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あいつもこいつも歪んでる

 平和とは何か。平穏とは何か。平凡とは何か。


 毎朝早い時間に起きて学校に行き、午後になるまで授業を受けて、家に帰ってフリータイムな時を過ごし、明日に備えて布団に入る。


 典型的でありきたり。何の面白みもない平凡な生活スタイル。この世に生きる殆どの者達がそれを拒み、もう少し刺激や変化のある日々を望むことだろう。


 ただ、スリルというのは日夜求めるものでもない。毎度毎度刺激ばかりを求めていたら、自分の身がいくつあっても足りないくらいに疲弊する。過度な刺激は慎むべきなのだ。


 刺激を求める時は刺激を求め、身体が疲れればちゃんと休む。それが本来人間のあるべき姿だと俺は思っているわけだ。


 例えばそう、最近の俺は平凡とは程遠い日常ばかり送っていた。鬼&妖狐屋敷の皆のゴタゴタ散々巻き込まれ、立て続けに妖界での命を賭けた一騒動。流石の俺と言えども根を上げても仕方無いことだ。


 つまり、さっきの理論から考えるに、今の俺に必要なものは休日。それ即ち、誰とも関わらずに隔離空間にて引きこもるということに他ならない。


 温羅兄達のお陰もあって、ようやく俺とキサナは元の帰るべきボロ屋敷――もとい見た目だけボロ屋敷に帰って来ることができた。色んな場所で時を過ごすのもまた一興ではあるけれど、やっぱり一番なのは実家だ。


 ここにはこれをしつこく付け回す玉さんがいなければ、俺をいやらしく翻弄して来る九ちゃんもいない。周りに人っ子一人いない、完全なるぼっち空間。


 あぁ……何もしなくても良いって素晴らしいね。このまま泥のように畳と一体化してしまいたい。そうして俺は安らかに土に帰るのだ。苦しまずに死ねる安楽死って人として幸せだよね。


 とにかく、今日はもうずっと一人でいよう。誰が来ようとも無視だ無視。今日の俺は弥白でも無ければ主様でもない。ただの空気だ。


「お〜う坊。新築祝いに遊びに来――」


 空気は荒ぶる台風のように身体を乱回転。その勢いを利用した回し蹴りを醜い鬼の顔面に放ち、林の地平線の彼方へ吹っ飛ばした。


 私は空気。坊でも無ければ、新築祝いなどという建前で遊びに来るようなゲス野郎もお呼びではない。本日の屋敷営業は閉店致しました。


「やっほ〜白君(びゃっくん)。早速お姉ちゃんが来訪して来――」


 空気は二本の団扇を取り出し、これまた荒ぶるように団扇を仰いで小規模の暴風を生み出す。巨乳妖狐はモロに暴風を浴びて、部屋の外へと吹き飛んでいった。


『本日開かずの間にて、立ち入ることを禁ずる』という張り紙を貼り付け、襖を閉めて今度こそ完全なる密封空間へ。


 私は空気。白君(びゃっくん)でも無ければ、俺にセクハラ紛いなことをしてからかってくる仲良き姉様もお呼びではない。本日の屋敷営業は閉店致しましたってこれ二度目ね。


「弥白ちゃぁぁん!! 貴方のお母さんが遊びに来ましたよぉ!! さぁ、今度こそ私と正真正銘の親子になるために愛の契りを――」


 空気は炊飯ジャーを取り出し、印を結んで封印術を小馬鹿狂乱狐に解き放つ。悪しき三大妖怪は炊飯ジャーへと封印され、ガムテープなるもので硬く拘束してから部屋の外に放り投げた。


 私は空気。弥白ちゃぁぁぁんでも無ければ、くどいくらいに養子になれと恐喝紛いの勧誘をしてくる親狐もお呼びではない。本日の屋敷営業は閉店致しましたって何度言わせりゃ分かんだこの野郎。


「シロ君。桜華ちゃんがご飯作ってくれたから一緒に食べ――」


「しつけぇっつってんだろーがぁぁぁ!!」


「にゃぁぁぁ!?」


 空気は襖が開いた瞬間にドロップキックを放つ。しかし四度目の猫又なる来訪者は咄嗟に屈んで躱し、空気はそのまま向かい側の部屋の襖まで貫通していった。


「ちょっと! いきにゃり(にゃに)するのよ!? ドロップキックから始まる挨拶にゃんて聞いたことにゃいわよ!」


「……私は空気。常識にも人の手にも捕らわれない空気。故に挨拶も常識離れするは必然の理なりけり」


「誰かー! シロ君が頭打っておかしくにゃったわー!」


 猫又が屋敷全体に響き渡る大声で叫ぶ。すると、後から後からぞろぞろと有象無象なる妖怪達が集まって来た。


「どうされましたか猫又ちゃん? 弥白様がおかしくなったとか何とか」


「弥白がおかしいのは今に始まったことじゃないと思うけど……」


「桜華ちゃん! 雪羅ちゃん! ほら見て! というか(はにゃ)してみて!」


「はぁ……弥白? 何か騒ぎでもあったの?」


 つらら女が神妙な顔付きで俺の額に手を当ててくる。空気が風邪を引くわけないというのに。


「私は空気。病気になっているわけでもなければ、メンヘラ氷柱っ娘の介抱もお呼びじゃない」


「桜華、一発で良いから弥白の頭殴って」


「ショック療法は効果無いと思うよ雪羅?」


「大丈夫。ただの私の気晴らしだから」


「なら尚更駄目だから! 事実は事実! ちゃんと受け止めないと――あっ、ち、違うの雪羅。今のはちょっと口が滑ってぁぁぁ……」


 怒り心頭なメンヘラ氷柱っ娘はドジっ子鬼の後ろ首を引き摺っていき、空気の前から姿を消した。南無阿弥陀の雨霰(あめあられ)なり。


「なんじゃ騒がしいの。シロに何があったとな?」


「キサ! ほら見て! シロ君が変にゃのよ! いつも言わにゃいようにゃ辛辣にゃ言葉ばかり言ってて……」


「うん……? あぁ、なるほどの。そういうことか」


(にゃに)か分かったの?」


「うむ。まぁ見ておるが良い」


 白装束童子は空気のすぐ背後に立つと、こつんと後頭部に拳を当てて来た。


 すると、俺の額の辺りから小さな何かが排出された。


「にゃっ!? (にゃん)か出た!」


「妖怪じゃよ。どうやらシロに取り憑いておったようじゃの」


「てことは……シロ君?」


 何だか急に頭の中がクリアになってきた。まるで汚れのない明鏡止水の川のように、不思議と心の中が清らかに。


「猫さん……今日もミニスカ和服がキュートだね! 見えるか見えないかの境界線を常時保てているその細やかなエロさがキュンとくるわぁ」


「あっ、戻ってる。これはこれで頭おかしいけど」


「そんな酷いこと言わないでよ。で、俺は何に取り憑かれていたの?」


「うむ、こいつじゃよ」


 キサナが摘むように持ち上げて見せてきたのは、野球玉くらいの大きさの未確認生命体だった。全身が毛むくじゃらで、ギョロリとした一つ目が見えて、何本もの小さな手が生えていて、ゲラゲラと何がおかしいのか笑い続けている。まるでRPGに出てくる魔物を彷彿とさせるアンデット的な外見だ。


「これって……“天邪鬼(あまのじゃく)”かな?」


「どうやらそのようじゃの。いつの間にシロに取り憑いたのやら……いや、恐らく寝静まってる時かの」


 “天邪鬼(あまのじゃく)”……誰もが一度は聞いたことのあるメジャー妖怪の一種。別名、皮肉屋妖怪とも呼ばれており、天邪鬼に取り憑かれた人は誰もが歪んだ性格になるんだとか。俺がおかしくなっていたのはそのせいだったってわけだ。


「ウゲゲッ、ウゲッ、ウゲゲゲゲッ」


「……(にゃん)か不気味ねこの妖怪」


「ほほほっ、見た目で判断してはいけぬぞ猫よ。此奴は使い様によっては面白い妖怪じゃからの」


「使い様って……まさかわざと誰かに取り憑かせるつもり? 貴女(あにゃた)はまたそうやってくだらにゃい悪戯をしようとするんだから」


「ほほぅ、今の(わら)にそのようなことを言って良いのか? 勇ましいの猫よ」


「へ? ま、まさか貴女(あにゃた)……や、止め――」


 キサナは猫さんに取り巻くように移動して背後に回り、猫さんの後頭部に天邪鬼を押し付けた。


 スポンとコルクが抜けたような音が鳴ると、猫さんは意識を失ってうつ伏せに倒れた。


「大丈夫なのキサナ? 猫さん倒れちゃったけど」


「そういう仕様なんじゃよ。すぐに起きるぞ、ほれ」


 すると本当に何事も無かったかのように、猫さんはむくりと起き上がった。


「…………」


「……猫さん?」


 ボーッとした表情で固まっていて、思わず声を掛けた。すると否や、急にその場にしゃがみ込むと、カリカリと手の指の爪を噛み始めた。


「あーあー駄目だって猫さん。猫さんのチャームポイントである綺麗な爪を噛んじゃ」


「クククククッ……爪美味い……爪美味いよ……美味、美味なり」


 本当だ、性格歪んじゃってる。というより麻薬中毒者みたいになっちゃってるし。これは凄まじいインパクトだ。


「これはまた斬新な猫じゃの。恐らく一生拝めない姿じゃろうて」


「ビデオに撮っとこうか。キサナ、今ってビデオカメラ持ってる?」


「無論じゃ。どれ、これも猫又コレクションに加えておくとしようかの」


「そうだね、永久保存版だね」


 万が一怒った猫さんにビデオカメラを壊されても大丈夫なように、別のデータチップにも取っておくようにしよう。消しても消し切れないデータ社会って怖いねぇ。


 一通り一部始終を取り終えた後、猫さんの後頭部を小突いて天邪鬼を取り出す。キサナの言う通り、これは面白そうな妖怪に巡り合ってしまったようだ。無意識にも好奇心が煌いてしまうよ。


「あれ!? 一体私はにゃにを……って、にゃぁぁ!? 爪の形が変ににゃってるぅ!?」


「自分で噛んだんじゃよ。ほれ」


 キサナはついさっき撮影したばかりの映像を猫さんに見せる。自分のあられもない姿を目の当たりにした彼女は吐きそうな顔になり、条件反射でビデオカメラを取り上げようとキサナに掴み掛かった。


「消しにゃさいそれ! 嫌と言うにゃら壊してやる!」


「シロ、ここは流れに乗じて皆に天邪鬼を取り憑かせてみようぞ。幸い皆が揃って遊びに来ていることじゃしの」


「堂々と悪戯宣言!? そんにゃことさせるわけ――」


「この動画を皆に晒されたくなかったらわらの言うことを聞くのじゃ猫。公開処刑は免れたいじゃろ?」


「くっ……覚えてにゃさいよキサ」


 というわけで、皆の変化の仕方を見て笑い者にするべく、この屋敷にいる全員を目標に天邪鬼ツアーを開始することにする。


「で、まずは誰からにする?」


「ここは無難に桜華や雪羅辺りで良いじゃろ。丁度部屋の中に籠っているようじゃしの」


「さっき雪羅ちゃんに対して墓穴掘ってたけど、大丈夫かしら桜華ちゃん……」


 雪羅が桜華を連れて入って行った部屋の方へと移動する。不思議と中から何の物音も聞こえて来ない。まさか桜華、とうとう雪羅に息の根でも止められたりしたのかな?


 桜華の無事の確認することも兼ねて、ゆっくりと襖を開いた。


「あ……あ……あと天辺だけ……天辺だけなのに……」


 テーブルの上で見事に積み重ねられたトランプタワー。しかし上の二枚だけまだ完成しておらず、その二枚を目の前にいる桜華が手に持っていた。


 桜華はガックガクに手足を震わせていて、その傍で雪羅がじっとりとした目で事の経緯を見守っている。その目からは覇気が感じられないものの、謎の黒い威圧感を醸し出していた。


「ミスったら終わり、ミスったら終わり、ミスったら終わり……」


「や、止めてよぉ雪羅! 呪怨じゅおんみたく聞こえてるからそれ! これじゃ集中できないじゃない!」


「だったら無事完成させてみることね。それが貴女の罪よ。さぁ、このプレッシャーの中で貴女は成し遂げられるのかしら?」


 ……どんなプレイ? 拷問にしてはみみっちくてマニアックだなぁ。


「雪羅さん……何してはるんや?」


「むっ、出たわね悪の権現。私を闇落ちさせた張本人への罰は重いわよ」


 まだ天邪鬼憑けてないのに既に性格歪んでるんですけど。トラウマスイッチは人の人格をも変えてしまうというのか。


「悪かったってばトラウマ発言して。でもわざとじゃなかったんだよ。天邪鬼に取り憑かれてたせいでおかしくなってたもんでさ」


「そうやって私を都合の良く騙そうとしたってそうはいか――」


「えいっ」


 雪羅の頭を掴んで無理矢理後頭部に天邪鬼を押し込む。雪羅は俺にもたれ掛かるように倒れ、すぐにパチッと目を覚ました。


「……なんで……なんでなんでなんで!! なんで私だけを見てくれないのよぉ!!」


 急に錯乱して両手に氷柱を握り、我武者羅に暴れ出す雪羅。すぐさま距離を取って部屋の隅まで引き下がった。


「や、やばい! 雪羅にとって天邪鬼は真のメンヘラを目覚めさせるものだったらしい!」


「バイオレンスじゃの。桜華、どうにかして止めてくれぬかの?」


「わ、分かりました。落ち着いて雪羅、ね?」


 皆の意思を引き継いで桜華が単身で説得に興じる。


 雪羅はギロリとした目で桜華を睨み付けると、逆手持ちで氷柱を構えた。


「貴女さえいなければ、弥白が誑かされることなんてなかったのよ!! 貴女も貴女も貴女も全員死ねばいいのよぉ!!」


 全ての女の子達を敵として認識し、目先にいる桜華に向かって襲い掛かる。


「ごめんね雪羅! せいっ!」


 我を忘れているせいか雪羅本来の実力は無かったようで、桜華に氷柱が刺さる前に桜華の掌底が腹部に炸裂。雪羅は涙に濡れながら虚しくその場に倒れ込んだ。


 こつんと頭を小突いて天邪鬼を取り出す。何とも後味の悪い変貌っぷりだった。


 ちらりと皆の方を見ると、誰も目線を合わせてくれなかった。今だけ皆と距離感が感じられるぜ……。


「……少しは優しくしてやりにゃさいよシロ君」


「し、してるしてる、してるって最近はずっと。今のは天邪鬼のせいだからね? 雪羅の本心ってわけじゃないからね!?」


 うんともすんとも言わず、誰も頷いてくれない。止めて、俺をそんな目で見ないでおくれよ。


「そもそもそれは何なんですか? 天邪鬼とか言っていましたけど」


「うん。こいつに取り憑かれた人は性格が歪むんだって。だから俺もさっきおかしくなってて、猫さんも――」


「私のことは言わにゃくていいから!」


 俺の口を塞いででも言われたくないようで、既にさっきの自分がトラウマになってしまっているようだ。もしやこの妖怪はトラウマを植え付けるという意味でも危険なのかもしれない。


 まぁ、それでも悪戯は止めないけど。


「よし、それじゃ次は桜華の番じゃの。早速あれに取り憑かれてみとくれ」


「はぃ!? いやいや嫌ですよ! いくらキサナ様の頼みとはいえ、私にもできることとできないことがありますからね!?」


「なら仕方ないの……猫」


 キサナの言いなりになるしかない猫さんは、歯軋りしながら桜華を羽交い締めにした。


「ね、猫又ちゃん!? 何故!?」


「ごめんにゃさい桜華ちゃん……でも私にはこうするしかにゃいの!」


「どんな弱みを握られてしまっているんですか!? あっ! だ、駄目ですって弥白様! 止めてぇぇぇ……」


 合掌しながら桜華の後頭部に天邪鬼を押し込む。かくんと首が下に垂れて、すぐにむくりと起き上がった。


「…………?」


 特にこれといった変化が見られず、桜華はきょとんとした表情で首を傾げていた。


「んん? 確かに取り憑いてるはずなのにおかしいね」


「も~! 驚かさないでくださいよ弥白様! 悪戯は程々にしないと駄目なんですからね?」


 頬を膨らませてぷんぷんと可愛らしく怒る桜華。やっぱり何も変わっていない。どういうことだろう?


「ふむ……もしや桜華は純粋であるが故に、歪むことのない屈強な精神を持っている……ということかもしれぬの」


「そうにゃの? 桜華ちゃんって実は凄い鬼だったのね……」


「いや別にそんなことは……とにかく弥白様、早く私の中から天邪鬼を――」


「坊ゴラァ! どこ行きやがったテメェ!?」


 突拍子もなく俺の部屋の方から怒声が聞こえて来たと思いきや、カンカンに怒った様子の温羅兄が部屋にやって来た。今までで一番鬼らしい表情をしている。


「あっ、温羅兄。どうしたの珍しくマジ切れなんかして」


「怖いくらいに白々しいな!? 出会い頭に周り蹴り叩き込んでおいてどの口が言ってやがる!」


「あぁ~、そういえばそんなこともあったっけ。めんごめんご、許してちょんまげ」


「反省の色皆無か! ったく、薄情な弟分を持つ俺の身のことを少しは考えろや……」


「…………」


「……ん?」


 そこで、俺は桜華の変化にいち早く気付くことができた。


 温羅兄が現れた瞬間にボーっとした表情になり、次第にその目に熱が帯びていくと、たらりと口の端から涎を垂らした。


「お兄様ぁ!!」


「うわっ!? 今度はなんだよ!?」


 顔を真っ赤にさせて興奮した様子の桜華が温羅兄の足に縋り付き、だらっだらに涎を垂らしながら温羅兄の手を両手で握った。


「お兄様ぁ! どうか私めに恥辱を! 貴方様の鬼畜の所業という施しをどうか私にぃ!」


「…………おい坊、これは幻覚か?」


 いつもは喧嘩三昧なやり取りをしている従妹が媚びを売って来て、まるでメ○豚のように色目を使って来ている。そんな従妹に温羅兄は顔色を悪くさせて鳥肌を立てていた。


「ぶってください! 罵ってください! そのおみ足を舐めさせてください! この醜い私めの身体を肉べ――」


「目ぇ覚ませ脳筋馬鹿が!!」


 溜まらず温羅兄は桜華の頭を本気でぶん殴り、桜華の首から上が床の底まで突き抜けた。


 その際に天邪鬼も桜華から外れて上に跳ね上がり――温羅兄の後頭部へと落ちて取り憑いた。


「「うぅ~ん……?」」


 雪羅と同時に桜華も正気に戻り、抜けた床から頭を引っこ抜いて立ち上がった。


「あいたたた……何だか妙にお腹が痛い?」


「一体何がどうなって……あれ? そういえば私は天邪鬼に……」


「元に戻ったみてぇだな。世話掛けさせてんじゃねぇよ馬鹿が」


「温羅? あぁそういうこと……屈辱だけどあんたに貸しが一つできちゃったわね」


「何が貸しだ。俺はテメェが気持ち悪くなったところをぶん殴っただけだ。で、これは一体どういうことだ坊?」


 ……またもやおかしい。今度は温羅兄に取り憑いたはずなのに、これといった変化が見られない。この人も誰かと会うことでスイッチが入るパターンなのかな?


「ついさっき俺に天邪鬼が取り憑いてたことに気付いてさ。折角だから皆にも取り憑かせてみようと思って」


「それでさっきの変わり様ってか……好き勝手やんのは構わねぇが、程々にしとけっつの」


「それ温羅兄には言われたくないなぁ。説得力に欠ける」


「喧しいわ! で、その天邪鬼は今何処にいるってんだ?」


「ん」


 温羅兄の額に向けて指を差す。


「いつの間に俺の中かよ! でも何も起こってねぇぞ?」


 いや……待てよ? 違う、そうじゃない。温羅兄が何も変わっていないのは、特定の誰かに会っていないからスイッチが起動していないわけじゃない。既に歪みスイッチが入っているんだ。


 だって……温羅兄は元々性格歪んでるから……。


「希望を持って温羅兄。生きてれば必ず良いことはあるからさ……」


「どういう意味だ!? 憐みの眼差しで俺を見てんじゃねぇよ!」


 こつんと温羅兄の頭を小突いてやり、天邪鬼を取り出す。さてお次は誰を獲物に――


「没収」


「あぁ!?」


 無表情になって怒っている様子の雪羅にひょいっと取り上げられ、天邪鬼は自由を求めて外の世界へと羽ばたいていった。


「さて弥白……何か言い分はある?」


 笑顔を浮かべる雪羅だが、目が笑っていない。完全に人を殺る時の目だ。


「隙あり!」


「ぬぅ!? しまった!?」


 キサナも油断して猫さんにビデオカメラを取られてしまい、チップデータを抜き取られて真っ二つに折られていた。これで皆を恐喝するための資材も無くなったわけだ。


 よし、逃げよう。こういう時こそ困った時の口寄せを――


「させません!」


 親指の皮をかじろうとした瞬間、すかさず桜華が手を伸ばして来たことにより、俺は呆気なく桜華に取り押さえられてしまった。


「ふっふっふっ、抜かりましたね弥白様。その手はもう食いませんよ。それとむやみやたらと口寄せを使おうとしないでください。親指の皮や爪を齧るのって痛いじゃないですか。お怪我は災いの元、ですよ?」


「……すいません」


 痛いところを突かれてしまった。その通り、口寄せした後って結構親指痛いのよね。使いたい時に使える妖術なれど、多少の勇気が必要なことは否めない。


「弥白、言っておくけど今のはそれはそれの話だからね。悪戯の方の件に関してはちゃんと罰を受けてもらうわよ」


 動けなくなっている俺の頬を両側に引っ張って来る雪羅。手厳しい彼女ですこと。


「桜華は俺の怪我の心配してくれるのに、雪羅は目先の罪のことを考えてるんですね~。いやぁ~、桜華は優しくて良い女の子だなぁ~。どっかの誰かも少しは思いやりというものを――い、いや、嘘です冗談です。駄目だってそんな太いの刺そうとしちゃ……ぁぁぁ……」


 この後、キサナと共にしっかり罰を受けましたとさ。久し振りだなぁこの感じ……。

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