激萌えの子狐と激ヤバの親狐
九ちゃんに運ばれてとある部屋の前までやって来た俺達。
俺と猫さんは、部屋の前の光景を見て呆然としていた。
「にゃっはは〜、今日も今日とて容赦ないねぇ〜」
部屋の前には、無数の鬼の屍が転がっていた。
屍と言っても本当に死んでいるわけじゃないけど、数人の鬼が血塗れで白い目を剥いて倒れている。まさにそれは地獄絵図だ。
「……何があったらこうにゃるのかしら」
「決まってるっしょ〜、また男勢の鬼達が喧嘩売りに来たのさ。ま、週一回の恒例ってやつ?」
「はははっ、随分とハードな恒例なんだね」
「いや笑い事じゃにゃいと思うんだけど?」
どうやら俺やキサナと違って、ここの人達は想像以上に殺伐としているようだ。この暴力の連鎖を止めるためにも、俺が一役買って出る必要があるのかも。まぁ無理だと思うけど。
「ね、ねぇ、やっぱり引き返さにゃいシロ君? どう見ても考えても、玉藻前とか言う人は間違いにゃく危険人物だと思うんだけど」
「ごめんよ猫さん、むしろ俺はワクワクが止まらなくなってきてるよ。鬼をいとも容易く返り討ちにするだなんて、一体どんな人なのか気にならない?」
「あぁ駄目だ……。瞳がキラキラしちゃってるこの人……」
初めて見たときは少し驚いて一歩退いてしまったけど、この惨状を見て恐れを抱くことはなかった。エグい目にあってる鬼の光景は温羅兄で散々見慣れているから。
「それじゃ、お取り込み中のところを失礼して……っと」
九ちゃんの後に続いて、元から開いてあった襖から中へと入る。
「…………っ!?」
そして俺は、真っ先に視界に映った一人の人物に目を奪われた。
俺のお腹くらいまでしかない小さな背丈。金髪のショートヘアーに狐耳。お尻から一本だけの狐の尾をちょこんと生やし、ミニスカートタイプの巫女服を着ていて、その顔は感情が読み取れない無表情。
そんな激萌えの子供妖狐が、無数の鬼の屍の山の天辺に立っていて、巫女服を血で真っ赤に染め上げたまま一人の鬼の胸ぐらを掴み上げていた。
あれが……あれが玉藻前? 思っていたよりかなり幼い。というか何処からどう見ても子供にしか見えない。
……いや、そんなことはどうだって良い。あの子が玉藻前であろうがなかろうが、そんなことはもうどうだって良い。
そう……俺は出会ってしまったのだ。この世の天使と言える激萌え要素全開の妖怪に。
「めっっっちゃ可愛い!!」
「……?」
堪らず叫んでしまうと、子狐が首を傾げながら俺の方を見つめて来た。
するとすぐに目を逸らして背を向けて、屍の山から飛び降りて部屋の向こう側に走って行ってしまった。
そしてその奥には、これまた派手な着物に身を包んだ妖狐が座っていた。
九ちゃんに似通った金髪のロングヘアー。桜華さんに似通った優しさを感じる目元。そしてお尻からは、風に靡くように動いている十の尾が生えている。
一目見てハッキリと分かった。この人が桜華さんの母親であり、九ちゃんの母親でもある、三大妖怪こと玉藻前だということが。
流石は母親、顔が桜華さんにそっくりだ。桜華さんの優しい風貌は母親譲りだったんだなぁ。
「やっほ〜お母さん。お客さん連れて来たよ〜」
「あら、九」
呑気に手を振りながら笑う九ちゃん。玉藻前は実の娘を見てニッコリと微笑むと、俺と猫さんの方を見つめて来た。
「いらっしゃい。貴方が桜華がよく話している主様ね? 私は玉藻前。この妖狐屋敷の長です」
「ど、どど、どうもッス玉藻前様」
話し掛けられた瞬間に緊張してしまい、声が裏返ってしまった。
「いやきょどり過ぎでしょ。いつもの余裕は何処に行ったのよ」
「いやだって猫さん、あの玉藻前が目の前にいるんだよ? 三大妖怪だよ? あの三大妖怪の一人が俺のような霊感小僧と面を合わせてくれてるなんて、死後以降も自慢できる光栄なことだよ」
「三大妖怪とはよく言うけど、別に三大妖怪だからって偉いわけじゃにゃいのよ? ただ普通の妖怪よりも顔が広い程度の話にゃのよ実際」
「ふふっ、そうよ主君。三大妖怪と言っても、今の私はただの妖狐の一人に過ぎないの。だからそんなに畏まらないで?」
思っていたよりもフレンドリーなお方だった。もっとこう、近寄り難いイメージもあったにはあったんだけど、俺の想像は外れていたらしい。
でも俺の頭が自然に下がってしまうのは仕方の無いこと。妖怪の中でも憧れの人物の一人なことに変わりはないのだから。
「えっと、俺は弥白って言います。それで玉藻前……じゃない、玉さんにいくつか聞きたいことがあるんですけど」
「えぇ良いわよ。何かしら?」
「じゃあまず……その後ろの子もひょっとして玉さんの子なんですか?」
今さっき俺達から一目散に逃げて行った子狐妖狐。今は玉さんの後ろに隠れていて、こっそり俺達の様子を伺っていた。
ちらりと視線を向けてみると、玉さんの背中に完全に隠れてしまった。
人見知りなんだろうか? その仕草を見るだけでこっちは萌え死にそうだ。
「えぇそうよ。一番下の子のコン子と言うの。ほらコン子、主君達にご挨拶して」
玉さんは後ろにいる子狐――コン子と言うらしい我が子に話し掛ける。
すると、またひょっこり顔だけ出してこっちを覗いて来た。
「…………(ぺこり)」
物言わずにお辞儀して来た。
「んぁぁぁ……可愛いっ!」
「シロ君って、もしかしてロリコンだったりする?」
「何を言うか猫さん。俺は根っからの萌えコンだよ」
「萌えコンて……まぁ良いけどさ」
猫さんに呆れられてしまったが、気にすることはない。だって好きなものは好きなんだもの。誰に否定されようとも、俺は萌えコンを貫き通すと決めている!
「ん〜、コンたんの可愛さをいち早く理解できるとは、見る目あるねぇ〜白君。元々桜ちゃんっていう可愛い妹がいたけども、コンたんはコンたんで激萌えなんだよね〜」
「あっ、やっぱり桜華さんのお姉さんだったんだ九ちゃん」
「そだよ〜。長女の私に、次女の桜ちゃん。そして末っ子のコンたん。この美人三姉妹とお知り合いになれるだなんて、白君はラッキーボーイのプレイボーイだねぇ〜」
九ちゃんが俺の肩に腕を回して来て、ぷにぷにと頰を突っつかれる。同時に豊満なアレも押し付けられて、二重の意味で役得だ。
……ここに雪羅がいなくて良かった。割と本気で。
「でも意外だねぇ〜白君。今のコンたん見ても可愛いと思えるなんて、ひょっとして現実逃避してたりする?」
「ははっ、まさか。桜華さんと温羅兄のやり取りで慣れてるだけだよ」
恐らく……というか間違いなく、あの屍の山を作ったのは玉さんじゃなくてコン子ちゃんによるものだ。その証拠にべっとりと血の痕跡が服にへばり付いてるし。身体のベースは妖狐なようだけど、身体能力はしっかり鬼の血を継いでいるらしい。
「それじゃもう一つだけ。鬼の襲撃って話を聞いたんですけど、それってどういうことなんですかね?」
「あぁそれは……結構前からなんだけど、私達女勢の妖狐と男勢の鬼は今、対立関係にあるの」
「対立って……なんでまた?」
「喧嘩中なのよ、主人と」
なんと極端な理由よ……。でもこの場合は喧嘩と言うよりは最早殺し合いなのでは? この惨状がそうとしか説明してくれない。
「喧嘩でここまでしちゃうものにゃの? いくらにゃんでもやり過ぎだと思うんだけど。これじゃまるで合戦じゃにゃい」
「まるでじゃなくて、合戦そのものよ。戦は常に無慈悲に行われるものなのよ、猫又ちゃん」
喧嘩じゃなくて本当に合戦してた。戦国の世は既に終わったというのに、彼、彼女らは何故また悲しみの連鎖を生み出し続けるようなことを? 俺はまことに悲しい。
「物騒ね貴女達……。それだけ根深い問題があるってこと?」
「えぇ。聞きたいなら話しても良いけど……聞く?」
「聞きたい聞きたい。色々と参考になりそうですし、是非聞かせてください」
俺は手品の容量を駆使して自ら座布団を用意して、玉さんの前に正座した。
「参考って、何の参考にするつもりよ?」
「それは勿論、雪羅との今後の……ね? ほら、雪羅って大人しい見た目してて実は凶暴なところあるからさ。できるだけ喧嘩を避ける道を知っておかないと身が持たないと思うんだよね、物理的に」
「ふーん……そう」
面白くなさそうな顔になって口を尖らせる猫さん。
「ほら、猫さんも一緒に聞こうよ。今なら俺の膝の上がもれなく空いてますよ!」
「結構です」
急に冷めてじっとりとした目になると、俺から少し離れた場所に女の子座りした。この機会を利用して頭撫で回そうと思ったのに、無念なり。
「にゃっはは~、なら私も~らい」
猫さんの代わりに九ちゃんが膝の上に座って来た。九本の肌触り最高の尻尾が身体に巻き付いてきて、自然と頬が緩んでしまう。
「それじゃ聞く準備も整ったようなので……」
玉さんがコン子ちゃんを抱き枕代わりに抱き締めて、一度咳をして喉の調子を整えてから話を始めた。
「キッカケはそうね……別にこれといって特別な日でもない時に、私の主人が唐突に言い出して来たの。ワシと別居してくれって」
「本当に唐突ね。何があったのよ一体?」
「それが私にも分からなかったの。特に何もなかったのに、あの人は急にそう言い出して来たの。でも今思い返せば、逆に何もなかったのがいけなかったのかもしれないわね」
なるほど、夫婦あるあるだ。当時は粘膜ベッタベタになってるくらいにイチャついてる馬鹿夫婦だったとしても、長年連れ添えば若気の至りの熱い恋心は冷めていき、やがてマンネリ化して夫婦間での刺激が皆無となる。
ほのぼのとした自然体を貫けるからこその夫婦だと俺は思っているけど、酒呑童子はどれだけ歳を取ろうと刺激を求めていた。それが原因の発端に関係している……のかな?
「ねぇ玉さん。当時の玉さん達はどんな感じの夫婦だったの?」
「当時は……そうね……毎晩ハッスルが当たり前の熱い日々を過ごしていたわ」
あらやだ過激ですこと。
「それってただお互いに快楽に溺れていたんじゃ……? だとしたら私ドン引きにゃんだけど」
「いえ、そんなことはないわ。少なくとも私はあの人を愛しているもの。常に刺激を忘れないように、私をぶっ叩いてって日夜あの人に懇願していたわ」
「「……ん?」」
なんだ……? 急に雲行きが変わったような気が……。
一抹の不安を抱えると否や、突如玉さんの頬の色が赤く高揚した。見るからに様子がおかしい。
「そう……私はあの人のどんな要望にも応えられるように、様々なプレイを独自で研究し尽くしたの! いついかなる時でもヤれるように、何をどうすればより多くのアドレナリンを分泌することができるか!? 何をし、何をされれば、より興奮度を高めて再絶頂の快感を与え、得ることができるのか!? そしてその研究を積み重ねた結果、私は私の肉体と精神を究極のどマゾに仕上げることができたのよ! 全てはあの人の愛が故に!!」
勢い良く立ち上がって、何処ぞの宗教司教のように両手を広げて妖艶に笑う玉さん。ノリでコン子ちゃんも目の前で同じポーズを取っている。
チラリと猫さんの方を見ると、白い目になって天井のシミを数え始めていた。既にまともに話を聞くつもりはないらしい。
「あの人は仮にも鬼の王と呼ばれる酒呑童子。鬼は気性が荒いというイメージがあるから、私はあの人がサド寄りの人だと判断したの。だから私はその研究成果を駆使して、あの人に媚びまくったのよ! 時にはあの人の足がふやふやになるまで嘗め尽くし、時には私の全身に痣ができるまで鞭でぶっ叩いてもらい、時には全神経が麻痺するくらいのキツさで全身を縄で縛りあげてもらい……。あ、あの時のことを今思い出すだけで私は……へへっ……うへへっ……それはもう最っ高だったわ!!」
狂人のように頭を上下に激しく振り、だらだらに漏れ出す唾液が抱き締められているコン子ちゃんの耳に垂れ掛かる。
気付くと猫さんの姿が見えなくなっていた。代わり置き手紙が置いてあり、『キサナ探しに行ってきます』とのことだった。
「ふぅ……ふぅ……っと、ごめんなさい。ちょっと取り乱しちゃったわね」
ちょっとどころの騒ぎじゃないと思うけど、気遣ってスルーしてあげた。何となく優しさの見せ所だと思った。
「でもね……でもね主君。そんな最高だったはずの日々も長くは続かなかったの。気付けばあの人は私と“そういうこと”をしてくれなくなって、次第に距離を取られていったの」
「……うん」
そりゃそんな交際続けたらそうなるよ。もっと早くに自制という言葉を知っておくべきだったのでは?
「何故? 何故こんなことになってしまったの? 私はただあの人のために尽くし、溜まりに溜まっているであろう欲求を解消してあげたかっただけなのに。私は路頭に迷ったわ」
溜まってたのは酒呑童子じゃなくて貴女の方だったのでは? どマゾという己の人格自体に尽くしていただけなのでは? もう色々とズレまくってるよこの人。
「だから私は考えたの。私の何が駄目だったのか。私の何がいけなかったのか。考えに考え抜いて……私は自分の盲点に気付くことができたの」
あっ、良かった、自分の過ちにちゃんと気付いてたっぽい。もしそのままだったら十中八九ヤバい人になってたよ。
「そう……私は自分を見てばかりで、あの人の本質を見極めていなかった。そのことに気付き、私はついに深淵の謎の真実を突き止めることができたのよ。あの人は……サドではなく、私と同じマゾだったのだと!」
いや気付くとこ違う! 酒呑童子を見る前に、まず自分の行いの狂いっぷりに気付こう? どうしてサドとマゾの世界で生きようとするの?
「まさに目から鱗が落ちた気分だったわ。そして私は再び研究を始めたの。如何様に責めればより刺激的な刺激を与えることができるのか? 痛みを痛みとして感じさせずに快感を与えるにはどうすれば良いか? 狙うべき身体の部分、使用するべき数多の拷問具、学ぶべき罵詈雑言ワードの数々……。どマゾという自分を押し殺して、私は血の滲むような研究、そして特訓に明け暮れた。あの頃に協力してくれていた妖狐の皆には今も感謝の気持ちで一杯よ」
なんで妖狐の皆が玉さんをあんなに恐れていたのか、その理由が今やっと明確になった。一体どんな仕打ちに合っていたのか、こっちは同情の気持ちで一杯だ。
「それから更に日々が過ぎて行き、ついに私は究極のどマゾから究極のどサドに進化することができたのよ」
むしろ劣化してることに気付こう? 更に悪化してることに気付こう?
「新しい自分に生まれ変わった私は、早速あの人に夜這いを仕掛けた。持てる技術全てを駆使して、この土地一帯に届くであろう断末魔の声を上げさせてあげたわ。身体中ボロボロにして、私の足に縋り付いてきて咽び泣き、もう許して勘弁してと幾度となく頭を下げて来る。それでも私は一向に手を止めず、吐き気のする頬に唾を吐き捨て、醜い脳天に蝋燭のロウを垂らし、汚らしい尻の穴にハイヒールをぶっ刺し、異臭の放つ股間に釘を――」
以下自主規制。マジでヤバい内容のところは耳を塞いで場を凌いだ。
「あの日のことは今でも昨日のように覚えているわ……。今思い出しても自然とこうして……ほら、思い出の一品を取り出せるもの」
何処から取り出したのか、刃の部分がやけに磨かれてある鉈を取り出した。しかもその鉈の柄には過去の記憶を刻んであるかのように、赤茶色の血がべっとりと付着していた。
ペロリと刃の部分を舐め上げて、頬に手を当てながらまた妖艶に笑う玉さん。気付くと俺の身体は自然に震え出していた。
「だいじょぶ白君? 安心して、万が一何かあったら私が白君守ったげるからさ~」
「……願ってもないッス」
なんて良い人なんだ九ちゃん。この人になら俺の身を捧げても良いと思ってしまうくらいに感激してしまったよ。
「そ、それで、結局酒呑童子とはどうなったんですか?」
「……二度と顔を見せないでくれと書かれた手紙と共に、離婚届を送り付けられたわ」
当然の報いですね。
「どうして!? 私はただあの人に尽くしたいと思っていただけなのに! その答えは今でも分からないのよ~!」
今度はわんわんと声を上げて子供のように泣き叫び出した。感情性豊かなお人だなぁ。
「も、勿論私は反対したわ! だから私はあの人に合戦を申し込んだの! 勝者は敗者に一生命令できる権利という条件を賭けた期間無制限の戦いを!」
「……それで今に至ると?」
「そういうことよ! でも最近はすっかり妖狐の皆が言うこと聞いてくれなくなっちゃって、こうして毎日鬼勢の方から襲撃される一方なのよ。唯一このコン子だけが言うこと聞いてくれていて、実質こちらの戦力は私とコン子の二人だけなの」
戦力と呼ばれて拳を掲げるコン子ちゃん。
二人とは言うけど、実力的には多分この二人の方が断然上なんだろうなぁ……。結果がちゃんとここに残ってるわけだし。
「鬼勢……てことは、実は桜華さんも鬼勢なんですか?」
「いえ、あの子はどちらにも組していないわ。争い事が嫌いな子だから」
だろうとは思った。それに桜華さんの本命は温羅兄一人だけだろうし。
「じゃあ九ちゃんは?」
「私も争い事は嫌いだから傍観者ポジションついてんの。見てる分には面白いからね~」
からからと笑う九ちゃんに対して、俺はこっそり耳打ちする。
「いやいや、そこは止めるべきでしょうに……」
「にゃっはは~、私一人で止められると思う? 私や桜ちゃんよりも強いんだよコンたん?」
「……それは本気モードになった桜華さんよりも?」
「ん~、それは見たことないから分からないけど……。そもそも桜ちゃんとコンたん仲良しこよしだから、喧嘩してるとこなんて一度も見たことないかなぁ~? あっ、勿論私も二人とは仲良しだからね?」
仲が良いのは何となく分かっていたけど、コン子ちゃんの戦闘力の数値が桁外れだったのは予想外だ。戦闘民族が喉から手が出るほど欲しい人材なのは間違いなさそう。下手に悪戯したら殺され兼ねないかも。
あんなに可愛いのに、お近付きになるためには相当のリスクを伴う。なんともどかしいことか。
「これで話は終わりよ。何か聞きたいことはあるかしら?」
「いや……特には」
「そう……なら今度は私の番ね、主君」
「へ?」
玉さんはにっこりと笑うと、片手で鉈を弄びながらゆっくり俺の方に近付いて来て、俺の目の前にしゃがみ込んだ。
「温羅から聞いているわ。貴方、人並み外れた投擲力を持っているんだってね?」
その質問にぞわりと背筋に悪寒が迸った。
嫌な予感を察した俺は、すぐさま九ちゃんを膝の上から退かして立ち上がった。
「そ、そう言えば俺、桜華さんに用があるんだった。なので俺はこの辺で失礼しま~す」
踵を返して皆に背を向け、開いた襖の方へと引き返していく。
「ふふっ……コン子」
その名が呟かれた瞬間、目の止まらぬ速さでコン子ちゃんに先回りされた。両手を広げて通せんぼしてきて、俺の唯一の退路を断たれてしまう。
「無理して通らない方が良いわよ? その子、手加減という言葉を知らないのよ」
「いやいやそういうわけにも行きませんってば。ここは意地でも通させてもらいますよ!」
俺は右手を懐の中に突っ込み、ここに来る事前に予め用意しておいた油揚げを取り出した。
「っ!」
油揚げを見たコン子ちゃんがしなっていた耳を尖らせた。
俺は確信を得て、俺から見て左側の方に思い切り油揚げを投げ付けた。
骨っこに反応する犬のように、コン子ちゃんは真っ先に油揚げの方に飛び出して行く。
その隙を無駄にせず、逃げ道に向かって全力で駆け出した。
「準備が良いのね。でもまだツメが甘いわ」
突破口は開けた。しかしそれは壁一枚だけ。もう一枚の城壁の存在を本当は知っていたはずなのに、俺は見て見ぬフリをしてしまっていた。
「ぬぉお!?」
もう少しで部屋を出られるといったところで、何かが俺の身体を拘束した。
咄嗟に下を向いて確認すると、それはとてつもなく長い十本の狐の尻尾だった。
無論、その尻尾は玉さんのもの。後ろを振り向いてその表情を見てみると、どサドスイッチが入ったかのような黒い笑みを浮かべていた。
ヤバいと思ったのも束の間、尻尾が収縮して拘束されたまま玉さんの目の前まで引き戻されてしまった。
「手荒な真似してごめんなさいね。でも私もそれだけ必死なのよ。この合戦になんとしても勝つためにも……主君には是非とも協力して欲しいのよ。私の言ってる意味、分かるわよね?」
要は、玉藻前軍に加わりなさいと言いたいわけだ。無茶苦茶言うなぁこの人。
「あの~、九ちゃん? 今まさに助けて欲しいところなんだけど……あっ」
いざとなったら助けてくれると言っていた九ちゃんは、いつの間にかコン子ちゃんによって制圧されていた。うつ伏せになったまま伸びてしまっていて、背中の上にコン子ちゃんが正座してお茶を啜っていた。
「どうかしら? 是非貴方には協力して欲しいのだけれど」
「えーと……ちなみにその申し出を断ったら俺はどうなるんですかね?」
「そうね……そうなると貴方が鬼勢についてしまう可能性が出てしまうわけだから、そうならないように“調教”せざるを得ないわね」
つまり無事では済まないと。ヤバいよこれ、割とマジでピンチだ。
「玉藻前か、それとも酒呑童子か。賢明な選択を私は期待しているけど、貴方が賢い方であることをただ祈るわ。さぁ、選んで。後十秒以内に答えを言わない場合は……仕方ないわよね。強硬手段に出ざるを得ないことになるわ」
その発言に一つの予感を察した俺は、後ろと上の方を気にしながら視線を逸らす。
「あの~、玉さん? 割とマジでそろそろ離して欲しいんですけど……」
「そんな説得に私が乗るとでも?」
「いやぁそう答えることは分かってたんですけどね? でもこれは玉さんの身を思っての発言でして……」
「私の身を? なら早くこの提案を受け入れて欲しいのだけれど」
「それは嫌ですけど、そうなったらそうなったでお互いの身が危ない状況に――」
説得は成功ならず。そして、彼女達は颯爽と現れてしまった。
まず、真上の天井に大穴が開いた。咄嗟の襲撃に気付いた玉さんは、俺を尻尾で拘束したまま横に避けた。
次に、出入り口の方から何本もの巨大な氷柱が、ミサイルの如く飛んで来た。
流石に俺を抱えたままじゃどうしようもならないようで、俺の拘束を解いて十本の尻尾を扱い、全ての氷柱を受け流してみせた。
すると今度は、何者かが俺を抱き抱えて来て、一目散に走り出した。天井が壊れた際に発生した土煙のせいでよく見えないけど、頭に生えている二本の角で誰なのか察しがついた。
「ったくよぉ! 熊風に続いてトラブルに巻き込まれ過ぎだろ坊!」
俺を救出してくれたのは、怠いと言って自分の屋敷に帰ったはずの温羅兄だった。土煙が晴れたところで、桜華さんと雪羅の姿も確認できた。
「貴女達……これは何のつもりかしら?」
交渉の邪魔をされた苛立ちにより、玉さんの尻尾の毛が逆立つ。それを見た桜華さんはビクッと肩を跳ねさせた。
「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス……」
我が将来のパートナーも大変ご立腹なご様子で、さっきの玉さんのように完全に目がイッている。普段なら色々と思うところがあるけど、今はとても頼もしい限りだ。
「申し訳ありませんお母さん! ですが、この方は私にとって誰よりも大事な主様なんです! いくらお母さんと言えども、お怪我を為さっている主様を危険に晒すなんて見過ごせるわけがありません!」
「そう、貴女もそっちにつくのね桜華。なら仕方ないわね……コン子」
ある意味で玉さんよりもヤバい子が呼ばれる。
「…………(もぐもぐ)」
しかしコン子ちゃんは油揚げにまだ夢中になっていて、その場で寝そべりながらはむはむと油揚げを味わっていた。
「今のうちだ! 一旦俺らの屋敷に退避すんぞ!」
大声を上げる温羅兄が俺を肩に抱えたまま部屋を出る。
「退きましょう雪羅さん! 私達だけではお母さんに勝てません!」
「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス……」
頭もイッてしまっているようで、両手に氷柱を持ったまま玉さんを見据えてしまっている。
「雪羅~! お願いだから言うこと聞いて~!」
「うん分かった」
俺が呼びかけるとけろりと平常心に戻り、二人も出入り口の方へと逃げて来る。
「ふふっ、ただで逃がすと思ってるの?」
「思ってるわけないで死ねぇぇぇ!!」
逃げると見せかけて雪羅が急に方向転換して、手に持っていた氷柱を巨大化させて投げ付けた。
「くっ!?」
思いがけない一撃だったようで、玉さんは尻尾で受け流すことに成功するも、身体のバランスを崩して横によろけて倒れ込んだ。
「流石です雪羅さん! さぁ逃げましょう!」
「……今なら息の根を止められる可能性が」
「そこまでしなくて良いですから!」
桜華さんに説得されてしぶしぶ戻ってくる雪羅。そうして俺達は、どうにか玉さんの魔の手から逃れるのだった。
居候初日でこんなことになるだなんて……どうなっちゃうんだろう今後の生活……?




