試練の中で出会いし敬いの女
「ゼェ……ここまでくれば……ゼェ……大丈夫だろ……ゼェ……」
俺を担いで町中を駆け巡った河童の若頭。意外と力持ちだったようで、一度も俺を降ろすことなく町を飛び出すことに成功した。
再び町から外れた山奥へと避難して来て、流石に体力の限界が訪れた若頭はギブアップを申し出た。
そうして俺達は人の目につかない木の陰に隠れて、ようやく休息を取れる状況に至っていた。
まだ背中は痛むものの、どうにか身体は動いてくれた。
きっとあの時に動けなくなっていたのは、紅葉さんの威圧感に気圧されてしまっていたからなのかもしれない。
『この歳になってゼェ……息切れするまで走ることになるとはゼェ……。昔は無尽蔵の体力で恐れられていた俺だがゼェ……。歳は取りたくないものだなゼェ……』
「息切れしてまでハードボイルドでいる必要が? 何なのその拘り」
体力は使い果たしたようだけど、お安いハードボイルドを着飾るくらいの余裕はあるようだし、少し休めば元気になってくれるだろう。
何にせよ、今回は全面的に若頭に助けられてしまったようだ。この恩義はいつか必ず返そう。勿論、無事にこの世界を出た後で。
「奴ら、お前のことを恨んでいたようだな……。正確に言えば、“人間”であるお前をだが……」
「それだけ溝が深いんだよ。人間と妖怪の間はね……」
「フッ……。俺達には関係のない話だったが、連中はどうもそう簡単にはいかないようだな……」
「そうだね。というかさ、若頭って実は結構良い人だったんだね。性格はかなりウザいけど、ちょっと見直したよ。性格はかなりウザいけど」
『ウザい……か……。今の今までその言葉を何度言われたことか……。確か最初は、成長した愛娘が反抗期に入った頃だったか……。過保護過ぎるというのも困りもの……だな……。』
「俺以外にも言われてたんかい。でも娘は嘘でしょ」
「人を偏見だけで判断するものじゃない。こう見えて俺は既婚者だ。子供もいる」
「ホントに!? うわぁ、こんな残念河童の何が良いんだろ……」
「……まぁ、随分前に離婚されたがな」
「あらぁ、まさかのバツイチですか」
『フッ……俺もまだまだ、若気の至りに浸っていた無知な子供の時のままらしい……。おっと、目から汗が……』
今でも離婚されたことを引きずっているのか、本音が涙となって溢れていた。
この様子だと、今でも妻のことを愛しているんだろう。やらしい店の世話になろうとしてたけど。
ひょっとしたらそういうところが、妻の癪に触ったのかもしれない。
確証はないけど、若頭の妻って怖いイメージあるし、尻に敷かれていたに違いない。
「ひとまず世間話はおいといてだ。お前はこれからどうするつもりだ?」
「そうだねぇ……」
どうする……か。恐らく町の方では、人間である俺が潜伏していることが判明された時点で、紅葉さんの手によって根回しされていることだろう。厳戒態勢とでも言うべきか。
もう仮面の効果が無くなってしまった以上、正体を隠して町に潜伏することは不可能。
だからと言って正面突破なんてすれば、紅葉さんに通報されてとっ捕まるのが目に見えてる。
はっきり言って八方塞がりだ。他に良い手立てなんて思い付かないし、策を練ったとしてもそれを実行する人手も乏しい。
……まさかこれって絶体絶命なのでは?
「そもそもさ、なんで若頭は俺について来てるの? 俺から離れれば君がトラブルに巻き込まれることはないんだよ?」
「馬鹿を言え。お前を逃す一役を買った以上、俺も向こうからは敵視されているだろ。ここまでくればもう乗り掛かった船だ。それに……河童はダンディな程に義理堅い妖怪なんでな」
「ふーん……」
「……え? 反応薄くね? そこはもっと感激するところじゃね?」
「はははっ、冗談だよ。ありがとね若頭」
今は一人ではないことが唯一の救いか。そう思うと、若頭への借りが大きくなるばかりだ。
「なんだ、案外元気じゃねぇか。それによくあの場を凌げたもんだ」
「何っ!? 誰だ! まさか追っ手が……」
「違ぇよ緑色。アタシを連中と一緒にするんじゃねぇよ」
若頭がもたれ掛かっていた木の上から何かが降って来たと思いきや、頭に数枚の葉っぱを乗せた山姫のお姉さんが現れた。
「山姫姉さん。なんでこんなところに?」
「カカカッ、実はお前さんが出てった後をこっそり尾行してたんだ。面白そうだったからよ」
「面白そうだったからって……。こっちは危うく殺されかけてたんですけど?」
「みたいだな。まさかあのタイミングで天狗の親分が現れるとは、アタシも思ってなかったよ。運が無かったな弥白」
全くだ。あのまますんなり逃げられなかったのは、あの天狗が俺の正体を看破したせいだ。
もしかしなくとも、あの天狗は人の霊感を察知できる能力を備えているんだろう。霊感レーダーを扱える俺みたいに。
まてよ?天狗は様々な妖術を使えることで有名だし、もしかしたら俺達がここまで逃げているのもバレている可能性があるかもしれない。
もしそうだとしたら、長くこの場所で休憩するのは危険だ。
「おい弥白、この小袖女は一体誰だ。露出度の高い格好して実に眼福……いやけしからん」
「カカカッ、じろじろ見てんじゃねぇよエロ河童」
「あ゛あ゛あ゛っ!?」
少し目を離した隙に、若頭が目潰しされてのたうち回っていた。
あんまり騒ぐと見つかっちゃうかもしれないのに、この状況で色目ならぬエロ目を使ってる場合か。
「お姉さん、ここは危ないから早く離れた方がいいよ。あんまり他の人を巻き込みたくないし」
「アタシのことは気にすんな。そんなことより、今は手前の身の心配をした方がいいんじゃねぇか?」
そう言って、山姫姉さんは俺の後ろの方を指差した。
その刹那、ついさっき身に覚えた威圧感が悪寒となって俺の背筋を凍らせた。
反射的に若頭達の方に飛び出して行き、気配もなく現れたその妖怪と距離を取った。
「常日頃寝て過ごしているだけの女子だが、勘だけはいつまで経っても衰えないようだな」
「噂をすれば影がさすってな。久々に見たなその仏頂面。相変わらずしけた面してやがる」
俺の正体を看破した張本人である例の天狗が、茂みの中から這い出て来て姿を現した。
こう改めて対峙すると、やっぱりこの人の威圧感は異常だ。ただそこに立っているだけなのに、身体が重くなって息苦しく感じる。
「弥白、ちょっと腕見せてみろ」
「え? 何で?」
「いいから黙って袖捲れって」
言われるがままに袖を捲り、お姉さんに腕の素肌を見せる。
すると、突然俺の腕を掴んで来ると否や、
「喝っ!!」
と、手加減抜きで思い切り叩かれた。
「いっでぇ!? 何するのさ急に!?」
「ま、怒るなって。折角マーキングを解いてやったんだからよ」
「はぃ?」
何の話かさっぱり分からない。犬に小便かけられたわけでもあるまいし。
「親分よぉ、初対面の相手にボディータッチする癖、まだ治ってねぇだろ? 場合によっちゃセクハラで告訴されるってのに」
「人聞きの悪いことを。私は監視者としての務めを果たしているだけだ」
「うっわぁ、出たよ頭カチカチ理論。仮に娘とかできたら同じ洗濯機で衣服洗って貰えないパターンだよなお前さん」
天狗が右手に持つ羽根付きの扇を横薙ぎに振るった。
次の瞬間、扇から目に見える真空波のようなものが出現し、こっちに向かって放たれてきた。
咄嗟に俺と若頭は頭を抱えてしゃがみ込む。
しかしお姉さんだけは仁王立ちしたままで、躱そうとする素振りを一切見せなかった。
「危ない!」と言い掛けたところ、お姉さんは右足を少し後ろに退かせ、下から上へと袈裟懸けに右足を振り払った。
直後、瞬く間に真空波が霧散した。
拳圧ならぬ脚圧一発で吹き飛ばしちゃったよこの人。超人と呼ばれた俗説はまさかの真実だったと?
「ははっ、怒ったか? 珍しく手が早いじゃねぇか。もしかして気にしてたか?」
「勘違いをするな。私は紅葉が決めている定め事に従ったまでだ」
「この世界に入った人間は即抹殺、だったっけか? 前から思ってたが、お前さん達は随分と人間に対して臆病になってるみてぇだな。いつまで過去のトラウマ引きずるつもりだっつの」
「繊細という言葉から懸け離れた貴様には分かるはずもない。昔も今も、人間は決まって愚鈍で劣悪だ。そのような汚れた輩を排除することに何の不満がある?」
「不満っつーかねぇ……。先入観に捉われてるのか知らねぇが、何でもかんでも決め付け過ぎなんだよお前さん達は。お前さんもそう思うだろ弥白?」
「…………」
「……弥白?」
愚鈍で劣悪。今までだったら「流石に言い過ぎでしょ」と即座に答えていたところだ。
俺もあんまり人間には良い印象がないけど、そこまでじゃない。
でも、紅葉さんの話を聞いて体感した。
人間の中には、俺の想像もつかない負の感情を持った人達がいるのだと。
「……そうだね。君の言う通り、人間は愚鈍で、劣悪で、他人より自分の欲を優先して動く人ばかりだよ。誰も彼もが自分勝手で、それが見知らぬ誰かを傷付けることになることなんて気にもせず、欲望に忠実になって行動する。恐ろしいと思うのも無理ないよ」
「おぉーい、アタシの面目丸潰れ発言してんじゃねーよー。恥ずかしくなっちまっただろーがー」
「……ただ」
「お? ここでまさかの反論か? なるほど、一歩引いた後に二歩進む戦法ってやつだな。機転が効くじゃねぇかよお〜い」
「お姉さん、今ちょっと真面目な話してるから茶化さないで」
「あ、はい……」
このマイペースさというか、空気を読まない感じが誰かに似ている気がするが、まぁ今はいい。
「人の子である貴様が人間を否定するか。世話のない奴だ」
「確かにそうかもね。言ってしまえば、俺も欲望に忠実な人間の一人だし。だけどその欲望は、全部が全部見るに耐えないものばかりじゃないよ」
「何……?」
「君は欲のあり方を誤解してるよ。欲っていうのは、何も悪いものばかりじゃない。中には他人を幸せすることができる欲だって存在するんだ」
「馬鹿なことを……そんなものは世迷言だ」
「世迷言なんかじゃない。しかもその欲は誰にでも存在するものだよ。俺にも、お姉さんにも、若頭にも、そして君にも」
「ならば言ってみよ。その欲とは一体何だ?」
「好欲だよ」
「好欲?」
あれが好き、これが好き、と人間は何かしらに好意というものを抱く。
それは例えば物だったり、人だったり、行為だったり。その形は十人十色だ。
「天狗の親分。君には何か好きなものがあるかな? 何でも良いから一つ言ってみてよ」
「……貴様に答える義理はない」
「ケチだなぁ。じゃあ代わりに俺が言うけど、俺は妖怪が好きっていう好欲があるんだよね」
「……それが何だ?」
「俺さ、小さい頃に厠神っていう妖怪に初めて出会った頃から、妖怪達と一緒に暮らしてるんだよね。それから今まで色んな妖怪に会ってきたんだ。エロスな妖怪とか、ツンデレな妖怪とか、ドジな妖怪とか。その中には恋心を抱いた妖怪もいたよ。そんな皆のことを、俺は本当の家族だって思ってる。種族が違い、血が繋がっていなくとも」
「だから、それが何だと言っている」
「俺は妖怪に対する好欲のためなら、自分の命を賭けてでも大切にして、守りたいって思ってる。昔も、今も、そしてこれからも」
「随分と口達者なようだが、貴様の言葉には確証も根拠も無い。そのような薄っぺらな言葉に心動かされるとでも思――」
天狗に背を向け、上着を脱いで背中の肌を見せ付けた。
大きな鉤爪で引き裂かれた三の爪の傷痕を目の当たりにした天狗は、口を開いた状態のまま驚きを隠せずに言葉を止めていた。
「昔、俺は熊風っていう凶悪な妖怪と出会ったことがあってさ。その時俺の傍らには、好きな妖怪の女の子がいた。これはその子を庇った時に受けた傷だよ」
天狗は物を言わないまま、静かに口を閉じた。
「危うく死に掛けたところだったけど、その子の親に助けられて一命を取り留めたんだ。死ぬ覚悟はできてたんだけど、それでもその子は俺を生かしてくれた。信頼を裏切られ、愛する親を傷付けられたせいで人間を憎んでいたのにも関わらずね」
「……その女子の名は雪羅だな?」
「えっ!?」
雪羅という名前を言ったはずはないのに、唐突に天狗がその名を口にした。まさか妖術?
「そういうことか……。巡り合わせとは唐突にやってくるものなのだな」
「おいおいお前さんら。アタシ完全に置いてけぼりなんだが? ちゃんと会話に混ぜろってんだ」
「フッ……俺に至っては空気になっているがな」
「部外者共は黙っていろ」
一蹴されて口を尖らせる二人。
天狗は手に持っていた扇を背中にしまうと、脱力して肩の力を抜いた。
すると、重苦しい威圧感が無くなり、息苦しかった体調が元に戻った。
「小僧。妖怪に対する好欲というものが本当に貴様の中にあると言うのであれば、それは妖怪の闇を払う可能性を秘めていると断言できるか?」
「断言はできないよ。俺は全知全能の神様ってわけじゃないし、むしろできないことの方が多いからね。でも、ここでやれるだけのことをやる気持ちはあるよ」
「……良いだろう。その覚悟と誠意、そして好欲が真実か否か、証明するチャンスをくれてやる」
と言うと、天狗は懐の中から小さな袋を取り出し、その中からビー玉くらいの大きさの飴玉を摘まみ取った。
「これはこの世界から出て行くための必須の物だ。出口の境界門を通るには、この飴を食さなければ出て行くことはできない。万が一これを食さずに境界門を通った場合、その者は時空の狭間に飛ばされ、光の差さぬ暗闇の中を永遠に彷徨うことになる」
まさかの条件に冷や汗が出た。もし仮に隠密行動を完遂させて境界門を通っていたら、俺はその時空の狭間っていう場所に飛ばされていたと。早まった行動しなくて良かったぁ……。
「もし貴様がこれを望むと言うのであれば、今から言う試練を乗り越えてみせろ。それがこの世界から出て行く条件だ」
「分かったよ。それで、その試練って何かな」
一応聞いてはみたが、何となくその試練の内容が理解できた。
俺が何もできない“無欲”な人間ならば、俺は追い付かれた時点でとっくにこの人に本気で殺しに掛かられているはず。
だけど天狗がそれをしなかったのは、俺に一縷の望みを感じたからだろう。
何でかは知らないけど、この人は雪羅のことを知っている。恐らく、雪羅の過去の詳細も全て。
だからこそ、この人は賭けようとしてるんだ。俺の“好欲の可能性”に。
「内容は一つ。貴様の持てる力全てを駆使し、紅葉の闇を取り払ってみせよ。それが貴様に貸す試練だ」
予想通り。そんなことだろうとは思った。
「えげつない奴だな親分よぉ。無理難題を他人に押し付けて、無理なら問答無用で殺すってんだろ? しかもその試練ってほぼ私情――」
「ニートは黙っていろと言ったはずだ」
「誰がニートだ! アタシはただ、己の本能がままに身体を預けてぐうたらしてるだけだ!」
「小袖女、そういう奴がニートと呼ばれる者なんだぜ……」
「うっせぇ緑色、皿割るぞ」
口に出す前にお姉さんはチョップを放ち、パリンッと皿が真っ二つに割れた。直後、若頭は白目を剥いて地にぶっ倒れた。
「……ま、こいつの生き死にはどうでもいいとして。どうすんだ弥白? はっきり言っちまうと絶対不可能な試練だと思うが」
絶対と言われて、俺はにたりと笑ってみせた。
「お姉さん、この世に絶対なんてものはないんだよ。どんな事柄だろうと、そこには必ず可能性が存在するからね。例えそれが極小だろうと、可能性は可能性だよ」
「ははぁん……なるほど、さてはお前さん賭け事が好きな質だな? アタシも嫌いじゃねぇが、その生き方じゃ長生きできねぇぞー」
「そだね、俺きっと早死にするタイプだと思う。でもこの試練は受けるよ。今回ばかりは引くわけにはいかないからね」
妖怪が無害な生き物であるということを世に知らしめるのが、難しいと分かっていながらも抱き続けている俺の夢。
そしてそんな夢を抱く以上は、妖怪の一人すら救えずして叶えられるものじゃない。
無理難題なんだってことは分かってる。憎しみを抱く対象者である人間では、できることなんてほんの一握りしかないと思う。
でも、そのほんの一握りの可能性が紅葉さんの闇を取り払えるかもしれないというのなら、俺はその望みに文字通り全てを賭ける。
これは、俺の意地の勝負だ。
「猶予は明日の正午。その時が来た場合、貴様には潔くここで死んでもらう。惨めに足掻こうとした場合は楽に死ねると思わぬことだ」
「そんなことしないよ。命を賭けているとはいえ、俺は死ぬつもりなんて全く無いし」
「……明日の十一時、境界門の前にて待てと紅葉に伝えておく。私がすることはそれだけだ」
「十分だよ。ありがとね、天狗の親分さん」
「…………」
特に表情を変えることもなく、天狗は踵を返して消えるように町の方へと去って行った。というか、本当にすぅっと消えていなくなった。
「あの人ってまさか幽霊だったりしないよね?」
「カカカッ、んなわけあるかよ。あれも妖術の一種だ。本人曰く、空間を捻じ曲げて瞬間移動みたいなことができるらしいぞ」
マジか。天狗パネェや。
「にしても、馬鹿だなぁお前さん。さっきも言ったが、あの試練は無理難題だぞ? 詳しくは聞いてねぇけど、紅葉が人間に抱く憎悪の大きさは半端ねぇからな。人間ってワードを聞くだけで殺意の波動に目覚めるくらいだからな、あいつ」
「知ってる。話は本人から全部聞いてるから」
「そういやそうだったな。で、あんだけ啖呵切ってたってことは、良策の一つくらいは思い付いてんだろ? つーか思い付いてんだよな?」
「それは……」
俺は胸を張り、ドヤ顔になって誇らしげに宣言した。
「全く何も思い付いてないけど何か!?」
「……お前さんひょっとしなくとも馬鹿だろ」
「馬鹿ですが何か!?」
「いや開き直られても困るんだがよ……ぷくくっ……」
後ろを向かれてこっそり笑われた。でも本当のことだから仕方無い。
啖呵を切ったまでは良かったけど、問題はこの後だ。
明日の正午……いや、十一時までに俺は良策の一つ二つを考え出さなくちゃいけないのだから。
かと言って、正直紅葉さんの件に関しては八方塞がりなため、さっきと同じで絶体絶命であることに変わりはない。
俺があの子にしてあげられることはなんだ?
「とにかく、まずはできることを探した方が良さそうだな。弥白、お前さん何か持ってねぇのか?」
「何を?」
「んなの決まってんだろ。この状況を打破できる秘密道具的な物をだよ」
「何処ぞの猫型ロボットじゃないんだけどなぁ……」
一応自分の手荷物を確認するため、ポケットの中を漁ってみる。
中に入っていたのは財布、線香、蝋燭、ライター、ポケットティッシュ、座薬銃弾のエアガン、以上。
「ロクなもの入ってねぇな……。しかも明らかに摩訶不思議なラインナップ混じってんだろこれ。少なくとも、お盆シーズンはとっくの昔に終わってんぞ」
「生まれてこの方、お墓参りになんて一度も行ったことないけどね。そもそもこれは動物用の即席お墓建て道具だし」
「ペットでも飼ってたってか?」
「……いつ何処で何かが死んでいるところに遭遇するかもしれないと思っててさ。それで常に持ち歩くことにしてるんだよ」
「ふーん……。やっぱ変わった奴だなお前さん」
「はははっ、言われ慣れたよその言葉。俺のスローガン化する程に」
「って、今はくだらねぇ話に興じてる場合かっつの」
「くだらない話になった発端はお姉さんじゃ?」
「人のせいにするのは良くないぞ弥白。それに、仮にもアタシは女だぞ女。男を名乗るなら女であるアタシに気を配りやがれってんだ」
「理不尽だなぁ……別に良いんだけどさ」
「カカカッ、話の分かる奴じゃねぇか。良い性格してんぜ弥白」
上機嫌になって人の肩をバンバンと叩いてくる。こっちは本気で悩んでるってのに呑気な人だ。
無関係なのにこうして付き合ってくれてるから文句の一つも言えないし、そもそも言うつもりもないから構わないんだけど。
「ま、ぶっちゃけ真面目な話するとよ。お前さんにあいつの憎しみを取り払うのは無理だ。そもそも何かをする前に刀で斬られるのがオチだろうしな。説得どころかまともに話すら聞いてもらえない以上、この試練は成り立ってねぇんだよ」
「そうだね。だから厚かましいお願いを聞いてくれないかなお姉さん? せめて俺が紅葉さんと話ができるように、紅葉さんが俺に斬り掛かって来た時は守って欲しいんだ」
「カカカッ、本当に厚かましいお願いだな。ちなみにその頼みに見返りはあんのか?」
「……お、俺にできる範囲で何でも頼みを聞く的な?」
そう言うと、お姉さんは「ほっほぅ……」と顎に手を当てて、これ以上にないくらい悪い顔を見せ付けた。まるで何処ぞの悪代官みたいだ。
「つまり、一生アタシの奴隷になれっつった場合、お前さんは本当に一生アタシの奴隷になるってことだな?」
「そうだけど、人生が変わってしまうようなハードな内容はできれば勘弁してもらいたいんだけど」
「そりゃ約束できねぇな。手前で何でも言うことを聞くと言った以上、最後までやり遂げるのが道理ってなもんだろ?」
「俺のできる範囲で、だからね? 何でもはできないからね? そこまでは言った覚えないからね?」
「似たようなもんだろ。んじゃ、早速要望に応えてもらうわ」
「早っ……」
「アタシは善は急げを推してる派だからな。じゃ、言うぞ。アタシからの要望はだな……」
お姉さんは堂々たる面立ちで俺に向かって腕を伸ばしてきて、握り拳を俺の胸に当ててきた。
「無理難題と言われたこの試練を乗り切り、アタシに奇跡を見せてみろ。そいつが手を貸す条件だ」
「…………」
この瞬間、お姉さんを見る目が一瞬にして変わった。
ついにそんな人物と出会う時がやって来たのだと、この気持ちが教えてくれた。
なればこそ、迷う必要などあるはずがない。
俺は頭を垂れ、お姉さんの手を両手で強く握った。
「一生付いて行きます、姉御!!」
「カカカッ、なんだなんだ? まさかアタシの舎弟になりたいってのか?」
「いやもう舎弟とかそういうのどうでもいいッス。惚れました姉御。あんたの男前な人柄に惚れちゃいました俺。だから一生姉御を敬って生きていきます。心の臓にビビビッと来ちゃってますんで」
「ま、好きにするこった。生き方なんて誰かが制限するもんじゃねぇからな。自由に生きろよ、弥白」
「姉御ぉ!!」
その姿は何処ぞの安物ダンディ河童とは違い、女の身でありながらも山姫という妖怪は、誰よりも男前な背中が輝きを放っているかのように見えていた。




