極道河童、だから何?
「言うこと聞いてやって来てみりゃ、この仕打ちたぁどういう了見でぃ? おぉコラァ?」
グラサン河童がすぐ真正面まで近付いて来て、俺の方にガンを飛ばして来る。目付きが悪いであろう目がグラサンで見えないので、至近距離で睨まれてもイマイチ迫力に欠けて見える。
「ちょ、ちょっと待ってくれ若頭。別にこれは宣戦布告ってわけじゃねぇんだ。これはこいつが遊んでやっていたことで……」
「ほぅ……遊び感覚でワシらを潰そうとしたと。えぇ度胸しとるやないけぇ。おォ?」
「いやだからそういうわけじゃねぇって! 少しはその硬ぇ頭を柔軟にほぐせや!」
「なんだ若鬼おォ!? そいつぁ合戦の狼煙と受け取ってえぇんかコラァ!?」
相手側の苛立ちに当てられた温羅兄が逆ギレを起こした結果、部下らしき河童達が一斉に銃を構えて俺達に銃口を向けて来た。見た感じ本物っぽい。
「まぁまぁ落ち着いて二人共。怒ってちゃまともな話もできないでしょ。ほら、そっちもそんな物騒なものしまってさ」
「そもそもの発端はテメェだろうが! どうしてくれんだこの始末よぉ!?」
「人間風情が主導権を握ってんじゃねぇ! 調子付いてると尻子玉引き抜くぞコラァ!?」
「……尻子玉?」
尻子玉。全ての人間の体内に存在する摩訶不思議な玉であり、それを河童に引き抜かれてしまうとたちまち元気が無くなっていき、最終的に腑抜けな人になってしまうという。
その俗説を踏まえた上で、俺はグラサン河童に物申す。
「ねぇ河童」
「誰が河童だ! 俺ぁ若頭だ!」
意味の分からない理屈でキレられ、バレないように舌打ちした後、上っ面だけの笑顔を浮かべる。
「ねぇ若頭。そもそもなんだけどさ、本当に尻子玉ってあるの?」
「あん?」
「あん? じゃなくてさ。尻子玉って本当にあるのって聞いてるんだけど」
しーんと静まり返る河童達。
若頭が部下達の方を振り向くと、部下達は皆視線を逸らして何も見ていないフリをした。
部下達から何の成果も得られないまま、また俺の方に振り向いて来た。
「……あ、あるぞ。あるに決まってんじゃねぇかおォ? あまり舐めた口聞いてると尻子玉引き抜くぞコラァ?」
「……俺ってさ、大体人が嘘を付くところを見分けられるんだよね昔から」
「な、何が言いたいんじゃおォ?」
「嘘だよね? ないよね尻子玉?」
再びしーんとなる河童達。
また部下達の方を振り向くも、やはり部下達は視線を逸らして物を語って助力しようとしない。
若頭の額から一雫の汗水が流れるのが見える。本人もそれに気付くと、慌てて手の甲で額を拭った。
「だからあるって言っとるやないか! なんじゃおどれ! 喧嘩売っとるんか、おォ!?」
怒鳴り散らしながら銃を取り出して来て、俺の眉間に銃口をぶつけて来た。
俺はそれを横に跳ね除けた。
「今俺達話してるよね? 余計なことしなくていいからちゃんと話そ? 都合が悪いからって暴力に訴えるとか、そういうの求めてないから」
「……おォ」
しゅんと肩を落とす若頭。部下の一人が後ろを向いてこっそり吹いていたが、若頭は気付いていなかった。
「話を戻すけど……あるの? 尻子玉? 本当にあるの? もしあるって言うなら証明してくれない?」
「なんじゃい証明って」
「俺の尻子玉を今ここで引き抜いてみて? それで出て来たら信じるから」
「…………」
懲りずに部下の方を振り向く。しかし何度助けを求めようとも、部下達は誰一人として助け舟を出さない。さしずめ彼らは烏合の衆か。
俺の方にまた振り向いて来て、下半身の辺りをじっと見つめて来る。次第に額から流れる汗の量が増えていくも、一向に俺の尻子玉を引き抜いて来る気配はなかった。
「なんか……一休みたいだな坊」
「温羅兄はちょっと黙っててくれる?」
「あ、はい……」
萎縮した温羅兄は俺の後ろの方に引き下がって、縮こまりながら体育座りした。
「で、なんで引き抜かないの? さっき引き抜くぞ引き抜くぞってしつこく言ってたよね? 舐めた口聞いてる俺の尻子玉引き抜きたくてしょうがないんでしょ? なら躊躇する理由なんて何処にもないよね? このベラベラと語る口を一刻も早く黙らせたいよね? ならほら、引き抜けばきっと黙り込むよ?」
「…………」
それでも引き抜いて来ようとせず、ただ黙ったまま蛹のように固まっている。
「……できないよね? そうだよね? だって本当は尻子玉なんてないんだもんね?」
「……い、いや違う。今日は調子が悪いというか、引き抜く気分じゃないというか……」
「そう……どうしても俺にあるって思わせたいんだね。それじゃ仮に尻子玉が存在すると仮定して、ちょっとこれを見てくれるかな?」
そう言いながら俺は一枚のパネルを手品の如く取り出し、部下達にも見えるように今立っている場所から移動した。
「ご覧の通り、これは人間の下半身を表した図です。君達のいう尻子玉っていうのは大体この辺りにあるんだよね?」
「まぁ……そうやの……」
「てことは……さ。恐らくだけど、君達が人間から尻子玉を引き抜くとなると、こういうことになるわけだよね?」
今見せているパネルの他に、裏に重ねて持っていたもう一枚のパネルを皆に見えるように持ち替えた。
「一通り用意した図を見てもらったわけだけど……俺が何を言いたいのか分かるかな?」
「……いや」
「そう……ちなみになんだけど、この図の下半身は女性の人がモデルなんだよね。それでも俺が言いたいこと分からない?」
「…………」
パネルを叩きながら何度も問うも、物言わずに俯いたまま固まってしまう。
本当は分かっているんだろうけど、それを口に出したくないらしい。なら代わりに俺が言うまでだ。
「これさ……言ってしまうとセクハラだよね?」
「…………」
黙り込んだまま息を詰まらせる若頭。
「尻子玉って手で引き抜くんだよね? でもこれを見て分かる通り、明らかに股間から引き抜こうとしてるよね? でもそれは尻子玉がある場所が場所だから、きっと股間から手を突っ込む他に取り出す方法がないんだよね? それは仕方の無いことだと俺も承知してるよ」
「…………」
青い顔になる若頭。
「でもさ、いざ実行に移すとなると話が変わって来るんだよ。だって股間に手を突っ込むんだよ? 女性の◯◯◯に手を突っ込むとか、合意の上での特殊プレイ以外に突っ込むことないよ実際。しかも男性の場合は突っ込む穴すらないし。まぁ尻の穴からっていう路線もあるんだろうけど、それはそれで結局のところ犯罪だからね?」
「…………」
グラサンの隙間から綺麗な雫を垂らす若頭。
「そ、そないなこと知るかコラァ……こちとら根っからの河童なんじゃボケェ……尻子玉抜き取ってなんぼなんじゃ、おォ?」
でも流石に黙り続けていられなくなったのか、ぼそぼそと聞こえる声で反論して来た。
でもそんなの知ったことじゃないけど。
「河童だから尻子玉抜き取って良いの? 河童だから女性の◯◯◯に無断で手を突っ込んで良いの?」
「そもそも妖怪に法なんてないんじゃコラァ……自由こそが妖怪の本分じゃボケェ……」
「そうだね、妖怪には法もルールも身分の違いもないらしいね。だけどよく考えてみて? 他人の股間に手を突っ込むとか、法とか関係無しに常識外れな行動だって思わない?」
「常識は破るために存在するんじゃコラァ……」
「それは君の屁理屈じゃんか。じゃあ何? 君はもしかして、女の子の処女◯◯◯に手を突っ込んでも何の罪悪感も抱かないの? そもそもなんで尻子玉引き抜こうとするの? 他人に迷惑掛けて満足? 人としても妖怪としても恥ずかしくない?」
「恥ずかしくないわぃ! こちとら極道なんじゃコラァ!」
「極道? だから何? 極道だから悪さをすると格好良いの? 極道だから◯◯◯に手を突っ込んで当たり前なの? いや違うよね? それ極道じゃなくてただの頭イッてる人だよね? 皆から指差されて当たり前だよねそれ?」
「イッてるって……」
「実際そうだと思うけど。ねぇ、皆もそう思うよね〜?」
部下達に問い掛けてみると、満更でもない反応を示して若頭を白い目で見つめた。
「ほら、皆も俺と同じ考えらしいよ。それで話を戻すけど、ここまで否定されても君は尻子玉があるって豪語するのかな?」
「おめぇらぁ! ワシ一人を生贄にするたぁどういう了見だぁ!?」
若頭は部下達に怒鳴り散らすも、やはり部下達は反応を示さなかった。痺れを切らしたかなように緊張が解けて、各々若頭を見ながらひそひそ話に花を咲かせ出した。
「若頭なんだから当然でしょ。部下の責任は頭の責任。部下に都合の悪いこと全部押し付ける上司は嫌われるよ」
「そもそもの発端はおめぇのせいやろ小僧! そうやって舐めた口聞き続けるのなら――」
「股間に手を突っ込む、と? 俺そういう趣味ないから他所でやってくれない? 尻子玉と称してセクハラしてくる妖怪とか生理的に無理」
「生理的に無理っ……」
ガクンと項垂れて地に両手を付く若頭。
「もう良い坊、その辺で止めてやってくれ。つかなんでそんな機嫌悪くなってんだテメェ……?」
落ちこぼれた若頭の姿を前に見ていられなくなったのか、俺の言う通りにずっと黙って見ていた温羅兄は、自分の頭を抱えながら俺の肩を掴んで止めて来た。
「別に怒ってるわけじゃないよ。でもなんでか分からないけど、この若頭とかいう河童が何故か受け付けられないんだよね。極道っていうのはもっとこう、人情に溢れた男気のある人達のことだと思ってたのにさ……」
まるで夢の一つを壊されたかのような気分だ。生半可な覚悟で極道に成り切るなど言語道断。自分の行いに疑問を持つような弱腰の極道に、極道を名乗る資格はない。
「つーか、この荒事の発端はテメェだろうが。テメェはテメェでちゃんとこいつらに謝っとけよ」
「それもそうだね。ごめんね皆、さっきのは決して故意じゃないんだよ。でもそっちはそっちで話を聞こうとしなかったんだから、今回の件はお互い水に流す形にしてね」
両手を合わせて苦笑すると、部下達も納得して頷いてくれた。
「……って、良いわけあるかボケがぁ!!」
しかし、項垂れていた若頭だけはまだ納得いっていなかったようで、怒りの遠吠えのようなものを上げながら立ち上がって来た。
「あぁそうだよ、おめぇの言う通り尻子玉なんてものは存在しねぇよ! 河童一番の特徴と言われている尻子玉云々の話は全部俗説だボケが! 故にワシらは、ただ皮膚が緑色っつー気色悪い生き物なんじゃコラァ! 文句あるか小僧、おォ!?」
開き直ってぶっちゃけられちゃったよ。潔いのは良いけど、やっぱり極道としては色々と失格だ。
「あのさ、さっきから気になってることがあるんだけど……語尾に『おォ!?』とか『コラァ!』とか『ボケェ!』とかいちいち付けてるけど、それって一体何なの? 語尾にそういうの付けたら極道として需要あるの? 格好良いとか思ってるの?」
「えぇい! ベラベラと細けぇことばかり立て並べて来るんじゃねぇ! 今回の件を水に流せ? んな都合の良いようにいくわけねぇじゃろうが! 尻子玉が差し出せねぇってんなら、代わりにエンコ差し出さんかクソが!」
「エンコ……?」
どっかで聞いたことあるような気がするけど、エンコって……あれ? 何だったっけエンコって……?
…………あっ、もしかしてあれかな。方言的な感じでウ◯コを訛った言い方してるのかな。つまりこの河童は、俺にウ◯コを差し出せと言ってきてると。
うん、やっぱり色んな意味でヤバい奴だ。ウ◯コ差し出せだなんて言われたの生まれて初めての体験だよ。
「いや……それはちょっと駄目じゃない? 人目もあるんだしさ」
「じゃぁかぁしぃわぃ!! 御託言ってねぇでさっさと五本全部差し出さんかぃ!」
しかも五本も出せと言って来たよ。でも厠姉さんがいないせいか、最近はあまり便意の程が芳しくないんだよなぁ。
少なくとも今俺の大腸に詰まっているウ◯コは、一本二本と数えられるくっきりとしたものじゃない。どちらかと言えば水っぽい。
「いややっぱり無理だって。俺にも都合不都合があるんだからさ〜?」
「喧しいわぃ! ワシらの前の頭なんて以前に十本も差し出した経験があるんやぞ! おめぇも男ならそのくらいの度胸見せてみんかぃ!」
「え……それって一度に?」
「当たり前やろうが!」
パネェ……一度に十本もウ◯コ出すって、どんだけ消化器官拗れてたんだろう前の頭。でも一度に十本はヤバい。しかも人前だっただろうに。
極道って……汚いなぁ。
「温羅兄、やっぱりこの人達に協力仰ぐの止めよう? 俺五本もなんて出せないよ。今朝に出したばっかりだし」
「ハァ!? 逆に今朝に出したのかテメェ!? 何があってそうなったんだよ!?」
何故か滅茶苦茶驚く温羅兄。何その反応、そんなに人のウ◯コ事情が気になるのかな? 温羅兄は温羅兄で大概だなぁ。
「別に普通にだけど? ボロ屋敷を出る前に雪羅から『向こうに行く前にした方が良いよ』って言われたからさ。だからちょちょいと済ませておいた」
「ちょちょいと済ませたって、サクッとし過ぎじゃねぇか!? “向こうに逝く前に”って、あの雪ん子どんだけメンヘラなんだよ!? つーかなんでテメェもテメェでそんなことしてんだよ!?」
「いやいや、普通にだけど常識じゃない? 出掛ける前には基本するでしょ。温羅兄は違うの?」
「普通でも基本でもねぇよ! どんな神経してんだ坊!? 俺ぁテメェがよく分からなくなって来てんぞ!」
「えぇぇ……」
ゲス鬼に神経疑われちゃうなんて、俺も堕ちたものだなぁ。むしろそれはこっちの台詞だと言うのに。
「つべこべ話してねぇで、とっととエンコ差し出さんかぃ!」
「だから無理だってば。温羅兄代わりに出してよ」
「嫌に決まってんだろ! 洒落にならない痛みを味わうのはもう勘弁だっつの!」
洒落にならない痛み……そっか、痔を患ってるんだね温羅兄。あれってものによってはかなり痛いって聞くもんね。
「あぁくそ……もうこうなったら奥の手を使うしかねぇようだな……」
「そう言えばそんなこと言ってたね。それって結局何なの?」
「まぁ黙って見て聞いてろ。なぁ若頭、ちょいとお互い頭を冷やして今度こそ話をしねぇか? さっき持ち掛けた同盟だが、これにはテメェらにとってもかなりのメリットがあんだよ」
「メリットだぁ? ワシはラックス派や! 安物使ってるおめぇとは話にならねぇ!」
「誰もシャンプーの話なんてしてねぇよ! 出鼻から話の骨を折るんじゃねぇよ!」
温羅兄はこほんと一度咳を立てて、また話を再開させる。
「まず第一にだが、ここらを仕切ってる内の一角。つまり妖狐組のことだが、今回の件が上手く片付けばその一角が潰れることになる。恐らく玉さんは周りのことよりも、自分の旦那のことで頭がいっぱいになり続けるだろうからな」
「ねぇ温羅兄、その組ってのは何? 地味に気になるんだけど」
「あのな……今説明してる暇がないことを察してくれよ……」
と文句を言いつつも、温羅兄はこっそり俺に耳打ちして来た。
「組ってのは、あの似非極道達が勝手に呼称してる、大人数で暮らしてる妖怪達のことだ。玉さん率いる妖狐組、オヤジ率いる鬼組、そしてこいつら河童組。他にもまだ大人数で暮らしてる奴らはいるが、つまりはそういうことだ」
それはまた興味深いことを聞いてしまった。他の場所にも大人数で暮らしてる妖怪達がいるとは思わなんだ。今度出会い探しがてらに散歩でもしに行ってみよう。
温羅兄は俺から離れて、今一度若頭と顔を合わせる。
「おめぇの話によると、今の鬼組はかなり衰弱状態にあるらしいが……そんなにヤバい連中なんか妖狐組は?」
「あぁ……。実は今の妖狐組の人数は、実質たったの二人なんだけどよ。それで俺達がこんなことになってんだから、奴らの危険性がどれだけのものかってことがよく分かるよな?」
「そいつぁ凄まじいやないけぇ。で、さっきの言い方だと他にもメリットがあるようじゃが?」
「あぁ。俺的にはそっちのメリットがメインだ。そしてそれはテメェらも同じことだと断言するぜ」
何を企んでいるのか、久し振りに温羅兄がゲスに笑うところを見た。今までの経験を踏まえると嫌な予感しかしない。
「俺は玉さんの義理の息子になってから相当長ぇ。だからこそ、俺はあの人の生活リズムを完璧に熟知している。そしてそれは今も変わらず、だ。そこで俺は気を熟した今、とある作戦を思い付いた」
「作戦やと?」
「そうだ。あの人は生活リズムの中で、唯一大きな隙を見せる時がある。そこを狙って俺達で一斉に奇襲を仕掛けるんだ」
なるほど、玉さんの家族だからこそ知っている情報を武器にできるわけだ。普通に攻めても返り討ちに遭うだけだろうし、確かにその方が可能性は高い。
「しかし本当に上手くいくんか? 相手は化け物級の実力者なんやろ?」
「正確に言えば、本当の化け物は末っ子のコン子って妖狐なんだけどな。玉さんは玉さんでヤベェけど、数で攻めればコン子程じゃねぇ」
「して、その隙を見せる瞬間ってのはいつじゃ?」
「……入浴時間だ」
その言葉を聞いた瞬間、河童達の目の色が変わった。温羅兄も悪役に負けず劣らずの悪い笑みを浮かべて、倒れている近くの木に背を預けた。
「俺達の屋敷から大体二百メートル離れた先に、俺達鬼組が建設した小さな温泉宿がある。鬼組と妖狐組はそこを利用して日夜風呂を済ましてんだ。だが入るスペースが分けられてねぇから、前々から男と女で入浴時間を決めてんだ」
「ほぅ……つまり女勢である妖狐組が入浴している時を狙うっちゅうわけやな?」
「そういうことだ。ちなみに妖狐組の入浴時間は夜の七時から九時の間。しかも玉さんは長風呂派の人だから、いつも最後は一人で温泉に浸かってるらしい。いつも玉さんの長風呂に付き合わされている姉貴から聞いた情報だから間違いねぇ。つまり……だ」
温羅兄は握り拳を木に叩き付けて、ゲスの笑みを浮かべながら大きく声を張り上げた。
「まず、妖狐組の入浴時間前に俺達は先回りして待機! そこで気配を押し殺し、他の妖狐共が風呂を済ませて玉さんが一人きりになるまで“見張る”! そしてその時が来た時、俺達の勢力を持ってあの人の首を討ち取る! これが俺の考えた作戦だ!」
情報を生かすまではまともな作戦だった。しかし肝心の内容は、男としての煩悩が溢れ返ったかのような下心満載のものだった。
若頭含めた河童達は作戦を聞き終えたところで、温羅兄を絶賛するようなコメントをちらほらと呟き出した。極道語って堅物キャラ気取ってたのに、どいつもこいつも本当はスケベばっかか。
「良いか? これは決して覗きじゃねぇ! 俺達はあくまで玉さんの首を取るためだけに“見張り”をするんだ! そこでたまたま裸の妖狐達を見てしまったとしても、それは完全なる事故だ! 俺達は暴走する玉さんを止めるために戦おうとしてんだ! むしろ妖狐組の連中からは感謝されても良いくらいだ! 分かるかテメェらぁ!?」
「「「おぉおおお!!」」」
さっきまで険悪な雰囲気だったはずが、温羅兄の策によっていとも容易く志を一つにしてしまった。その手腕は流石のものだけど、考えることはやっぱゲスだ。
「温羅ぁ、ワシは感激した。おめぇにそこまでの勇姿を見せられたなら、ワシらも黙っちゃいられねぇ。この河童組、おめぇに力を貸してやるで」
「おうよ。今より俺達は一蓮托生! 共にあの三大妖怪の一角を討ち取ろうぜ! いいかぁ野郎共ぉ!?」
「「「おぉおおお!!」」」
河童組によって同盟成立の祝砲が青空に向けて放たれる。
さてと、温羅兄のお陰で多くの戦力を手にすることができたけど……この後俺はどうしようかな?
……いや、違う。本当は答えなんてとっくの昔に出てる。俺がすべき事は既に明確になっているんだ。ならば俺はその責務に順応し、思うがままに行動しようじゃないか。
「これで戦力は整ったな。後の問題は、夜になるまで玉さんが何か仕掛けて来ないかっつーことだが……その前に坊、テメェにゃ一つ聞いておかなきゃならねぇことがある」
温羅兄は河童達から俺に視線を戻し、俺の内心を疑うような目で黙視してきた。
「今回の俺はハッキリ言ってガチだ。だがテメェは前のサバゲーの時に俺を裏切って邪魔して来ただろ? そして今回も似たようなことが起こってるわけだが……」
「ん? 何? 何か言った温羅兄?」
そう言いながら俺は自前のビデオカメラをじっくりと愛でる。
「いや悪い、やっぱなんでもねぇわ。テメェの意思が伝わったから今」
「さて、何のことやら。ちなみに温羅兄、その温泉にはちゃんと覗きスペースの目星が付いてるの? 中途半端な用意だと看破された後に刺されて終わるよ」
「お、おぉ……スゲェやる気だな坊」
まさか思わぬ場所で思わぬことをすることになるとは、こんなにワクワクしたことは過去にあっただろうか? 自然と浮き足立って落ち着いていられなくなってしまったよ。
「あっ、やっぱちょっと待って。まずは呼ばなきゃいけないから」
一度温羅兄の話を打ち切り、皆から少し離れた場所に移動する。
両手の人差し指を立てて、角のように見せ掛けるように頭に添える。それから脳内をピンク一色に染め上げ、悶々としたままジッと待機する。
「エロの匂いを嗅ぎ付け我参上!」
そして、数十秒も掛からない内に何処からともなくキサナが降って現れた。
「相変わらずキチガイな嗅覚してんなキサ坊……」
「ほほほっ、お褒めの言葉として受け取っておくぞ。それでシロ、何やら面白そうなことになっとるようじゃが?」
「うん。実はねキサナ――」
かくかくしかじかと今までの内容を伝えた。
するとキサナも手品のようにビデオカメラを取り出し、二刀流の構えを見せた。
「なるほど。ならば我もその“見張り”に混じるしかないの。良いじゃろ温羅よ?」
「別に拒みはしねぇけどよ……テメェ女だろ。女が女を覗き見て何の需要があんだよ」
「このクソ愚か者がぁ!!」
キサナにとってあるまじき発言をした温羅兄。キサナの怒りを買ってしまった行く末、温羅兄はモロにボディブローをくらって吹っ飛んだ。
「て、てめ……何すんだいきなり……」
「黙れこのゲスめが、お主は何も分かっとらん。異性であろうと同性であろうと、こっそり覗き見る裸体というのは一段とエロさに磨きが掛かって見えるものなのじゃ。共に湯に浸かって観察するのもまた良しじゃが、バレるかバレないかというスリルを味わいながら盗み見る行為はより良いのじゃ。分かったか愚図めが」
うんうんと首を振る俺。その道理には俺も心から賛同する。
キサナが言った通り、直接見るよりはこっそり見た方がエロく見える気がする。だからこそ、俺もこんなに好奇心旺盛になってるのだから。
「キサナはステルス能力高いからね。見張りをさせたら右に出るものはいないと思うよ。それにキサナのことだから、ベストアングルで撮影できるんでしょ?」
「流石は我が愛するソウルフレンドじゃ。我の手に掛かれば、厚着をする女子に裸体のエロさを感じさせるくらいお手のものじゃ」
「最早プロレベルだなおい。いやでもプロともまた違うような……? まぁ戦力が増えることに越したことはねぇから良いけどよ」
「サンキュ〜温羅兄。そう言えばキサナ、猫さんは一緒じゃなかったの?」
「猫? いや、妖狐屋敷で別れてからは見とらんの。向こうで妖狐達の尻を追い掛け回していた最中にシロの電波をキャッチして、今ここにやって来たからの」
どんな移動速度してるんだろう。今度キサナとかけっこでもしてみようかな。
なんて冗談はさておき、キサナが見てないとなると妖狐屋敷に置き去りにされている可能性が出てくる。玉さんに見つかって妙なことされてなきゃいいけど。
……いや、フラグになるような発言は極力避けておこう。と言っても、もう手遅れかもしれないけど。
「それで、話を戻すけどさ。覗きの経路は確保できてるの?」
「誰に物申してんだ坊。こちとら覗き……もとい、見張りの常習犯だぜ? 今日の日のためにずっと残しておいた安全な経路があんだよ」
「……なんでこんなに誇らしげなんだろうねこの人」
「言い方からして、何度も見つかってはしばき倒されていると見受けられるの。とんだ三流覗き魔じゃ」
「テメェらが揃うとより発言に毒々しさが増すなこの野郎……」
握り拳に力を入れて苛立つ温羅兄。でも自業自得だ。何度も妖狐の皆に見つかっていたであろう過去の自分を恨んで欲しい。
「それに経路だけじゃねぇ。キサ坊に負けず劣らずのステルス能力を持った奴に、安全な見張り場所を事前に作ってもらってある。作戦開始時間前には向こうで待機してもらっている手筈だぜ」
「随分と手際が良いの。それだけ本気ということかの?」
「当たり前だろ。いつかいつかと待ち侘びていた日がようやく来てくれたんだ。これ以上面倒なことに巻き込まれない平穏を手に入れるためにも、玉さんの天下は今日をもって終わらせてやらぁ」
左手に握り拳を叩き付けて気合十分の温羅兄。果たして本当にこの計画が上手くいくのやら。
他人事のように言ってるけど、でも今回は俺も当事者の一人になっちゃってるからなぁ。全滅という最悪の未来を免れるためにも、俺もできる限り尽力しよう。
全ては、安全な“見張り”をするために……ね。




