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可愛い子ほど虐めたくなる人鬼者

 ……参った。


 いやホントに参った。これ以上にないくらいに参った。


 こんなに気が動転しそうなのはいつ以来だろうか? そもそも気が動転しそうな脳じゃ思い出せるはずもない。


 今まで幾度となく妖怪に悪戯をしたり、冗談を言ったりしてきた俺。注意されたり怒られたり(主に猫さんと雪羅)されたことは何度もあった。


 だが、今回のようなケースは今まで一度もなかった。だからこそ、俺はこんなにも慌ててしまっている。


 縄で天井に縛り上げられて(さなぎ)状態になっているこの身であれど、ジッとしていられない俺がいる。いくらもがいても脱出できない俺がいるのだ。


「まさか……シロ君が(おんにゃ)の子を(にゃ)かせるようにゃ人だとは思って(にゃ)かったわ……」


 俺の部屋にて、俺を拘束した張本人の猫さんは、物凄い鋭い目付きで俺を睨んでいる。猫又のはずなのに、今の猫さんは百獣の王の面影が見える。これが覇気というやつなのだろうか。


「ち、違うんだ猫さん。まずは俺の話を聞いて欲しいんだ」


「下郎に貸す耳は(にゃ)いわよ。雪羅ちゃん、氷追加で」


「はい」


「ふぉっほぉ!? 冷たぁいの!」


 俺の横でスタンバッている雪羅が野球玉くらいの氷を生成し、その氷を小さく砕いて首のところから服の中に入れてきた。


 既に服の中には腹辺りまで氷がぎっしりと。こりゃお腹壊すの確定だ。


「お願いだから聞いてよぉ! 俺だってそれなりに酷い目に遭ってきたのに、この仕打ちはあんまりじゃない!?」


「知らにゃいわよ。そんな些細にゃことよりも、桜華ちゃんが本気で(にゃ)いて帰って来たことが重要にゃのよ」


「女を泣かせる男は女の敵。弥白は分かってくれてたと思ったんだけど……どうやら私の勘違いだったみたいで悲しいよ」


「人聞きの悪いことを! そんなこと重々承知してるし!」


「にゃら尚更許せにゃいわね。雪羅ちゃん、氷二倍増しで追加」


「はい」


「あっはぁん!? しゅんごく冷たいのぉ!」


 廃棄物処理されるかき氷のように注ぎ込まれる細かい氷。駄目だ、この二人桜華さんのことになると周りが見えなくなるタチだ。愛されてるなぁ桜華さん。


「なんじゃなんじゃ、何事じゃこれは?」


「ありゃりゃ〜、こりゃまた酷い有様だねぇ〜」


 どうしようもなく途方に暮れていると、キサナと九ちゃんが駆け付けて来てくれた。救世主登場に思わず一粒の涙がほろりと落ちた。


「わっ!?」


 急に重力が発生して下に落下した。何事かと思いきや、いつの間にか俺の背後にいたコン子ちゃんが縄を切ってくれていた。


「あ、ありがとコン子ちゃん。助かったよ」


「…………(グッ)」


 グッジョブサイン。何処ぞのダンディもどきよりもよっぽど男らしく見える。


「コラァ! 邪魔しにゃいでよ貴女達(あにゃたたち)! シロ君にはお仕置きしにゃいといけにゃいんだから!」


「そんなことより猫よ。お主はシロと絶交したんじゃなかったかの?」


「そ、それこそそんにゃことよ! 今はシロ君の罪を裁くことが最重要にゃのよ!」


「罪? 白君(びゃっくん)ついに犯罪に手を染めちゃったの?」


「“ついに”って何!? 人を犯罪者候補生みたいに言わないでくれない九ちゃん!?」


「にゃっはは〜、冗談だよ冗談。で、実際は何があったわけ?」


「弥白が桜華を泣かせたのよ」


 その言い方には語弊があるよ雪羅さんや。否定もし切れないけど。


「桜ちゃんを? 白君(びゃっくん)に限ってそんなことはないと思うけどなぁ〜?」


「ふむ……喧嘩でもしたのかシロ?」


「まさかまさか。桜華と喧嘩する理由がないよ。仮に喧嘩したとしても俺から真っ先に謝ってるところだし」


「……“桜華”?」


 雪羅に疑惑の眼差しを向けられる。さっきまでの呼び方が馴染んじゃったか。まぁ良いや、元々呼び捨てで呼びたいと思ってたし。


「まぁそうじゃろうな。桜華に甘々なお主が何かするとも思えぬ。でも何かがあったのもまた事実じゃ。教えてくれぬかの?」


「分かったよ。えっとね……」


 俺が桜華さんを探しに迷子になったところからを最初に、飲み屋での出来事を洗いざらい説明した。包み隠すことなく、どうでも良いことから瀬戸際だった出来事までの全てを。


 一通り聞き終えた皆は、各々違う反応を示していた。


「な、なぁシロよ! その絡新婦のバストは何カップだったのじゃ!? そしてどんな責め方をされたのじゃ!? なぁ!?」


「そっかそっかぁ〜、河童の中に生き残りがいたんだねぇ〜。ちゃんと後始末されてて良かった良かった。ね、コンたん」


「……(こくり)」


「お店の(おんにゃ)の子をダシにするシロ君サイテー」


「……どうせ私には色気なんてありませんよ」


「一斉に喋らないでくれないでしょうか皆様……。何時ぞやにも言った気がするけど、俺は聖徳太子じゃないんだって」


 しかも誰一人として桜華さんの話題に触れてないし。


「そうじゃぞお主ら。今はその絡新婦のエロさを解析するのが先決事項じゃ」


貴女(あにゃた)の言うことそればっかか。最もどうでも良いことでしょ」


「なんじゃと……? 本気で言っておるのか猫よ!? 絡新婦じゃぞ!? エロじゃぞ!? ドSじゃぞ!? もう滅茶苦茶にして欲しいと思うのが普通のところじゃろうて! ムラムラしてくるのが普通のことじゃろうて!」


「そもそも貴女(あにゃた)は根本から普通じゃにゃいのよエロ荒!」


「駄目じゃの猫、お主は何も理解しておらぬ。良いか? そもそも性欲とは――」


「ちょ、求めてにゃいんだけどその講義!?」


 エロスを全否定されたキサナにスイッチが入り、部屋の隅に猫さんを連れて行って座らせて、いつの間にか用意していたホワイトボードを使って授業を始め出した。取り敢えず猫さんはキサナに任せておこう。


「まぁ冗談はこのくらいにして……白君(びゃっくん)に耳たぶを甘噛みされるくらいで怒るような桜ちゃんじゃないよねぇ。……むしろ喜ぶところだろうし」


「そうなんだよ。それに俺に謝ってきた理由も分からないし……」


 ……喜ぶ? い、いや、深くは考えないでおこう。


「そもそも彼女でもない女の子の耳を甘噛みしてる時点でどうかしてると思うけど……」


 さっきから俺を見てくる雪羅のジト目が一向に変わってくれない。どういう意図でそういう反応をしているのかは何となく分かるけど、言ったら余計に怒られそうなので黙っておく。


「ま、雪ん子ちゃんのやきもちはともかくとしてさぁ〜」


「や、やきもちじゃないもん!」


「そうだもん! 私のこの気持ちはやきもちっていう言葉で表現できるような軽い気持ちじゃないもん!」


「えっ!? い、今貴女……!?」


 出た、コン子ちゃんの腹話術声帯コピー能力。やっぱり初めて見た時は驚くよねそりゃ。


「弥白ったらいつもいつも他の女の子とばっかり仲良くして! もっと私にも優しくしてくれたって良いじゃない! 贔屓してくれたって良いじゃない! だって私、弥白の彼女だもん! 一番弥白に近しい存在だもん!」


「にゃっはは〜、乙女だねぇ雪ん子ちゃん。でも望み過ぎる過度な愛情は重さを生み出し兼ねないよぉ〜?」


「喋ってるの私じゃないから! ちょ、ちょっと止めなさい貴女!」


 いつかの猫さんのようにコン子ちゃんを取り押さえようとする雪羅。しかしコン子ちゃんのアクロバティックな身体能力に翻弄されてしまい、あわあわしながら動き回ることしかできていなかった。


「弥白。私には何となく桜華が泣いてる理由が分かる気がするの。あの子って良心の塊みたいなところがあるから、酔った勢いで弥白に絡んだことで自分を責めてるんじゃないかな?」


「え? そんな理由なの?」


「弥白にとってはそんな理由でも、桜華にとっては深刻な問題なんじゃないかな? それとあの子、一人でいる時たまに思い詰めた顔をしてるところを見たことがあるのよ。色々と溜め込んでいることとかも災いしてああなってるんだと思う」


 流石は桜華さんの妹だ。ちゃんと姉のことをよく見ている。俺も桜華さんのことはよく気に掛けていたのに、そんなの気付きもしなかった。鈍感な自分が恨めしい。


「も、もう! 私の声を貴女が真似たらどっちがどっちか分からなくなるじゃない! 止めなさいその器用な高等技術!」


「……(ベロベロベ〜)」


 あっかんべーとか久しく見てなかったなぁ。あぁ可愛い……。


「むぅぅ……こうなったら最終手段で凍りつかせて――」


「騒がしいわよ貴女達。少し静かにしなさい」


 雪羅が強行手段に及ぼうとした時、襖が開かれて玉さんが姿を現した。その顔は涙でグチャグチャになっていた。


「ぷっ……騒がしいのはお母さんの顔じゃない?」


「うるさい」


 桜華さんに拒絶されてからずっと泣いてたんだろうか……。そしてその傍には、酒呑童子の親分が寄り添っていたに違いない。親馬鹿もここまで度が過ぎるとネタにしか見えなくなってくる。


「事態は深刻よ。このまま桜華を放っておけば、二度と外に出て来なくなってしまうわ。そうなったら最後、精神的に確実に死ぬわよ……私が」


「お母さんが死ぬのはともかくとして、確かにこのまま桜ちゃんを放置するのは良くないよねぇ〜」


「九? 貴女最近私の扱い酷くなってきてないかしら?」


「気のせい気のせい。神経質でいると身体に毒だよお母さん?」


 なんとなくだけど、玉さんの扱いがぞんざいなのは前からだと思う。こんな性格だし。


「主君……申し訳ないけど、喧嘩中の私ではあの子を元気付けられる自信がないの。頼ってばかりで申し訳ないけど、また貴方に頼らせてもらえないかしら……?」


「俺? でも桜華は俺のせいで落ち込んじゃったようなものだし、むしろ逆効果なんじゃ……」


「ん〜、そんなことはないと思うよ? 私も白君(びゃっくん)の言葉が一番効果あると思う」


「……何を根拠に?」


「だって桜ちゃん、白君(びゃっくん)と一緒にいる時が一番楽しそうなんだもん」


 俺といる時が楽しそう? それは光栄なことなんだけども……。


「しっくりきてない感じかしら主君? 私としては悔しいところだけど……最近のあの子は本当に明るい性格になったわ」


「え? 昔は違ったの?」


「えぇ。家事をして失敗を繰り返すごとに落ち込んで部屋に閉じこもるような、そんな繊細な子だったのよ。鬼の連中に対して怒りっぽいところは変わらずだけど」


 そうだったんだ……俺が想像してたのと全く違う人格じゃないか。


 初めて出会った時も失敗ばかりしている自分を責めていたけど、挫折するたびにまた前向きになって事に取り掛かる。ネガティヴに見えて実はポジティブ。それが桜華さんだと思っていたけど……本当は真逆だったんだ。


「毎回引きこもっては九やコン子が励ましに行ってね。それでまた何とか出て来てくれるようになるんだけど、また何かあったら引きこもる。昔はそれの繰り返しだったわ」


「でも最近はめっきりそれも無くなってたんだよねぇ〜。『駄目なのは失敗する人じゃなくて、失敗を恐れて何もしない人だってことを教えてくれた人がいるんです』って、珍しくニコニコ笑いながら言ってさぁ〜。一体誰に教えてもらったんだろうね?」


 チラチラとわざとらしく横目でこっちを見てくる九ちゃん。そういえば桜華さんと出会った時に俺が言ってた気がする。


「もう分かるよね? 今桜ちゃんが一番信頼してるのは他でもない、白君(びゃっくん)なんだよ〜」


「一番っていうのは大袈裟な気がするけど……」


 本当に信頼しているのは、今まで支えてくれていた姉妹二人だと俺は思う。たかが部外者の俺ではなく。


「でもあの子は一番信頼してる貴方に迷惑を掛けたと思っているから、また引きこもってしまったんだと思うわ。だからお願い主君。どんな言い方でも構わないから、あの子をまた以前の明るい女の子に戻してあげて」


 そして妖狐の三人は、俺に対して同時に頭を下げて来た。


 鬼の連中には酷い扱いを受けているらしい桜華さん。だけど、傍にいたのは冷たく(あし)らう人ばかりじゃなかった。


 彼女には、こんなにも愛してくれている人達がいる。きっと桜華さんにとっても、この人達はかけがえのない存在なんだろう。


 確かな家族の繋がり……か。


「……羨ましいよ……本当に」


「……白君(びゃっくん)?」


 俺にも家族はいる。血は繋がってなんてないけど、そんじゃそこらの家族よりも固い絆で結ばれていると自負してる。


 だけど欲を言うのであれば――いや、蛇足だな。叶うはずのない願いに焦がれるのは、もうとっくの昔に止めたのだから。


「……うん、分かった。その頼み、引き受けさせてもらうよ」


 むしろ断る理由なんてない。親がいて、子がいて、姉妹がいるこの人達には、皆揃って笑っていてもらわないと。それが俺にできる数少ない役割だ。


 ……でもその前に、ね。


「それじゃちょっと鬼屋敷の方に行ってくる」


「えっと……弥白? この流れでなんでそうなるの?」


 疑問符を頭の上に浮かべながら少しドン引いた反応をする雪羅。引かんでもえぇやろがい。


「実は一度も見たことなかったからさ。この目と耳で確認しに行こうと思ってね」


「……?」


 桜華さんをディスり、怪力無双として恐れを抱いてると言われている鬼の連中。その真意を追求してやろう。




〜※〜




「温羅兄〜、ちょっと良い〜?」


 鬼屋敷に突入して真っ直ぐ温羅兄の部屋へ。意外と夜に弱いのか、既に温羅兄は就寝済みだった。


 というわけで俺は、


「ほれ起きろってんだよ」


 ヤカン一杯分の熱湯を顔面に注いだ。


「グギェアァアアア!?」


 未確認生命的な奇声を上げて飛び起き、真っ赤になった顔を手で扇ぎながら辺りを飛び回る。


「はははっ、ドッキリ大成功」


「ざけんなテメェ!? こんな時間まで何考えてんだボケが!」


「あらら〜、大変ご立腹なようですね〜? そんな顔真っ赤にしちゃって〜」


「テメェが熱湯ぶっかけたからだろうが!」


「そんなことよりさ温羅兄。ちょっと頼みがあるんだけど聞いて」


「自分勝手にも程があるだろテメェ!? これだけのことをしといて謝罪の一つも無しにスルーするつもりか!?」


「細かいことを気にする男はモテないよ温羅兄。ゲスがゲスなことされても仕方無いことなんだからさ。定めだと思って割り切ろう?」


「ざっけんなっ!! 詫びの品の一つくらい用意しねぇと今回ばかりは許さねぇぞ!」


 熱湯のせいで頭に血が上ってしまったのか、珍しく俺に対して厳しい温羅兄。いつもならあーだこーだ言って自然と流してくれるのに、面倒臭い兄貴分だなぁ。


「で、そのお詫びの品って何?」


「ヘッ……んなの決まってんだろ。ほら、テメェにゃ雪ん子の彼女がいんだろ?」


「雪羅ね。で、雪羅が何?」


「そいつの入浴中の裸写真を一枚持ってこい。恋人のテメェならそれくらいの一枚二枚許してもらえんだろ? こう良い感じのアングルのエロいやつをだなぁ――」


 と言い切ったところで、俺の後ろから氷柱が一本飛んで行き、ゲス野郎の眉間に突き刺さった。


 どさりと横に倒れた瞬間に噴水のように血が噴き出す。因果応報の自業自得だ。


「人の彼女の裸写真持って来いって……流石は温羅兄。ゲスキングの異名は伊達ではないね」


「感心せずに私より先にぶん殴って欲しいところだったんだけど……?」


 不満そうな目で俺を見下し、ゴミを見るような目で温羅兄に唾を吐き捨てる雪羅。お行儀悪いですこと。


「ぼ、坊テメェ……本人いるなら先に言っとけよ……」


「ごめんごめん。でもまさか雪羅がターゲットにされると思ってなかったからさ。ちなみにそんな写真撮ろうとしたら、俺も今の温羅兄みたいにシバかれるよきっと」


「そりゃ怒るに決まってるでしょ。そういうのはちゃんと許可を取ってからで……」


「おい坊。こいつ実はビッチだろ」


 グサリともう一本眉間に追加。


「あ゛あ゛あ゛っ!?」


「御託はいいから早く話進めさせてくれない? こっちは余分な時間を割いてる余裕なんてないのよ」


「ぐぅ……何なんだよこの理不尽な仕打ちは……? で、俺に一体何の用だってんだ」


「うん。あのさ、これから大広間の方に鬼の皆を集めてくれない?」


「野郎共をだぁ? なんだってこんな時間に……」


「今すぐにでも全員に聞きたいことがあるんだよ。だから頼むよ温羅兄。仮にも皆の兄貴分なんでしょ?」


「ったくよぉ、面倒臭いったらありゃしねぇ。大広間に集めりゃ良いんだな?」


「そそっ。俺達は先に言ってるから、ちゃんと全員呼んでおいてね」


「へいへい」


 温羅兄の説得に難無く成功し、雪羅と共に鬼屋敷の大広間へと移動する。


 中に入ると当然のこと、だだっ広い真っ暗な虚空の空間が広がっていた。基本的に食事以外では使われない場所なので、誰もいないとかなりペースが広く感じる。


 それからしばらく待機していると、ちらほらと鬼の連中が大広間にやって来て、大体十分くらいで屋敷内にいる鬼全員が招集された。


「おいおい勘弁してくれよ坊のにーちゃんよぉ? こちとらお前の屋敷の建設作業で疲れてんだよ」


「こんな時間に俺ら全員集まるたぁ何事だ? しょうもねぇ内容だったら承知しねぇぞコラァ」


「もう少しで絶頂域に達していたところだったってのに、俺の夜の時間を邪魔しやがって! プライベートの侵害たぁ良い度胸じゃねぇか? あぁん?」


 各々機嫌を損ねているようで、いつも以上にガラが悪くなっていた。文句と愚痴のオンパレード。聞いてるこっちの喉が詰まりそうだ。


「はいはい静粛に。皆に集まってもらったのは他でもありません。我らが若女房、桜華についてのことです」


「「「お疲れした〜」」」


 その名を聞いて一目散に去って行こうとする。心当たりのある証拠だ。


「雪羅」


 名を呼び、何も言わずに立ち上がる雪羅。鬼達よりも先に出口の襖の方へ移動し、襖に触れて脱出経路を凍り付かせた。


「逃がさないわよ。大人しく最後まで弥白の話を聞きなさい」


「う、うっせぇ雪ん子女! 無理矢理にでも通してもら――ごはぁ!?」


 鬼の一人が雪羅に殴り掛かっていくと、逆に殴り飛ばされて帰って来た。怪力無双の父親の血もちゃんと引き継いでる雪羅の腕っ節は、そんじゃそこらの鬼よりも一枚上だ。


 ……冷静になって考えてみると、雪羅って妖怪界の実力者の指一本に入るんじゃ? 実は凄い女の子だったのかもしれない……。


 雪羅の圧巻した脅威に怯えた鬼達は、渋々とした様子でこちら側に引き返して来た。数で攻め込んでも勝ち目がないことを悟ったらしい。


 戻って来た雪羅が俺の隣に腰を下ろしたところで、再び話を再開させる。


「で、その桜華のことなんだけど……実は前々から聞いてたんだけどさ。皆ってどんな感じで桜華のことをディスっていたわけ?」


「「「…………」」」


 黙秘する鬼達。


「ん〜、なら聞き方を変えるけど……なんで桜華を虐めてんの君達?」


「「「…………」」」


 黙秘する鬼達。しかし今回ばかりはそうはいかない。


「男連中が寄ってたかって女の子一人を虐めて……大人として恥ずかしいとは思わないの貴女達?」


 ため息混じりに呆れた顔で物申す雪羅。ごもっともですな。


「……俺達だって好きでディスってるわけじゃねーよ」


 黙秘権を行使する中、ようやく鬼の一人が口を開いた。


「じゃあなんで悪口言ってるのさ」


「いや……だって……なぁ?」


 もじもじとした様子で目を逸らす鬼達。すると、横にいる雪羅が段々イライラしてきていた。


「早く口を割ってくれない? 私、うじうじする男って嫌いなのよ。張り倒したくなる」


「うわぁ……怖っ」


 ドン引きされていた。


 俺も乗っかってドン引きな演技を。そしたらコツンと頭を叩かれた。俺には甘いのね。


「本当に怖いのは私じゃなくて、桜華を精神的に追い詰めるだけ追い詰めていた貴方達の性の悪さよ。あの子が健気な女の子だってことくらい分かってるでしょ? 少しは優しくしようと思わないの?」


「う、うっせぇなぁ。素直にそれができたらこっちも苦労しねぇんだよ……」


「そうだそうだ。テメェの方こそ俺達の気持ちも知らねぇくせに、上から目線で偉そうなことベラベラ言ってんじゃねぇ」


「なんて?」


「「「……すいません」」」


 雪羅が少し威圧したところで引き下がる。それでも誇り高き鬼なのか……。


 にしても、妙な受け答えだ。俺はてっきり悪意を持って虐めていたと思っていたのに、どうもそういうわけではないっぽい。


「そろそろ答えてくれないかな? その俺達の気持ちってどういうこと? 俺が聞いてた話と噛み合わなくなってきてるんだけど……」


「……ったく、どいつもこいつも乙女かっつんだよ」


 すると、壁際によし掛かって座っていた温羅兄が立ち上がってきて、俺の前までやって来た。


「このままじゃ拉致があかねぇ。面倒臭ぇからこっからは俺が全部話すぞ」


「えっ、いや、ちょっと兄貴……」


「うっせぇ、根性無し共は黙ってろ」


 一応兄貴分なだけあって、それ以上鬼達が何かを言うことはなかった。


「率直に教えてやるよ坊。こいつらは別にあの脳筋を嫌ってるわけじゃねぇ。むしろその真逆だ」


「真逆? というと?」


「こいつら全員、あの脳筋に惚れてんだよ」


「「……はぃ?」」


 疑問符を浮かべて首を傾ける俺達。


「えっと……どういうこと? だって桜華は皆に虐められてたって……それに恐れられてもいたって言ってたけど?」


「それはあの馬鹿の勘違いだ。そもそも当時はこいつらもあの馬鹿と普通に接しててな。その頃のあいつはよく笑う奴だった。その笑顔に心を奪われたのか知らねぇが、次第にこいつらはあいつと距離を取るようになった。面と向かって話すのが恥ずかしいっつってな」


「あ〜……てことは、桜華が恐れられていた件はそういうことじゃなくて、桜華に対して羞恥心を抱いていたからってこと?」


「そういうことだ。で、まともに話すらできなくなったこいつらは、わざと憎まれ口を叩いてあいつと話す機会を強引に作ったわけだ。それがあいつにとってもこいつらにとっても逆効果になることも知らずにな」


 えっと……まとめてみると、だ。


 当時、桜華さんは皆と普通に仲が良かった。しかし時が進むに連れて、桜華さんの女の子の部分の魅力に気付いた皆は思春期の学生の如く恥じらい、桜華さんと話せなくなって距離を置くようになった。そして次に発生したのは、可愛い子ほど虐めたくなるという小学生の原理。皆は見事それにハマり、わざと憎まれ口を叩いて構ってもらうようになった。


 紐解いた結果がこれって……単なる子供話じゃんこれ。


 チラリと横を向いてみると、雪羅の握り拳が目一杯握られていて、今にも皆に殴り掛かって行きそうな感じになっていた。


 しかし実際には殴り掛からずに、ただ立ち上がって吠えるように声を張り上げた。


「馬鹿なの!? 阿保なの!? どいつもこいつも脳味噌ババロアで出来てるの!? 女々し過ぎてこちとら反吐が出るわ! 貴方達の愚行が桜華を暗くさせたせいで、あの子の性格すら暗くなっちゃってるのよ!? 本末転倒じゃないのよ! 馬鹿か!? 大馬鹿か!? わっけわかんない!!」


 若干キャラ崩壊しかけたので「どうどう雪羅」と背中を叩くと、噴火しかけた火山が落ち着いていくように座り直した。


「お、おい坊のにーちゃん。今の話本当なのか?」


「うん。気付かなかったの?」


「だ、だってよ……俺達の前じゃそんな素振り一切見せてなかったぜ?」


「ん〜……多分対抗してたんじゃないかな? 落ち込む度に心優しい姉妹に励まされて、挫けずに頑張ろうとしてたって話だし」


 そこで更に皆が励ましていれば、桜華さんも以前の自分を取り戻しただろうに。玉さんの件でも思ったけど、ここの連中って皆不器用過ぎじゃない?


「で、色々あって実は最近の桜華は前向きになってくれてたんだけどさ。更にまた色々あって、今また自室に閉じこもっちゃってるんだよね。だからお願いなんだけど、皆で今すぐ桜華を励ましに――」


 と、ここに来た目的をやっと話そうとしたところ、


「「「桜華ぁぁぁ!!」」」


 血相変えた鬼の皆は、凍り付いた襖を無理矢理ぶち壊して桜華さんの元に向かって行った。


 やれやれ……取り敢えずはこんなところかな。


「ったく……あんな脳筋の何処が良いんだか分からねぇ……」


「ちょ、ちょっと弥白。玉藻前は貴方に励まして欲しいって言ってたのに……」


「はははっ。確かにそうだけどさ……やっぱりこういう時は部外者の俺じゃなくて、身内の言葉が一番響くと思うんだよ。それに今回の場合は、桜華がああなっちゃった原因の皆が仲直りも含めて励ましに行ったんだしさ。俺よりも一番効果があると思わない?」


「……ホント、お人好しなんだから」


「同感だな。んなことばっかしてたら、いつかテメェが損すんぞ坊」


「はははっ、もしかして俺のこと嫌いになった二人共?」


 二人はお互いに目を合わせると、呆れた顔をしながら笑った。


「生憎だが、俺は気に入った奴以外を弟分にするほど心が広くねぇんだよ」


「ふふっ……忘れたの弥白? 私が貴方を好きになった理由は、そのお人好しで優しいところだって」


「…………止めぃ」


 素直に褒められて珍しく照れてしまった。そんな俺を見る二人の顔が憎たらしくて、俺もまた頰を緩ませていた。

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