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鬼の娘は頑固者のドジっ娘

 鬼&妖狐の住処に来てから数日が経過した。


 来たばかりの頃はどうなるかと思ったけど、毎日が騒々しい喧騒の中でも退屈しないよりはマシだと思い、比較的平和な日常を過ごしている。


 玉さん達が仲直りしたため、鬼の男勢と妖狐の女勢も友好的な関係に……なんて都合良くいくわけもなく、元々皆は仲が悪かったらしいので前から屋敷を二つに分けたがっていたらしい。主に妖狐の皆の方が。


 そのため合戦が終わっても尚、屋敷は二つに分かれているままだった。まぁこればかりはしょうがないし、セクハラ行為に勤しんでいる鬼達が悪い。悪いけどそこまでフォローするつもりはなかった。


 玉さんはすっかり酒呑童子と一緒にいるようになり、主に玉さんの方から酒呑童子の部屋へと赴いて日夜イチャついているんだとか。時折断末魔の声が夜中に聞こえてくる時があるけど、たまにならということで、皆は知らないフリをするという暗黙の了解に定着していた。


 まぁ他にも色々と問題はあるけれど、一番の悩みの種が解決したから良かった……と、解決した時には思っていた。


 時に、この世にはこんな諺がある。『一難去ってまた一難』と。


 俺はこの言葉を考えた人は天才だと思う。何故なら、今まさにその二度目の一難が悩みの種を蒔いてしまっているのだから。


「桜華、そこのお醤油取ってくれるかしら?」


「…………」


「お、桜華〜? お醤油取ってくれるとありがたいのだけれど〜……」


「…………」


 現在俺は大広間にて、酒呑童子一家の食卓に囲まれ中。食事だけは鬼も妖狐も揃って食べることになっていて、今ここには総勢数百名の妖怪達が同時に朝食を食べている。


 本来なら宴のように喧しい声が飛び交っているはず。だがしかし、今は誰一人として口を開いている者はいない。


 いや、正確には一人だけ必死に喋っている人がいる。この屋敷の大黒柱である酒呑童子の嫁である、玉さんである。


「お、桜華〜? 桜華さ〜ん? 私の手じゃ届かないので、どうか貴女の目の前にあるお醤油を取ってくれませんか〜?」


「…………」


 玉さんがさっきから話し掛けている相手は、二人目の実の娘である桜華さん。その桜華さんは今、殺伐とした雰囲気で黙々と米を食していた。


「おい脳筋、いつまでシカトこいてんだ。それくらいとっとと取ってやれよ」


「ならあんたが取れば良いじゃない」


 常に物腰が柔らかくて腰の低かった桜華さん。ほんわかしていた声のトーンがめっきり暗くなり、特に親と温羅兄に対しては反抗期真っしぐらの女子高生の態度を取っていた。


 肉食獣のような鋭い目付き。背後に薄っすらと見える黒いオーラ。指先一つでも触れてしまえば、謎の気のようなもので弾き飛ばされてしまいそうなほどにピリピリしている。


 こんなはずじゃなかった。俺はただ、玉さん達を仲直りさせるために一肌脱いだはずだった。なのにどうして今度は、こんな親子喧嘩が勃発してしまったんだろう……。


「桜華、いい加減にしろ。母親に対してその態度はなんじゃ?」


「……あァ?」


「いや、やっぱりなんでもないです……」


 まるで温羅兄と瓜二つの柄の悪い反応に、父親である酒呑童子は顔を青ざめさせて押し黙った。正直こんな桜華さんだけは見たくなかった。桜華さんは数少ない俺の癒しキャラの一人だったのだから。


白君(びゃっくん)白君」


 気まずい雰囲気の中で俺も箸を動かしていると、すぐ右隣に座っている桜華さんの姉である九ちゃんがこっそり耳打ちしてきた。


「また桜ちゃんのことフォローしてもらっていい? 毎度のこと悪いと思ってるんだけどさぁ〜……」」


「あはは……うん、分かったよ」


 眉を伏せて困り顔になる九ちゃんを見て俺は苦笑すると、すぐ左隣に座っているコン子ちゃんにこっそり話し掛けた。


「コン子ちゃん、やっぱり席替わってもらっても良い?」


「…………(くいっくいっ)」


 直接的に頼み込んだところ、コン子ちゃんは自分の頭を指差してきた。“いつものをしたら良い”ということなんだろう。


 その仕草から条件を察して、俺はコン子ちゃんの頭を撫でる。すると犬のように尻尾がパタパタと動き、フラフラと小躍りするかのように身体全体が傾いた。


 玉さん達を仲直りさせた日以来、俺はコン子ちゃんとすっかり打ち解けることができていた。


 というのも、俺が朝に目覚めると必ず横にコン子ちゃんが眠っている姿があり、何処に行っても俺に引っ付き歩くようになっていた。恐らく玉さん達のために一肌脱いだことで、信用と信頼を得ることができたんだろう。


 こうして甘えてくるようにもなり、なんかもう色々と役得だ。この子の仕草を見るだけで萌え死にそうになっている程だし。悪いことの中に良いことが紛れ込んでいたのは、今の俺にとって何よりの救いだ。


 そう……後は桜華さんの機嫌さえ治ってくれれば、何もかも丸く収まる。でもそう簡単にいかないからこそ、こうして俺達は困ってるんだけど。


 コン子ちゃんと席を入れ替えて桜華さんの隣に座る。すると、桜華さんが一瞬だけ肩を跳ねさせていた。


 心無しか雰囲気が少しだけ柔らかくなり、次第に黒いオーラも消えていく。やがて完全にオーラが見えなくなると、目付きの悪い表情から無表情に戻った。


 桜華さんの様子をバレないように観察しつつ、数多くの料理へとまた箸を伸ばす。


 未だに気まずい空間なれど、ここの食事は選り取り見取りな上に大変美味なものばかり。こんな時に気にするのもあれだけど、一体誰が作っているんだろうか?


 ……おっと、マヨネーズを切らしてしまった。野菜が美味しくてサラダに夢中になり過ぎちゃったよ。


「誰か〜、マヨネーズあったら取ってくれな――」


「どうぞ主様!」


 皆に聞こえる声で手を挙げたところ、コンマ数秒で桜華さんがマヨネーズを確保して差し出して来た。しかもさっきまでの顔が嘘だったかのように、満面の笑顔を浮かべていた。


「あ、ありがと桜華さん」


「いえいえ良いんですよ! 主様には返し切れないご恩がありますから! 無能で単細胞の誰かの代わりに私が返させて頂きますので、私に何でも何なりとお申し付けください!」


 急に上機嫌にはなったけれど、その言葉には明らかに毒が紛れ込んでいる。その“誰か”自身は自分のことだと分かっているようで、軽く涙目になっていた。


「あの……桜華さん? 俺は別にもう気にしてないし、そろそろ玉さん達のことを許してあげても良いんじゃないかな?」


「そんなことより主様、本日のご予定はいかがお過ごしになりますか? もし宜しければ食後にマッサージなんてどうですか? こう見えて得意なんですよ」


「あ、あぁうん……いや、俺は別にいいかなぁ。それより親分の方が肩凝ってるだろうし、たまには親子水入らずで親孝行でもしてあげたらどう?」


「あっ、すいません猫ちゃん。そこのソースを取ってくれますか?」


「う、うん……」


「ありがとうございます」


 やっぱり駄目だ。どうにか玉さん達とコミュニケーションを取らせようとしても、流すか無視されてしまう。それだけあの二人に怒っているということなんだろう。


 そもそも桜華さんがこうなったのは俺のせいだ。俺が悪役を演じて酒呑童子をボコボコにし、そこに玉さんが助けに入ることで玉さんを見る酒呑童子の目を変える。


 その名も、『弥白咬ませ犬作戦』。それは見事に成功し、こうして玉さん達は仲睦まじい夫婦に戻ってくれた。


 しかしこの作戦により、俺は酒呑童子一家の皆から嫌われ者になる。本当ならそういう落ちで事が済む話だった。しかし最後の最後でそのシナリオは書き換えられる羽目となった。


 玉さん達が仲直りした後で、作戦の真意を知ったらしい皆。桜華さん以外は玉さん達に呆れるだけで終わっていたのだけれど、桜華さん一人だけは違った。


 作戦の真意に気付かずにクソガキ呼ばわりした挙げ句、怪我人である俺を問答無用でぶっ飛ばした。その一部始終が桜華さんの逆鱗に触れてしまったらしく、こうして自分の親に対してだけ心を閉ざしてしまった、というわけだ。


 俺のことを大切に思ってくれていることは本当に嬉しい。ただ、そこまで怒る必要はない。実際本人にも以前にそう伝えていた。


 で、結果はご覧の有様だ。俺が許しても桜華さんは納得してくれなくて、何度諭しても許すどころか、話すら聞いてくれない。一体どうしたら許してくれるものなのか、俺達は途方に暮れているわけだ。


 俺だけじゃどうにもならなそうな問題なので、他の皆にも既に協力を仰いである。それでも未だに難攻不落の城は微動だにしない。まさに鉄壁の頑固者(しろ)だ。


「もう……いい加減に許してあげたら桜華? お母さんやお父さんと喧嘩しても、何も良いことなんて無いんだから」


 俺の意志を引き継ぎ、今度は雪羅がチャレンジに挑んだ。


「喧嘩? 雪羅さん、別に私は誰とも喧嘩なんてしてませんよ?」


「いや、がっつりしてるでしょ? どう見ても怒ってるじゃない貴女」


「あははっ、何を言ってるんですか雪羅さん。別に私は怒ってなんていませんよ。この通り、いつものように元気一杯です!」


 右腕の袖を捲って筋肉のコブを膨らませる桜華さん。


 見た目は女の子独特の白くてか細い腕なのに、膨らんでいるコブはかなり大きい。一体あの腕の何処にあんな筋肉が仕込まれているんだろうか?


「あら、本当に力強いコブね。流石は私とこの人の娘ね!」


「…………」


「……ぐすっ」


 ついには睨むことすらせず、まるでそこに何もいないかのように玉さんを扱っていた。流石の玉さんも密かに涙を流し、初めてであろう反抗期の娘の態度に悲しみを抱いている。


「ご馳走様でした。お皿洗って来ますね」


 そうこうしている内に桜華さんは朝食を食べ終えてしまい、自分が使っていた食器を運んで大広間から出て行ってしまった。


「うぅぅ……あなたぁ……」


 桜華さんがいなくなったことで玉さんは泣き崩れてしまい、酒呑童子のお腹に顔を埋めていた。


「ったく、面倒臭ぇ野郎だな。うじうじと過去のことを引き摺りやがって。女々しいったらありゃしねぇ」


「そりゃ女じゃからの。むしろお主は、自分の行いを少しは後悔した方が良いと思うがの、温羅よ」


「今は俺の話はいいんだっつの。で、どうするつもりだ坊? テメェで無理なら他の奴らなんざ論外だぞ」


「どうしたもこうしたも……時間を掛けて(ほとぼ)りが冷めるのを待つしかないんじゃないかなぁ」


 これだけ言っても聞いてくれないんだから、今回ばかりはどうしようもない。俺にできることといえば、せいぜい機嫌を取ってあげることくらいだ。後は桜華さんの良心を信じるしかない。


 玉さん達には酷な話だろうけど、それまで娘のシカトに耐えてもらう他ない。今までこんなこと一度も無かったからこそ玉さんはあそこまで落ち込んでるんだろうけど、ポジティブに捉えればこれもまた家族の絆を試す試練だ。頑張って乗り越えて玉さん。


 ……とは言え、他人事のように考えて傍観するのもまた酷な話。機嫌取りの立場でしかない俺にも、桜華さんを観察していれば何かしら盲点だったものが見えてくるやもしれない。


 よし、決めた。今日は一日中隠密行動をしつつ、桜華さんの日常を観察することにしよう。決してこれはストーカー行為などという犯罪ではない。全ては酒呑童子一家の平穏のためよ。


「ご馳走様。俺も自分のお皿洗ってきま〜す」


「あっ、お姉ちゃんも食べ終わったから付いてく付いてく〜」


 丁度同時に食べ終わった九ちゃんと、瞬く間に食事を終えていたコン子ちゃんとの三人で大広間を出て行き、すぐ隣にあるだだっ広い台所へとやって来る。


「あぁあああ!?」


 台所に足を踏み入れた瞬間、奥の方からそんな大声が聞こえて来た。何かと思い目を凝らすと、持っていた食器を全部割って転んでいる桜華さんの姿があった。


「ありゃ〜、最近は大分緩和されてたのにねぇ〜。桜ちゃん大丈夫〜?」


「うぐっ……だ、大丈夫です……」


 破片となった食器の中から立ち上がってみせるも、その表情は明らかに暗い。何かに(つまず)いて転んでしまったんだろうか?


 そう言えば、桜華さんってかなりのドジっ娘だったんだっけ。こっちに遊びに来ていた時はそういう一面をあまり見せていなかったから、すっかり忘れてしまってた。


「こういう時のための塵取り代わりの尻尾ってね。ほら、避けてて桜ちゃん。怪我したら危ないから」


「す、すみません九姉さん……。でもせめて大きい破片くらいは私が取ります!」


「あっ、コラ、駄目だってば桜ちゃん。普通の人ならともかくとして、桜ちゃんがそんなフラグ立てたら……」


「大丈夫ですよ。これくらいなんとも……痛ぁっ!?」


 言わんこっちゃない。下手に破片に触れてしまったようで、指を切ってしまっていた。フラグ回収の天才だこの人。


「だ〜から言ったのに〜。ここはもうお姉ちゃんに任せて、桜ちゃんは先に部屋に戻ってなさいな」


「……はい」


 すっかり落ち込んでしまいながら、俺とコン子ちゃんの横を素通りして台所から出て行ってしまった。本当に大丈夫だろうか桜華さん?」


「やれやれ、世話の焼ける可愛い妹だねぇ〜。あっ、二人は先にお皿洗ってて〜。お姉ちゃんはこれ先に片付けちゃうから」


「ん〜、なら俺が九ちゃんの分も洗っておくね」


「ホント〜? や〜ん、白君(びゃっくん)優しいなぁ〜。お礼に今度、お姉ちゃんの胸枕で寝かせてあげるね〜」


「それは是非!」と叫んでこっちから頼み込みたいところだけど、万一にも雪羅に見つかったらしばき倒されそうなので、冗談として受け止めた。


 宣言通り九ちゃんの分も洗い始め、然りげ無くコン子ちゃんもフォローしてくれた。


 あぁもう……妹として掻っ攫いたいよ、この激萌え子狐ちゃん……。


 全てのお皿を洗い終えたところで、九ちゃんも丁度破片の撤去を終えた。さて、ここから俺は暇人になるわけだが……。


「さ〜て、今日は何して過ごそっかな〜? 折角だし、白君(びゃっくん)と親睦を深めるためにアプローチでもしよっかなぁ〜?」


「…………(フッ)」


「コンたん? なんで笑ったの? なんで鼻で笑ったの? それはもしや、私は既に親睦を深め済みという意味?」


「…………」


「え〜、狡いよぉ〜コンたん。いつの間に白君(びゃっくん)と仲良くなったのさ〜? というかコンたん人見知りなのに、なんで白君は平気なの?」


「…………(グッ)」


「親指立てて……ふむ、なるほどねぇ〜。確かに白君(びゃっくん)は他の人間と違って特殊だもんね〜。それはお姉ちゃんも薄々感じてたよ〜。なんていうか、癒しのオーラみたいなものが出てるっていう――って、あれ? 白君いつの間にかまたいないし……」




〜※〜




「……あっ、いたいた」


 天井に張り付いて蜘蛛のように移動し、鬼屋敷内を徘徊する。


 最初は桜華さんの部屋に行ったのだけれど、そこに桜華さんの姿は無かった。それできっとまた何処かで何かしてるんだろうと判断し、こうして巡ってみれば案の定だった。


「よし……今度こそ」


 桜華さんは気を取り直して気合を入れて、お尻を突き出すようにその場にしゃがみ込んだ。


 何かのプレイでも始める気か、なんて馬鹿なことは思わない。両手に雑巾が握られているため、掃除をするつもりなことは明白だった。


 この屋敷はかなり広い。一人で掃除なんてすれば、間違い無く一日掛けても終わらない。まさか全部掃除するつもりじゃないよねあの人……?


「よいしょ!」


 掛け声と共に雑巾掛けを始め出した。一定の速度で前へと進んで行き、スムーズに廊下の一部が綺麗になっていく。


「……これじゃ遅過ぎるよね。もう少しスピードを……っと」


 今のままで十分だったのに、急に雑巾掛けの速度を上げ始めた。


 見る見るうちに速度はどんどん上がっていく。やがて桜華さんは前から床へと視点が代わり――


「あぐぁ!?」


 赤い布を見て興奮するバッファローの如く、頭から壁に思い切りぶつかった。


 でも幸い頭自体には支障はなかった。その前に二本の鬼の角が壁に突き刺さっていたから。そういやあの角って感覚とかあるのかな……?


「う〜ん! う〜んしょ! ぬ、抜けないぃ〜……あわわっ!?」


 壁に両手をついて角を引き抜こうとしたところ、腕に力を入れ過ぎたのか、引き抜いた瞬間に勢い余って何度も後転していった。


 回転が止まり、目を回したまま仰向けに倒れる。生粋のドジっ娘だ。


「あぅぅ……って、あぁ!?」


 くらくらしたまま起き上がり、さっき壁にぶつかった先に空いてしまった二つの穴を見て、また大いに慌てながら穴の方に駆け寄る。


「えーとえーと……よ、よーしこれで……」


 今度は何を始めるかと思いきや、袖の中から小さな何かを取り出した。あれは……ピンセットだろうか?


「これが……えーと……?」


 何をするかと思いきや、そのピンセットを使って壁の破片を一つだけ摘み、穴の修復作業に手を付け始めた。


 そんなパズルゲームじゃないんだから……。しかもそれで治ったら苦労なんてするわけないでしょうに。むしろ何故それで治せると思ったんだろう……。


「何をしてるの桜華?」


 今度はどんなオチが待ってるんだろうと思いながら注視していると、横の方から雪羅がやって来た。当然のその目は疑問に満ちている。


「せ、雪羅さん。えっと、その、壁に穴を空けてしまったので修復作業をと……」


「壁に穴って……また何をしたの?」


「実は雑巾掛けをしていたら勢い余ってぶつかってしまいまして……角から」


「……もしかして、桜華ってドジだったりする?」


 ぎくりと反応し、肩を跳ねさせる桜華さん。次第に額から汗が滲み出ていた。


「そ……ソンナコトナイデスヨー。ワタシ、トテモ、カジトクイ」


「その反応で隠し通そうとする根性に、むしろ関心しちゃうよ私……」


「うっ……」


 相変わらず嘘が吐けない人なようで、隠そうとしてもバレバレだった。


 ……なんだか桜華さんがどんどん可愛く見えて来た。あれがあの人の本性だったんだ。不幸体質なことを除いてしっかり者のイメージがあったから、なんか意外に見えてしまう。


「仕方無いなぁ……ちょっと見せてもらえる?」


「あっ、はい……」


 桜華さんを横に避けて、雪羅は直に穴に触れて様子を伺う。


「これくらいなら……」と呟くと、二つの穴に手の平を付ける。そしてすぐに手を離すと、穴の部分が器用に凍り付いていた。


「この氷は私が直に溶かさない限り溶けないし、そこら辺の石や鉄よりも頑丈だから。後はペンキでも塗っておけば大丈夫だと思うわ」


「ありがとうございます雪羅さん。すみませんご迷惑をお掛けして……」


「……う〜ん」


 雪羅に頭を下げてお礼を言う桜華さん。すると雪羅は訝しげな表情を浮かべ、人差し指で頰を掻いていた。


「ねぇ桜華、貴女って誰に対してもそうなの?」


「え? と言いますと……?」


「だから、誰にでもそう畏まって敬語を使ってるのって聞いてるの」


「えっと……そう、ですね。特に意識しているわけじゃないんですけど、気付けば昔からこういう口調になっていました」


「ふーん……」


 否定しているわけではないようだけど、何処か納得のいっていない雪羅。何を思っているのか、何となく想像がついた。


「あのさ、桜華。今日から私のことは雪羅って呼んでくれない? それと敬語も使わないでタメ口で」


「え? ど、どうしたんですか急に?」


 雪羅は大人しそうに見えるだけで、むしろ言う時は言う性格だ。正しく、桜華さんとは真逆の性格と言っても良い。


 そういう人達は大抵気が合うか、全く気が合わないかの二択に分かれる。でもこの二人の場合前者の方らしい。


「なんていうか、桜華って誰に対しても気を遣ってるように見えるのよ。私的にはそれがあまり好きじゃないの。だから私にはそういうの止めてくれる?」


「うっ……も、もしかして私、雪羅さんに嫌われてしまったんでしょうか……?」


 気分が暗くなっているせいか、ドジっ娘さんはネガティヴに事を捉えてしまっていた。


 雪羅は若干イラッとしたのか、片頬を釣り上げて少し笑顔が怖くなった。


「そうじゃなくてね? 温泉で話をしていた時に思ってたんだけど、不思議と桜華って話し易いのよ。だからもっと仲良くなりたいなぁって思ったってこと」


「あはは……基本私は頭パーですから。話し易いと思われるのは当然ですよね。なんと言っても馬鹿ですから……」


 やはりネガティヴに捉えてしまう。流石の雪羅も我慢の限度を超えたのか、目くじらを立てながら桜華さんの両頬を引っ張った。


「いい加減にしないとこのモチ肌取り上げるけど?」


「いひゃひゃひゃっ!? ごめんなひゃいごめんなひゃい! 許ひてくだひゃい雪羅ひゃん!」


「雪羅“さん”?」


「せ、雪羅! 許ひてくだひゃい」


「許して“ください”?」


「ゆ、許ひて雪羅!」


「うむ、宜しい」


 ようやく納得のいく返事が返ってきて、パッと頰を離してあげた。お陰で桜華さんの頰は真っ赤っかだ。


 にしても、雪羅も容赦がないなぁ。まぁ、初対面の俺に対して「殺してやる」とか言ってきてたような人だしね。当然といえば当然……なんて言ったら逆鱗に触れるんだろうなぁ……。なんか理不尽。


「雪羅さ……雪羅って意外に横暴なんで……なんだね。ちょっと怖いよ……」


「……どうせメンヘラだもの」


「あ、あれ? 今度は雪羅が落ち込むの?」


 いつまで引き摺るつもりなんだろうその肩書き。いい加減過去のこととして記憶から抹消して欲しいんだけど。


「で、でも、私は雪羅さ……雪羅のそういうところ好きで……好きだよ? 強弱がはっきりしてて羨ましいと思う」


「それって私が単細胞だってこと? もしかして喧嘩売ってる桜華?」


「ち、違います違います! そういう意味で言ったわけじゃありませんってばいたたたたっ!? ごめんなさいごめんなさい!」


 敬語ペナルティとしてまた頰を引っ張られる桜華さん。相反して、ペナルティを与えてる雪羅は楽しそうだ。分かってたけどSだなぁ雪羅も。


「桜華もからかい甲斐があって面白いわね〜。もっと虐めても良い?」


「意地悪しないでよぉ! 只でさえ鬼の皆から軽蔑されてるのに!」


「……桜華、貴女ってこういう原理を知ってる? 可愛い子ほど虐めたくなるって」


「知らないよそんな原理! それに私可愛くないもん!」


「それは聞き捨てならないなぁ!!」――と、大声出して飛び出して行きそうになった。今のは危なかったなぁ。思わず萌えスイッチが入るところだった。


「またまたそんなこと言って〜。本当はドジっ娘な自分が少し可愛いとか思ってるんじゃないの〜?」


「そういう自分が嫌いなのに、そんなこと思ってるわけないでしょ! 雪羅こそ自分のことを棚に上げてるんじゃないの!?」


「私? 私が何?」


 うわぁ、性格悪そうに笑うなぁ。また雪羅の知らない一面を見た気がする。


「だ、だって……雪羅は可愛いから主様と親密な関係……なんでしょ?」


「それは私が可愛いとか関係ないよ。ただあの人が変態なだけ」


 だから萌えコンだって言ってるでしょーが。それと変態じゃなくて変人ね。変態は温羅兄みたいな奴のことを言うんだよ。


「むっ……前から密かに思ってたけど、雪羅はもっと主様に優しくするべきだと思うなぁ」


「? 優しく接してるつもりだけど?」


 確かに昔はそうだったけど、最近はそういうの一切ない気がする。いや、そういう気しかしない。


「それは雪羅の思い込みだよ。客観的に見たら意地悪しかしてないよ? 私にするみたいに」


「失礼ね。こう見えても影ではちゃんと甘やかしてるのよ?」


 いやそれは語弊だ。甘やかしてる、ではなく、甘やかされている、の間違いだ。主に二人きりの時に。


「表上でも優しくしてあげないと、主様が可哀想だよ」


「……前から思ってたけど、桜華って随分弥白の肩を持つよね。ひょっとして――」


「わ゛ーっ!! それ以上は駄目! それ以上言おうものなら……」


「言おうものなら?」


「……わ、私も……雪羅に意地悪……します?」


「なんで疑問形なのそこ?」


 気付けば随分と打ち解けてきた。あんな桜華さんを見るのは凄く斬新だ。というか、あんな態度を取られている雪羅にジェラシーを感じてきた。


 俺も桜華さんにタメ口で話されたいのに、一人だけ抜け駆けしおってからに……今日の夜は部屋に来ても無視してやろ。甘えて来ても一切関わらんぞ俺は。


「ちなみにどうやって意地悪つもりなの?」


「そ、それは……えーと……む、胸を揉んだり……とか?」


「……桜華ってそういう性癖が……引くわね」


「違う! そうじゃないよ! 誤解しないで!」


「あははっ、冗談冗談。ほら、結局桜華が弄られてるじゃない」


「ぬぬぬ……純粋にムカつく……いっそ実力行使で!」


「何か?」


 桜華さんがか弱い猫パンチを出そうとしたところ、雪羅が図太い氷柱を手に持ったことで怯んだ。


 そして桜華さんは、


「くっ……このメンヘラぁ!」


 ついに禁句ワードを叫ぶに至った。


「…………」


 雪羅の顔色が一気に青白くなり、崩れるようにその場にヘタリ込む。吐き気がしてきたのか、四つん這いになって口元に手を当てて(うずくま)った。


「あぁしまったつい!? じょ、冗談! 冗談だから! 今のはポロっと本音が出ただけで……」


「……本音」


 挙げ句の果てにうつ伏せになってしまう雪羅。


「あぁぁ!? ち、違う! 違うの雪羅! 今のはそういうのじゃなくてぇ!」


「あっ、いたいた! 桜華様〜!」


 必死に雪羅を宥めているところ、雪羅とは反対側の方から数人の妖狐がやって来た。


「何っ!? 何か用!? 今立て込んでるんだけど!?」


「え? あっ、いや、えっと……桜華様にお客様が来たのでお呼びに来たんですが……」


「へ? お客様……ですか?」


 思い掛けない来訪者により、桜華さんは素からいつもの敬語キャラに戻った。そのまま素でいたら良いものを……。


 にしても……桜華さんにお客とは一体?


 落ち込んだまま倒れている雪羅を目尻に、俺は天井に張り付いた状態を維持しながら、妖狐の皆と一緒に玄関へと向かう桜華さんの後を追った。

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