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鬼の目にも涙と喧騒

 温泉宿より数分後、俺は脇に玉さんを抱えたまま鬼屋敷の方に戻って来た。


 その途中、惨たらしい河童の死体がわんさか散らばっていたけど、俺は見向きさえしなかった。ただ若頭一人だけ姿が見当たらなかった気がしたけど、空の彼方へ吹き飛ばされでもしたんだろうか。あんな似非極道の有無なんてどうでも良いけど。


 鬼屋敷の出入り口までやって来ると、そこにはコン子ちゃんに半殺されて屍となっていた鬼達が待ち構えていた。遠目で見ると邪険な雰囲気が漂っていたけど、玉さんを捕獲している俺を姿を捉えたところで一変して、震災に遭っているかのように慌てふためいていた。


「ななっ!? 貴様はもしや、最近温羅の兄貴が言っている人間の小僧では!?」


「うんそうだよ。それでお願いがあるんだけど、今からこの人を酒呑童子と会わせたいからそこを避けてくれないかな?」


「「「「「はぁ!?」」」」」


 全員が声を揃えて驚くと、絶対に入れない意思を見せ付けるかのように立ち塞がって来た。


「馬鹿かお前! 今俺達鬼勢は向こうの妖狐勢と合戦中なんだぞ!」


「なのに大将と大将を引き合わせろだと!? 兄貴が気に入ってる弟分であろうと、その頼みにゃ首を縦に振れねぇなぁ!」


「むしろ俺達にその人を差し出しやがれ! その人だけおいて立ち去りやがれ! じゃねぇと痛い目みることになるぜ? あぁん?」


 急にガラが悪くなって素行の悪い不良のように首を横にへし曲げて、大多人数で俺の周囲を囲って来た。温羅兄の下っ端なだけあるなぁ。どいつもこいつも性格悪そうな人ばかりだ。


「鬱陶しいわね……コン子じゃなくて今度は私が散らしてあげても良いのよ貴方達?」


 玉さんは俺の脇に挟まれたまま十本の尻尾をゆらゆらと動かし、威嚇するように鋭い目付きで鬼達を睨み付ける。


「うっせぇこの若作り婆! チビ狐が傍にいねぇアンタなんて怖かねぇんだよ!」


「いや、いるけど? 君の後ろに」


「あァ?……キャァァァ!?」


 ある一人の鬼が後ろを振り向くと、その鬼のすぐ真後ろに握り拳を握って指の骨を鳴らしているコン子ちゃんの姿が。女の子みたいな悲鳴なんてあげちゃってまぁ、でもそれだけコン子ちゃんが怖いということなんだろうか。


「コン子ちゃん、今回は暴力振わないで。ここは俺に顔を立てさせて欲しいな」


「…………(こくり)」


 無視されると思って言ってみたところ、普通に言うことを聞いてくれて首を縦に振ってくれた。少しは俺に慣れてくれたのかな? だとしたら滅茶嬉しいやんけ。


「皆ひとまず落ち着いて聞いて。さっき俺と玉さんとの二人で話をしてさ。それで色々あって、この合戦を平和的に終わらせることになったんだよね」


「平和的にだぁ? そんな甘いこと言っておいて、どうせ俺達を騙す算段なんだろ!」


玉藻前そのひとっつー妖怪はなぁ、過去に大勢の男を容姿の魅力でたぶらかしてた時期があったんだぞ! そんな人の言葉を信用するわけねぇだろうが!」


「……と、皆は言ってるんだけど玉さん。実際どうなの?」


「無論俗説よ。昔はそんな根も葉もない噂で酷い目に遭っていた時期もあったけど、あの人以外に積極的になれる度胸なんて無いもの。スイッチ入らないと基本チキンなのよ私は」


 でしょうね。ついさっきチキンなところを見たばっかりだし。


「だってさ。嘘吐いてないみたいだから、悪ふざけもそこまでにして通してよ」


「私嘘吐いてません、と言われて信じる馬鹿が何処にいるってんだ! この偽善者が!」


「お前鬼舐めんなよ? 俺達鬼の手に掛かれば、お前みてぇなショボい頭蓋骨なんて一握りだぞ?」


「ものの一瞬でぺちゃんこだぜ? 怖ぇだろ? そういう目に遭いたくなかったら大人しく俺達の言うこと聞きな」


 まともに話が通じる人が誰一人としていない。正直ここまで鬱陶しい連中とは思わなんだ。


「俺を痛い目に遭わせるのは結構だけど、でもそれしたら君達マジで殺されちゃうよ?」


「殺される? ははっ、困ったからって脅しか? その手には乗らねぇよボケが」


 んの野郎……おっといけない、素が出てしまいそうになった。やれやれ仕方ないなぁ。


「ごめんコン子ちゃん。一人だけで良いから、見せしめとしてやっぱりお願いしてもいいかな」


「…………(こくり)」


 相当乗り気なようで、コン子ちゃんは右腕を回しながら周囲の鬼達を見渡す。


「「「「「どうぞ、お通り下さい」」」」」


 脅しに臆した鬼達は急に潔く従順になり、列を作って出入り口を開けてくれた。幼子一人になんと情けない図だ……。


「ありがとねコン子ちゃん。はい、油揚げ」


 隠し持っていたもう一つの油揚げを手渡すと、コン子ちゃんはそれを頭の上に乗せてくるくるとご機嫌な様子で回っていた。ビデオカメラに収めたいところだが、生憎右腕は玉さんで埋まってるので使えない。早く治ってください不便な左腕よ。


 邪魔な鬼達を退けて鬼屋敷の中へと入る。そして一度温羅兄に案内された時のことを思い出しながら奥へと進み、三人で酒呑童子が引き籠もっている部屋の前までやって来た。


「着いたよ玉さん。ほら、行ってきなさい」


「え? わ、私一人で? 無理無理無理! 主君も一緒に入らないと行かないわよ!」


 何となく予想はしていたけど、やっぱりそういう羽目になるよね。でも俺がいないと色々と弁解できないだろうし、今回ばかりはしょうがないか。


「先に言っておくけど、今の酒呑童子は物凄く気弱になってるから。それと身体も小さくなってるけど、深く気にしないようにしてね」


「えぇ……分かったわ」


 ガクガクに身体を震わせているけど、ここまで来たからには逃げ出すつもりはないらしい。その意気だと背中を一度優しく叩いてやり、俺が先陣切って大きな襖を開いた。


「親分、人間の小僧だけど入るよ~」


 灯籠とうろうの明かりもついておらず、部屋は真っ暗闇に包まれていた。襖を開けたことで明かりが差し込み、奥の方で布団の上に寝っ転がっている姿を見つけた。


 俺が声を掛けた数秒後にこちらに関心を示して、気怠そうな動きで起き上がって振り向いて来た。


「なんじゃ小僧……こんな時間に何の用――っ!?」


 俺の存在に気付いた後で、俺の背中にしがみ付いている玉さんの存在に気付いた。瞬間、不意に首の後ろに氷水を掛けられたかのように薄目だった目がガン開き、尻餅をついたまま壁際にまで避難した。


「た、たたた玉!? つ、ついにお前自身が乗り込んでくるなんて……嫌じゃあ! もう痛いのは嫌じゃあ!」


 トラウマスイッチが入ったようで、泣き叫びながら壁を這って上に逃げようとする。全然登れてないけど。


「ほ、ほら、思ってた通りこうなるじゃないのよ……。やっぱり合戦を終わらせない限り駄目なのよ……」


「そんなことないってば。玉さんはここで待ってて。コン子ちゃんは、一応玉さんが逃げ出さないように見張っててくれるかな?」


「…………(びしっ)」


 コン子ちゃんは軍人のように敬礼して、玉さんの背中に飛び乗った。さて、ここからがお節介の時間だ。


 二人を後ろに俺一人で酒呑童子に歩み寄る。すると何故か、玉さんではない俺にすら怯えの反応を示して来た。


「止めろぉ! ワシは無実じゃあ! 連行しないでくれぇ! 痛いのは嫌じゃあ!」


 恐怖で我を忘れてしまっているご様子。


「……親分」


 俺はニッコリと微笑みを浮かべる。


 そして――


「いつまでウジウジしてるつもりだこの腐れ童子がぁぁぁ!!」


「んがぁ!?」


 目くじらを立てて、手加減無しで思い切り頬を殴り飛ばした。


「いや……いやいやいや!? ちょっとちょっと主君!?」


 部屋の隅っこまで酒呑童子をぶっ飛ばしたところで、ムンクのような表情をした玉さんが慌てて駆け寄って来た。


「何してるのよ!? 合戦はしないって話じゃなかったの!? 全く話が違うんだけど!?」


「違うよ、今のは合戦を終わらせるために殴ったわけじゃないよ。流石にいい加減腹立ってさ。一発殴らないと気が済まなかった」


 それだけ言ってまた俺は単身で酒呑童子の元まで移動する。身体は縮んでも鬼なだけあって、人間如きの一撃で伸びるようなことはなかった。白目剥いて泣いてるけど。


「おいコラ起きろや腐れ童子。起きないならもう一発殴るぞお前」


「ま、待った待った! 起きる! 起きるからちょっと待て小僧! いや小僧様!」


「誰が小僧様だ! 俺は弥白だ! それとお前に様付けされたくないわ! 呼び捨てで呼べ、この腐れ野郎!」


「せめて童子だけでも付けて!」


「口答えするな腐れ!」


「すいません!」


 それから慌てて起き上がり、「正座しろ」と言って無理矢理その場に正座させた。


「初めて会った時も気落ちしたけど、今の怯えるお前を見てかなりムカついたぞ俺! 仮にも一家の大黒柱なんだろ!? 皆の先頭に立っていなくちゃいけない親分なんだろ!? なのに妻一人如きにそんな怯えて、なんだよその情けない様は!?」


「す、すいません!」


「すいませんじゃねぇ腐れがぁ!!」


 さっきは右頬を殴り、今度は左頬をぶん殴った。というか蹴り飛ばした。


「すぐ立てや腐れが!」と恐喝すると、言う通りにすぐ立ち上がってまた正座した。


「俺は謝って欲しいわけじゃないんだよ! いつまで妻と面も合わせずにそうして引き籠もってるつもりだって聞いてんの!」


「そ、それは……」


「それは?」


「…………いやだって玉怖いんだもん」


「いい歳こいたジジィが『だもん』とか使ってんじゃねぇ!! また殴り飛ばすぞお前!」


「ひぃぃ!? も、もう痛いのだけは勘弁してくれぇ!」


 手のひらを盾のようにして俺と距離を取る酒呑童子。俺はお構いなしに足裏を突き付けて何度も蹴飛ばし続ける。


「嫌だ嫌だと逃げてばっかかお前も!? それで周りにどんだけ迷惑掛かってると思ってんだ! そんな弱腰で逃げ腰の腐れ鬼があの酒呑童子だぁ!? 笑わせんなクソが! 俺はお前のような腐れ鬼に憧れてた自分が恥ずかしいわ!」


「そんなこと言われても困る! ワシがこうなったのも全部玉のせいなんじゃ! あいつがワシの意見を聞いてくれずに暴走して……」


「人のせいにしてんじゃねぇ!! 確かに玉さんにもかなり非があるけど、お前はお前で非があるんだってことに気付け!」


「ワシが悪い!? 何が!?」


「さっきも似たようなこと言っただろ! なんで面を向かい合わせて玉さんと向き合おうとしなかったんだってことだ! お前が逃げ腰になってこんな合戦することになって、そのせいで玉さんも引っ込みつかなくなったんだぞ!?」


 そろそろ顔がボコボコになってきたが、それでも俺は蹴ることを止めない。何度でも止めどなく蹴り続ける。


「この合戦のせいで玉さんが余計に暴走して、妖狐組と鬼組が険悪な仲になって、妖狐の皆は鬼達にセクハラされて、鬼の皆はコン子ちゃんに半殺されて、とにかくもう散々なんだよ! どれもこれも全部お前がしっかりしてないからだぞ!? お前が皆を止めないからこんな面倒臭いことになってんだぞ!? これだけ言われても何も思わないのかよ!」


「…………」


 酒呑童子は俯いたまま何も喋らなくなり、ただ俺に黙って蹴られるだけになった。


「あーあー残念だ! 本っ当に残念だよ俺はさぁ!? 天下の酒呑童子がこんな様じゃ、玉さんもいずれお前に愛想尽かすだろうなぁ!? 臆病者で根性無しで無責任な夫には付き合いきれませんってさぁ!?」


 酷い絵面だと自覚あるが、俺はひたすら蹴り続け、次第に力も強めていく。


「おら! どうした! 反撃もできないのか!? そうだよなぁ!? 所詮お前は名ばかりの腐れ鬼なんだもんなぁ!? 俗物如きがこの人間様に逆らうだなんてできっこないよなぁ!? 無責任な夫は馬に蹴られてなんとやらってなぁ!?」


「っ!……いい加減にして!!」


 鬼畜外道の所業に身を委ねていたところ、怒りの表情を見せた玉さんが酒呑童子の前に両手を広げて立ち塞がった。


「いくらなんでもやり過ぎよ! 一体何のつもりなの主君!?」


「うっせぇ! 邪魔すんな若作りババァ! 今俺はその腐れ鬼と話してんだ! 横槍入れんならお前もぶっ飛ばすぞ!」


「そう……つまり貴方は、私達をからかっていただけなのね? だったらもう容赦するつもりはないわよっ!!」


 玉さんが夫よりも鬼のような悍ましい形相になり、十本の尻尾を束ねて巨大な握り拳を形取った。


「んがぁ!?」


 俺は全身でその一撃を受け止めた。しかし想像以上の重い一撃に堪えられず、横回転しながら廊下の奥まで思い切りぶっ飛ばされた。


「うっはぁ……効くなぁ……」


 全身が焼けたかのような痛みに襲われるも、廊下を這って移動しながら酒呑童子の部屋の前までやって来る。中には入らないようにして、廊下側からこっそり中を覗き込んだ。


「大丈夫あなた!? しっかりして!」


 玉さんはボロボロになった酒呑童子を介抱していて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「玉……お前……」


「今は喋らなくて良いわ! このまま安静にしていて!」


 前までの玉さんだったら、酒呑童子を目の前に暴走して余計に面倒なことになっていた。だけど今はもう違う。今のあの人はちゃんと自分の夫のことを見ている。


 後は夫の方が気付くだけ。時間は……そんなに掛からないみたいだ。


「……いや、喋らせてくれ。お前と話したいことは山程あるからな。それに、こうしてお前とゆっくり話をするのは久し振りだからな」


「あなた……」


 さっきまで怖がっていたのが嘘だったかのように、酒呑童子は穏やかな笑みを浮かべた。玉さんも幾分か落ち着きを取り戻し、ジッとしたまま酒呑童子の言葉に耳を傾ける。


「さっきの小僧……弥白とか言ったか。全部あいつの言う通りじゃ。ワシがこんなだから、今までお前達にずっと迷惑を掛け続けてしまった。すまなかったな、玉」


「そ、そんな……それを言うなら私の方こそ! そもそも私が暴走しなければこんなことにはなってなかったのよ! だからあなたは何一つ悪くはないわ! あんなクソガキの言うことに振り回されないで!」


 クソガキ……かぁ。まぁ当然の報いだよね。


「妻の責任は夫の責任じゃ。仮にもワシはこの一家の大黒柱。お前を止められなかった時点で、ワシは夫失格じゃな……」


「そんなこと言わないで! そんなこと言われちゃったら……私の想いはどうなるのよ……」


「玉……」


 感極まって、玉さんが涙を零した。


「私はただ、貴方のことが好きだということを忘れて欲しくなかった。だから貴方に尽くそうとしたけれど……次第にそれは私自身のためだけの行動になってしまっていたことに気が付いたの。本当に……本当にごめんなさい……」


 心から謝罪の意味を込めて、玉さんは頭を下げた。


「……お前に頭を下げさせるくらいに不安にさせるとは、やはりワシは夫失格じゃの」


「っ……」


 このまま関係が崩れてしまうんじゃないか。そう思ったであろう玉さんは、一瞬肩を震わせた。


 でも生憎そうはならない。なるわけがない。今の酒呑童子の顔を見れば一目瞭然だ。


「だからこそ……ワシはまた一からやり直そうと思う」


「え……?」


 酒呑童子は朗らかに笑うと、そっと玉さんの背中に手を回して抱き締めた。


 抱き締められた玉さんは一瞬戸惑ったが、すぐに目を閉じて酒呑童子の胸に身を預けた。


「玉。こうしてお前と一緒にいて、ワシは今でもお前のことが好きじゃと知ることができた。この先もずっとお前と支え合いながら生きて行きたい。こんな貧弱になってしまったワシじゃが、付いて来てくれるか?」


「あなたっ……えぇ、勿論よ! 私もあなたのことが大好きよ……」


 歳を取った影響か、玉さんに続いて酒呑童子も涙を流した。これが鬼の目にも涙ってやつなのかな。


 ただ、あの人は世間で知られているような鬼じゃない。たった一人だけの妻を愛し、幸せな家庭を築き上げた普通の“人”だ。


 あんなに仲睦まじい夫婦を見たのはいつ以来だろうか。羨ましい程に今のあの二人は幸せそうに見える。色々あったにせよ、無事に仲直りできて本当に良かった。


「あり? 白君(びゃっくん)!?」


「あぁあああ!? 主様ぁ〜!?」


 そろそろこの場から立ち去ろうとして立ち上がったところ、廊下の奥から桜華さんと九ちゃん――と、満身創痍で松葉杖を付いた姿の温羅兄が駆け寄って来た。鬼ファミリー全員集合だ。


「お疲れ皆。ていうか温羅兄、動いて大丈夫なの?」


「大丈夫なわけねぇだろ……まだ腹に穴空いてんだぞ……」


 それでなんで動けるのか俺には理解不能だ。


「こんな奴放っておいていいですよ。それより主様の方こそ何があったんですか!? もしかしてお母さんにまた何かされて――」


「そんなことより、さ。皆でこの部屋の中に入ってあげて。たまには家族だけで団らんでもしたらどうかな?」


「団らんて……それよりお姉ちゃんは白君(びゃっくん)の傷の方が心配だよ〜!」


「そうですよ! そもそも本当に誰にやられたんですか!? 主様をこのような……ぶっ殺してやります主犯格めが……」


 それ実の母親殺すことになっちゃうから止めて。親子で殺し合いとか洒落にならないから。


「俺は大丈夫だから気にしないで。ほら、俺なんかより今は皆の親を優先してあげて」


「で、ですが主様!」


「……桜華さん」


「お願い」と目で訴える。その意味が伝わってくれて、桜華さんは「すぐに戻りますからね!」と言った後に、皆で部屋の中に入って行った。


「さてと……これでお役目終了かな」


 俺はゆっくりと立ち上がると、覚束無い足取りでフラつきながらこの場から離れて行った。




〜※〜




「あら? 皆揃ってどうしたの貴方達?」


「おぉ〜、無事仲直りできたっぽいね〜お母さん。いやぁ〜、一時はどうなることかと思ったけど安心したよお姉ちゃん」


「全くだぜ……ったく、ようやく回復したかクソ親父」


「温羅か。お前にも色々と迷惑を掛けた。すまなかったな今まで」


「止めろや俺に謝るとか。鳥肌立つっつの」


「あの……お母さん。先程傷だらけの主様を見掛けたんですけど、何があったか知っていますか?」


「あぁ……あのクソガキね。私がぶっ飛ばしてやったのよ」


「はぃ!? お母さんがですか!?」


「しかもクソガキ呼ばわりかよ……また何しでかしたんだあの惚け頭?」


「そうそう、聞いてよ貴方達! あのクソガキったら、私達のことをからかっていたのよ! 上手いこと私を黙らせて、私の大事な夫をこんなにボロボロにしたのよ! 信用し掛けていたさっきまでの私が恥ずかしいわ!」


「……それで、その後にどうしたんですか」


「決まってるじゃない。私がこの人を守って、自慢の尻尾で鉄拳制裁してやったわ。その後にこうして仲直りすることができたのよ! あぁ愛してるわ貴方……」


「あっちゃぁ〜、なるほどそういうことかぁ〜……まさかここまで良い人だったとはねぇ〜……」


「あんの馬鹿野郎は……ネタばらしもしねぇで、俺達全員に気を遣い過ぎだっつの……」


「え? 何? どうしたのよ二人して頭抱えて?」


「……本当に……本当に分からないんですかお母さん?」


「な、何がよ?」


「っ……まさか……まさかお母さんがそこまで大馬鹿者だと思いませんでした!! 見損ないました!! 貴女は最低のクズ野郎よ!! 温羅よりもクズな人が身内にいるだなんて思わなかった!!」


「ど、どうしたのよ桜華? 急にそんな怒り出して……」


「むしろなんで分からないの!? 主様は……主様はお母さん達が仲直りできるように、わざと憎まれ役を買ったのよ!?」


「え……?」


「きっと主様は、お父さんを傷付けることでお母さんが助けに入るって分かってたのよ! だからわざと温羅みたいなクソ野郎になって、お父さんを傷付けたのよ! お母さん達を仲直りさせるために!」


「そ、そんな……な、ならどうして本当のことを言ってくれなかったのよ!?」


「おいおいそれも分からねぇのかよ玉さん? 玉さん達が仲直りした後で真意を伝えたら、アンタらは今みたいに坊に罪悪感を抱くだろ?」


「つまり、白君(びゃっくん)はお母さん達のために最後の最後まで気を遣ったってことだねぇ〜。只でさえ左腕怪我してるのに、あそこまで無茶をするなんて……そうそういないんじゃないかなぁ〜、あんな優しい人間の子」


「っ……私は……なんてことをして……」


「桜華。一体あの小僧は何者なんじゃ? 何故ワシらにそこまでのことを……お、おい桜華!?」


「あ〜あ、私知〜らない。桜ちゃんを本気で泣かせるまで怒らせちゃって、二人ともしばらく口聞いてもらえないだろうねぇ〜」


「ま、俺達にゃ関係ねぇこった。んじゃ、せいぜいアンタらは仲睦まじく過ごしててくれ」


「さてさて〜、ぼちぼち私達も行こっか。ね、コン子ちゃ――あれ? いつの間にかいなくなってるし……」




〜※〜




 さっき温泉で多少は身体を癒したはずなのに、身体は限界を超えてクタクタだ。今日はもうさっさと寝てしまおう。


 ゆったりとしたペースで歩いて行き、鬼屋敷から妖狐屋敷の方へと移動する。それから指定部屋に移動して、部屋に入ったところで顔から力無く倒れ込んだ。


「お疲れシロ君。その様子だと色々あったみたいね」


「あっ、猫さん……」


 誰かに話し掛けられて顔を上げてみると、猫さんという先客がお茶を啜って待機していた。その傍らには応急措置の道具箱が。


「見掛けないと思ったら、俺の部屋にいたんだね。通い妻? 通い妻なの猫さん?」


「んにゃわけにゃいでしょ、そもそも妻って(にゃに)よ。今も昔も私は独り身よ」


「そんな寂しいことを言わずにさぁ。大丈夫、猫さんの将来はちゃんと俺が養ってあげるからさ。ちなみに俺はプロデューサーね」


「私にアイドルになれと!? って、そういう冗談は今はいいのよ! とにかく上着を脱ぎなさい!」


「脱いでだなんて猫さん大胆……夜だから良いけど」


「頰赤らめてにゃいで早よ脱げ!」


 倒れている俺を無理矢理持ち上げてきて、上着を剥がされてしまった。


 それから左腕の包帯を解かれて、新しい包帯で固定される。更に消毒液と綿を用いて、身体中にちらほらと見える擦り傷を治療してくれる。


「ちょ、猫さん痛いっ、初めてだからもっと優しくして……」


「だから頰を赤らめるんじゃにゃいわよ! 発言が際どいのよ!」


「はははっ、何を言ってるのさ猫さん。本当に際どいのは、猫さんがいつも着てるそのミニスカの着物じゃないか。見えそうで見えないのが(そそ)られびゃぁ!?」


 途中で思い切り背中に湿布を貼られた。そろそろ冗談はこの辺にしておかないと後が怖いか。


「全く……そんにゃボロボロにゃのに随分余裕ね。で、あのど変態の問題は解決できたのかしら?」


「うん、何とかね。きっと今頃家族皆でお喋りでもしてるんじゃないかな」


「ふーん……それでシロ君は一人で先に帰って来たわけね」


「そゆこと〜。いやはや一時はどうなるかと思ったけど、全部丸く収まって良かったよ」


「……本当に?」


 能天気に笑ってみせると、突如猫さんが俺を疑うような目で見つめて来た。


 思わず顔に出そうになったけど、一瞬だけ目を逸らして目を合わせた。


「本当にって、一体何のこと?」


「……ねぇシロ君、この傷は一体何処で付けて来たの?」


「あぁこれ? さっき温羅兄やキサナと一緒に妖狐達の入浴を覗きに行ってさ。でも結局全員見つかってこうなったんだよね」


「また私が知らないところで馬鹿にゃことを……でもそれって嘘でしょ」


 ぎくりと反応しそうになり、斜め下に視線を逸らす。


「う、嘘じゃないよ。温羅兄が作った地下道を通って行ってさ。そこで色々な葛藤が……ね?」


「いやそうじゃにゃくて。覗きに行ったのは本当のことにゃんでしょうけど、この傷はその時にやられた傷じゃにゃいでしょってこと」


 いくらなんでも鋭過ぎない?


「なんでそう思ったのかなぁ〜? そもそも俺が猫さんに嘘言ったことある〜?」


「今までは(にゃ)かったけど、今初めて嘘言ってるってことでしょ。顔に書いてあるもの」


「……ちょっと用事を思い出したので俺はこの辺で」


 居た堪れなくなって立ち上がろうとしたところ、しっかりと左腕の包帯を握られていた。逃がすつもりは更々無いと。


「本当のことを言いにゃさい。じゃにゃいと雪羅ちゃんに言い付けるわよ」


「うっ……わ、分かりました……」


 猫さんの威圧に観念して諦め、俺はさっきの出来事を包み隠さず話した。


「いだだだっ」


 話し終えたところ、結局猫さんは目を三角にして俺の頰を(つね)って来た。


「にゃんでまたそういう無茶をするのよ! 熊風の件といい、いい加減にしにゃさい!」


「ごめんなひゃい、この通り頭下げるから許ひて」


「そう言いにゃがら直立してるじゃにゃい!」


 もう片方の頰も抓られて左右に引っ張られて、頰が伸び切ったところで離された。意外とSだなぁ猫さん。


「あぁもう……シロ君の性格を否定するつもりはにゃいけど、自分の身を犠牲にするようにゃことは好ましく思えにゃいわよ。今後は控えにゃさいそういうの」


「やだ」


 頭をチョップされた。強めに。


「子供か! 素直に言うこと聞きにゃさいよ!」


「い〜や〜で〜す〜。だってもし俺がそういうこと控えたら、猫さんに何かがあった時に守らないじゃんか」


「そ……そんなヘマしにゃいわよ私は!」


「でも熊風に切り裂かれそうになってたでしょ」


「あ、あれは例外よ! もう大丈夫だもん!」


「だもん、だなんて……可愛いなぁもう猫さんったら〜」


「この流れで茶化すんじゃにゃいわよ! 本気で怒るわよ!?」


 いつもなら冗談半分で言っているところだろうけど、今の猫さんは本気で怒り出しそうだ。でもそういうさり気無い可愛さを見せるから悪いんだよ猫さん。


「とにかく、いくら相手が猫さんと言えども、その命令を聞くつもりはないので悪しからず」


「ぬぬぬ……だったらこっちにも考えがあるわよ!」


 やれやれ、頑固な子猫ちゃんだ。まぁ、何を言われようとも己の信念を曲げるつもりはないけどね!


「もし言うことを聞かにゃいと言うのにゃら……今後一切シロ君と口聞かにゃい!」


「なん……ですと……?」


 凄く単純で個人的なことだけど、それにとってそれはあまりにもリスクが大き過ぎる。猫さん依存症患者の俺から猫さんを奪うだなんて、やはりSかこの子猫ちゃんは?


「ちょ、それはないんじゃない猫さん? そんなの釣り合いにならないよ! 圧倒的に俺の方が不利じゃん!」


「…………」


 じっとりとした目で見つめてくるだけで、本当に口を聞いてくれなくなった。このままだと本当に口聞いてもらえなくなるよこれ。


「……あのね猫さん。俺は自分の身を呈して庇いたいくらいに、妖怪(みんな)のことが好きなんだよ。玉さん達だってそうだし、勿論猫さんだってそう。何もしないまま皆を見捨てるか、傷付くことを前提に助かるかなんて言われたら、猫さんだって俺と同じことをするんじゃないの?」


「…………」


「んだよ〜、じゃあ俺に皆を見捨てろって言うのかよ〜。酷いよ猫さん、残忍だよ〜」


「…………」


 だ、駄目だ。何言っても聞きゃしない。でもこればかりは認めたくないし、どうしたものか……。


「……うわっ!?」


 途方に暮れながらも必死に考え込んでいた最中、部屋の襖が勢い良く開かれた。その物音に思わず肩が跳ね上がり、咄嗟に後ろを振り向いた。


「コン子ちゃん?」


 入室してきたのは、鬼屋敷で団らんしていたはずの内の一人であるコン子ちゃんだった。


 開けた襖を閉めて中に入って来ると、猫さんの真後ろに隠れて立ち止まった。相変わらず無表情だから何を考えているのかさっぱり分からない。


「にゃんで分かってくれにゃいのよ! 私はただシロ君のことが心配で言ってるのよ!」


「にゃ!?」


 心配……そうか、そうだっんだね猫さん。猫さんは俺が傷付くところを見たくないと言ってくれるんだね……。


「シロ君は自分の身を軽く見過ぎにゃのよ! もっと自分の身を大事にしてよ! それでも嫌と言うのにゃら、せめて私を頼ってよ!」


「ちょ、ちょっと貴女(あにゃた)!?」


「シロ君の身はもう一人だけのものじゃにゃいの! シロ君が傷付くことで悲しむ人がいるんだから、その人達の気持ちも考えにゃさい! 私だってシロ君のことを大事に思ってるんだから!」


「ちょぉ!? 勝手に(にゃに)口走ってるのよさっきから!?」


 自分の身は俺だけのものじゃない……か。確かに今の俺には、この先も人生を共にするであろう皆が傍にいる。どうも考え無しに意地になり過ぎていたようだ。


「ごめんよ猫さん、俺は皆のことを考えてなかったよ。それと、まさか猫さんの中で俺が大事な人の一人になれていたなんて……感無量だね!」


「当たり前じゃにゃい! だって私は常日頃シロ君のことばかり考えて悶々としてるんだもの! 好き好きシロ君愛してる〜! フゥゥゥ!!」


「にゃぁぁぁ!? いい加減にしにゃさい貴女(あにゃた)ぁ!!」


「俺も好き好き愛してごはぁ!?」


 嬉しきカミングアウトに舞い上がって猫さんに抱き付こうとしたところ、ビンタでカウンターを入れられて軽く吹き飛ばされた。


 猫さんは真後ろにいたコン子ちゃんを捕らえようとする。しかしコン子ちゃんは軽快な動きかつ、わざと紙一重で躱す。


「シロ君好き〜! 私と結婚して〜! ラブラブにゃんにゃん〜☆」


「だから止めにゃさいよそれぇ!! (にゃん)のつもりよ一体!?」


 猫さんは叫んでるだけのはずなのに、何故か口を閉ざしているコン子ちゃんの方からも猫さんの声が聞こえた。もしかしてあれって……声帯模写? しかも腹話術の?


「くっ!? このっ――んにゃふ!?」


 部屋中で追いかけっこが始まったと思いきや、コン子ちゃんが上に飛んで猫さんの頭を踏み付け、そのまま猫さんは前から倒れて戦闘不能になった。


「まぁ……(にゃに)はともあれ、貴方(あにゃた)のお陰であの人達が仲直りしたのもまた事実。本当にありがとうシロ君」


 コン子ちゃんは猫さんのキャラを借りて、無表情のまま手を差し出して来た。


「ん、どういたしまして」


 同じく手を差し出してキュッと握り返すと、慰められるように背中をぽんぽんと叩かれた。気を遣ったつもりだったのに逆に気を遣わせてしまうだなんて、俺もまだまだだなぁ。


「主様!? 何処ですか主様ぁ!?」


 すると、今度は廊下の方から桜華さんの叫び声が聞こえて来た。というより泣き叫んでるもしかして?


 ……そう言えば、雪羅のフォローもしなくちゃいけないんだった。やれやれ、ゆっくり休みたかったけどまだそうもいかないらしい。


「ちょっとまた出掛けてくるね。猫さんの管理宜しくコン子ちゃん」


「…………(こくり)」


 すっかり打ち解けられた子狐を尻目に、俺はまたトラブルの種を回収しに行った。






「…………ありがと(にぃ)

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