温泉での女妖怪ガールズトークとお説教
「何だか騒々しいわね。一体何事?」
「あっ……玉様」
詰み掛けたその時、ついにメインターゲットなる玉さんが現れた。
すぐ目の前まで手を伸ばしていたコン子ちゃんの手が止まり、穴から見える視界から消えた。どうやら玉さんが現れたお蔭で、奇跡的にも一命を取り留められたようだ。
敵に塩を送られたようで情けないとは思うけど、この際プライドなんてどうだっていい。助かる手段を選べる立場ではないのだから。
「覗きしてた人がいたんだってさ~。それでついさっきコンたんがその内の一人を仕留めたところ」
「あぁ……ついに中にまで魔の手を伸ばしていたのね。見つかったのなら良かったけど。ほら、いつまでも騒いでないで大人しく湯に浸かってなさい。身体もきちんと洗うのよ」
玉さんによって妖狐達が落ち着き、平和的な空気が辺りを包んだ。どうやら俺だけは無事に済みそうだ。何だか温羅兄達には申し訳ないけど、せめて成すべきことだけは成してみせるよ。
監視……いや、もう覗きはよそう。俺だけ良い思いをするのはなんか違うし。でもこれから繰り広げられるであろうガールズトークを盗み聞くくらいなら、多分バチは当たらない……よね?
「もう……癒されに来たはずなのに、余計に疲れちゃったわ」
「ごめんなさい雪羅さん……。うちのゲスがとんだ迷惑をお掛けしました」
「桜華が謝ることないってば。全く、何が男の意地よ。結局は欲望に身を委ねて狡い手を使っただけじゃない」
「ですね。こうなった以上、もう頼れる人は主様しかいませんよ。そういえば主様は今頃何をしているんでしょうか……」
助かったと思ったのも束の間、桜華さんが俺の名前を挙げたことによって俺の心臓が一瞬跳ね上がった。
「……そういえばまだ頭を洗ってないの忘れてた。私ちょっと洗ってくるね」
「え? あ、はい……」
すると、急に雪羅が温泉を上がって、こっちの方に近付いてくる気配を察知した。
そしてさっきのコン子ちゃんのように、俺が使ってる穴の目の前で立ち止まった。それからすぐにわしゃわしゃと髪を洗う音が聞こえてくる。
俺はまた恐る恐る穴を覗こうとして……途中で思い止まった。その覗き穴から小さな氷塊が落ちて来たせいだ。
何となくその氷塊を拾ったところで、天井の特定の部位が凍り付くのが見えた。それは、ご丁寧に形取られた氷文字のメッセージだった。
『もしそこに隠れているのなら、今落とした氷塊を返して来なさい』
俺がいることに確証を持っているのか、内容が完全に脅しだった。
無視を貫き通したいところだけど、それだと雪羅が何をしてくるか分かったものじゃない。俺は雪羅の良心を信じて、大人しく氷塊を穴から突き出して返却した。
その後、メッセージが溶けて無くなり、また新たなメッセージを送って来た。
『後で私の部屋に来なさい。それと、後一度でも覗きをしようものなら……分かるわね?』
幸いにもここで存在をバラすつもりはないようだけど、代わりに恐怖のお説教の時間を予約されてしまった。無論、すっぽかしは禁止事項。万が一それをすれば、皆の前で磔にされることは必定なり、と。
偶然持って来ていた小さなメモ用紙とペンを取り出し、『誰の裸も見てないので許してください』と書いた物を小さく丸めて突き出した。
数秒後、『そういう問題じゃない』と返って来た。ごもっともです。
そこで雪羅とのやり取りが終わり、髪を洗い終えた雪羅は桜華さんの元へと戻って行った。というか何で俺の居場所が一目散に分かったんだか……。末恐ろしい女よ。
「桜華。さっきの話だけど、きっと今頃弥白は一人でエッチな本でも読んでると思うよ」
「エ、エッチな本って……そうでしょうか? 私はお母さんをどうにかする方法を考えている最中だと思うんですが……」
「ううん、それこそないと思う。弥白って結構気分屋だし、緩く見えて裏ではしょうもないことばかり考えてるんだよあの人。だって昔からそうだったもの」
ここぞとばかりに俺の悪口を吹き込んでいく。できたら桜華さんの中の俺の印象を悪くしないで欲しいんだけどなぁ。蜂は二度刺すだけなのに、つらら女は何度でも刺してくる妖怪らしい。
「そういえば雪羅さんは、昔から主様とお知り合いなんですよね。そもそも一体何処で会ったんですか?」
「単純に言ってしまうと、雪崩に巻き込まれて死に掛けていた弥白を私が拾ったの」
そこは素直に“助けた”と言ってくれても良いのでは?
「な、雪崩!? それでよく生きていましたね主様……」
「悪運が強いってことなんじゃないかな? 羨ましいとは思わないけどね」
「私は羨ましいです。何故か昔から不幸に合う確率が高いので……」
「……貴女も色々と大変なのね」
「私はそうかもしれませんけど、今の雪羅さんはまだマシですよ。あんなに主様と仲が良いんですから」
一応仲良くは見えてるらしい。少し嬉しい。
「でもあの人とずっと一緒にいると大変だよ? 隙あらばからかってくるし、何度も人を振り回してくるし、セクハラみたいなこと言ってくるし、もう散々よ」
「そうなんですか? 私は主様に良くしてもらった記憶しかないんですが……」
「それは桜華が可愛いからだと思うよ? 可愛い子に弱いからあの女タラシ」
失礼な、誰が女タラシだ。俺は清く正しい萌えコンなだけだ! 可愛い子が好きなんじゃなくて、萌えのギャップを備えている人が好きなだけだ!
……可愛いと萌えの違いってなんだろう。
「でもそれだと雪羅さんが可愛い人ではないということになりますよ? こんなに綺麗なのにそれはおかしいですよ」
「さぁ、実際どうなんだろうね? 昔は仲良しだったけど、今はあんまり好ましく思ってなかったりしてね。だって所詮私はメンヘラだもの……ハハッ……」
「う、鬱にならないでくださいよ雪羅さん。あっ、そうです分かりました。雪羅さんは可愛いと言うよりは綺麗系な人なので、きっと主様は綺麗な人に悪戯したくなるような性癖があるんですよ!」
性癖って……悪意はないんだろうけど、もう少し言い方ってものが……まぁ否定しないけどさ。
「そのフォローはちょっと厳しいかなぁ……きっと私だから当たり方が違うのよ。メンヘラだから手厳しいのよ。これから時が過ぎていくごとに疎遠になっていって、最後には捨てられて終わりなのよ……」
「そんなことないですって雪羅さん。それにその言い方だと、主様のことを信用していないように聞こえますよ?」
「……むぅ」
「それに、こんな私でも優しくしてくれる人なんですから。時には雪羅さんにも優しくしてくれますよきっと」
……これ終わったら早速優しくしてあげよう。貴女は女神か桜華さん……。
「何々〜? 一体何の話をしてるのかなお二人さ〜ん?」
二人だけで会話していたところ、身体を洗い終えた九ちゃんが混ざって来たようだ。めっちゃ覗きたいけど禁じられている故、この状況が物凄く焦れったい。
「九姉さんには関係ない話ですよ。私は雪羅さんとゆっくりお話ししたいので、姉さんはお母さんとでも話していてください」
「あぁん、冷たいにゃ〜桜ちゃん。私とも仲睦まじいスキンシップ取ろうよ〜?」
「あぁもう、ベタベタ触らないでください。あっ、コラ! 勝手に胸を揉まな、やんっ」
桜華さんが一瞬色っぽい声を上げた。危うく鼻血が吹き出るところだ。あんな声出せるのね桜華さん……。
「むっほほ〜、桜ちゃんまた大っきくなったんじゃない? 隠れ巨乳とは憎い奴め〜、このこの〜」
「姉さんに巨乳呼ばわりされたくありません! それ以上過度なスキンシップ取るつもりなら、その細い腕を小枝のようにへし折りますよ!」
「そんなこと言って〜、お姉ちゃんに暴力振るったこと殆どないくせに〜」
じゃあ少しはあるんだ。むしろ少しで済んでるのが凄い。桜華さんが手厳しいのは温羅兄率いる男勢だけで、女の子には基本優しいのかも。
「くっ、また調子に乗って……せ、雪羅さん助けてください〜」
「やれやれ……なんだかんだで人気者なのね桜華は。ほら、それくらいにしておいた方が良いよお姉さん。桜華に嫌われたくないのならね」
「それを言われちゃうと痛いなぁ〜。お姉ちゃん、家族激ラブな人だからねぇ〜」
過度なスキンシップはどうであれ、実際九ちゃんは良き姉だと思う。俺も九ちゃんのような美人でノリ良い姉が欲しかったものだ。
……これ聞いたら拗ねるだろうなぁ、厠姉さん。
「で、結局何の話をしてたんだい?」
「主様のことですよ。姉さんも少しお話していましたよね?」
「あぁ~、白君のことか~。いやぁ、変わった人間の子だよねぇ~。私と馬が合いそうだし、お姉ちゃん気に入っちゃったよ~」
俺の方が一方的にじゃなくて、九ちゃんも同じことを思っていてくれたらしい。光栄なことだ。
「気に入るのは結構ですけど、悪ノリして主様に迷惑だけは掛けないでくださいよ。『姉さん=悪循環の前触れ』みたいなものなんですから」
「そんな人を疫病神みたいに言わんでよ~。こっそり夜に添い寝に行こうかなぁと思ったくらいだって~」
「早速問題大有りですよ! そんなことしたら雪羅さんに八つ裂きにされますよ!」
「桜華? 貴女の中では、『弥白に害が及ぶ=私の暴走』という方程式でもあるの? それは私に対する当て付けだったりするの?」
実際俺に何かある度にキレてたんだから、そう思われていてもおかしくないでしょうに。だから暴力駄目
よとあれほど言っていたのに……。
「八つ裂きねぇ……桜ちゃんはともかくとして、そもそも君は白君の何なの? 実は地味に気になってたんだよねぇ~」
「な、何って……」
恥ずかしがっているのか、急に押し黙る雪羅。そこはハッキリ言うべきところだろうに、そんな反応しちゃったら……。
「ん~? あれ~? もしかして人に言えないような関係なのかなぁ~? 私はただの友人だと思ってたけど、実は肉体だけを求めてる愛人一号だったり?」
「人を勝手に痴女呼ばわりしないでくれる!? そんな爛れた関係なわけないでしょ!」
「じゃあ少し言い方変えて、白君ハーレム要員の一人?」
「…………」
ギロリとこっちを睨み付けて来たような感じがした。急に全身に鳥肌が立ったのがその根拠だ。
「……確かに弥白は少しジゴロなところがあるかもしれないけど、大勢の女の子を誑かすような人じゃない。少なくとも私はそう信じてるわ」
嬉しいこと言ってくれてるけど、明確な答えになってないよそれ。
「ふ~ん、そう。で、結局はどういう関係? 有耶無耶にしようとしたみたいだけど、そうは問屋が卸さないよ~?」
ほら、九ちゃんにも見抜かれた。話逸らすの下手だなぁ。
「あぁもうしつこいこの人! 私達のことは放っておいて!」
「放っておいてと言われると、余計に構いたくなっちゃうのがお姉ちゃんの性! それに本当に何でもない関係だって言うなら、お姉ちゃん狙っちゃおうかなぁ~って思ってるからさぁ~」
「「はぁ!?」」
まさかのモテ期到来? しかも、同い年系の幼馴染と年上系お姉ちゃんの板挟みときたもんだ。最近周囲に恵まれすぎてて逆に怖くなってきた。
「な、何調子付いたこと抜かしてるんですか! 身体付きが良いだけの尻軽女に何ができるっていうんですか!」
「巨乳でグラマーなだけが長所のビッチ相手に、弥白が陥落するわけないでしょ? 貴女のような人はそこら辺の男に向かって腰を振り続けていれば良いのよ」
「お、おぉう……急に口悪くなったね、お二人さん。こう見えてお姉ちゃんまだ処女なんだけどなぁ……」
流石に言い過ぎでは? 雪羅はともかくとして、桜華さんがそこまで怒らなくても……。
「でもでも~、私だって恋する乙女なんだし~? それに誰が誰を好きになろうと私の勝手だと思わないかなぁ~?」
「っ……そ、それは……」
納得のいく理論に桜華さんが怯んだ。桜華さんも何か思うところがあるんだろうか?
「だ・か・ら、別に二人の許可を取る必要なんてないよねぇ~? にゃっはは~」
「くっ……物凄い腹立つんだけどこの人……」
「こういう人なんですこの人は……。本当なら一発かましてやりたいところなんですが、それだと何だか負けたような気がしてならないんです……」
「そうね……私も一思いに串刺しにしてやりたいと思ったけど、それだと勝負に逃げたみたいで納得いかないわ。この人にだけは女として負けたくない……」
二人の闘志がこちらにも伝わってきているのか、気温が上がって熱くなってきた。女の子達の戦いっておっかないね。俺は温羅兄と極力仲良くしておこう。
「何なら今度女子力勝負でもする? 誰が一番女らしいところをアピールできるかっていうのを基準にして。私こう見えて家事スキル高いよ〜?」
「望むところです! なので今からもう屋敷に戻りますよ!」
「え? 今日? お姉ちゃんまだゆっくり湯に浸かってたいんだけど……」
「自分から勝負を振っておいて何を言ってるの? 女のプライドを粉々に砕いてあげるから、さっさと行くわよ」
「いや、だからまだ湯に浸かって……いたたっ!? 尻尾は引っ張らないでよぉ〜!?」
少々調子に乗り過ぎた九ちゃんは、二人のおっかない女二人組に連行されていった。今日はあの二人の知らない一部分を垣間見たような気がするなぁ。
……さて、遊びはもうここまでだ。本当の勝負はここから。玉さんが一人になるまで、ジッとここで待機しなければ。
雪羅達の話を聞いている内にも、妖狐達が出て行く音が何度か聞こえていた。多分人数的にはもう半数を過ぎていると予測する。
こうして時が過ぎているのを待っている間にも、着々と妖狐達が出て行く足音が聞こえてくる。ここまでは順調だ。後は、一番の危険人物であるコン子ちゃんが何処で何をしているのか、ということだ。
あの子は身体が小さいからか、足音が小さかった。こっちに近付いてきた時にやっと聞き取れるくらいだ。
下手に出て行けば八つ裂きにされるだろうし、ずっとアクションを起こさなければ玉さんが出て行ってしまうかもしれない。やはりリスクは常に隣り合わせ……か。
數十分が経過。妖狐達は既に全員出て行ったようで、話し声の一つすら聞こえない。唯一聞こえるのは、「はぁ」だとか「ふぅ」だとか「そこね……」という、玉さん一人の呟きくらいだ。
……ん? “そこね”?
「…………っ!?」
妙な呟きに疑問を抱いた瞬間、突如天井の蓋が何者かによって開けられた。
咄嗟に上を向くと、見えたのは人影ではなかった。ゆらりゆらりと夜風に靡いている、数多の狐の尻尾だった。
反射的に逃げ出そうとするも、触手のような尻尾で胴体を拘束されてしまい、後に全身を巻き取られて覗き穴から引っ張り出されてしまった。
「やっぱり貴方だったのね、主君?」
温泉に浸からせないように俺を自分の元まで引き寄せて、余裕の笑みを浮かべている玉さん。そしてそのすぐ隣には、相変わらず無表情のコン子ちゃんの姿が。
何気なく周囲を見渡すと、屏風覗きと温羅兄がポルノ画像のようなことになっていた。
体温が下がり、血の気が引いていく感覚に襲われる。完全に詰んだ。ごめん温羅兄、俺の命もどうやらここまでのようです……。
「せめて……せめて楽に死なせてください……」
「ふふっ、そう? それじゃ早速……」
と言うと、玉さんは一瞬俺の拘束を解いて俊敏に尻尾を動かし、俺は瞬く間に衣服を全て剥ぎ取られてしまった。
「いやぁぁぁ!? せめてパンツだけでも残してぇ!」
「それだと温泉に入らないじゃない。お仕置きされたくなかったらジッとしていなさい」
裸にひん剥かれた瞬間にまた一瞬で全身を拘束されて、玉さんとコン子ちゃんの間のところに位置付けられた。
ゆっくりと下に降ろされていき、足先から全身に至るまで温泉に浸からされる。すると、丁度良い湯加減が髄の先まで染み渡り、自然と顔全体が緩んだ。
「おぉぉ……滅茶苦茶気持ち良い……」
「そうでしょうね。私達の自慢の湯だもの」
覗きの被害に遭ったはずなのに、何故か気分を良くしている玉さん。と言っても、二人はバスタオルを身体に巻いているので、完全な覗きの被害に遭ったわけではないのだけれど。
それでも彼女達は俺を許しはしないだろう。恐らく今俺を温泉に浸からせているのは、天国のような気持ち良い感覚を先に味合わせておいて、後に地獄に叩き落とすために違いない。
流石はサドのスペシャリスト。やること成すこと全てがエグい。
温泉の気持ち良さから我に返って、涙目になりながら身体を震わせる。まるで子兎のように怯える俺を見た玉さんは、口元に手を当てながら苦笑した。
「冗談よ、そんな怖がらないで主君。少なくとも今の私は、貴方に何かをするつもりはないわ」
「“今は”だよね? それって後に何かするつもりだと解釈しても宜しいので……?」
「そうね。このまま屋敷に連れ帰って私色に染め上げるつもりよ。大丈夫、痛いのは最初だけよ。後々ゆっくりと気持ち良くなっていくんだから……」
頰に手を当てながら頰を赤くし、舌をペロリと出して妖艶に笑う玉さん。今の姿でそれをされると、怖さよりエロさが強調されてしまうので、不思議と今以上に恐怖心を抱くことはなかった。むしろ少し興奮した。
……うん。着実に俺も懐柔されていってるね。時間の問題だなぁこりゃ。助けてください雪羅様。
「それと、下手に逃げ出さない方が良いわよ? コン子には常に貴方の首を狙っておくように伝えてあるから」
チラリとコン子ちゃんの方を見ると、はむはむと油揚げを甘噛みして惚けていた。狙うどころか眼中にすらない様子なんだけど。
……いや、今になって気付くと、さり気無く右手首を掴まれていた。利き腕もへし折られるのだけは御免だし、これは確かに動かない方が良さそうだ。
「……ねぇ、主君。貴方には今良い人がいるのかしら?」
「良い人って……好きな人ってこと?」
「えぇ」
また急な話をする人だ。別に構わないんだけどさ。
「さっき桜華さんと話してた銀髪の女の子がいたでしょ? あの子がそうだよ」
「あぁ、あの密かに気が強い子ね。貴方あの子にメンヘラだって言ったんだってね?」
「聞いてたんですか全部……」
「妖狐族は生まれつき耳が良いのよ。特に私は地獄耳だから」
どサドな上に地獄耳ですか。ハンター稼業に向いてるよこの人。もしくは必殺仕事人とか?
「駄目じゃないそんなこと言ったら。乙女心はシビアなものなのよ」
「それを玉さんに言われてもなぁ……」
「なんて?」
巻き付いている尻尾の締め付け具合が急激に強くなる。
「いだだだっ!? ごめんなさい冗談です!」
「発言には気を使いなさい?」
「は、はい……」
なんというか、母親に叱られているような気分だ。その理由は理不尽だけど。あぁ、本当の氷麗という存在はとても優しい人のはずなのに……。
「でもまぁ、俺達は喧嘩のやり取りも楽しんでるような仲だから、これといって不安要素はないんだよね。というか俺のことよりもさ、玉さんは自分のことを心配しなよ」
「むっ……」
「小生意気に反論して来たな此奴……」とでも言いたげな顔だ。そうだそうだ、自分のことを棚に上げちゃいけないよ。
「玉さんに聞きたいんだけどさ。この合戦って勝った方が負けた方に命令できるわけでしょ? でもそれで本当に酒呑童子と元通りの仲に戻れると思うの?」
「……も、戻れるわよ……多分」
「自信ないんじゃん。それじゃ本末転倒だよ。むしろ余計に溝が深まると思ってるんじゃないの?」
「う、うるさいうるさい! だってそうでもしないとまともに話ができないんですもの! 仕方無いじゃない!」
駄々っ子だ。身体の大きな駄々っ子がいる。良い歳して恥ずかしくないのかなぁこの人は。
「だったらまずこんな合戦を止めようよ。それから落ち着いた後で、ゆっくり話をすれば良いよ。それなら酒呑童子も応じてくれるかもしれないよ?」
「それができたら今まで苦労してないわよ! あの人の前に立つと、どうしても高ぶる感情を抑えられなくなるんだもの!」
「そこは我慢しなさい」
「嫌よ! というか無理よ!」
「なら我慢できるように努力しなさい」
「そんな悠長な時間はないから無理!」
「じゃあもう諦めなさい」
「絶っ対嫌よ!!」
嫌、無理、そればっかりだ。流石にイラっとしてきた。
「嫌とかできないとか、そういうことばっかり言ってるから解決しないんだよ。もう少し視野を広げて物事を考えないと、今のまま何も変わらないよ?」
「私に説教なんて数百年早いわ! 出直して来なさい!」
「……ふぅ」
右腕に馬鹿力を込めて尻尾の拘束を解き、玉さんの頭に一発だけゲンコツを叩き込んだ。
「痛ぁっ!? 何するのよ年長者に向かって! しかも見た目に寄らずに怪力ってどういうことよ!」
「今は年上も年下も馬鹿力も関係ありません。そんな我儘ばっかり言われたらそりゃ俺も怒るよ」
「くぅ……コン子!」
都合が悪くなったところで、最も頼りになる娘の名を呼ばれた。
しかしコン子ちゃんは玉さんの呼び掛けに全く反応せず、温泉に浮いた状態のまま辺りを彷徨っていた。気分なのか故意なのか分からないけど、結果的に空気を読んでくれたことはありがたい。
「自分のことなんだから、そうやって娘に頼んで都合悪いこと全部有耶無耶にしようとするのも駄目だよ。観念して真面目に俺と話をしなさい」
「なによもう……。なんで私が怒られないといけないのよ? 私はただあの人と仲直りしたいだけなのに……」
すると今度は体育座りになって、ぶつぶつ愚痴を呟きながら拗ね始めた。こんな面倒臭い大人を相手するなんて初めての経験だ。
「あのね玉さん。君は色々と勝手に解釈し過ぎなんだよ」
「勝手に解釈って……別にそんなつもりは……」
「自覚ないだけだよそれ。酒呑童子をSだのMだの決めつけてたでしょ」
「この世にSでもMでもない人が存在するわけないじゃない」
「そうかもしれないけど、玉さんのように極端な人はあんまりいないから。少なくとも酒呑童子はそうだったよ」
そもそもあの人は性欲を満たすことよりも、落ち着いた癒しを求めていたし。
そりゃ付き合い立ての頃は毎日ハッスルしたいくらいにお盛んなんだろうけど、歳を重ねればそういった直接的な愛情の表現は次第に薄れていくものだろう。でもそれは愛情が冷めたというわけじゃなくて、『一緒にいるだけで安心できる』というような安らぎを求めるようになるんだろうと俺は思う。
要は、玉さんの性的な精神年齢が若過ぎるからこんなことになっているんだろう。もしくは酒呑童子が癒しを求める時期が早いか……いや、それはないか。だってこの人達は、俺よりも遥か昔に産まれて生きているのだから。年長者というレベルじゃ収まらないくらいに。
ただ、だからといって玉さんの愛情を否定するわけでもない。逆に言えば玉さんは、これだけの長い年月を共にしていても酒呑童子をずっと愛し続けているのだから。
桜華さんだって玉さんのことを凄く優しい人だと言っていた。ただ性格? 性癖? に難があるというだけで、根は優しい人なんだろうなと思う。実の娘にそう思われているのがその証拠だ。
「好き好き言って詰め寄る今の玉さんは、本当は酒呑童子のことを見てないんじゃないかな。自分の焦がれた欲求を満たしたいってだけでさ」
「うっ……」
図星を突かれたことが効いたのか、逆切れして言い返して来なくなった。今になって思い返して、色々と思うところを見つけられたんだろうか。
「玉さんは酒呑童子の妻なんでしょ? 余計なお世話だと自分でも思ってるけど、妻ならちゃんと酒呑童子のことを見て支えてあげなきゃ。お互いを理解し合いながら支え合って生きていく、それが夫婦という関係なんだと俺は思ってるよ」
それは、自分にも言い聞かせている言葉だった。俺もいつものノリで雪羅に禁句のワードを言っちゃったし、まだまだ雪羅のことを理解できてない部分があるから。
ともかく、これで伝えたいことは伝えられた。本当は玉さんに襲撃を掛ける予定だったけど、こうして話をして気が変わった。
俺は俺のやり方でこの二人を問題を解決してあげよう。玉さんに襲われた時はあまり関わり合いになりたくないと思っちゃったけど、やっぱりこういう不器用な人って放っておけないんだよなぁ。
「……貴方ってまだそんなに若い子供なのに、中身はきちんと大人なのね。主君を見てると何だか自分が恥ずかしいわ」
少し落ち込んだ様子で目を伏せながら苦笑する玉さん。
「大人っていうのとはちょっと違うかなぁ。単純に緩い考え方が好きってだけだよ」
「ふふっ、つまりは思考がお爺さんってことかしらね。ちなみに主君は疲れを癒したいって時に、女の子にどういうことを求めるのかしら?」
「俺? そうだなぁ……小春日和の縁側で膝枕してもらって、のんびり耳掻きでもしてもらえたら最高だよね。その後に温かいお茶を肴に猫を愛でるとか」
「うん……完全にお爺さんね。今時珍しい子ね貴方」
「スローライフが俺のモットーですから。と言いつつ色々と刺激を求めて徘徊してるけどね」
冗談を言いながら気さくに笑ってみせる。そんな俺を見てか、玉さんも釣られて笑っていた。
「不思議ね。主君と話していると凄く気が楽だわ。そういうところにあの娘も惹かれたのかしらねきっと」
「引かれた? まぁ確かに、昔はよく周りにドン引きされてたよ俺」
「そういう意味ではないのだけれど……ちなみにその理由は何なの?」
「そう聞かれると色々あるけど……中でも酷かったのが、小学生の頃に褌一枚だけの格好でファイアーダンスを舞いながら村中をさ迷い歩いてた時かなぁ。週一でやってた」
玉さんに白い目で見られた。でも意外なことに、こっそり話を聞いていたらしいコン子ちゃんが背を向けて口に手を当てながら肩を震わせていた。見た感じ笑ってるっぽい。
「何がしたかったのよそれ……?」
「自分の羞恥心の限界が知りたかった。どこまでやれるんだろうって」
「まずそれを実行に移す時点で、貴方に羞恥心なんてものは欠片もないわよ!」
「でも逆に羞恥心ってない方が良くない? 何でもできる気がするんだけど」
「あのね……貴方はブレーキが機能しない車に乗りたいと思う?」
「……思わないけど、それを玉さんに言われてもなぁ」
「なんて?」
巻き付いている尻尾の締め付け具合が再び急激に強くなる。
「ぐおぉぉぉ……そ、そうやって人に当たって目を背けようとしても無駄ですよぉ……」
「主君のお蔭でようやく自覚できたけど、やっぱり人に言われるとムカつくのよ」
締め付けが緩み、ようやく尻尾による拘束が解かれた。全裸だからせめて股間だけ隠して欲しいんだけど……。
「やれやれ……さてと、それじゃそろそろ行こっか」
「行くってまさか……今からあの人に会いに行くとか言わないわよね?」
「逆に聞くけど、この流れでそれ以外に考えられることってある?」
「…………ないけど」
まだ覚悟ができていないのか、肩を震わせて青白くなる玉さん。だが知ったことではない。
「じゃあ決まりだね。ほら行くよ」
「ま、待って待って! まだ心の準備ができていないというか……それにほら、もう少し温泉に入っていたいじゃない!? 主君だって私達とまだ混浴していたいでしょう!?」
「混浴というか家族風呂に入ってる感覚だけどね今。逃げ道を作る口実を考える暇があったら、これから会話する話の内容でも考えてなさい」
「い~や~! 助けてコン子~! 主君が私を虐める~!」
またそうやって助けを乞うも、コン子ちゃんは温泉の中央でフラフラダンスを踊るのに夢中になっていた。人に言えた義理じゃないけどホントに変わった子だ。
事が終わったら、俺は俺であの子と仲良くなる算段を企てねば。萌えコンの欲求を満たすために。
「見逃してくれたらパフパフしてあげるわよ? それでも駄目?」
「駄目」
「い~や~!」
これ以上この人妻が馬鹿やらかさないために、俺は着替えた後でそそくさと温泉宿から出て行った。




