飲み屋『蜘蛛の巣』のテケちゃんコツさん
温羅兄が清姫に蹂躙されるという実に愉快なものを見れたため、落ち込んでいた気分はすっかり元通り。猫さんとはまだ仲直りできてはいないけれど、優しいあの子となら必ず仲直りできるはずだと信じている。
ただ、単純な俺とは違って、桜華さんは違う。あの豆腐馬鹿共のせいで酷く落ち込んでいる様子だったし、今すぐにでも慰める必要があるだろう。
そう思い至り、釣りから帰って来た後にすぐ屋敷内を探索した。しかし何故か、鬼屋敷と狐屋敷に桜華さんの姿が何処にも見当たらなかった。
何処かに出掛けてしまったのだろうかと思いつつ、屋敷の間にある神社をまだ調べていなかったことを思い出して、今度はそこを調べて見た。
だが、それは叶わなかった。何か事情でもあるのか、神社の前には交代制でずっと見張りの誰かが立っていて、頼んでも俺を入れてくれることはなかった。
とは言え、見張りの鬼が桜華さんのことを見ていないと言っていたので、少なくともこの辺りにいないことだけは分かった。
やっぱり何処かに出掛けてしまったんだろう。でもあんな状態で何処に出掛けてしまったのか?
こういうのは気になって仕方がない。そんなお節介な性分もあって、俺はまた屋敷を離れて桜華さんを探しに出た。
そうすること数時間。気付けば空は真っ暗闇に染まり、街灯一つすらない周囲も真っ暗になってしまっていた。
それで……今更気付いた。
「……ここ何処?」
最近は学校に行くか、屋敷にいるかの二パターンだったので、日課の散歩に行くことがめっきり無くなってしまっていた。
只でさえこの辺りは、俺にとって未開の地なんだ。そんな場所をこうして巡り歩いてれば、そりゃ迷子になってもおかしくない。むしろ迷子になる確率の方が高いだろうに、どうして気付かなかったのか俺は。
四方八方何処もかしこも真っ暗なせいで、どっちが帰り道なんて分かるはずもなし。しかし進まなかったら進まなかったらでここに取り残される未来は変わらない。なのでまずは歩くことにした。
こんなことなら懐中電灯の一つでも持ってくれば良かった。俺としたことが準備不足とは不覚だ。今度から携帯用の懐中電灯を装備することにしよう。もしかしたら手遅れかもしれないけど。
「……む?」
しばらく暗闇の中を彷徨っていると、何処からか大きな水の音が聞こえて来た。これは川の音……いや、滝の音だろうか?
妙に大きな水音を頼りに、耳を澄ませながら暗闇の中をひたすら進む。
何分森の中なので、足元が悪くてしょうがない。こちとら怪我人だというのに、転んで怪我しないように気を付けねば。
難解なる道をゆっくりと進んで行くと、やがて森の中を抜けた。
「……おぉ」
思わずそんな声が出て、俺は視界に映る光景に軽く驚愕していた。
森を出た先にあったのは、予想通り滝だった。俺は滝の近くの崖の上に出たようで、壮大なる神秘的な滝を見て感銘を受けた。まさかこんな場所があるとは思いも寄らなんだ。
そして……崖の末端のところに、木造建築の小さな家があることも思いも寄らなんだ。
まさか山姥の家にまでやって来てしまったのかと思いつつ、俺は慎重にその家に歩み寄る。そして目の前まで来たところで、それは家ではないことが分かった。
大筆で達筆な字で書かれた『蜘蛛の巣』という看板。入り口には『ぼったくり中』という、大胆過ぎる暖簾が掛かっている。
どうやらここはお店らしい。でもこんな人気の無い場所に店? 絶対客なんて来ないだろうに。
……客人の対象が人間だけに限定するならば、だけど。
何となく察した。きっといつものパターンだろう、と。
中に入る前に、俺は入り口の方にこっそり耳を当てて中の様子を探って見た。
「もうどぉ〜でもいいんですよぉ! どぉ〜せ私なんて無能で使い物にならない欠陥品ですしぃ〜!? 欠陥品は廃棄物処理するべきなんッスよぉ〜!」
「…………」
聞き間違える等ということはない。今のは明らかに桜華さんの声だった。何処にいるかと思いきや、こんな場所に来ていたのか。
……にしても、
「わぁ〜たしだって頑張ってるんですよぉ!? 日々努力を惜しまずにぃ〜!? 花嫁修業的なこともあって挫けず頑張ってたんですよぉ〜! なのにこの体たらくぅ〜? もうやぁ〜てられませんよぉ〜! アハッ、アハハハハッ! アヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
随分と荒れているというか、桜華さんを声帯模写したコン子ちゃんだったり……するわけないか。コン子ちゃんは九ちゃんと狐屋敷にいるだろうし。
一体何がどうなっているのか。俺は一抹の不安を感じながら、入り口の戸をそっと開いて中に入った。
「あっ、いらっしゃいッス! 一名ッスかお客さん?」
すると、すぐさま出迎えてくれた人――もとい妖怪が現れた。
茶髪のポニーテールの上にナプキンを巻いて、腰に前掛けを付けた活発そんな印象を受ける女の子。しかしその姿は上半身だけという、客観的に見たら悲鳴物の姿だった。
確か“てけてけ”とか言ったか。足代わりに腕を使って、てけてけと音を立てて歩くことからそう名付けられた妖怪だ。俺が持ってる妖怪図鑑によれば、人間の身体を分断して上半身と下半身に分け殺してしまうという恐ろしい妖怪なんだとか。
まぁ、これも所詮は俗説。俺は目の前にいるものだけを信じるとしよう。
「一名様ならカウンター席に……って……に、ににに人間!?」
すると、まじまじと俺を見つめて来たと思いきや、てけてけは恐れを抱くように何歩か退いてしまう。
「ひぃぃ!? 姐さん大変ッス〜! 人間が! 何処からともなく人間がぁ〜!」
ついには泣き喚き出してしまい、カウンター席の方へ逃げて行ってしまった。妖怪相手に初見で逃げられるとか軽くヘコむ。まるでこっちが悍ましき妖怪になった気分だ。
「騒々しいわねテケちゃん。人間がなんだって?」
「だから人間ッスよ! に・ん・げ・ん!」
「い・ん・げ・ん? そういえば最近食べてないわね……今度買ってこようかしら。レシピが豊富なのよねあれって」
「今はそういう小ボケ求めてないッスよぉ!」
「クククッ、冗談よ」
しょんぼりとしながらカウンターの方を見ると、小粋なジョークを言いながら妖艶な笑みを浮かべるお姉さんがキセルを吸いながら立っていた。恐らくあの人が店主なのかも。
黒髪を後ろで束ねて花飾りを飾った古風の髪型。大胆に片肌を露出させた花柄の黒い着物。はっきり言って、かなりエロくて色っぽい大人なお姉さんだ。しかもまだ十分に若い。二十代後半くらいだろうか。
お色気姉さんは目を細めて、入り口の方で待ち惚けしている俺を見つめて来た。
心の奥底を見通すかのような目だ。条件反射が働いたのか、思わず背筋が伸びていた。なんというか、妙な威圧感があるなぁあの人。
「いらっしゃい、可愛い人間さん。こんな辺鄙な場所に何用で? もしかして、ついにここまで魔の手を伸ばしに来たのかしら?」
「魔の手……?」
どういう意味だろう?
「姐さん姐さん! 悪酔いして馬鹿やらかす人にいつもやってるように、あの人間もちょちょいとやっちゃってくださいッス! 先手を打たれる前に先手必勝ッスよ!」
俺に向かって遠くからシャドーボクシングをかましてくるテケちゃんとやら。その仕草が妙に可愛い。
「まぁ落ち着きなさいテケちゃん。既に“巣”は張ってあるから、いざとなったらいつでも“処置”はできるわ」
「流石姐さんッス! 伊達に歳食ってないッスね!」
「クククッ、次それ言ったらブッ飛ばすわよ?」
「…………ッス」
なんだか物騒な言葉が聞こえて来たような気がしたけど……それ以上にあの二人のやり取りが面白い。もう少し様子を見よう。
「ま、まぁ? 最初は取り乱してしまいましたが、よくよく見ればまだ子供じゃないッスか。あの程度の人間ならば、姐さんが直々に赴くまでもないッス! ここはウチに任せて欲しいッス!」
「そう、それじゃ頼んだわ。期待は一切しないけど」
「そこは期待しましょうよ!? 優秀な妹分を信じてくださいッスよ!?」
「そもそも妹分にした覚えはないわよ? 僕や奴隷ならまだしも」
「手駒扱い!? しかし挫けないのがウチの良いところ! ともかく見ててくださいッス、姐さん!」
まだ何も成し遂げていないのにドヤ顔を浮かべるテケちゃんが、再び俺の前へとやって来た。そして威勢良くビシッと指を差してきた。
「やい人間! 姐さんの大事な店を妨害しに来たと言うのなら、姐さんの左腕であるこのウチが黙ってないッスよ!」
右腕じゃないんだそこ……。
「な、なんスかその哀れみの眼差しは!? しょうがないじゃないッスか! 姐さんの右腕は既に埋まってるんスよ! だったらもう左腕を名乗るしかないじゃないッスか!」
涙ぐみながら何度も指を差してくる。
俺はその手をそっと跳ね除けた。
「人に指を差してはいけません」
「あっ、はい、すいませんス……」
しゅんとなるテケちゃん。そんな容易い左腕を見て大将本人は、口を押さえて肩を震えさせながら密かに笑っていた。
「……って、そうじゃなくて! 生意気な人間ッスね!? あまり調子に乗っていると、ウチのシザーハンズが吠えてしまいまッスよ!」
「シザーハンズ……人の髪切るの得意なの?」
「そうそう、これでも昔はとある美容院で名を挙げたカリスマ美容師。散切り頭の糞テケと言われたこのウチ……って、そうじゃない! さりげなくトラウマ穿り返してくるとは、貴方もしや外道ッスね!?」
勝手に穿り返したのは自分なのに。ギャグセン高いなぁこの子。なんか段々と楽しくなってきた。
「これはちょ〜っとお仕置きが必要みたいッスね? 出るとこ出ちゃいまッス? シザーハンズ出ちゃいまッス? 繰り出しちゃいまッス、ウチのシザーハンズ?」
カマキリのように腕を動かしてニヤニヤと笑うテケちゃん。うざ可愛い。
「シザーハンズねぇ……本当なのそれ? 人の胴体を真っ二つにできるって聞いてるけど、そんなに腕力あるの?」
「当然ッスよ! ウチのハンズに両断できないものは存在しないッス!」
「そうなんだ。じゃあ……」
俺は近くのテーブル席に置いてあった木製の椅子を運んで来て、彼女の目の前に置いた。
「じゃあ試しにこれ両断してみて」
「良いッスよ。ならとくと見るがいいッス! ウチのシザーハンズを!」
テケちゃんは高らかに笑うと、大きく両手を上げて振り被った。
そして、グキリッという音が聞こえた。
「し、四十肩がぁぁぁ……」
持病持ちだったようで、無理して上げた肩が悲鳴を上げていた。結果的に吠えたのはシザーハンズではなく、上に上がらない肩だったようだ。
「うぐぐ……まさか人間の罠にハメられるだなんて……一生の不覚ッス! もうお嫁にいけないッス! お嫁に行く条件の股はないッスけど!」
お粗末なてけてけジョークだ。しかも股って……もっと言い方があるだろうに。
「あのさ、無理して肩をあげる必要はないんじゃないかな? もっとこう、横に水平に薙ぎ払う感じでやれば良いんじゃない?」
「な、なるほど……言われてみればその通りッス。じゃあ改めてチャレンジッス!」
テケちゃんは曲げずに立ち上がり、俺の言われた通りに両腕を水平に振り被った。
「…………」
しかし、横に両腕を真横に伸ばすだけで、全然後ろに引き伸ばせていなかった。
「こ……これ以上いかないッス!?」
硬いのね、身体。
「ぐぅ……しかしここまでやって引き下がるわけにはいかないッス! このままシザーハンズ決め込んでやるッス!」
「大丈夫! 自分を信じてテケちゃん! 君なら必ず成し遂げられるよ!」
「はいッス! って、さりげなくテケちゃん呼ぶなッス!」
俺に対して目くじらを立てつつ、テケちゃんは真横に両腕を伸ばした状態から「せいやぁ!」と掛け声を上げて、シザーハンズを繰り出した。
するとあら不思議。本当に椅子が綺麗に真っ二つに切り裂かれた。垂直の綺麗な切れ目だ。
なるほど、本当に人間の胴体を真っ二つにしていたのかは定かではないけど、その手段は本当に実在していたものらしい。
「どうッスか!? 見たッスか!? ちゃんとその目で捉えていたッスか!?」
「…………」
俺はまた哀れみの眼差しを向けてやり、お姉さんに向かって手を挙げた。
「店主さん、この子が私物壊してますよ〜」
「…………あれ?」
テケちゃんが目を点にして固まる。
お姉さんは頷くと、カウンターの下の方から伝票のようなものを取り出した。
「今月のテケちゃんのお給料は無し……と」
「謀ったなぁぁぁ!?」
俺もお姉さんも腹を抱えながら口を押さえて静かに笑う。この子がどういうキャラなのかよく分かった。
馬鹿だ、この子。
「人間め人間め! ウチのお金をむしり取っていくなんて最低ッス! 外道! 畜生! 鬼!」
「鬼は私なぁんですけどぉ〜!?」
すると、ずっと大人しくしていたと思っていた桜華さんが酒瓶を手に近付いて来ると否や、テケちゃんの頭に向かって酒瓶を振り下ろした。
「ブッハァ!?」とテケちゃんは叫び、白目を剥いてうつ伏せに倒れてしまった。只でさえ怪力なのに、今のは強烈な一撃であっただろう。
「どぉ〜もぉ〜! 鬼でぇ〜す! 私が件のダメ鬼でぇ〜す! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
いつもの桜華さんは何処へやら。顔を真っ赤っかにさせて、アヘ顔になりながら酔っ払っている。相当飲んでるなこれ。明らかに我を忘れてる。
「ん〜? あれぇ〜? 主しゃまじゃないですかぁ〜。好き好き主しゃまぁ〜!」
すると今度は猫のようなふにゃけた顔になり、身を寄せてすりすりと頬擦りしてきた。普段なら興奮するところなれど、滅茶苦茶酒臭いせいで全く欲情できなかった。
「あら、その人間さんの知り合いなの茨城ちゃん?」
「そぉ〜なんですよぉ〜! この方私の愛する主しゃま〜! ぞっこんラブの主しゃまなぁんですよぉ〜! アハッ、アハハハハッ!」
ベッタベタに抱き付いてくる桜華さん。まさかこんなに酒癖が悪い人だったとは……。これはこれで可愛いんだけど、この酒臭さだけどうにかならないものか……。
「ほ、ほら、とにかく座りなよ桜華さん。下手に動き回って吐き気とか回ってきたらいけないでしょ?」
「桜華ぁ〜」
「はい?」
「桜華って呼んでくれなきゃやぁ〜だぁ〜! 桜華桜華桜華ぁ〜!!」
駄々っ子のように暴れ出した。まるで、というか、最早子供だ。
「わ、分かったよ桜華。だからとにかく座ろう? そして少し水飲もう?」
「ん〜、チューしてくれなきゃやぁ〜だぁ〜! チューチューチュー!!」
「あぁもう、我が儘言わないの。はい座る座る」
暴れる鬼姫をお姫様抱っこして、無理矢理席に座らせた。
「お酒ぇ〜! 絡新婦さんお酒おかわり〜! 熱燗さんほぉ〜ん!」
「もう駄目よ茨城ちゃん。いくらなんでも飲み過ぎよ」
よくよく見ると、桜華さんの席の前には酒瓶の山がそこら中に建築されていた。人間だったら死んでる量だよねこれ。
妖怪は基本のんべえだ。キサナもたまに酒を飲んでいた時があって、かなりの量を飲んでいたことを覚えてる。でもキサナは耐性があるようで、着物を脱ぎ捨てて真っ裸になるくらいに留めて……いや、それはそれでアウトラインか……。
ともかく、多くの妖怪は酒好きだ。だけど全員が酒に強いわけではなくて、こうして酔い潰れる妖怪もいるわけだ。酒とタバコに無縁な俺にとっては、酒の何が良いのか理解に苦しむ。酔えば分かるんだろうけど。
「むぅ〜! 絡新婦さんはけっちんぼぉ〜! 歳食ったけっちんぼぉババァですぅ〜!」
「……クククッ」
不気味に笑った瞬間、お姉さんが桜華さんの顔にグーパンを入れた。見た目によらずクレイジーな人のようで。
桜華さんは後ろから席から崩れ落ちて、目を回しながら伸びてしまっていた。酔い潰れてるとはいえ、あの桜華さんを一撃で仕留めるとは……。このお姉さん、侮れない。
「やれやれ……これで少しは静かになったかしらね」
場が静かになったところで、お姉さんは一息キセルを吸って吐く。その姿は正しく、姉御肌を携えた飲み屋の女将さんだ。かっけぇッスお姉さん。
「それで、人間さん。結局貴方は何者なのかしら? どうやら邪な人ではないようだけれど」
「えっと……俺は弥白と言います。昔から霊感が強い人間でして、今は桜華さん達と一緒に生活してるんです」
「へぇ……妖怪と日常を共にする人間……ね」
お姉さんが面白そうかつ、珍しいものを見るかのように俺を見つめてくる。
「一つ聞くけど、怖くないのかしら?」
「妖怪がですか? いやいや、俺からしたら人間の方が怖いですよ。むしろ妖怪は可愛いと思ってますし」
「クククッ……妙な偏見を持っているのね、貴方」
「そうですかね? 普通のことだと思うんですけど」
「そうね。それが本来普通のこと……だったのよね。まぁ、私はあまり気にしていないけど。こうしてのんびり飲み屋の経営しているわけだし」
“だった”……ね。妙に引っ掛かりを覚えるけど、深くは追求しないでおこう。
「飲み屋って言っても、こんな場所にお客なんてくるんですか? 立地条件悪過ぎやしませんか?」
「目立つ場所に立てたら人間に見つかる可能性があるもの。一応ここは妖怪専門店だからね」
「でもばっちり俺に見つかってますけど……」
「それは貴方が人並外れた探索能力を持っていたからよ。できたらここのことは他人に言い回らないでくれると助かるのだけれど……。私も乱暴なことはしたくないのよ」
「大丈夫です、人間の友達一人もいないので」
「……返し辛いコメントも控えてくれると助かるのだけれど」
でも事実だから仕方無い。幼少期からずっとそうだったけど、その頃はその頃で厠姉さん達がいたから気にしたことなかったけど。特にぼっちだと思ったことは一度もない。
「というか俺のことよりも、俺はお姉さんのことを聞きたいんですけど……」
「何でも聞いてちょうだい(にっこり)」
急に上機嫌な笑顔を浮かべてきた。呼称だけでそんなに嬉しいものなんだろうか。歳食いだ歳食いだと言われているけど、見た目は十分若いんだから気にしなくてもいいのに。
「まず当たり前なことを聞くけど、お姉さんもやっぱり妖怪なんですかね?」
「えぇそうよ。絡新婦って聞いたことあるかしら?」
“絡新婦”……美女の女に化けて男を誘惑する蜘蛛妖怪。相手が男限定だけれど、テケちゃんと同じで人を死に至らしめる危険な妖怪と言われている。例の如く俗説だけど。
そう言えば絡新婦って滝の近くに住んでいるっていう話があったっけ。だからこんな場所に飲み屋を作ったのかもしれない。
蜘蛛の巣……ね。本来は食物とする獲物を捕らえることに使っている罠だけど、それをお客に例えて付けた店名なのかも。シンプルな表し方ではあるけれど、上手いこと的を得た面白い表現の店だなぁ。
「お姉さんとテケちゃんの二人で経営してるんですか? 今はお客が全然いないみたいだけど、繁盛してる時とか大変じゃないですか?」
「まぁ、そうね。本当に稀に混み合う時があるけれど、あの子を馬車馬のように扱き使ってどうにか凌いでるわ。それと、働き者は他にももう一人いるわよ」
と言うと、お姉さんは裏の厨房らしき場所に向けて「コツさ〜ん」と呼び掛けた。
すると、厨房からコツ、コツ、コツという足音が聞こえてきて、俺は二人目の働き者をこの目にした。
「はいはいなんでございましょうか姐さん。ご注文入りましたかな?」
一目見た感想は至ってシンプル。全てにおいて骨々しい見た目……というか、骨そのものだった。
何も着飾っていないシンプルな骸骨人間。しかし清潔なのか、骨全体が凄い光沢で少し光り輝いていた。シャイニーボーン人間とは、これまた言い得て妙ですな。
この見てくれからして、十中八九“がしゃどくろ”に違いない。俗説では“巨大な骨妖怪”と言われてはいるけれど、俺より少し背が大きいくらいの等身大だ。やはり俗説はあくまで俗説か。
「いや、違うわ。珍しいお客が来たものだから、貴方にも見てもらおうと思って」
「珍しいお客? 一体どなたが……やや!? 人間!?」
俺を見たかと思いきや、テケちゃんと全く同じ反応をされた。人間に良くない思い出でもあるんだろうか……?
「貴方までそういう反応するのね。珍しい」
「そりゃそうですよ姐さん。だって人間ですよ? 姐さんだって昔人間に何をされたのか、聡明に覚えているでしょう?」
「生憎私は過去のことに囚われない妖怪なの。貴方もいつまでも引き摺ってないで、前だけ見て生きて行きなさい」
「流石は姐さん。伊達に歳食ってないですね」
「…………」
無言と無表情。お姉さんの背中から一瞬何かが生えたと思いきや、がしゃどくろがただの屍と化した。刹那的な速度について行けずに俺仰天。
「どいつもこいつも喧しいわね……そんなに老けて見えるかしら私?」
「むしろ俺には二十代のお姉さんにしか見えないんですけど……」
「あらそう? クククッ、人間にしては本当に珍しい子ね、坊や」
人間さんから坊やに昇格。少しは信用して貰えただろうか? とにかく、この人を年増扱いしてはいけないことだけはよく分かった。
「大丈夫コツさん? プラモデルとか組み立てたことないから上手くできるか分からないけど、それっぽくやってみるね」
「え、いや、それっぽくって、どういう風になるのか大体検討付いちゃうんですが……ちょっとお客さん? 聞いてます?」
幸い細かくバラついてはいなかったので、俺でもどうにかなりそうだ。この接着剤を駆使すれば……。
「…………はい、治ったよ。心無しか前より逞しくなったんじゃないかな?」
「……確かに逞しくなってはいるんですけど」
「むむっ? 何かご不満が?」
「不満と言いますか……一目瞭然ですよね?」
コツさんは自分の股間に向けて指を差す。より正確に言えば、股間から生えた棒状の太い骨を指差した。
「故意ですよね? わざとやってるんですよね?」
「男にとってチ◯コは欠かせないものじゃないか。所謂、象徴ってやつだよ。骨になってもそのプライドは守らないと駄目だよ」
「余計な気遣いなんですが!? 直すならちゃんと正式に直してくださいよ!」
「正式に……あっ、そっか、そうだよね。ごめんコツさん、俺としたことが間違ってたよ」
「もっと早くに気付いて欲しいんですが……とにかく頼みますよ人間さん」
「ガッテンだ」
コツさんの要望もあり、俺は再び等身大がしゃどくろの組み立て修正を行なった。
「…………これで良しっと。どう?」
「どうって……修正どころか悪化してるんですが!?」
またもや自分の股間に指を差す。より正確に言えば、棒状の太い骨の根元に取り付けた二つの金色のビー玉を指差した。
「絶対故意ですよね!? 悪ふざけでやってますよね!?」
「棒とくれば玉じゃないか。棒だけじゃ男として未完成だって、それを伝えていたんじゃないの?」
「どんな感性してるんですか貴方!? 元の位置に骨を取り付けて欲しいって言ってたんですよ! 深い意味で捉えなくて結構ですから!」
「でも棒が無かったら無かったらで困らない? おしっことかどうするのさ」
「そもそもおしっこでませんから僕! 見た目通り骨ですから!」
「そうなの? じゃあウンコも出ないの?」
「当たり前でしょう!」
「じゃあどうやって食べ物消化してるの?」
「だからっ! 骨っ! 骨ですから僕っ! 食べ物食べなくても生きていける身体なんです!」
「コツさん……生きてて楽しいそれ?」
「どういう意味ですか!? 余計なお世話ですよ!」
ゼェゼェと息を荒げるコツさん。凄まじいマシンガンツッコミだ。骨太な逞しい妖怪ですこと。
……骨だけにっつってね。
「あぁもう……何なんですかこの人間さん。こんな仕打ち初めて受けましたよ姐さん」
「良いじゃない、見ててこっちは楽しいわよ。良い酒のおつまみになるわ」
「人が息切れして疲れてるのに、他人事みたく扱わないでくださいよ!」
「だって他人だし」
「右腕! 一応貴女の右腕ですから! 姐さんが自分で言っていたことでしょう!?」
「だから言ったでしょう? 私は過去に捉われない妖怪だって」
「忘れてるだけじゃないですか! そんなんだから周りに――」
「周りに……何かしら?」
「い、いえ、やっぱり何でもないです……ハイ」
禁句ワードの危険性を身を以て知ったようで、コツさんがそれ以上愚痴をこぼすことはなかった。
逃げるように厨房の方へと去って行き、再び俺とお姉さんだけの空間が訪れる。はしゃぎ過ぎたし、ここいらでちょっと小休止を入れておこう。
「何か飲む坊や? お酒は出せないけどね」
「じゃあ青汁を一杯」
「そんな健康的なオーダー入ること危惧してなかったらメニューにないわねぇ」
「なら妥協して、お姉さんが入った風呂の残り汁で」
「それで妥協しているの? マニアックに攻め過ぎじゃない?」
「じゃあコツさんので良いです。カルシウムたっぷりそうですし」
「はいもうボケるのそこまでにしておきなさい」
「コツさん、烏龍茶宜しく〜」と話を区切られてしまった。酒の匂いにでも当てられたか、今は何だか無性にボケたい気分に駆られてるなぁ。スッゲェ気分良いわぁ。
というわけで、本当にここら辺で小休止を入れておこう。今晩は長い夜になりそうですな。




