史上最強の妖怪との約束
天狗の親分との話し合いにより、元の世界に帰る権利を条件に、紅葉さんの人間に対する憎悪を取り払うことを試練という形で約束を交わした。
山姫の姉御は無理難題だと言い、俺自身もこの件に関しては過去最大の難関だという自覚がある。そう思わされるだけ、紅葉さんの憎悪が重いものであることを物語っていた。
妖怪のような特殊な能力も無ければ、その能力を補うだけの賢い知能も無い。それが人間の身である俺の無力さだ。
だからと言って、このまま紅葉さんに斬られて死ぬ気も無ければ、何も考えずに逃げて諦めるつもりもない。たとえ無力であったとしても、やれることが極めて制限されていたとしても、たった一握りの分の望みがあるのならそれに全てを賭ける。
仮にもしそれで駄目だった場合は、所詮俺はそこまでの人間だったってことで受け止める覚悟を決めた。ただ、それはそういう覚悟を決めたというだけで、失敗するつもりは毛頭ないのだけれど。
今の状況において限りある手段と言えば、数少ない頼もしき協力者と、ガラクタばかりの道具の数々と、自分の浅い知恵くらいなもの。最初は「これでどうしろと?」という話で、姉御にからかわれながらも無い知恵を夜通しで振り絞っていた。
そうこうしている内に刻々と時間が過ぎて行き、やがて朝になって睡魔と格闘していたところでだった。忘れていた“それの正体”を思い出したのは。
何で今になってと自分で自分に腹を立てていたが、結果的に俺は自分の記憶力を許した。何故なら、それこそが紅葉さんを変える“起点”のキッカケとなり、同時に死に際の俺を救うであろう希望の象徴になったから。
紅葉さんの憎悪を取り払う決定打は得ることができた。後は、紅葉さんにまともに話を聞いてもらえる状況さえ作ることができれば、この試練を乗り越えられるかもしれない。
正直不安はある。今から俺が向かう場所は、人間を憎んでいるであろう妖怪ばかりが住み着く妖怪達の根城。もしかしたら紅葉さんだけでなく、他の妖怪による妨害行為があるかもしれない。紅葉さんの元にまで辿り着けないとなると、試練どうこうの話では無くなってしまう。そんな可能性が、密かに俺の不安を煽っていた。
でも、今の俺の傍には頼れる姉御がいる。他におまけみたいな死にぞこないもいるけど、いないよりはいてくれた方が俺としても頼もしい。現場についても河童は何もできずに終わるのだろうけど。
何にせよ、一人じゃない以上は可能性はゼロではない。無償で力を貸してくれると言ってくれた姉御の心意気に応えるためにも、俺は必ず紅葉さんを救ってみせる。
それが、妖怪と人間の溝を断ち切る夢を持つ、己で決めた役目と使命なのだから。
「何か仕込みを入れて来るとは思っていたが……案の定予想通りだったな」
時刻は午前十時。俺、姉御、若頭(死に掛け)は、妖町の中心部にある境界門へと続く街道の入り口付近にて、こっそりと身を潜めて辺りの様子を伺っていた。
本当なら正面から街道を通って行くつもりだったのだけれど、山道の途中で急に姉御が意見を変えようと言い出し、こうして慎重になってみたのだが……流石は姉御と言うべきか、隠れておいて正解だった。
街道には、武装した多くの妖怪達が一致団結して待ち伏せしていた。一般人らしき妖怪の人影は何処にも見当たらず、いるのはやけにガタイがゴツい妖怪ばかりだ。
このまま出て行けば袋叩きに遭うのは目に見えてる。俺や若頭なんて一捻りにされることは間違い無し。いくら姉御が超人的な力を持っていたとしても、この数では俺を庇いながら戦うのは不可能だ。それこそ無理難題ってやつだろう。
「あの長赤っ鼻野郎め……数に物を言わせるとか狡い真似しやがる。男ならサシでやり合いに望めっての」
「親分と言われてるだけあって、あんなに多くの妖怪を動かせるだけの統治力があるんだね」
「ま、そりゃそうだろうな。一応あいつはこの世界で“二番目”に偉い奴だからな」
「二番目? 一番じゃないの?」
「実質一番と言っても良いんだが、本当の長は別にいるって話だ。聞いた話だから確証は無ぇけどな。実際にここの連中は天狗野郎のことを長として見てっからよ」
一番にしろ二番にしろ、ここまでの統治力がある以上は厄介なことこの上ない。可能性は考慮していたけど、でもまさか本当にこんな大勢の妖怪が俺を捕まえようとしてるだなんて……。
「クールじゃねぇな……相棒」
「若頭?」
「誰が相棒だ」と言い掛けたが、真面目な話をしそうだったので咄嗟に飲み込んだ。
「確かに奴らは人間であるお前のことを恨んでいるようだが……それはあくま“人間”という人種に対する恨みだ……。本当のことを言えば俺も人間に対して良いイメージを持っていないが……お前は別だ相棒」
「そうだったんだ……でもなんで俺は別なの?」
「フッ……決まっているだろう……」
と言うと、若頭は少し頭を下げて頭頂部を見せてきた。
若頭の頭頂部には、木工用ボンドで修繕されたヒビだらけの皿が乗っていた。
「お前は俺の命の生命線である皿を修復してくれた……言わば命の恩人だ……。それにお前といると退屈しないからな……」
「それはアタシも同感だな。暇を潰してくれる奴は大歓迎だ」
乱暴に俺の頭を撫で回してくる姉御。やっぱりこの二人がいてくれて良かったと心から思う。
「お前さんを失わねぇためにも、この無理難題の試練の第一関門を突破しなくちゃならねぇわけだが……さて、そんじゃ早速一肌脱がさせてもらおうかね」
「……おい小袖女。何故俺の首根っこを引っ張っていく。止めろ、離せ、一体何を考えてごふっ!?」
姉御は若頭の腹にワンパン入れて気絶させると、若頭の足首を掴んで引き摺りながら街道の入り口に移動して行った。
「何してんの姉御!?」と叫びたかったものの、叫べば隠れ場所がバレてしまうために呼び戻すことすらできない。この道を正面突破するのは危険とか自分で言っていたのに、あの人が何を考えているのかまるで分からない。
「ん? お、おい見ろ皆」
「あいつは……山姫か」
「どうやら親分さんの言っていたことは本当だったみたいだな……」
姉御が突如姿を現したことにより、待ち伏せしていた妖怪達がざわつきながらも各々武器を構え、姉御の方へと武装の牙を向けた。
「話は聞いているぞ山姫さんよ。何を考えてか、あんたはこの世界に侵入したと報告されている人間の手助けをしているらしいな」
「一体何を考えてるんだ。人間の味方をするだなんて正気の沙汰じゃないぞ」
「目を覚ますんだ山姫。貴女は愚劣な人間に騙されているんだ」
「ギャーギャーワーワーと好き勝手言いやがってよぉ。二言目には人間人間って、飽き飽きする程に喧しいんだよお前さんら」
若干イラついた様子で頭を掻く姉御。
右手に掴んだ若頭をそのまま身軽に持ち上げて、右腕を大きく後ろに振り被った。
「御託はいいからとっととかかって来いよ。お前さんらが知っての通り、アタシはあの人間の味方してんだ。つまり、あいつが今何処にいるかってことも全部知ってる。アタシをとっ捕まえて聞き出すなら今しかチャンスはねぇぞ?」
「改心する気はないようだな……ならもう引き止めるようなことはしない! 自分の身に何が起ころうと恨むなよ!」
本当に何を考えているのか、自ら喧嘩を売っていくスタンスのせいで皆が一斉に突進して来た。
こうなった以上はもうしょうがない……大分時間をロスしてしまうけど、ここは一度引き返して違う方角から町中に――
「弥白ぉ! 吹き飛ばされねぇようにどっか掴まるか離れてろ!」
「……え゛っ?」
逃げる気満々になっていた時、姉御の唐突な指令に一度固まり、慌てて山道の方へと駆け出して距離を取った。
何をするのかと思い掛けた矢先――後ろから見える姉御の口元がニタリと悪い笑顔を浮かべていた。
「そら…………よっ!!」
気合を入れた掛け声と共に若頭を武具として扱い、大きく振り被っていた右腕を右から左に薙ぎ払った。
直後、自分の目を疑う大魔術のような爆風が発生した。
爆風は次第に渦を巻き、薄暗い空の雲をも巻き込む大竜巻へと成長。迫り来ていた妖怪達は当然のこと、辺り一帯にあった建物までをも破壊の限りを尽くした。
それはまるで天変地異。若頭のたった一振りが、街道の周囲全てのものを崩壊させてしまった。
大きく口を開いたまま唖然騒然としていると、倒れて気絶した妖怪達を一瞥した姉御が親指を立てていた。
「こんなもんだろ。どや?」
「いや、やり過ぎでしょうがぁ!!」
溜まらず駆け出し、姉御の頭を引っ叩いた。
「痛ぇな。何すんだよ弥白」
「それこっちの台詞だから! 今の何!? この世の終わりを見たかと思ったんですけど!?」
「失礼だな。今のはアタシの腕力だよ」
「俺が知っている腕力は大嵐を引き起こすような原動力には成り得ません!」
「んなこと言われてもなぁ。成り得るもんは成り得るんだよ。実際その目で見たろ今?」
「見たけど……想像の範疇を超越してたせいで疑心暗鬼になってるんだよ……」
もしかしてこの人、俺が思ってた以上に危険な人なのでは? 少なくとも、今まで出会って来た妖怪の中では圧倒的に群を抜いてる。むしろこの人が妖怪史上最強の妖怪だったりして。
だとしても、これは流石にやり過ぎだ。妖怪は物理的に死なないことは分かっているけど、町の一部を全壊させてまで打破するのは力技が過ぎる。
「とにかく、もう天変地異起こすのは禁止! それに派手にやり過ぎると他の場所にいる妖怪達にも気付かれちゃうって!」
「ならそいつらも全員狩ればいいだけの話だろ」
「猟奇的思考は駄目絶対! お願いだから暴力沙汰は紅葉さんに会うまで極力控えて!」
「仕方無ぇなぁ。ま、取り敢えず道は開けたことだし、先を急ごうぜ」
「猪突猛進な人だなぁ……」
先々に待ち受けているであろう様々な嫌な予感を抱えながらも、崩壊した建物のせいですっかり狭くなった道を走り出した。
先頭は若頭を持った姉御に走ってもらって、俺はこの騒ぎに駆け付けて来るであろう妖怪達の動向を確認するべく、人差し指の角を立てて妖怪レーダーを使いながら姉御の真後ろを追って行く。
案の定予想通りで、離れた場所で集結していた妖怪達の群れの数々が動き始めていた。
全員もれなくこちら側の方へと向かって来ていて、このままじゃかなりの軍勢と一度に鉢合わせしてしまう可能性が高い。もう大嵐が使えない以上は、今度こそ隠密行動をするべきだ。
「ねぇ姉御、ここら辺に隠し通路みたいな場所ってないの?」
「んなの知ってたらとっくの昔に突っ切ってるっての」
「ですよねー」
まずい、まずいぞ、非常にまずい。見たところ隠れられる場所なんて限られてるし、隠れたところであの大軍勢だ。そう時間が掛からない内に見つかるのがオチだろうし、そもそもあまり時間が残されていないから立ち止まる暇もない。
紅葉さんと出会う前に脱落だなんて、そんなの納得できるわけがない。ご都合展開でも何でもいいから、どうか俺達を隠し通路に導いて!
「おっ、丁度良いところにマンホールがあるじゃねぇか」
「やった! 願い通じた!」
日頃の行いに感謝感激の意を示し、姉御はマンホールを開けて中に飛び降りて行った。
後に続いて俺も梯子で降りて行き、その前に下に潜ったことがバレないようにマンホールを閉める。これで追っ手の心配はないはずだ。
下まで降りると、明かりも何もない真っ暗な世界が広がっていた。下水が流れてる音は聞こえるけど、これじゃ何処に進めばいいか見当もつかない。
「参ったな。どうすんだ弥白?」
「大丈夫。こういう時のための道具だよ」
偶然だったけど、まさかここでライターを使うことになるとは思わなんだ。使い切らないように気を付けて進もう。
ライターの火をつけて辺りを照らし、足元の悪い下水道を小走り気味に進む。
残り時間はもう一時間は切っている。下水で極力転びたくはないけど、ゆっくり歩いている余裕はない。一刻も早く紅葉さんのところに辿り着かないと。
そして、大体の道を姉御に教えてもらいながら進み続けること数十分。妖怪達の群れから大分離れることを確認して、近くにあった別のマンホールから地上に出た。
「結構距離稼げたっぽいな。それに……見えたぜ」
「あっ!」
姉御が指を差す方向を見ると、先にかなり大きい羅生門のような建物が見えた。もしかしなくともあれが境界門なんだろう。
「急ごう! 早くしないと時間がやばい!」
「みたいだな。行くぞ!」
近くにあった時計で時間を確認した後、一刻も早く境界門へと向かうために全力で走り出した。
予想以上の大所帯に度肝を抜かれていたけど、この調子なら道中は問題なく通り抜けられる。この時点では、俺はまだそんな余裕を抱けていた。
だが――状況は突然の事態で一変することとなった。
「…………っ!? 危ない姉御!」
「あん?」
油断はしていなかった。目に見える周囲の霊感は常に察知しながら走っていたはず。それなのに、その妖怪は何もないところから降って沸いてくるかのように現れた。
咄嗟の判断で姉御を抱えて横に飛んだ直後、酒呑童子の親分に引けを取らない巨体の大男の拳が地面に突き刺さった。
突き刺さった部分から大きく亀裂が迸り、辺り一帯の地面の足場を変形させてしまった。このタイミングでまたとんでもない妖怪が……。
大男は拳を引き抜くと、指の骨を鳴らして姉御を一重に睨み付けた。
「んだよ、誰かと思ったらお前さんか赤頭。いきなり不意付いてきやがって何しやがる」
「……それはこちらの台詞ですよ山姫さん」
恐ろしい見た目とは裏腹に、紳士のような優しい口調で喋ってきた。凄いギャップだ。
“赤頭”……力持ちであることが自慢の妖怪だったか。でもさっきのアレを見ちゃったせいか、今の凄い腕力を見ても大して心が動かされなかった。
「どうしてですか山姫さん! 何故貴女程の人が人間の味方などを!」
「お前さんもその口かよ……。どいつもこいつも周りの偏見に流されやがって。善か悪かは手前の目で見てから判断しろってんだ。手前の意見すら持たねぇ半端者が、こいつの覚悟の邪魔立てしてんじゃねぇ!」
若頭を無造作に投げ捨てた姉御が飛び出し、一瞬の間に赤頭の懐に入って回し蹴りを放った。
腕力一つで大嵐を引き起こす程の力の持ち主なんだ。若頭という枷が外れてもいるし、直撃を受けて無事でいられるはずがない。
俺も、姉御自身も、そう思っていた――はずだった。
「おっ?」
姉御の回し蹴りは確かに赤頭の脇腹を直撃させていた。そのはずなのに、赤頭は苦痛に顔を歪めることもなく、吹き飛ばされずに堂々とそこに立っていた。
「効きませんよ。天狗の親分さんに妖術をかけてもらっていますから」
「うわずっりー。アタシと喧嘩するつもりなら対等な状態で挑んで来いってんだ。それが男だろ」
「確かに貴女は女性ですが、既に貴女は性別の垣根を越えた超人ですよ。それに、平等な条件で貴女に勝てると思う程、僕は自惚れてはいませんから」
姉御は瞬時に距離を取ろうとしたが、その前に赤頭が裏拳で反撃を仕掛けてきた。
ガードする以外に捌く方法は無く、姉御は咄嗟に左腕を立ててガードした。
「っ!?」
だが次の瞬間、ガードしたはずの姉御の身体は砲弾のように吹き飛び、先々にあった建物を貫通してぶっ飛んでいった。
これが……これが天狗の親分の妖術なのか? あの姉御をも軽く凌駕する力を宿す術なんて反則だろ! インフレの激しいバトル漫画じゃあるまいし!
「これで後は貴方だけですね」
ゆらりと動いて今度は俺に狙いを定めて来る。あんなの俺がくらったらひとたまりもなく即死する未来しか見えない。
気絶する若頭を背負い上げて、境界門が見える方へと一目散に逃げ出した。
「逃がしませんよ。貴方には悪いですが、あの紅葉さんが決めたことです。誰の手も煩わせることがないよう、貴方は僕が殺します」
間もなく赤頭が追って来ている気配を感じ、死ぬ気で足の回転を速くさせて逃げ続ける。
だがそんな足掻きも虚しくあっという間に追い付かれてしまうと、若頭を振り落とされて後ろから首を一掴みされた。
「ぐぅっ!? あぐっ……」
片腕で首を絞められて足が宙に浮く。この世のものとは思えない圧倒的な力に抵抗することができるわけもなく、次第に首の絞める強さが強くなっていく。
「天狗の親分さんからはできるだけ苦しませてから殺せと言われています。貴方個人には恨みなどありませんが……人間であったことを恨んで死んでください」
息が詰まり、僅かにできていた呼吸が途絶える。体温が冷めていくのが全身から伝わって来て、死が迫ってきていることが理解できた。
段々と意識が薄れていき、やがて目の前がほぼ真っ暗になる。
ここまで来て……諦め切れっかよ……っ!
「あね……ご……」
「無駄ですよ。山姫さんは僕が――」
「始末したってか? 三下如きが調子に乗ってんじゃねぇぞコラ」
その時――赤頭のすぐ背後に、俺は悪魔の姿を見た。
白目の部分を真っ赤にさせ、鋭い犬歯に三本線の黒い鮫肌。勝気な印象を受けていた姉御の綺麗な顔は、凶悪なる化け物の姿へと変貌を遂げていた。
姉御の回し蹴りが赤頭の横顔に炸裂する。瞬間、赤頭の顔の半分が歪み、先程の姉御のように遠くの彼方へとぶっ飛んでいった。
「姉御……その姿……」
姉御の右足に黒い靄のようなものが纏わり付いていたが、少しして綺麗さっぱり消失した。
恐らく、今のは姉御の妖術だ。まさかこんなことまでできるだなんて、やっぱ無敵だこの人。
「怖いか?」
「え? 何が?」
「アタシのこの姿に決まってんだろ」
そう言う姉御の目は、何処か寂しそうに見えた。不安や不信といった感情が混ざったような、そんな目だった。
確かに、今の姉御の姿は何処からどう見ても化け物だ。凄く怖い目になってるし、何でも噛み砕きそうな歯が剝き出しになってるし、厨二病の塊みたいな妖術使ってたし。
それらの要素全てを踏まえた上で、俺は本音を言葉に変えて打ち明けた。
「怖いというか、格好良いよね。格闘ゲームの世界から飛び出してきたような人だと思った」
「なんじゃそりゃ……ぷっ、カッカッカッカッカッ!」
予想外の感想が笑いのツボに入りでもしたのか、呆れた反応を見せたと思った矢先に笑い出した。
「だって今の蹴りなんてまんまありそうじゃんか。黒いオーラを纏った蹴りって、もうそういう類にしか見えないよ」
「カカカッ! そんな例え方をしてきたのはお前さんが初めてだな。なるほど、格ゲーか。確かに的を得てるかもしれねぇなぁ」
納得しながら笑う姉御は無邪気な子供のようで、嬉しそうに見えた。
もしかしたら、本当の姿を見られて怖がられるかもしれないと不安になっていたのかもしれない。だとしたらそれは杞憂だ。姉御は既に俺の憧れの存在になっているのだから、格好良いと思うならまだしも、恐ろしいと思うようなことは絶対にない。
「よっしゃ、先を急ごう姉御! ゴールはもうすぐだよ!」
「……いや、悪いな弥白。どうやらアタシは、ここで踏み止まらないといけないみてぇだ」
「え? でも赤頭は倒して……」
「手応えはあったが、どうにもまだ向こうは倒れてねぇみたいでな。あいつの闘志がここまで伝わってきてんだ。負けず嫌いだからなあいつも」
確認するために霊感レーダーポーズを取ってみる。……確かに、赤頭が走ってこっちに戻って来てる。顔が半分歪んだ蹴りをくらったはずなのに、やっぱり天狗の妖術は侮れないな。
「後に増援も来るだろうし、まだあいつも簡単にはくたばらねぇだろ。肝心の約束が果たせそうになくて悪いが、ここはアタシが止めといてやっからよ。お前さんは先に境界門に急げ」
「で、でもそれだと姉御が……」
「アタシは大丈夫だ。さっきの見たろ? この力がある限り、アタシに敗北の文字はねぇよ。親分に妖術かけられた妖怪が相手だろうと圧倒してみせっからよ」
ペロリと舌を出してピースサインを送って来る。
心配だけど……ここは姉御に頼るしかない。紅葉さんから身を守る術が無くなってしまうけど、こうなった以上はもう自分の力で何とかするしかない。
やり遂げると誓ったからには、何が何でもやり遂げる。頑固者の意地を見せてやる!
「分かった。なら先に行ってるよ」
「おう、それでいい。つーかお前さんはとっとと起きろや! いつまで生きた屍になってるつもりだ緑色!」
「ぐえっ!?」
姉御が気を失って倒れている若頭の顔を蹴飛ばすと、痛覚が目覚ましとなって再び若頭を現実世界へと引き戻した。
「おい緑色。アタシが弥白のパーティーから外れる以上、他に頼りになるのはお前さん一人だけだ。男なら大将の首くらいは守ってみせろよ」
「くっ……頭が痛い……それに身体もフラついて――」
「御託はいいからさっさと行け!」
「尻ぃ!?」
容赦無く尻の穴を蹴り上げ、満身創痍であるにも関わらず若頭も走り出した。地味にこの人が一番身体張ってるかもしれない。
「弥白ぉ! ちゃんと約束果たさねぇと地獄に叩き落とすからなぁ!」
親指サインで返事を返し、戻って来た赤頭を尻目に走り出す。心配だけど、姉御の圧倒的武力を今は信じよう。
『武器にされ……罵倒され……乱暴な扱い……。こいつぁ予想以上にハードな仕事だ……。だが苦労すればするほど後のバーで飲む酒が格別になるってもんだ……』
「余裕が無いのは見た目だけなのね。姉御の分まできっちひ働いてよ若頭」
『皿が割れた俺に何ができるのか……。限りある余力で何ができるのか……。年老いていくと可能な手段が減っていくのがいけねぇ……。せいぜい若者の足を引っ張らないようにするのが俺の限界だな……』
「それで本当に足だけ引っ張ったら張り倒すからね?」
『……帰っていいか?』
「せめて口で喋って言え! 腹立つって言ったよねその表現技法!?」
いつもの流れで一撃入れそうになる衝動をぐっと堪えて、ついに俺達は境界門のある中心部の広場へと辿り着いた。
「……誰もいないな」
辺りは不自然なくらいに物静かで、他の妖怪の気配がまるで感じられない。
でも油断はできない。さっきの赤頭のように、何処からともなく突然現れる妖怪がいたんだ。多分あれも天狗の親分の妖術なんだろうし、霊感レーダーに頼らずとも警戒は解かずに進もう。
両手をフリーにして腰を低くしながら進んで行く。特に罠があるわけでもなく、このままだと誰にも会わずに境界門を突破できてしまいそうだ。
まぁ……たとえこのまま突破できたとしても、紅葉さんに会わなきゃ何も意味は無いのだけれど。そもそもここで待っているはずの紅葉さんは何処にいるんだ?
「…………来たな」
「っ!」
後少しで境界門の目の前まで辿り着くと思い掛けた瞬間、突如前方に木の葉が飛び交う凩が発生した。
強い風が視界を遮り、両腕を盾にして強風を防ぐ。次第に風の強さは弱まっていき、完全に収まったところで今一度前を向いた。
そこには、いた。三度目の再会を果たした紅葉狩が、刀を抜いた状態で立っていた。
傍らには天狗の親分と、これまた気性が荒そうな熊くらいの大きさの猿妖怪もいた。
「ケケケッ、カモがネギを背負って来た。それに親分の策通り、山姫は途中で脱落したっぽいッスね〜」
「ここからはもう私は手出しせん。後は貴様らの手で始末することだ」
「承知した。ここまでの支援、感謝する」
天狗の親分は戦いに加わるつもりはないようで、境界門の近くにある柱に背を預けて傍観者となった。
つまり俺達の相手は……あの二人だ。
「比々(ヒヒ)。人間の相手は此方がする。其方は隣にいるゲロ河童を取り押さえておいてくれ」
「そりゃないっしょ紅葉さん。俺チンだって人間の方ぶっ殺したいって〜」
「ならすぐにゲロ河童を一蹴すればよい。さすれば其方もこちら側に加わることができるであろう」
「ん〜、それもそッスね〜。んじゃ、手っ取り早く始末しちゃいますわ。つーわけなんで――」
いかにもチャラい口調の猿妖怪はニタリと笑うと、クラウチングスタートの姿勢を取って固まる。
そして次の瞬間、勢い良く飛び出して来た猿妖怪は若者――ではなく、俺の方に向かって来た。
「さらっと無視してやっぱ俺チン人間狩るぅ〜! ぶっ殺ぶっ殺〜!」
「フッ……させねぇぜ」
「若者!?」
相手の動きを先読みしていたのか、若者は猿妖怪とほぼ同時の動きで俺の前に移動した。
自動車を彷彿とさせるような突進をしてくる猿妖怪に対し、若者は両手を伸ばして利き足を少し後ろに下がらせた。あの勢いを助走も無しで受け止めるつもりなのか?
「……いや無理でしょ! 駄目だって若者! 早く逃げようって!」
『男には……決して避けては通れぬ戦いがある……。己よりも屈強な相手と戦わなければいけない時……そしてもう一つは……初夜――』
ぐしゃり。
「…………」
突進を受け止めた瞬間、突進の勢いを利用した猿妖怪の両手ハンマーを頭頂部にくらい、粉々になった皿ごと地面に叩きつけられた。
首から下が地面に埋まり、史上最低の名言を残したゲロ河童は早々に脱落した。
ごめん姉御。俺、死ぬかもしれんわ。




