手をバッターの氷麗さんに突き付ける玉さん。


 対する氷麗さんはにっこりと微笑みながら、礼儀正しくぺこりとお辞儀をしていた。


「お手柔らかに宜しくお願いします」


「お手柔らかに? なんて滑稽な物言いかしら。貴女と私の宿命の元、この戦いには手加減などという言葉の概念は存在しない。それは貴女も分かっているのではなくて?」


「よく分からないですが、とにかく私は弥白君のために頑張ります」


「そういうさり気無い良い親アピールが実に不愉快で、実に不毛で、実に……殺り甲斐がある!!」


 一球目。邪なる眼球をガン開きにした虎は、体内に溜め込んでいた闘争心の一部を吐き出すかのように、激烈なる一球を投げ放った。


 凄まじい回転力によってボールが赤き炎に包まれ、吸い込まれるようにド直球にストライクゾーンへ。


「ごっふぁ!?」


 キャッチャーであるサトリがミットにボールを収めた瞬間、小柄な身体が観客席の方にまで吹っ飛んで行った。まるで流星のような速さに、傍観者達は一人残らず度肝を抜かれていた。


「遅い……。これじゃまだ納得できないわ」


 先程よりも人一倍盛り上がり始める観客席。そこに一人吹っ飛んで行ったサトリは、ピクリとも動かずにダウンしてしまっていた。


「……ねぇ、そろそろツッコミ――」


 と言い掛けたところで、後ろからコン子ちゃんに手を回されて口を塞がれてしまう。竜虎に口出しすればこちらにも被害が及ぶ可能性を考慮したのかもしれない。


「あのおチビちゃんじゃ手に余るわ。アナタ、代わりにキャッチャーやって頂戴」


「いやしかしそれだとショートのポジションが――」


「ほぅ……逆らうと?」


「…………はい」


 夫と妻の主従関係再び。たった一言で言いくるめられた三大妖怪の一角は、言われるがままにキャッチャーのポジションに着いた。


「一人分の穴が空いてしまっていますが宜しいのですか?」


「『当たらなければどうということはない』という言葉と同じよ。打たれなければ穴など関係ないわ」


 サトリを助けに行こうとせず、試合は続行される。戦いは時に無情であることを示しているかのようだ。


 二球目。先と同じ要領で球が投げられると、今度は縦に横にとボールが激しく揺れ動いた。あれをナックルボールと呼称する者がいたら、俺はその人の神経を疑うことだろう。


「ほっ!」


 まず打てるわけがないと思われたチート級の魔球。しかし氷麗さんはタイミングを見計らってバットを振るい、僅かに球を掠めた。


 キャッチャーミットを通り過ぎたことにより、判定はファール。あんな球にバットを当てられるとか、義母親の動体視力を一度でいいから見てみたい。


「凄い球ですね。どうやって投げているんですか?」


「……いずれ得る息子に対する愛故の力よ」


「なるほど」


 疑問も抱かずに納得する竜。そろそろ我慢できなくなってきた。


「何にせよ、これで貴女を追い詰めたわ。次で終わりよ」


 終止符の宣戦布告。三球目のボールが投げ放たれ、今度は炎の球がストライクゾーンへと吸収されていく。


「でしたらこちらも……はぁっ!」


 豪速球がミットに収まると思われたその時、これまたジャストタイミングで氷麗さんがバットを振るう。今度はバットにミートして――球が凍り付いた。


 ボールは右の方へと高く高く打ち上げられていく。やがて観客席の方へと向かい――ギリギリのファール。


「くっ……この女狐がぁぁ……」


「狐は貴女の方じゃないですか?」


「誰が女狐だゴラァ!」


 さっきまで冷静を装っていた虎だったが、ついに敵対心が決壊を起こして、虎の中から醜い親馬鹿モンスターが出てきた。


「弥白ちゃんと同じチームだからって調子付きおって! 偽善者の作りお惚けキャラは、強姦魔にひたすら腰振られて泣き喚いてりゃいいのよ!」


「…………」


 氷麗さんはにっこり笑ったまま微動だにしない。


 対する玉さんは、ずっと目くじら立てっぱなしで、平静という言葉とは縁遠い姿に変わり果てている。


 そして、四球、五球、六球と二人の戦いが続く。お互い引かず劣らずの激闘を繰り広げ、二人の神経が確実に削られていく。


「ハァ……ハァ……。や、やるじゃない似非お惚け女……」


「いえ、そんなことはないですよ」


 前言撤回。神経が削られてるのは玉さん一人だけだった。


 練習期間にも思ったけど、氷麗さんの体力って底があるんだろうか? 見た目に反したタフネスさに目が皿になってしまった。


「生意気なぁ……。ゴリラな夫に気が病んでる娘の母親のくせにぃ……」


 悪態を突いただけの気持ちだったんだろう。いつも通りといえばいつも通りの玉さんの言葉ではあったが、言葉は選ぶべきであった。


 氷麗さんにとってこの世で最も大事にしているのは、他でもない家族の皆だ。


 恐らくあの人は家族のためならば、喜んで命すらも差し出す覚悟を持っているだろう。それだけ氷麗さんにとって、家族の繋がりは宝物と同等以上の価値観があるのだ。


 これは仮の話だが、もし自分が最も大切に思っているモノや概念を侮辱された時、その者は何を思うだろうか。反応は人によって様々だろうが、決して良い気持ちにはならないはずだ。


 つまり、俺が何を言いたいのか。それはさっきも言ったが、また改めて言わせてもらおう。


 言葉は選ぶべきであったと。


「…………フッ」


 氷麗さんは鼻で笑っていた。下に俯いて目元がよく見えないが、口は笑って――はいるが、いつもとは全く違う笑い方をしている。


 口裂け女のように口角が異様に釣り上がっていて、いつも穏やかスマイルが売りの氷麗さんの笑みが、今だけは不気味にしか感じられない。


「全力で止めるべきなのだが、丁度良くもある。我が愛息子よ」


「な、何?」


「私達の家族である以上、あれは知っておくべきことだ。目を逸らさず、しっかりと焼き付けておけ。我が愛妻がキレた姿を」


「キレるって……え?」


 ゆらりと、氷麗さんが顔を上げる。


 その瞬間、俺の全身に只ならぬ悪寒が迸り、背筋が凍り付いた。


 氷麗さんは笑っている。が、瞳孔が見開かれていて、目が据わっている。瞳から光も失われていて、その表情はさながら狂気の塊だ。


 ピキピキと氷麗さんが立っている地面が凍り付き、範囲が徐々に侵食して会場全面が氷の地面と化す。


 空は曇り掛かり、突如激しい吹雪が妖界を覆い尽くす。


 冗談抜きで天変地異の前触れなのかもしれない。雪を降らせるのは雪女の特性だと思っていたけれど、最早あの人は何でも有りらしい。


「普段温厚な者が激怒すると悪鬼羅刹となるという話を聞いていたが……。偽りではないということなのだろうか?」


「冷静に分析してる場合じゃなくねぇか? このまま放っておいたらヤバそうだぞあれ」


「ヤバいと分かってるなら是非二人に止めに入って欲しいんだけど……」


「「…………」」


 呉葉と姉御という強者であれど、あそこに突っ込んで行くのは躊躇われるようだ。まさにあれが本当の意味での『逆鱗に触れる』ってことなんだろうなぁ……。


「いつでも投げて来て良いですよ。必ず仕留めますから」


「さささ寒いっ! こんな天候の中で野球なんてできるわけないじゃないのよ!」


「あれだけの虚勢を張っておきながら、今度は言い訳を建前に敵前逃亡ですか? 三大妖怪という偉大な異名が通じるのは所詮過去の話なんですね」


「つ、ついに本性を見せたわね!? なんて悍ましい雪妖怪! やはり貴女のような危険人物に弥白ちゃんは任せられないわ!」


「危険人物……?」


「何処からどう見ても危険人物じゃない! 怒りに身を任せて天候を荒れさせるだなんて言語道断! もしこの寒さで弥白ちゃんが風邪を引いたら、それは全て貴女のせいよ!」


「…………えっ」


 氷麗さんの動きがピタリと止まり、錆び付いた絡繰人形のように首を動かして俺の方を見つめてくる。


 流石の俺でも、こんな状況で笑顔を向けられるような余裕はない。寒さで身体を震わせながら、包み隠さずにドン引きしてしまっていた。


 すると、そんな俺の顔を見た氷麗さんの顔色が真っ青に染まる。


 ハッとなったように我に帰り、激しい吹雪がピタリと止んだ。


「隙ありぃぃぃ!!」


 俺に気を取られ過ぎてあわあわしているところに、眼光を怪しくギラつかせた玉さんがニヤリと笑い、どストレートの豪速球を投げた。


 完全に意表を突かれた氷麗さんはすぐに身を振り向けるも、気付いた時にはもうボールがミットの中に収まっていた。


「フハハハハッ! ば〜か〜め〜! まんまと私の言葉に惑わされるなんて単純な女ね! これが三大妖怪の力よ!」


「あぁぁぁ……」


 三振を取られた氷麗さんは、手元からバットを落として地に両手を付いて落ち込む様子を見せる。


 三大妖怪の力っていうか、単なる(こす)プレーなのでは?


「玉……お前それでいいのか……?」


「勝負は時に手段を選ばないものなのよアナタ! 私はその女を貶めるためなら、喜んでこの身を闇に染めるわ! ホッホッホッ! ざまあみろバーカバーカ!」


「にゃっはは〜、親の威厳も何もあったもんじゃないなぁ〜」


 気さくな九ちゃんも笑ってはいるが、無意識に身を後ろに退かせていた。俺の親があんな人だったら絶対病むわ。


「…………」


 唇を噛みながら少し涙目気味の氷麗さんが帰って来る。


 さっきまでの覇気は何処へやら。今俺達の目の前にいるのは、涙をグッと堪えているただの女性だった。


 救いを求めて、隣に座っている親友にチラリと視線を配る。


「……お前が慰めろよ」


 でしょうね。やっぱそうなりますよね。


「あ〜……氷麗さん? あんまり自分を責めないでね? 俺はこの通り大丈夫だから」


「…………」


 氷麗さんは一本の氷柱を発現させ、自分の喉元に切っ先を向けるように持ち替えた。


「わぁぁ!? 大雪さん止めてぇ!」


「落ち着くのだ我が愛妻! 自傷行為は禁止だと前にも言ったはずであろう!」


「@&¥%☆〆〜!!」


 キレた氷麗さんも大概だけど、もしかしたら大雪さんと雪羅が本当に恐れていたのは、自己嫌悪に陥ってネガってしまう氷麗さんだったのかもしれない。


 やはり病み要素はこの人から遺伝していたんだなと改めて実感できたような気がした。


 何分間か我武者羅に暴れる氷麗さんだったが、大雪さんの手によって鎮圧されると、泣き寝入るようにベンチの上で横になった。もうこの人は試合続行不可能と見た。


「さぁ、次の相手は誰かしら? 三大妖怪の一角であるこの私が直々にぶっ潰してやるわ!」


「フッ……ついに我の真の力を見せる時が来たようだな」


 二点先取しているとはいえ、流れを完全に向こうチームに持っていかれた。ここで再び士気を高めるためにも、残りの打者の可能性を信じるしかない。


 スパーンッ! スパーンッ! スパーンッ!


 ……思ってる側からまた三振取られた。


「真の力はどうした親友!?」


「……次元の違いは覆せぬ」


 紛うこと無き正論を物申す彼を誰が責められようか? 俺は甘んじて受け入れよう。


 タヌっちには荷が重過ぎたが、次の打者ならばこの悪い空気を払拭できるかもしれない。


「ふむ、次は此方の出番か」


 最強の一角の一人である武士娘、妖怪紅葉。たとえ相手が化け物級の妖怪であれど、日々鍛錬を積み重ねている呉葉なら成し遂げられるはずだ。


「打てよ〜紅葉。アタシでホームラン打ってんだから、お前さんでも打てるはずだぞ〜」


「その理屈は分からぬが、これも弥白殿に恩を返すためだ。打たせてもらうぞ玉藻前殿」


 呉葉に戦闘スイッチが入り、目付きを鋭くさせて右の打席に立つ。腰を低く落として、バットを腰に添えるように左手で持ち替えた。


「おぉ!? あれはシロが使っていた居合い打法!」


「ほほぅ、熱い展開じゃねぇか。弥白には無理でも、紅葉なら使いこなせるってことか?」


 その通り。実はあの打法は俺が編み出したものではなく、呉葉が編み出していたもの。俺はボケて使っていた特殊な打法だけど、呉葉が使うとならば話が大きく変わってくる。


「そんな打ち方で私の球を打ち返せるとでも? 甘ちゃんね! お遊びで私に勝とうなんて笑えるわ!」


「…………」


 球を打つことだけに集中力を注いでいる呉葉は、挑発などには一切反応しない。ただ一点を見つめて、玉さんの姿を捉えている。


「私相手にシカトとはいい度胸じゃない。身の程を知りなさい!」


 そして、ついに一球目。例の炎球が呉葉を襲う。


「っ!」


 ミットに収まると思われた否や、呉葉が目にも止まらぬ居合いを解き放った。


 神速の抜刀は容易く炎の球を打ち返し、飛翔する鷹の如く右中間へとボールが飛んで行く。


「お母さんの球を打つなんて!?」


「ちょっとー!? 固まってる場合じゃないって桜華ー!」


 玉さんが球を打たれたことで、ライトの桜華が呆気に取られて動けなくなっていた。


 代わりにセンターの雪羅が急いでボールを取りに行き、既に二塁ベースを蹴っている呉葉を止めるため、サードの厠姉さんに向けてボールを投げた。


 意外と良い肩をしている雪羅のボールは、レーザービームの如く三塁の方へ。これは流石に厳しいか?


「はぁぁっ!」


 身体が汚れることなど御構い無しに、呉葉は身を乗り出してヘッドスライディングを決め込む。


 そして、判定が際どいところで厠姉さんがベースを踏んだままボールをキャッチした。


「セーフセーフ!!」


 判定は見事セーフ。呉葉が三塁打という、これまた優秀な結果を残した。


「良いぞ呉葉ー! 女の子だけど男らしい!」


「ホームランじゃなかったが、まぁ良いだろ。鍛錬馬鹿は伊達じゃねぇってところか?」


 呉葉の手柄で流れをどっこいどっこいのところまで取り戻した。次でヒットを打てれば、確実にまた流れをこっちに取り戻せるはずだ。


「いいよいいよ良い調子だよ! で、次のバッターって誰だっけ?」


「フッ……俺だぜ」


 ラストの九番バッターが自ら名乗り出る。


 俺は徐に立ち上がった。


「さてと、守備頑張ろ……」


「いやちょっと待てよ!?」


 グローブをはめて守備の準備に取り掛かろうとしたところ、緑色に手首を掴まれた。


「期待しろよ! 俺だぜ? このチームの隠し球的存在だぜ?」


戯言(たわごと)は寝て言え緑色」


戯言(ざれごと)をほざくでない緑色」


「…………(フッ)」


「お前らそれでも同じチームの一員か!?」


 仲良し三人組の罵倒に目くじらを立てる緑色。何を言われようとも、俺はこいつだけには絶対に期待しない。


「いいから早く行って来いよ緑色。尺が勿体無ぇだろ?」


「寄ってたかってお前らぁ……。尻子玉かっぽじって見てやがれ! この俺がスターに輝く瞬間を!」


 三十秒後。占ってもいない予言通り、何もできずに三振して一回目の終わりを告げていた。




〜※〜




 それからの勝負は無情というか、何でもありのバトルロワイヤルのようになっていた。


 卑怯千万当たり前。乱闘なんてお約束。ルールなんていざ知らず。それはもう妖怪らしいダーティープレイが飛び交いまくり、一人、また一人と犠牲者が続出していった。


 次から次へと猛者達が地に倒れ、野球試合をまともに続行できなくなった頃。試合の場に立っていたのは、たったの三人だけだった。


「ゼェ……ハァ……。ま……まさか貴方(あにゃた)が生き残るなんてね……」


 相手チームで唯一生き残っているのは、この試合を持ち掛けてきた張本人の猫さん。


 対するこっちは、ピッチャーの姉御に、キャッチャーの俺だ。


「ていうか、にゃんでシロ君がキャッチャーにゃのよ! 最後くらい私と一騎打ちしにゃさい!」


「えぇ〜、別に良いじゃんキャッチャーでも。姉御が投げれば確実だし」


「だからよ! (にゃん)にゃのよあの人!? ピッチャーがあの人ににゃってから誰も打てて(にゃ)いんだけど!?」


 何度もポジション交代を繰り返して来たが、最終的に姉御がピッチャーの役割を買って出てから、誰一人としてボールを打てる者がいなくなっていた。三大妖怪の玉さんや酒呑童子の親分と言えどもだ。やっぱ現役最強は姉御だってことがよく分かった。


「私は貴方(あにゃた)と勝負しに来たのよ! 空気読んで戦いにゃさい!」


「仕方無いなぁ。姉御〜、そういうわけだから変わってもらっていい〜?」


「お〜、最後くらいバシッと決めてやれ弥白〜」


 承認を得て、姉御とポジションを交代する。


 フフッ、ここに来てついに俺がピッチャーを買って出る時が来てしまったか……。


「さぁ、最後の勝負よシロ君! この一騎打ちで勝った方が勝負の勝者よ!」


「え? 点は六対五でこっちが勝ってるんだし、仮に猫さんが打っても引き分けじゃない?」


「ええぃ、問答無用! ここまでやっておいて引き分けにゃんていう甘いオチにさせるつもりは(にゃ)いわよ!」


「まぁ……猫さんがそう言うなら別に良いけどね」


「相変わらず甘いわねシロ君! でも今回はその優しさが命取りににゃるのよ!」


 余程勝つ気満々なのか、目の下にクマを作るくらいに疲れているのに、ぴょんぴょん飛び跳ねながら打席でスタンバイしている。勝利の執念の火が背に見えるかのようだ。


 ただ、最後のピッチャーに俺が来た時点で、猫さんの運は尽きている。


「それじゃ、一球目行くよ〜。俺はストレートしか投げれないから、タイミングさえ合わせれば普通に打てるよ〜」


「球種のネタばらしまでするだにゃんて、少し私を甘く見過ぎじゃにゃ――」


 ドゴォォォンッ!!


「………………」


 一球目。衝撃波のような爆音が会場の外まで鳴り響き、姉御のミットにボールが収まった。


「うっひゃ〜、今のは効いたぞ。見掛けによらず化け物みたいな肩してやがる。流石はアタシの舎弟だな」


「そういえば……シロ君の一番の特技って……」


「うん。投擲力だよ」


「種目ミスっちゃったぁ!?」


 今更気付いたのか、猫さんがムンクのような表情になる。基本的に球技は得意な方だから、身体能力のみを生かした種目にすれば良かったのに。


 例えばそうだな……かけっことか? 猫さんがぶっちぎりで足速いだろうし。


「潔く負けを認めるのも有りだよ? 猫さんのことだから絶対しないんだろうけどさ」


「当たり前よ! 勝負は最後の最後まで分からにゃいんだから!」


「だよね。じゃ、二球目行くよ〜」


 宣言通りの二球目。インパクトボールが再び姉御のミットの中へ。


「……(にゃに)も見えにゃいんだけど」


「でもせめてバットは振らないと」


「速過ぎて振る余裕が(にゃ)いのよ! 少しは手加減しにゃさいよ!」


「さっきから言ってること滅茶苦茶だよ猫さん?」


 疲労で気がおかしくなっているのか、見るからに冷静さを欠き始めている。


 なんかもう勝とうが負けようがどっちでもよくなってきたなぁ。そもそもなんでこんなことになったんだっけ?


「じゃあ次は手加減して投げるから、ちゃんとバット振るんだよ?」


「それは私に対する侮辱かぁ!」


「また言ってること変わってるよ……?」


 三球目。ソフトボールの要領で、下手投げで優しくボールを投げてやる。


 今度はちゃんとバットを振る猫さん。しかし、バットはボールを掠めてファールになった。


 かなり遅く投げたつもりだったけど……まさかねぇ?


「あのさ猫さん。ぶっちゃけたこと聞くけど、もしかして猫さんって野球苦手?」


「…………」


 今思えば、今日の猫さんの活躍所はバントだけだったような気がする。


「……なんで野球にしたのさ」


「だって……だって一度してみたかったんだもん!」


 あらやだ可愛い理由。つまりこの試合の本当の目的は、猫さんがただ野球をしたいだけだったということか。


「野球やりたいだけなら罰ゲームなんて無しにすれば良かったのに」


「シロ君の悪戯の頻度が上がってきてるのは本当のことだもの。そっちの方もついでににゃんとかできにゃいかにゃって思ったのよ」


「軽い気持ちでなんでもいうこと聞く権利を提示するんじゃありません!」


 珍しく猫さんがボケるとは……。いや、というよりは天然なのかな? 猫さんにこんな一面があったとは驚きだ。


「じゃあもう終わりでよくない? 既にぐだぐだになってるのは猫さんも知ってるでしょ? もう観客席で見物してる人もいないし」


「だ、駄目よ! 勝負は勝負! 最後までちゃんとやらにゃいと(みんにゃ)納得(にゃっとく)できにゃいでしょう!?」


 後には引けないと。やれやれ仕方無いなぁ……。


「じゃ、これが最後ね。ちゃんと打つんだよ?」


「分かってるわよ!」


 誰にでも打てるようなボールを投げるため、俺はゆっくりと姉御のミット目掛けてボールを投げた。




〜※〜




 ――後日。


「へ〜い、建設の方は進んでる〜?」


 とある山の奥。玉さん達が住んでいる辺りにあった広い土地を利用して、大所帯でそこそこ大きな建物を建設中だ。


「テメェな……勝負に勝ったとはいえ、普通作らせるかこんな場所?」


 大勢の鬼達が働いている中、メットを被った現場監督の温羅兄がやって来る。珍しく今回は素直に言うこと聞いて建設に勤しんでいるようだ。


「だってなんでも一つ言うことを聞かせられるんでしょ? だったら有言実行しないとねぇ?」


「温泉を掘り当てる難しさも知らずに(のたま)いやがって……」


「でも文句言いながら温羅兄ノリノリじゃん」


「……まぁな」


 混浴限定の温泉施設ともなれば、温羅兄が食い付かないわけがない。


 無論、この建物は女の子の皆には内緒で秘密裏に建設している。途中でバレたら雪羅辺りにぶっ壊されそうだと思ったから。


 本来ならばこんな建物作れる身分じゃなかったはずなのに、あの日の最後に猫さんが大振りでボールを外すものだから、結局野球勝負は俺達の方が勝ってしまった。とは言え、俺達のチームにはあまり貪欲な妖怪がいなかったから、命令権を行使したのは結局俺とキサナくらいなのだけれど。


 何にせよ、荒事というのはやはり性に合わないということがよく分かった。前の荒事で熊風という前科もあったんだし、今後揉め事が起きた時は話し合いで解決するように善処しよう。何だかんだで今回のことは良き教訓になったな。


「ほほぅ、これはまた立派な建物ではないか。ついに(わら)とシロの念願が叶うというわけか。ぐふふっ……」


 少し遅れてキサナ到着。まだ完成していないというのに、キサナの手元にはお風呂用具がびっしりと揃えてあった。


「テメェは気が早過ぎんだよ。完成にゃまだ時間掛かるぞ。今のところの目処は冬頃だ」


「冬とな? それでは覗きが困難になるではないか。覗く前に凍え死んでしまっては元も子もないじゃろ」


「じゃあ覗きスペースには暖房設備を整えてもらおうよ。それならゆったりと女の子の半裸を拝める」


「それはグッドアイデアじゃの。というわけで、頼むぞ温羅よ」


「少しはリクエスト控えてくれよ……」


 と言いながらも手持ちの設計図に書き足し出す温羅兄。自分も覗く気満々だからこその行動力である。


「いやぁ、それにしても今回のことは大儲けだよね。ホント猫さん様々だよ」


「そうじゃの。今度また同じような勝負を申し出されたら、上手く利用してやるのが吉かもしれぬの」


「じゃあ今度は猫さん限定の着せ替え所でも作ってもらおっか〜」


「そうじゃの。ほっほっほっ」


 そうして、温羅兄の予定通りの日にこの施設は完成するのだが、何者かによって覗きスペースがあるということが露見してしまい、誰一人としてこの温泉に入りに来ることはなかったという。


 とまぁ、またそれは別のお話である。

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