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偽りの弟の仮面を剥がす告げ口傘 後編

「へぇ、この辺で一人暮らしをなされてるんですか。逞しい方ですね」


「そそ、そんなことは決して……お褒めの言葉光栄です……へへっ……」 


 いもしない弟の名を名乗る表兄うらにい。清姫との淡い空間の中、間違いなく無理をしながら笑っている。


 本人は自分というゲスな存在を隠し通すつもりなようだけど、その付け焼刃的な演技もいつまで続くか。もし俺が成人だったら良い酒の摘みネタになるだろうに、未成年な身体が今だけ歯痒く感じた。


「そういえば清姫さん。例の兄の件なんですが、あの様子からして随分酷いことをされたようで……。一体どんな仕打ちを受けたんですか?」


「え、えっと……実は私達、出会った瞬間から相思相愛で結ばれていたんです……。でもそのお兄さんが急に『テメェとは付き合うどころか友人になる価値もねぇ』と言って来て……。私、本気であの人を愛していたんです。あの人も私のことを本気で愛していたんです。数ヵ月も経たないうちに婚約を結ぶ仲だったんです。それなのにあの人はあの人はあの人は私を裏切って……許せない許せない許せない……あぁ妬ましや妬ましや……」


 清廉な美貌の皮が剥がれて裏の皮が再び現れる。表兄が一瞬だけ血の気を引かせていたが、すぐにイケメン顔を取り繕って額から流れる汗を手の甲で拭い取った。


「申し訳ありません、僕の兄がとんだ粗相を。何分昔からあんな性格でして、こちらも困ってるんですよ。これ以上妙なことを起こす前に、清姫さんの代わりにお灸を据えておきますね。だからもうあの人のことは忘れておいてください」


「えぇ……そうします……フフフッ……」


 獲物を狙う狩人のような目付きで表兄を見つめる清姫。今度は絶対に逃がさない、といった目だ。


 傍観者の俺ですら鳥肌が立っているのに、至近距離で佇む表兄は何一つ物怖じしない。度胸だけはあるんだよねあの人。


 兄のことは全て弟に任せておけと言っておき、温羅兄という存在に怒りの矛先を向ける気にすらならないくらい、眼中から外すようにさりげなく説得する。


 単なる一時凌ぎかと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。この最悪の機会を上手いこと利用して、過去の出来事を抹消するつもりだ。


 でも、温羅兄は温羅兄で桜華さんと同じく、不幸体質的な特徴がよく見られる。大体は自業自得の結果だから同情の余地無しだけど、果たしてそう上手くいくのだろうか?


 ……そう言えば今更気付いたけど、さっき清姫が俺達の方に偶然近づいて来ていた際に、俺は二つの霊感を察知していた。なのに今俺達の前にいるのは、表兄と清姫の二人だけ。もう一人いるはずなのに、一体どういうことなんだろう?


「でもですね清姫さん。貴女が見て知らないだけで、あんな非道な兄にも良いところは沢山あるんですよ。いや、むしろ良いところの方が多いです」


「そうなんですか……? 全く、微塵も、毛程も、興味無いですけど……」


(んだとこの野郎……)


「え?」


「いえ、なんでもないですよ。はははっ」


 今明らかに素が出てたなぁ。眼中から外して欲しいという願望が一番なんだろうけど、男としての魅力に見向きもされないことにも腹が立つようだ。面倒臭い性格してるなぁ。


 どれだけ顔が良かったとしても、温羅兄の場合は性格がクソだから何も意味がない。いい加減そのことに気付いて、過酷な現実から目を背けることを止めて欲しい。


「例えばですね、まず顔が格好良いです。それに弟想いなところがあります。それに色々と気が利いているところとありますし、それから料理や家事スキルが高いです。それと、都会に行けば芸能界にスカウトされるであろうオーラを漂わせていて――」


「あーやだやだ。薄汚い自分を取り繕って必死にアピールするゲスな男。見て聞いてるだけで胃がムカムカしてきますわー」


「……あん?」


 姿があるのは表兄と清姫だけ。そのはずが、二人の方から聞き覚えのない少年のような声が聞こえてきた。


 一体何処から? と疑問を抱いて首を傾げたが、その答えはすぐ近くにあった。


「いつまでそやってウチの姫様を(たぶら)かすつもりやねん? 止めてくんない? 只でさえウチの姫様は情緒不安定なのに、これ以上精神的な中身を揺さぶんの止めてくんないッスかね?」


 表兄が手に持っている傘。ずっと黙っていたから分からなかったけど、急に喋り出したところでようやく気付くことができた。


 一つ目にペロリと舌を出した茶目っ気のある傘妖怪。もう一人の霊感の正体は、あの“からかさ小僧”だったわけだ。またメジャーな妖怪をお目にしたものだ。


 というか、あの傘の加入で一気に空気感が変わった。ここまでは順調だったのに、今現在の天候のように雰囲気が少し曇り始めたように感じた。


「こら、貴方は黙っていなさいカラちゃん。表様になんて無礼なことを言うのよ」


「いやいや姫様、お気を確かにしてくんない? さっきから黙って聞いていたけど、姫様この甲斐性無しに騙されてんよ。こんな安っぽい演技に騙されちゃいかんてばー」


「……演技?」


 チラリと表兄の顔を覗く清姫。一瞬だけだったが、表兄の表情が強張ったように見えた。


 からかさ小僧なる告げ口小僧は、温羅兄という正体にもう気付いているご様子。まさかの乱入者にきっと温羅兄は内心汗がダラダラだろう。


「ぷぷぷっ……これは分からなくなってきたねぇ〜。ほらほら、役者顔負けの演技見せてみなよ温羅〜」


 九ちゃんが実に楽しそうに笑っている。温羅兄の瀬戸際なご様子を見物するのがお好きなようで、とても良い性格をしているようだ。


 無論、皮肉で言ってるわけじゃない。だって実際、温羅兄の不幸な姿は笑い物だもの。


「表様……?」


「い、いやだなぁからかさ小僧君。君は一体何を言っているんだい? 僕は正真正銘の鬼であり、あの有名な妖怪・温羅の実の弟の――」


「だからそれ嘘やん。ぶっちゃけさ、姫様に半殺されたくなくて今だけそやって取り繕ってんでしょ? 醜い醜い、アンタかなーり醜いよ。醜過ぎて見にくいわーつってね」


「ぶくっ……」とこっちが思わず吹き出しそうになった。そういうくだらないネタを俺に聞かせたら駄目だって。下手すりゃどツボにハマるから。


「分かる、分かるよ? 姫様は吹っ切れると何するか分からないし。オイラだって過去に一度だけ見惚れられたことがあって、『無機物だから生き物と付き合うの無理』って言ったら解体され掛けたしー。実際酷い話なんだよねーこれ」


 そんなフラれ方をした人って他に存在するんだろうか? というか、からかさ小僧ですら許容範囲内って……。男と認識できる人ならもう誰でも良いんじゃないあの人?


「う〜ん……前々から思っていたことだけど、あんまりよくない傾向にあるんだよなぁ清姫」


「あっ、それお姉ちゃんも思ったよ〜。やっぱ男は中身が良くないとねぇ〜。勿論見た目も格好良い方が良いけど」


「そうそう。相手とお付き合いしようと思うなら、まず相手の中身を見定めないと駄目だよね。見た目だけで惚れ込むのは無謀だよ、無謀。そのまま結婚しても離婚するのは目に見えてるね」


「そうだねぇ〜……。お姉ちゃんも気を付けて相手を選ばないと。ま、でも私は家族の皆が居てくれれば良っかな〜。白君(びゃっくん)が居てくれたら倍良いけど」


 そう言いながらすりすりと俺の頰に頬擦りをしてくる。ぷにぷにした柔っこい感触が心地良い。


「……(ぷにぷに)」


 もう片側から、コン子ちゃんが頰を突っついてきた。この子なりのコミュニケーションのつもりだろうか。はははっ、両手に花の状態で温羅兄の不幸を見るの堪らないッスわぁ〜。


 ……大概だな、俺の性格も。


「過去のことで愚痴るなんて、あまり良い行いとは思えないわよカラちゃん」


「え……それ姫様が言っちゃう? 説得力の欠片もなくね?」


 すると、急に清姫が表兄の手から傘を奪うと否や――


「ビギェッ!?」


 柄を力強く握り締めて、その辺の木に向かって思い切り叩き付けた。


「自分のことを棚に上げるんじゃないわよ……あぁ妬ましい……恋する必要がない貴方が妬ましい……」


「いや……先に自分のことを棚に上げたの姫様の方でビギェッ!?」


 破裂音がするほどの威力でもう一発。無慈悲で理不尽だ。


「うるさいわね……表様の前なんだから、貴方はただ私達の雨除けになっていれば良いのよ。これ以上何か言うものなら、骨も残さず廃棄処理するわよ……」


「それだけは堪忍て! でもオイラも暇なんよ! もう妙なことは言わないから、せめて会話にだけは混ぜさせて!」


「……次はないわよ」


 一命を取り留めたっぽいカラちゃん。あのヤンデレの所有物だなんて、あの人はあの人で不幸な境遇だなぁ。不幸トリオご苦労様です本当に。


「……ねぇ表さん。そういやいっこ聞きたい話があるねんけど、聞いても?」


 一つ目を薄目にさせて表兄を見つめるカラちゃん。あの目からして、どうやらまだ諦め切れていないらしい。むしろ絶対正体を暴いてやる、というような意思が見て取れた。


 表兄はホッとした様子を見せた後、余裕の良い笑みを浮かべて受け答える。


「何かな? 僕でよければ何でも答えるけど」


「なら色々と遠慮なく……。アンタの兄やんは、甲斐性無しでモテない男で駄目んズで外道畜生で自分勝手で臭くて汚くてヘドロみたいな見た目で動く十八禁で馬鹿で阿呆でクズで間抜けで腑抜けで腰抜けでどうしようもないゲス野郎だと姫様から聞いてるんですが、それで本当に良いところの方が多いんですかねぇ?」


「んだとテメェこの野郎!? 黙ってりゃ調子こきやがってクソ無機物が!」


「……え?」


 罵詈雑言のオンパレードというタチの悪い挑発により、いとも容易く表兄の薄皮が引き剥がされた。単純だ。あまりにも単純馬鹿過ぎて飽きれてくる。


 突然の変貌に清姫が疑惑の眼差しを浮かべた。温羅兄は「うぐっ……」と声を詰まらせて、再び表兄の仮面を被った。


「表様……今のは……」


「はっ、ははっ、はははっ……い、嫌だなぁ清姫さん。今のはほんの冗談みたいなものです。久し振りに兄さんの物真似をしてみたんですが、どうでしたか?」


「あ、あぁ、物真似だったんですね。はい、とても似ていました。本当にあの人と兄弟なんですね」


「いやぁ、本当に本人みたいな反応でしたねー? そもそもひょっとしてアンタ自身が兄やんだったりするんじゃなーい?」


「まさかまさか。僕は正真正銘の表という鬼ですよ」


 表兄のこめかみに血管が浮き出ているのが見える。もうこの段階で限界近くなってるし。俺には結構な頻度で煽られてるくせに、他人に煽られたらああも弱いのかい。


 仮にも俺の兄貴分なんだし、たまには格好良いところを見せて欲しいなぁ。いや、面白いところ、と言った方がいいか。どちらにせよ、ここが正念場だよ温羅兄。


「気を付けた方が身の為でっせー? 下手すりゃ姫様の餌食になるの目に見えてるしー?」


「はははっ、僕にも鉈が振るわれるのは勘弁願いたいな」


「そ、そんな! 表様にそんなことするわけが――」


「ちょっと待った姫様。表さん表さん、今の台詞もう一度言ってくれませんかねー?」


「……? 僕にも鉈が振るわれるのは勘弁願いたいな……?」


 すると、カラちゃんが凄く悪い笑みを浮かべて、レロレロとご機嫌な様子で舌を出した。


「表さーん。今のはちょーーーっとおかしくなーい? なんで姫様が鉈を隠し持っていることをご存知なんでっかねー?」


「っ……そ、それは……」


 再び言葉を詰まらせる表兄。


 確かに、先程清姫は温羅との詳細を話してはいたけど、鉈を使ったことなんて一度も言ってはいなかった。しかも表兄は、温羅兄と清姫の間で何があったのか知らない設定だった。だからこそ、表兄は清姫にその時のことを聞いていた。


 カラちゃんの絶妙な話術により、自分から地雷を踏みに行ってしまった。これはまずいのでは?


「……表様?」


 表兄を見る清姫の目が段々と変わって来ている。疑惑の眼差しから、相手を妬んでいる眼差しへと。


 表兄は笑顔を取り繕うも、内側で流していたであろう汗をついに外側に現し出した。


「いや……えっと……そ、そう! そういえば今更思い出しました! 以前に兄さんから一度だけ聞いていたんです! 清姫さんから鉈で滅多斬りにされて酷い目に遭ったって!」


「……表様。清があの人を滅多斬りに使ったのは鉈ではなく、二本の鉾なのだけれど……」


「…………」


 喋れば喋るほどどツボにハマり、相手のペースに呑まれて墓穴を掘る。尋問などでもよく使われる手口だ。


 つまり……奴は、詰んだ。


「っ!!」


 誤魔化しきれなくなった温羅兄は身体を百八十度回転し、疾風の如く清姫達の元から逃げ出した。


「……嘘……だったのね……今度は清の恋心を弄んで……憎い憎い憎い!! 奴の全てが憎たらしいぃぃぃ!!」


『妬ましい』から『憎い』というワードに変化。清姫は天を仰いで大口開けて雄叫びを上げ、何かに変身しそうな覇気を身体に纏った。


 ドス黒いオーラ。剥き出しになった何十本もの犬歯。四次元ポケットな袖の中から取り出された血塗れの二本の鉾。その姿はさながら、猛獣と化した死神のようだ。


「いけいけ姫様ゴーゴーゴー! 醜い鬼をやっつけろー!」


「キシャァァァ!!」


 カラちゃんが煽るような応援をした途端、清姫が右手の鉾を一薙ぎに振り払った。


 近くでフワフワと宙に浮かんでいたカラちゃんは、悲鳴を上げる暇もないまま真横に両断された。完全に暴走してらぁ。


「ギャァァァグァウァゥアァァァ!!」


 まるで恐竜の遠吠えのような奇声を上げて、清姫はライフルの銃弾のような速さで温羅兄の後を追って行った。


「ギャァァァ……」


 数秒後。何時ぞやに聞いた温羅兄の断末魔が聞こえて来た。グロテスクな音が聞こえないのが俺達にとって救いだった。


 三人で温羅兄が消えて行った方向をジッと見つめていると、気付けば雨が上がっていた。どうやら勢いからして、通り雨のゲリラ豪雨だったようだ。


「弥白〜!」


 綺麗な虹が架かった青空を眺めていると、屋敷の方角から数本傘を携えた雪羅が走って来ているのが見えた。


 すぐ近くまで駆けてやって来ると、息を切らして膝を抱えた。ずっと走って来ていたんだろうか。


「ふぅ……弥白が皆と外に出て行くのが見えて、しばらくしたら急に雨が降って来たから急いで来たんだけど……取り越し苦労だったね」


「…………」


 俺は無言と無表情のまま、そっと雪羅の頭を撫でた。


「や、弥白? どうしたの急に……?」


「いや……誰かと違って、俺は良い女の子に惚れてもらえたなぁって思ってさ……」


「え、えぇ? 急にそんな恥ずかしいこと言われても……でもありがと。ふふっ……」


 メンヘラ呼ばわりされて落ち込んでいたけど、今の言葉で少しは機嫌を取り戻してくれただろうか。だとしたら何よりだ。


 ……どうやら、俺はメンヘラやヤンデレといった者達の認識を改めるべきなのかもしれない。


 雪羅のおっかないところなんてまだ可愛い方だ。真の病み女というのは、奈落の底だろうと何処までもついて来て、男の寝首を狩り取りに来る。さっきの温羅兄と清姫のように。


「……(ちょんちょん)」


「ん? 何コン子ちゃん?」


「……妬ましやぁ」


「その声真似だけは止めて!!」


 今後一切、清姫の声帯模写は固く禁じた。夢に出そうだったから。

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