石は何でも知っている
休日。特にこれといってやることもなく、やりたいことも見つからないため、ボロ屋敷近くの周囲を徘徊していた。
すると、ボロ屋敷の裏の方に倉庫のような蔵を見つけた。一度屋敷の方に戻ってキサナに聞いてみると、何十、何百、何千という年月を過ぎた物が滅茶苦茶にしまっていて、物置場と化した蔵らしい。
きっと中を探れば物凄いお宝が出てくるかもしれない。面白そうだと思った俺は、掃除も兼ねて蔵の中を整理している最中であった。
「にゃんか物音がすると思ったら、にゃにしてるのよシロ君?」
一人でデカい物をせっせと運んでいたところ、林の方から猫又の猫さんが顔を出してきた。
キサナ曰く、最近の猫さんはボロ屋敷に来る回数が多くなっているらしい。恐らく俺が来たことが影響しているんだろうとキサナは言っていたが、もしそれが本当なら嬉しいものだ。
「どもども猫さん。何か用かい?」
「……にゃ、にゃによ。用が無いと来ちゃ駄目だって言うの?」
「んや、そんなことないよ。ちなみに俺は蔵の整理の最中なんだよね。暇で暇でしょうがないからさ」
「ふーん……物好きにゃのねシロ君」
最近猫さんと会う機会が多くなったからか、猫さんは俺のことをシロ君と呼ぶようになっていた。名前を呼ばれることは即ち、少しは親密な関係になれてきているということ。そう考えるだけで口元が緩むこと緩むこと。
「今度はにゃに一人で笑ってるのよ。気味悪いわね……」
「まぁまぁそんな辛辣なこと言わずに。暗い顔してるよりはまだマシでしょ?」
「まぁそう言われればそうだけど。それで、蔵の方は綺麗ににゃりそうにゃの?」
「ん〜、それなんだけど、想像以上に中がゴミ屋敷状態になっててさ。これじゃ丸一日掛けても半分も終わらないかな。だから取り敢えずは大きい物ばっか運んでる感じ」
「大きい物……よくこんにゃの一人で運べるわね」
その辺に置いてあるボロ箪笥にペタペタと触れる猫さん。腕の力は他の部位と比べて極端に鍛えてあるので、大抵の物は一人で運び出せていたのだ。
とは言え、普通に体力は消耗するから疲れは出てくる。既にいくつか出し終えた状態のため、息切れ寸前なくらいにまで疲れていた。
「この蔵って昔からあるけど、中まで見たことはにゃかったわ。にしても、この時点で色んにゃ物があるわね」
今度は周りに置いてある物に興味を示し始めた。良いタイミングなので俺も一旦手を止めて、近くの棚に背を預けて腰を下ろした。
「あっ、これにゃんかまだ使えそうじゃにゃい? 確か湯のみ茶碗の数があんまり足りてにゃいのよね?」
そう言いながら差し出してきた湯のみ茶碗は、確かにヒビ一つ入っておらず、洗えばまだ使えそうなものだった。
「ホントだ。でもよくそんなこと知ってたね? もしかして気に掛けててくれたの?」
「べ、別にそういうのじゃにゃいわよ。たまたまよ、たまたま」
「たまたま? どうしたんだ猫さん、急に下ネタなんか言い出して。もしかして欲求不満とか?」
「にゃんでそういう風に結び付くのよ!? 絶対分かってて言ってるでしょそれ!」
「ごめんごめん。猫さんって毎度のこと可愛い反応してくれるから、ついついからかいたくなっちゃうんだよね。ほら、可愛い子ほど虐めたくなるってよく言うでしょ?」
「べべ、別に可愛くにゃんてにゃいわよ! そういう軽口叩いてるとタラシと思われるわよ!」
「別に軽口じゃないよ。過去に女の子に対して可愛いと言っていた子なんて、たった一人しかいないし。だから猫さんは本当に可愛いんだよ!」
「うむ、その通りじゃの」
「にゃぁぁ!?」
何処からか突如、キサナの声が聞こえてきたと思いきや、猫さんが背凭れにしていた箪笥の一番下が開き、ニョキッとキサナが顔を出してきた。これぞ妖怪イリュージョン。
「いつの間に中に入ってたのよ!? びっくりしたじゃにゃい!」
「ほほほっ、まさにそのビビり顔を見たくての。シロが蔵の中に入っているのを見計らって、こっそり中でスタンバってたのじゃ。でもこれでこの箪笥の近くに来てくれてなかったら、と思ってしまっての。密かに涙目になっておった」
「馬鹿じゃにゃいの!? 人を驚かせるのに全力注ぎにゃのよキサは!」
「でも結果オーライだし、我は満足じゃよ。ほほほっ」
目的の達成にころころと笑うキサナ。このドッキリ魂、ビバ天晴なり。
「ところでシロよ。お主が蔵から物を出している最中に、実は面白い物を発見しておいたのじゃ。興味あるかの?」
「はははっ、当然じゃないですか。キサナのスレンダーなスリーサイズくらい興味あるよ」
「ほほほっ、そうかそうか。ちなみに我は上から――」
「言わんでいいエロ荒!」
もう少しのところで猫さんに口を抑えられてしまった。こっちは冗談で言ってたんだけどね……八割ほど。
「で、その面白い物ってにゃによ?」
「なんじゃ? 我はシロのために見付けたのじゃが、実は猫も見たいと申すのか? ん? ん?」
「べ、別に私はそこまで興味にゃいわよ……」
「そうかそうか。ほれシロ、ちょっと近うよれ」
「あいよ〜」
ニヤニヤと笑うキサナの横に移動し、わざと猫さんに背を向けるように肩を並べる。
「うぅ〜……」
本当は興味あるのに、変に強がってしまうからこうしてキサナにからかわれてしまう。可愛い顔がまた見れたし、冗談抜きにして優しくしてあげよう。
「ほら、猫さんも来なってば。キサナの冗談を本気にしたら駄目だって」
「い、いいわよ別に……どうせ私には見せたくにゃいんでしょ……」
仕方無い構ってちゃんがいじけてしまい、呼んでもこちらに来ずに背を向けてしゃがんでしまう。
駄目だなぁ、俺に対してそんな不用意に背中向けちゃ。どんな悪戯仕掛けるか分かりませんよ俺?
……流石に何もしないけど。
「ほら、行こって猫さん」
「にゃっ!?」
傍に寄って手を繋ぎ、再びキサナの元に戻って来る。こういうスキンシップにも慣れていないのか、猫さんの顔は真っ赤になってあわあわしているようだった。
「やれやれ、あまり時間を掛けるでない猫。時は待ってはくれんのじゃからの。ほほほっ」
「キサが嫌にゃこと言うからよ! 謝れ! 私に謝れ!」
「ほほほっ、ちなみにいつまで手を握ってるつもりなのじゃ?」
「にゃっ!? そ、そうよ! もう放しにゃさいよ変態!」
少々乱暴に手を振り払われてしまった。やはり不用意なボディタッチするのは駄目らしい。手の感触柔っこくて病み付きになりそうだったんだけどなぁ。
「それで、キサナが用意した面白い物って?」
「うむ、これじゃ」
そう言ってキサナが俺達に見せ付けてきたのは、漬物石くらいの大きさの丸い石だった。
「……また馬鹿にしてるのかしら?」
軽く殺意が湧いたのか、猫さんの目が少し怖くなる。
「まぁ聞け猫よ。これはただの石っころではない。これは“囀り石”という妖怪憑きの石なのじゃ」
「囀り石?」
聞いたことがある。確か喋り石とも言って、その名の通り言葉を話すことができる石で、その昔に石の神として祀られた石……みたいな感じだったっけ。
でもおかしいな? 聞いた話だと囀り石は、四メートルはある巨大な石だと言われてたはず。でもこれはどう見てもそこまでの大きさじゃないし、むしろお手頃サイズと言える。
「キサナ、これって本当に本物? 聞いた話と全然大きさが違うんだけど……」
「うむ、これは正真正銘本物じゃよ。お主が知っているそれは、恐らく俗説じゃの。妖怪が記された歴史は信憑性の欠片も無いものが多いからの。誤認していてもおかしくはないじゃろ」
「そうなんだ。それはまたなんと言いますか……むぅ、悔しいなぁ」
「ほほほっ、まぁ良いではないか。こうして本物を拝むことができたのじゃからの」
それもそうだと納得する。
「でもこれってただ喋るだけにゃんでしょ? にゃら別に大したことにゃいんじゃにゃい?」
「いや、それは違うよ猫さん。ただそれだけの特徴でしかない物だったとしたら、キサナがチョイスしたとは考え難いよ。きっとまだ重要な特徴があるんだと思う」
「流石はシロじゃの。その通り、これはただ喋る石というわけではない。まぁ、まずは見ておれ」
キサナは目を瞑ると、囀り石の表面を優しく撫で始めた。
「……おっ?」
そうして暫く撫でていると、かたかたと突然石が振動し始めた。次第に振動は強くなっていき、やがてピタリと止まると否や、ニョキッとキノコが生えるように小さな手足が生えた。
「おいッス。おいどん囀り石ッス。貴女の知りたいことに答えちゃいますよ、言っちゃいますよ、暴露しちゃいますよ」
くねくねと手足を動かして妙な踊りを踊る囀り石。人間の俺からしたら物凄くシュールな絵だ。
「にゃんかウザいわねこれ。全てにおいて」
「はははっ、歯に衣着せないね猫さん」
気持ちは分かるけど、ここは我慢してもらおう。俺はもう現時点でワクワクしてきちゃったし。さて、一体何を暴露するのかな?
「イッシッシッ! 今日の猫又のパンツの色は……白!」
「んにゃぁ!?」
何を言うんだろうと思いきや、これはまた意味ありげな言葉を発した。もし今の発言が当たっていたとしたら……。
「そうなの猫さん? 白なの?」
「い、言うわけにゃいでしょ!? 馬鹿じゃにゃいの!? この石も誤解を招くようにゃこと言うんじゃにゃいわよ!」
「フッフッフッ……それは嘘じゃの猫。今日のお主のパンツの色は間違いなく白のはずじゃ。我の目は誤魔化せんぞ〜?」
キサナは一旦囀り石を置き、お得意のやらしい手の指の動きを見せ付けながら、じりじりと猫さんの方へと近付いていく。
「ちょ、ちょっと! 止めにゃさいよ! それ以上近付いてこにゃ――にゃっ!?」
後ろを見ずに後ずさったことが災いしてしまったようで、後ずさった先に置いてあった小物にぶつかってバランスを崩してしまい、どさりと猫さんが派手に転んでしまった。
…………ほぅ。
「いたたたっ……もう! にゃにするのよ!」
「お主が勝手に転んだんじゃろうて。それとやはり、白だったようじゃの」
「へ?……にゃ、にゃぁぁぁ!?」
転んだ際に思い切り裾が捲れてしまい、バッチリ白パンツが丸見えになってしまっていた。もしや狙ってたり……するわけないよね。猫さん初心だし。
慌ててすぐに起き上がり、捲れていた裾を握る。そしてキサナではなく、先に俺の方を睨んできた。
「……み、見たの?」
答えずに下手くそな口笛を吹く俺。
「にゃぁぁぁ!! 馬鹿! 変態! エッチ! スケベ!」
散々な言われ様に加えてポカポカと殴られる。無論、俺は何も抵抗せずに堂々と立ち尽した。
「恥じることはないよ猫さん。仮に猫又が猫柄のパンツを履いていたとしても、それはアイデンティティーの一つになるのだから。故に、むしろ開き直って誇るべきだよ!」
「開き直るってにゃによ!? それって恥ずかしさ余りにヤケクソににゃってるだけじゃにゃいのよ!」
「良いじゃん、可愛いじゃん猫柄のパンツ。実は俺も猫柄のパンツ履いてるし、むしろ俺は猫さんとお揃いのパンツを履けている事実が知れて嬉しいよ!」
「そんにゃカミングアウト求めてにゃいわよ!」
「ひゃーひゃひゃひゃっ!! シロはまことプリティじゃの〜!」
猫さんはそう言うが、キサナは地面に倒れて腹を抱えながら爆笑していた。これが猫柄パンツの威力ってやつか……凄いな。
「というか、にゃんにゃのよその気持ち悪い石は!? にゃんで私のパンツの色を知ってるのよ!?」
確かにそれは俺も気になる。何となく想像付くけど、もしその予想が当たっていたとしたら、あの石は相当面白いアイテムとなるだろう。
笑い終えたキサナが石の元へと戻り、ひょいっと囀り石を手に取った。
「これはの、実際にこの囀り石を持っている者が頭の中で念じることで、知りたいことを何でも教えてくれるのじゃよ。例えば今さっき我は、猫のパンツの色が知りたいと念じた。だから囀り石が起動し、教えてくれたというわけじゃ」
やっぱり俺の思った通りだった。こんな身近にこんな凄い物があったとは思わなんだ。
「凄いねこれ! これあれば辞書や電卓いらないじゃん!」
「チョイスが地味っ! もっと他ににゃにかにゃいの!?」
「他? そうだなぁ……俺の寿命が知れたりとか?」
「今度はネガティヴ!? 聞きたくにゃいわよそんにゃ悲しいこと!」
「悲しい? 猫さん俺が死んだら悲しんでくれるの?」
「え? そ、それはその……って、こんにゃ暗い話題を持ち掛けにゃいでよ馬鹿!」
ぽこんと拳骨を叩かれた。やっぱり優しいなぁ猫さん。自然と胸の中がほっこりするわぁ。
「ほほほっ、まぁそういうことじゃ。持ち主の使い方次第では、如何様なことにも使える代物と言うわけじゃ」
「むぅ……こうにゃったら今度は私が使って仕返ししてやる! 貸してキサ!」
「ほぅほぅ、それは楽しみじゃの。ほれ」
キサナから囀り石を受け取る猫さん。そしてさっきのキサナのように目を瞑り、囀り石を優しく撫でた。
「おいッス。おいどん囀り石ッス。貴女の知りたいことに答えちゃいますよ、言っちゃいますよ、暴露しちゃいますよ」
「……これ毎回言うのね」
イラッとする猫さんだが、仕返しのためにと我慢した。
「イッシッシッ! 座敷荒の弱点は……思考が基本エロい!」
「あれぇ!?」
なるほど、シンプルに狙う作戦だったか。全然参考にならない発言に終わったけど。
「それの何処が弱点にゃのよ!? 他は!? 他にはにゃいの!?」
「他ですかぃ? 他は……おっぱいの大きさが大きくもなく小さくもなく、ぶっちゃけおっぱいキャラとしての特長が付け難い!」
「知らにゃいわよそんにゃどうでも良い情報!」
「ちなみに! 猫又の弱点は……尻尾を強く握られること!」
「はぁ!? にゃ、にゃんで念じてもいないことを勝手に――にゃっ!?」
ぞわりと全身に悪寒を感じたのか、猫さんがビクッと肩を跳ねさせて恐る恐る前を見た。そこには、さっきと同じ一連の動作をするキサナがいた。
「なるほどなるほど……そういえば我、一度も猫の尻尾を触ったことがなかったの」
「や、やだぁ! 尻尾だけは駄目だからぁ!」
「ほほほっ、嫌と言われるほど触りたくなるの〜」
じりじりと近付いていくキサナに対し、猫さんは俺の背にしがみ付いて来て、涙目になりながら俺を見つめて来た。どうやら本気で尻尾だけは嫌らしい。
「そこら辺にしてあげなってばキサナ。流石に猫さんが可哀想だって」
「ふむ、シロがそう言うならば止めておこう。しつこくして悪かったの猫」
根は良い奴なので、大人しく懲りてくれた。キサナは素直に頭を下げると、猫さんは「謝ってくれるにゃら許すけど……」と、広い心を持って許してあげていた。美しき友情とはこの二人のことを示すのであろう。
大変仲の良い二人の友情を確認し、その心地良い余韻に浸りながら、猫さんが手に持つ囀り石を受け取った。
「よーし、今度は俺の番だね。どーしよっかなぁ、どーしよっかなぁ〜?」
「シロ君、分かってると思うけど……」
「大丈夫。猫さんに危害は加えないよ」
「そ、そう……にゃら良いけど……」
知りたいことは山程あるけど、何を聞いてみようか?
俺の髪が伸びるペースの日数? 今年の抱負で書かれる一文字? 昔無くしたジグソーパズルの一ピースの所在? うーむ、考えれば考えるほど悩んでしまう。
ふと、傍にいる猫さんを見やる。
「にゃ、にゃによ? もしかしてやっぱりシロ君も私のこと虐めるつもり!?」
……ん、決めた。ここは一肌脱いであげることにしよう。
囀り石を手に一連の動作を行う。そして、三度目の囀り石が目を覚ます。
「おいッス。おいどん囀り石ッス。貴方の知りたいことに答えちゃいますよ、言っちゃいますよ、暴露しちゃいますよ」
先のことを思い、口元が緩んでしまう。そんな俺を見る猫さんはビクビクと怯え出すが……すぐにその反応は違う物に変化することとなる。
「座敷荒のパネェくらい苦手な野菜は……人参!」
「……んん?」
予想外の言伝を聞き、キサナは微妙な反応を見せた。そして嫌な予感を悟ったのか、ダラダラと微量の汗を流し出した。
猫さんは意図を察してないようで、頭の上に?マークを浮かべて首を傾げていた。俺は猫さん見て笑い掛け、その意図が分かるように発言する。
「猫さん。今日の夕飯は人参パーティーにしよっか」
「……あっ!」
ようやく分かったようで、パァッと嬉しそうな花の笑顔を見せた後、密かに動揺しているキサナを見てニヤニヤと笑い出した。
「へぇ〜、ふ〜ん、そうにゃんだ〜? キサって人参が嫌いだったんだ〜?」
「お、おいシロよ。これは一体どういう流れなのじゃ?」
「まさか……の?」と呟くキサナに対し、俺は申し訳なさそうに苦笑した。
「ごめんキサナ。たまには猫さんに良い思いさせてあげて」
「そんな殺生なぁぁぁ〜!?」
初めて聞いたキサナのシャウトが空にこだましていき、猫さんも見たことない可愛い笑顔を浮かべて笑っていた。
〜※〜
「ぐふっ……我、とうとうこの場に潰える……か」
夜。晩飯を食べ終えた直後、キサナは白目を剥いて気絶した。余程人参が苦手だったらしい。それでもちゃんと全部食べるのには感心した。俺もキサナの大人振りを見習っておこう。
「ふふっ、良い気味ね。たまにはキサがやられ役ににゃってくれにゃいと」
終始ご機嫌な様子でニコニコ笑う猫さん。この様子を見るからに、今まではずっと猫さんがやられ役だったんだろう。これだけ喜んでいるのがその証拠だ。これでパンツを見たことは水に流してくれるかな?
「シロ君って頭良いわよね。こういう変化球にゃ攻め方、私には思い付かにゃかったもん」
「はははっ。実は俺も過去に同じことされた経験があってさ。あれは本当に辛かったから……ね」
実は俺こと弥白君は、みかん以外の果物全般が大の苦手だったりする。それを見越した義理の親が、単なる嫌がらせで三食果物尽くしにされた日が何度もあった。今思い出してもあの地獄絵図が聡明に蘇る。それだけ俺にとっては刺激の強い思い出なのである。
「実はシロ君も大変にゃ目に合ってた時期があったのね」
「そうなんだよ。今思っても本気でぶっ飛ばしてやりたいと思うくらいだからねぇ」
「ぶ、ぶっ飛ばすって……シロ君がそんにゃこと言うにゃんて珍しいね」
「そう? あぁ〜、でも俺って二重人格みたいなところあるからなぁ。多分そのせいかもね」
周りからは温厚な性格だとよく思われているけど、別にそういうわけでもない。キレる時は普通にキレるし、問答無用で実力行使することだってある。基本的にはのんびり屋なので、滅多にそういうことはしないけど。
「まぁ安心して。少なくとも猫さんには優しくかつ、いやらしく接することにしてるから」
「いやらしくは余計にゃんだけど!? 求めてにゃいんだけど!?」
「なら優しくかつ、セクハラしていくよ」
「そっちの方が嫌よ! 表現がより大胆ににゃっちゃってるじゃにゃい!」
「しょうがないなぁ。い優しくだけすれば良いんでしょ?」
「い優しくって何!? いやらしくにゃのか優しくにゃのか、ハッキリして欲しいんだけど!?」
「というかさっきから思ってたけど、猫さんってよくその喋り方で噛まないよね。俺滑舌あんまり良くない方だから羨ましいや」
「話題の切り替え方が雑っ!」
連鎖に連鎖を重ねるマシンガンのようなツッコミ。でも流石に疲れたようで、ふにゃりとした様子でちゃぶ台の上に片頬を付けて倒れ込んだ。
「ハァ……シロ君って変にゃ人間よね。妖怪を人間扱いしてるし、妖怪相手にやらしいことしたり言ったりしてるし」
「やらしいことはともかくとして、妖怪を人間扱いするのは当然じゃないかな? だって妖怪は人間の想像が生んだものなんだからさ。それに実際、キサナも猫さんも人間みたいなものじゃん。差別する部分なんて何処にも無いよ」
「……そっか。シロ君は優しいのね」
「ははっ、それ猫さんが言うの?」
「だ、だから私は優しくにゃんてにゃいわよ!」
照れてぷいっとそっぽ向いてしまった。今なら頭を撫で放題だ……けど、静まれ俺の右手よ。ここで不用意にまた触ったら嫌われ兼ねない。折角仲良くなれたのに、それは割とマジでヘコむ。
「……その……シロ君」
「ん〜?」
「今日はその……えっと……」
手の指と指を合わせてモジモジする猫さん。その恥じらう仕草がまた可愛くて、見ているだけでほっこり癒される。
それから暫く何か言いたそうにしていると、俺と目を合わせないままぼそりと呟いた。
「……ありがとう」
「ん、どういたしまして」
そのように返してあげると、ほんのり頬を赤くさせてまたそっぽ向いた。お礼を言うのが慣れていないのは分かっていたけど、こうして口に出して直接お礼を言ってくれたことは、素直に嬉しかった。
だからこそ、そこでちょっとした欲が出ても仕方のないことだ。
「猫さん猫さん。そう思ってくれてるなら、ご褒美に少しだけ尻尾触らせて」
「絶・対・駄目っ!!」
「ならせめて頭撫でさせてください」
「そ、それも駄目……」
「むぅ……取り付く島もない」
尻尾は絶対無理だと分かっていたけど、せめて頭だけは……と思ったけど、それもまだ駄目なようだ。前に一回だけ頭撫でさせてくれたのになぁ……。
「…………で、でも」
「ん?」
「シロ君がどうしてもって言うにゃら……少しだけ頭を撫でさせてあげても……良い」
「本当? ならどうしても頭撫でたいです。俺の童貞と引き換えてでも良いから頭撫でたいです」
「そんにゃもの引き換えにゃくていい! し、仕方にゃいわねもう……」
少しだけ捲し立てた後、俺の膝の上に頭を置いてきた。猫さんなりに甘えてくれてるんだろうか。
……やべっ、感動で涙出てきそう。
でも泣いてる暇なんてない。この甘えられチャンスを逃すわけもなく、そっと猫さんの頭の上に手を置いて、猫耳も気持ち良くするように優しく撫でる。
「ふにゃ……」
気持ち良さそうに目を細めてむにゃむにゃと口を動かす。本人は少しだけと言っていたものの、暫くはこのままで居てくれるような雰囲気だった。何だかんだ言っても、頭を撫でられるのが好きなんだろう。
ちょっとした好奇心で猫耳を揉んでみると、微かに尻尾がくねくねと動いた。既に目は完全に閉じられていて、寝る気満々なご様子だった。
やがて尻尾が動かなくなり、すやぁっと寝息が聞こえてきた。
「あらら、本当に寝ちゃった」
ふにゃりと微かに微笑んでいて、実に幸せそうな寝顔だ。起こすのも可哀想だし、今晩はここに泊めてあげることにしよう。
スルリと猫さんの頭を一旦避けて、食器を台所に持って行って洗った後、ちゃぶ台を隅っこの方に立て掛ける。それからキサナの部屋に行き、二枚の布団を運んで来て、二人を並んで寝かせた。
こうして寝かせていたら、二人はどんな反応を示すだろうか。きっと猫さんは仰天して、その反応を見たキサナが下ネタでからかうといった流れだろうか。何にせよ明日がまた楽しみだ。
「……あっ」
食事処からの去り際に、蔵から持ち出していた囀り石に目が入った。部屋にでも飾っておこうと思い、落とさないように両手で拾い上げた。
これは遊び道具としては面白い憑き物だったけど、使い方によれば己の欲のためにいくらでも使うことができる。例えば、いつ宝くじを買えば一等が当たるのか、競馬にてどの馬が勝つのかと言ったように、いくらでもお金を楽に稼いだりすることが可能だ。
だが、こういう憑き物に逆に取り憑かれた人間は、最終的に死に目に合うのが必定。俺は人が出来てるから大丈夫だけど、万が一このボロ屋敷に何者かが来た時のことを考えて、大切に保管しておこう。見知らぬ誰かを醜い欲に溺れさせないために。
もしかしたら、キサラもその事を配慮して蔵の中にしまっておいたのかもしれない。考え過ぎの可能性もあるにはあるけど、あぁ見えてキサラは抜け目ないところがある。だからきっとその予想は当たってると思う。
だからこそ、嬉しく思った。これを遊び道具として持ち出して来たと言うことは、俺という人間性を信用してくれているということに繋がるから。と言っても俺達はソウルフレンドなので、信用されているのは当然と言えば当然かもしれない。
「……それじゃ後もう一回だけ」
悪用しないことを約束しつつ、一連の動作で囀り石を呼び覚ます。
これはこの世の全てを見透かす石。それはつまり、自分の知らない本心すら見透すことのできる石に他ならない。
だから俺は、純粋に知っておきたいことを念じてみた。
「おいッス。おいどん囀り石ッス。貴方の知りたいことに答えちゃいますよ、言っちゃいますよ、暴露しちゃいますよ」
流石に聞き慣れた言葉を聞き流し、俺は先に答えを予想しておく。俺は“今まで出会った者全員”だと思ってるけど、はてさて答えはなんだろうか。
弥白の好きな妖怪は……と。
「……なるほどねぇ」
納得のいく答えを頂き、俺はくすりと笑った。