集った! 強者(バカ)達が!
「ふぅ……まるで冷たい湖に浸かっているかのような心地良さ……この清々しい気持ちは一体何なのだろうな」
「やること全部やり切ったからじゃないッスかね……」
数時間後。本当にチョコレート城を作り終えた呉葉が、その他諸々のお菓子も作れるだけ作って来て、とても穏やかな顔で俺達に差し出して来た。
味は良い。甘過ぎないチョコレートが身体中に染み渡るかのようで、資格を取りさえすればパティシエになれるであろう腕だ。
「うっぷ……アタシはもう無理だ……後は頼んだお前さんら……」
「流石にこう甘い物を連続して食べるとなると、激しく胸焼けを起こしてしまいそうじゃな……おぇっぷ……」
「…………(パクパクモグモグ)」
ついに姉御とキサナが脱落し、甘ったるい空間の中で地にひれ伏した。きっと口の中はチョコレートの匂いで満ちているに違いない。
作ってくれたのはとても嬉しかったのだが、問題はその作った数。蜘蛛の巣の席が全て埋まってしまう程の量のお菓子を生み出してしまい、俺達はその処理係として食べさせられているわけだ。
「うっ……俺ももう限界……糖尿になるってこんなの……」
三人目の脱落者となる俺。しばらくはチョコレートなんて見たくもない。多分一生分のチョコレートは食べたと思う。
「情け無いぞ弥白殿。男子たるもの、出された食物は全て平らげてこそだ」
「限度があるでしょうが! いくらなんでも作り過ぎだから! お店にも迷惑掛かってるし!」
カウンターの方を見ると、蜘蛛の巣の三人メンバーが自分のペースで甘味を味わっている。あれが本来のデザートを食べる姿だというのに、何故俺達はこんな苦渋飲むような目に遭っているんだろう……。
「ん〜、美味しいッスね〜。今度からデザートメニューを増やすのも手じゃないッスか?」
「そうね。コツさんなら作り方を調べれば出来るでしょうし、考えても良いかもしれないわね」
「紅葉さんのお手伝いしてましたから、既にレシピは記憶していますよ。でしたらいくつかメニューに加えましょうか」
こんな時でも酒屋営業のことを考えている店員達。逞しいねビジネス魂。
「それで弥白殿、今日は何用で参られたのだ? 急に訪れて来たものだから、調理中に少し驚いてしまったぞ」
「いや全然驚いてなかったよね。むしろ調理という魔の手に飲まれて暴走してたよね。終始笑い声上げまくってたよね」
「ふむ、そうであっただろうか? 何分調理中の記憶が薄れているもので、明確に思い出せないのだ。気付けば此方の目の前に豪華絢爛なるデザートの山々が出来上がっていて、我ながら驚愕したものだ」
記憶ぶっ飛ぶくらいの調理って、何をどうしたらあんなハイになっていられるんだろうか。
俺も料理は好きな方だけど、ワハワハ言いながらするようなことじゃない。むしろ料理中は集中するんだから、必然的に静かになると思うんだけど……。
「まさかの呉葉の才能にこっちが驚愕してるよ……。でも呉葉が料理するのは控えた方がいいと思う」
「むっ、何故だ? 我ながら美味なる物を調理できたと思うのだが」
「だったら少しは作る数を抑えようね? このままだといずれ呉葉が“糖尿キラー”の異名を語られることになるからさ」
「糖尿キラー……響きは格好良く聞こえるのだが?」
駄目だこの子天然だ。あの真面目堅物キャラだった呉葉を返して下さい。
「まぁそれはそれとして……実は今日呉葉に会いに来たのは、一つ頼み事をしたくて来――」
「うむ、引き受けよう」
「いやちょっとまだ何も言ってないんだけど……」
即決してくれることは嬉しいけど、何とも危うい女の子だ。素直過ぎるというか、もっと疑惑を持って欲しいというか……。
「弥白殿が困っていると言うのであれば、むしろ手を貸さないわけにはいかぬ。其方には返し切れない恩情があるのだからな」
「はははっ、俺を初対面で斬り殺そうとしていた人が言う台詞だとは思わなかったなぁ」
「あ、あれは事情が事情だったからであって……その……申し分の開きもない……」
少し意地悪なことを言ってみると、しゅんとなって落ち込んでしまう。とことん素直だなぁ……。
「冗談だってば、皮肉言って悪かったよ。それで頼みの内容なんだけど、呉葉って野球って知ってるかな?」
「……棒と玉をアレする競技……だったか?」
「何じゃと? よく聞こえんかったからもっかい言って欲しいの」
ふわふわした覚え方のせいで意味合いがアレな感じに。それにキサナも反応して、瀕死状態から肌をつやつやにさせて復活していた。
「もっと詳しくいってみとくれ。ズバリ、野球とは何じゃ?」
「詳しく……か。そうだな……棒と玉を幾度となく交え、汗水垂らして熱と熱をぶつけ合う。そんな情熱溢れる激しい競技だと聞いているが……」
「わざと言ってるんだよねそれ? 悪ふざけで言ってるんだよね?」
キサナが鼻血を吹き出して再びダウン。こいつぁ桜華以上の天然キャラと知り合ってしまったのかもしれない。呉葉、なんと恐ろしい逸材よ。
「ふむ、改めて野球と聞くとよく分からぬな。ただ、団体と団体同士で戦うことだけは理解している。所謂、非暴力的な戦のようなものだとな」
「それで通じるのならもうこれ以上何も言わないよ。それじゃ、呉葉も俺のチームに参加ってことで」
「承知した。必ずや弥白殿の役に立ってみせよう」
意気込むのは良いけど、その前に呉葉には最低限の野球のルールを覚えさせておかないと。ぶっつけ本番で野球させたら、思わぬ珍プレーをされ兼ねないし。
これで残るは後三人。現時点で向こうチームと良い勝負ができるくらいのクオリティにはなったが……念には念を入れておいた方が、より勝利に繋がる可能性が上がるはず。
出し惜しみはしない。残りのメンバーも最強レベルの人達を勧誘して、向こうチームをぎゃふんと言わせてやろう。
「それじゃ、俺は残りのメンバーを補充して来るよ。ここに連れて来るから、皆はここで待ってて」
「まだ当てがあんのか……なんて質問は無粋か」
単独で蜘蛛の巣を出て、ポケットからメモ帳を取り出す。ペラペラとページを捲っていき、妖界のとある住所と地図が書かれたページで止めた。
「えーと……確かここからまず右に行って……」
ここを右やら次を左やらと、ぶつぶつ呟きながら道を歩いて行く。それから少しして、こじんまりとした一軒の小屋の前に辿り着いた。
ギャギギギィ~! ダダダダンッ!
「…………んん?」
戸をノックしようとしたところ、突如小屋の中から妙な音が聞こえてきた。妙に既視感を覚えるこの音は……楽器か?
小屋の後ろに回り込んでみると、小さな小窓を一つ発見。少しだけ窓を開けて、こっそり中を覗いて見た。
「イェエエエ!! テンション上げ上げ~!!」
「ジャスティスロックンロ~ル!!」
「…………」
小屋の中では、ギターを激しくかき鳴らしながらハイテンションになっている氷麗さんと、舌をベロベロに出してキチガイな顔になった大雪さんが荒ぶっていて、全身汗だくになって身体全体を右往左往させていた。
もしや妖界は、妖怪達の内なる部分を引き出してしまうような作用を及ぼしてるのかな? 俺の中の真面目キャラポジションの人達がどんどん陥落していってしまう。
「良いぜ良いぜ、上げぽよじゃねーかお前ら! それがロック魂! 楽器をかき鳴らすことで曝け出される魂の解放だぜ!」
「イェエエエ!!」
「……あんにゃろう」
よくよく見れば小屋の中には、黒いジャケットを着て三角サングラスをかけた緑色が紛れ込んでいた。
「さぁもっともっと自分自身を曝け出せ! ジャスティロックンロ~ル!」
「イェアアア!!」
「良いぜ良いぜアゲアゲだぜ! だがまだ足りねぇ! もっとだ! もっと自分をぐはぁ!?」
その辺に落ちてた程良い大きさの石ころを拾い上げて、窓の隙間から緑色目掛けて解き放つ。
石ころは見事頭の皿にクリティカルヒットし、粉々に砕け散って緑色の魂がロックンロールした。
今一度玄関の方へと戻っていき、戸を開けて靴を脱いで小屋の中に上がり込んだ。
「おいコラ緑色。大雪さんだけじゃ飽き足らず、今度は氷麗さんまで巻き込むのか。君の茶番に俺の親を巻き込むなアホンダラ」
「こ……これが魂の解放……渋いぜ……」
「喧しいわ!」
極道、ダンディと続いて、今度はロックか。いつになったらこの薄いキャラの演技を止めてくれるようになるんだか。
「あら、いらっしゃい弥白君。また遊びに来てくれたんですか?」
汗だくの氷麗さんがギターを置くと、スキンシップのハグをして来た。いつもなら癒しを感じる抱擁なのに、汗だくなせいでじめじめした感触が正直気持ち悪い。
感情を包み隠さずに渋い顔を見せると、氷麗さんは「あっ……」と呟いて苦笑し、すぐに俺の元から離れた。
あの野郎のせいで氷麗さんの抱擁を堪能できなくなるとは許し難し。その罪、万死に値する。
「誰かが覗いて来ていると思ったが、やはりお主だったか我が愛息子よ。今の演奏を見て、お主の意見を是非聞かせて欲しいのだが」
「いや、ノーコメントで」
「……実力未だに及ばず……か」
床に両手をついて項垂れる大雪さん。一応自信を持っていたらしい。
「そんなことより二人共。ちょっとお願い事が――」
「良いですよ」
「ううん、だから最後まで話聞いてぇ……」
絶対こうなると思ってましたけどね。この人達も良人の塊のような妖怪……ていうか俺の親なんだし。
「我が愛息子の頼みを断るわけがなかろう。して、その要件とは?」
「うん。実は近々のことなんだけど、ガチンコ勝負の野球をすることになってさ。それで二人にご助力願おうかなって思って来たんだけど」
「野球……大雪さんは詳しく知っていますか?」
「うむ。確か、棒と玉をアレするアレだったはずだ」
「アンタらもふわっふわなんかぃ!」
そしてまたその言い方よ。流行ってんの? 野球を棒玉呼びするの流行してるの?
「よくルールは分からないですけど、弥白君のためなら私達は頑張りますよ」
「そうだな。私の棒捌きを我が愛息子に見せてやろう」
「大雪さん、息子にセクハラするって父親になってどんな気分?」
「な、何故だ? いつ私が卑猥な行為をしたのだろうか?」
どいつもこいつも天然ばっかか。呉葉同様、この二人にも野球のルールを教えなくてはならないらしい。前途多難なメンバー達だけど、本当に大丈夫なのかなこれ……。
これで残りは後一人か……。ん~、他にはもう当てが無いし、どうしたものかなぁ……。
「へっ、仕方無ぇな相棒。どうしてもってんなら、この俺もお前の力になってやろうじゃねぇか」
天狗には審判をやってもらうつもりだし、メンバーには入れられないなぁ。他に誘うとしたら……う~ん……。
「はははっ、冗談だって冗談。頭なんて下げなくたって無償で力を貸してやるって。俺が相棒に見返りを求めるわけねぇだろ~?」
こうなったらインパクト勝負で、例のヤンデレ姫でも誘ってみようか……? 相手に温羅兄がいるし、頼めば喜んでチームに入ってくれそうだとは思うけど――
「おいコラァ!? 何さっきからシカトこいてんじゃぁ!? 最後の一人は目の前にいるだろうがぁ!」
「うるさいなぁさっきから。主張激し過ぎて鬱陶しいよ」
「お前が無視するからだろうが! 誰よりもいち早く俺をメンバーに入れとけよそこは!」
「役立たずは誰一人として入れたくないので悪しからず」
「共に死地を乗り越えた仲だろうが! 細かいこと言ってんじゃねぇよ!」
「しょうがないなぁ……もし足引っ張ったら皿割るからね?」
「既にお前に割られとるわ!」
最後のメンバーに河童の若頭が追加。これでようやくメンバーが集った。約一人不服な妖怪がいるにせよ、中々の面子を揃えられたんじゃないだろうか。
「よーし、それじゃ早速チームメンバー全員集めて顔合わせしよっか。殆どの人は蜘蛛の巣に集まってるから、皆も俺に付いて来て」
「フッ……俺達のロックン魂が疼くぜ……」
「「イェア!!」」
「うん、そのノリもう止めようか」
こうして、無事にメンバーを集め終えた俺は、氷麗さん達を引き連れて蜘蛛の巣へと引き返すのだった。
〜※〜
蜘蛛の巣にてメンバーの顔合わせを終えた俺達は、野球を知らない人達にルールを覚えさせるためにも、広い空き地の方に移動して早速練習を開始した。
「外野行ったぞー! 優しく受け止めのじゃー! 初エッチする時のリードのようにー!」
向こうのチームも本気で勝ちに来るつもりなんだろうし、今頃は人間界の方で練習しているに違いない。ただ、それは向こうチームの決定的なミスだ。
「はいはい、バットを持つ時はもっと脇を引き締める! 尻で誘って来るキャバ嬢のように……こうじゃ!」
何故ならこっちは、ゆっくりと時が流れている妖界で練習してるんだ。もし向こうで一日いっぱい練習していたとしても、俺達は数週間分の練習をこの世界で重ねることができる。卑怯だと宣われるかもしれないけど、勝負に卑怯もクソもない。最終的に買った者が正しいのだ!
「ベースに帰って来る時は全力じゃ! 女子のスカートを本気で覗きに行くようなつもりで、躊躇せずに頭から突っ込むのじゃ!」
キサナコーチのご助力を得て、全員が青春の汗を流して練習に励んでいる。身体は泥だらけになってしまうけど、そこには確かな情熱が満ちていた。
「盗塁する時は常に相手を観察するのじゃ! 一目見てスリーサイズを見極められるくらいに、洞察力を磨くのじゃ!」
一日、二日、三日と、時が経てば経つ程に、皆に確実な野球の実力が身に付いていく。棒と玉が常に寄り添っているかのように、野球という日常が俺達の当たり前と化していく。
「ホームランを狙う時は血気盛んに! 一発で相手をイカせられるくらいに、全身全霊を以ってぶっ放すのじゃ!」
いつしか俺達の間には、切っても切れない熱いチームの絆が結ばれていった。たとえ野球勝負が終わった後だとしても、永遠にこの絆は無くならない。今、俺達の魂は一つとなった。
そうして時は流れ――ついに決戦の時はやって来た!
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……さ……さぁ……始めるとしようではないか……我とお主達の……一世一代の大勝負ごっふぇごっふぇ!? い、息が苦しいの……」
「き、気合入れすぎたんじゃねぇか……? 最後に寝た日を覚えてねぇぞ……おぇぇぇ……」
「み、漲るぜ……俺の全身にロックン魂が……おぼろろろ……」
「にゃんで全員漏れにゃく満身創痍にゃのよ!?」
向こうチームの慈悲により、野球勝負の日取りは一日先に伸びました。相手が優しくて助かったね!




