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監視という名の己の欲望との闘い

 河童との同盟を果たして数時間後。幸いにも、玉さんの方から鬼屋敷に何か仕掛けてくるようなことはなく、まるで嵐の前の静けさのように時が過ぎていった。


 鬼屋敷に戻って来たところでまた雪羅と桜華さんの二人と合流したけど、作戦の内容は温羅兄に口止めされているため、お口チャックでシラを切り通した。


 無論のこと、作戦内容について物凄い追求された。ただし、追求して来たのは桜華さん一人だけだった。雪羅は俺にメンヘラ発言されたことが余程応えていたようで、温羅兄の部屋の押入れに引き籠ってしまったらしい。


 桜華さんじゃどうしようもなかったため、俺が説得役を買って出た。結果、どうにか雪羅に出て来てもらうことができたものの、未だに情緒不安定なので取り扱いには注意してと皆に伝えた。


 それから鬼屋敷の方で大人しく待機し、今現在の時刻は夜の六時半。後十分後にここを発つ手筈で、俺達は色々と準備に取り掛かっていた。


「坊。作戦通り、脳筋と雪ん子は妖狐組に送っといたぞ。玉さんが温泉で何か怪しい動きをしないか確認してもらうため、監視役を頼むと言っといたが……」


「うん、それで良いよ。桜華さんの話によると、温泉中の玉さんは完全にオフらしいからね。妙なことしない限り、これで二人は安全だよ」


 温羅兄のプライドを尊重して、あの二人には一切手を貸してもらわない方向でこの作戦を実行する。監視役なんてものはただの建前で、二人にはゆっくり温泉で身を清めてもらおう。


 ……二人の裸が見たいから送り込んだとか、そんなことは決してない。あくまで俺は二人の身の安全を優先し、日頃の疲れを癒してもらいたいと思っただけ。邪な感情は一切ない。


 ただまぁ……見張り中に見えてしまったとしたら、それは不慮の事故だ。俺は何も悪くない。全ては酒呑童子の安寧のためだ。


「おい小僧。ワシにもビデオカメラを一つよこさんかぃ。もしくは双眼鏡があれば尚良し」


「しょうがないなぁ。それじゃビデオカメラを貸す条件として、君達河童には他に全うしてもらいたいことがあるから聞いてくれるかな」


「やってもらいたいことやと?」


「うん。あのね――」


 若頭に耳打ちをして、担って欲しい役割の内容を伝えた。


「な、なんじゃと!? おめぇ正気か!? それはワシらに危ない橋を渡らせてるようなもんやないけぇ!」


「でも上手くいけば満足のいく結果になると思うけど?」


「それはまぁ……そうじゃが……」


「大丈夫、自分の可能性を信じて若頭。それに極道に危険は付き物でしょ? そのくらいの度胸を見せてよ。そしたら俺も君達のことを見る目が変わるかもしれないよ?」


「けっ……しゃぁなぃのぅ。仕方無ぇが引き受けてやる」


 こういう思考が単純な人は、少し煽てさえすれば簡単に首を縦に振ってくれる。その単調な性格に今は感謝しておこう。


「シロよ、そろそろここを発った方が良いのではないかの? 初デートは三十分前行動が当然のように、見張りも早め早めに動いておくべきじゃ」


「それもそうだね。それじゃ温羅兄、作戦開始ってことで宜しいかな?」


 必需品の装備はバッチリ。温羅兄も準備万端なようで、俺の問いに親指を立てて応えた。


「よし……それじゃ現在六時三十五分にて、玉さん奇襲作戦を開始する! 全員俺に続けぇ!!」


「「おぉ〜!」」


 俺とキサナだけが拳を突き上げて返答し、残りの河童勢は見向きもせずにそそくさと外に出て行った。


「お、おい!? 何処行くんだよテメェら!?」


「あぁ、良いの良いの。河童達には俺から指示を出しておいたから、俺達三人は温羅兄が作ったルートを進むよ」


「指示っつったって坊……まぁ、テメェが考えることにあまり口を挟むつもりはないけどよ。んじゃ俺達もとっとと行くぞ」


「あいあいさ〜」


 外から正式な道を通って温泉へと進む河童達を捨て置き、俺達は鬼屋敷一階のとある倉庫に移動する。


 不要な物がごちゃごちゃと置いてあり、それらを跳ね除けながら奥の方へと進む。少しして、正方形に形取られた板の蓋が設置してあるのを見つけた。


「ほぅ、ここが温羅の言っておったルートかの」


「そうだ。苦労したんだぜ向こうまで繋げんの」


 温羅兄は今日の日のために、普通の道とは違う別ルートを建設していた。


 というのも、過去に鬼勢の皆は、何度も妖狐達に覗き行為を仕掛けていたらしい。しかしそれはコン子ちゃんという最強のガーディアンの存在によって、温泉に辿り着く前に半殺しにされたらしい。それも数え切れない回数で。


 そんなことがあって、妖狐達は入浴時間が近くなると、決まって温泉道の途中に見張りを置くようになったんだとか。無論、コン子ちゃんが見張りの筆頭になっているようで、今まで正式な道を通ろうとして通れたことが一度もないんだとか。


 だからこそ、温羅兄は妖狐達の盲点を突いた。鬼屋敷から温泉宿に繋げた地下道という、誰も予測していないであろう奥の手をずっと隠していたらしい。


「でもよくこんな道作ったよね。相当時間掛かったんじゃない?」


「俺一人で作った地下道だからな。こつこつ進めて丸二年も掛かっちまった」


「ほほほっ、物凄い執念じゃの。正直ドン引きじゃ」


「自分の屋敷一帯を掘り返してたテメェに言われたかねぇよ! 憎まれ口叩いてねぇで、とっとと向こうに向かうぞ!」


 蓋を開けて温羅兄が足から下に飛び降りて行く。続いて俺も後に続き、キサナも軽い身のこなしで降りて来た。


 地下道には先々にランタンが灯してあり、懐中電灯の必要性がないくらいに明るかった。しかも無駄に豪華絢爛ごうかけんらんな装飾が施されていて、地下道というよりは遺跡のような光景だった。


「温羅兄ってもしかして()り性だったりする?」


「伊達に大工稼業やってたわけじゃねぇんだよ。やるなら徹底的に、だ」


 温羅兄のことだから仕事に関しても適当だったんだろうと思っていたけど、その予想は丸っ切り違っていたようだ。誰しも一つは長所があると言うけれど、今の温羅兄を見るとその理論を実感できる。


 少し小走り気味で駆け出し、先が見えない狭い地下道を進んで行く。やがて道が二手に分かれているのが見えてきて、先頭を進む温羅兄は躊躇無く右に曲がった。


「ところでよ、坊。なんで河童共に普通の道の方を行かせやがった? あいつらにゃ説明してないから知らないで行ったんだろうが、温泉に辿り着く前のところには既にコン子達が待機してるはずなんだけどよ……」


「うん、そうだね。だからこそ行かせたんだよ」


「……テメェまさか」


 俺を尻目に見て青ざめた表情になる温羅兄。


 そう……俺はその情報を知っておきながら、河童達に普通のルートを行かせた。「君達河童なら温泉の中に入って身を隠せるだろうから、一刻も早く向こうに向かって」と頼んだ後で。


 事前に温泉の中に入って身を潜め、妖狐達を監視する。それはつまり、間近で彼女達の姿を監視できるということに他ならない。だから若頭は危ない橋だと自分で言いつつも、己の欲望のために了承してくれていた。そんな芸当彼らにはできるはずもないのにだ。


 それに、だ。俺が河童達に頼んだことは、実は心にも無い適当な発言。本当の意味は、河童達に正式ルートを行かせるというところにあった。


 間近で監視という餌を垂らし、それに釣られた河童達が正式ルートを進み、その道の途中に控えているであろうコン子ちゃん率いる妖狐組と正面衝突。無論その結果は、コン子ちゃんによる粛清で終わることだろう。


「まさか奴らを“囮”に使うたぁ……そんな腹黒い奴だったっけか坊?」


「はははっ、分かってないなぁ温羅兄。時と場合によれば、手段を選ばずに平気で狡猾な手を使うような外道畜生。それが俺なんだよ」


 自然とにやけてしまう口を手で隠してひっそりと笑う。俺も温羅兄のことは言えないかもね。


「河童達に先に行ってもらうことで、覗き魔達がやって来たと察知した向こう側は警戒態勢に入る。そして河童達を粛清し終えた際に妖狐の皆は、今日の分の覗き魔達は全て殲滅しただろうと錯覚する。俺はその付け入る隙を作りたかったわけ」


「なるほどの。つまり、一度覗き魔達を向こうに送ってしまえば、粛清が終わった時点で妖狐組の監視が終わる。その前振りにより、第二陣の我達(わらたち)の存在に疑いを持たれなくなる。というわけじゃの?」


「へへへっ、御察しの通り」


 温羅兄の奥の手だけでも上手くいきそうな感じはあるにはあったけど、念には念を入れて……だ。この作戦の成功率を少しでも上げるためならば、俺は喜んで鬼や悪魔に魂を売ってしんぜよう。


「ここは完全防音だから外の声なんて聞こえてきやしねぇが、きっと今頃あいつらは……」


 温羅兄は河童達がいるであろう上の方を見つめ、俺達も釣られて同じ方向を見つめた。




〜※〜




「や、止めてくだせぇ! どうか! どうかご慈悲を……ぎゃぁぁぁ……」


「若頭ぁ!! 助けてくだせぇ若がはぁ……」


「…………(ギャィィィィン)」


「誰じゃぁ!? こんなチビッ子にチェーンソーの使い方を伝授した奴ぁ!? ぐぎゃぁぁぁ……」


「くそっ! 図りおったな小僧めがぁ! ワシらをダシに使うたぁ許さへんでコラァ!」


「…………(ギラリッ)」


「くぅ!? よ、寄るなチビッ子、おォ!? それ以上近付くものなら尻子玉を……や、止めろ! 人の股間を凝視して何のつもりや!? や、止めッ……う゛あぁぁぁ……」




〜※〜




 ようやく地下道の先にまで到着し、少しだけ広い空間に出た。そこには既に先約がいて、頭一個分の穴が開いた天井に顔を突っ込んでいた。


「来たぜ屏風びょうぶ。手筈通り準備は万全か?」


 温羅兄の呼び掛けに気付いた首無し男は、穴から頭を引き抜いて顔を出して来た。


「へへっ、勿論でさぁ温羅の旦那。おいらの手に掛かれば造作もないことですぜ」


 妙に布の薄い寝巻用の着物を一枚だけ来た変顔の男。温羅兄が呼んだ名前からして、恐らくこの人の正体は“屏風覗き”に違いない。


 屏風覗き。その名の通り、屏風の隙間から覗きを行うことにだけ特化した妖怪。要は変態妖怪の一種だ。


「随分乗り気じゃねぇか。何がテメェをそこまで震え立たせてんだ?」


「そいつぁ無粋な言葉ですぜ旦那。おいらはこの日のために今まで生きていたと言っても過言じゃありやせん。この任務、何がなんでも失敗するわけにはいきやせんからねぇ」


「そうかそうか。大変やる気なようで何よりだぜ」


 お互いを見つめ合ってゲスの笑みを浮かべる変態が二人。一応協力者なので、余計な口は挟まないでおく。


「それで、結局こいつは何処に繋がってんだ?」


「おいらに聞くより自分の目で見た方が早いですぜ。今はまだ誰も来てないようなんで、普通に出ても問題ないですぜ」


「そうか。なら確認させてもらうぞ」


「どうぞどうぞ」と手招きされ、今度は温羅兄が空いた天井に頭を突っ込んだ。


「こ、こいつは……」


 一体何処に繋がっているのか、温羅兄は意味深な呟きをして驚いているようだった。


「ねぇねぇ、この穴ってここ一か所しかないの?」


「いや、少し離れたここにもこの通り……ほら」


 温羅兄が覗いている穴から少しだけ距離を取った天井が押される。すると、丸く形取られた穴が開いて、ダミーの地面が取り除かれた。


 それから温羅兄に続いて、俺も穴に頭を突っ込んでみる。


「……おぉ」


 予想していない景色に、俺も思わずそんな声を漏らしていた。


 立ち上る湯気の中に佇む神秘的な黒い液体。そこは紛れもなく、今日の舞台となる温泉だった。思っていたよりかなり広い。


「外側に繋がってると思ってたが、まさか中に繋がってるとは思わなかったな」


「しかもここ隅っこだね。これなら上手く隠れながら“監視”できるかも」


 流石は覗きのスペシャリスト。まさか妖狐達もこんな場所に俺達が潜んでいるとは思うまい。覗きって塀を越えて見るイメージがあるし、これは良い意表を突いたものだ。


 穴は偽物の石床でばっちり隠し通せるし、守りのカモフラージュも完璧。後は妖狐達が来るまで待ち構えておくだけだ。


「ちなみに、ここに来る前のすぐ近くで道が分かれていたと思いやすが、向こうは向こうで穴場を作ってありやす。なので今回は二手に分かれて“監視”をしやしょう」


 用意良すぎだ。どんだけ執念燃やしてるんだろこの変態ひと


「ふむ、ならば向こう側はわらとシロとで使わせてもらうとしようかの」


「そうだね。それじゃ二人共、武運を祈ってるよ」


「おう。いいかテメェら、これはあくまで玉さんを倒すための奇襲作戦だ。数はたった四人に減っちまったが、不意を突けばきっとどうとでも仕留められる。必ず成功させんぞ!」


 そうして一人拳を掲げる温羅兄。しかし俺達は見向きもせず、そそくさともう一か所の穴場に向かった。


 さっきの分かれ道の左側を進んでいき、すぐに右側と同じような少し広い空間に出る。穴もきちんと二つ用意されていて、こっちの準備も万全になった。


 予め身に着けておいた腕時計を確認する。既に時刻は七時五分前。いつ妖狐達が来てもおかしくはない。


「あぁもう最悪。あの河童のせいで着物が汚れちゃったわよ」


「仕方ないわよ。汚れたものは全部帰った後で洗いましょ」


 その声が少し遠くの方から聞こえて来た瞬間、キサナがごくりと固唾を飲み込んだ。俺達は咄嗟に穴下に引っ込んで身を潜めて違和感を覚られないよう蓋を閉め、蓋に人差し指一本分くらいの小さな穴を自前のドライバーで無理矢理こじ開けた。


 がらりと温泉に続く戸が開けられる音が聞こえる。続いて数人の足音が聞こえて来て、一人一人温泉へと浸かっていく音が聞こえた。


「ふぅ~、温まるわね~」


「ちょっと貴女達、先に身体を軽く洗ってから入りなさいよね」


「だって先に身体洗おうとすると寒いんだもの。細かいことは気にしない気にしない」


 どうやら全員温泉に浸かってるわけではないようで、手拭いか何かを使っているのか、ごしごしと身体を洗う音も聞こえて来た。つまり今この穴から顔を覗かせれば、そこには楽園オアシスが見える可能性があるわけだ。


「ふぅぅ……ふぅぅ……」


 キサナがこれでもかというくらいに鼻息を荒くさせていて、眼球が真っ赤っかに血走っていた。今にも飛び出して行きたい衝動に駆られているんだろうけど、僅かに残っている理性で自分の足を踏み止まらせているんだろう。


「キサナ、取り敢えず今は様子を見よう。もしかしたらすぐ近くに妖狐の誰かがいる可能性があるかもだし」


「ふぅぅ……そ、そうじゃの……ふぅぅ……冷静に……冷静に……ふぅぅ……」


 こんな機会滅多にないからだろうか、今日のキサナはいつもと比にならないくらいに発情してしまっているようだ。


 でも無理もない。なんせこの俺ですら、今若干の猛りを感じ始めているのだから。少しでも油断したら、俺までこの穴から飛び出して行ってしまいそうだ。百パーセント血祭りにされるであろう未来を考えもせずに。


 温羅兄達は大丈夫だろうか? 我を忘れておのが欲望に身を委ねていなければいいけど……。


 そうしてしばらく悶々としたまま声と物音だけを聞いていると、ついに聞き覚えのある声が耳に入って来た。


「ほら、温泉ですよ雪羅さん。今日はここで存分に疲れを癒してください」


「そう……こんな黒い液体じゃ、私の傷付いた乙女心は癒されないと思うけど……」


「そ、そんなことないですってば。この温泉は様々な効能があるんです。きっと雪羅さんの心も癒されるはずですよ」


「そうだと良いけど……ハァ……」


 間違いない、この声は雪羅と桜華さんだ。ついに俺の本命の二人が足を運んで来ましたよこれ。


 ……って、違う違う。本命は玉さんでしょうが。真の目的を見失うな俺。欲望に身を委ねた先に待つのは滅びのみ。さっきそれで温羅兄達のことを心配したばかりだろうに。


「ねぇ桜華、貴女から見て私ってどういう人に見える? やっぱりメンヘラ? だよね、聞くまでもなくメンヘラだよね。本当は薄々分かってたわよそんなことくらい……」


「いやいや、私はまだ何も言ってませんよ? そんな卑屈にならないでください雪羅さん」


 次第に声が近くから聞こえるようになってくる。どうやらこの穴の付近に移動したようだ。どうしよう、滅茶苦茶顔を覗かせたい。


「くぅ……まだか!? まだなのかシロよ!? これ以上お預けをくらっていると、わらはイカれた絡繰からくりの如く暴走してしまいそうじゃ!」


 二人の存在が決定打になってしまったようで、キサナは更に気分を高鳴らせ、鼻血を鼻水のように垂らし出した。


 俺だって本当は覗きたい。今にもこっそりと覗き込みたい。だけどそれ以上に、バレた後の未来ということに対して無意識に恐れを抱いてしまっているのか、足がこれ以上動いてくれない。なんてチキン野郎なんだ俺は!


「も、もう駄目じゃ……わらは覗くぞ! いなシロ!?」


「……分かった。ドジらないようにね、キサナ」


「分かっておる。フフフッ……ついにこの時がやって来た……一人残らずこの目でスリースタイルを測定してやるとしようかの」


 だらしなく笑うキサナは片手にビデオカメラを用意し、ついに塞がれた穴へと手を伸ばす。


「……ん?」


 しかし、穴を少しだけ上げようとしたところで、どれだけ穴を押し上げようとも微動だにしなかった。ついさっきまでは開けていられたのに、急に開かなくなるとはどういうことだ?


「くっ!? ここまで来てトラブル発生じゃと!? 冗談じゃない、わらは負けぬぞ! 必ずバレずに覗きを達成して見せるのじゃ!」


「ちょ、ちょっとキサナ? そんなに力入れたら……」


 キサナは歯を食いしばりながら腕に力を注ぎ込み、動かない穴を思い切り押し上げ始めた。


 すると、穴が少しだけ上がったのが見えると、キサナはニヤリと笑って更に上に押し上げようとする。


「……あ、あれ? 桜華、貴女ちょっと浮いてない?」


「え? そういえばなんか妙な違和感がするような気が……」


「っ!? ストップキサナ! 今それを上げちゃ駄目だ!」


 ヤバいと思った俺は、一目散にキサナに向かって手を伸ばす。


「なんか下の方が……きゃぁぁ!?」


 しかし、時既に遅し。不運にもキサナの穴の真上に座っていた桜華さんは、石床ごとキサナに持ち上げられて投げ飛ばされた。無論のこと、キサナの上半身はおおやけとなってしまっていた。


 桜華さんが温泉にダイブする音が聞こえてくる。相変わらず不幸体質なお人だ。


「……何してるのよキサナ」


「フッ……欲望に呑まれた、か。わらもまだまだじゃの」


 キサナは不敵に笑うと、穴を塞いで外に出て行ってしまった。まさかこんな早くにキサナがミスってしまうだなんて、やはり“覗き”……いや、“監視”とは難易度が高いものだ。


「何事ですか桜華様!? まさか男勢の奇襲ですか!?」


「……って、あぁ!? 貴女はあの時のセクハラ白髪!」


 他の妖狐達もキサナの存在に気付いてしまった。そりゃこうなるよね。


「ちょ、ちょっと!? なんてところにビデオカメラなんて持ち出して来てるのよ!」


「そりゃ覗きに来たわけじゃし、当然の用意じゃろう」


「いや貴女どう見ても女妖怪にょようかいでしょ! 私達を盗撮して何の意味があるわけ!?」


「処理に使おうかと思うての」


「何の!?」


「“ここ”のじゃ」


 直後、ビデオカメラが破壊される音が聞こえて来た。誰かに取り上げられて思い切り投げ捨てられたんだろう。


「あぁぁ……わらの財宝になるであろう宝物が……」


「自業自得でしょ。大丈夫桜華?」


「あいたたた……突然びっくりしましたよ。熊風の時といい、キサナ様の先祖はもしかしてモグラなんですか?」


「何を言うか、わらに先祖など存在せぬ。根元から先っちょまでエロ一色じゃ」


「桜華様。この変態を摘み出しても宜しいでしょうか?」


 堂々とし過ぎていて、謝るどころか胸を張っているであろうキサナ。妖狐の皆にはドン引きされてしまったらしい。


「キサナ様は主様と同じ立場であられるお方です。そんな失礼なことはしては駄目ですよ皆さん」


「で、ですが桜華様! この白髪は私達の尻を一人残らず撫で回して来た変態ですよ!?」


「それはキサナ様なりのコミュニケーションです。それにキサナ様は女性なんですから、触られても問題になるようなことはありません」


「そんな無茶苦茶な……」


 本当に無茶苦茶な理論だ。でもそれがキサナの良いところで、俺はそんなキサナが好きなんだけど。


「ほほほっ、まぁそう邪険にせんでくれ。先程のは流石にやり過ぎた自覚はあるし、この通り頭を下げる。すまなかったの皆。だから今度はおっぱいを揉ませて欲しい」


「皆~、この人摘み出すの手伝って~」


「あぁちょっと皆さん!? キサナ様に乱暴するのは駄目ですよ~!」


 桜華さんのフォローも虚しく、レッドカードを提示されたキサナは退場となった。


 これで完全にこちら側の戦力はたったの三人。まだ温羅兄が残ってくれているのが救いだけど、キサナが抜けた穴が大きいことは否めない。


 やはりここは慎重に事に取り掛かるべきだ。皮肉になってしまうかもしれないけれど、キサナのお蔭で冷静さを取り戻すことができた。決してこの身を無駄するようなことは避けないと。


「全く……今日は散々ね。一日に二度も覗きの被害に遭うだなんて」


「まぁでもエロ河童共はともかくとして、白髪さんは例外じゃない? 覗きというよりはセクハラだし。いやでも同じようなものね……」


 流石の妖狐達も被害に遭ってばかりのせいで、何処となく声質がピリピリしてきている。これで見つかったら余計に酷い目に遭いそうだ。恐らく半殺しは免れない。


 ただし、俺の場合は雪羅に殺されるかもだけど。一応氷麗さんな子だけあって、礼儀正しいところは礼儀正しいから。


「そういえば二度あることは三度あるって言うわよね。もしかしたら他にも覗き魔が潜んでたりしてね」


「まっさかぁ。あんな奇行に走る人なんて、あの白髪ちゃんか温羅ゲスくらいのものじゃない?」


「……あれ? 名前が出て思い出したけど、今日玉様を襲撃した男勢の中にゲスを見掛けなかったわよね」


「「「…………」」」


 急に妖狐達が黙り込み、温泉の湯が流れるだけの音しか聞こえなくなった。このタイミングで温羅兄の存在を思い出しちゃうだなんて、間が悪いにも程がある。


「あの、桜華様。桜華様がこっちに戻って来てから、あの温羅ゲスを何処かで見掛けましたか?」


「温羅ですか? えっと……そ、そういえば見掛けてませんねー?」


 分かりやすいくらいに後半が棒読みになってしまっている。嘘下手か桜華さん。


「桜華様……貴女は不器用なんですから嘘なんて吐いても意味を成しませんよ。その様子だと何か隠し事がありそうだと見受けますけど?」


「うっ……じ、実は今あいつは、お母さんを倒すために隠密行動しているらしいんです。今何処にいるのかは知らないですけど、何処かで何かをしているのは確かなはずです」


「なるほど、そういうことですか。隠密行動ねぇ……」


 ヤバい、絶対怪しんでる。ここの何処かに温羅兄が潜んでいる可能性を考え始めてるよきっと。


 そして俺の予想は、不運にも見事的中してしまった。


「皆! ちょっと周辺を細かく調べてくれないかしら!? もしかしたら温羅ゲスが何処かに潜んでいる可能性があるわ!」


「あっ、もし見つけた時は私に言ってくれますか? 記憶消すまで脳髄のうずいをぶっ叩かないといけないので」


「分かりました桜華様! 全員散開よ!」


 最悪なことに、妖狐達が一斉に辺りを探索し始めた。これはマジでヤバい。この穴を探り当てられでもしたら一巻の終わりだ。


 どうする? 今回は諦めて大人しく退避する? いや駄目だ、ここまで来て退くわけにはいかない。それに一人バレないまま退避なんてすれば、裏切り者として温羅兄に名前を出されてアウトだ。どちらにせよ、俺はもう引き返せないところまで来てしまってるんだ。


 祈ろう、神に。運命の神様よ、どうか俺に一日分くらいの幸運を今授けてください。どうしても俺は覗き……じゃない、監視の役目をやり遂げないといけないんです!


「あっ! いたわよ皆! なんか気持ち悪い顔の男がこんなところに潜んでいたわ!」


「畜生! なんでバスタオル巻いてるんでぃ!? そこは普通裸で歩き回ってるところなはずですぜ!」


 俺の願い届かず、運悪く屏風覗きが先に見つかってしまった。引っ張り出されたようで、ジタバタともがく声と音が聞こえてくる。


「……あっ!? 桜華様! 穴の中に温羅ゲスを発見しました!」


 どうやら穴の中を覗かれてしまったようで、不運に不運が重なって温羅兄までもが見つかってしまったようだ。


「あっ! 待ちなさい! 逃げるんじゃないわよ!」


 見つかった途端に逃げ出したらしい。賢明な判断だ。


 ……ただ、それで逃げ切れるかどうかは別の話。


「仕方ないわね。ちょっと避けてて皆」


 声質がワントーン下がった雪羅の声が聞こえてくる。すると否や、温羅兄がいるであろう覗き穴の方から大きなガラスは砕け散ったような音が響いて聞こえて来た。雪羅が氷河を発生させたんだろう。


「ぐぎぇあぁぁぁ!?」


 その後すぐに断末魔の叫び声が外から響き渡ってきた。あの様子だと氷河ではらわたを串刺しにでもされたんだろう。桜華さんも大概だけど、雪羅も温羅兄に容赦無さ過ぎでは?


「おぉ……お見事です雪羅様。ついでにこの変態もお願いして宜しいでしょうか?」


「……い、いや、悪いけど遠慮させてくれる? こんなところをまた弥白に見られでもしたら、きっとまたメンヘラ呼ばわりされるだろうから。というかまたやっちゃった私……」


 見てはいないけれど、バッチリ耳で聞いてしまったよ。グロい音だけ聞こえてきたから余計にむごいイメージが目に浮かぶよ。でも今回ばかりは暴力しても一向に許せるのが現実だ。俺達はそれだけのことをしているのだから。


「あっ、姉様にコン子様! 丁度良い時に来てくれました!」


 どうして悪いことに限ってこうも立て続けに起こってしまうんだろうか。一番危険視していた最強の妖狐がこんな状況で温泉に入りに来てしまわれた。


 声が聞こえないからよく分からないけど、引っ張り出された屏風覗きの存在に気付いていることは確か。故に彼はもう駄目だ。絶対に無事じゃ済まない。


「ありゃまぁ~、こりゃ酷い惨状だねぇ~。一体何事?」


「覗きです姉様。つい先程、白髪の娘が地下に潜り込んでいるところを発見しまして。他にも覗き魔がいるんじゃないかと思い調べてみれば、案の定の結果でした。あの温羅ゲスと、この変態をこうして捕らえておきました」


「にゃっはは~、温羅っちも馬鹿だねぇ~。で、どうするのコンたん? まだ変態君の処遇が決まってないようだけど――」


 ぐしゃりっ


「……躊躇ないなぁ~」


 さっきからごちゃごちゃ騒いでいた屏風覗きの声が突如聞こえなくなった。何があったのかは言うまでもない。


 これで残りは俺一人だけ。だが今の俺もきっと風前の灯火と同じようなもの。温羅兄達の方のように、さっきキサナが使っていたこっちの穴を確認された時点で詰みだ。


 底知れない緊迫感に押し潰された心が同様して、心臓の鼓動音が激しく脈打つ。異常な量の汗も滲み出てきて、ぽたりぽたりと汗の一滴が頬を滴り、地面を穿つが如く落ちていく。


 よく耳を澄ますと、微かに小さな足音がこちら側に近付いてくるのが聞こえて来た。十中八九コン子ちゃんだ。もしかしてもう俺の存在を感知していると?


 次第に近付いてくる足音が俺の穴のすぐ近くで止まる。この距離だと、俺がこじ開けた小さな穴の正体に気付かれても何らおかしくない。


 恐る恐る穴から目を覗かせると、バスタオル姿でしゃがみ込んだコン子ちゃんの姿が見えた。そしてゆっくりと蓋に向かって手を伸ばしてくる。


 終わったと、瞬時に覚った。それから両手を合わせて静かに目を瞑り、せめて楽に息の根を止めてくれることを心から祈った。

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