天下一変態妖怪コンテスト『夜の部』 前編
色々と失ったもの(主に猫さんからの信用)は大きかったが、どうにか昼の部は最上位という結果を残すことができた。
しかし勝負はまだここから。変態という性質を持った異端者は、暗闇に包まれることでよりその本能を発揮するようになる異質な存在。今から始まるこの夜の部こそ、彼らの真なる実力が曝け出される……かもしれない。
場所は例の如く、昼の部と同じ場所。人目の付かない草木の陰に隠れた場所にて、俺達は身を潜めて密会を行なっていた。
「集まったようじゃの……と言っても、随分とメンバーは減ってしまったようじゃがの」
キサナの言う通り、開始時と比べて面子が明らかに減っていた。
今ここにいるのは、司会兼審査員のキサナと、俺、尻目、狸伝膏の四人のみ。他の変態妖怪達は残念ながら、一人残らずコンテスト続行可能な状態ではなくなってしまっていた。
まぁ良い。ライバルが減るのはこっちとしてはありがたいことだ。後はこの二人を再び圧倒し、優勝を狙うのみ。なればこそ、俺も極力本能を変態化させねば。
「さて、それでは夜の部を開始――」
「お待ちなさい!」
キサナが夜の部の開会宣言をしようとしたところで、更に林の奥の茂みの中から一人の人物が現れた。
「私を置いて夜の部進行? 否っ! それは否なのです!」
その人物とは、昼の部に俺との勝負で敗退していた身の毛立ちだった。
「なんじゃ、生きとったのかお主。地味にタフな奴じゃの」
「当然です。四季を繰り返す度に何度も咲く花のように、私の美しさも完全無欠。返り咲き、逆転勝利の大番狂わせで咲き乱れてこそ、私の美を象徴するに相応しい!」
永遠の美を主張する身の毛立ちだが、その姿は包帯ぐるぐる巻きのミイラ男。美しさよりも気味の悪さの方がより際立っていた。
熊風の時の温羅兄は大体半日程度で怪我を完治していたけれど、今の身の毛立ちの状態からして、妖怪の治癒能力は個人差があるらしい。普段はゲス呼ばわりされている温羅兄だけど、流石は伝説の鬼と名称付けられているだけある。
「強気なのは大変結構なのじゃが……悪いことは言わぬ。今回は早々に立ち退くことを進めておくぞ」
「心配ご無用。私のコンディションは私自身が一番理解しているのです。さぁ、夜の宴と参ろうではありませんか」
「ま、退場は強制できるものではないからの。余裕があるなら好きにせい」
少々呆れながらこほんと咳を立てて、今一度キサナは夜の部を進行再開した。
「では、今度こそ夜の部開始といこうかの。ただ、昼と違って夜は騒がないからの。寝起きドッキリの如く、あくまで静寂に行うことを意識せい。良いの?」
了承の意味を込めて頷く一同。
夜の部の内容は俺も根から先まで何も知らない。一体どんな内容を考え出したのか、キサナのインスピレーション力に期待が高鳴ってきた。
「うむ、その意気や良し。早速夜の部の内容を説明させてもらうとしようかの。と言っても、昼の部と同様でこちらもやることはシンプルじゃ」
そう言うと、キサナは腰辺りに装着していたビデオカメラを手に取って見せびらかすように左右に振り、ニヤニヤと笑い出した。
「今回やってもらうのは……ズバリ、“静寂の変態プレイ”じゃ」
「……? どういうことだ?」
「うむ。お主らにはこれから、我が予め選んでおいた女子の部屋に侵入してもらう。そこでその女子を起こさないようにしつつ、如何様にその女子に対して変態行為ができるか。つまり、その変態行為においてよりハードなことができた者が高ポイントを獲得できるわけじゃ」
要はスニーキングミッション+変態になりきれってことか。キサナは内容をシンプルと言ったけど、これは戦略が求められる知能戦になるかもしれない。
……いや、それだけじゃない。今回は昼の部と違い、『変態行為をする』とハッキリ命令付けられている。どれだけ妖怪として恥と外聞を捨てられるのかと、遠回しに試されているわけだ。
女の子を起こさないようにする変態行為の工夫。大胆な己を曝け出すための度胸。この二つを他者より出し抜けたものが、変態の王冠を手にすることができる。
ここまで来た以上、俺はもう後戻りはできない。やってやろうじゃないか、今世紀初めてのド変態行為ってやつを!
「我が選んでおいた女子の部屋には、予め監視器具を取り付けてある。その映像をこのカメラで中継し、お主らの動向を見定めさせてもらう」
「流石に用意が良いな。仕込み中にバレていたら終わっていたことではないか?」
「ほほほっ、確かにそうじゃの。しかしお主らが危ない橋を渡っている以上、司会の我も共にリスクを伴うのは当たり前のことじゃろうて」
「フッ……貴様も大概だな」
キサナを賞賛して鼻で笑う尻目。鼻も口も無いから笑ってるのかよく分からないけど。
「ちなみに、誰がどの女子を襲うのかはくじ引きじゃ。ここに用意しとるので今すぐ引いとくれ」
右手にはビデオカメラ。そしてもう片方の手の中には、四本の割り箸がさっきから握られていた。大体察していたけど、そういう意味での割り箸だったらしい。
「私めはこれを」
「なら我はこれだ」
「フンッ……勝機は拙者に有り!」
気が立っているせいか皆の行動は早く、俺が引く前にパパッと三本全て引かれてしまった。
とは言え、誰が誰を引くのかは同じ確率。残り物には福があると言うし、ここは俺の運に身を任せよう。
大丈夫、己の可能性を信じるんだ俺。俺の幸運力ならばきっと雪羅辺りを引けるはず。
カモンッ! 愛しのマイ彼女っ!
――『茨城童子』と書いてあった。
「すいません、誰か俺のこれと取り替えてください」
「すまぬのシロ。一度決まった人選は変えられぬルールなのじゃ」
「oh……」
何故だ……何故だ運命よ!? 何故よりにもよってこんな競技で桜華を俺に当ててくるのだ!? 嫌がらせか? 俺を遊び道具にして弄んでいるのか? 運命なんて大嫌いだよ!
「どうした小僧、まさか怖気付いたのか? 死の境地を超えた戦歴のある貴様らしくもない」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……。ちなみに尻目は誰だったの?」
「つらら女だ」
許さない……。私怨で恨むとか最低だけど、俺は貴様を許さんぞ尻目よ……。
「拙者は……ミニ妖狐? 子供が相手とはやってくれる」
「私は……ほぅ、あの時の猫の娘ですか。サバゲーでのリベンジをここで果たせそうですね」
誰一人として簡単にはいかない面子だったようだ。取り敢えず、狸伝膏は百パー詰んだと言っておこう。尻目は尻目で死と隣り合わせだけど。
「うむ、全員確認できたようじゃの。ならば夜の部開始じゃ。昼の部と同様、一人一人屋敷内に侵入してもらうぞ。それとシロ以外にはこれを渡しておかねばの」
そう言ってキサナは三人それぞれに屋敷内の地図を手渡した。誰が何処にいるのかを把握させるためだ。
「さて、今回は誰から挑戦するかの?」
「昼の部と同じで良いだろう。というわけで、我から行かせてもらう」
トップバッターを名乗り出たのは昼の部同様、尻目だった。
「待って待って、尻目が先に言っちゃうとまた騒ぎを起こされる可能性あるでしょ。それだと後の人のハードルがまた上がっちゃうって。それにターゲットの女の子が起きて進行不可能になる可能性とかあるし」
「それに関しては心配ご無用じゃシロ。我の都合の良い仕込みにより、ターゲットの女子の部屋は全て完全防音になっておる。不正の対応は完璧じゃ」
「あ、そうなの? ならいいや」
流石はキサナ。“都合の良い仕組み”っていうのが凄い引っ掛かるけど、完璧な配慮だ。これで全員対等に戦える。
「では我は行くぞ。貴様らはそこで見定めているといい。この我の変態度をな」
全く格好良くない捨て台詞を残し、尻目は夜の屋敷へと姿を消した。
夜の屋敷だから全員寝静まっている……と、皆は思っているだろうけど、実はそうじゃなかったりする。
と言うのも、外部からの侵入者(主に鬼の連中)を警戒している妖狐の皆は、実は当番制で毎晩何人か屋敷内の見回りを行なっているわけだ。つまりこの勝負は、屋敷に入った瞬間から既に始まっている。果たして尻目はその包囲網を掻い潜ることができるのだろうか?
「……どうやら侵入できたようじゃの」
「え? もう?」
まだ数分しか経っていないという時に、ジッとビデオカメラを覗いていたキサナが呟いた。全員でキサナの後ろから画面を覗き込むと、確かに尻目は雪羅の部屋に侵入して来たところだった。
羨ましいステルス能力だ。スパイに向いてないと分かった俺としては是非レクチャーして欲しいところだけど、でもこういうのは自分自身の力で会得してこそ意味があるんだよなぁ。
「がっかりさせるでないぞ我がライバル。その実力、存分に見せてもらおう。まぁ、既に勝負は決しているがな!」
そうだね、決してるよ君の場合。きっと次回の冒頭部分にはもう終わってると思うよ。
「むっ、アクションを起こすようですね」
まずは雪羅がちゃんと寝ているかを確認するため、忍び足で近付いて行く。
ジッと雪羅の寝顔を確認する尻目。雪羅はぐっすりと熟睡していて、完全に無防備な姿になっていた。
……あれ? 今更思ったけど、雪羅これやばいんじゃ? 雪羅って警戒強そうに見えて眠りが深いからなぁ。滅多なことじゃ起きないだろうし、これで尻目に下手なことされでもしたら……。
沸騰するヤカンのように湧き上がってはいけない感情がふつふつと湧き上がって来た。
野郎、雪羅を少しでも汚してみやがれ。即座にぶっ殺――おっといけない、素を出すのは極力控えないと。
「……シロ。実は雪羅の部屋には防犯ブザーを仕掛けておっての。流石にヤバいと思ったら我がスイッチを押すことで鳴るようになっとるから安心せい」
「あ〜……顔に出ちゃってた俺?」
「うむ、不安半分殺意半分と言ったところじゃ」
ふ〜む……雪羅のことになると、どうにも感情がコントロールできなくなってしまう。やっぱり俺にとって特別な存在だからかなぁ。まぁ、当たり前のことと言っちゃえばそれまでなんだけど。
キサナのことを信じながらも、不安を抱きながら尻目の様子を伺い続ける。
そしてついに、尻目が本格的変態行為に移った。雪羅の顔の両側に足が添えられるように仁王立ちして、スクワットをし始めた。
「ふっ!……ふっ!……ふっ!……ふっ!……」
上に下にと身体が動き、下に下がる度に尻目の尻が雪羅の顔に付きそうになる。見てるこっちが一番ハラハラしてきた。
しばらくスクワットを続けていると、次第に尻目が汗をかき始めた。一雫の汗がいくつか雪羅の頰に落ち、自然と俺の右手に力が込もる。
「……そろそろ見てられなくなって来たんだけど。普通に気持ち悪い」
「自分で考えておいてなんじゃが、確かにこれは普通に引くの。ぶっちゃけ汗というのは求めておらん」
尻目は自分の勝利に確信を得ているようだけど、審査員のキサナの評価はこの通りだった。でも気持ち悪くない変態行為っていうのもかなり難しいと思う。そもそも変態行為という時点で既に気持ち悪い印象しか無いし。
……でも、だからこその変態行為か。これが恥と外聞を捨てるということなんだろう。そう考えると尻目は立派――なんて言えるわけ無いわ!
「ふぅ〜! ふぅ〜! ふぅ〜! ふぅ〜!」
「……何という男だ。こいつ、スクワットをしながら女の寝顔を見て興奮しているぞ」
尻目のスクワットの動きがかなり激しくなってきた。ずっと自分の真下にいる雪羅の寝顔を見続けながら、今度は身体中から汗が滲み出てきているのが見える。
更に、更に、更に更にと尻目の動きが大きくなっていく。部屋全体が揺れる恐れがあるくらい、尻目のスクワットの動きは活性化していく。
そして俺達は、“ポァ”という音を耳にした。
「「「あっ……」」」
恐らく、興奮し過ぎたことで自制ができなくなったんだろう。ここら辺で引き下がっておけばよかったのに、最後の最後で尻目は最大のミスを犯した。
尻目は“オッケルイペ”という妖怪とのハーフの妖怪。その妖怪の特徴は、ポァ、という奇怪な音の“屁”を身体の至る所から出せるというもの。
奴は今、本来出すべき部分から屁を出した。それは雪羅にとって、決定打となるものだった。
「…………臭ぁ!?」
「おごぉ!?」
顔面に屁が直撃したことにより、流石の雪羅もその刺激臭に飛び起きた。その際に雪羅の頭が尻目の股間を殴打し、尻目の身体は横に崩れた。
「何!? 一体何事!? 何なのこの臭……い……」
異常な臭さに涙目になりながら鼻を摘む雪羅。そして雪羅は、すぐ近くに倒れている尻目を視界に捉えた。
「…………」
臭いに苦しんでいた雪羅が急に静まり返る。すると、尻目が起き上がって雪羅の顔を見た瞬間、尻目は凍ったように動かなくなった。
映像の角度の影響により、今の雪羅の表情は拝めない。でもどんな顔をしているのかは、ここから見えなくとも明白だった。
「……せ、せめて遺言を――」
それが尻目の遺言。数秒後、奴はこの世の肥料と化すのであった。




