迷い込んだ妖の世界
途中途中で妖狐達の集団をやり過ごし、気配を消したままようやく屋敷の方に戻って来た俺とキサナ。他に妖狐達の姿は無く、この騒動に何の興味も持っていない鬼達も屋敷の中にいるようだ。
茂みに隠れたまま移動して、建物全体が見える位置に移動する。それから向こうを確認してみると、こんな状況でもやはり見張りは立っていた。どうやら今日の見張りは妖狐組の方らしい。
「それじゃ手筈通りに。頼んだよ相棒」
「一人一殺が鍵じゃしの。任せるのじゃ相棒」
これはやっぱりあそこに何かがあるに違いない。今一度確証を得た俺達は、早速行動を開始した。
周りに他の妖狐達がいないことを確認して、二人に分かれて茂みの中から飛び出した。見張りの二人からは見えないように、俺は神社の方から見て左側の方に立っている見張りの妖狐の斜め後ろのところまで移動した。
見張りとの距離はわずか三十メートル。右手に眠り薬付きのハンカチを持ち、足音を立てることなくゆっくりと近付いていく。
「……ん?」
そのまま慎重に近付き続け、残り三メートル程というところでだった。俺の気配に気付き、見張りの妖狐が後ろを振り向いてきた。
「あぁ!? 主様発見――」
「先手必勝!」
「むぐっ!?」
止むを得ずに地面を蹴り上げて妖狐に飛び付き、地面に頭を打たせないように仰向けに倒した。それからハンカチで口を塞ぎ、ジタバタと暴れる妖狐を力づくで拘束した。
やがて妖狐は気を失い、スヤスヤと寝息を立て出した。申し訳ないと思いながら妖狐を背中に背負い、キサナの方を確認する。
サインを出さずとも息を合わせることができる俺達は、ほぼ同時にキサナと行動していた。どうやらキサナも先に気配を勘付かれたようだったけど、無事もう一人の見張りを気絶させていて、任務をやり遂げたと親指を立ててにやけていた。
「ナイスキサナ。よし、急いで中に入らないと」
「いや、ここも二手に分かれた方が良いじゃろう。我は外を見張っておくから、シロは二人を神社に運んで中を探ってくるのじゃ」
「分かった。それじゃ外の監視は任せたよキサナ」
キサナの傍に倒れているもう一人の妖狐を脇に抱えて、急いで神社の門を開いた。
中に入ってすぐに扉を閉めて、壁にもたれかかるように二人の妖狐を座らせた。気絶している二人に改めて謝罪の意味を込めて頭を下げてから、俺は立ち上がって中の様子を伺った。
ここはまだ玄関なだけのようで、道はまだ先に続いていた。すぐ近くに一つだけ襖の入り口があり、他に襖やドアは見当たらなかった。
一応慎重になって襖をゆっくりと開ける。
出た先は大きな広間になっていた。奥の方には大きな仏壇が備えられていて、左右にそれぞれ鬼と狐の金像が飾られていた。
他には特に目ぼしい物は見つからないが……大きな仏壇の右隅の方に、木で出来た扉があるのが見えた。
迷わずその扉を開けると、その先は地下へと続く階段になっていた。明かりがないため、先は何も見えない真っ暗闇になっている。
「いよいよ怪しくなってきたけど……行ってみようかな」
ここからは土足なようで、扉の前にいくつかのサンダルが置かれていた。俺は靴下を脱いでからサンダルを履き、ポケットから探索道具の一つの小さな懐中電灯を取り出してライトをつけた。
階段の地下の奥を照らしてみると、階段はすぐに途切れていて、長い直線の道が続いているようだった。人一人がやっと通れる道の狭さで、俺は階段を降りてゆっくりと奥へと進んで行く。
一体この先に何があるのか。子供心の探究心が強く刺激されて、多少の不安感を感じながらも謎を解き明かす意思に導かれるように、俺は足を動かし続けた。
「…………あっ」
歩き続けて数分後。ようやく出口が見えてきて、道の先に何かが見えた。自然と歩く速度が上がっていき、小走りになったまま出口を出た。
「あれ?」
きっとこの先には宝物庫みたいな場所があるんだろうと思っていたが……俺の予想は大きく外れていた。
出口を出た先は、外へと繋がっていた。だが外に出た瞬間、俺は妙な違和感を覚えた。
今日の天気は快晴も快晴で、秋風が吹くひんやりとした気温だったはず。なのに俺の目に映る今の外は、霧がかかって紫色の薄暗い空色になっていて、気温も丁度良い感じになっている。
どういうことだろう? この数分でこうも天気が急変するわけがない。妖怪の仕業と言ったらそれまでだけど……そんな単純な話じゃない気がする。
それに、ここは何だか妙な感じがする。まるで俺がいた世界ではない別の世界のような、独特な雰囲気が漂っている。
「どれどれ……」
試しにと思い、俺は両手の人差し指を立てて頭に乗せ、角が生えたポーズをとって霊感を探ってみる。
すると、だ。あちらこちらから様々な霊感を感知した。しかもどれもこれもが初めて感じた霊感であり、しかし中には覚えのある霊感も“二人程”感知できた。
「……この霊感って」
どういうことだろうか。ここにいるはずのない霊感が感じられるだなんて、やっぱりここは何処か妙だ。それに何か嫌な予感もしてきたし、一旦ここは引き返した方が良いのかもしれない。
そう思い、俺は後ろを振り向いた。
「……あり?」
だが驚くことに、そこにあったはずの道が無くなってしまっていた。俺の記憶では洞穴みたいな穴があったはずなのに、その穴は何も無かったかのように無くなってしまっていた。
引き返そうにも引き返せない。どうやら前に進む以外に残された道はないようだ。こんなことならやっぱりキサナと二人で来るべきだった。まさか神社の先がこんな場所に繋がってるだなんて思いもしなかった。
でも神社からここに繋がっていたということは、玉さん達はこの場所に続く道を守っていたということになるけれど……結局ここは何なんだろうか?
なんて、立ち止まってるだけじゃ答えは分からない。とにかく先に進んでみよう。この霊感の正体も気になるし。
一旦帰ることを諦めて、取り敢えず霊感を頼りに前へと歩き出した。
どうやらここは山の中なようで、数え切れない木々が行く道を邪魔してくる。かなり足場が悪く、修行には最適の場所だ。
「いだっ!?」
細く尖った木の枝が足に擦れた。そういえば今履いてる靴ってサンダルだったっけ。これ以上怪我しないように慎重に進まないと。
足元に気を付けて注意しながら山道を進む。すると、何処か近くから妙な声が聞こえてきた。
「はっ! せいっ! たっ! はぁ!」
微かに聞こえてくるそれは、どうやら掛け声のようだった。声からして女性だろうか?
何にせよ、近くに人――じゃない、妖怪がいるのは助かった。覚えのある霊感の正体は気になるけど、一旦声が聞こえてくる方に向かってみよう。
右の方に方向転換して、しつこい山道を更に進んで行く。次第に掛け声がはっきりと聞こえてくるようになり、やがて木々が少ない小さな草原の広間に出た。
そこには思った通り、一人の女の子がいた。
白の道着に紅葉柄の赤い袴を履いていて、腰に鞘を帯刀している。長い黒髪を束ねて一つに結び、白い鉢巻を額に巻いていて、まるで女武士を思わせるような凛々しい雰囲気の女の子だ。
俺と同じくらいの年頃だろうか? しかも見た目は至って人間そのものだし、妖怪っぽい特徴がまるで見えない。霊感を感じたから恐らく妖怪なんだろうけど、何の妖怪なんだろうか?
「はっ! せや! はぁ! しゃっ!」
俺が森の中から這い出て来たことにも気付かず、女の子は集中して熱心に日本刀を振っている。ひょっとせずとも剣の修行中なんだろう。
今声を掛けるのは無粋だと思い、その場に座り込んで彼女が剣を振るう姿をジッと見つめた。
飽きもせずに彼女は剣を振るい続ける。こめかみ辺りから滴る汗を拭いもせずに、ひたすら虚空を切り続ける。
そうして刻々と時は過ぎて行き、やがて一時間くらい経った頃。ようやく彼女は剣を振るうのを止めて、予め傍に置いていた手拭いを拾って汗を拭い取った。
「……ん?」
そこでようやく俺の存在に気付いたようで、手拭いを肩に掛けてから横を向き、俺の方に視線を向けて来た。
「こんにちは。凄い集中力だね君。小一時間ぶっ通しで剣を振れるとか、まるで体力おばけだよ」
「…………」
ニコニコ笑顔を浮かべるこっちに対し、彼女は無表情のままジッと俺の顔を見つめていた。
それからふと歩き出して、俺の方にゆっくりと歩み寄って来た。剣を鞘に納めず、右手に持ったままの状態で。
「修行の邪魔したくなかったから今まで黙って待ってたんだけどさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、聞いても良――」
そこまで言い掛けたところで彼女がすぐ目の前までやって来ると否や――首筋に刃先を添えられた。
突然の事態に思わず固まり、ちらりと刀を物色する。模造刀か何かだと思っていたけど……まさかこれ真剣だったりしないよね?
「何者だ。名乗れ」
彼女の声は予想外にも冷たいものだった。それに、俺を見る目がやけに怖い。まるで親の仇を見ているかのような憎しみの念が込められた目だ。
でもそれだけじゃない。他にもまだ何か感じるような気がする。それにこの目を俺は過去に何処かで……。
「何を黙秘している。此方は名乗れと言ったはずだ。黙って口を動かせ」
「黙って口を動かす……果たしてそんな芸当が俺にできると思う?」
添えられている刃が更に食い込んでくる。刃と俺の首の距離はもう紙一重だ。
「すいません真面目に答えます。俺は弥白って言います。嘘偽りのない本名です。上から下まで弥白一色です」
「そうか。ならば次が最後の問いだ。貴様は……人間だな?」
「はい人間です。上から下まで人間一色です。より具体的に人間的な説明をすると、股の部分にまず俺という人間の証が棒と玉に分けられていて――」
「運が無かったな」
「……うん?」
すると、首筋に添えられていた刃先による拘束が解かれ、俺の硬直状態も同時に解かれた。
そして彼女は、右腕を大きく後ろに振り被った。
「え? いやいやいや!? ちょっと待っ――ひょぅ!?」
その動作にただならぬ悪寒を感じ取り、咄嗟に後ろに飛び退いた。すると否や、ほんの少し遅れたタイミングに彼女が横薙ぎに剣を振るってきた。
どさりと背中から後ろに倒れ、すぐさま飛び起きて彼女と距離を取る。今本気で俺を斬ろうとしてきたよあの人。実は見た目にそぐわぬシリアルキラーだったと?
「ちっ、勘の鋭い奴だ」
舌打ちしたかと思った矢先、今度は両手持ちで剣を構えて飛び出してきた。
その勢いを利用して突きを放ってきた。俺はまた咄嗟の反射神経を駆使して、紙一重の距離感で横に避けた。
後ろにステップ移動で後退するが、彼女は懲りずに俺を斬ろうと剣を振るってきた。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、薙ぎ払い、唐竹。ありとあらゆる斬り方を用いて俺を殺しに掛かってくるが、死に物狂いで全てを見切り、躱した。
「くっ……猿のようにすばしっこい奴だ」
「そりゃどうも! じゃなくてね!? 一旦ストップしてくれませんかね!? さっきから三途の川がチラ見えしてきてる気がするんだよね俺!」
「当然だ。貴様はここで死ぬのだからな」
「てことは、やっぱりそれ真剣!? 銃刀法違反という法律を君は何と心得ている!?」
「人間の法など知ったことか。諦めて潔く死ね!」
駄目だこの人、人の話を聞かないタイプの猪突猛進少女だ。こんな奇跡的な回避術なんてそう長く続くものじゃないし、このままじゃ本当にこの人に斬り殺されてしまい兼ねない。
「あぁもう! 今日の俺って逃げてばっか!」
これ以上は耐えられる自信を持てず、俺は“潔く”逃げることにした。剣士に背を向けるのは剣士の恥だと誰かが言った気がするけど、生憎俺は霊感が強いだけの一般ピーポー。その理屈は通じない。
今日一番の逃げ足を披露し、一目散に山道の森の中へと逃げて行く。
「戦う相手に背を向けるとは、情けない人間め」
「そもそも戦ってるつもりないですから――って、早ぁ!?」
逃げ足には自信がある俺だったけど、彼女は草履を履いているとは思えない異常な速度で駆けて来た。
オリンピック選手も顔負けの速度に仰天しつつも、俺はわざと足場の悪い道を選んで山道の中を駆け巡る。
途中でサンダルが脱げて裸足になってしまう……が、今はそんなこと気にしていられない。彼女はすぐ近くまでやって来ていて、右手に持つ真剣の刀身がギラついて見えた。
このままじゃいずれ追い付かれる。こんな時は……奥の手を使うしかない!
俺は親指の皮を齧り、その部分から流れた血を傍にある木に擦り付けた。
「口寄せ!」
霊力を込めた手の平を血が付いた木に叩き付け、大きな煙幕が周囲を覆った。
「くっ!? 小癪なことを!」
「フハハハハッ! 我こそは地獄の底より出でし邪神の写し絵なる存在! その名も狸こずぉ!?」
口寄せを煙幕代わりに使って上手いこと目眩しに成功。口寄せによって召喚されたタヌっちの尻尾を掴み取り、すぐさま俺は走り出した。
「お、おい弥白! これは一体どういう状況だ!? まさか貴様、ついに魔界へと足を踏み入れて死の決闘を――」
「強ち間違ってないかもしれないけど、今はタヌっちの冗談に耳貸す暇ないんだよねぇ!」
「だからそれはどういうぐはっ!? ことなんぐほっ!? だと言ってぶはっ!? お、おい弥白貴様! 我の尻尾を離せ! さっきから木々に顔がぶつかぶへっ!?」
顔面が真っ赤になっていくタヌっちに構っていられる暇があるはずもなく、足に痛みを感じながらも決して止まらずに走り続ける。
やがて切り裂き少女の声が聞こえなくなったけど、それでも俺は走り続けた。タヌっちの顔面が既に崩壊していることに気付いてはいたが、それでも俺は宛もなく必死に走り続けた。
「あっ!」
走り続けていると、木々に隠れるように小さな小屋が先の方に見えた。俺は迷うことなくその小屋へと向かい、飛び込むように中に入った。
「ハァ……ハァ……し、死ぬかと思った……」
「んぁ? 誰だお前?」
小屋の中には、一人だけの先住民がいた。
大きな胸に晒しを巻いて、無地の小袖を着た大胆な格好。やけに毛先が刺々しい、茶色の短髪の大人の女性だった。
どうやら睡眠中だったようで、眠たそうな目をしている彼女の口の端には、べっとりと涎が付いていた。突然の訪問で申し訳ないことをしてしまったようだ。
「ご、ごめんよ起こしちゃって! それといきなりで申し訳ないんだけど、少しここに匿ってもらえないかな!?」
「ふわぁ〜……眠っ。ま、好きにすりゃいいんじゃねぇか?」
欠伸をして背伸びをするお姉さん。眠たそうな様子ながらもちゃんと目覚めたようで、ニヤリとした笑顔でそう言ってくれた。
「あ、ありがとお姉さん。このお礼はいつか必ず返すね」
「カカカッ、まぁ気にすんな。でも一体何から逃げてんだ? というかお前さん、まさかとは思うが人間――」
「何処だ人間!? 大人しく出てこい!」
お姉さんの声を遮るように、さっきの女の子の怒声が聞こえて来た。やばい、あの様子だと絶対この小屋を確認してくる。
口寄せの霊力を解いてタヌっちを帰還させて、急いで俺は壁をよじ登って天井に張り付いた。あまり高くはないけど、他に隠れる場所がないからこうするしかない。
「おぉ〜、忍者みたいだなお前さん。それどうやってやるんだ?」
「後で教えてあげるから、今は何も言わずに匿って! 今外で騒いでる女の子がいるけど、もしここに入って来たら誰もいなかったって言ってください!」
「カカカッ。さ〜て、それはどうかな。なんつってな」
「……え゛っ」
お姉さんはニヤニヤと笑いながら立ち上がり、小屋のドアの前に移動した。
まさかこの人……実はさっきの発言は適当に流してただけで、本当は俺の所在をバラすつもりだったと? アカン、その可能性は考慮してなかった。
「ここか人間!」
今すぐ窓から逃げ出そうと思ったところで、最悪のタイミングであの女の子が小屋のドアを開けて来た。洒落になってないんですけど。
「おいおい、ノックもせずに人の家に入って来るか普通?」
「其方の家だったか山姫。丁度良い、其方に一つ聞きたいことがある。この辺で人間の男を見掛けなかったか?」
名を山姫というらしいお姉さんは、「人間の男ねぇ〜……」と呟きながら顎をしゃくり、ニヤリと口元を歪ませた。
どうやら俺の命はここまでのようだ。ごめん皆、ここで人斬りの餌食となる俺の死をどうか許しておくれ……。
「んや、そんな男は見てないねぇ。狸にでも化かされたんじゃないか紅葉?」
“紅葉”……それが彼女の名前らしい。可愛らしい名前にそぐわぬ、危険な香りに満ち溢れたバイオレンスな人斬り娘だ。
「そんなわけないだろう。此方は確かに見たのだ。あの憎き人間をな」
「ふ〜ん……。それはともかくとして、こっちにゃ妖怪一人すら来とらんよ。他を当たってみるこったね」
「そうか、邪魔をしたな山姫。だがもし何処かで人間を見掛けたら、すぐに此方に報告してくれ」
「へいへい。んじゃ、アタシは二度寝するんで。さいなら〜っと」
そうしてお姉さんは小屋のドアを閉め、人斬り娘は何処ぞへと去って行った。
この人には騙されたと思ったのに、結果的にそれは勘違いだったみたいだ。何であれ、どうにか首の皮一枚は繋がったようだ。
天井から床に着地して、例の霊力感知ポーズを取る。
……走って何処かに行ってしまったのか、もう近くに紅葉とかいう女の子の霊感は感じ取れなかった。
「こ、今度こそ助かったぁ……」
安堵すると同時に身体から力が抜けてしまい、足腰が立たなくなって尻餅をついてしまう。
こんな思いをしたのは熊風の時以来だ。過去の雪崩の件もそうだけど、俺って本当に悪運強いなぁ。何回死の淵から逃れたら気が済むのやら。
「やけに殺気立ってたなあいつ。何しでかしたんだお前さん?」
「いやいや、俺は何もしてないよ。ただ俺は道を聞こうと声を掛けただけで、そしたら急にあの子が斬り掛かってきたんだよ。というかお姉さん、もしかしてあの子と知り合いなの?」
「まぁな。一応アタシのダチだよ。“紅葉狩”の紅葉ってんだ」
“紅葉狩”……やっぱりあの子も妖怪らしい。でもそんな名前の妖怪は聞いたこともない。俺の妖怪図鑑にも載ってた記憶ないし、一体何者なんだろう? もしかしてキサナみたいな希少種なのかな?
「ちなみにアタシは山姫ってんだ。お前さんは?」
「俺は弥白。何はともあれ、助けてくれてありがとお姉さん」
“山姫”……こっちは妖怪図鑑で見た記憶がある。綺麗な柄の小袖に艶やかな黒髪の可憐な女性の姿をしていて、鉄砲の銃弾を指二本で止めてしまうような凄腕の持ち主だという。
でも例の如く、所詮それは俗説だったようだ。小袖を着ていることと、美人なこと以外は何も合ってない。銃弾のことに関しては確かめようがないけれど、まずそんな芸当できるはずがない。何処ぞの武術馬鹿じゃあるまいし。
「で、弥白。お前さん、どうやってここにやって来たんだ? ここは人間がそう易々と来れるような場所じゃないからよ」
「はぁ……それってどういうこと? もしかしてここってやっぱり普通の場所じゃないってことなの?」
「ま、そうだな。人間のお前さんからしたら、ここは摩訶不思議な世界にゃ違いねぇだろうよ」
「ねぇお姉さん、ここって一体何なの? どうにも現代の世界には感じられないっていうか、全くの別世界のように感じてるんだけどさ……」
「そりゃそうだろ。お前さんの言う通り、ここは人間の住む世界とは別の場所だからな」
「……うっそん」
まさか……ここが漫画やラノベで言われている、異世界っていう場所なんだろうか? 世間じゃフィクションとして認定されている世界が、まさかこうして本当に実在していただなんて……。
「ここは妖界っつってな。その名の通り、妖怪だけが住んでいる日が差し込むことのない影の世界だ。それに人間界と違って、この世界は極端に狭い。しかも世界なんて言ってるが、そんなスケールの広い場所でもねぇんだよなここって」
「ふーん……。具体的にはどのくらいの大きさなの?」
「そうだねぇ……ここからそう遠くない場所に妖町っつー栄えた町があるんだけどよ。そこがこの世界の七割だ」
それは大分小さい世界だなぁ。その妖町とかいう町がどれくらい大きいのかによるけど、この世界の住民であるお姉さんが言うんだからそんな大きくはないんだろう。
「あれ? でもここって明らかに町から離れた場所にあるよね? なんでお姉さんはこんな場所に住んでるの?」
「アタシは他人が群れている場所ってのがどうにも性に合わなくてな。こういう自然に囲まれている場所の方が落ち着くんだよ」
「あっ、それ凄い分かる。人混みって正直鬱陶しいもんね」
「おっ、話が分かるじゃねぇか弥白。若いのに田舎の方が好きたぁ、良い性格してんぜ」
わしゃわしゃと頭をかき混ぜるように撫でられる。
なんていうか、凄く話し易い妖怪だなぁこの人。サバサバした性格の人って不思議と馬が合うんだよねぇ。実際に九ちゃんともすぐに仲良くなれてたし。
「で、話を戻すけどよ。結局お前さんはどうやってこの世界に来たんだ?」
「えっと……一から説明するとね……」
玉さん騒動のことは伏せておいて、謎めいた神社を調べたことから話の内容を全て伝えた。
「あ〜、酒呑童子の親分とこの。なるほど、だからこっちに来ちまったわけか。そりゃ納得だわな」
「親分のことまで知ってるんだ。ということは、あの神社のことも知ってるの?」
「あぁ。あそこはこの世界に繋がっている数少ない境界門でな。要は時空の歪みってやつさ」
これまた非科学的な話だ。境界門? 時空の歪み? 突拍子が無さすぎてついていけなくなりそうだけど、妖怪という摩訶不思議な存在が実在している世界なんだし、よくよく考えたらこういう話も俺にとっては今更か。
「最後の質問なんだけど、この世界の出口って何処にあるの? ま、まさか出口なんて存在しないというオチとかだったら……」
「カカカッ、そんなことはねぇよ。入口があれば出口があるのが当然の摂理だろ。だが……お前さんにとっては絶望的な話かもしれねぇが、恐らくお前さんは二度とこの世界からは出られねぇと思うぜ」
「え゛っ? で、でも出口はあるんだよね? だったらそこから出て行けばいい話なんじゃ……」
「ま、話は最後まで聞けよ。いいか? 本来ここはお前さんのような人間が容易く来れるような場所じゃねぇんだ。人間が入ることを許されていない場所だからな。実はお前さんのいた世界にゃいくつか境界門が存在してんだが、その一つ一つに見張りの妖怪が門番役として守護してんだ。そこを通って来たお前さんなら心当たりがあるんじゃねぇか?」
心当たりがあるどころか、その門番を通り抜けて来ちゃったんですけど。もしかして俺、妖怪の法的なものを知らぬ間に犯しちゃってたってこと?
「それで、万が一にもこの世界に人間が侵入して来た時。その場合、その人間は殺すことになってんだ。この世界の存在を知られちまったってことでな」
「すいません、今物凄く物騒な言葉が聞こえた気がするんですけど」
「受け入れ難い事実かもしれねぇが、残念ながら本当のことだ。お前さんもついさっきその事象を身を以て体験したばかりだろう?」
確かにそうだ。あの紅葉とかいう女の子は、確実に俺を殺しに掛かってきていた。あんなことがあった以上は嫌でも受け入れなくちゃいけないだろう。
「そしてここからが肝心な話。お前さんが望んでいるこの世界の出口の場所についてだが……入口と違って出口はたった一つしかない。それも、お前さんにとっては最悪の場所にある」
「……妖町」
「そういうこった。妖町の中心部にそのたった一つだけの出口が存在する。数多の妖怪が存在するその町の中心にな」
つまりここから出るためには、俺を殺しに掛かって来るであろう妖怪達が住む町のど真ん中に行かなくちゃいけないと。
つい最近俺にスニーキングミッションが向いていないことが発覚したというのに、まさかここでも隠密行動を追及されるなんて。無理難題とはこのことだ。これならまだ玉さんに追い掛けられていた方が平和的に思える。それはそれで大概ではあるんだけども。
でもまさか殺すだなんて……そんなことをしてまで守りたいこの世界の秘密ってなんだろう?
気掛かりなことではあるけど、今は世界の謎より自分の命を守らないと。いきなりの急展開で混乱しそうだけど、郷に入っては郷に従わないとやってられない。
当面の目的としては勿論、この世界からの脱出だ。でも今からいきなり妖町に行ったが最後、十中八九捕らえられて首チョンパだろう。
でも町の情報は必要不可欠。例えば、町の形を把握しておいた方が、侵入する際に色々と役立つかもしれない。
「お姉さん。最後と言っておきながらまた質問責めするようで悪いんだけどさ。妖町の地図とかって持ってたりしないかな?」
「あ〜、そもそも地図自体がまず無ぇからな。そいつはどうしようもねぇわ」
「そっか〜……。それじゃ、お姉さん以外に町の外れに住んでる人に心当たりはないかな?」
「んや、それもねぇな。そもそもアタシは地理に詳しいってわけじゃねぇ。知ってるのは手前の身の周りのことだけさ」
「ん〜、ならしょうがないか。それじゃ今度こそ最後の質問」
ここまでお姉さんと話をしていた上で、俺は一番気になっていたことを口にした。
「お姉さんもこの世界の住民なんだよね? でもどうして人間の俺を助けてくれたの?」
「カカカッ、どうも言葉足らずだったみてぇだな。あのな弥白、確かにこの世界の妖怪は殆どが人間嫌いな奴ばっかりだ。でも全員が全員そういうわけじゃねぇ。中には人間と妖怪の区別なんてどうでもいいと思ってる奴もいるのさ」
「……そっか」
そう言い切るお姉さんは何処までも気さくで、俺を見る目はとても優しいものだった。




