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イキ過ぎた親馬鹿の愛情

「こっちじゃシロ! この場所ならば見つからんはずじゃ!」


 全力疾走で森の中を駆け回る途中、キサナが周りから身を隠しやすい草木に潜り込み、俺も後に続いて潜り込んだ。


「こっちよ! こっちから声が聞こえたわ!」


 キサナと二人並んだまま口に手を当てて息を潜めた。少しして近くに数人の妖狐達がやって来て、茂みの隙間から様子を伺う。


「おかしいわね? 確かにこっちから声が聞こえてきたんだけど……」


「キサナ様も主様もずばしっこいし、もしかしたらもう先に逃げた可能性があるんじゃないかしら?」


「ん〜……ここら辺にはいないみたいね。先に急ぐわよ皆! 絶対逃しちゃ駄目なんだから!」


「「「おぉ〜!!」」」


 目的を再確認して心を一つにし、腕を天へと掲げて誓いを立てる。そうして妖狐達は、更に森の奥へと駆けて行った。


「……行ったようじゃの」


「……みたいだね」


 他の気配に注意しながら茂みの中から這い出て、誰もいないことを確認してからその場に尻餅をついた。


「あぁ〜……そろそろ休まないと足がもたないよ。病み上がりなとこあるのに堪忍して欲しいわぁ……」


「しかも途中で猫や雪羅とはぐれてしもうたしの。我達(わらたち)はなんとか逃げられたものの、あの二人は大丈夫じゃろうか?」


「猫さんは俺達の中で一番アクロバティックな動きできるし、雪羅に至っては心配要素皆無でしょ。それに、狙いの本命は俺一人だからね。今は自分の心配だけで手一杯だよ」


「それもそうじゃの。う〜む……にしても、まさかこんな事態になるとは想定しておらんかったの。ここでの株価を上げ過ぎたのではないかシロ?」


「俺にそういうつもりはなかったんだけどね。どうしよっかなぁこの後」


 猫さんと雪羅の所在は分からないため、合流するのは難しい。でもずっとここで待機していたら、また別の追っ手がやって来る危険性がある。ここはやっぱり移動し続けるしかないか。


 やれやれ……ここに居候しに来てからハプニングに巻き込まれてばかりだったけど、まさか最後の最後までゴタゴタに巻き込まれるとは思ってなかった。


 何故こんな逃避行する羽目になってしまったのか。その発端は、ほんの数十分前の出来事が原因となっていた。




〜※〜




 いつもの朝、いつもの朝食、そしていつもの自由時間。ここに来てから数ヶ月経過し、俺はここでの生活に馴染み切っていた。


 居候という自分の立場を忘れ、前からずっとここに住んでいたという錯覚を覚えてしまうくらいに、俺は鬼と妖狐達の輪に溶け込んでいた。


 しかし、俺がここに来た理由はあくまで“居候”。俺とキサナが元々住んでいたボロ屋敷のリフォームが終わるのと、酒呑童子の親分の仕事が正常に再起動するまでの間だけ、俺達はここに住み着くという話だった。


 ちなみに酒呑童子の親分については、前の妖怪戦争にて玉さんと無事仲直りできたため、精神的な病からはすっかり回復。本来の立場へと復帰を果たし、今ではちびちびと酒を飲みながらもこの辺一帯の監視の役目を果たしているらしい。


 そのお陰もあって、この辺りに住み着いていたらしい危険な動物や妖怪は追い払われ済みとのことで、もう二度と熊風の時のようなことは起こらない安全地帯となっていた。


 つまり、後はボロ屋敷のリフォームさえ終わってしまえば、俺とキサナはあのベストプレイスへ帰ることができる。今までの俺達は、その時が訪れるのを待っている状態だった。


 そして――その時は唐突に訪れた。


「これで全員集まったみてぇだな」


 場所はいつも朝食を食べている大広間。コン子ちゃんと二人で遊んでいたところ、突然温羅兄に呼ばれてやって来たのだが、何故かここに住んでいる鬼と妖狐の全員が総集されていた。


 真面目な話でもされるのか誰一人として私語をしている人がいなくて、シーンと静まり返った空間の中で、温羅兄に呼ばれてやって来た俺に注目が集まる。ここまで目立つと正直落ち着かない。


「ねぇ温羅兄。これからどっかの組か組織に喧嘩でも売りに行くの? これから領地争いだぜ的な?」


「なわけねぇだろ。テメェ、俺達を極道か何かと勘違いでもしてるってのか?」


「実際似たようなものじゃない? 人数半端ないんだし、そんじゃそこらの組よりは余計にそれっぽく見えると思うよ」


「失礼な奴だな……まぁいい。今回なんで俺が全員を呼んだかってーと、一つ大きな報告があるからだ」


「報告? まさか温羅兄……結婚でもするの? 世界滅ぶから止めた方がいいよ」


「うん、もう黙ってろ。話進まねぇから」


 ここらで冗談はさておきとして、報告とは一体何だろうか? 全員を集めるくらいなんだから、結構深刻な話か、めでたいお祝い事か、そのどちらかだろう。


 でも話を持ってきたのがあの温羅兄だ。ろくでもない内容という可能性が一番大きいかもしれない。出だしがアレだったら、話半分に聞いて流させてもらおう。


「うし……無駄話をするつもりはねぇから単刀直入に報告させてもらうぜ」


 大広間の中心に立ち、皆の注目が俺から温羅兄へと移り変わる。


「昨日の晩のことだ。坊とキサ坊が住んでいたボロ屋敷のリフォームが終わったぜ」


 シーンと静まり返ったままの大広間。そんな中、顔色を青白くさせている人が“二人”いた。


「え……えぇ!? ちょ、ちょっと温羅! あんた今なんて言ったのよ!?」


「屋敷が……完成? リフォーム完了? 劇的なビフォーアフター済み? Why?」


 それは、我らが若女房の桜華と、妖狐組の長である玉さんだった。特に玉さんの反応は酷くて、口では表現できないキチガイな変顔になっていた。


「だから坊達のボロ屋敷が完成したっつったんだ。つまり、今日で坊達との同居生活も終わりってわけだ」


「「「えぇ〜!?」」」


 そこでようやく皆が大きな反応を示し、ざわざわと一気にざわつき始めた。ある者は酷く仰天し、ある者は感慨深く何度も頷き、ある者はわんわんと号泣していた。


 ボロ屋敷の改築が終わったことよりも、俺は温羅兄がまともな話を持ち出して来たことの方が驚きだ。というか地道にちゃんとリフォームやってたんだ。


「ほほぅ、ついに完成したのか。ここに来てから向こうの話を一切聞いてなかったからの。てっきり(わら)は忘れられていたものと思っておったぞ」


「なわけねぇだろ。毎日交代制で地道にリフォームしに行ってたっての。やるときゃやるんだよ鬼達(おれたち)は」


「それは感心じゃの。にしても、また急な話じゃの。今年いっぱいはここで過ごすことになると思っておったが……妖狐達の尻を追いかけ回る日々もこれで終わりか」


 そういえばそういうことになるのか。ここでの生活にやっと慣れて来たのに、もう皆とお別れしなくちゃいけないんだ。


「まぁ、元々そういう条件でここに居候させてもらってたんだしね。それにこのままお世話になるのもそろそろ悪いと思って来てたし、俺としては丁度良くぁっ!?」


 リフォーム完成に喜びのコメントをしていた最中、急に玉さんが駆け寄って来て頰にビンタしてきた。


 加減する余裕が無かったのか、俺の左頬が七輪の上に放置された餅みたいに膨れ上がっていた。人の頰ってこんなに膨らむものなのね。


「お、おい玉さん。ついに錯乱でもしたってのか?」


「黙らっしゃいゲス! 今のは主君――もとい弥白ちゃんが悪いのよ! だって親のお世話になるのは当然のことじゃない!」


「親って……まだ諦めてねぇのかあんたは」


 何故玉さんが急にキレたのか。どうやらそれは、温羅兄が言っていることが関係しているらしい。


 見返りを求めていたわけじゃないけど、俺はここに来て玉さん達が抱えていたあらゆる問題を解決した。全ては妖怪に対する善行のためという概念を持ち、自分のために好き好んでやったことだった。


 でも物事の捉え方というのは全員が同じことを考えるわけではない。そう思っていたのはどうやら俺だけだったようで、鬼と妖狐の皆は“自分のために”助けてくれたと受け取っていた。


 一番問題に苦しんでいた玉さんは特に俺に感謝の念を抱いているらしく、やがてその感謝の念は別のものへと変化していった。


 当初は俺を“利用できるコマ”と見ていたあの玉さんがだ。今じゃ俺のことを“我が子”と言い張るまでに俺の好感度を上昇させ、隙あらば過度なコミュニケーションを取ってくるようになっていた。


 好感度が上がるのは俺も望むところ。でも俺はその好感度を上げ過ぎていたようで、最近は四六時中玉さんから「玉さんじゃない! お母さんと呼びなさい!」と言われる始末。あまりもの執念に流石の俺も途方に暮れていたわけだ。


 ちなみに、俺はまだ一度も玉さんを「お母さん」とは呼んでいない。そのたった一言をまだ言わせていないから、玉さんはこうして意地張って怒っているんだろう。


 良い母親なんだけど……親バカ過ぎるのも困りものだなぁ。桜華の気持ちがよく分かった気がした。


「許しません、許しませんよ私は! 屋敷のリフォームが終わったことなんて関係ないわ! 弥白ちゃんのことは私がここで一生面倒見るわ!」


「無茶苦茶言ってんじゃねぇよ。坊にもキサ坊にも帰る場所があんだ。あんたの都合でこいつらを振り回すんじゃねぇよ」


「ゲスが真面目なことを言っても気持ち悪いだけよ。コン子、温羅をここから摘み出しておきなさい」


「……(こくり)」


「頷いてんじゃねぇよチビ狐! 今はゲスとか関係ねぇだろ! 俺はあくまで正論を――」


 そこで温羅兄の言葉が途切れ、コン子ちゃんの手刀の突きが温羅兄の喉を潰した。


 声を出すことができなくなったゲスは倒れ、二本の角を掴まれて外に放り出された。今回ばかりは可哀想だと思っておこう。


「ちょっとちょっと!? ゲスの言う通り無茶苦茶じゃにゃい貴女(あにゃた)!?」


 黙って見ていた猫さんも黙っていられなくなったようで、雪羅を引き連れて俺達の隣に移動して来た。


「無茶苦茶じゃないわ。これは当然のことなの。蛇口を捻れば水が出るように……油に火を注げば引火するように……そんな当たり前なことに等しく、今や私にとって弥白ちゃんは我が子も同然なのよ」


「……やっぱり頭おかしいわよこの人」


 玉さんの親馬鹿サイコパスっぷりに頭を痛くする猫さん。


 この流れは非常にまずい。この人本気で俺のことをここに踏み止まらせるつもりみたいだ。玉さんのことだから、どんな手を使ってでも俺を止めてくるだろう。


 そう……例えば、拘束とか。


 自分で思って鳥肌が立って来た。最悪の事態を免れるべく、俺は玉さんの実の娘達にヘルプの意味を込めた視線を向けた。


「「「…………(ぷいっ)」」」


 三人仲良く揃って知らんぷり。おまけにわざとらしく口笛まで吹いて、助ける気は微塵もないとアピールされた。


 それもそのはず、あの三人も俺をここに踏み止まらせる意見に賛成なんだろう。何となく分かっていたのに、期待した俺が浅はかだった。


 どうしようかと顎に手を当てて首を傾げていると、ふと鬼の一人が立ち上がって玉さんを見据えた。


「待った。悪いが俺らは反対だぜ玉さんよぉ」


「……何ですって?」


 すると今度は鬼勢全員が立ち上がり、全員反対の意思を見せた。


「あんたが主の坊主をどう思っていようが関係ねぇ。こっちの意思は皆同じだ。俺達は主の坊主を元の場所に戻すべきだと思ってるぜ」


「そう……一応理由を聞いておきましょうか」


 玉さんの目が鋭くなり、見つめるだけで精神的に押し負けてしまいそうな殺気が宿る。


 鬼達は多少恐れおののくものの、口を閉ざすことなく意見を述べた。堂々と、高らかに、自分達の想いを。


「理由なんて……その野郎が俺達のアイドル、桜華をたらし込んだからに決まってんだろーがぁ!!」


 ……百パーセント自分達の都合だった。理由が理由なだけに、俺は正直に頭を抱えた。


「ざけんなぁ!!」「死ねやぁ!!」「帰れ帰れぇ!!」と全否定の意思を見せ付ける鬼達に対し、妖狐の皆は白い目で鬼達を見つめていた。


「それに桜華だけじゃねぇ! その野郎は三姉妹全員に手を出してやがる! 九の野郎もコン子の野郎も簡単に取り込まれやがるしよぉ!? そのたらし野郎の何が良いってんだ!?」


「人聞きの悪いことを……ねぇ雪羅?」


「…………」


 ノーコメントのままジト目で見つめてくる彼女さん。無言で頭を下げると、頰を摘まれて軽いお仕置きをされた。


「別に私は取り込まれたつもりはないんだけどね〜。私の意思で白君(びゃっくん)好きになったんだし〜」


「……(こくり)」


「んなのお前らがそう思ってるだけだ! いいかよく聞け? 主の坊主の真の姿ってのはな……その甘いマスクを被り、面食いスキルを発揮して可愛い女を騙せるだけ騙し、その身体を好きなだけ恥辱してから捨てるような外道――」


「それ俺のことじゃないよね? 明らかに君達の兄貴分のことだよね?」


 うんうんと頷く妖狐勢。というか、未だ童貞の俺がそんな技術持ってるわけないという話だ。


「黙れ女怪盗め! お前どうせあれなんだろ? こっちに来てから毎晩女を部屋に呼び込んですることしてんだろ?」


「被害妄想止めてくれない? 一応俺まだ童貞だからね?」


「嘘だな! 何せ、俺はこの目で見たからな! 深夜の時間帯に妖狐屋敷にこっそり忍び込んだ時、テメェの部屋に九とコン子が入って行くところをなぁ!」


「それ添い寝しに来ただけだよ。それとダウトだね今の発言」


 余計なカミングアウトをしてしまったことにより、その鬼はコン子ちゃんの手によって温羅兄の二の舞となった。鬼は馬鹿ばかりなんだろうか?


「でもお前彼女いんだろーが! そこんところどうなんだ彼女ぉ!?」


 俺ではなく、今度は雪羅に矛先が向けられる。


 今までの俺なら痛い所を突かれたと思っているところだけど、俺は平然とした様子のまま横目使いで雪羅を見つめた。


「……確かに弥白には少しジゴロなところがあるから、たらし呼ばわりされてても正直フォローできないところがあるわ」


「ほら! おい聞いたよな皆!? 当の彼女がああ言って――」


「でもそれはもう過ぎたことだから、今はもう関係ないわ。九とコン子が来た時は私も弥白と一緒に寝てて、結局四人で仲良く寝てたしね」


「……さいですか」


 そう。俺は最近、ずっと雪羅と二人で寝るようにしていた。いや、というよりは、雪羅と二人でいる時間を多くしたと言った方が正しいだろうか。その理由は言うまでもない。


「あの……二人共? なんでその時私も呼んでくれなかったんですか? 私だけ除け者扱いだなんてあんまりです!」


「除け者にしようとは思ってなかったよ〜? でも桜ちゃん、眠りが深いからさぁ〜。起こそうとしても起きないから、仕方無く二人で行ったんだよ〜。ねぇコンたん?」


「……(フッ)」


「笑ってるじゃないですか! わざとですね? わざと私だけ除け者にしたんですね!? やっぱり姉さんは酷い姉です! 鬼畜外道のビッチです!」


「何故に私だけ? それと私は処女だってば〜。お姉ちゃんに悪口言うものじゃないよ〜桜ちゃん」


「知りませんよそんなこと! コン子ちゃんもコン子ちゃんですよ! コン子ちゃんの技量なら私を起こすなんて簡単じゃないですか!」


「……?」


「しらを切らないでください!」


 添い寝話で地味に姉妹喧嘩発生。九ちゃんとコン子ちゃんの二人が桜華に首の後ろを摘まれ、隅っこの方に連れられて行った。


「話を戻させてもらうけど、そもそも貴方達鬼勢の意見なんて聞いてないわよ。私の愛する夫以外のカスは黙ってなさい」


「ならば今度はワシに口を出させてもらおうか」


「あ、貴方!?」


 すっかり元の巨体を取り戻した鬼の長、酒呑童子の親分が名乗りを上げて立ち上がった。一番最初に口出しして欲しかったのに、なんでここまで黙ってたんだよこの人……。


「あのなぁ玉。百歩譲ってワシらに迷惑掛けるならともかくとして、ワシらにとって恩人の小僧にわがままを言うもんじゃねぇ。小僧にも小僧の都合があるんじゃ。駄々をこねてないで少しは大人になれ」


「うっ……」と弱腰は反応を見せる玉さん。やっぱりこの人を止めるのは一番近しい存在が効果てきめんらしい。


 にしても……初めて会った時と違って、随分と貫禄を取り戻したなぁ親分。ただの酒飲みニートだった駄鬼が、今じゃ立派に鬼の長の役目を果たしてる。それに九ちゃんの話だと、以前の親分よりもかなり仕事に励むようになったって話だし、この人に助け船出しといて良かったと改めて思った。


「そ……それでも私はまだ納得いかないわ! ここに永住させるのは叶わないとしても、一度だけでもお母さんと呼ばせるくらいなら別にいいわよね!?」


「それくらいならまぁ……。どうなんだ小僧?」


 玉さんの一番の望みは、俺を息子認定させる一言を言ってもらいたいようだけど……。


「ごめん親分、それも無理」


 俺は頑なに拒否した。


「一言だけでいいんじゃが、それでも駄目なのか?」


「うん。俺って家族の繋がりに関してはきっちりしてたくてさ。本当の母親はとっくの昔に亡くなってるけど、俺にとっての母親は別にいるんだよね。その人以外をお母さんと呼ぶのはちょっと……玉さんには

悪いと思うけど、絶対無理」


「ほぅ、意外と頑固じゃな小僧。だがワシは好きじゃぞその考え方」


 玉さんは“たかが一言”だと思っているかもしれないけど、俺にとってはその一言の重みというか、想いの強さが違う。


 実際は「お母さん」と呼んでいたわけじゃないけれど、俺にとって氷麗あのひとは母親も同然の存在だ。軽はずみなノリで他の人を母親呼びするのは、俺の流儀に反する。周りの人はくだらないと吐き捨てるかもしれないけど、少なくとも親分は俺の考え方を肯定してくれた。


「そういうわけだから、ごめんね玉さん。酷なこと言うけど全部諦めて」


「い……嫌よ! やっぱり納得できないわ! 誰なの弥白ちゃん!? 貴方が母親と崇めるその人物は一体誰なの!?」


「どんだけ必死にゃのよこの人……」


「それだけシロを気に入っておるのじゃろうて。わらにも何となくその気持ちが分かるしの。ほほほっ」


 ちらりと雪羅と目を合わせて確認を取ると、渋い顔をしながら首を横に振った。拒絶の理由は大体察した。


「あ~……でもそれ言ったら玉さん何するか分かったものじゃないし、何度も悪いけど黙秘権を行使します」


「そ、そんな……」


 がくりと床に両手をついて項垂れる玉さん。多少罪悪感は感じるけれど、俺にも譲れないものはある。今回ばかりは引き下がってもらおう。


 だが――俺は未だに理解し切れていなかった。この人が自分の野望を捨てて潔く諦めるような、聞き分けの良い妖怪では決してないということを。


「フフッ……フフフフフッ……」


 落ち込んだと思いきや、今度は不気味な笑い声で笑い出した。そんな妻を見ていた親分の目は引きつっていて、実際にトラウマを目撃している目と瓜二つだった。


「そうよね……そうよ……何となくこうなることは分かっていたもの……ならもう手段は選んでいられない……いっそ一思いに……」


 ゆらりとした動きで髪に隠れた片目を覗かせる。その目は明らかに俺の顔を直視していて、リアル貞子を思わせるような恐怖に満ち溢れていた。


 その時、俺は瞬時に悟った。この後自分に起こるであろう身の危険を。


 気付くと俺は、既に玉さんに背を向けていた。


「キサナ猫さん雪羅!!」


 早口に皆を呼び、俺と同じ予感を察していた三人も同時に背を向けていた。


「妖狐組全員に告ぐ!! 総動員で弥白ちゃんを捕らえなさい!! 手段は一切問わず、その他諸々は人質として同じく拘束しなさい!!」


「「「おぉ~!!」」」


 一斉に立ち上がる妖狐組。その中には三姉妹の姿もあり、いきなり絶体絶命の状況の逃亡劇の幕が開かれた。


「逃げてぇ皆!! とにかく逃げてぇ!!」


「言われにゃくても分かってるわよ!」


「なんでまたこういう羽目に……」


「気持ちは分かるが仕方のうて。難しく考えてはいかぬぞ雪羅よ」


 こうして、俺達は妖狐達の指名手配にされてしまった。




〜※〜




「……と、取り敢えず逃げることに全力を尽くしてみたものの、状況はこの有様っていうね。どうすりゃいいんだろうね俺達」


「ほとぼりが冷めるまで待つ……と言いたいところじゃが、あの長狐おさきつねは気が遠くなるような年月をかけて夫婦戦争をしていたような妖怪じゃからの。待つだけではまず何も進展せぬじゃろうな」


 キサナの言う通り、玉さんの執念深さは狂人レベルにまで達している。諦めてくれとさっき俺は言ったけど、そんな言葉一つであの人がうんと頷くわけがなかった。学習能力無いなぁ俺。


「しかも今回はあの三姉妹も敵に回っとるからの。ドジ要素のある桜華はともかくとして、九のコン子は曲者じゃ。わらとて彼奴達が何をしてくるか予測がつかぬ」


 全くだ。特にコン子ちゃんとかだったら、急に地面からひょこっと首を出して来ても不自然じゃない。九ちゃんも普段から何考えてるのか実は予測できないし、敵に回るとこれほど厄介な存在はいないと思う。


 とにかく、今の俺達には早急に打開策が必要不可欠だ。玉さんを諦めさせられる手立てはなにか無いものか……。


 向こうの目的は、第一に俺を捕らえること。そのためなら手段を選ばず、キサナ達を人質にして脅迫してくるのも止む無しと言っていた。


 ……人質?


「……キサナ。一つ案が浮かんだんだけど聞く? 内容はぶっちゃけ賭けなんだけどさ」


「賭け、とな? 他に良い案など思いつかぬし、聞かせてもらおうかの」


「なら言うけど……向こうはさ、俺を捕らえるためにキサナ達を人質に取ろうとしてるよね」


「そうじゃの。でもそれがどうしたのじゃ?」


「うん。だったらさ、俺達もそれを逆手に取ればいいんじゃないかな?」


「ふむ……つまり、逆に我達わらたちが敵側の人質を取るというわけかの?」


「そういうこと」


『目には目を歯には歯を』とはよく言ったものだ。本音を言うとあんまり使いたくなかった手段だったけど、相手が玉さんな以上はつべこべ言っていられない。


「でも誰を人質に取るのじゃ? 妖狐達では無意味じゃろうし、三姉妹に至っては人質に取ることすら難しい。一番効果的なのは酒呑童子じゃが、そんなことしたらあの親馬鹿狂人に殺められる可能性が大じゃしの……」


「ふふん、どうもキサナは人質という先入観に捉われてるみたいだね。そこはもっと視野を広げてみるんだよ」


「なぬ? どういうことじゃ?」


「つまり……人質の対象は何も“人”だけじゃないってことだよ」


「……なるほど、そういうことじゃな」


 そう、人質というのは人物だけには限らない。例えば、玉さんが大事にしている“物”を奪って人質にしても良いわけだ。誰かを人質にするよりかは、物を人質に取った方がこっちとしても気が楽だし。


 ただ……それが“賭け”の部分なんだけど。


「ふ~む……しかし口では簡単に言えるが、彼奴が大事にしている物などあるのじゃろうか? もし無ければこの策は無意味じゃろうて」


「そうだね。正直に言うと、俺も玉さんが大事にしている物の存在なんて聞いたこともないよ。でもそういう物があるんじゃないかっていう場所の目星があるんだよね」


「目星とな? 何処じゃそれは?」


「そこはね……実はここに来てからずっと俺が気になってた場所なんだよ」


 この場所に来てから、俺はありとあらゆる場所を探検して見回った。探索散歩が俺の趣味の一つということもあって、大体この辺一帯の場所は見て回ったと思ってる。


 でも、ただ一つだけ未だに探索できてない場所が一か所だけあった。その場所こそが、俺が怪しいと踏んでいる場所だ。


 その場所とは――


「玉さん達が住んでいる妖狐屋敷。そして、親分達が住んでいる鬼屋敷。でもあそこには、もう一つだけ建物があったよね?」


「……っ! あの神社のじゃな?」


「正解」とウインクして答えた。


 その通り、俺が目星をつけていたのはあの神社のことだ。立派な鳥居がそびえ立ち、俺がここに来てから誰もあそこに入ったところを見たことがない未知の領域。あの場所には間違いなく“何かがある”と踏んでいる。


 間違いなくと言い切れるのは、それだけの根拠が二つもあるからだ。


 まず一つ目は、あの神社の門の前には必ず二人の見張りが毎日立っていることだ。何も無いなら見張りなんていらないだろうし、逆に見張りがいるということは何かがあると言っているようなものだろう。


 そして二つ目は、実は一度だけ俺もその神社に入ろうとしたことがあったのだけれど、その際に見張りの人達に断られてしまったことだ。土下座してまで頼んでいたのに、見張りの人達は頑なに「駄目だ」「駄目です」と言っていた。


 以下の二点のことから察するに、あの神社には間違いなく“何かがある”というわけだ。それが何なのかは分からないけど、確認する価値は十分にある。


「確かにあそこはわらも気になっておった。良いところを目に付けるのシロ」


「こんな状況だしね。嫌でも頭は働くでしょ。で、どうする? 幸いここから屋敷まであんまり離れてないし、玉さん達も俺達はボロ屋敷の方に逃げていると思ってるだろうしさ。不意を突くなら絶好のチャンスだと思うんだけど」


「そうじゃの。うむ、分かった。わらもシロの賭けに乗るとしようかの。一人じゃ難しくとも、二人なら見張りをどうにかできるじゃろ」


「だね。それじゃ、そういうことで宜しくっ」


 パチンと爽快な音を鳴らして手を合わせ、俺達はツーマンセルのまま屋敷の方に戻って行った。





 この時、俺はまだ知る由もなかった。こんなハプニングの中で、本当に未知の領域に足を運ぶことになるなんて。

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