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ちょっと黙ってろ人形神 後編

『囀り石、起動します』


「にゃっ!?」


 撫で終えた囀り石をテーブルに置くと、機械音声が発せられると同時に七色に光り輝き出し、空中に大きな液晶画面が浮かび上がった。


(にゃに)これ!? これってこんにゃ近未来的にゃ感じの物じゃにゃかったわよね!?」


 未知なる進化を遂げた囀り石に驚愕の反応を示す猫さん。


 驚くのは無理もない。だって当事者の俺ですらびっくらこいてますもの。天狗(あのひと)って実はメカニックマスターだったのか……。


「ほぅほぅ、これはまた面白そうな変貌を遂げているの。いつの間に手を加えていたのじゃシロ?」


「俺にも裏のコネってものがあってね。でも俺も進化した囀り石が起動するところ初めて見たよ。何でも、知りたいことを映像化することができるオプションが付いたって話だったかな」


「なるほどの。つまりこれを使えば、此奴らの願いを画面に摘出できると。映像化される分、想像されたものがハッキリと映し出されるじゃろうの。ほほほっ、これは楽しみじゃ」


「なんて無駄な改造を施してるの!? 無駄使いは感心しないよ弥白!」


「無駄使いねぇ……」


 生憎、これの制作費はゼロだ。俺の無理難題に応じてくれた天狗が全部やっていたことなので、きっと主に妖術を駆使して改造していたんだろう。そりゃこんなクオリティになって当然だ。


「とにかく、これで皆さんの願い事を赤裸々にできるわけですね。さぁ弥白様、ささっとやってしまいましょう」


「暴き対象から外れたからノリノリだね〜桜ちゃん。できたらお姉ちゃんも対象外にしてくれると嬉しいんだけどなぁ〜?」


「弥白様。まず最初は姉さんの願い事から暴いてくれませんか?」


「……御意に」


「執行猶予縮まっちゃった!? や、止めてぇ〜二人共〜!」


 待った無し。真・囀り石のテストも兼ねて、最初の生贄には九ちゃんを捧げることとする。


 囀り石を起動したのは俺なので、知りたいことを想像するのは俺の役目だ。何だか懐かしいなぁこの感覚。


 頭の中で「九ちゃんの願い事は?」と想像する。すると、囀り石が着信音のような音を鳴らした。


『認証――九尾妖狐の願い事。映像化します』


 何も映っていなかった液晶画面がジグザグに歪むと、九ちゃんの願い事であるらしい映像が再生された。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 自然豊かな緑に囲まれた田舎村。そこから一時間程歩いた先に、二つの立派なお屋敷がありました。


 その場所は、鬼と妖狐が共存しながら日常を送っている賑やかな世界。対立することもままならない鬼と妖狐ですが、喧嘩する程仲が良いような日々が続いています。


「貴方ぁ〜! 愛してるわぁ〜!」


「分かったから少しは静かに飯を食えんのか……」


 共存と対立の象徴とも言える親達が、今日も今日とて席を並べて食事をしています。


 水を得た魚のように明るい母親。そんな妻に振り回されながらも笑顔を浮かべる父親。そしてその周りには、沢山の子供達が食卓を囲っていました。


「お行儀が悪いですよお母さん。ご飯を食べる時くらいは落ち着いてください。周りにも迷惑が掛かってしまうんですから」


「ふぅ……分かっていないわね桜華。常識を絶対に守らなくちゃいけないなんていうルールは何処にもないのよ。それに私はね、愛する夫に寄り添っていられるだけでご飯五杯はいけるのよ」


「いや、だから何だって話なんですけど……」


 呆れてため息を吐く次女の鬼。彼女は今日も皆のブレーキ役として良心の立ち位置を貫いているようです。


「もうほっといてやれ脳筋。夫絡みのことに関しちゃその人はどうにもならねぇんだからよ」


「ハァ……それもそうね。あんたの妖怪性に救いようが無いように、こうなったお母さんに何を言っても無駄ね……」


「誰が救いようが無いだぁテメェ!? ポンコツ魂が身体に染み付いてる無能野郎に言われたかねぇよ!」


「あんたに無能野郎だなんて言われたく無いわよ! 塵虫の分際のくせに!」


「んだとコラァ!? 上等だ、表出ろやぁ! 今日という今日こそは決着つけてやろうじゃねぇか!」


「望むところよ! 金輪際私に生意気な口を聞けないようにしてやるわ!」


 毎日のように喧嘩している双子のような兄妹達は、今日も懲りずに口喧嘩。お決まりのように殴り合いを始めてしまい、食卓はより賑やかな花を咲かせます。


「にゃっはは〜、相変わらず仲良い二人だなぁ〜」


「…………(こくり)」


 そんな激しい二人を見つめながら、長女の妖狐と末っ子の妖狐は二人仲良くご飯を食べています。


「いやぁ〜、今日もいつも通りで平和だねぇ〜」


「…………たまには静かでいたい」


「にゃっはは〜、コン子ちゃんはクールだなぁ〜」


 恍惚する母親。呆れる父親。荒れ狂う次女。荒ぶる従兄弟。静寂な末っ子。個性豊かな家族に囲まれながら、長女の妖狐はふと思いました。


 あぁ……いつまでもこうして皆と笑顔でいられたらな、と。


 能天気で、お調子者で、いつもマイペースな妖怪として認識されている九さん。


 そんな彼女が胸の中に抱く暖かい想いは、誰も想像していないことでしょう……。


ーfinー


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 再生が終わり、液晶画面が消えて囀り石が元に戻った。


 全てが公となった時、九ちゃんは今までに見せたことのない赤面顔になっていて、両手で顔を塞いで俯いていた。


 いつもエロ素ばかり周りに与えている我らがお姉さんが、今日に限っては萌えな姿を見せている。お陰様でこっちの動悸は一向に収まってくれる気配がない。


「あの……すいませんでした姉さん。わたし今まで姉さんのことを色々誤解してました……」


「止めてぇ〜!! そんな優しい目でお姉ちゃんを見ないでぇ〜!!」


 涙目になって桜華をポカポカと叩く九ちゃん。やばい、普段のギャップのせいで今の九ちゃんが滅茶可愛い。見ているこっちにまで顔に熱が帯びてきた。


「……にしても驚いたなぁ。うん、本当に驚いたよ」


「そうじゃの……(わら)でさえも度肝を抜かれたくらいじゃ」


 キサナも同じことを思っていたようで、互いの気持ちを理解しながら頷き合った。


「そ、そうね。いつも余裕のある九ちゃんがまさかあんにゃ願い事を――」


「コン子ちゃんの声が可愛過ぎてもうどうにかなっちゃいそうだよ俺」


「いやそっちの話かぃ!」


 今までコン子ちゃんの素の声を一度も聞いたことが無かったけど、まさかこの機会に初めて聞くことになるとは思ってなかった。当たり前だけど、別に失語症ってわけじゃなかったのね。


「…………ついにバレてしまった」


「コン子ちゃん!?」


 初めて声を聞かれてしまったからか、ついにコン子ちゃんが自ら声を発した。生声の萌え感の威力半端ない。


「…………私のミステリアスキャラを形作る計画がおじゃんに」


「貴女そんにゃこと考えてたの? にゃんでまたそんにゃ意味の分からにゃいことを……」


「…………女は謎が多い方が綺麗に見栄える」


「「分かるぅ〜!!」」


「いや分かんにゃいわよ……」


 ついついキサナと一緒に同意の声が漏れてしまった。でもその考え方は共感できる。ミステリアスな女の子って不思議と色気を感じるんだよね。


「願い事を暴くだけだったのに、意外な事実が発覚したね……」


「ほら見たことか雪羅さんや。悪戯もたまには得することがあるでしょ?」


「結果論でしょうが! そもそも得してるのは弥白達だけだし!」


「まぁまぁそう言わずに。さて、それじゃお次は猫さんの願い事を――」


 この調子でどんどん行こうと、また囀り石を手に取ろうとした時だった。


「我ヲ目覚メサセタノハ主達カ」


「にゃぁぁ!? 人形が喋ったぁぁ!?」


「今更? 喋る石が隣にあるのに?」


 急に人形神がカタカタ揺れ出したと思いきや、瞳が赤く不気味に光り輝き、ふわりと宙に浮き上がった。ボサボサの髪がうねうねと虫のように動いていて、余計に気味の悪い姿になってしまっていた。


「主カ? 願イヲ叶エタイト望ムノハ主カ?」


 桜華にからかわれている九ちゃんの顔の隣に移動すると、大きな狐耳に洗脳ボイスを囁く。気味が悪い以上に鬱陶しそうだ。


「うるさい黙ってて呪物! お姉ちゃんは今それどころじゃないのぉ〜!」


「呪物……」


 人形神にとってのNGワードだったのか、隅っこの方に移動して膝を抱えて縮こまった。打たれ弱いな願いの付喪神。


「こうなったらもう引き下がらせないよ〜! 二人もお姉ちゃんのように恥ずかしい思いをしてもらうから! 思ってた以上に聞くからねこれ!」


「嫌よ私は! くっ、離しなさいキサナ!」


「ほほほっ、あまり動かぬ方が良いぞ。下手すると手が滑って……おっと」


「にゃぁぁ!? 胸を揉むにゃ変態!」


 猫さんの肘打ちを顔面に喰らうキサナ。しかし鼻血の一滴すら出さず、余裕の顔で平然としている。猫さんの力がか弱いからだろう。


「じゃ、この流れだと次は猫さんだね。一体どんな萌え映像を見せてくれるのか楽しみだよ」


「止めにゃさいシロ君! 止めにゃいとアレよ! また一切口を聞いてやらにゃいわよ!」


「いや、猫さん優しいからそれずっとじゃないだろうし。それならまだ耐えられるし。今は猫さんの萌え姿見たいし」


「ずっとだもん! 永久に許してあげにゃいんだから〜!」


『囀り石、起動します』


 これまた可愛らしい怒声を耳にしながら、俺は再び囀り石を起動した。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 見渡す限りの木々。山なのか森なのか分からない土地の奥に、それはそれは大変可愛らしい妖怪達が住んでいました。


 右を向けば一匹の猫が。左を向けば二匹の猫が。前を向けば三匹の猫が。後ろを向けば四匹の猫が。


 そう、ここは多くの猫又達が集う猫屋敷。猫又の、猫又による、猫又のために存在する、猫又だけの住処です。


 水辺で顔を洗う猫又や、木で爪を研ぐ猫又。ゴロゴロとイチャつく猫又や、スヤスヤのお昼寝している猫又。数は多くも、それぞれ好き勝手にのどかな日常を送っています。


「にゃ〜ん」


 色んな猫又達がのんびりしている中、一匹のとある白猫が猫屋敷から出て来ました。欠伸を漏らしていて、とても眠そうにしています。


「んにゅ〜ん……」


 猫撫で声を漏らしながら手で目を擦り、とてとて歩いて他の猫又達から離れた場所に向かいます。一体何処に向かっているのでしょうか。


 しばらく歩いて山道を抜けて、更に森を抜けます。奥へ奥へと歩いて行き、やがて白猫は広大な水色の景色が見える海に出ました。


「にゃ〜ん!」


 その海が見えた瞬間、白猫は浜辺の上を全速力で駆け抜け出しました。海――ではなく、その手前側に置いてある“それら”に向かって。


「ダーイブ!」


 白猫は上に飛び上がって人型に変身すると、大量に置かれていた“マタタビ”の山に顔から飛び降りました。


「にへへ〜、ま〜た〜た〜び〜♪」


 文字通りマタタビに酔い痴れ、猫又はふにゃけた顔でマタタビの中に消え入ります。それはまるで、マタタビで出来たお風呂に浸かるように。


「にゃにゃ!?」


 しばらくそうしていると、何処からか猫又の周りに猫じゃらしが生えて来ました。ゆらりゆらりと数多くの猫じゃらしが揺れていて、猫又の本能が刺激されます。


「びしっ! ぺしっ! にゃっ!」


 ご機嫌な様子で猫パンチを繰り出す猫又。その表情からとても癒されているようで、猫又ライフを満喫しています。


 ……これはまだ彼女の妄想でしかありませんが、いつか叶えたい願いであると思っているのは彼女だけの秘密です。


ーfinー


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 再生が終わり、液晶画面が消えて囀り石も元に戻った。


 何とも言えない空気の中、俺とキサナは胸を抑えながら寝そべってのたうち回っていた。いかんせん、ジッとしていたら胸の中が張り裂けそうだ。


「……にゃーちゃん可愛い」


「止めてぇぇぇ!!」


 ぽつりと雪羅が呟くと、猫さんは顔を真っ赤にさせてその場に蹲った。身体を丸めるその姿は正しく猫で、そんな姿を見てしまった俺達は悶え死にそうだ。


「いかん……いかんよこれは……ある意味これは殺戮兵器に等しいよ……」


「興奮が……興奮が収まらぬっ……あぁムラムラしてきた……」


「にゃんで私より貴方達(あにゃたたち)の方がダメージでかいのよ! 恥ずかしいこっちの身にもにゃりにゃさいよ!」


「それはこっちの台詞だ! 萌えを慎まずにぶっ込んでくるなんて、猫さんは俺とキサナを殺す気か!」


「まさかの逆ギレ!? 知らにゃいわよそんにゃこと! 個人の捉え方の問題でしょうが!」


 まさか実家での素の猫さんを出してくるとは思わなかった。なんて恐ろしいんだ囀り石。あんな忠実に猫さんの萌えを再現できるだなんて、高性能にも程があるというものだ。


「シロよ、これは録画できぬのか? 保存用、観賞用、実戦用に取っておきたいのじゃが」


「今は無理かもだけど、またこれ持って行ってグレードアップしてくれるように頼んでみるよ。俺も観賞用と実戦用に取っておきたいし」


「さっきからその実戦用って(にゃに)よ!? (にゃに)と戦うつもりにゃのよ貴方達(あにゃたたち)は!?」


「「……己の性欲と」」


「馬鹿じゃにゃいの!?」


 馬鹿ではなく生理現象だと言って欲しいところだが、まぁいい。いずれ理解してくれる時がやって来ることを信じていよう。


「主カ? 願イヲ叶エタイト望ムノハ主カ?」


 何となく部屋の隅っこの方を振り向くと、いつの間にか奴の姿はそこから猫さんの耳元の方に移動していた。


「正直ニナルノダ。ソシテ貪欲ニナルノダ。サスレバ主ハ全知全能ニダッテ――」


「うっさい黙っててボロ人形! 廃棄処理するわよ!?」


「ボロ人形……」


 再び姿形を否定されたため、人形神はまた隅っこの方で丸くなった。願いの付喪神なのにさっきから不憫だな。実際呪物だからしょうがないんだけど。


「さて……それじゃお次は……」


 ニヤリと笑って三人目のターゲットを見つめる。未だに必死こいて脱出を試みているようだったが、コン子ちゃんの力に抗う術を持ってはいなかった。


「フフフッ、如何にも女の子らしい姿ですなぁ雪羅さんや? 今なら舐め回すようなボディタッチもやりたい放題ですが、それは流石に後が怖すぎるので止めておきますハイ……」


「……根性無し。私が怒らなくてもできないくせに」


「その意味深な台詞はどうか控えて貰えないかね? それだとまるで俺がチキン野郎に聞こえるじゃないか」


「実際そうだから言ってるんだけど……」


 見えない槍でグサリと心臓を貫かれる。歯に衣着せない氷柱(つらら)の小娘め。自分は度胸があるからって好き放題言いおってからに。


「言ってくれるじゃないですかつらら女さんや。具体的にどういうところがチキンだと? 言えるものなら言ってみなさ――」


「だって……私がこっちに来てからちゃんと告白してくれてないもん……」


「…………」


 男性と女性がそういう関係になる際に言うべき言葉。確かに俺は、今まで一度もそれを口にしたことがない。


 雪羅の一言によって空気の流れが変わり、皆が俺の背中に視線を浴びせて来ている。この居た堪れない状況を作ったのは誰? はい俺です。


「……おっと、突然お腹が痛くなって来た」


 お腹を摩りながらリビングから出て行こうとしたところ、キサナから解放されていた猫さんに手首を掴まれた。


「この状況で逃すと思う?」


「……すいません」


「ほら、さっさと雪羅ちゃんの願いを暴きにゃさいよ。ほら早く」


「いや、あの、勘弁してもらえないですかね? この空気でそれはちょっと――」


「いいからやりにゃさい」


「……はい」


 状況的には俺の方が優勢なはずなのに、場の空気が俺に劣勢感を与えてくる。何故だ、俺の計画ではこんなことになるはずでは……。


 ちらりと雪羅の方を見てみると、完全に冷め切った目で俺を見つめていた。出来心で確認しなければよかったと後悔しながらすぐに視線を逸らし、ぽつんと置いてある囀り石に目をやる。


「ドウスル? 頼ル? コウイウ時コソ我ニ頼ッチャウ? 人形神一発イットク?」


「うっさい黙ってろ腐敗人形」


「腐敗人形……」


 いつの間にか耳元の傍にいた人形神。それっぽい口調から軽口になっていて、余計に鬱陶しくなっていた。


 既に乗り気じゃ無くなっているが、逃げようにも逃げられない。半ば強制的に囀り石を持たされることとなった。


『囀り石、起動します』




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 人里離れた山奥にある一軒の小屋。以前そこでは、雪の精とも言える妖怪達が住んでいました。


 一時期そこでは一人の人間が居候していたこともあり、一人の雪の精と人間は日に日に心を交わすようになり、やがて二人は愛情を育むようになりました。


 しかしその人間は元の家へと帰ってしまい、二人は離れ離れになることに。しかし二人は再び再会することを約束し、その誓いを忘れず胸に抱き続けながら時を過ごしました。


 やがて二人は大きく成長し、思い立った雪の精は再び人間の前に姿を現しました。人間も雪の精も約束のことを永遠に忘れていたことはなく、心から再会を喜びました。


 それから二人はまた同棲を始め、今まで一緒に会えていなかった空白の時間を埋めるように、恋人同士となって毎日顔を合わせるようになりました。


 幾度となく夜を共に過ごすようにもなり、更に時が過ぎて大人になった頃。二人は婚約を交わし、正真正銘の家族となっていました。


「あぁ〜……腰痛い。これだから農作業はハードなんだよね」


 野菜の収穫に没頭しつつ、自分の腰を叩きながら汗を拭う。熱い日差しが大地を照り付ける中、人間はひたすら農作業に勤しんでいます。


「弥白〜!」


 すると、二人の家がある方から妻である雪の精がやって来ました。膨らんだお腹の中の子を気遣いながら、小走り気味に夫の元へと駆け付けました。


「少し休憩したらどう? お昼ご飯持って来たし、休むには丁度良い時間だと思うよ」


「休むのは良いとして、あんまり動いちゃ駄目だって日頃釘刺してるのに。今はただ安静にしてくれれば良いんだよ雪羅?」


「だって、何もせずにジッとしてるのも暇なんだもの。それに私は暑さに強いし、問題無いでしょう?」


「暑さに強いって……そういう問題なの? 俺が伝えたいことと違うんだけどなぁ……」


「細かいことはいいの。ほら、そこの草むらに座りましょ」


 雪の精は人間の手を引いていき、レジャーシートを敷いて並んで近くの草むらの上に座りました。


 雪の精が持って来ていたお弁当の蓋を開けると、中には全て手作りのおかずが入っていて、それを目の当たりにした人間は瞳を輝かせました。


「ほぅほぅ……日に日に料理の腕前が成長していますな雪羅さんや。この調子だと俺より上手くなる日はそう遠くない未来の話なのかもしれないなぁ」


「それはそうよ。弥白より上手くならないと私の立つ瀬が無いもの。それに今の私には、こういう事でしか弥白の力にはなれないから……」


「こういう事でしか、なんて言い方は気に食わないなぁ。まるで自分が役立たずだとでも言っているかのように聞こえるけど?」


「だ、だって……」


「だっても何もありません。役に立とうが立たないだろうが、自分を責める必要はないよ。俺にとってはこうしてただ傍にいてくれるだけで十分嬉しいんだからさ」


「……うん」


 人間は微笑みながら雪の精の頭を撫でてあげます。雪の精は気持ち良さそうに目を細め、幸せな笑みを浮かべました。


「ふふっ……」


 雪の精は嬉しさ余って人間の肩に寄り掛かり、身体を預けて人間の腕に抱き付きました。


「ちょいちょい雪羅。甘えたい気持ちは分かるけど、この体勢だと弁当が食べられないのですが?」


「だったら私が食べさせてあげる。はい、あーんして」


 一つしかない箸を手に取り、雪の精はおかずを一つ摘んで人間の口元に近付けました。しかし人間は照れ臭そうにほんのりと頬を染め、横に視線を逸らしてしまいます。


「二十歳になってまでそういうことをするのはちょっと……それにお行儀が悪いと言いますか……」


「なぁに? 私のお弁当が食べられないとでも? 私のおかずじゃ口に合わないとでも言うのか〜!」


「そうじゃありませんて雪羅の姉御。テンション上がってちゃってまぁ……食べれば良いんでしょ食べれば」


「むぅ、その言い方はちょっと気に食わないなぁ〜?」


「食べさせたいのかそうでないのかはっきりしてくれませんかね!?」


「ふふっ、冗談なんだからムキにならないでよ。はい、あーん」


 小悪魔のように人間を悪戯で翻弄しながらも、最後には優しく人間におかずを食べさせてあげました。人間は美味しそうに食べ物を頬張り、のほほんとした表情で美味しいおかずを味わいました。


 結局全部食べさせてもらった人間の胃袋は一杯になり、別の意味で膨らんだお腹を摩る人間は満足そうにゲップを漏らしました。


「ご馳走様でした。ありがとうございます我が妻様」


「いえいえ、どういたしまして我が夫様」


 冗談を言い合いながら笑い合う夫婦の二人。お互いを見つめ合う眼差しは次第に熱を帯びていき――二人は静かに口付けを交わしました。


「……好きだよ、雪羅」


「うん……私も」


 人間は妻を愛しく思いながらそっと雪の精を抱き締め、雪の精もまた夫の身体を優しく抱き締めました。


 これは雪の精の……いえ、“お二人”の願い事でしかありません。しかし誰かに頼らずとも、きっと叶えられるであろう願い事でしょう。


 この願いを成し遂げられるのは、今後のお二人の気持ち次第。この想像上のお二人のような関係を築き上げることができるのかは分かりませんが、心から信頼し、愛し合っているお二人ならばきっと大丈夫……かもしれませんね。


 お二人の明るい恋の行く末を応援しています。


 by.囀り石


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 再生が終わり、液晶画面が消えて囀り石も元に戻った。


 映像が終えられた後の短い時間に、俺は今日やろうとしていたことを秒速で振り返ってみた。


 人形神をダシに使い、本命の囀り石を使うことで、皆の本心である願い事を暴き出して恥ずかしくしている姿を拝む。その中には勿論、彼女である雪羅も当然含まれていた。


 いやむしろ、この悪戯は雪羅をメインディッシュとして計画していたことだった。俺の知らない願い事を暴くことでそれをネタにし、しばらくの間それで弄り倒してやろうと。そんな軽い気持ちで雪羅の願い事も軽く見ていた。


 だが、どうだろうか? 今の雪羅の願い事の映像を見た後で、それをネタ扱いにして嘲笑うことができるだろうか?


 ……できるわけないじゃないッスか。だって俺が予想していたような願い事とは真逆の方向性で、女の子らしい純粋そのもののような清らかな願い事だったんですもの。


 だからこそ、そう思うからこそ、俺の頭の中で“それ”が増長していく。今日の俺がどれだけ愚直な行動を取っていたのかということを理解してしまったことで溢れ出した、底知れない“罪悪感”が。


「どう? 少しは懲りた――わぁぁ!? 弥白!?」


 罪悪感によるストレスが一気に爆発し、胃の中の物が全て口からブチまけられた。目から、鼻から、耳からも謎の液体が溢れ出し、具合の悪さが有頂天に達した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」


 精神崩壊(メンタルブレイク)。謝罪の気持ち以外に何も考えられなくなってしまい、頭の中が真っ白になってしまった。


「これはいかん。シロの良心が決壊してしまったようじゃの」


「冷静に分析してる場合じゃにゃいでしょうが! 自業自得とは言え、この反省の仕方は流石に予想してにゃかった!」


「弥白! 分かった! 分かったから! もう怒ってないからそれ以上自分を責めないで!」


 これだけのことをしておいて、いとも容易く俺の罪を許そうとする良き彼女。彼女の良心に目を当てられなくなり、眼球が失明を引き起こした。


 俺の心は更に精神崩壊(メンタルブレイク)。謎の液体が真っ赤な液体に入れ替わった。


「ヒヒヒッ……俺はどクズ……雪羅に釣り合うことのないどクズ……どクズは干からびて死んでしまえばいい……ヒヒッ……ウヒヒヒヒッ……」


「…………今度は闇落ち。(にぃ)のこんな姿を見ることになるなんて……」


「だから冷静に分析してる場合じゃありませんってば!」


「気をしっかり持って白君(びゃっくん)〜。確かに今回は少し辛辣な悪戯だったかもしれないけど、私はぜ〜んぜん気にしてないからさぁ〜?」


「傷口に塩をブチまけてどうするんですか姉さん!! あぁ!? 弥白様の全身の皮膚が血塗れに!?」


「このままじゃと出血過多で間違いなく命を落とすの。ほほほっ、これは大変じゃ〜」


「だから言ってる場合じゃないんだってば!! お願いだから正気に戻ってよ弥白〜!?」


「コウイウトキコソ我ノ出番。イットク? 人形神一発イットク?」


「黙れこの時代に取り残された愚物人形!! 今は貴方に構ってる暇はない!! この場から消え失せてなさい!!」


「愚物人形……」


「消え失せてなさい」という言葉を願い事として勝手に受け取ったのか、人形神は消滅するかのようにフッと姿を消した。


 この後、俺の命は皆のお陰によって奇跡的に取り止められることとなる。しかし、雪羅に対する悪戯が命の危険を脅かすトラウマとなってしまったことで、暫くの間、雪羅に仏のような優しさだけを施していたという……。


 過度な悪戯は程々に。今回の件は、俺にとって良き教訓となるのだった。

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